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笑わぬでもなし

世相や世情について思いつくまま書き連ねてみました

漫画も馬鹿にならぬ

2005-12-06 | 時事
ひょんなことから建設業界の大手企業の社長と知り合いになり、型破りの活躍で出世していくと、ある日自分が担当したホテルに耐震構造上の設計ミスが発覚した。首を覚悟で、ホテルに談判して補修工事をさせてもらい目出度く完遂した数日後、大地震が起こる。果たして補修工事を行ったホテルは、見事倒壊もせず、外壁にひび一つ入っていなかった。若者は絶大の信頼を得て、設計ミスと叩かれた企業も、地震のおかげで評判を持ち直し株価が倍に膨れ上がった。原作 本宮ひろしと書けば、ちょっと前に流行った「サラリーマン金太郎」であります。
 日を追うごとに、姉歯何某から始まった耐震構造の偽造は責任転嫁の様相を帯びてきています。地方自治体で買い取るとか、法律を厳しくするとか調子の良いことばかり並べてますが、その金はどこから出てくる。
 サラリーマン金太郎が流行ったのは3年くらい前でしょうか、本宮さんが、どこからかネタを仕入れてきたのかわかりませんが、してみると既に建築業界では当たり前のことだったのでしょう。漫画も馬鹿に出来ません。耐震構造が騒がれ始めたのは、勿論阪神淡路大地震を契機ですが、同時に東海大地震の名称が関東大地震に変わってきたのもその頃だったと覚束無い記憶を頼りに述べます。
 してみれば、以前書いたように別段、今回騒がれている企業だけでなく、あそこもここもとあるはずです。業界全体で、官民揃ってグルになっていたのでしょう。
漫画のほうでは、主人公を助ける大金持ちが次から次へと現れて、お金を工面してくれます。
 今回、問題の建物を国で買い取り、解体するという案が出ています。ならば、ほれ、民営化の法案も通ったことだし、ゼネコン、公共事業は自民党には垂涎の的、あの悪名高き、簡保の宿とかも耐震云々の錦の御旗を立てて、片端から解体していくのはどうでしょうか。更地に戻して、開墾地とでもして、ほらあの屯田兵の時代を思い出して、第一期入植者募集の広告を打って人を集めたらどうでしょうか。今時ケインジニアンは流行らないかもしれませんが、尻拭いに取られた税金が使われるのを黙ってみているよりも、せめてがらがらポンと景気よく打ち壊しでもやってくれたほうが清清します。

金魚掬い

2005-11-28 | 時事
耐震構造に詐称ありでもめている会社の社長がブラウン管に出まくっておりましたが、あの顔を見ると、どうしてかあのホテルニュージャパンの横井社長を思い出します。公的資金の導入とか、国土省の手落ちだとか、責任の所在が一転二転しているが、なに、今述べたニュージャパンの時もそうであった。消防法が、あの事件で改正されたが、日本全国消防法に従ったかといえば、新宿の雑居ビルの放火事件で、何も改善されていないことがわかった。ニュージャパンと相前後するが、伊豆下田の温泉ホテルだか旅館だかの火災もあった。
 たまさか、件の不動産会社の社長が小物だったから、マスコミは正義を振りかざして叩くが、横井社長の時は、火事が消えると同時に責任の所在、賠償問題も下火になった。なったのは横井が、政治家、実業家、様々な団体に鼻薬を嗅がせていたからで、藪を突いて蛇を出したくないのがマスコミである。今回の事件で、日本国中、耐震構造の怪しいホテル、マンションが上がったが、またぞろ次から次へと出てくるに違いあるまい。大手の不動産は、大手をいいことにほっかむりをしているだけである。阪神淡路大地震の後に、高速道路、新幹線の補強工事が取り沙汰されたが、新潟で再び補強工事が無駄であることが証明された。なれど、その後の対策がどうなったのか皆目知らない。
 太田光が、昨日のテレビで、マスコミの怖さを述べていた。件の社長を責めるのはみのもんたで十分だと。それよりも住民への対策、耐震構造が怪しいという建物をどうするかのことを考えるべきであるとも言っていた。
 今回のニュースも金魚すくいと同じである。水面に浮かんでくる金魚ばかり掬って、大漁大漁と騒ぐ。所詮はマスコミのすること、底の方で悠々泳ぐ金魚は掬えまい。

