朝比奈隆とグレン・グールドってローマで共演していたんですね。意外。
朝比奈氏自身がグールドの印象について書いています。(「音楽の友」昭和36年8月号)
天才児といわれるカナダのピアニスト、グレン・グールドは何ともいえぬ奇妙な青年である。一九五六年ローマのサンタ・チェチリア演奏会でベートーヴェンの変ロ長調協奏曲を弾いたが、予定の練習日、ステージへ姿を見せない。楽員がホテルへ電話すると、「今日は眠くて起きられないから休ませてくれ」とのこと、十一月半ばとはいえ南国ローマのその日は春のように暖かだった。「いつものことだ」と楽員達は笑っている。
明けて当日の朝総練習に出て来た彼を見ると、細い体をよろよれのオーバーに包み、毛糸のマフラーをぐるぐるに巻いて鳥打帽子をかぶり、分厚い毛糸の手袋をはめてピアノの前にしょんぼりと坐っている。そして「申訳ない。昨日からまったく食慾がないし少しも眠れない。ただ寒くて寒くて」を繰りかえしているのみ。練習が始まる。かすかな小さな音でしかし淀みなく流れることは流れる。ちょっと長いトゥッティがあれば、手袋をはめ帽子はかぶったまま早々にして練習は切り上げる。
その夜の演奏会へ現れた彼は、礼服の上衣のポケットにゴムの湯たんぽを二つ入れてあいかわらず何か言い訳のようなことをつぶやいている。しかし舞台でのベートーヴェンの演奏の美しかったこと!端然とか軽妙とか優雅とかいう表現もおぼつかないものだった。が、済むとまたくどくど詫びを述べ、オーバーにくるまって帰っていった。
1956年11月ローマ・サンタチェチリアの演奏会にて
。。。やっぱりグールドって個性的!それにしても朝比奈さんって文章がうまいですね。グールドの様子が生き生きと浮かび上がってきます。