ウクライナ侵攻の裏で何が?
イーロン・マスクの“技術”が生命線に
最近、世界を取り上げた世の中のニュースはウクライナ一色である。
先日、ウクライナのゼレンスキー大統領が日本の国会でスピーチをして話題になったが、ロシアとの停戦交渉はまだ続いており、出口はいまだ見えていない。
そんなウクライナ戦争だが、実は民間企業のある製品が、今回の戦争でウクライナ側の戦いに一役買っており、今後の戦況にも大きな影響を与える可能性があるという。
インターネットのシステム自体を
大きく変える可能性も
そのシステムは、「Starlink(スターリンク)」である。人工衛星で宇宙からインターネットに接続できるサービスを提供する、コミュニケーションのためのシステムだ。
現在、私たちが利用しているハイテク製品は「デュアルユース」が多い。デュアルユースとは軍民両用という意味で、軍や政府が使うために開発されてきた技術が民間で広く使われるようになっていることを指す。
インターネットやGPS、原子力技術、ロケットなども、衛星に使われるものとミサイルに使われる技術は基本的に同じである。
スターリンクもそうしたテクノロジーの1つとなっている。ただこのテクノロジーの可能性は、戦争での利用にとどまらない。スターリンクが使われることで、今後インターネットのシステム自体を大きく変える可能性があるのだ。
近い将来、米中(そしてロシアも)の覇権争いでデータの分断が起きるとも言われているが、これも「回避」できる技術になるかもしれない。
副首相も提供を呼びかけた
「スターリンク」の可能性
スターリンクを立ち上げたのは、世界的な起業家であるイーロン・マスク氏だ。テスラの創業者で、宇宙開発を行うスペースXの創業者でもあるマスク氏は、スペースXの事業の一部としてスターリンクを2015年にスタートさせた。
スターリンクは2000個以上の衛星をすでに運用しており、今後も小規模な衛星を多数打ち上げる予定でいる。
ウクライナでは、コメディアンだったゼレンスキー大統領が19年に大統領選で勝利した時に、SNS戦略の後ろ盾になっていたミハイロ・フョードロフ副首相兼デジタル転換相が、ロシアによるウクライナ侵略を受けて、SNSで反ロシア活動を開始。
世界の大手企業の関係者などにSNSで直接メッセージを送るなどして、ウクライナへの支援を得ようとした。
その対象の1人が、マスク氏だった。フョードロフ副首相はツイッターで「私たちはスターリンクのシステムをウクライナに提供してほしいとお願いする」というメッセージを2月26日に送った。24日のウクライナ侵攻の2日後のことである。
ロシアは今回の侵略行為で、早い段階でウクライナの通信やコミュニケーションのシステムを破壊しようと狙っていた。その作戦はあまりうまくいっていないと報告されているが、少なくとも、ウクライナ国内のインターネットやコミュニケーションが遮断されることは、ウクライナ側もできれば避けたい。政府や軍の指揮系統を混乱させ、国民を不安に陥れることになるからだ。
ゼレンスキー大統領と側近らが使う通信は、欧米がロシアから察知されない安全な通信ネットワークを提供していると見られており、通信が滞ることは考えにくいが、それでは限られた人のみが守られていることになる。そこで重要になるのが、このスターリンクだ。
「インターネットが使えなくなる」ことを避ける
もともとインターネットは、世界と接続されている光ファイバーケーブルを海底から陸に揚げて、国内の通信基地から接続していく。ただそうした基地などが破壊されてしまえば、インターネットなどは使えなくなる。フョードロフ副首相がスターリンクを求めた理由は、それを避ける目的でもあった。
するとマスク氏は27日にこうSNSで返信した。「スターリンクのサービスをウクライナで開始した。ターミナルをどんどん送る」
この投稿にはさまざまな質問が飛び交ったが、マスク氏は多くを語らなかった。すると3月1日にはスターリンクの通信機器の第1便が到着したと、フョードロフ副首相が写真付きで明らかにした。
ただ、ウクライナでスターリンクを使っている人は少ないので、通信がロシア側にバレてしまう可能性があると報じられると、マスク氏は3月4日に「重要:スターリンクはウクライナのいくつかの地域で動いているロシア製ではない唯一のコミュニケーションシステムなので、標的になる可能性は高い。十分注意して使ってほしい」とツイートしている。
フョードロフ副首相は3月10日、16日、19日にも多くのスターリンクのシステムが到着していることを写真入りでツイートしている。現在、かなりの数のスターリンクが現地で動いているはずだ。
対ロシアのドローン攻撃作戦にも
もっとも、このスターリンクはすでにデュアルユースを始めている。米軍と協力して、1億5000万ドルの契約を皮切りに、19年からは米軍の軍事作戦にもスターリンクの衛星が使われている。スターリンクをウクライナで使うのは、米国側からの支援の一環という見方もできる。つまり、通信のセキュリティについてもかなり配慮されていると聞く。
そしてこれから、このスターリンクがウクライナの対ロシアのドローン攻撃作戦に使われていくという。衛星で接続されたドローンによって、ロシアの部隊や戦車を発見して攻撃を実施している。
フョードロフ副首相は「毎日、スターリンクは到着しており、何千という地域でスターリンクを使っている」と明らかにしている。さらに、ロシアのハッカーたちもスターリンクを検知できていないとも語っている。
民間企業の製品であるスターリンク側にしてみれば、今回の動きで、その存在を世界に知らしめる宣伝効果はあっただろう。ただスターリンクは、これから世界が直面する米中のデジタル分断にも一石を投じるかもしれない。
スターリンクは既に29カ国でベータ版の使用が始まっている。日本でも22年、KDDIのauで試験が始まるとも言われている。これが今後、世界に広がる可能性は高い。
さらに、ロシアからの理不尽な侵略行為に立ち向かったテクノロジーとして、語り継がれていくだろう。事実、ウクライナ侵攻にからんで、スターリンクについての多くのニュースが世界で報じられている。
中国の動きは
世界に目を向けると、中国は今、巨大経済圏構想「一帯一路」や「デジタルシルクロード」で、「中国製造2025」や「中国標準2035」(中国の規格を世界に広める政策)の政策にからめて、中国製通信機器の設置拡大を狙ってきた。それによって、中国を中心にしたデータ主導権の獲得を狙っている。
それには光ファイバーケーブルの設置計画なども含まれるのだが、スターリンクのような衛星のインターネット通信がどんどん広がれば、中国に依存しなくてもいい国や地域が出てくるだろう。そうすれば、中国の思惑通りに事が進まなくなることも考えられる。
米国がそれを考慮していないはずはない。今回のウクライナ侵攻では、スターリンク以外にもいくつかのテクノロジーが活用されている。例えば、米エアビーアンドビーなどの民泊仲介サービスは、そのプラットフォームでウクライナを逃れた難民たちに無料で滞在先を提供している。
ウクライナ政府は、「ロシア兵を倒す」ためにビットコインなど暗号通貨を使った寄付を求めている。ロシア国内の反体制派を援助するためにそうしたデジタル通貨などが使われている。
ウクライナ侵攻の裏では、こうしたさまざまなテクノロジーを使った試みが実施されているのである。紛争時にも力を発揮するテクノロジーの可能性についても、引き続き注目しておきたい。
(山田敏弘)
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