「腸活」の常識が変わる!
新世代の「ポストバイオティクス」とは?
医師が解説
腸内フローラ研究が目覚ましく進歩を遂げるなか、
いま腸内細菌研究で注目されているワードが「ポストバイオティクス」。
女性医療ジャーナリスト・増田美加さんが、
腸内細菌研究の専門家・小川順先生(京都大学大学院農学研究科教授)に聞きました。
お話を伺ったのは… 小川 順先生(京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻教授)
●1995年京都大学農学研究科博士課程修了(農学博士)。同大学農学研究科助手、
フランス国立農業研究所客員研究員を経て現職。機能性食品生産、
プロバイオティクス開発などに有用な微生物機能・微生物酵素の研究を行う。
取材・文=増田美加(女性医療ジャーナリスト)
●著書に『医者に手抜きされて死なないための患者力』(講談社)ほか多数。
撮影=高嶋克郎 「婦人画報」2022年11月号より
腸内細菌が生み出す代謝物が私たちの健康を支えていた
増田美加(以下増田): ここ数年、腸内環境に関する新しい研究成果が続々と報告され、
腸内細菌が私たちの健康や病気の予防・改善に大きな働きを担っていることが
わかってきました。なかでもホットなトピックが「ポストバイオティクス」。
いままで私たちが耳にしていた
「プロバイオティクス」「プレバイオティクス」とは、
どのように違うのですか?
小川順先生(以下小川): まず、「プロバイオティクス」とは、
人に有益な生きた菌のことで、おもに発酵食品などとして直接摂取されるものです。
その代表は、乳酸菌やビフィズス菌、それらを含有するヨーグルトなどです。
また「プレバイオティクス」は、
善玉菌を増やすエサになる食品素材のこと。
代表的なものは、食物繊維やオリゴ糖です。
これらは半世紀前から行われてきた先人たちの重要な研究に基づいた成果ですが、
これらに加えて、最先端の腸内細菌研究がいま新たに対象としているのが
「ポストバイオティクス」。腸内細菌の働きにより、
人が摂取した食品から腸内細菌代謝物が生み出されます。
これらのうち、人にとって有益な働きをする腸内細菌代謝物の総称が
「ポストバイオティクス」です。この腸内細菌代謝物が
人にとってさまざまな素晴らしい機能を発揮することがわかってきたのです。
増田: その有益な機能とは、どんな働きなのでしょうか?
小川: 生活習慣病の予防や改善、免疫系、腸内環境、生体調節能などの
改善効果が期待されています。最新の研究では、「インスリン抵抗性を改善する」
「食後血糖値の上昇を抑制する」「肥満を改善する」「腸内フローラを改善する」
「炎症性腸疾患の改善」「口腔バリア機能改善」「抗酸化作用、抗菌作用」にまで、
その機能が及ぶことが相次いで報告されています。
増田: これまでの腸活は、なんとなく乳酸菌やヨーグルトを摂ったり、
食物繊維を頑張って摂取したりしていましたが、
ポストバイオティクスの研究成果を利用すると、
私たちの腸活は、もっとピンポイントに成果が見えてくるようになるのですね。
小川: はい。腸活の常識が大きく変わると思います。
人を宿主としている腸内細菌が、腸内に入ってきた食品の成分を使って、
人に有益なさまざまな腸内細菌代謝物を作っていた。それを人が利用していたのです。
腸内細菌代謝物は、腸内細菌がいないと作ることができません。
これこそが腸内フローラの機能の実体のひとつでした。
この実体がわかったことで、“コレがココに効く”とクリアになったのです。
そして腸内細菌代謝物を人の腸内でなく、
乳酸菌を使って発酵生産できるようにもなりました。
これまでは、腸内細菌にただ任せてきたわけですが、
発酵生産した腸内細菌代謝物を機能性食品素材として使えば、
病気を予防するなど、より直接的に健康状態をマネジメントできるようになるのです。
腸内細菌脂質代謝物・HYAを発見
増田: それはすごいですね!腸内細菌代謝物はさまざまあって、
一つ一つ働きが違うのですよね?
