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オレゴンの渦

ボルテックスにも程がある。

2011年も映画観る。

2011年01月09日 20時33分32秒 | 映画のこと。

あけまして、おめーヌ(フランス風)

もしくは、あけましておめーイッヒ(ドイツ語風)。という訳でコスモポリタン(世界人)目指してます。なれる訳あるかこの田舎もんがああああ。すみません、本当にお久しぶりです。何ということか去年は2回ほどしか更新せず、最早誰もこんなところになどやっては来ないだろうと思いつつ、のこのこと登場致しました。今更ですみません。誰に謝っているのかも分かりません。もう唾でも石でもスカラベ団子でも、好きなだけ投げ付けて下さい。もちろん仕返ししますけど。青筋立てて飛び掛りますけど。2011年も人間は出来ていません。

ところで、せっかく日々映画を観ているので(といっても残念ながらDVDばかりですが…)、僭越ながら、何か感想でも書こうかな…と思い立ち、00年代(2000~2009年)の映画の、個人的100選のリストを作ってみようと試みました。しかしながら、鑑賞リストに挙げつつの未見が年40本ずつ増えていく有様で、いつまで経っても出来上がりません。とりあえず、ほぼ確定したと思われるもの80本くらいだけ乗せて、リストに余裕を見て、順次追加改変することにしました(予告なく突然増えたり消えたり)。このリストを見て、おっ!と思って頂けたり、え~?と思って頂けたり、へ~、こんな映画があるんだ~と思って頂けたら嬉しいです。洋画限定、一言コメント付きです。

【00年代 映画100選(作成中)】

愛より強く(2004・ドイツ)
   “2000年代最強のジェットコースターラブストーリー。燃え尽きて灰になっちまえ”

愛されるために、ここにいる(2005・フランス)
  “こんな映画が支持され愛されるフランスの成熟が羨ましいと、ちょっと思いました”

アフガン零年(2003・アフガニスタン)
  “観終わってこれほど打ちのめされたのは、どんなに記憶を総動員してみても、他には溝口映画だけでした”

ある子供(2005・ベルギー)
  “その子供とは、あの赤子のことではありませんでした。何という恐ろしいタイトルでしょうか”

アンナと過ごした4日間(2008・ポーランド)
  “映画的な空間に、映画的な時間が流れている。簡潔に見えて、実は映画的ギミックに満ちている。
   老練の監督にしか撮れません。全てが卓抜しています”

愛おしき隣人(2007・スウェーデン)
  “まるでミヒャエル・ゾーヴァの絵の中の人々を実写化したようだ!愛おしい!”

インランド・エンパイア(2006・アメリカ)
  “兎に案内されて、出口のない多層迷宮に溺れていった先に、
   その兎すら与り知らない、あなただけの不思議な自己救済があるのです”

ヴァンダの部屋(2000・ポルトガル)
  “凄まじい。時制が混在している。まるでマジックリアリズムのようだ。
   そうだ、思えばポルトガルとは、魔術的リアリズムの片親ではないか”

ウェイキング・ライフ(2001・アメリカ)
  “初めて観た時の信じられないほどの多幸感。哲学的ユーフォリアの境地!”

ヴェルクマイスター・ハーモニー(2000・ハンガリー)
  “超越的なものを定義する試みから生じる軋み、その不吉な旋律、美しい悪夢”

受取人不明(2001・韓国)
  “犬を殺すものは犬に殺される。作用は反作用に相殺される。帳尻は合わされる”

永遠のこどもたち(2007・スペイン)
  “スペイン映画が得意とする子供を題材としたホラーの中でも最高峰。切ないとはこういうこと”

エコール(2004・ベルギー)
  “ドガの絵を見る時のように、胸が締め付けられる。身に覚えのある不吉で甘美なざわめきを覚える”

オテサーネク(2000・チェコ)
  “赤ん坊が水槽で売られている。どこか心の奥でこんな世界を知っている気がする”

おわらない物語/アビバの場合(2004・アメリカ)
  “惑わされてはなりません。肉体は魂のただの容器です”

彼女が消えた浜辺(2009・イラン)
  “人間関係の奇っ怪さ、もしくはアラブ映画の中のヴィトンのバッグ”

キャプテン アブ・ラーイド(2007・ヨルダン)
  “名もない聖人の自己犠牲、もしくは足るを知る人こそが本当に偉人なのだということ”

キル・ビル Vol.1(2003・アメリカ)
  “こんなお遊びをする監督がいてもいい。でもこれを最後にこんなことはもう許さない”

グラン・トリノ(2008・アメリカ)
  “自分で開けたパンドラの箱を、自分できっちり閉めてしまったイーストウッド。
   それもこれ以上なく完璧で、歯噛みしてしまうほどずるい形で”

クレールの刺繍(2004・フランス)
  “どこを切り取っても隙間なく美しい、大切にしたい絵画のような映画”

クローバーフィールド/HAKAISHA(2008・アメリカ)
  “日本人がこれを思い付かなかったのが口惜しい。ところで、前半のチラリズムが良いね”

ゴーン・ベイビー・ゴーン(2007・アメリカ)
  “呆然となるラスト。遣る瀬無いとはこういうことか”

サイレントヒル(2006・カナダ)
  “ベクシンスキーの影を感じる。破壊された風景の中の叙情性がたまらない。これは日本人の感性では?”

殺人の追憶(2003・韓国)
  “密度が凄まじく高い。最初から最後まで、絶えることのない飽和状態。吐く暇もない”

サマリア(2004・韓国)
  “独自の方途で、邪なるものと聖性を互換する。生と性と聖が同じ所にある不思議”

ザ・ロイヤルテネンバウムズ(2003・アメリカ)
  “恐ろしく細部まで計算されまくった構図は、キューブリックを彷彿とさせる”

サン・ジャックへの道(2005・フランス) 
  “人生には、《傑作》でも《名作》でもない、こんな《佳作》が無数に必要なんだと思いました”


散歩する惑星
(2000・スウェーデン)
  “違和感も、齟齬感も、楽しめばいいんじゃないのか。それが人生だというから”

しあわせな孤独(2002・デンマーク)
  “見事な人物描写と、自分がそこにいるような臨場感。見覚えのある心情がある、見覚えのある他人がいる”

シカゴ(2002・アメリカ)
  “「シセロゥ」…彼女に掛かると、ただの地名も鼻血を吹きそうな猥褻さに”

シティ・オブ・ゴッド(2002・ブラジル)
  “そらもう…日本はブラジルには勝てんて”

処女(2001・フランス)
  “恐れ入った。凄いやブレイヤ。何て意地の悪い。全てが胸糞悪くて見事”

シルビアのいる街で(2007・スペイン)
  
“古都が息づいている様を、まるでその場にいるように五感で感じる。光、風、空気、街の喧騒”

白いリボン(2009・ドイツ)
  “見なくとも、あの当時に生きた人は誰もが、骨の髄まで「それ」を知っていた。90余年黙殺された1913年の空気”

スイミング・プール(2003・フランス)
  “ミステリアスな水迷宮。其処に溺れる幸せ。ランプリングのクラス感は欧州遺産”

SWEET SIXTEEN(2002・イギリス)
  “身を切られるような切なさ。どうしたらいいんだ、出口はどこにあるんだ?”

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド(2007・アメリカ)
  “なぜあいつが嫌いかって?それはあいつが俺に似ているからさ”

戦場でワルツを(2008・イスラエル)
  “人はあらゆる過去全てに、今この瞬間も存在している。
   でも生きる為に、失った振りをする。どうする?まるでヴォネガットの小説みたいじゃないか”

そして、ひと粒のひかり(2004・コロンビア)
  “「上に上る」。唯一、彼女だけが小屋の上を見上げてそう言ったんです。他人は嗤ったのに”

ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000・デンマーク)
  “表現の極北。この監督の振り切れた作家性には最早何も物申せない”

タクシデルミア ある剥製師の遺言(2006・ハンガリー)
  “ダークホース的に飛び出して来た、ハンガリー映画新世代の先鋭的視点を見学してみる”

箪笥(2003・韓国)
  “ああいやだ、覚えがある。あの家全てから、女の生理の匂いがする”

父、帰る(2003・ロシア)
  “一生かけて解く静謐な呪い。父さん、あんたは、何者だったのか”

ツォツィ(2005・南アフリカ)
  “噂のリアル北斗の拳の国。恐ろしいことに、これでも離乳食ばりの薄味ではと…”

つぐない(2007・イギリス)


ドッグヴィル(2003・デンマーク)
  “私は彼らを皆殺しにしてくれと願った。虐殺を悦んだ。監督はそれを予め知っていた”

ドニー・ダーコ(2001・アメリカ)
  “人の数だけ世界があり次元があり孤独があり、それ故に誰もが問答無用に美しくて”

ニキフォル 知られざる天才画家の肖像 (2004・ポーランド)
  “もしチャンネルが合ったなら、「非現実の王国で  ヘンリー・ダーガーの謎」、「悪魔とダニエル・ジョンストン」、
   「セラフィーヌの庭」、「ライアン・ラーキン 路上に咲いたアニメーション」も合わせて是非”

ハーフェズ ペルシャの詩
(2007・イラン)
  “峻厳で審美的。真に詩のような映画。抒情詩でありながら感情に溺れない、何という厳しさ”

初恋のきた道(2000・中国)
  “性が飽和した現代性の逆利用。ずる過ぎる、こんなの感動せずにいられない”

ハックル(2002・ハンガリー)
  “最初から最後まで何もない。でも何か、とんでもないものが画面の隅々に潜んでいる気がする”

パフューム ある人殺しの物語(2006・ドイツ)
  “とても奇妙奇天烈かつ魅惑的なフリークスショー的叙事詩。人を食った話だった、文字通り”

春夏秋冬そして春(2003・韓国)
  “東洋的美意識が総決算されている。仏教界の集合的無意識の見事な提示”

ピアニスト(2001・フランス)
  “笑いと叫びは似ていると言った人がいるが、そういえば、本当にその通りだ”

ヒストリー・オブ・バイオレンス(2005・アメリカ)
  “ヴィゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!(ただのヴィゴ・モーテンセン ファン)”

V・フォー・ヴェンデッタ(2005・アメリカ)
  “こんなおもしろキャラクター初めて見ました。ヒューゴオオオオオオ!(ただのヒューゴ・ウィーヴィング ファン)”

復讐者に憐れみを(2002・韓国)
  “刺され、切られる痛みが全て実体を持っている。聖林に溢れる記号としての死へのアンチテーゼ”

ベルヴィル・ランデブー(2002・フランス)
  “熟成された洋酒のような、成熟した本物のアニメーション。何てエレガントなんだ、ブラボー!”

