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村上春樹を英語で読む

なぜ、こう訳されているのかを考える。

火のないところに煙は立たない

2015-03-29 12:43:21 | 村上春樹を英語で読む
日本のことわざに「火のないところに煙は立たない」があります。「まったく根拠がなければうわさは立たない。うわさが立つからには、なんらかの根拠があるはずだということ」(goo辞書)です。
これをある和英辞典は次のように英訳しています。
There’s no smoke without fire.
ほぼ直訳と言えます。しかし、村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』では、次のように英訳されています。
Where there’s smoke, there’s fire.
これを和訳すれば、「煙のあるところには、火がある」となります。和英辞典の英訳とは逆のように思えます。
しかし、もう一度上のgoo辞書の説明を見ると、前半の「まったく根拠がなければうわさは立たない」と、後半の「うわさが立つからには、なんらかの根拠があるはずだということ」と、二つの英訳が対応していることに気付きます。後半は、このことわざが言いたいことを、直に言っていると考えられます。逆に言えば、原文は、レトリックになっていると言えるのではないでしょうか。言いたいことを、逆の表現で表しているのです。
 英語にWhere there is a will, there is a wayということわざがあり、和訳は通例、「意志あるところに道が開ける」となっています。直訳です。しかし、これは日本語としては「意志のないところに道はない」の方が自然なのかもしれません。
 以下、原文と英訳で、肯定・否定が逆になっている例を列挙します。『1Q84』から。

(1)彼女がノーと言えば、話はもちろん一歩も前に進まない。
If she says no, of course, that’s the end of that.

「一歩も前に進まない」がthat’s the end of that(それで終り)と訳されている。

(2)「でもお客さん、待ち合わせに遅れると困るでしょう?」
“I suppose you need to get to your meeting, though?”

「待ち合わせに遅れると困る」がneed to get to your meeting(会合に間に合う必要がある)と訳されている。

(3)「あのですね、方法がまったくないってわけじゃないんです」
“Well, in fact, there might be a way.”

「方法がまったくない」がthere might be a way(方法があるかも知れない)と訳されている。

(4)それ以外に方法はないさ。
It’s the only way.

英文を和訳すると、「それが唯一の方法だ」となる。

(5)「繰り返すようですが、これはどちらにとっても悪い話ではありません」
“As I said before, this could be to the advantage of both sides.”

「どちらにとっても悪い話ではありません」がthis could be to the advantage of both sides(双方にとって利のあることだ)と訳されている。

(6)彼女は風にあおられてバランスを失わないように手すりをしっかり摑み、一歩ずつ慎重に歩を運びながら、背後にいる天吾のことを考える。
She held on tightly to the handrail so she could keep her balance in the swirling wind, and as she took one cautious step after another, she thought of Tengo right behind her.

「バランスを失わないように」がso she could keep her balance(バランスを保てるように)と訳されている。

 英訳者は、原文の日本語のレトリックをそのまま訳すことはしていないようです。