
・長男の嫁はマサ子を、
大振袖で着飾らせてやってきた
「お姑さん、
これぞという方があったら、
紹介してやって下さい
そのつもりで今夜は、
おめかしさせて来ました」
などといって、
娘を売り込むために必死である
楽団は大学生のアルバイトだというが、
浮き浮きしたいい曲を演奏してくれている
私はいまのハヤリの曲など、
知らないのであるが・・・
いい気になって会場へすべりこんだら、
アイディア屋の女の子が、
「先生、ダメダメ、
ちゃんと出ていくきっかけが、
ありますのよ」
と舞台裏へ押し込む
定刻にはぎっしり、
つまってしまった
司会役の女の子が、
よどみなく快活に挨拶して、
「歌子先生のますますのご健康と、
ご活躍をお祝いしましょう」
といい、
ひときわ高く、
「歌子先生、どうぞーっ!」
私は幕の後ろから壇上に立つ
会場の灯は絞られ、
楽団も鳴りをひそめ、
しーんとする
と、私にパッとライトがあたり、
とたんに楽団は「ダニューブ川のさざ波」
を演奏し、割れるような大喝采、
あちこちでビールやジュースの栓が抜かれ、
「おめでとうございます」
と乾杯
「一席ぶちあげ人間」の長男は、
「ワシ、何ぞ挨拶しまほか」
とムズムズしていた
「あ、いいんです
今夜はスピーチ一切なし、
ということになっています」
とアイディア屋の女の子に、
一言のもとにいわれ、
長男は不服らしく、
「まるでレコード大賞みたいやな」
なんていう
私はスポットライトを浴びて、
大喝采されたとき、
思っていた
(ハハン・・・
神さんが下さる当番札は、
バツや苦労ばかりやないのやな
「ええ目を見る当番」もあるのやな)
この当番こそ、
すぐ取り上げられて、
次へ廻される当番である
こういう当番はじっくり、
とどまってほしいものであるが・・・
私は緑のジョーゼットのドレスを、
ひるがえしつつ人々の中を、
かきわけて歩いた
なつかしい顔、
久しぶりの顔に出会い、
「歌子はん、
あんたいつ見ても若いなあ」
「ご寮人さん、
いつもお変り無うて・・・」
「歌子先生、
そのお召し物、お似合いよ」
などというのを聞くのは、
嬉しいものであった
私はそれとなくさがしていた
浦部謙次郎である
ずーっと見渡したが見当たらない
すると、
壁に貼り付いていた青年が、
私を見てほほえみつつやってきた
何と若い時の謙次郎にそっくりである
「浦部明夫といいます
父から電話で僕に代わりに伺うように、
と申してきまして」
ものいう声も表情も、
記憶にある謙次郎そのままである
私は何十年ぶりかで、
胸がとどろいてしまった
まさか、昔のままの彼を見ようとは
「お父さん、
お悪いのですか?
お具合でも」
「いえ、
年とって出不精になってますねん
親父ももうすぐ八十ですから」
「失礼ですが、
おたくはおいくつ?」
「三十五です」
それでは、
ずっと若い奥さんだったという、
二度目の妻にできた子であろうか
それにしても似るものである
私は神さんに、
「胸のとどろく当番」の札を、
かけられたようにドキドキする
七十七のこの胸がおどるとは、
思いもかけぬことであった
人間はいくつになっても、
思いもかけぬことが起きるものである
青年は全く、
謙次郎と私のかかわりを、
知らないようであった
ただ、遠縁のつながりで招かれた、
と思ったらしい
かくべつ私に、
興味は持っていないようである
「七十七にはとても見えませんね
お若うみえはる
おめでとうございます」
とお世辞をいってくれた
そのやさしさも、
昔の謙次郎に似ていた
あまり一人の人間としゃべっても、
いけないのであるが、
私は浦部明夫のそばから、
離れることが出来なかった
「ダニューブ川のさざ波」も、
花束も楽団もそしてお祝いのコーラスも、
遠くかすんでしまって、
私には楽天地のイルミネーションが見える、
気がする
天神さんの船渡御の、
夜空を焦がすほどのかがり火、
コンコンチキのお囃子、
夜店のアセチレンガスの匂い、
海ほうずきに風鈴、
走馬灯を売る店やら絵草紙屋、
花火屋、金魚屋・・・
紺無地の明石を着て、
黄色い紗の帯をしめた二十歳の私は、
白絣の浴衣に下駄をはいた、
謙次郎の横にいて、
夜風を肌に感じ、
夜店のはずれにいる、
演歌師のバイオリンの音をきいている
もちろん私は、
七十七のしたたか婆さんであるから、
内心、恍惚としていることなど、
誰にもけどらせない
他の人間とにこやかに笑い、
握手したり、
ビールをついだりして、
一座の花形になっている
息子たちもその嫁たちも、
こういう私をはじめてみたので、
度肝を抜かれたというか、
パーティ客の中では、
いちばんおとなしく、
隅っこで固まっていた
(こういう「日本の母」もあるのやで)
といってやりたいくらいである
しかしそういうときでも、
私は謙次郎の息子を意識している
息子のほうは、
もっぱら親類とばかりしゃべって、
何で自分がここにいるか、
忘れてしまったように見えた
パーティは大成功であった上に、
私は浦部の息子と、
ちょくちょく会うようになった
英会話教室のあるビルは、
彼の勤め先のビルの、
近くであることがわかり、
「パーティのお礼」だとか、
「頂き物のおすそわけ」
だとかいって、
退社どきの彼にいろんなものを、
渡したりする用をこしらえた



(次回へ)