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さるのご満悦

さるが日常で爆発的に心を奪われたものたちへの想いを消化するための場所です。

◆明けましておめでとうございます。/雑記

2007年02月14日 | 一言


本当にぽつぽつと更新されていく当ブログ。
自分でもたまにしか開かないので、編集ページがどんどん便利になっていっていることに驚いています。
こんなページでもどういうわけか毎日何人かが訪れてくれているらしく、時々20人くらいが見てる日もあったりします。
なぜ?みんなどうやってこんなところを通り過ぎるんでしょうか。


そんなわけで、2007年一発目の更新は、記事ではないのです。
このブログのタイトルの上部に表示されている一文を変更いたしました。

『さるが日常で一時的に心を奪われたものたちへの想いを消化するための場所です。』

↑これね。
ずっと気にはなっていたんですが、どう考えても『一時的』じゃなかったのです。
なんだかんだで割りと、今でも心奪われている状態にあるものが多かったものですから、この表現はふさわしくない、むしろ心奪っていったものに対して失礼に当たるであろうということで変更いたしました。


おそらく次回の更新は川原泉漫画についてのさる的整理になるかと。
いつになることやら。

◆白雪月下/事実と真実の現実

2004年12月14日 | 一言
12月14日。正確には12月15日未明、午前4時頃・・だったでしょうか。
もっと正確に言えば、今の暦では新年一月ということになるのですが。
そう、この時期になるとにわかに世間を沸き立たせる、忠臣蔵のお話です。

といっても、その話自体ではなく、それを見つめる私たちについて思うことを書いてみました。


私は忠臣蔵が好きです。
比較対象にするべきではないかもしれませんが、新撰組より忠臣蔵が好き。
最初はやっぱり「忠義」をテーマにした勧善懲悪なるストーリーに魅入られていたわけですが、今は少し、趣向が違います。
その「趣向」が、今わたしを歴史学科なるところへ導いているわけですが。


忠臣蔵には一つの事実と、二つの真実があります。
その昔、主君を切腹に処され、お家断絶になった仇を討ちに行った47人の武士がいました。
浅野内匠頭、吉良上野介、大石内蔵助・・これらの人物も、実際に起きた出来事も、まぎれもない事実です。
仇討ちは成功し、やがて四十七士は切腹します。(厳密には違いますが)
その後でした。
江戸の町で人気を博した人形浄瑠璃が生まれます。
そう、「仮名手本忠臣蔵」。
実際にあった出来事をなぞらえながら面白おかしく脚色したそのストーリーは、江戸の民衆に広く受け入れられたといいます。
そして時が経ち、事実がうやむやになってしまった頃には、それはひとつの「真実」になっていました。
それが今、「忠臣蔵」の名の元に作られる多くの映画、ドラマ、小説の土台になっています。


もう一つの真実は、言うまでもなく、時の流れに埋もれてしまった「事実」。
その二つを比べたときに、より痛快な印象を、より大きな感動をもたらす要素を含んでいるのが前者であることは一目瞭然です。
それは大概の時代劇や半フィクション作品に共通する事と言えるでしょう。
ですが、忠臣蔵ほど2つの真実の違いが大きく、フィクション状態のストーリーが愛されている事件は珍しいのではないかと思います。
「事実」が埋もれてしまっているだけに、これまで以上の考証が難しい、もしくは不可能なこともあり、これからも「忠臣蔵」が愛され続けるであろうことは確かでしょう。


わたしが最初好きになったのは、もちろん「忠臣蔵」でした。
けれど調べていくうちに、どうやら事実は違うところにあるらしいことを知りました。
そしてその事実、というよりは、2つの真実がある、ということ自体に興味が湧き、今ではそういう意味でこの物語が好きなのです。


真実というものは、人の数だけ存在するものです。
自分は正しい、と思えば、それはその人にとっての真実です。
例えば、ピーマンはまずい食べ物だ、と思うならば、それがその人の真実なのです。
ピーマンより美味しいものはない、そう思う人にとってもまた、それが真実なのです。
世の中に間違っていることなんて、ないのだと思います。
そのかわり、正しいことも一つもない。
多数派の価値観の一致によって決まるのがこの世の秩序です。
ですから、たとえ事実とは違っても、それが真実となることだってあるのです。
この物語に限らず、日常、世間、そしてこの世界に。


