ハワイ&もろもろの旅行

グータラと日々お過ごす50代のおじさんですお暇なら観てって下さい

そうだったのか?

2007-12-15 16:00:33 | 国内旅行

 Alan1.netならハワイのオプショナルツアー予約が最低料金で。お得なポイント還元も!海外格安航空券の空丸

 http://www.travel100.jp/XP/site.cgi?m=feeddetail&feed_id=900

ブログを始めて1年最近は、何処に行くにもデジカメを

持って行きます、ブログのネタになることが無いか

周りを見る様になったからかもしれません。

さて9月に父か亡くなり色々な手続きがあり、この書類あの書類と

そろえて各関係機関に提出しましたが、それでももれていり書類が在り

其処まで必要なのかと感心したり、何でと思ったりしておりました

今回は、金融機関へ出した戸籍謄本が父が結婚した時に出来た

新戸籍のため、出生届が出てる戸籍から必要だと言われてしまいました

戦前の戸籍、それも訳があり赤ん坊の時にグー家に養子に来ている父の

出生の時の戸籍、何処にあるの?

新戸籍に書いてあった住所は、埼玉県北埼玉郡忍町

北埼玉郡?どこ?忍町シノブマチ?どこ?父から聞いてた話は

埼玉の熊谷市から東京に出て来たと聞いておりましたので

現在の熊谷市に成るのかと思いネット検索したところ直ぐ分かりました

シノブと思っていたのは、オシと読みます、

忍町現在の埼玉県行田市です。

行田市には、父が養子に出る前家の兄弟が住んで居りましたので

納得でした。

そして昨日仕事を休み行ってまいりました、

行田市役所そして今回のそうだったのかは、此方。

市役所の隣にありました、この看板を見たとたん

そうだったのかと思いました。

それは、先だって観ていたNHK大河ドラマ「風林火山」の中で

関東管領上杉家を継いだガクトふんする上杉謙信が鎌倉に参詣の

帰りの道中で、多くの関東武士団がひれ伏している中、1人だけ

馬上より行列を見送る者が居りその態度に無礼だと咎められ

ましたが、その武士は、咎められた事に対して逆に怒り

居城である忍城に帰ってしまいました。

そのシーンの時に忍城って関東のどこら辺なんだろうと思っておりましたが

それが此処だったんです。

今回は、時間が無いので周りからの写真撮影だけとします。

 

謙信に咎められて帰ってしまった武将は、成田 長泰

それでは、なぜ帰ったか、管領職に有る謙信のほうが

上役ですのでその謙信を迎えるのに馬から下りない此れは

誰が考えても成田が悪い、咎めだれるのが当たり前なのですが

実は、成田家は、特別で、源義家(この字だったはず)八幡太郎義家

と馬上で会釈を交わしたその故事に習い馬上から管領等を

迎えること許された関東でも名門の家だったのです

それを知らなかった謙信が咎めてしまったと言うことです。

中には、資料館等があるようです、時間が有れば、

中も見たかったのですが、今回は、父の戸籍を追っかけて

降りますのでこの後、2つの市役所に行かなければ

いけなかったので残念ながら、次の機会に見たいと思います。

行田にはこの他にも、埼玉の語源となったサキタマ古墳群

が在り其処には、復元された古代蓮が在ります。

さて忍城のことに付いては、帰宅後ネットサーフィンで

サイトを観つけて置きましたので其方をリンクしておきます。 

http://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/Shiro/Kantou/Saitama/Oshi/

のサイトは、意外と面白いお話が載っておりました。

http://hosokawa18.exblog.jp/2193092/

今回の戸籍探しでその他にもそうだったんだと言うことが

他にも在りました、父の名前には、数字の八が付いているので

てっきり八男だと思っていたら、九男だったり、

祖父は、二男だと思っていたのが、一人っ子の長男だったり

戦前の戸籍を見られて大変参考になりました。

旅行・地域ランキング

人気blogランキングへポチお願いします



最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
貴重な経験ですね (おじさん001)
2007-12-15 17:23:14
 戸籍の件ですが、戦前の戸籍にまで遡ることは、何かの機会がなければ、普通ありませんね。
 「戸主」という人が先頭に記載されているものでしょう。その後に「家族」の名が書かれていると思います(今は、夫婦と子単位になってますが)。
 私も父が亡くなったときに出生からの戸籍を入手しましたが、こういう古い記録があるというのは不思議な気がしました。
返信する
そうなんです (グーチャン)
2007-12-15 20:57:07
戸主と言う欄ありました、父が養子に行った時の戸籍も、最初は、祖父の母親の戸籍に入っており、その母親が亡くなり、家督相続届けにより祖父が戸主になったため、同じ住所で2種類の戸籍がありました。
返信する