(続)ロシア、崩壊の予感――
すでに周辺諸国の離反が始まっている
「無効化」されるロシア経済の命
次に効いている制裁は、銀行間のグローバルな送金・決済を迅速にできる仕組みSWIFTからの放逐だ。SWIFTから放逐されても、貿易が全部止まるわけではない。
しかし、輸出入の送金はそのつど相手の銀行に至る経路を自分で作らないといけなくなり、時間と費用がかかる。そして、ロシアで操業する外国資本は、ロシアで稼いだルーブルを海外へ送金しにくくなり、外国から入れる商品、部品の支払いも不安定になる。
このために日本の企業も含めて、外国の企業は文字通りなだれを打って、ロシアでのビジネスを停止、あるいは終止。ロシアの議会では、これら企業の操業・雇用を維持するべく、接収と国営化、あるいは一時的な預託を検討している。
しかし企業を経営できる人材はロシアで不足しており、機械・部品を西側から調達することができないので、どうしようもないだろう。
最後のとどめは、ロシアの命綱である石油・ガスを無意味なものにしてしまおうという、西側の企てだ。石油と天然ガスは、それの採掘に対する課税、輸出に対する課税、輸出収入に対する課税などを総計すると、ロシア政府歳入の50%以上を占めてきた。
この富から派生する商業等のサービスも含めて、ロシア経済はやっと韓国に伍する(人口は韓国の約3倍)程度のGDPを維持できている。
EUは、年末までにはロシアの原油輸入を止めると宣言している。風評被害を恐れて、EUの企業はロシア原油の購入を既に控えている。ロシアは、EUに代わる大口の顧客を見つけることはできないし、買いたたかれることだろう。
天然ガスはドイツが需要の半分近くをロシアに依存しているために、簡単には切れないが、湾岸、米国からのLNG輸入、そしてこれまでの方針を変えて原発、石炭発電を復活させることで、かなりの削減が可能になるだろう。
そして長期的には、再生可能エネルギーが化石燃料にとって代わる。ロシアは化石燃料から「ブルー水素」やアンモニアを生産し、パイプラインなどで輸出を続けることはできるが、細々としたものになるだろう。
2024年、大統領選挙の暗雲
現在、プーチン大統領の支持率はなんと90%に迫る。2014年クリミアを併合した直後と同じ。戦争の当初、国民は指導者の周りに結集するのだ。しかしクリミア併合の場合、ほぼ同時に原油価格が暴落、ルーブルも暴落してインフレが激化。
2015年以降は、ロシア国民の実質可処分所得は右肩下がりとなる。支持率も同じで、ウクライナ戦争前には60%強にまで下がっていたのである。
今回も同じことが起きるだろう。「石油依存経済」モデルが無効になりつつある今、ロシアが直面する危機は2014年の比ではない。
2024年には大統領選挙がある。この状況だから、緊急事態を宣言して大統領選を無期延期しろという声もある。まるでミャンマー。しかし、それは国民の反発、世界からの非難を招くだろう。
さりとて選挙を決行すれば、プーチンはもう当選できないかもしれない。昨年9月の下院総選挙では、野党の共産党が生活不満票を集めて勢力を大きく伸ばしている。
因みに、こういう議論をすると西側では必ず、「リベラルで自由・民主主義を標榜する勢力の台頭」に期待するのだが、ロシアではこうした連中は10%もいるかどうか。
国民は、1990年代、自由・民主主義と市場経済を標榜したエリツィン政権が大混乱を起こし、結局1998年8月デフォルトで任期途中の退陣――これで現れたのがプーチン――に至ったことを覚えている。リベラル勢力はロシアの主流にはなれないのだ。
そして、国民全体のことを考え、周囲や部下に民主的に接することのできるリベラル指導者などは皆無なのである。たとえ権力をとっても、利権獲得に熱中し、ガバナンスは崩壊するだけ。経済が回っていないロシアでは、エゴの強い人間たちを1つにまとめておくためには、むき出しの力を使うしかないのである。
だから、これまでプーチンの力の基盤になってきたシロビキたち、つまり公安警察や軍の連中は、プーチンに替わる神輿を探すことだろう。
地方離反-ロシア分裂の可能性
憲法上は、大統領が任期途中に退いた場合は、首相が代行に就任して3ヵ月以内に選挙を行う。 ミシュースチン首相は国税庁長官出身で、配下に税務署という全国ネットワークを持ち、要人の秘密情報も握っている。しかし彼は、税務に経験が偏り過ぎる。国内引き締めを差配できる人物とも思えない。
すると、大統領選挙をめがけて、自薦他薦、様々の者たちがうごめくことになるだろう。一部では、これまで育ってきた「傭兵会社」や、チェチェンなどの暴力組織を使って、政敵を「物理的に除く」動きも出てくるだろう。
国の中央の権力は、1991年末、エリツィン・ロシア共和国大統領とゴルバチョフ・ソ連邦大統領の間の争いで宙ぶらりんの状態になったが、こうした中央権力の弱化がまた露になるかもしれない。
