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「あしたはうんと遠くへいこう」 角田光代

2005年03月20日 | 読書
このタイトルと、いつも通りの本の薄さからなめてかかってしまいました。
僕にとって、角田作品5作目となりますが、これまでの中では最良の出来です。
というわけで、いつも通りネタばれの感想文であります。

まず、以前僕のブログにあげた角田作品の感想はこちら

さて、この作品の趣向は、一人の女性が高校生から30を過ぎていわゆる負け犬になってしまうところまでを描きますが、背景となっている年を明示し、その頃はやっていた物事を具体的に作品の中に書き込んでいます。
文学作品にあまり時代を感じさせるものを入れると、それが流行遅れとなった場合に、その作品そのものも古くなってしまうので、自分の作品を時代を超えて読まれるものにしようとする場合、あえて時代を反映するものを排除するよう心がけるものだと思っていました。
ちょっと話が脱線しますが、ゆうきまさみの「あーる君」というコミックで、連載時のCMネタを載っけてCMネタ古くなるぞと書き込んでおいて、単行本で「ほら、古くなった」と付け加えるという遊びをやっていました。
閑話休題、この作品は、背景となる時代を明記することにより、逆にその時代の風俗を書き込むことで、時の流れを感じさせようとします。
たとえば、U2 とか、ガンズとか、エンヤとか。
こういうのを書き込むことで、これまでの角田光代作品に何となく漂っていた、いつの時代かわからないどこかの町で起きた恋愛小説という抽象度が下がり、ある世代に向けたメッセージ的な意味合いが強くなったような気がします。
ちょっと具体的に見てみましょう。
1. 「How soon is now? 1985」 主人公は高校生
2. 「Walk on the wildside 1987」主人公は大学生
3. 「Nothing to be done 1990」主人公は就職した、多分
4. 「I still haven't found what I'm looking for 1991」そして、主人公は放浪を始める
5. 「Everything flows 1992」
6. 「Calling you 1994」
7. 「Divine intervention 1995①」
8. 「Divine intervention 1995②」
9. 「Headache 1996」主人公はストーカーに付きまとわれる
10. 「No control 1998」主人公の友人の不倫の決算
11. 「Start Again 2000」
という11章からなってます。
ちなみに、角田光代は私より年齢にして一つ下なのですが、この主人公の年齢設定を見ると、本当に僕の一つ下という設定になっています。
完全に同世代のはずなのですが、僕らが高校生の頃は第二次洋楽ブームまっさかりで、少しでも音楽的センスのある人は洋楽聞くべしみたいな時代でした。キャンディーズもピンクレディも終わっていたし。
でも、僕は英語がわからへんと言って、キョンキョンやチェッカーズを聞いてました。当然ながら同調してくれる音楽系の友人はいなかったですが。僕も若い頃は結構自意識過剰だったので、わざと毒々しくキッチュな国内アイドル路線を走っているんだというスタンスでやっているつもりだったのですが、今から思うと、単なる正統派オタクにしか見えないですね。オタクという言葉がメディアに登場するのは1980年代の終盤で、この頃はまだそういう言い方をしなかったですが。
またまた話が脇道にそれました。何しろ同世代小説で、しかもスタイルが違うので、いろいろとコメントしたくなってしまう。

で、この時代背景を詳しく書き込むというのは、実はつい先日ブログに書いたばかりの斉藤綾子「欠陥住宅物語」でもやっています。ちょっとした比較は前の記事のほうでやったのですが、「あしたは...」の5章で毎日行きずりのパーティで知り合った男のマンションに転がり込み、ドラッグをやったりもちろんエッチもという場面があるのですが、このいわゆる「性的に奔放」(言いながら照れてますが)な状態を描くのに、斉藤綾子は相手の男のセックスをかなり具体的に描写するのに、角田光代は終わった後の倦怠感の中でベッドの下の自分の下着を探すシーンを書くという一捻りはしていますね。
僕はこれは、文学作品として読もうとしてくれている読者への礼儀だと解釈しました。

で、僕が以前書いたように、角田作品の登場人物達は、穏やかで日常的な愛情になかなか安住しようとしない・させてもらえないのですが、この作品でも、そうです。
1章は、片思いの彼氏に自分の好きな曲を編集したテープを渡す話ですが、ここでもこれからの不幸を暗示する事件が発生します。
そして、2章以降で、次々と新しい恋と出会いながら、それらがどんどん自分の手からこぼれ落ちてゆくさまを、最初はいつもと同じパターンだと思って読んでいたのですが、明らかに意識的にそういうテーマを繰り返しているので、もしかしてこれは、僕がブログに書いたようなサカシラなことくらい先刻承知の上よというメッセージなんだなとようやく気付きました。

