シューマッハカレッジ留学記

英国トトネスにあるシューマッハカレッジ。その在りし日々とイギリスのオーガニックな暮らしを記録した留学記です。

1.不思議の街 トトネス

2022-12-18 | 1.不思議の街トトネス



偶然のきっかけ

8月の末、成田発のイギリス・ヒースロー空港行きの飛行機は、天候にも恵まれて順調に目的地へ向かって飛行していた。観光や語学留学に行くのであろう10代後半から20代半ばくらいの若い人達で機内は満席であった。周囲とは少し年齢差はあるものの、やはり私もイギリスの南西部デヴォン州トトネスという小さな街にある大学院に留学するためにその飛行機に乗っていた。

ある日、インターネットで何の気なしにその大学院のホームページにアクセスしたところ、思わぬニュースが目に飛び込んできた。
「今年9月より世界最初の“ホリスティック・サイエンス”の大学院コースを開講予定。講師には、ブライアン・グッドウィン、ジェームズ・ラブロック、フリチョフ・カプラ、ステファン・ハーディング…を予定。生徒募集。定員6名。」
不思議なことに、このコースには何としてでも行かなければならないと感じた私は、すぐに準備作業にとりかかった。すぐにエッセイを書き上げるなど必要書類を準備して送り、その後、教授らからの電話面接などを受けた結果、無事に合格通知が手元に届いた。慌しく身辺整理をして、ともかくイギリス行きの飛行機に飛び乗ったのであった。

イギリス長屋風テラスハウスへ

ロンドンからトトネスまでは特急列車で2時間半。車窓からは美しい田園風景を見ることができる。なだらかな丘陵に石積みで囲いがしてある牧場や農場が続く。また、線路沿いには運河が並行して走っているところがあり、実にかわいらしい船で観光客が運河めぐりを楽しめるようになっている。

ロンドンから2時間くらいでセント・デービスという駅に到着する。この駅は、今人気絶頂のハリーポッターの著者がかつて住んでいて、ここのカフェでハリーポッターを書き始めたことでも知られるエクセター市の玄関口である。

セント・デービスの駅を過ぎて30分もするとトトネスの駅に到着した。ロンドンに着いたときに、ガイドブックで「駅近くの丘の中腹にあるテラスハウス、ベジタリアン朝食が可能」と書いてあった宿に予約を入れておいた。テラスハウスとは、間口が狭く奥に深い家が横につらなっているイギリス風長屋を意味する。この国の典型的なスタイルと言ってもよいだろう。その宿は駅から数百メートル離れたところに建っていた。玄関を入ってすぐの階段を上がり、その突き当たりが私の泊まる部屋であった。シングルベッドと小さなテーブルしかなく、部屋にスーツケースを入れると立つ場所さえないほど狭かった。窓からは、道を挟んだ向こう側に真白に塗られた建物が見え、その壁には赤い葉のツタが這っていた。その屋根の向こうには青く澄み渡った空に白い雲が流れて行くのが見える。鉄で出来た黒枠の開き扉がちょうど額縁になり、何だかとても美しかったのが印象的であった。

簡単に手に入るオーガニック食品

宿の朝食はさして凝ったものではなかったが、焼いたトマトにグルテンで出来たベジタリアンソーセージ、全粒粉のパンにシリアルであった。宿のおばさんに聞くと、「ベジタリアンのための食材やオーガニック食材は、簡単に街の自然食品店で手に入るよ」との答えだった。

さっそく、宿を出て坂道を上がって行くと、両側は石造りの家が並ぶ古い通りがしばらく続き、道が少し右にカーブしたところの右手に、まるで丘の上に冠をかぶせたような石造りのトトネス城の入口が見える。そこを通りすぎると、すぐにやや太い通りにつきあたる。それがトトネスのメインストリートであった。聞いていたとおり、ビクトリア時代の古い構えをそのまま生かした美しい店が軒を連ねている。それぞれの店はとても個性的で、食材、ケーキ、キャンディー、パン、カード、クラフト、アート、食器、本、アンティーク雑貨や家具、レストラン、カフェ、フィッシュアンドチップスなどの洒落た店が多い。日本からヨーロッパに行くと、結構何でも洒落て見えてしまうものだが、それを差し引いたとしても、かなり見ごたえの有る街である。

トトネス観光インフォメーションセンターHPより http://www.totnesinformation.co.uk/index.htm

驚いたことに、人口5千人に満たない小さな街であるにもかかわらず、充実した自然食品店が500メートルのメインストリートに面して3軒もあった。また、街の中心に有る広場では毎週金曜日に市場が立ち、そこでも地元のオーガニックの野菜を買うことができる。さらに、ボックススキームと言われる有機野菜の宅配、天然水の宅配業者が複数存在し、オーガニックの食材を買うには全く困らない。さらに車で10分ほど行くならば、イギリス最大のオーガニック農場があり、そこにも大きな自然食品店がある。

