
・いよいよ絵合せの日が来た。
簡素なしつらえだが、
風流ありげに場所を作り、
左右からさまざまな絵が持ち出される。
女房の詰め所である台盤所に、
帝の玉座を設け、
北と南に別れて女房たちは座につく。
殿上人は後涼殿の簀子に、
それぞれ味方する方へ座についている。
左は絵を紫檀の箱に入れている。
それを蘇芳の木の台に載せ、
敷き物は紫色の唐の錦。
台の上の打敷は薄紫の絹。
控えている女童は六人。
赤と紫の装束で統一してある。
右は、沈香で作った箱に、
浅香の木の机。
それに敷く打敷は緑青色の高麗の錦。
組紐、机の足に至るまで現代風で新鮮な感じ。
こちらの女童は、青っぽい装束。
少女たちは帝のおん前へ、
絵の箱を捧げて置く。
帝のお召しで、
源氏の大臣と権中納言が参内する。
ちょうど帥(そち)の宮(源氏の弟宮)も参内された。
この帥の宮はご教養深い方で、
ことに絵の趣味は群を抜いていられるので、
源氏がお誘いしたのだった。
表立ったお召しでなく、
殿上の間にいられたのを、
帝の仰せで絵合せの審判者となられた。
なるほど、すぐれた名画が次々あらわれて、
容易に優劣の判定はつかない。
全くそれぞれに美点、長所があって、
論争も充実したものとなった。
おん襖をあけて、
藤壺女院もお出ましになった。
勝負がつかず、
とうとう夜に入ってしまった。
左、すなわち梅壺方から、
最後に須磨の絵が出てきた。
権中納言は心が騒いだ。
右の弘徽殿方でも、
最後の巻はことにすぐれた名作を、
選んで取り除けておいたのであるが、
源氏の須磨の絵巻には及ばなかった。
絵の才能に恵まれた源氏が、
運命の転変に悲嘆し、
人の生死や盛衰、愛について、
深く思いをひそめ、
ほとばしる心を絵筆に托した巻は、
見る人の胸を打たずにはいなかった。
帥の宮をはじめ、
見る人は感動して涙をとどめることが、
出来なかった。
興趣はすべてこの絵巻に尽きるようで、
これ一巻の圧倒的な勝利になり、
ついに梅壺方の勝ちになった。
ご祝儀の品は、
藤壺女院の宮から賜った。
帥の宮は御衣をたまわった。
「あの海辺の絵巻は、
藤壺女院のおんもとに」
と源氏が申し上げたので、
女院はその前後の巻も、
ご覧になりたく思われた。
「いずれ、そのうち」
と源氏は申し上げる。
帝は絵合せの催しがお気に召されたらしく、
源氏は嬉しかった。
かりそめの、こんな絵合せにさえ、
源氏が梅壺(斎宮の姫君)の女御に、
熱心に味方するので、
権中納言は、わが娘の弘徽殿の女御のご寵愛が、
押されはしないかと、
心配でならない。
しかし、帝は早くから馴れ親しんだ、
弘徽殿の女御に愛情を持っていらっしゃるので、
(やはり、こちらの方が)
と権中納言はそれをたのみにしていた。
冷泉帝(藤壺女院と源氏の子)の、
御代の栄えと、源氏の栄華は、
幕が上がろうとしていた。



(了)