
共感疲労、というものらしいです。
最近は大雨の予報がある日以外は見ることのなくなった、青いL字テロップ。
7月の豪雨災害以降、テレビで毎日のように流れていた被災地の報道も、ずいぶん減ってきました。
でも、毎日何だか気持ちが上向かず、新しいことを始める気力もありませんでした。
それでも「何かしなければ」と思い、焦燥感に駆られ、週末の悪天候を恨めしく思っていました。
この感情はいったい何なのか?
自分でも良く分かっていませんでしたが、最近、ネットで「共感疲労」という言葉を拾い、腑に落ちました。
直接被害に遭ったり、被災者と関わっていないのに、相手に共感しすぎて心がダメージを受けてしまうんだそうです。
思えば、7年前の東日本大震災の時も、4年前の豪雨災害の時も、こんな感じだったなぁ、と。
こういう時は、本来は「原因」となっている対象から離れて、心を休めることが必要なんだとか。
それでも、やっぱり気持ちが落ち着かなくて、土曜日にボランティアに行ってきました。

今回は、ボランティアバスを利用して坂町へ行きました。
坂のボランティアセンターは、驚くほど物が揃っていて、スタッフも大勢いて、システムが出来ているなと感じました。
ボラセンでは、色々なサテライトへボランティアを送り出していました。
一緒にボラバスに乗って来た人たちの多くは、一番被害の大きかった小屋浦地区へ。
私は何となく人数の偏りが気になって、人の少ない地区を選んだら、徒歩で行ける場所へ送り出されました。
一見すると、ほとんどの家は被害もなくきれいな状態に見えます。
でも、一歩路地に入ると、そこには所々に土砂の流れた痕跡があり、サテライトの近くには土嚢の山。
サテライトから案内された活動場所には、1軒の平屋が屋根と柱だけの状態で立っていました。
まるで、そこだけ時間が止まって取り残されたように見えました。
そこでの作業は、ハードな「土砂出し」でした。
床下に流れ込んだ土砂は、乾きかけた泥で、時々、割れたガラスや陶器のようなもの、木の根や流木が埋まっていたりします。
こんな状態だと、長靴には釘の踏み抜き防止のインソールを入れておかないと危ないな、と思いました。
泥はキツイ臭いを放っていて、ばい菌が多くて目に入ると結膜炎になるからすぐに洗うように、と注意も受けました。
土砂の深さは50センチくらいだったでしょうか。
ここでは土嚢袋は使わず、土砂をてみに乗せ、てみから手押し車に移して運び出すという作業でした。
最初に行った安浦での作業に比べると、屋根の下なのでそこまで暑くはありませんが、土砂が重い!
スコップですくい出す時もしんどかったけど、手押し車は車輪も足も泥に埋まって押すのが大変でした。

午前中の作業を終え、サテライトとなっている保健センターでお昼ご飯を食べて休憩。
掲示板に、ヘルパーT司令のポスターが。
癒されます~w
この界隈での活動は主に個人宅の土砂出しのようで、午後からは別の御宅の床下の土砂出しに行きました。
こちらは狭い場所だったので、土砂出しは2名で作業。
私は10分活動・10分休憩のタイムキーパーと、時々、土嚢袋の運び出しを手伝いました。
3時間ほどで終了してボラセンに戻ると、まだ他の人たちは戻ってきていなくて、前回と違ってゆっくり着替えて体を拭くこともできました。

しかし、前回もそうでしたが、活動が終わって着替える頃になると、思い出したように頭痛が始まります。
作業が終わって緊張から解放されるからでしょうか?
薬を飲んでも治まらず、帰宅してシャワーを浴びてベッドに倒れ込み、気づいた時にはもう夜中でした。

