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「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

15、絵合 ④

2023年10月28日 09時00分09秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・いよいよ絵合せの日が来た。

簡素なしつらえだが、
風流ありげに場所を作り、
左右からさまざまな絵が持ち出される。

女房の詰め所である台盤所に、
帝の玉座を設け、
北と南に別れて女房たちは座につく。

殿上人は後涼殿の簀子に、
それぞれ味方する方へ座についている。

左は絵を紫檀の箱に入れている。
それを蘇芳の木の台に載せ、 
敷き物は紫色の唐の錦。

台の上の打敷は薄紫の絹。
控えている女童は六人。

赤と紫の装束で統一してある。

右は、沈香で作った箱に、
浅香の木の机。

それに敷く打敷は緑青色の高麗の錦。
組紐、机の足に至るまで現代風で新鮮な感じ。

こちらの女童は、青っぽい装束。

少女たちは帝のおん前へ、
絵の箱を捧げて置く。

帝のお召しで、
源氏の大臣と権中納言が参内する。

ちょうど帥(そち)の宮(源氏の弟宮)も参内された。

この帥の宮はご教養深い方で、
ことに絵の趣味は群を抜いていられるので、
源氏がお誘いしたのだった。

表立ったお召しでなく、
殿上の間にいられたのを、
帝の仰せで絵合せの審判者となられた。

なるほど、すぐれた名画が次々あらわれて、
容易に優劣の判定はつかない。

全くそれぞれに美点、長所があって、
論争も充実したものとなった。

おん襖をあけて、
藤壺女院もお出ましになった。

勝負がつかず、
とうとう夜に入ってしまった。

左、すなわち梅壺方から、
最後に須磨の絵が出てきた。

権中納言は心が騒いだ。

右の弘徽殿方でも、
最後の巻はことにすぐれた名作を、
選んで取り除けておいたのであるが、
源氏の須磨の絵巻には及ばなかった。

絵の才能に恵まれた源氏が、
運命の転変に悲嘆し、
人の生死や盛衰、愛について、
深く思いをひそめ、
ほとばしる心を絵筆に托した巻は、
見る人の胸を打たずにはいなかった。

帥の宮をはじめ、
見る人は感動して涙をとどめることが、
出来なかった。

興趣はすべてこの絵巻に尽きるようで、
これ一巻の圧倒的な勝利になり、
ついに梅壺方の勝ちになった。

ご祝儀の品は、
藤壺女院の宮から賜った。

帥の宮は御衣をたまわった。

「あの海辺の絵巻は、
藤壺女院のおんもとに」

と源氏が申し上げたので、
女院はその前後の巻も、
ご覧になりたく思われた。

「いずれ、そのうち」

と源氏は申し上げる。

帝は絵合せの催しがお気に召されたらしく、
源氏は嬉しかった。

かりそめの、こんな絵合せにさえ、
源氏が梅壺(斎宮の姫君)の女御に、
熱心に味方するので、
権中納言は、わが娘の弘徽殿の女御のご寵愛が、
押されはしないかと、
心配でならない。

しかし、帝は早くから馴れ親しんだ、
弘徽殿の女御に愛情を持っていらっしゃるので、

(やはり、こちらの方が)

と権中納言はそれをたのみにしていた。

冷泉帝(藤壺女院と源氏の子)の、
御代の栄えと、源氏の栄華は、
幕が上がろうとしていた。






          


(了)

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