チャオプラヤ川河畔にそびえるバンコクを代表するこの仏教寺院にはこの街を訪れるたびに必ず足を運んだものだ。2年前の大洪水でチャオプラヤ川が氾濫、その年の暮れに対岸から渡し船を利用して渡ったときには川の水面がまるで表面張力で膨れ上がっているかのようで不気味だったことを思い出す。このWat Arunの近辺はかつては野良猫がたくさん我が物顔で闊歩していたのだが、洪水のせいだろうか、その時には全く見かけなかった。この写真でもわかるように目もくらむような急峻な階段をのぼって上がってゆく。歳とともに高所恐怖症の気が出てきて、中段からそれ以上には登れなかった。ただ、中段でも一周するとバンコク市街や、この塔をとりまく寺院群とその熱帯らしい装飾が眼前に迫ってきて、いつも気の遠くなるような軽い眩暈を感じた。
三島由紀夫の最後の小説「豊饒の海」第三巻「暁の寺」で日本人にもすっかり馴染になったこの塔が、9月24日から2016年まで3年間、補修工事のために観光客の立ち入りが出来なくなるという。今度バンコクに行くときには多分工事で覆い隠されているだろうから、この街の旅行の楽しみが一つなくなることになる。