大学生になった啓太は
友達との付き合いも増え
私との時間は少しずつ減っていた
それは自然な出来事だと思っていたし
私も就職のことで頭がいっぱいだったので
深く考えたくなかった
父親からは
“早く帰ってこい” と言われていたが
無視を貫いていた
実際こちらで仕事の内定がもらえそうだったし
帰るつもりはなかった。
啓太との時間が減った分
総一郎と会う時間が増えた
総一郎には、就職に関する情報を
いろいろ教えてもらえたし
学生の友達とは違った話相手で楽しかった
食事だけでなく
お酒の入ることも多々あったが
総一郎との密な時間はまだ一度も持ったことがなかった
一度だけ酔った勢いで
“私のことをどう思っているの?”
と聞いたことがあったが
“大事にしたいんだ” と
大人の顔で交わされ
言った自分が恥ずかしくなったことがあった

ある会社から内定をもらい
就職活動も終わった私は何もすることがなく
又、大好きなカフェ通いをしていた
ある日めずらしく
叔母が一緒に横浜へ行きたいと言いだした
お友達に教えてもらったお店へ
ショッピングに行きたいらしく案内役を頼まれた
私も長い間
ゆっくりショッピングをするような時間もなかったので
快く引き受けた
横浜では有名な鞄屋さんへ行きたかったようで、
私も名前は知っていたが
行ったことはなかったので楽しみだった
叔母は着物を着ることが多かったが
その日はさすがに着物ではなく
明るい色のワンピースに身を包み
もともと若く見える姿が一層若く華やかに見えた
「おばちゃん、40代には見えへんね
黙ってたら30代やねぇ」と小声で言うと
「ほな今日は、そのおばちゃんて呼ぶのは禁止やでぇ
加奈子さんっていうてやぁ」
と、嬉しそうに微笑んでいた。
気に入ったバッグを購入し
私にも “少し早いけれど就職のお祝いに”
と言って仕事で使えそうな
ショルダーバッグを買ってくれた
ちょっと休憩しよ ということで
私のお気に入りのカフェへ案内することにした
坂道を昇ってひっそりたたずむそのカフェには
その日もコーヒーの良い香りが立ち込めていた
“いらっしゃいませ”
マスターの素敵なバリトンボイスが響く
“こんにちは” 私はマスターに声をかけ
いつもの窓辺の席へ叔母を案内した
壁に掛けてある絵を 見つめていた叔母は
マスターの顔を見るともなく見て立ち止まり
驚いた様子で
“ひろゆきさん・・・・・・・?”
その声に驚いたようにこちらを向いたマスターは
“かなこちゃん・・・・?” と言うと
いままでに見たこともないような笑顔で微笑んだ
こんな偶然ってあるのだろうか・・・・?
その様子を見た私は
一瞬で以前話してくれたマスターの
京都での出来事を思い出した
そして、その時の女子大生が
叔母であること 二人がほんの少しの間ではあったが
付き合いをしていたこと
叔母が以前
“結婚したいくらい好きな人がおったのよ”
と言ったことなどを思い出し
この何とも言い難い偶然に息をひそめるしか出来なかった
二人は学生時代に戻ったように
少し照れながらも楽しそうに懐かしみ
お互いの今の状況を伝えあって
穏やかな様子だった
聞くともなしに会話を聞いていた私は
ふと、啓太や総一郎とも互いが年齢を重ねた時
目の前の二人のように
懐かしい思い出として静かに話せるだろうか・・・
などと遠い未来を想像してぼんやりしていた