5章で、ポチという年下の可愛くて一生懸命な恋人ができるのに、結局彼との間も微妙におかしくなっていってしまうが、主人公はその原因が結局自分の「ないものねだり」にあることに気がつきます。
しかし、これを解決にするのに、彼が与えてくれないものを与えてくれる別の浮気相手をもってくるのは、絶対まずいでしょ。もちろん、両方の恋はまっすぐ破局に向かいます。
本人も破局へと続いている道だと承知しながらあえて未来から目をそらし、目の前の恋に熱中する様子は、まるでホラー小説のような怖さがあります。
自分の愛する人を既に失くしていることに気付いたポチは泣きも怒りもせずに、二人の家を出て行きます。
「あんたのこと大好きだったよ。けんかばっかしだったし自分でもなんでかよくわかんない、でもほんとうにほんとうに大好きだったんだ。」

最終章で、主人公は、ようやく安定した恋を手に入れたかと思ったのに、結局その相手は突然海外に逃げてしまい、主人公自身も日本を離れることを決意します。
部屋を片付けている時に、主人公の父が現われます。主人公の父は、主人公と異なり、田舎の小さな町で宝塚に熱中するわがままな奥さんと娘達のために身を粉にして働いてます。主人公は父と近くの居酒屋に飲みに行き、父の思い出話を聞きながら、自分の得た小さな幸せに必死でしがみついている父の生き方をひどく嫌っている自分の気持ちを再確認する。

この場面で、僕はああやっぱりそうなんだと納得した。
本当の幸せを強く求めるがゆえに、現実と折り合えず、つねに動き続けるしかない人と、この幸せが嘘かもしれないと思うことがあっても、じゃあこの幸せを捨てたところで今より幸せになれるかなんて何の保証もないじゃんと動かない人の二種類がいて、この人達は常に交わらない平行線の彼方にいるのだなあと、強く思いました。

言うまでもなく、角田光代の主人公達は前者の人で、また、斉藤綾子の「欠陥住宅物語」の主人公も前者ですね。「欠陥住宅物語」で主人公が不倫をして、不倫相手の奥さんにつかみかかられ、泥棒猫呼ばわりされるのが、一度や二度ではないというシーンがあり、げろげろと思ってしまいました。
もちろん、僕は後者の人ですよ。


ラストの仕掛けはとてもよいです。
ぐるっと回って、きちんと最初に帰ってきます。

この記事の最初に書いた通り、この本は僕の中で、これまで読んだ角田作品の集大成という感じがしました。とてもお奨めです。

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1 コメント

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Unknown (yusuke)
2005-05-21 02:04:53
 この小説を読了しての感想。というか、読みすすめる中で考えたことや、読後の今思っていることなどについて記してみたい。

 1985年から2000年までの時間軸の中で栗原泉の恋愛体験が書かれている。小説の世界と現実の世界はもちろん違うのだろうが、『あしたはうんと遠くへいこう』で背景として描かれている世界は、やはり現実の85年から2000年までを薄くなぞったような感がある。角田光代自身がその時間を文物としてではなく、生身の人間として生きてきた実感も背景に含まれているかもしれない。まぁ、あまりそのようなことに思いをめぐらし推測しても本当のところはわからないが・・・・・・

 しかしこの小説を読んでいて、小説の背景として出てくる85年から2000年までに15年もの時間の経過があるにもかかわらず、あまり変わっていない点が気になる。小説中の各所にちりばめられている人々の生き方・暮らし方であったり、それを支える社会システムであったり、それらがあまり変化をみせていない。

 ということは現実の85年から2000年にかけても実のところはあまり変わっていないのではないか。そんな疑問がわく。つい最近まで、自分自身が生きてきた1985年から2000年、そして今までというのはものすごい勢いで何かが変わってきた時代だったという時間感覚を抱いていた。

 最近それは違うのではないかと思うようになった。そして今年の春にたまたまテレビのドキュメンタリーを見ていたら著者が出ていて、彼女に興味を持ち、この小説を手にしたわけだ。『あしたはうんと遠くへいこう』は私の最近の時間に対する感覚をますます強めた。小説の背景にこんなにも引き込まれてしまったので読後感はすっきりとしていない。しかし時間間隔についてさらに考えるきっかけを得たことに感謝している。

 でも恋愛小説を読んで哲学的思索に走るというのも変な話だが・・・・・・
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