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笑わぬでもなし

世相や世情について思いつくまま書き連ねてみました

防災対策 選挙公約に

2005-09-01 | 時事
本日は防災の日でした。防災訓練が行われ、いざという時に備えておく日でもあります。防災訓練を見て思うのは、災害時の対応もさることながら、災害後の対応であります。避難所の設置、生活必需品の手配、さらに当座の復旧に向けての諸活動というものが、どのように行われ、どのような指揮系統にあるかです。これらが全く見えてこないのが不思議でなりません。阪神淡路大地震の際に「救援」の紙、布をつけた車両による渋滞が問題になりました。機動力なら原付バイク、自転車ということがあとになってわかりました。
 東京で大地震が起きれば、770万人が帰宅できない避難民になるという数字があります。どこまで本当かわかりません。交通路が寸断されれば、都内のそちこちに避難所が設営されるのでしょうか。そうではないでしょう。少なくともお役人の頭では、避難所という看板を掲げている学校のみだいうことです。ですが、神戸の際も、そのような避難場所とは少し離れた小さな公園で生活を送る人もいました。事由は様々です。居心地の悪さから、幼子を抱え他人に迷惑をかけるからなどでした。
 さて、本日防災訓練を小泉首相を始め、関係閣僚が対策室に集い、昼近くに行われた訓練に参加したとききました。ですが、災害後のネットワークの整備等の情報を聞きません。例えば、ある避難所を中心にして半径500メートル以内の公園、広場を一つの避難グループに指定するであるとか、コンビニエンスストアも、企業の壁を越えて、地域ごとに一括して物資搬入するとか、物資搬入する車両の制限なり指定なりを明確にしておくとか、コンビニエンスストアがない場所では代用箇所を設定しておくとか、情報収集箇所、紹介箇所として駅なり、目立つ場所を指定するとか、ネットワーク設備の拡充が大切なように思えるのですが、実際のところはどうなっているのでしょうか。毎度の如く、小生だけが迂愚なだけで、世間の人々は、すわ地震かと思ったら、即座に避難行動に移り、どこに行けば家族との連絡やら、食料などの確保ができるのか知っているのでしょうか。
 それとも、大地震が起きれば、すべては灰燼と化してしまうので備え自体も無駄であるから、まず生き残れということでありましょうか。
 さて、もう一つ、防災頭巾とやらを小学生が被っておりましたが、あれは本当に災害時に役に立つのでしょうか。トイレの問題はどうなっているのでしょうか。災害時には、穴でも掘って代用するのでしょうか。
 災害マップとやらも大事でありますが、サバイバル術も身につけねばと思う次第であります。高い税金を払い、年金に保険料を納めてますが、いざとなったら役に立たないのがこの国です。郵政民営化よりも、災害時責任所在、管轄所在の有無、万が一その任務を遂行できない場合の処罰を制定してくれる党はあるまいか。と書いて、枕を高くして眠る次第です。