判決二つ

2005-11-16 | 時事
本日2件の少年犯罪の裁決が下りました。千葉地裁で女子高生誘拐殺害事件では5人が起訴され、一人は刑務所内で自殺、残り4人に刑が下り、二人は無期、残りの二人にはそれぞれ13年と14年でありました。かつてわが国の司法制度で無期懲役に関して論議が湧きました。即ち、無期と言えども、10数年で出所できるということであります。少年犯罪の残酷さと増加の傾向を踏まえ、少年法の改正、量刑の採択が論じられていましたが、どうなったのでありましょうか。
 先日も少年犯罪が起こりました。あのような事件が起こるたびに、マスコミは被害者の生育過程や加害者の生育過程の一部の情報のみを流して、肝心なことは流しません。「人権」というやつでしょうか。
 旧聞になりますが、東京都豊島区で起こった少年による無差別通り魔殺人がありました。犯人に同情するわけではありませんので誤解なきよう断っておきます。犯人の生育過程の一部、学校の卒業文集の類(これはもはや事件のたびに出てくる、小生、小学卒業の際の色紙に、ごりらと書いたのですが、これもしっかり出してくれるのでしょうか)は公開されましたが、両親の遍歴は事件当時は公開されなかったと記憶します。公判が進み、その過程を取材しておりました記者が、親の遍歴、家庭環境を明らかにしておりました。その略歴を見て、少年が社会に対して、人に対して怨嗟を抱くのもなんとなくわかる気がしました。だからと言って、それを殺人などに転化していいとは思いません。彼のような家庭環境でも、ゆがむことなく一生懸命に生きている人はたくさんいます。
 マスコミは、事件の端緒と結末しか報道しません。芸能人が「悪さ」をするとここまでやるかというほど、過去の犯罪歴、離婚歴、はては似たような事例を持ち出しますが、政治家、官僚の汚職、それと殺人事件の類は見事なまでに物語の始めと終わりしか報告しません。所詮は羽織ゴロでありますから何も望みませんが。
 はたして、13、14年という判決が正しいのか否かは、犯罪を犯したものの更生にかかっております。ですがその前に、人を殺して、しかも残虐非道なまでに、かような人物に、刑が相当するのか、是非とも考える材料を提出してもらいたい。ブログがこれだけ発達してきたのですから、事件の経過と判決の経緯を報告するサイトがあるのでは、あってもいいのではと、検索ボタンも押さずに書きました。

琴瑟相和す

2005-11-15 | 時事
 背景を変えてみました。読みにくいでしょうかと書いておきます。
 本日は、お日柄もよく、目出度くここに婚礼の儀が恙無く行われたことを心よりお祝い申し上げます。品性とは、やはりあのような形で出るのかと得心した次第であります。
 千代田にお住まいの大店のだんな様には末娘が嫁ぐのをどれだけ待ちわび、また今日と言う日がどれだけ恨めしいか心中察するに余りあります。縁あって一緒になった二人だもの、笑って送り出せとは無責任極まりない。手塩にかけて育て、親思いの愛情豊かな子に育て、女一通りのことも仕込みました。がそれとこれとは別問題でありましょう。やはりだんなさまも人の子でいらっしゃる。お顔の奥に、父親の顔をお見受けしました。言葉が過ぎているならばご容赦下さいまし。
 巷間では、かつてご家族でなさった音楽会の復活が囁かれておりますが、聞くところに拠ると、末のお嬢さんは、三味線、お琴も大変お上手であると。今日よりだんな様になられる方も、おそらくは和楽器の一つや二つは嗜むのでありましょうか。琴瑟相和す、鴛鴦の契りになぞるが如く、どうか一度手前どもに、お二方の演奏を御聞かせ願えればとここに申し上げる次第であります。
 降家なさるといえど、嗜みまでは変える必要なぞありません。新玉の年立ち返る正月にお二方のお歌なぞもご披露願えればとも申しあげます。
 また、上司といえど緊張のあまり泰西の哲学者(衒学者といってはベルグソンに失礼でありますが)引いた挨拶の不行き届きをひらにご容赦願いますよう本人に成り代わりまして、ここにお詫びを申し上げます。加えて、下賎なものがカメラなる面妖な機械で取り囲みまして誠に失礼いたしました。できることなら、一台のみにて、中継なるものを伝える下賎なものも一人にしたかったのでありますが、時代には勝てませぬ。
 本日は誠におめでとうございます。