ペルセポリス(2007・フランス) 
   “60年代、イランの女の子はミニスカートをはいていた”

ベンジャミン・バトン 数奇な人生(2008・アメリカ)  
  “「ひとはみな、おなじ」と、かのアルベルト・アインシュタインは言った。私もそう思う。本当にそう思っている”

BOY A(2007・イギリス)
  “イギリス的サカキバラ解釈”

ポーリーヌ(2001・ベルギー) 
  “天使がどんな顔をしているかを、大抵の人は知らない”

ぼくのエリ 200歳の少女(2008・スウェーデン)
  “心の奥の何かを、根こそぎごっそりと簒奪されてしまいました。下手したらこれは、1000本に1本の映画かも知れない”

くは怖くない(2003・イタリア)
  “大人の世界の歪みを初めて覗き見てしまったあの夏”

ぼくを葬る(2005・フランス)
  “個人主義の凄絶な冷たさと孤独、それゆえの何処までも越境出来る果てしない自由。
   その真の自己責任のあり方には、深奥から心が震えるほど”

ホテル・スプレンディッド(2000・イギリス)
  “怖い、切ない、汚い、気持ち悪い、気味悪い、気色悪い、可愛い、愛おしい”

ボンボン(2004・アルゼンチン)
  “映画の最高潮が犬の××!なのにそこから受ける、思いも掛けない爽やかな感動ときたら!”

マーターズ(2007・フランス)
  “「ホステル」から「ヘルレイザー」、「2001年宇宙の旅」、そして「裁かるゝジャンヌ」へ”

マルタ…、マルタ(2002・フランス)
  “身に覚えのある痛み。子宮があることってほんとめんどくさい”

マルホランド・ドライブ(2001・アメリカ)
  “魔都ハリウッドには異界への入り口がある。これは「サンセット大通り」21世紀バージョン”

湖のほとりで(2007・イタリア)
  “人の心を学びたい。今まで接した誰もが、私が思っているような人じゃない”

水の中のつぼみ(2007・フランス)
  “心が震えた。私にしか分からない。この映画だけは誰にも汚されたくない”

ミリオンダラー・ベイビー(2004・アメリカ)
  “彼の最後の選択は、愛のために、愛以外の全てに逆らった自己犠牲”

メアリー&マックス(2009・オーストラリア)
  “観終わってしばらくは自失していた。史上最も心に響いた“LOVE YOURSELF FIRST””

めぐりあう時間たち(2002・アメリカ)
  “「ダロウェイ夫人」は読まなければならない。でないと分からない。こんなに卓越した素晴らしい脚本はない”

メルシィ!人生(2000・フランス)
  “その一歩で、ひょっとしたらあなたは1年後、全く違う自分を生きているかも知れない”

約束の旅路(2005・フランス)
  “最後の3分、涙がぼろぼろと零れた。安穏と生きている自分が、ただひたすら恥ずかしくてたまらなくて”

ヤコブへの手紙(2009・フィンランド)
  “神様が最初から最後まで、画面の隅々にまで出ずっぱり。風景感覚がタルコフスキーのよう”

(2005・韓国)
  “映画による純文学。小川洋子の小説にも似た惨い美しさとグロテスクな透明感”

善き人のためのソナタ(2006・ドイツ)
  “人は他人によって自分を発見する。彼に他人はいなかった。彼は他人を発見した、そして自分を発見した”

酔っぱらった馬の時間(2000・イラン)
  “相対性理論が溢れるこの世界。私たちはこの時間に、彼らは酔っぱらった馬の時間に”

4ヶ月、3週と2日(2007・ルーマニア)
  “そうね、あなたには理解できないでしょう、これは私の、私だけの戦いだから”

らくだの涙(2003・ドイツ)
  “らくだが号泣するという衝撃映像”

ラブ・アクチュアリー(2003・イギリス)
  “こんなに幸せにしてくれてありがとう、と本当に素直に心から思ったんだよ本当に素直に”

Lovely Rita(2001・オーストリア)
  “リタの近景は私の遠景。それでもやはりリタが愛おしい”

ルシアとSEX(2001・スペイン)
  “タイトルで妄想膨らませてへらへらしてる奴は豆腐の角で頭打って死ね”

ルナシー(2005・チェコ)
  “ヤン・シュヴァンクマイエル師匠には付いて行く”


レクイエム・フォー・ドリーム(2000・アメリカ)
  “新世代の絶望感の見本市。沈殿せず、延延と空転する、取り付く島もない絶望”

REC/レック(2007・スペイン)
  “POV手法ホラーの傑作。ヨーロッパの闇は深く、個人的主観の生む闇は深く、そこからは何でも現れそうだ”

列車に乗った男(2002・フランス)
  “もしかしたら万に一つ、こうであり得たかも知れない人生と、束の間交錯する、お互いに”

ロード・オブ・ザ・リング/旅の仲間(01・アメリカ)
ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔(02・アメリカ)
ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還(03・アメリカ)
《まとめて1本》 
  “まあ…、だってこれは、どうしたって映画史に残るでしょう”

悪い男(01・韓国)
  “女が客を取る度、男は刺されている。この2人は同じ業を抱えている。いささかフロイト的ではあるにしても”

 

リスト、現在92本。どう考えても100に収まらない…(まだ観ていない候補作が数百もあるというのに!)。どう考えても変なのがいくつも入ってるので(分かってるんだよ!単純に趣味なだけなんだよ!)、いくつか消さなきゃね…。
ところで、トルコ映画の「蜂蜜」入れたかったんですけれども、製作2010年だった。残念ぷりん。


あいつが見てる。

2009年12月05日 16時52分48秒 | 映画のこと。
数日前に和製ゴア映画「東京残酷警察」を鑑賞したよ。ヴァイオレンス・スプラッタの要素と、スラップスティックコメディの要素とが混じった作品でした。ストーリーとしては、民営化した警察と、「エンジニア」と呼ばれる、人体に改造を施した凶悪犯たちとの攻防を描いたものです。同じ波長を持った才能ある変態職人たちが見事に結集したようで、随所に作り手のマニアックな拘りを強く感じました。海外を意識しての日本文化パロディを織り込んだり、ポール・ヴァーホーヴェンのエログロ趣味を髣髴とさせる点もあったり、トッド・ブラウニング的な異形畸形の者たちが闊歩する異世界的な雰囲気もあったり、昭和の胡散臭いアングラ趣味も満載だったり、これはベクシンスキーの絵だな、というものも出て来たり(あの人体椅子ね。脳噛ネウロの世界っぽくもあります)。色々織り込んでいるのですが、方向性としてはブレておらず、一つの世界観がきちんと構築されている。そういう点では、日本人の、“様々なものを受け入れて自分たち流にアレンジする”という特技が上手く昇華された作品と言えます。

私は基本的に、昨今量産されている、拷問・虐殺描写のエンターテイメント化に激しい拒否反応を示す向きなので(もうその存在自体が全く肯定出来ないし、好んでそういうものばかりへらへら笑いながら観ている人は本当にどうかしていると思う)、普段はこういう映画は控えめに言って不快なので理由がない限りまず観ないのですが、今年はこういうスプラッタものは2本観てしまいました。この作品と、フランス映画の「屋敷女」です。これも強烈で、観終わった後はしばらく呆然としていました。この2作を観た理由は同じで、主演女優がとても気になる存在だったからです。「屋敷女」の殺人鬼役のベアトリス・ダルは、ぐはぁ流石!の存在感だったし(でも、最後の“あの”暴力描写はやはりタブーですよ。殺人鬼がベアトリス・ダルだったからこそ観るに値した訳で、もし“あれ”をやる殺人鬼が男という設定だったら、私は製作者らを心底軽蔑しますよ)、「東京~」のしいなえいひ(←漢字の方が良かったのに…)も期待に違わぬ素晴らしさでした!しいなえいひはもうかれこれ15年位前にファッション雑誌で見た瞬間から、その超個性的な雰囲気に強く惹かれているのですが、この作品でも、とにかくモデル出身だけあって、立ち姿がとことん美しかった(監督も彼女の見せ方をよく分かっていた)。そして穏やかに感情を抑えて語る声音に色気があっていいですね。あの、感情に振り回されない、低く穏やかな話し方は見習いたいです。最近よく聞くような、幼稚さをわざと出したキンキン声は心底みっともないと思いますもの。美輪明宏様も仰ってましたよ。最近の歌手、どんどん声が高くなってきているでしょ?って。確かに私もそれは、日本人が幼稚化していることの象徴の1つだと思います。やはり女性は低く穏やかに、たおやかに話す方が絶対にいいです。