今回のは、嘔吐も伴ってかなりキツかったなぁ(涙)
ハードな作業は午前中だけだったし、気温もそこまで高くなかったのに。
日曜日もボランティアバスで参加する予定でしたが、さすがにこの状態では無理と思い断念しました。
やはり、そろそろ精神的にお休みしないと、本当に参ってしまいそう。
まだ2回しか参加していないのに・・・と思いつつ、しばらくボランティアからは離れて日常に戻ろうと思います。
気持ちを落ち着けて、体力をつけて、また次回。
最近は大雨の予報がある日以外は見ることのなくなった、青いL字テロップ。
7月の豪雨災害以降、テレビで毎日のように流れていた被災地の報道も、ずいぶん減ってきました。
でも、毎日何だか気持ちが上向かず、新しいことを始める気力もありませんでした。
それでも「何かしなければ」と思い、焦燥感に駆られ、週末の悪天候を恨めしく思っていました。
この感情はいったい何なのか?
自分でも良く分かっていませんでしたが、最近、ネットで「共感疲労」という言葉を拾い、腑に落ちました。
直接被害に遭ったり、被災者と関わっていないのに、相手に共感しすぎて心がダメージを受けてしまうんだそうです。
思えば、7年前の東日本大震災の時も、4年前の豪雨災害の時も、こんな感じだったなぁ、と。
こういう時は、本来は「原因」となっている対象から離れて、心を休めることが必要なんだとか。
それでも、やっぱり気持ちが落ち着かなくて、土曜日にボランティアに行ってきました。

今回は、ボランティアバスを利用して坂町へ行きました。
坂のボランティアセンターは、驚くほど物が揃っていて、スタッフも大勢いて、システムが出来ているなと感じました。
ボラセンでは、色々なサテライトへボランティアを送り出していました。
一緒にボラバスに乗って来た人たちの多くは、一番被害の大きかった小屋浦地区へ。
私は何となく人数の偏りが気になって、人の少ない地区を選んだら、徒歩で行ける場所へ送り出されました。
一見すると、ほとんどの家は被害もなくきれいな状態に見えます。
でも、一歩路地に入ると、そこには所々に土砂の流れた痕跡があり、サテライトの近くには土嚢の山。
サテライトから案内された活動場所には、1軒の平屋が屋根と柱だけの状態で立っていました。
まるで、そこだけ時間が止まって取り残されたように見えました。
そこでの作業は、ハードな「土砂出し」でした。
床下に流れ込んだ土砂は、乾きかけた泥で、時々、割れたガラスや陶器のようなもの、木の根や流木が埋まっていたりします。
こんな状態だと、長靴には釘の踏み抜き防止のインソールを入れておかないと危ないな、と思いました。
泥はキツイ臭いを放っていて、ばい菌が多くて目に入ると結膜炎になるからすぐに洗うように、と注意も受けました。
土砂の深さは50センチくらいだったでしょうか。
ここでは土嚢袋は使わず、土砂をてみに乗せ、てみから手押し車に移して運び出すという作業でした。
最初に行った安浦での作業に比べると、屋根の下なのでそこまで暑くはありませんが、土砂が重い!
スコップですくい出す時もしんどかったけど、手押し車は車輪も足も泥に埋まって押すのが大変でした。

午前中の作業を終え、サテライトとなっている保健センターでお昼ご飯を食べて休憩。
掲示板に、ヘルパーT司令のポスターが。
癒されます~w
この界隈での活動は主に個人宅の土砂出しのようで、午後からは別の御宅の床下の土砂出しに行きました。
こちらは狭い場所だったので、土砂出しは2名で作業。
私は10分活動・10分休憩のタイムキーパーと、時々、土嚢袋の運び出しを手伝いました。
3時間ほどで終了してボラセンに戻ると、まだ他の人たちは戻ってきていなくて、前回と違ってゆっくり着替えて体を拭くこともできました。

しかし、前回もそうでしたが、活動が終わって着替える頃になると、思い出したように頭痛が始まります。
作業が終わって緊張から解放されるからでしょうか?
薬を飲んでも治まらず、帰宅してシャワーを浴びてベッドに倒れ込み、気づいた時にはもう夜中でした。

今回のは、嘔吐も伴ってかなりキツかったなぁ(涙)
ハードな作業は午前中だけだったし、気温もそこまで高くなかったのに。
日曜日もボランティアバスで参加する予定でしたが、さすがにこの状態では無理と思い断念しました。
やはり、そろそろ精神的にお休みしないと、本当に参ってしまいそう。
まだ2回しか参加していないのに・・・と思いつつ、しばらくボランティアからは離れて日常に戻ろうと思います。
気持ちを落ち着けて、体力をつけて、また次回。
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