民営化 簡保の宿

2005-08-26 | 時事
 郵政民営化で、簡保の宿などはどうなるのでしょうか。そういえば、一連の年金で作った地方の娯楽設備が赤字になり、外資に売り飛ばされ、売れ残りが野放図に放置されているようであります。
 バブルの頃、金に物を言わせて、地方に1億円ばら撒き、懲りずに地域振興券なるものをばら撒きました。まるで倒産寸前の企業の如くです。思いつきでものを言う上司の如くでもあります。その金を今にとっておいたら、少しは育児手当なり社会保険料になり化けたでありましょうが、後悔先に立たずです。
 盆暮れの風物詩である、寅さん映画の衰微は、日本人が気軽に旅行を行ける時代からだという話を聞いたことがあります。高度経済成長の真っ只中、旅行と言えば近所にしかいけなかった。人々が、豊かさという名の欲望を手に入れた瞬間、遠い地方は旅行先であり、行けぬ地方は存在しなくなったのです。ために、地方を紹介してくれる観光案内の映像は、もはや記憶の繰り返しに過ぎません。寅さんは、むしろ「とらや」という空間で繰り広げられる家族にしか価値がなくなったのです。寅さんが再び注目を浴びるのは、世間の家族が崩壊した時点でありました。
 簡保の宿とは民間よりも安く、立地も少しく観光宿から離れた場所にありました。それはある意味、旅行が果てしなく贅沢だった時代の名残でもありましょう。郵貯、簡保にお金を預ければ、ご褒美として「旅行」という特典が得られる。そんな発想の元にあったのではと考えます。橋の下をたくさんの水が流れました。世は金がものを言う時代になり、簡保の宿は贅沢ではなくなったのです。簡保よりも民間のホテル。簡保の宿もあわせて贅を凝らしたものへと変貌を遂げたのでありました。
 さて、民営化であります。贅を凝らした宿はどうなるのでしょうか。カルロスという名のコストカッターが登場して見事に三枚下ろしにしてくれるのでしょうか。これまでの累積赤字はどうやって解消するのでしょうか。自民党、民主党のマニフェストとやらには書いているのかしら。演技派で破壊者の総理大臣には、選挙区の刺客選考はもうお済みなったと思われます。ならば民業圧迫かつ赤字の根源の宿の整理と経営者への刺客選びも併せて発表してくれたらと思う次第であります。
 

選挙接近、台風接近

2005-08-22 | 時事
選挙接近であります。新党の結成と、刺客云々の在り様を見ていますと、なにやら、オウムが立候補した年の選挙を思い出します。あの時も、「美人信徒」と呼ばれる女性候補者、「高学歴」とよばれる信徒が雨後の筍の如く立ちました。前回との違いは、歌がないだけではと考えます。
 朝から「ホリえもん」と「やっしー」こと長野県知事田中康夫氏がテレビに出ずっぱりです。郵政民営化のことばかりとりあげて、他の問題がまったく取り上げられません。「評論家」と称する方々は、揚げ足取りばかりで、肝心のサラリーマン増税、消費税率のアップ、福祉手当等の財政の問題はそっちのけであります。まるで小泉首相が「猿でもわかる選挙の焦点」と題しているが如く、郵政の民営化に黒白をつけましょうと言ってます。
 「マスコミ」は、いまだに護送船団方式の鎖国産業でありますから、郵政だろうとサラリーマン増税であろうと、自分達の会社が乗っ取りや国税庁の査察が入らぬ限り、「大本営発表」および、ほりえもんは何を食べたかとか、候補者は、元ミスキャンパスであるとかどうでもいいことしか流しません。為に、戦後六十周年という記事も、靖国問題、北朝鮮との6カ国協議のその後もすべて消えてしまいました。コップの中の嵐という凡庸な常套句すらも、今回は登場しません。
 国会前、遊説先、さらには候補者の自宅、通勤路に立って、嬉々として報告する記者の姿は、さながら台風上陸の報告のようです。被害を酷そうな、酷かった地域を爪痕と称して写しだし、肝心の台風の進路、台風の目が一度たりとも画面に映し出されたことがないが如くであります。
 選挙で候補者の離婚歴やら、著作物、生育過程を紹介するならば、今後台風状況も生育過程と低気圧との戦い、高気圧前線との衝突なども映像として登場させていただきたいと願います。選挙を盛り上げてるようで、実は選挙自体を白けたものにしているというマスコミは万死に値すると思うのです。聞けば台風も接近中です。 台風中継もマンネリ化しています、同様に選挙情報もマンネリ化しています。ここらでひとつ新しい企画を立ててみませんか。投票日当日、特番と称し候補者の追っかけ映像やリレー中継なら見飽きました。またほりえもんさんには、ねっとという新兵器を駆使した21世紀型の選挙速報、選挙の裏側情報を公開していただきたいと申し上げておきます。