そして板尾創路氏!期待に違わぬ怪演です。実際の板尾氏がどういう方かは勿論存じませんが、TVを観ている限り、この方にしか出せない独特の雰囲気があって、しかもこの方はそういう自分の役割をよくご存知だ(笑)。プロとして割り切っている様はもう、見事としか言いようがない。前回の日記の中でも書きましたが、この方の醸す雰囲気は、デイヴィッド・リンチの映画にマッチすると思うんですよ。是非出演して欲しいです。いやその内、ふとした機会にリンチの目に留まって本当にオファーが来るかも知れない。何せあの人は裕木奈江を発見した人だから。あれには本当に、流石だこの人本物だ!と思いましたよ。いや凄かった凄まじかった、「インランド・エンパイア」において、恐ろしく拙い英語でひたむきに、“膣に腸まで届く穴が開いた友人”の話を、刺されて死に掛けている女性の横で、延延と語り続ける裕木奈江は(笑)。観たいなあ、デイヴィッド・リンチの作品の中の板尾氏。ちょっとした1シーンで、風景の中に佇んでいるだけでいいんです、それだけで何かを生む方、何かが成り立つ方ですから(笑)。“板尾が見てる”

限度を知らん。

2009年12月03日 20時59分39秒 | 映画のこと。

こんばんプリン。月イチブログを見捨てないでいてくれてダンケシェーン。皆を愛しちょる。何かとても愛しちょる。ひのちゃんのプリンあげる。ごめんやっぱ惜しい返して。

ところで 今更の話をしますよ。何日か前にまた観たんだけれど、リンチ先生の「インランド・エンパイア」は何回観てもさっぱりプリンです。前作「マルホランド・ドライブ」を更に進化させて最終的な領域に行って(逝って?)しまわれたという感じなのですが、リンチ先生はこだわりのコーヒーの飲み過ぎで人類を超越してしまったのでしょうか。リンチ先生のコーヒーはより麻薬的な効果が高そうです。ひのちゃん1日2リットル位飲むので、どうせならリンチ先生が販売しているコーヒーに変えた方がいいのでしょうか。

映画の難易度を例えるなら、「マルホ~」が板尾創路8人、「インランド~」が板尾創路352人というところですかいやほんとか何だその例えは。「マルホ~」は、それがどういうことか、を瓦解するように理解出来た瞬間があったんですが、「インランド~」は、レンタルの1回程度じゃとても無理だわぁひのちゃんのプリン脳ではお話にならないぞわぁ、とDVDを買って、折りに触れて4、5回はひの棚から取り出しては観ているのですが、未だ消化出来ませんお腹が痛いよぅ胃が痛いよぅでもプリンは食べる。えへ。映画の内容は五重構造(無理矢理分けるなら)なのですが、そのどれもがお互いの世界(次元?)を侵食し合っているので、物質的な感覚で表現するのが非常に難しいですああ板尾が見てる。

5つの世界

①主人公の現実世界
ローラ・ダーン演じる女優ニッキーは、地元の有力者と結婚して裕福な生活を送っている。キャリアは休止中と思われ、世間からは恐らく落ち目位に思われているような立ち位置。この度再起を賭けた映画で、共演者のデヴォンとは不倫関係を演じるが、次第に現実と映画を混同し、現実もそのような方向に向かっていく。

②ハリウッド映画「暗い明日の空の上で」の世界
ポーランド映画のリメイク。ニッキー演じるスーザンとデヴォン演じるビリーには、お互いに結婚相手がいるが、二人は不倫関係に陥る。そこからスーザンの人生は転落の一途を辿る。

③ポーランド映画「47」の世界
「暗い明日の~」のオリジナル。ジプシー民話を基にした物語で、脚本が呪われていたといういわくつきの映画。製作中に2人の主役が殺され、完成しなかった。関係者はこの作品についてあまり語りたがらない。

④ウサギ人間たちの世界
ある部屋の中で、3人のウサギ人間たち(女性2人、男性1人)が奇妙な会話を交わしている。まるで何かのTVショーのように、観客の笑い声が入る。

⑤TVを観ながら泣いている女性の世界
謎の女性が部屋でソファに座り、①~④の映像が流れるTVをひたすら泣きながら観ている。

この5つの世界が、その判別も付かない位に入り組みながら映画が進行します。ジャスト1時間(本当にぴったり1時間・コーヒーを飲みながら計算しやがったなリンチ先生)までは話の筋が解りますが、それを過ぎたら…。あとの2時間は…。300を越える板尾が私をじっと見てる訳ですよ。

でこの映画はどういうことだと自分なりに考えると、ポーランドの映画の撮影中に殺された女優=泣き女(⑤の世界)で、彼女が泣いている部屋は、この世ではない。そしてあの世でもない。その中間の次元にあるエアポケット。迷える魂が滞留する場所といいますか。④は、雑な分類をすると、「マルホ~」でいう“クラブ・シレンシオ”。それぞれ波長の異なる世界を繋索する者たちの場所というか。1つの次元と他の次元の周波数を調整してコネクトする、ある種アダプターのような役割を担う、比較的高次の調整者たちの場所。言葉にすると非常に野暮ではありますが。物質的な言葉では表現しにくいんだ。ああ板尾が見てるんだよ。気が狂いそうだ!
とすると、この映画に関しては、自分的に2つの解釈(ああこの言葉、リンチ先生に怒られそうだ…)が見えて来ました。

Ⅰ.現実(物質)世界で、女優ニッキーがあるリメイク映画の撮影をしている。その脚本に掛けられた呪いにより、次第に彼女は魔術的な観念の迷宮に迷い込んで行き、その過程で、ある「囚われの女」の存在を感じ初める。それはオリジナルのポーランド映画「47」撮影中に殺された女優で、彼女は何か《非常に観念的なもの・ジプシーの呪いかも知れないし、その女性自身の内的な葛藤であるかも知れない》に捕まってエアポケットに留まっている。そしてそのエアポケットからTVを通して、ニッキーのいる物質世界を初め、様々な異なる次元のパノラマを見ている。映画の撮影が進行するにつれ、ニッキーは殺されたオリジナル映画の主演女優(=泣き女)と自分の同化を強くする。そして終にニッキーが、泣き女が完遂出来なかったこと、つまりその未完の映画を完成させることで、呪いを解き、泣き女をその場所から解放する物語。

Ⅱ.ポーランド映画「47」撮影中に殺された女優、彼女は何か《非常に観念的なもの・ジプシーの呪いかも知れないし、その女性自身の内的な葛藤であるかも知れない》に捕まってエアポケットに留まっている。そしてそのエアポケットから、TVを通して様々な異なる次元のパノラマを見ている。その1つに、彼女が生み出した分身(=こうありたかった自分)の世界がある(「分身」に関しては劇中で意味ありげな言葉が出て来る)。その世界は、物質世界とはまた違う次元だが、ある種物質世界との補完性があり、カルマの支払いの場でもある(カルマ=未払いの請求書・「請求書」に関しても劇中で意味ありげな言葉が複数回出て来る)。その次元で未払い分を支払うことで、自縛から自らを解放することが叶う。最後にその世界の自分(ニッキー)と邂逅し、同化して(実際そのシーンはある)成仏する物語。

平たく言えばⅠとⅡは、ニッキーは物質的な形躰を持つ現実の存在か否かの違いです。Ⅱはかなり「マルホ~」に似ていますね。といっても、また次観たら多分感想は変わると思います。今はひのちゃんこう感じているということで。板尾が色々と出て来ましたが、なぜ出て来たかというと、昨日「東京残酷警察」を観たからです。VIVA板尾という感じでした。しいなえいひに痺れました。実は私はしいなえいひが好きなんだ。この映画に関してはまた次の日記で数日中に書きますプリン。


決まったら誰か教えてヨアンナ。

2009年08月02日 10時43分49秒 | 映画のこと。

「去年マリエンバートで」と「ロシュフォールの恋人たち」のDVDが再販されたのには狂喜乱舞でした。これは英断だろおおおお。映画DVDの再販や初ソフト化は頻繁にチェックしているので、この2作に関しては、3月辺りから楽しみにしていました。中古市場で3万とかいう値を付けていたエグい連中は爪切り持って参上して深爪にしてやる。ちょっと血が出るくらい深く切ってやる。ちなみに来月には廉価でブニュエルのシリーズが出るらしいです。価格は1000円ちょっと。ひのとさんはジャケットのお洒落さに結構拘るので、あのちょっと安っぽくてシンプルな感じは厳しいけど…。「哀しみのトリスターナ」は以前の高価バージョンがひの棚にあるし、「小間使の日記」はレンタル落ちビデオを持っている(でもDVDに買い換えたい気持ちはある)けれど、「ブルジョワジーの密かな愉しみ」や「自由の幻想」は持っていないので欲しいかも。 でもジャケットが…(しつこい)。

今再販を心から希望しているのは、タルコフスキーの「サクリファイス」です。これは昔さっさと買っておかなかったことを死ぬほど後悔していますもの。いつか再販されるにしてもジャケットが変わっていたらイヤだな…。あのモノクロのがいいのに。再販されてジャケットが酷くなる場合ってあるじゃないですか、「狩人の夜」の再販のジャケットを見て、これは酷いと思ったよ。前のはかなりかっこ良かったのに。ミッチャムが眠そうなのはどうしたって変わらないですけれども。

「狩人の夜」以前 
http://www.amazon.co.jp/gp/product/images/B0000W3NGQ/sr=1-2/qid=1249177038/ref=dp_image_0?ie=UTF8&n=561958&s=dvd&qid=1249177038&sr=1-2

「狩人の夜」現在
http://www.amazon.co.jp/gp/product/images/B002AEG2BA/sr=1-1/qid=1249177077/ref=dp_image_0?ie=UTF8&n=561958&s=dvd&qid=1249177077&sr=1-1

他にも、「インディア・ソング」も欲しいんです。再販今のところ無理?

