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「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

11,姥見合 ②

2025年03月25日 09時04分04秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・「ここは書道教室の、
打ち合わせとは違いますの?」

と、かの老紳士に聞いてみた

「え?
ここは『比翼会』ですよ
ウチへ来られた方と違いますのか」

私は手帖を繰ってみた

第三日曜日に打ち合わせ、
と自分で書いているではないか

今日は第二日曜日、
まあ私としたことが、
なんでこんなに間違った?

きっちり今日だとばかり、
思い込んでいた

これを、
私のいささかのモウロク、
というのだが、
しかしモウロクとは思いたくない、
ちょっとした思い違いであろう、
でもこんな失敗は今までやったことがない

何をしているのや、
私とあろうものが

少し自信がなくなる

老紳士は私のぼんやりした顔を見て、

「いや、
はじめはよく、
迷ったりためらったりされますが、
しかし今日はたくさん女性も、
来とられます
ウチの『比翼会』は男性が熱心で、
成立するケース多いです
思い切ってどうぞお入りください
そのホールが会場ですわ
もうすぐ始まります」

「『比翼会』って何ですの?」

「茶飲み友だちや結婚相手を、
さがして頂く会です
あんた、
ここへ来はったんと違いますのんか?
いっぺんのぞいてみはったら、
どうです?」

老紳士は雄弁で世話好きのようであった

「今日は近場はもとより、
遠い人は広島、鳥取から泊りがけで、
来てはるのですわ
おおかた百人近う居てはりまっしゃろ
みな真剣でっせ
あんた独身やったら、
ぜひこの会に入って、
サードライフのために、
ええ伴侶さがしはったらどないです」

その間も、
受付に老人老女が続々やってきた

老人は七十代くらい、
女性はずっと若いようだ

太った女が、
汗をかきかき走って来、

「まだはじまってません?
よかった!」

と会費を払い、
お弁当を受け取る

受付の男性に、

「ビールがよろしか、
お酒がよろしか」

と聞かれて、

「ビールもらいましょか」

などと楽しそうにいい、
番号札を胸につけると、
ホールに消えた

私のクセの好奇心があたまをもたげた

番号札を胸につけ、
弁当を抱えて、
どんなことがはじまるのだろう

いやそれよりも、
あの六十前後の太った女が、
息せききって走ってくるほどの、
どんな魅力がこの会にあるのであろう

かと思うと、
杖に身を托した八十くらいの爺さんが、
ゆっくりと受付にあらわれ、
震える手で番号札を胸につけて、
ホールへ吸い込まれる

いったいどんなことを、
あのホールでやっているのであろう

「何ちゅうたかて、
そら人間はあんた、
一人では暮らせまへん
やっぱし二人で暮らすほうが、
人生楽しめますよってなあ・・・」

この老紳士が、
あくまで私を説得しようとしたなら、
私は持ち前の負けん気で、

「いいえ、
私ゃもうずっと何年も、
一人暮らしを楽しんでいるんです!」

と反発したであろうが、
彼はべつに突っ張るクセは、
ないよいうだった

私のためらいを、
別の意味にとったらしく、

「ま、子供さんらの、
了解を得るのも難しゅうおますけど、
ごく軽いお茶のみ友だちいうので、
心の結びつき平和を得られる方もおますしなあ
どうしても、
子供さんは親御さんの老後の結婚に反対、
しはりますなあ」

なるほどウチの息子どもや、
嫁たちならそうかもしれぬ

もちろん私は、
老後の結婚にもお茶のみ友だちにも、
色気は持たない

見つけようとも思わないが、
あんな手合いのいうままに、
なる私ではないっ!

ちょっとのぞいて見ようと思う

どうせ今日は予定が狂って、
半日空けてあるのだし

私ゃ私のしたいことをするのだ

「会費はいくらなんでしょう?」

「入会金は一万五千円
これは向こう二年間の通信連絡費でして、
毎月『比翼通信』いうのを、
お送りします
例会は女性、四千五百円、
男性、五千五百円、
これはお弁当つきのお値段ですよってに」

私は会費を払った

何ごとも経験、
百人も集まってるのなら、
さぞ盛んな集団見合になることであろう

お弁当を抱えてホールに入ると、
テーブルがグループごとに、
しつらえてあって、
会員は思い思いのところへ、
坐れるようになっていた

窓の大きな明るいホールである

私は窓際の空いた席に坐り、
会場を見まわす

今日は服に合わせ、
青っぽい縁の眼鏡、
たまは上の部分がブルーで、
下は素通しになっているもの、
このサングラスをかけてきてよかった

息子とやりあうときは、
一歩もひかぬ私が、
どぎまぎしてしまった

集団見合なんて・・・
いい年して・・・
そんな気恥ずかしい・・・

これこそ、

「ダサく・ぶざまに・あさましく」

というところではないか

この年で男求めてます、
なんて人に思われちゃ、
恥の上塗りである

そんな生臭いこと・・・

そう思ってサングラスのまま、
ずーっと見まわすと、
ホール中は活気に満ちていた

男も女も期待に顔を輝かせ、
お互いを観察したり、
さっそくそばへ行って、

「どちらから?」

と話し込んだり、
ホール中、わんわんという騒ぎである

南と北の窓を開けてあるので、
風は快く通るのだが、
私はじんわり汗をかいてしまった

「さ、それでは始めます」

とさっきの老紳士が、
壇上に立った

「今日はみなさん、
ようお越し
幸いお天気もよく、
遠方からおいでの方々を加えて、
総計しますと八十九人でした
ようおいで頂きました
こないおいで下さると、
会場の借り賃もちゃんと出て、
私が赤字埋めんで済みます
大きにありがとさんでございます」






          


(次回へ)

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