ある日々

日々思ったこと

モラリスト大量発生の不気味

2008-07-02 02:06:30 | ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080701-00000158-mai-soci
<落書き>伊紙「あり得ない」 日本の厳罰処分に

落書きをすることを擁護するつもりなどサラサラないが、今回の騒ぎは、ある種「ニワカモラリストによる虐め」の構造に過ぎないのではないかと考える。落書きをするヤツ=悪いやつ=安心して虐められる相手として、一部の人間がヒステリックに騒いでいるだけではないかとさえ思うのである。

自称「モラル溢れる人々」が、軽い気持ちで落書きした人間を、悪し様に罵り、まるで死刑を宣告しても良い相手であるかのように振舞っている。隣の国には「落ちた犬は叩け」ということわざがあるらしい。負い目のある人間を、ここぞとばかりに叩けということのようだ。

しかし、考えてみて欲しい。
日頃、日本の街だって落書きであふれているし、モラル違反にもあふれている。もはやモラル崩壊は日本の日常であると言っても良い。それに対して、このような「モラルに反する人間は死んでしまえ」的な意見が、どれだけ聞かれたであろうか?

結局、マスコミが「この人は悪い人です」とレッテルを貼ったときにだけ、安心して「悪者」虐めが始まるという構図に過ぎないのではないか。日頃、モラル向上に真剣に取り組んでいる人の姿など、日本でも殆ど見たこともないのに、マスコミが「悪者」を用意した途端に、なぜか聖者のようにモラルを語る人が大挙して現れる様は不気味で、かつ滑稽でもある。

そしてその「悪者」の所属する組織も火の粉を逃れるために、「悪者」に厳しい処罰をして、「処罰をした」というアリバイによって責任逃れをする。そうしないと、「モラリスト」達は「悪者」の所属する組織をも攻撃し始めるからである。できるだけ早く厳しい処置で「悪者」を切り捨てて、「モラリスト」達の喝采を期待するのである。

そんなことを考えていたらこのニュース。
本家イタリアですら、ある意味、呆れる日本の対応。

なるほど「日本はモラルが高いのだ」と誇るのも良い(街中を見ていると到底そうは思えないが)が、一方で日本人の対応が世界的に見て一種の「集団ヒステリー」に過ぎないという事実にも目を向けたら如何かと思ったり。

一つ言わせて貰えば、モラリスト様達は「日本人はイタリア人よりモラルが高いから厳罰なのだ」と言うけれど、日本の観光地だって場所によっちゃ似たようなものだろう。
そもそも、日本には「千社札」という習慣もあるではないか。千社札は一応「奉納」という扱いになるのが慣例のようだが、自分の名前の落書きと、やっていることの本質にどれだけの差があるのか。
さて、それでも「日本人のモラルはイタリア人より高い」と主張し「だから厳罰なのだ」といい続けられるだろうか?

ぜひともモラリスト様たちには、マスコミが「悪者」を用意した時だけでなく、常日頃から真剣に、日本のモラルについて考えて頂きたいものである。