バラ売りを頼むから再開してくれと心から希望しているのは「霧の中の風景」。何でBOX売りをするんだ(泣)。バラで売っていた時にさっさと買っておけば良かった。もうかれこれ5年くらい前だろうか、その内買おうと思っていたら廃盤になってさ…。

今、初DVDソフト化を希望しているのは、「尼僧ヨアンナ」と「動くな、死ね、甦れ!」「ハロルドとモード」などです。DVD化を英断下してくれる心ある人たちはいないのだろうか…。うんこ映画(時に下痢映画)は腐るほど量産されているのに、本当に愛されるべき映画って、見捨てられて酷い扱いされている。でも、これが需要と供給の関係というもので、映画がビジネスである以上、仕方ないことなのかも知れないけど。なーんか哀しい。哀しいです。そんな、哀しみのヒノスターナ。


わたしを離さないで

2009年06月22日 20時42分51秒 | 映画のこと。
sigur ros - untitled #1 (vaka)

こんばんそ。突然ですが、遅ればせながら、カズオ・イシグロの小説、「わたしを離さないで」がキーラ・ナイトレイ主演で映画化されると知って、ちょっとうきうき。皆さんは読んだことがあるでしょうか?有名な作品なので、読まれた方も多いと思います。

ひのとさんは以前、本屋を暗い眼差しで徘徊していた時、その帯の文句、
「泣くとか泣かないとか、そんな程度の心の震えでは収まらない」
に魅かれて、「じゃあ震えさせてもらおうかね、このアイルランドの原風景のように荒涼とした心をね!」と手に取ったのですが、確かにラストシーンには、アイルランドの原風景の中に呆然と立ち尽くしたような状態になったのを憶えています(またしても無意味だったかも知れない)。心の柔らか~い所の何かを掻き乱されるような、読み終わってからも何度も反芻したくなる類の作品でした。非常に奇妙な世界観の、何とも言えない求心力のある作品で、筆致や表現や雰囲気の点では、思えば今まで読んで来た作品のどれにも似ていない気がします。設定が似ているというものは沢山在ると思うんですよ。日本の漫画なんか特に。ひのとさんの大好きな漫画家、三原ミツカズ氏の「集積回路のヒマワリ」という短編集(暗い!そして傑作!)の中にも、非常に似た作品がありますし。

内容は、「提供者」と呼ばれる人々をケアする31歳の「介護人」キャシー・Hが、へールシャムと呼ばれる施設での仲間たちとの日々を回想していく、というもの。淡々と語られるのですが、とにかく読む間、何か不穏なものが意識の隅に付いて廻り、終始ずっと張り詰めている感じ(笑)。奇妙な世界を不確かな地図で道案内されて行くようで、最後まで途轍もない緊張感が続きます。重大な秘密が隠されている作品の為(判明するのは100ページ位の所だったかなあ)、詳細を描くべきではないのですが、勘のいい人なら、読み始めてすぐに、あれ、こういうことなんじゃねえかなあ、と分かると思います。ひのちゃんは2ページ目で確信に近い形で分かりましたが、それが分かった所で、作品の本質は全く傷付かないのでご安心を(大体、情報が溢れているので、読む前に“秘密”を知っている人も多いはず)。要は、特殊な環境下にあるということはあくまでも舞台装置で、描かれるものの本質は非常~に普遍的なものだと思うのです。 一言で言うと、「人間関係」です。とにかくこの抑制の効いた文体は凄いのですよ。何を描くにしても、全く感情に溺れていない。おっそろしく残酷な世界の中で、誰もが皆、おっそろしく淡々としている感じ。恐るべし、カズオ・イシグロ。きっとハラグロ。

ところで、リンクはsigur ros の“untitled #1”。ひのとさんはなぜか勝手にこの曲をこの小説のテーマソングにしているのです。小説を読んでいる時、ひの頭に流れていたイメージ音楽がこんな感じだったんです。途轍もなく美しいのに、同時に不協和音的な不安が付きまとうこの感じ、どんぴしゃじゃないですか?この曲のPV映像も、守られた場所から残酷な世界に飛び出して行く子供たち、というような、「わたしを離さないで」の世界観にそっくりな気がするんですが、そう思うのは私だけでしょうか。映画版のラストシーンで、こんな曲なんかが流れていたら、もう、死ぬ。

ドラム缶3杯

2008年12月24日 21時59分05秒 | 映画のこと。

その昔、弟のよしおが例の如くギャーギャーわめき出しました。

「『お母さん』にも『お姉ちゃん』にも『お』が付くのに、僕には付かない!
不公平だ!ずるい!だから僕のことも今日から『およしお』と呼べ!」

ひのとさんとひの母は、そんなアホ丸出しな要求に、
それ相応の詭弁で対応しました。

「『弟』にも『お』が付いてるじゃないか」

そしたらね、

黙ったんだよ。 そんな弟にも冬のボーナスが出ました。こんばんはひのとです。

今年も300本弱の映画を観ましたが、9割がた旧作でした。今年公開された映画で1番面白かったのは…「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」あたりかなあ。まだ「ダークナイト」とか「ミスト」とか、「JUNO/ジュノ」とか、「落下の王国」とかその他色々、絶対観たいんだけど未見のものも沢山あるので、はっきりとは言えませんが、しかし「ゼア~」は面白かったです。「ノーカントリー」なんかより断然良かったよ。タイトルの“blood”=“血”は、血縁の血、流血の血、石油という大地の血、を総括したものでしょうか。悲劇的でシリアスなのに何かすっごく馬鹿らしくって笑えてしまうお話。ラストシーンには、キャッキャッてお猿のように笑ってしまいましたもの。“I drink your milk shake!”“I drink your milk shake!”って、キャッキャッ。もう、業のオンパレード、カルマ返しの映画ですね。「人生は接写で見れば悲劇、俯瞰で見れば喜劇」なんていう、あの偉大なロリコン俳優の言葉を思い出しました。しかしあの不協和音満載の音楽は強力ですね。神経がやられしまいそうですものね。胎児のように丸まって、ひたすら親指をくわえていたくなります。レディオヘッドの人と聴いて、あ~やっぱりね~、と思ったんですが、ひのとさんその昔、レディオヘッドの「OK  Computer」 ってアルバム聴いて具合が悪くなったんだ。それはともかく、P・T・アンダーソン監督にあんな映画が撮れるなんてぶったまげたです。

次に印象的だったのは「イースタン・プロミス」かなあ。傑作と言ってしまうには、ちょい口ごもってしまう感じなのですが、良い映画でした。このところヴィゴ・モーテンセンが気になって仕方ないひのとさんは例の如く、「ヴィゴ!ヴィゴ!」と興奮状態。何あの色っぽさ。いない。あんな50歳、この辺りにいない。この辺りにはアル中とキ☆ガイとごみ虫と膿豚しかいない。しかしこの人はよくちんこ出す。ちなみに「インディアン・ランナー」では、なぜかナチュラルハイ状態でふるちんになっている姿が観られるよ!そしてその後、お兄さんのデヴィッド・モースに、「服を着ろ!」と怒られるんだよ(笑)。ともかく、「イースタン~」のヴィゴの演技はとっても渋くて素晴らしい。醸し出す思惟の密度が極濃で。「刑事ジョン・ブック/目撃者」で画面の端で何やらうろちょろしてた頃(笑)から、どれだけ大物になっとんねん。しかし監督のクローネンバーグ、最近の写真を見たら、何か、顔が露骨に内臓っぽくなってるよね。何だか小腸の内壁の襞みたいになってるよ。内臓っぽい映画ばっか撮ってるからやっぱ顔に出て来るよね。そうだよね、内面は顔に出て来るから、みんなも気を付けようね。ひのとさんも色々溜め込んで吐き出さないから、何か毛穴が極上に詰まっておりますよ。今から念入りにクレンジングしますよ。お休み。


P.S.タイトルは、計算上、今夜日本で排出される○○の量。


1番好きなキャラは亀仙人です。

2008年12月16日 22時54分04秒 | 映画のこと。

オッス、オラ虚空!\(゜∀゜)


虚空になるだろあんなもんは。
こんばんは、虚空仕様のひのとです。

最初から分かってはいたが、悟空が白人だ…!大猿化した悟空のデザインはあんまりだろう……!ハリウッドはどれだけ金だけかけた白痴映画を作れば気が済むのか。どれだけ他国を蹂躙すれば気が済むのか。折りしも某国の記者に靴を投げられた大統領が見せた驚異の動体視力に、「おお、そんなに俊敏ならばお前が戦場に行けばよいのに……!よいのに……!」とひのちゃんのセンシティブな心は震えに震え、TV(アナログ)の前で一人ごちたのですが、このブログには社会的、時事的なことは出来る限り書かないようにしているので書くものか。いや書くものか。書かん………!しかしこれはハリウッドの関係者全員を壁に並べて順繰りに両手で顔をパチンパチンしてやらなければなりません。あと、ペチンペチンも、プチンプチンもしてやらなければなりません。でももちろん私は、前にも言いましたが、テロルは嫌いなのでやりません。出来ません。暴力でどうという発想のテロルは嫌です。チロルが好きです。くれ。チョコレートくれ。

