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「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

11,姥見合 ⑥

2025年03月29日 08時41分51秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・その菊坂のおっさんのあと、
五、六人ぐらいの男性会員としゃべって、
時間になってしまい、
あとは次回の例会にということになった

しみじみ疲れてしまった
好奇心も程度問題である

えらいところへ好奇心で、
もぐりこんだばかりに、
破天荒な経験をしてしまった

あんまり疲れて、
トボトボと会館を出、
タクシーを待っていたら、

「お急ぎやなかったら」

と丁寧に近寄っていうのは、
広中貫太郎氏であった

「冷たいものでも、
ちょっとご一緒しませんか
今度お目にかかれる日の、
打ち合わせだけでも、
したいと思いまして」

「そうですわね」

私は一瞬間迷ったが、
静かに腰をおちつけるところが欲しく、
それに氏の雰囲気でかえって、
疲れも取れる気がして賛成する

道の向いに喫茶店があって、
そこへ入り、
冷房がきいているのでほっとする

「何となくせかれましてな、
私、ハハハ・・・」

広中氏は照れたように笑う

「せかれたって、
何がですか?」

「いや、理想的な人があらわれた、
と思いますともう一時間、一分でも、
時間をムダに過ごすのが、
惜しく思われまして」

「ハア・・・」

「歌子さん、
と呼ばせていただいていいですか?
今日、例会に出かけてよかったです」

氏はしみじみいった

私も聞いているうちに、
胸がとどろいてくる

生まれて初めてじゃないか、
この胸騒ぎは

店内に若者が数人入ってきて、
騒がしくなった

「出ましょうか」

と氏はいい、
私たちはアイスコーヒーを飲んだだけで、
あわただしく出る

百メートルほど行くと、
小さい池のある公園に出た

日盛りなので、
子供たちの姿はない

私たちがベンチに腰おろすが早いか、

「歌子さん、
時間が勿体ないと思われませんか?」

氏は思いつめた声でいう

「墓場に近きおいらくの
恋は恐るる何もなし
と川田順は歌いましたが、
私は恐れますよ
こうしてる一分、一時間でも、
惜しいのですから」

「ハア・・・なんと情熱的な・・・」

「結婚して下さいよ
早いほうがよろしいです」

「でも・・・」

私は胸がとどろきっぱなし

「女の方はいいでしょうが、
男はもう、食べるものからして、
自分で出来ませんしなあ
家政婦を雇うと高くつきますし、
娘は忙しくて、
私の面倒を見てくれませんし、
身のまわりの世話をして下さる方が、
明日からでも欲しいんです
急ぎますんですよ」

「あ、そうですか
それなら私は不向きと存じます」

何が散歩友だち、
何が夢ある人生関係や

私はベンチに坐ったとき、

「これがハンケチ友だちですわね」

というつもりだったのに、
やたら広中氏が結婚を急いでいたのは、
身のまわりの世話を、
してもらいたいがためなのだ

私は会館の前から、
タクシーを飛ばして帰ってきた

自分一人で生きろ、
というのだ

やれやれ、
人間というもの、
二人寄りそわないと、
生きてゆけないのであろうか

一人で老春を謳歌している私は、
汁気足らん女なのであろうか

突っ張りなのであろうか

むろんボーイフレンドと話すのは楽しいが、
菊坂老人のいうみたいな、
付き合い方は思いもそめぬ、
わずらわしいもの

風呂から出ると、
電話が鳴っている「

「ご寮人さんお変りごあへんか
しばらくご無沙汰しとりましたよって、
何ぞお変りあれへんやろか思て、
ご機嫌うかがいでおます」

と忠実なことをいってくれる

「別に変り無う元気でいてるけどな
あんた、なあ、お政どん」

「へえ」

「あんた連れ合いに死なれて、
何年になる?」

「こうっと
十三回忌したんのは、
何年前になりますやろか
うちの在所では、
十三回忌のあとは、
三十三年で終わりにしますので」

「あんたも一人が長いな」

「へ?
一人いうたかて、
息子もおりますし、孫も・・・」

「いや、独身いうこと
あんた再婚とか茶飲み友だちとか、
欲しい思たこと、
おまへんか」

「まさか、そんな・・・」

お政どんはおかしそうに笑い、
私は、

「そやけど、
世間ではそんなんさがす会が、
あるんやて」

「へえ、
この村でも茶飲み友だち相談室、
いうのが公民館に出来ておます
けど、行くのんはお爺さんばっかり、
女のやもめもいますけど、
恥ずかしがってよう行けしまへん
子供や親戚も反対しますし、
世間体もありますよってな」

「子供なんか反対したって、
どうちゅうことおまへんやろ
日本のトシヨリは子供に、
遠慮しすぎや」

「そうだすなあ」

「あんた行けへんのか」

「へえ、
ワテは行きまへんけど、
あれもよろしいもんだすなあ
ええトシしてと、
はじめはお爺ちゃんのことら、
思てましたけど、
いまはええトシやから、
せえだい仲ようしはったほがええ、
思います」

ハンケチ友だち、
汁気足らん美人、
そういうのは突っ張りの、
一つかもしれない

しかしどうしても私は、
夢のある人間としてのツキアイだけで、
楽しいと思うのだけど

「もしもし、ご寮人さん」

とお政どんが呼んでくれている

そや、この友情はいいな
この子とも四、五十年のつきあい

これかて夢のある人間関係や






          


(了)

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