靖国に思うこと 再び

2005-08-14 | 時事
再び靖国について書きます。昨日、教育テレビで「零戦に欠陥あり」という題名のドキュメンタリー番組を放映していました。開戦当初のゼロ戦が2号機にモデルチェンジした際の性能の低下とその原因を追求したものです。搭載エンジンを大型化したために燃料タンクを配置する空間が、1号機より狭くなり、また主翼を丸みを帯びたものではなく、角ばったままにしたため空気抵抗が悪くなり航続距離が縮んだと技術的側面から追求していました。しかし最も印象に残ったのは、技術者、操縦者の意見を無視して、海軍という組織が考える理想の飛行機を追求したところに「神風特攻」という悲劇があったというところであります。山本七平氏の「日本の敗戦原因21か条」でも同様のことが述べられておりました。現場の意見を聞かずに精神論と理想論を説き、組織という虎の威を借りて威張るだけの上役の存在、またそのような組織の在り方、これこそが、失敗から学ばずして、徒にそれを糊塗することに狂奔し、被害を甚大に至らしめる。もはやこの先、述べることはありません。
 政治部の「ぶんや上がり」の横綱審議委員が、靖国問題で慷慨しているのも、まさにその点につきます。すなわち、先の大戦で散っていった同胞、先輩、後輩が祀られる事は納得するが、そのような若者を犬死にも近い形にした責任者が同じところに眠っているのが腹立たしいと。
 件の番組の中でも当時の技術者が出てきて、自分と同い年の若者を殺すような戦闘機を作りたくなかったと述べておりました。それは、飛行士を守る飛行機が作れたのに、組織という名の、精神論という名の無責任体制に屈してしまった悔恨でもあったように思われます。
 靖国を語る時に、国内の問題として、渡辺ツネオ氏の発言にある合祀問題、遺族の意思を無視して合祀してしまった問題(信教の自由侵害)の二点が考えられます。対外問題ばかりとり上げ、黒白をつけようとする「わかりやすさ」よりも、本当にこの国を守ろうと散って行った人たちの声を聞いてからにしてもらいたいです。まさか、60周年だからと言って、再び一億総懺悔など行うなんてことはありませんように。キャンペーンなら眉唾物と相場が決まっておりますゆえ。

解散総選挙 

2005-08-11 | 時事
 俗に「馬鹿は風邪をひかない」といいますが、これは誤りで、正しくは「夏風邪をひくのが馬鹿」というのです。そこで休載。理由は馬鹿だからであります。万が一、皆様方の中で夏風邪を召され、後期にさしかかっているならば、柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)をお勧めします。これは効きます。効きました。
 わかりやすさ、痛快とは紙一重の怖さを持っており、削って削って、無駄なくして、それでも考える余地を残しておくのが明解さなのではと考えるのです。その余地をなくしてしまったならば、三流の「キャッチフレーズ」「キャッチコピー」に堕してしまうのではないでしょうか。
 言語明瞭、意味不明という答弁から徐々に、わかりやすさを追求した答弁は、「フィリップ」、紙芝居となり、終には反対するやつには制裁をという様相を呈して、今回の解散に辿り着きました。小泉さんが郵政に拘泥するのはなぜなのであろうか。彼の悲願だからでしょうか、それとも別のからくりが動いているのでしょうか。国民の大半は郵政民営化の意義はわかっていると、毎日新聞の岸井何某はのたまわっていましたが、岸井何某から郵政民営化の利点、不利点を聞いた覚えはありません。彼は、高校の政経の教科書、中学の社会の教科書に書いてあることを得々としゃべり、選挙日程がいつになるかを述べているだけです。小生が迂愚なだけで、世間の皆様は、岸井何某を筆頭にコメンテイターと称する輩から、しっかりとその仕組みと青写真なりを聞いているでしょうか。
 わかりやすさ、有言実行とは耳朶に心地よいものであります。小泉さんは一点突破で、さまざまな問題は抜きにして、これだけと推し進めていきます。まるでお経の経典の中から、一番耳朶に響きやすい語句を抜き出して、お題目にするような気がしてならないのです。それは、傍目ではわかりやすさに映るでしょうし、痛快さを覚えるでしょう。
 民営化推進の影でどんな悪行が潜んでいるか、風邪にかかる与太郎にもわかる選挙が今回の解散なのでしょうか。