そういえばあの辺って定期的に山火事起こるけれど、理由が分かりました。あれは神の業火なのですね。それは燃やしたくなる、燃やしたくなる……!聖なる林とは名ばかりよ…!もうね、公式にコメントして分からせてやりなよ、鳥山さん。鳥よ羽ばたけ、山よ動け!愛知の田舎から、さあご光臨だ!ところで関係ないけど、サラ・ジェシカ・パーカーはちょっと遠目に見ると白目が全く確認出来なくなるよね。黒目(青目)がちにもほどがあるよね、日本で対抗出来る人というと、小西真奈美位だよね。ごめん、本当に何も関係なかった。ちょっと今、自分死ねと思った。

てゆうか2ヶ月もブログを更新してないと気付き驚愕したのですが、この質の悪いマイペースさを治すには、もはや血液型を変えるしかないと思ったので、今から、高田順次氏が高校時代に7万円かけて血液型をB型からO型に変えたという病院に行って来ます。O型変更コースの7万円はちょっと高いので、5000円のコースで、B型をC型に変えて来ます。


また何かごそごそと出して来る。

2008年10月27日 21時14分00秒 | 映画のこと。

あのね、昨日、7年ぶりに髪を茶色に染めたよ。ヘアダイしたんだい。
そんなことはどうでもいいんダイ。こんばんはひのとダイ。

以前の眠れない夜に、今まで観て来た映画の中で印象的だった映画音楽(曲)を、
あれこれと貼ってみたのですが、その節はコメントを色々とありがとうございました。
まだまだストックがありますので、せっかくなので、そのいくらかをまたここに貼ってみます。
昨日、7年ぶりに何かをやったという人だけ見て下さい。
基本的にその条件に当てはまる方しかここには来ない結界を張っているのですが、
最近、色々な力が衰えて来ましたので、結界もなかなか維持出来ませんので、
もしそうでないという方がいらっしゃった時は、
先日ひのとさんが惨殺してしまったなめくじの冥福を心から祈りながら見て下さい。


「チキ・チキ・バン・バン」より“chitty chitty bang bang”
http://jp.youtube.com/watch?v=ylNwSv6c7m0&feature=related

この歌は今でもCM等で頻繁に使われているので、映画は観ていなくとも、曲だけならよく知っているという方は多いはず。発音の日本語表記は「チリチリベンベン」の方が正確ですね。でも「チリチリベンベン」というと、東野幸治が三味線弾いてる光景を思い浮かべます。


「菊次郎の夏」より“Summer”
http://jp.youtube.com/watch?v=sHhtFOVSC0k

「久石譲」という芸名は、かの音楽プロデューサー「クインシー・ジョーンズ」をもじったということです。ところで、映画「愛のコリーダ」にインスパイアされたと言ってあんな曲を作ってしまうクインシー・ジョーンズの感性がどうなっちゃってるのか、私は本当によく分からないですよ。もちろん名曲だとは思いますが。
《参考》 “愛のコリーダ”
http://jp.youtube.com/watch?v=a7Vi40fVC-0


 「誰も知らない」より“宝石”
http://jp.youtube.com/watch?v=8gMUz5nGcAY

繊細で痛々しくて不器用で、透明感のある声ですね。心に抱えた無数の微細な傷が痛みをぶり返して、共振してしまうような感じ。映画の世界観にもこれ以上ない位に見事にマッチしています。ほぼ無名に近かったタテタカコさんを起用した監督、偉い。上手い。


「ゲド戦記」より“テルーの唄”
http://jp.youtube.com/watch?v=ZEMSj6Ad9Pc

映画も出来が良くなかったし、作詞に関しても残念なことがありましたが、歌は素直に素晴らしいです。あー天上の声音…。もうこれこの世の声ではないよ…。昇天する…。でもあれなんだ。手島さんは実はヘビメタ狂なんだ。


「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」より“Je T'aime Moi Non Plus”
http://jp.youtube.com/watch?v=sHiMDB19Dyc

映画もインパクトありましたが、この曲も強烈。ジェーン・バーキンとセルジュ・ゲンズブールのカップルなんて極濃なもの、農耕民族のひのとさんは見ているだけで食中毒起こしそうです。回収せんと!餃子や蒟蒻ゼリーなんかよりもこっちの方早く回収せんと!


「ダンサー・イン・ザ・ダーク」より“I've Seen It All”
http://jp.youtube.com/watch?v=62pLY5zFTtc

この映画で凄いのはこの列車シークエンス。ちょーっと見せ方が見事だと思います。音楽と映像が見事に融合して、他では真似出来ないような強烈な世界観を作り出している。そもそもビョークとラース・フォン・トリアーですよ、その時点である意味出オチですよ。


「暗い日曜日」より“Szomorú vasárnap”
http://jp.youtube.com/watch?v=jOqiolytFw4&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=YwLXQxQcs1Y

主演のエリカ・マロジャーンという女優さんが、瞠目してしまうほどの美貌の持ち主で、成熟した大人の色香を放っていて、もー溜息が出てしまいます。2つめは、私もアルバムを持っているフランスのシャンソン歌手、ダミアの歌唱バージョン“Sombre Dimanche”。歌詞は、「私はいつか日曜日に死のう」とか、そんな感じ。うーん、暗い!暗くて良い!


「極道恐怖大劇場 牛頭」より“牛頭の唄”
http://jp.youtube.com/watch?v=87RvtFygSr8

この映画は個人的には傑作だと思っています。この映画はまさに、「デイヴィッド・リンチがVシネを撮ったら」です。嗚呼何という痒い所に手が届く感じ!三池監督、ファンタスティック!そして女優の吉野さん、ひのとさんは結構好きなのに、何か色々と最近、どうなっちゃってんだ。


「ひかりのまち」より“Molly”
 http://jp.youtube.com/watch?v=cSQNP7f9N5Q

90年代のナイマンの映画音楽は素晴らし過ぎです。「ピアノ・レッスン」「ガタカ」「ひかりのまち」等々。映画の内容よりも音楽のほうが印象的だったりする。


「キル・ビル」より“Bang Bang”
http://jp.youtube.com/watch?v=T5Xl0Qry-hA

この歌はカバーされていて、オランダ人歌手、アン・バートンの歌唱バージョンもお薦め。しっとりとした大人の情感があって良いですよ。


「スワロウテイル」より“Swallowtail Butterfly~あいのうた~” http://jp.youtube.com/watch?v=zL9GzM7dQi4

この曲は凄いなあ。タモさんも昔、Mステでこの曲に聴き惚れて仕事忘れていましたよ。CHARAは代替不可能な歌手ですね。年齢不詳で独特の感性を持っていて。あの声音は自然のものではなく意識的に出しているそうですが、意図的にあんな声を出し続けて、いつ喉に悪性のポリープが出来るんじゃねえかとドキドキしています。


「ホテル・ルワンダ」より“Million Voices”
http://jp.youtube.com/watch?v=yT0l4VqH0ds

「世界平和のために私に何が出来ますか?」
そんな記者の質問に、マザー・テレサはこう答えました。
「家に帰って、家族を大事にして下さい」
これ以上の言葉がありますか。いや、ない(反語)。


ということで、皆さんのお陰でなめくじちゃんも昇天してくれるようです。
ひのとさんもまた、思い出したら何やらごそごそとやりだすと思うので、
どうぞよろしくお願いダイ。それではさよならダイ。


バニシング―消失―

2008年10月21日 22時44分26秒 | 映画のこと。

こんばんそ。
世界一魅力的なうんこ、
もしくは自滅的アンビバレンス保有者、
もしくは限りなく病人に近い健常者、ひのとです。


土曜日。
映画を観る為に早起きする。出発前に母から「ひのちゃんはけそけそだから気を付けなさい」と謎の忠告を受ける(恐らくけそけそとは、粗忽者、うっかり者、慌て者、等々の総称だと思われる)。
早朝に出発する電車に乗ろうと駅に行き、予定時刻の15分前にホームに2両列車が入って来たので、迷わずその電車の2両目の座席に座って出発を待つ。ぼんやりしているとなぜか突然、右腕の銀のブレスレットがプツッと切れる。ハアアア何と不吉な!そういえばもう15分以上待っていて出発時間を少々過ぎているのに、いつまで経っても電車が出発しない。いや、でもきっと私の携帯電話の時計が進んでいるのだ、そうなのだ、と考えようとしていたら、やっと流れた車内アナウンスが案内したのは、間逆の行き先。ハアアアそんな馬鹿な!
慌てて飛び出すと、1両目が消失している。
知らない内に電車の接続が切り離され、1両目だけ出発している。
2両目のひのちゃん、置き去りにされる。