小川: わかっている腸内細菌代謝物のひとつが、HYA(エイチワイエー)です。
そのほかにも、短鎖脂肪酸(酢酸、酪酸ほか)、エクオールなどさまざまあります。
いま私が研究に力を入れているのは、1999年のHYAの発見を皮切りに、
その全貌を解明した、腸内細菌の脂肪酸代謝により生成する一連の脂肪酸代謝物群です。
HYAは食事で摂ったサラダ油などに含まれるリノール酸が
腸内細菌で代謝されることによって産生されます。
このHYAが私たちの糖や脂肪の代謝にアプローチして、
肥満・糖尿病の予防や改善、腸内フローラの改善、
老化や酸化の抑制といった機能を発揮することを発見しました。
増田: リノール酸はオメガ6脂肪酸で、
摂りすぎると生活習慣病リスクになる油ですよね。
それが腸内細菌によりHYAに変えられることで、
違う性質を示すようになるということですか?
小川: 腸内細菌がリノール酸をHYAに変えることが、
油の質を変えることにつながっているのです。
生活習慣病予防には、リノール酸などのオメガ6脂肪酸よりも、
EPA、DHAなどのオメガ3脂肪酸を積極的に摂取することが奨励されていますが、
腸内細菌はオメガ6の油を摂取しても、体内でオメガ3と同様の働きを示す
HYAのような油に変えてくれていたのです。
増田: オメガ3脂肪酸は、生活習慣病だけでなく、脳機能の発達維持、
アレルギーや炎症抑制の作用があるとされています。
オメガ6が多いサラダ油を摂ってもオメガ3に富んだ
青魚を食べるのに似た効果が期待できるなんて夢のようですね!
HYAは乳酸菌を多く摂れば、体内でたくさん産生されるのでしょうか?
小川: HYAは腸内の乳酸菌がオメガ6脂肪酸であるリノール酸を代謝して産生しますが、
残念ながらHYAは微量しか作られないのです。研究開発の結果、
人の体内で作られるHYAを、乳酸菌を使って
植物の油から発酵生産することが可能になりました。
これを摂取することでHYAの働きを享受できます。
増田: 本来、腸管内では微量なHYAを積極的に摂取することで健康をサポートするように、
自分に足りない腸内細菌代謝物が検査でわかれば、その足りないものを摂取することで、
無駄なく健康増進や病気予防が叶うということですね。
小川: その通りです。すでに、私たちは腸内細菌脂質代謝物を
網羅的に解析するシステムも構築しています。
個別化栄養、個別化ヘルスケアが、このような解析技術と
腸内細菌代謝物「ポストバイオティクス」の活用で実現される日は、
もうすぐそこまで来ています。
知っていますか?3つの「バイオティクス」
■【プロバイオティクス】乳酸菌、ビフィズス菌、ヨーグルト etc.
生きた有用菌を食事で摂ることで、
不足している腸内細菌の機能をサポートするという考え方に基づく。
有用菌を腸に直接届けることや、有害菌の活動を抑えることで腸内環境を整える。
乳酸菌やビフィズス菌、納豆菌、麴菌などの有用菌がその代表格。
■【プレバイオティクス】オリゴ糖、食物繊維 etc.
腸内の善玉菌の栄養となるエサとして、
健康な腸内フローラを維持するのがプレバイオティクス。
その摂取により腸内の有用菌である善玉菌のエサを供給することで、善玉菌を育て、
腸内環境を整える。オリゴ糖、水溶性食物繊維、不溶性食物繊維がおもな食材。
■いま注目の【ポストバイオティクス】食品成分の腸内細菌代謝物
人が摂取した食品をもとにして腸内細菌が生み出す代謝物のうち、
人にとって有益な働きをする腸内細菌代謝物の総称がポストバイオティクス。
腸内細菌にただ任せておくだけでなく、腸内細菌代謝物を利用することで、
より直接的に健康状態をマネジメントすることが可能に。
生活習慣病の予防や改善、免疫系、腸内環境、生体調節能などの改善効果が期待されている。
腸内細菌代謝物として、HYA、短鎖脂肪酸(酢酸、酪酸など)、エクオールなど。
<こんな改善効果が期待されています!>
生活習慣病……血糖値、血圧、コレステロール 免疫系……アレルギー、
バランス調節 腸内環境……整腸、アンチエイジング 生体調節……ストレス、食欲
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