ニート支援

2005-07-30 | 時事
 ニート支援に金をかけても惜しくないとネットで読んだ。就職難と言われているが、実は就職難などではない。旧聞であるが就職試験に狂奔していた学生が無事決まった。あれだけ、受からぬと言っていたのに、数社から採用通知を貰った。体は一つ、妾を持つほど才に溢れているわけではない。そのうちの一社を選んで、残りに断りいれた。電話一本で片がつくよと無責任に言っておいたが、そうは問屋が卸さなかったらしい。聞けば、四十分ほど理由のいかんと翻意を促されたらしい。
 考えてみれば、即戦力なり機転が利く学生なぞ今時珍重されるであろう。能力のある人間は何処へ行っても引っ張り凧である。会社にしてみれば砂金採りにも等しい労力である。さらって、さらって原石を見つけ、首尾よく自分のものかと思ったら、笊の向うにもう幾本かの腕が伸びていた具合であろうか。
 コンビ二、レンタルビデオ、弁当屋、総菜屋、バイト募集の広告は見るが、目出度く採用されても長続きしない。コンビニの定員もなじみの顔ばかりになっている。よくよく見て、長続きの人を探ってみれば、仕事の運びが、客あしらいが上手い人ばかりである。多少の不器用、器用はあるが、それでも仕事に対するまじめさが感じられる。今では中国人が増えてる。
 ニートに金を惜しまぬというが、来る2007年を考えれば至極当然であろう。だがしかし、今更、何を彼らに躾ける。仕事の意欲はあるが云々といって、現実逃避をしたものに耳朶に心地よい声をかけて、隷属させようとて、その辺りの気配は敏感であろう。「他人に思い及ばぬのが人間の常である」なぞ、とても教えられまいに。
 小倉昌男氏は障害者支援のあり方に異議を唱え、儲けがなければ仕事ではないと偽善団体を一喝した。ニート支援の文言の影に、かつての都のホームレス対策や件の障害者支援のボランティア活動を見るのは、ちと無理があるか。
 ニート支援もまた、当今流行の「生涯学習」の一貫かと得心することにした。

辛くない小粒

2005-07-27 | 時事
道路公団副総裁の逮捕の報に、思い浮かんだのは嘘が下手であるの一言である。どうしてばれるような嘘を公衆の面前でするのかという疑問が湧いてくる。それほどの嘘が通用するような世界にいたと言うのが真相であろうか。にしても、猪瀬直樹氏に名誉を毀損されたとテレビカメラの前で言って、あとでどのように使われるか気がつかなかったのか。そういえば雪印の社長も思わぬ失言で袋叩きにあった。
 雪印、山一證券、今回の内田某もほぼ同い年だと思ったが、どうしてあの世代はと呟きたくなる。
 一方で石原慎太郎知事のフランス語云々発言も相変わらずであるが、まだ頑固爺の愛嬌がある。今日の新聞で、ナベツネこと渡辺氏の靖国参拝についての発言を田中康夫知事がとりあげていた。曰く、先の戦争を愚かな方向に持っていたのは陸軍、海軍のお偉方であり、A級戦犯である。祖国の為に命を懸けて散っていた同胞、英霊に頭は下げられるが、その若者を死地に追いやった連中に頭を下げるつもりはないと。
 巨悪は眠らせないと言ったのは伊藤検事総長だったと記憶する。黒澤には悪いやつほどよく眠るという名画があった。こうして、カメラの前、新聞という媒体にものを言う人を並べてみると、つくづく、年を経るごとに人物も小さくなっていくのだと実感する。誤解を招く書き方をしたが、明治生まれ、大正生まれ、昭和一桁、下って二桁。年功序列社会で、ところてん式で首魁やら総長やら、会長やらが生まれてきているのだろうが、「小粒になる」とは、煎じ詰めれば知恵が回らないということか。不祥事が露見するたびに、責任者は丸裸にされる、公僕ならば、給与から天下り先まで、果ては住居の不動産評定額まで算出される。子供じゃあるまいし、ましてや小生のようなつむじ曲がりでもなければ新聞くらいは読んでいるだろう。もって他山の石とすべしと誰かいってやらなかったのか。
 天下りする先があるほどの身の上でもなければ、カメラの前で説明、弁明する機会なぞ持たぬ身なれど、他山の石の意味ぐらいは心に留めておく次第である。