ホームに佇み、幼稚園児の頃、PL学園のお泊り保育で1人だけ忘れ去られてプールに置き去りにされた苦い経験が蘇る。畜生、ここは1両列車が魑魅魍魎のように跋扈するうんこ県だということをすっかり忘れていたよ!しかしどうやら、今から来る別路線の列車でも同じ位の時間に目的地に到達出来るということで、その路線初体験で乗ってみることにした。その電車での道行では、行商の女性たちが乗っていた為にとても魚臭かったものの特に問題もなく、平和に目的地に到着出来た。そうだブレスレットが突然切れたのも、もしあの時1両目に乗って普通に出発していたら、きっと何か恐ろしいことが起きていたに違いない、きっとあの車両には、花柄の服を着た女を見るとうんこを投げて来る変態が乗っていたのかも知れない、嗚呼、無事で良かった、と拙いプラス思考で良い方に考えることにした。

関門海峡を越えて小倉に到着し、最初に「崖の上のポニョ」を鑑賞。観るか観まいか悩んでいたのだけれど、宮崎駿監督の作品は何をおいてもやはり映画館で見るべきだという結論に達し、世間から大分遅れて観ることになった。観客はほぼ親子連れもしくは友達同士で来ている子供たち。

移動して下関に移る。下関にはうんこ県山口最大のショッピングモールであるシーモールがあり、その中に下関唯一の映画館がある(ちなみに経営者は奥田英二氏)。そこで「イントゥ・ザ・ワイルド」を観る。もうこの映画を上映している映画館はあまりないので幸運だった(ところで、ショーン・ペン監督というと、「インディアン・ランナー」がもう傑作過ぎなので、観てない人は観ようね!)。上映時間15分前にチケットを買い、案内された劇場に入る。誰もいない。ええええ!?衝撃でブッと屁が出る。5分前になっても誰も入って来ない。えええええ!?またブロッと屁が出る。もう実も出そうだよ!1人!?ひのちゃん1人!?それは初体験じゃけんど!!てゆうか逆に寛げないよ!映画館の経営のことが心配になっちゃうよ!私だってネットクーポンの割引で300円引いてもらったんだし!と心優しく懊悩していたら、1分前に男性が1人入って来る。やった!いた!と3列ほど前に座った男性を感謝の心を込めて観察していると彼は、おもむろに鞄から取り出した小説を優雅に読み始める。ええええ!?もう上映開始だよ!?当然、本を開いた10秒後位にブザーが鳴り、劇場が暗くなる。ぬはあ世の中素敵な人が多いよ!と感動していたら、その後もう1人入って来て、私の何列か後ろに座る。結局観客は3人となる。

上映中、腹が張って1回ほど屁をこいたのですが、誤魔化せると思うほど私の考えは甘っちょろくありません。後ろの人は間違いなく気付いていたと思います。本当にすみませんでした。その上、主人公が荒野でどんどん飢えて行くのに、ひのちゃんは隣のドラッグストアで買ったソイジョイとかグミをむちょむちょと食べてました。だから屁が出るんです。本当にすみませんでした。人間として本当にすみませんでした。

《ネタばれなし色気なし一言感想》

「ポニョ」→宮崎さんは本当にどうしようもない頑固ジジイなんだろうな、
      周囲の人間は胃壁がびらんびらんに爛れているだろうな、と心底思いました。
「荒野へ」→観る年代と人生経験の差によって、印象が全く変わる類の映画ですね。

帰りの電車では、延々と謎の呪文を繰り返す酔っ払いと乗り合わせる。多分これは私を今より更にけそけそにさせる呪文に違いないので、聞かないように、持って来た音楽を聴く。土曜の夜にはやっぱこれ。
http://jp.youtube.com/watch?v=JyAtDxZF0Ow

そんなこんなで、1日がかりで2本の映画を観る、ひのちゃんの休日。
(でも前回最後に映画館に行ったのって、ジョニー・デップのチョコレート工場のやつだったような…。映画好きなのに、ほとんど映画館で映画を観られない)。


眠れないのでごそごそ動き出す。

2008年10月11日 01時28分59秒 | 映画のこと。

突然ですが、まだ何時間も眠れそうにないので、思いつきで、
今まで映画を観ていて、特に印象的だった曲などを集めてみました。
物凄く独善的でかなり投げっぱな日記になりますが、
お暇なら付き合って。お暇じゃないなら会社も学校もやめて暇作って来い。


「キャバレー」より
http://jp.youtube.com/watch?v=_D7AebhY4qg&feature=related

♪オ・カバレ♪ ♪オ・カバレ♪ ♪オ・カバレ♪ これは大好きな映画です。ドイツの退廃芸術の匂いがぷんぷんしますね。狂乱の1920年代の雰囲気といいますか、マレーネ・ディートリッヒ主演の「嘆きの天使」とか、ルイーズ・ブルック主演の「パンドラの箱」を彷彿とさせます。てか絶対意識したんだと思うんだけど、ライザ・ミネリ演じる主人公の見た目、「パンドラの箱」でルイーズ・ブルックが演じたルルにとても似ていますね(もちろんルルには本質的にはとても適いませんが…)。


「千と千尋の神隠し」より“いのちの名前” 
http://jp.youtube.com/watch?v=xfUZkXxuAzY&feature=related


久石譲氏と平原綾香譲の組み合わせなんてもう、天上の音楽です。至福です。日本独自の歌詞世界の美しさに、その音魂に、声音に、酔ってしまいます。最近すっかりJ-POP評論家と化しているマーティ・フリードマン氏が、平原さんの声を「人間の声を超えてる」「天使だ」等々と評していましたが、確かにこの声を聴いていたら、天上界の下層くらいには昇っていけそうな気がしますね。こんな私でも(笑)。こういう曲を聴くと日本に生まれて良かったと思いますね。


「千と千尋の神隠し」より“いつも何度でも”
http://jp.youtube.com/watch?v=V3NMXXd7fIQ

私はオリジナルは実はそれほど好きになれないのですが、歌詞の美しさはやはり筆舌に尽くしがたい。温かく、美しく、それでいて胸を締め付けられるような。“切ない”んです。そして“懐かしい”。“切ない”という言葉は、なかなか他の言語には訳せない日本独自の概念のようです(英訳すると、何ということか、“sad”になってしまう!“懐かしい”も英語にはぴったりな言葉がない)。でも人の琴線に触れる曲は、拡散し越境して行きます。これはシンガポールの合唱団が歌っているみたいですね。とても清廉で美しい響きです。


「マルホランド・ドライブ」より“Llorando”
http://jp.youtube.com/watch?v=jLhbf-K10IM

この映画の完成度は何なんでしょうか。こんなに歪なのに、完璧。異常です。リンチって、瞑想が日課だそうですよ。なるほどな、と思いました。きっとその時に何かにアクセスしているんですよ、この人は。この映画は寝付けない夜にDVD棚(現在130枚程度所蔵)から取り出すいくつかの作品の1つで、今まで10回以上観ているかも。「楽団はいません。全て録音です」この映画の答えは全てこのクラブ・シレンシオの狂言回しの台詞にあります。この映画に関してだけは、いつか自分の感想を完璧に書いてみたいなあ。


「CODE46」より“warning sign”
http://jp.youtube.com/watch?v=TEDkZ02pmWo

映画自体は非常に残念なものですが、コールドプレイは良いですね。あまり音楽に詳しい方ではなく、最近は流行のロックもポップスもとんと聴かないのですが、コールドプレイは今もかなり人気があるみたいですね。数年前に「静寂の世界」というアルバムを聴いた時は鳥肌立つくらい感動しました。ヘビーローテで聴いてたなあ。そのアルバムにこの曲が入っていましたね。


「ピアノ・レッスン」より“The Sacrifice”
http://jp.youtube.com/watch?v=0Su8LXNS16A

「この映画にはこれ以外の曲は考えられない」という曲があります。これがそれ。代替可能な軽佻浮薄な音楽が溢れる中で、それはもう奇跡みたいなものです。そういうものに会えた時の感動って何か違います。何だろう、この心の琴線を掻き毟るような音楽は。たまらないです。それにしても90年代のマイケル・ナイマンの映画音楽はことごとく好きだったなあ。「ガタカ」なんかの音楽も感動した。


「ドニー・ダーコ」より“Mad World”
http://jp.youtube.com/watch?v=4N3N1MlvVc4

pvを乗せてみました。ちなみにこの映画、セルDVDには、映画を紐解くのに、ちょい難解だけれどかなりヒントになる解説書(劇中に出て来る変なお婆さんが書いた本の抜粋)がこっそりと付いているのだけれど、レンタルで観た方はご存知なかったりするのだろうか。これを読むと読まないとでは、この映画に対する感じ方が変わって来るかも知れないですよ。


「息子の部屋」より”By This River”
http://jp.youtube.com/watch?v=w2WURHY3D4A

部屋の温度が下がりそうですね。でもいい曲だ…。イタリア人もこんな内省的な音楽を聴くんですね(笑)。ブライアン・イーノに関してはあまり知らなくて(アンビエントの人というイメージがある)、特に曲を聴いたこともないのですが、今この曲を思い出した。これから彼のアルバムも聴いてみようかしら。


「クロウ 飛翔伝説」より“It Can't Rain All The Time”
http://jp.youtube.com/watch?v=aNOMQwTdmto&feature=related

暗くて官能的で絶望的で、かつ愛に塗れた世界。いいなあ。やっぱこの映画いいなあ。この曲を歌うジェーン・シベリーのことももちろんひのちゃんはよく知りません。ひのちゃんはことごとく何も知りません。でもこの曲には一聴き惚れしました。歌詞も映画の世界観にぴったんこでした。“こんな世の中で愛の勝利を信じるのは難しい”それでも、“晴れる日もある”。