と・いうことを言いたかったのでした。
この時期になると、こんなことが頭を巡るのです。


白く雪積もる闇夜で月明かりだけが照らす道を歩いたあの人たちは、何を思ってその道を行ったのでしょうね。
その答えは、既にもう届かない場所にあり、そして、私達の心の中にあるのです。

◆NO!満悦

2004年12月09日 | 一言



ほったらかしててごめんよ、さる!


本来このページは私が(大本命と書いて氣志團と読む以外で)日常の中で心奪われたものについて語ってみよう、というテーマでお送りしていたのですが、

無理だって。

見てください、しっかりアリツア開始の頃から時が止まっていますね。笑
と・いうよりも、怒涛のようなツアー三昧生活ですさまじい、今までに体験したことのないような速さで時間が過ぎていくのを感じていました。
そこへ運命のランマ空を飛ぶ事件。
その瞬間に流れいっていた時がピタッ!と。
それでも時が止まるまではニューロティカいいね!なんていう余裕もあったのですがね。
つまり、アリツア開始から時が止まるまでは忙しすぎて書く時間がなく、時が止まってからは氣志團以外のことを考えることがしばらく出来なくて書けなかったという・・
ハイこれ言い訳。お許しを。

気がついたら書きかけのテキストがいくつか草稿中のまま保存してありましたので、そのうちの一つを今更のようにアップしてみました。
金八先生のことなんかもう忘れちゃったよ。
物語はもちろん覚えていますし、思い出そうとすればいくらでも蘇りますが、それを見たときの純粋な気持ちとかはもうどこかへ行ってしまったんじゃないだろうか。
せめて登場人物全員の紹介くらいはやり遂げたいです。目標。
結局第七シリーズはどうなったかというと、

見てねー!Oi!

ええ、見る余裕もなく。すみません・・
10月11月はほとんどテレビ見てませんでしたからねぇ。
ていうか、まだやってるんだよね?第7シリーズ。
そもそも週1ペースでドラマを見るのが大の苦手です。いっつもそう。
いつかまた再放送で毎日ペースで放送してくれたら見ようじゃないですか。偉そうに言うなよ。
少しは金八先生の言うことを聞くようになったのかな?
金八先生のこと好きになったんだろうか、あの連中は。
まぁいいや、いつか見ることが出来たときにとっておこう。


板尾のことももう少し色々書こうと思ってはいます。まだ大好きさ!
何かの雑誌でシンガー板尾のコーナーが始まったらしいですよ、奥さん。
そういえば。氣志團のことで何かあるとその都度メールを入れてくる私の母ですが、板尾のことでもメールが入るようになりました。
娘=氣志團&板尾という何らかの図式があるみたいです。笑


というわけで、久々に何を書いたのかと思えば、ドキッ!言い訳だらけの土下座大会でした。
ようやく落ち着いていろいろのめりこむ余裕も出てきましたし、また少しずつ更新していけたらと思います。
あ、もちろんHPの方も(汗
年内の試験がいったん終わったら、パソコンが大の親友に返り咲くことでしょう!

◆さるのおでかけ。/雑記

2004年10月10日 | 一言
しばらく(現実世界を)留守にします。
こちらの更新もいつになるやら・・気長にお付き合いくださいませ。

12・13日は金八最終回!(関東圏のみ)
しかしなぜに2分割・・?オープニングも改めて入れてくれるのかしら。


それではみなさん、ごきげんよう。
「毎日毎日・・」の日記は通常通り更新予定なのでよろしくお願いします。

◆ご満悦です。

2004年09月24日 | 一言
 ←サルないのね

私が人生で一時的にヒートアップしたものたちをご紹介する、いわゆる自己満悦略してジコマンなコーナーでございます。

思いつくままにアップします。
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