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「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

11,姥見合 ④

2025年03月27日 08時50分56秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・「山本歌子さん 七十七歳
神戸のマンションに一人暮らし
息子さん三人はそれぞれ独立
書道の先生をしておられます
収入は・・・書いておられませんな
希望条件も書いてありませんな、
茶飲み友だちとか、
結婚とか、
ご希望はありますか」

と司会者がマイクを持ってきた

「そうですね、
散歩友だちといいますか、
そういうふうなものは、
だめでございますか?」

私は半分おふざけ気味である

「散歩友だち、
大いに結構ですな」

司会者はうなずき、

「白髪抜き友だち、
肩たたき友だち、
というのでもよろしいです」

「いえ、もう、
白髪まで抜いて頂きませんでも・・・」

「あのう、
散歩の途中で腰を下ろそう、
というようなとき、
ハンケチを敷き合うハンケチ友だちとか」

「わかりました、
ハンケチ友だちをご希望だそうです」

と司会者がいうと、
会場は笑い声がおき、
緊張がほぐれて和やかになる

女性側が紹介されると、
あとは男性になる

補聴器の爺さんは八十三と、
紹介されていた

アパートを一棟持ち、
そこからあがる月収が三十万円、
娘夫婦は亡くなり、
孫夫婦と同居、
だそうである

私の横の男性は教員上がり、
定年後は団体役員、
家あり、月収二十万円
同居結婚を望む
つつましやかな日本婦人、
という希望らしかった

男性の方が女性より、
やや少なめにに思われたが、
これはやはり、
女性の方が長生きするからかしら

すべての紹介が終わると、
昼食の時間になる

三々五々、好みのテーブルで食事し、
その間、話してみたい相手の番号を、
書いて係員のところへ持っていく

係員はそれを相手に伝え、
昼食後、自由に話し合いが始まる

女性たちも男性に劣らず熱心で、
男性が壇上で紹介されてるあいだ、
ボールペンで手帖に経歴をメモし、
熱心に鑑賞していた

私は弁当を広げて食べた

隣の紳士は六十四だそうである

「この例会が楽しみでして
話がまとまる、
まとまらんよりも、
こう、月いっぺん同年輩の、
女性がたと交際してる、
その気分が若返りのクスリに、
なりそうな気がしましてな」

ということである

私は弁当につけられた、
一合瓶のお酒をちょっぴりふくみ、
幕の内弁当に箸をつける

おつまみに、
アラレやオカキがついてるが、
そういう荒っぽい食べ物は、
若い者の食べるもので、
七十七の優雅な女が口にするには、
品下れるものである

幕の内はさほどまずくない

さすがに上方風の煮つけ、
椎茸に高野豆腐、
鶏ミンチに鰆の照り焼き、
小芋と絹さやの炊き合わせ、
奈良漬け、柴漬け、
そういうものが、
型抜き握り飯のとなりに、
きれいに配分されて詰められている

ほんのぽっちりながら、
いわば山海の珍味が、
一つずつ味を変えて詰めてある

東京で幕の内弁当を買うと、
詰められてるオカズはみな同じ味で、
あれは大釜で、
いっしょくたに煮るんじゃないか、
と疑いたくなるが、
関西では安物幕の内でも、
ちまちまと入っているもの、
一つずつ味が違う

そうして私は、
嫁の手料理のハンバーグより、
ずっと出来合いの弁当のほうが美味しい

「つつましやかな日本婦人、
というのはいません?」

私は隣の紳士に聞く

「いや、いますよ
つつましやかな日本婦人、
というのはこの年代の女性なればこそ、
ですわ」

隣の痩せた紳士は熱心にいった

「今の若い娘は知りませんが、
同じ年代の女性はようわかりますねん
しかし、話がまとまるところまでは、
なかなかいきません
そやけどこのムードがよろしいです
これを楽しんでますねん」

「なるほど」

紳士はあまり弁当を食べず、
そそくさと食い散らかした感じで、
蓋をしめる

顔色が冴えないところを見ると、
胃でも悪いのかもしれない

向かいに坐った八十三老人のほうが、
ずっと健啖でお酒もすっかり飲み、
弁当も一粒残さず食べ、
補聴器にときどき手を当てつつ、
会場内を見まわし、
話に入ろうとしているのだった

実に元気な爺さんであるが、
この爺さんと同居する気には、
私はとうていなれない気がする

そういえば、
壇上に立ってぐるーっと、
見まわしたのだけれど、
これは、というのはなかった

お弁当だけが小ましというところ

ところが昼からの懇談会では、
私と話し合ってみたいという男性が、
十何人も申し込み、
帰れなくなってしまったのだ

先着順で話してみることにする

会長がにこにこと私に近づき、

「山本さん、
えらい人気ですわ
まだほかに、
ぎょうさんいやはりますのやけど、
あんまり申し込みが多すぎて、
今回は遠慮する、
いう人もおられますのや
来月もぜひお顔見せてくださいよ」

といった

はじめにやってきたのは、
七十ばかりの紳士である

この紳士は会場でもやや目立つ風采、
きちんと夏の背広を着こみ、
蝶ネクタイが瘦身に似合ってる

銀髪がふさふさして、
顔のしわは多いが、
品のいい面立ち、
紹介では七十歳で、
会社役員ということである

この紳士一人、
京大出身と紹介され、
女性会員はいっせいに、
感嘆の声をあげてつくづく見入った、
人である

六十、七十になっても、
学歴は女には魅力があるらしい

この紳士にも話し合い申し込みが、
殺到したそうであるが、
彼はまず私にといってきたのだ






          


(次回へ)

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