「CASSHERN」 より“誰かの願いが叶うころ”
http://jp.youtube.com/watch?v=yjO8vVAgs1U

映画自体は残念なんです(笑)。でもこの曲の歌詞の深いこと。並みの人には書けないと思いますよ。そうよねえ。誰かが笑えば誰かが泣くんだよねえ。別に宇多田さんのファンという訳ではないのですが、これまでに2、3曲、とても感動した曲がありました。ところで宇多田さんって、結構軽い話し方をするけれど、全然そういう人に見えないですね。凄く孤独で、凄く聡明な人という印象があります。彼女をTVで観る度(といっても歌番組は最近全然観ないのですが)、凄い質量の闇を感じるのは私だけじゃないはず…。


「ヴィタール」より“Blue Bird”
http://jp.youtube.com/watch?v=dui28Lncz0M

これも映画自体は残念なんです(笑)。しかしCOCCOのエンディング曲はやはり素晴らしい。この人の心の中ってどうなってるんだろう。ちなみに、私が今まで聴いて来た曲の中で1番好きな曲は、これではないんですが、COCCOの曲です。


「ノミ・ソング」より“The Cold Song”
http://jp.youtube.com/watch?v=0Ri8_C5mQx8

クラウス・ノミに関しては、ほとんど何も知りませんでしたし、ドキュメンタリーを観た今も、やはりほとんど何も知りません。とにかく私は音楽のことは何も知りません(笑)。しかし、この悲壮な歌を聴いちゃうと。何か。もう。これからそう間もなくして彼は亡くなるんですね。彼は初めてエイズで死んだ人です(名のある人としては、ですが)。周りの全ての人間から忌み嫌われ、恐れられ、拒絶されて死ぬなんて、一体どれだけの孤独だったでしょうか。


「スタンド・バイ・ミー」より“Stand By Me”
http://jp.youtube.com/watch?v=Vu3KowzfJdQ&feature=related

映画が名作、かつ同名主題歌が名曲なのは言わずもがななのですが、異色の動画セレクトをしてみました。この映画とは全然関係ない人が出て来ますが、偶然見付けた映像があまりにもかっこ良かったので。やっぱこの人かっこいいですね。



ということで、眠れない夜の長話でした。今から眠れるまで、何しようかなあ…。


むしろタモさん賛歌。

2008年09月30日 20時20分55秒 | 映画のこと。
パニック映画の「タワーリング・インフェルノ」を観ていたら、とっても豪華で見事な映画なんですが、あんまりにも尺が長いので、「ひのちゃん長い映画イヤッ!イヤイヤッ!」と不機嫌になってお尻をプリプリ振りながらパソコンの前に来てネットオークションにアクセスしようとしたら、ポール・ニューマンが死んでいる。いや嘘付くなよ、今しがた聳え立つ地獄の塔で物凄く元気に救出活動をしてたじゃないかよ!と脳内カオスがプリプリ発生して混乱したんですが、やっぱり本当に亡くなっているということで、ああ…そうか…例の虫の知らせか…としんみりなりました。南~無~。ポール・ニューマンさん、素晴らしい映画の数々をありがとうございました。貴殿の映画史への貢献に対して極東から般若心経を唱えて送ります(もちろん皆さんご存知でしょうが、ひのちゃんはこういう時に備えて、失礼に当たらないように般若心経は完全暗記しております)。ちなみに私の敬愛するタモさんが昔TV番組で、女性経験のない一般人男性に向かって、嬉しそうに、「ポ~ル・ニュ~・マン!」と言っていましたね。出演者全員、完全スルーしていたんですけどね。上手いんですけどね。絶対零度の空気の中、1人でキャッキャっと無邪気に笑っていたタモさんが愛らしかったですね。いやもうタモさんは愛らしいですよ。昔、いいとものクイズコーナーで、人気の犬ランキングで色々な犬種の子犬が出て来た時、司会をまるで無視して、「おい、これ、伸びるぜ!」とスキッ歯全開の素敵笑顔を浮かべて、パグ犬の背中のたるみを一生懸命伸ばしていた姿なんか、目に焼き付いて離れません。すいませんニューマンさん。何かもうこの日記、追悼でも何でもねえ。でもニューマンさんはこんなブログ、多分絶対読まねえ。


終戦の日にふと思う~ヴィム・ヴェンダースに溝口を見たこと。

2008年08月15日 18時55分46秒 | 映画のこと。
「アメリカ人は世界一の田舎者だ」
ある小説家がある小説の中でそう書きました。

もう幾分か前ですが、9・11以降のアメリカを描いた「ランド・オブ・プレンティ」を観た時、私はその言葉を思い出しました。書く気はなかったのですが、色々と世界に対して思うことが増えて来たので、自分を救う為には1番相応しいと思われる、この映画の感想を書こうと思います(笑)。

私には長らく、「ヴィム・ヴェンダースはなぜアメリカに行ったの?アメリカ大好きっ子なの?」という疑問と偏見があって、私だけでなくそれは本当に多くの映画ファンがそう思っていただろうと思いますが、しかしこの映画を観て、自分のそれまでの浅薄さに恥じ入ってしまいました。ヴィム・ヴェンダース監督に対する見方が恥ずかしながら劇的に変わってしまったのです。

この映画によって私は、彼は想像以上に謙虚で繊細で理知的な人であること、彼はアメリカ的な思想に偏してなどいないことを知ったのです。彼は客観的な認識能力を保持し、彼らの無知と傲慢をきちんと見据えている。アメリカに対してはあくまでも外部出身者としての客員的な態度を崩してはおらず、アメリカを愛しているけれども腹6分程度の姿勢を堅持し、時にその激越な趨勢に静粛に反駁し、時に彼らの操作された無知に深い憐憫を覚えながら、アメリカという国を傍見している。しかしながら看過はせずに。その証拠がこの作品でしょう。そこには冷徹な目で事象を見据える、憂国の士としてのヴィム・ヴェンダースの姿がありました。

そしてある種、私は救われました。それは、私が長らく持っていた心象、記号としてのアメリカのある種の愚劣さ、無知蒙昧さのイメージは、あながち私の偏った妄想ではなかったということを、アメリカの比較的深部までをも良く知るヴィム・ヴェンダースから証明されたから。そして、私が、“包括的概念から見たアメリカ”に自己反省して欲しかったことを、見事に彼はそこに提示してくれたからです。知性と責任の伴わない自由は、自由ではなく放埓であるということ、強者にはそれに見合った孤高の厳粛な責務が伴うということ、そして今のアメリカは、それらに関して臨界的な状態にあるということを。

この映画の登場人物1人1人は、記号です。ある登場人物は、アメリカを席巻する不穏な思想の、操作された無知の、暗愚の、未熟さの、偏重の、凝った観念的暴威の記号です。またある人物は、善意の、慈愛の、客観性の、怯えながらも公平でありたいと願い未熟ながらも成熟を目指すそんな高位の精神性の、アメリカに有史以来欠如し続けて来た包括的視点の記号です。この映画にはアメリカを(引いてはこの世界全てを)構成する事象の記号が無数に詰め込まれていて、その配置の完璧さは、もはや数学的ですらあります。それはもう、哲学的叡智を感じさせるほどに。私はこれは、神様の言伝のように思えます。この作品の登場人物には色があるけれど、それを包括する作品の枠、皮膜、それ自体には色がないのです。要は、寓意の映画なのです。

「ランド・オブ・プレンティ」=「豊饒の国」
ちょっと他にない位、見事なタイトルだと思う。
ナイフで抉るような残酷さ、強烈な皮肉。でもそれは、色のない愛情に裏打ちされている。
その根底に冷徹さがないと、生み出すことなど出来ないタイトルです。

冷徹さ。
冷徹さとは、冷酷さとは全く違うものです。
冷徹さとは、紛い物の愛情を生みがちな甘さを排した、厳粛な愛情のことです。
冷徹であるということは、厳粛な愛情があるということ、そこに神の目線があるということです。
俯瞰し、不偏不党の目で真理を見ている、ということです。

今まで、それを感じた映画は2つあります。
ああこれは神様の映画だ、と思った映画。
それは、フェリーニの「道」と、溝口健二の「山椒大夫」です。
両方とも、好きな映画ではありません。
観ることそれ自体がある種の試練であると思うほど苦しい映画です。
ただ、厳然と真理が描かれた、ぐうの音も出ない、ひたすら見事な映画です。
そこに描かれるのは、完璧な寓意であり、天から見た一連の人間の有象無象。
そして、神様はそんな有象無象を、取るに足らない宇宙の僻隅の塵芥を、
全力で愛しているのだ、と感じさせてくれる、そんな映画。

人間を色のない目で俯瞰して見ているという点で、
存在する次元はやはり何かが違うけれども、大別すると、
「ランド・オブ・プレンティ」も、もしくは同じラインに乗るものではないでしょうか。
私はそう思ってしまいました。

ヴィム・ヴェンダース監督は、小津監督を礼賛して来ました。
でも私は長らく、それはあれでしょ、ポーズでしょ?と疑っていました。
なぜなら、様々な欧米の監督が、小津監督をリスペクトすると言ってはいるけれど、
彼らが言うのは結局のところ、「OZU」なのだな、とよく思うことがあるから。
でも彼はきちんと、「小津」を感じ取ってくれているのかも知れない、
あの映画に「豊饒の国」と名付ける繊細な感性を感じ取った時、初めてそう思えました。