寺田寅彦も浮かばれまい

2005-07-25 | 時事
 地震から明けて2日、専ら都市機能の脆弱さが指摘される。エレベーターに閉じ込められたこと、電車の復旧に以上に時間がかかったこと、通信の集中、情報の集中の為に管理センターのコンピューターが対応できなかったこと。
 関東大震災は、火事によって惨劇が拡大した、また風評により朝鮮人虐殺という悲劇も生み出した。つまるところ、地震が直接の原因で死んだのは、何万人かで、残りは人災によるもの。
 都内に大雨が降り、落雷が異常に増えた。為にJRの山手線が止まったのはいつの頃だったか。時同じくしてヒートアイランド現象が言われ始めたのではと記憶する。水害に弱いに都市、大雨の為に冠水が起こり、その水が地下に一気に流れ込んだため電力が麻痺し、死亡者まで出した。
 災害時には公衆電話が優先されるという知恵は、阪神大地震、新潟の地震で遍く知るところになった。なって、公衆電話を撤去しているのは意地悪である。言葉が過ぎるが、犯罪の片棒を担ぐようなものである。
 震度5強でなければ、内閣府は対策委員を設置せぬと聞いた。なるほど死者は出てない、けが人も少数である。あんなにゆれてもテレビは平生の如く番組を流していた。いたから交通手段の麻痺も、電話の集中も伝えなかったのだろう。伝えている暇があるなら、面白い絵を撮ってこようというのが社会の木鐸と自負する報道関係者の心意気だろうか。それとも、そんなことを考える余裕もなく、社員一同エレベーターの中に閉じ込められていたのかしらん。
 非常用の食料、水は確保した。避難場所もしっかり覚えた。頼りになるのは自分だけか。一度、地震が起こったら、交通手段を始め、公共の設備、ひいては政府の対策など当てにならぬと思ったほうがよい。と書いて、ふと思ったが、あれも災害時の政府の不甲斐なさを国民に刷り込みするための宣伝か。
 よもや、撃ちてし止まんの時代ではあるまい。校庭を畑に変え、芋を植えて食料の自給自足をはかれとでもいうのか。
 税制改革も大詰めを迎えているはずだ、ネットとやらで国民一人一人に投票させよう。災害時に政府を当てにせぬ、自給自足でやっていくから税金をまけて欲しいという票を集めてみたらどうか。
 追記 浅田次郎氏の随筆集 「勇気凛々ルリ色」に阪神淡路大地震の時の政府の対応、自衛隊の出動について浅田氏が述べています。興味のある方は目を通して見てください。元陸上自衛隊員ならではわかることが書いてあります。