そうなると、ロシア政治の重要な変数であるところの、「地方の動き」が問題になってくる。
具体的には1991年末と同じ、ロシアという植民地帝国に残る異民族の自治共和国たち、あるいは有力州が自己主張を強めて、国家主権に等しい権限を簒奪し、税収を中央に送らないという現象が起き得る。シベリア鉄道など重要な物流の線が、これらの存在によって阻害されると、ロシアは1つの国として機能しなくなる。
ロシアを怖れ、ロシアを見限る周辺諸国
ソ連崩壊後、もともと西欧文明に属していたバルト3国はEU、NATOに入って、ロシアとは訣別したが(それでも国内のロシア系住民は大きな力を持っている)、その他の共和国は時にはロシアに盾突きながらも、貿易ではロシアへの依存関係を続けたし、一部の国にとってはロシア軍が頼りになる存在だった。
ウクライナでさえ、最近までロシアが一番の貿易相手だったし、アルメニア、タジキスタンにはロシア軍師団が常駐して、同盟関係を維持してきた。キルギスにはロシア軍の空軍基地がある。「経済は中国でも、安全保障はロシアが切り札」というのが、中央アジアでは通り相場だった。
それがおかしくなっている。ウクライナ戦争で、「ロシアは武力で侵入してくる恐ろしい国」、あるいは「ロシア軍は弱くて頼りにならない」という意識が広がっていることだろう。
例えば、コーカサスのアゼルバイジャンは、もともとロシア傘下の「ユーラシア経済連合」、「集団安全保障条約機構」にも入らず、それでもロシアとは友好関係の維持に努めていたのだが、2020年10月、領内にあるアルメニアの飛び地「ナゴルノ・カラバフ」を奪還する戦争は、トルコ軍の支援を仰いでいる。
トルコのドローンがアゼルバイジャンの戦勝に大きく貢献したし、軍の指揮は実質的にトルコ軍の将軍が行ったことを小泉悠氏は指摘している。
ナゴルノ・カラバフ戦争の停戦後、ロシア軍はPKOとして停戦ラインを固めているのだが、アゼルバイジャンはこれを邪魔者視している。
一方、アルメニアの方も、戦争ではロシア軍が何もしてくれなかった、とむくれている。「戦争はアルメニア領で起きたものではないから、ロシアに同盟義務はない」というのがロシアの説明。だからアルメニアは今年1月、長年外交関係も結ばずにきたトルコと、外交関係設定の話し合いを開始している。
助けてもらったはずのカザフも対ロ制裁の輪に
そして中央アジアのカザフスタン。この中央アジア随一のGDPを持つ大国の足元がどうも定まらない。
ここでは1月に国内暴動が起きて、これをロシアなどからの平和維持軍の派遣を受けて収拾したのだが、カザフスタン政府はわずか1週間たらずでその平和維持軍を追い返す。カザフスタン北部は工業地帯で、ロシア人の住民が多いため、一度ロシア軍を入れると何をされるかわからないという機運が政府内に出たためだろうか。
カザフスタンは以前から他の旧ソ連諸国と同様、ロシアのクリミア併合を認めていない。今年2月、ロシアはウクライナ東部のドネツ「人民共和国」とルガンスク「人民共和国」を国家承認したが、カザフスタンはこれも認めていない(このことは他の旧ソ連諸国も同様)。
そして4月1日には大統領府次長のチムール・スレイメノフがEUに対して、「カザフスタンはロシア制裁の効果を突き崩すようなことはしない」と公言したのである。つまりEUがロシアへの輸出を禁じた物品が、カザフスタンをトンネルにしてロシアに行くようなことは認めないという意味で、カザフスタンは実質的にロシア制裁という踏み絵を踏んだのである。
こうしてプーチンは、ソ連崩壊の力学をウクライナで止めようとして、かえってロシア崩壊のスイッチを押してしまったのかもしれない。中国、インドなどは当面、ロシアを守っているが、ロシアが沈んでいくにつれて、見放していくだろう。
多極化時代とか無極化時代とか言われるが、自由・民主主義、そして市場経済を基本とする近代文明に浴するOECD諸国は、世界のGDPの半分以上を占めている。そしてウクライナ戦争のおかげで、これら諸国は結束を強めている。
残りの諸国は中国、インド、ブラジル等々ばらばらで、それこそ無極状態にある。OECD諸国を中心に、自由・民主主義の維持、貿易・投資の自由化、集団安全保障体制の強化を進めていけばいいのだ。
河東 哲夫(外交評論家)
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ロシア、崩壊の予感――すでに周辺諸国の離反が始まっている - 健康と栄養に関するメモ帳
ロシア、崩壊の予感――すでに周辺諸国の離反が始まっている4/27(水)6:02配信「ロシア帝国」の急拡大とその反転の来歴<picture><sourcesrcset="https://newsatc...
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