ちなみに、冒頭に書いた作家は村上龍のことですね。
ヴィム・ヴェンダースの次回作は、件の作品、「イン・ザ・ミソ・スープ」。
最初は、うっそおおおお!?マジで!?と思いましたが、一呼吸して考えた時、
それは必然的だとすら思いました。
私は残念ながら、今の日本を心から誇ることは出来ません。
彼は、客員として、今の日本に何を見るのでしょうか?
期待します。

理不尽と偏見と無情の世界で

2008年06月25日 22時25分00秒 | 映画のこと。

数日前、職場に行ったら、店長が警察に殺人未遂容疑を掛けられていたのだが、この話は全然面白くないのでしない。

えっと、以前にカンヌで伊勢谷&木村がどうとか芸能ニュースでやってたあの映画が「ブラインドネス」だったんですね。今頃知った。去年の6月にここで書いた「白の闇」が原作の映画ですね。しかし先刻IMDBに飛んで役どころを調べてみたら何ということだ伊勢谷氏が最初に失明する役じゃない…!冒頭に車で交差点を運転中にいきなり失明するんだよ。小説の通りだったら。どういう経緯でそういう配役になったのか知らないけれど、また例の「悪いものは大体アフリカかアジアから来るんだ」的な欧米的なアレでないことを望む。まだ観ていないので全部勝手な予測云々ではありますが、しかし小説の持つ寓意を考えれば考えるほど何かやっぱりムカつくな。しかし今日はほんとムカつくことばかりだったな。あんまりムカつくことばかりだったので、今から壁100発殴ります。痛いのでやっぱりやめます。結局腹を立てるとと損するのは自分です。ひのちゃんのように心優しき善良な人たちは気を付けようね☆

そういや偏見映画といえば「シルク」観ました。これも映画化される大分前に原作読んだんですが、最初のページで、作者の頭をトンカチで殴る為にイタリアに渡らねば思った記憶が。何かね、前書きで日本の読者に対して言い訳しとるんですよ。これを書いた時はまさか日本で出版されるとは思わなかっただとか、おかしい所があっても、これはヨーロッパ人がイメージで描いた東洋だということを理解しなさい、みたいなね。謝罪でも何でもない上に、文体が全然謙虚じゃなかったので、何だかカチンと来た。内容も、ステレオタイプな東洋のイメージだけで書いたような小説でした。日本のイメージも大分おかしいけれど、多分舞台になったフランスの描写もきっと何かおかしいんじゃないかと思うよ。養蚕業の描写なんかも素人目に見てもあまりにも適当で、さすがにこれはいかんやろと思うよ。養蚕業の人も怒ると思うよ。映画化した人は勇敢過ぎるよ。てゆうかそれむしろ蛮勇っていうんじゃないかと思うよ。

しかし今日はムカつくことばかりでした。
ほんと世の中、何十年生きても何も知らない幼稚な人が多過ぎます。
ほんと理不尽な話ですよ。

でも何やかんやありますが、
もちろん皆さんを愛してます。
今日は今から、前みたいにうっかり失明しない程度に適度に風呂に入って、
明後日が返却期日になっている「インビジブル・ウェーブ」を観て寝ます。
それではお休みなさいませ。


びっくりしたね。

2008年05月28日 21時16分03秒 | 映画のこと。
この世で1番愛らしいものは豚だね。2番目はプリンだね。と来ると3番目は豚肉プリンに決まってるよね。こんばんはひのとです。

ひのとさんの持論ですが、豚かプリンを付けたら大概のものは愛らしくなります。ということで最近は弟のよしお(仮名)のことを、「よし豚ちゃん」もしくは「よっちゃんプリン」と呼んでいるよ(心の中で)。豚かプリンを付けたら大概のものはまろやかになります。豚かプリンを付けたら大概のものは丸くなります。豚かプリンを付けたら大概のことは許されます。ということで、みんなも会社や学校のイヤな奴に言ってやればいいよ、「貴様なんぞブヒブヒ、全身にタチの悪いじゅくじゅくの膿疱疹でも出来て死んでしまえプリン」とかね。うん、大丈夫だ。全然感じ悪くないですよね。全然悪意なんて見えませんよね。いやむしろ包み込むように温かな慈愛すら感じさせますよね。

なぜ豚の話が出たかというと、宮崎駿監督の最新作が今年公開になるな~、と思い出したからです。駿ちゃんと言えば、豚とスターリンですからね。分からんかったら調べろね。ひのとさん、「千と千尋~」を初めて観た時は、世の大概の人と同じくものごっつがっかりしたんですが、2度目に観た時、その観念世界が無尽蔵に広がっていることに気付いて愕然としたんです。それから今までに何度も観てますが、実は観る度に発見がある凄い作品ですよ。びっくりしたね。それまではこの監督の作品では個人的に「ラピュタ」がダントツの1位だったんですが、今では同立かも知れん。

あ、全然関係ないですが、関係なくもないか、映画のことだから。昨日レンタル店に行った時、ズラッと並んだ映画作品の中で、数年前に観たある映画のジャケットが目に付いたんですが、思えばそれは私が今まで観た中で1番意味の分からなかった映画でした。一応紹介しておきますね。比較的人より映画を観ている方ですが、これほど訳の分からない映画にはひょっとしたらもう2度と遭えんかも知れん。それは、ジェーン・カンピオンの「ホーリー・スモーク」です。びっくりしたね。あんなに破綻した映画を観たことがないですもん。びっくりしたね。多分ね、アレとった時ね、ジェーン・カンピオンね、色々なプレッシャーでね、狂ってたんだと思うプリンよ(みんシネのこの映画のページの1番の方のレビューは完璧だと思う)。

余談ですが、びっくりしたといえば、昨日、ジュースのネクターに「さわやか」と書いてるのを発見しました。びっくりしたね。ネクターがさわやかって、それは無理じゃろ。1番言ってはいけんことじゃろ。誇大広告じゃろ。これはJAROに電話せんといけんじゃろ。

涅槃を見た顔。

2008年05月23日 21時11分09秒 | 映画のこと。

こんばんそ。昨日、病院の精密検査の結果が出ました。前々から怪しいと思っていたんですが、結果は予想以上に酷いものでした。残念ながら、ひのとさんは煩悩が293あることが判明しました。平均値を大分上回っているようです。あのね、仏教で言う108っていうのはあくまでも目安ですからね。皆さんも25歳を超えたらきちんと精密検査を受けた方がいいですよ。

煩悩病院の電話番号を置いておきますね。
TEL 03-3604-2000
注)受付の女性に少々問題があり、一方的に何やら話し掛けて来て、こちらの用件をなかなか聞いて貰えず、予約が出来ない可能性もあるので注意して下さい。

ひのとさんの中でここ数ヶ月悪化しているのが物欲なんですが、だって仕方ないよ、DVDソフトのまさかのリリースが続いているんですもの。このご時世に、幻の映画「小さな悪の華」や、「プリティ・ベビー」がDVDソフト化されるなんて思いませんよ。そりゃ買うよ。それにあんな映画ども、いつ回収されるか分からんし。どうするよ、ひのとさん、児童ポルノ単純所持禁止法で両手が後ろに回ってしまうよ。黒と白のしましまの服を着ないといかんよ。それにしても、噂には聞いていたものの、「小さな悪の華」のラストには驚愕です。さすが伝説のトラウマムービーです。個人的には「赤い影」のラストシーンくらい怖かったよ。

更に、数年前から観たかった「死化粧師オロスコ」まで再リリースです。そりゃ買うよ。これは、世界一治安の悪い国と言われるコロンビアの、更に最悪の治安状態の街で、数十年もの間エンバーマーの仕事に従事しているオロスコおじちゃんを日本人監督が追ったドキュメンタリーです。凄いよ。本当に凄いのだよ。滅茶苦茶だよ、コロンビア。道端に死体が転がっていても、誰も驚かないのだよ。子供ですらこれっぽっちも騒がないのだよ。とにかく滅茶苦茶なのだよ。オロスコおじちゃんも、「死者に対する敬意がないといけない」と自身の哲学を語り、仕事ぶりも非常に真面目でストイックなんですが、でもお前、別の所で調べたら、死体にドラッグを詰めてアメリカに運んだことあるらしいな。という訳で、滅茶苦茶ですよ。とにかく、オロスコおじちゃんの仕事も、彼を取り巻く環境もそりゃもう強烈です。血や内臓もぶりぶり出て来るし、耐性がない人にはちょいと無理かも知れぬよ。

そういえばひのとさんは以前に、ブタペストの解剖医ヤーノシュおじちゃんを追った、「死体解剖医ヤーノシュ」というものも観たことがあって(東欧って検死先進国が多い)、死体を扱う人々に何かしら興味を感じたんです。とはいってもあまり誤解されたくないのですが、ひのとさんはグロ映像マニアとか特別そういうのではなく(興味はある方ですが)、むしろその奥にあるものに惹かれるんですよ。人の死に向き合う人たちには何とも言えん哲学があってね、それがたまらん。惹かれるのは物質的なものじゃなくて、そこにある独特の精神性なんですね。彼ら2人を見ても、何か凡人と違うもの。全然違うもの。顔を見てご覧よ、めったなことで出来るような容貌をしてないもの。何なのこの人たち、何なのその顔。一体どれだけのものを見て来てこうなったの。 彼らに比べたらひのとさんなんて盲目の鼠野郎ですよ。

ということで、どう考えても能動的に観ようとしない限りなかなか観られるものではないし、かなり間口の狭い作品群ですが、興味のある方はご覧になってみて下さい。ちなみに、「オロスコ」のジャケットの宣伝コメントがギャスパー・ノエだったのにはびっくりしたけどちょいと笑ったよ。