大工調べ

2005-07-14 | 時事
 常々思っていたのだが、企業が倒産寸前、もしくは企業再生云々の状態に入ると銀行が乗り込んできて、経営指南役なのか経営陣に入り込む。銀行と言えば響きがいいが、金貸しである。貸した金の形に会社そのものを分捕るのも止むを得まい。大工調べの因業大家ならぬ、強欲爺の仕業かと思っていた。しかし、不良債権処理問題、銀行の統合に国民の税金が費やされたのは、そう昔のことではあるまい。とすれば、自らの経営に失敗しているにもかかわらず、いけしゃあしゃあと貸し出し先に「経営再建」などといって出てこられるのであろうか。あれも金貸しの持つ図々しさなのであろうか。それとも、経営に失敗した輩は総退陣して、今日から新たに出発します。よって、看板は同じでも中身は違うということなのであろうか。
 「箪笥預金」という言葉は、急に出てきたように思われるが、昭和の恐慌を経験しているものなら、銀行なぞはなから信用していまい。むかし、ひばりは脱税をして追徴課税された。自宅の庭に穴を掘って、そこになにがしかのまとまった金を埋めていた。ひばりが昭和の大恐慌を知っているかわからぬが、親なら身に沁みているはずだ。ならば、金貸しの怖さを教えぬはずがない。その証拠に、箪笥預金をするのは高齢者が多い。取り付け騒ぎ、一夜にして債権というものが灰燼に化すことを検分している世代なのであろう。
 銀行がつぶれれば、貴方の預金もなくなりますと恫喝して、血税をまんまと巻き上げた。悪徳リフォーム会社が、ここに来て芋づる式に取り締まられている。湿気が抜けないから家が腐る、基礎工事が今日の耐震性設計をしていないから、地震が来れば家が倒壊する。地盤検査を怠ったから、数年後には土台が傾き始める。次々と言辞を弄して、老人達から金を巻き上げた。金貸しには用心していても、大工までが悪人になるとは夢にも思わなかったのであろう。銀行は統合され、国有化された後に外資に売られた。外国人なら経営の神様かどうかはしらん。
 旧聞に属するが、西武デパートの経営再建にみずほの役員が入ったという。因業大家が家賃の形に大工道具を巻き上げた。だが質株を持っていなかったので、お奉行に裁かれたのが大工調べの顛末である。はて、金貸しに金を勘定する才はあるかもしれぬが、物事を差配する才覚はあるのかしらと思うこのごろである。

臥薪嘗胆

2005-07-09 | 時事
 ロンドン地下鉄爆破テロのニュースを見て、思ったのは日本とはどんな国なのかということである。周知の如く、アルカイダのテロの戦法は、日本軍の特攻、生きて虜囚の辱めを受けずの思想、更には、地下鉄サリンの発想そのままである。
 マスコミは次は何処だと、東京も標的になっていると騒いでいるが、万が一、東京であのような惨劇が起きても、サリン事件の教訓は活かされずにおろおろとして終わるのではないか。
 防犯カメラの設置、警備体制の強化を謳ったところで詮無きことは百も承知である。車内に落ちてるペットボトル、瓶、缶、さらにはコンビ二の袋。相も変わらず携帯電話を使う無神経な輩。いつ何時、テロリストなる輩が飲みかけのペットボトルのかわりに、爆弾の包みを置いていこうとも怪しまれることはあるまい。もっともテロリストなる人物を中東系の外国人と言う想定があれば、別であるが。
 万歳クリフを訪れた今上陛下の御胸には何が去来したのだろうか。平和を真摯に祈り、過去の過ちそして現在の繁栄の礎になった人々の御霊の平穏を案じたのであろうか。突然の朝鮮人、沖縄県人慰霊塔のご訪問は、何も当今のアジアの緊張緩和、戦後六十周年記念のような軽佻浮薄な気持ちからではあるまい。
 喉下過ぎれば熱さ忘れるが、日本人の特徴だと巷間言われている。が、喉下を過ぎても忘れずにいる人々は、先の大戦の被災者だけでなく、地下鉄サリン事件の被災者、更には新聞の社会面にも掲載されない事件の被害者など大勢いるであろう。ならば、誰が喉下過ぎて忘れるのか、誰が忘れさせるのか。唐土には薪に臥して胆を嘗め、その恨みを忘れずに努力する言葉もある。世界平和に貢献なぞ大言荘厳など要らない。件のテロの思想を生み出した国として、何らかの責任を負っている筈だ。日本がやらなくても、どこかの国がやりだすという論は待たない。物事の本質を見ずして、小手先の詭弁を弄するのはもうやめようではないか。