シュタイナー、アート、スピリチュアル、エコロジーに溢れる街

メインストリートのほぼ中央あたりに、ひときわ目を引く小さな美しい建物がある。なんとここは精神世界、各種の代替医療、エコロジー関連の専門書店であった。日本語に翻訳されていない様々な本がここには沢山あり、その店のたたずまいとともに、私のお気に入りの1軒となった。トトネスにはこの他にもう1軒の精神世界専門の書店があり、また、シュタイナー関連グッズや書物を集めたショップも存在する。トトネス郊外には、いわゆるシュタイナー学校やシュタイナーコミュニティーもあり、近隣にはシュタイナーが提唱したバイオダイナミック農法を実践している農家が点在している。

トトネスには、中古の服や雑貨を扱うリサイクルショップが目立つ。だが、ただのリサイクルショップではない。大抵の店は、エイズ撲滅、恵まれない子供達の支援などを行うボランティア団体が運営しており、店の売上金はその援助資金に充てられるのである。従って、店もボランティアの人達で運営されており、服や日用雑貨を売りに行く側も、どの支援をするかで店を選ぶ。このような店が街のあちらこちらにあるのだからすごい。

ダーティントンホール財団の存在

トトネスの街はイギリスの中でもかなり特異な街と言っても過言ではない。ではどうしてこの街がこのようにユニークな存在になったのかは、少し歴史を遡って説明しなければならない。

トトネスは古くは要塞都市として始まり、中世から16世紀にかけては商業都市として栄えた街だったそうである。だが18世紀から19世紀にかけては、他の街が発展していった影で、徐々にトトネスは沈滞していったらしい。転機は1925年に訪れた。ニューヨークのホイットニー美術館で有名なホイットニー家の娘ドロシー夫人が、トトネスの街の郊外に広大な敷地を買い取り、ダーティントンホール財団を設立した。

この財団は、芸術と思想、園芸などの分野を中心に研究や教育活動をしており、後に芸術大学、美術館、クラフトセンター、クラフトショップ、オーガニックレストラン、有機農園、経済・社会研究所、そして私が留学したエコロジー研究と教育とを行うシューマッハカレッジを設立した。現在、ここでは様々なセミナーが開かれ、一部のプログラムはイギリス国営放送(BBC)にも提供されている。また、7月から8月にかけては毎年「ダーティントン国際音楽祭」が開催され、世界中からプロの音楽家と音楽を学ぶ学生達が集まる。そして音楽祭の期間中は毎晩のように様々なコンサートが開かれるのである。

素敵なオーガニックワイナリーを持つシャーパン財団

一方、1980年代には、別の人によって仏教と哲学の研究を中心としたシャーパン財団が設立された。ここもやはり広大な敷地をもち、その中には仏教とその世界観を教えるシャーパン大学のほか、広いオーガニック農場と、自給自足の共同生活を体験するためのバーンという名の共同宿舎がある。大学の校舎はダート川を見下ろす美しい丘の上に建っており、そこは、本当に思わず息を呑むような、いつまでもそこに立っていたいような美しい光景に包まれている。この建物自体も実に美しくデザインされており、中の螺旋階段などは見事な曲線を描いて作られている。かつてここはダーティントン財団のドロシー夫人の妹が、別荘として建てたものだそうである。シャーパン財団にはもう一つ特筆すべきことがある。それはヨーロッパのワインコンクールで金賞を受賞したワイナリーとチーズ工房を所有していることである。ワインはトトネスの街の中にある酒屋さんでも買うことができるが、ダーティントンホール財団の中に有るオーガニックレストランでも飲むことができる。後日、ソムリエの資格を持ち、コンクールでも受賞歴の有る私の弟も試飲に行ったが、なかなか出来の良いワインだそうである。

もちろん、この二つの財団だけで現在のトトネスが発展したわけではないが、これらが主なきっかけとなって、芸術、仏教的世界観、社会正義、精神世界、ニューエイジ、哲学、有機農業などに関心の高い人々が徐々に集まって来る街となり、現在のトトネスの独特な雰囲気が形成されたのだそうである。

偶然を日常にする不思議な場所

さて、明日はいよいよシューマッハカレッジに行き、これから一年あまりに亘る大学院生活が始まる。一体どのような展開になるのか予想のつかない不安もあるが、兎に角ここまできたら、何らかの成果が出るように頑張るしかない。そう思いながら宿の狭いベッドにもぐりこんだ。

トトネスに長く住む人の話では、トトネスという街は実に不思議な街なのだそうだ。誰にも、極めて偶然としか思えないような出来事が、ごく日常にしばしば起こるのである。私の場合もそうだった。最初はびっくりしたものの、だんだんとそれが当たり前になって驚かなくなってくる。これから、その様な話も含めて、トトネスでの生活やシューマッハカレッジで体験した様々なことを、たっぷりと皆さんにご紹介しようと思う。


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