鈴木宗男手引書

2005-11-01 | 時事
 鈴木宗男議員対応マニュアルを作成していた外務省の報を知りました。マニュアルまで作成して対応を練るとは、よっぽど弱みを握られているに違いありません。それにしても、マニュアル作成とは、考えることを放棄した証左でありましょう。元来役人とは考えることを放棄するのが職務なのかもしれません。だから、ある意味では、手引書の作成は理に叶っています。
 マニュアルを作れば、物事は誰にでもできるようになります。それだけ仕事の効率もあがるものと思うのは浅墓であります。マニュアルを作っても、それをこなせる職能なり、技能なり、ひいては頭脳をもっているかが問題になるのです。
 本欄で、幾たびか述べたコンビニエンスストアの店員の差が、それにあたります。バーコードを読み取り、計算機が自動的に合計金額を算出してくれて、あとはお客さまからお金を受け取ればいいのですが、端数が出たとき、十人が十人とも端数を無視して、まとまったお金を出すとは限りません。瞬時にその意図が読み取れる店員と何をしているのかわからない店員では、作業工程に微妙な時間差が生じます。たかが数秒でありますが。客捌きが上手い店員のレジは、混んでいるようで対して時間がかからないのも確かです。
 マニュアル社会となって久しいですが、今回のような一議員に対するマニュアルまで作成するとは、なんともお粗末な役人ではないのでしょうか。こと役人に限りません、マニュアルはある意味で親切であります。かつては、親切がお節介になり、お節介は煙たがられましたが、当今では、「サービス」という名にばけて当たり前のことと思うようになりました。
 親切が人を時に退化させることは、既にあちこちで起きております。役人とは公僕で天下国家百年の計をみる俊才な人物であるはずです。その役人が考えることを放棄しては、この国が拠って立つところはどこにあるのでしょうか。
 鈴木先生、外務省をあそこまで批判するなら、かつての田中外務大臣のときにあったマニュアルとやらも引き出していただきたい。ついでに言えば、ペルー大使館の人質事件の際、青木某大使の去就がうやむやにされましたが、あの手の事件、不祥事の際に国民及び輿論を目くらましにさせる手引書も引っ張り出していただきたい。もう一つ付け加えれば、鈴木先生ご本人が、往時外務省に対して、役人を切り崩したご自分の手引きもご教示くださればとここにお願い申し上げます。

あんなにちやほやされたのに

2005-10-16 | 時事
今朝、テレビをつけると、自民党の三人の女性が外国人記者クラブで英語で質問に応答する場面を流しておりました。英語で応答できる政治家が云々といっておりましたが、その司会者の無知さに寝ぼけ眼が吹っ飛びました。
 英語で応答できる政治家なら、過去におりましたが、放映されなかっただけあります。その中でも貴重な映像として是非放映していただきたいのが、蔵相時代の宮沢喜一氏であります。確か(プラザ合意?)欧州で行われたG7蔵相会議終了後の記者会見でした。会議の成果を問われて、あまりに質問が低レベルだったことに温厚な宮沢氏が癇癪を起こし、その質問の答えを英語で答え、その後の会見をすべて英語で通したことがありました。内容は勿論、経済論、貨幣に関することですから、すべて専門用語のオンパレード。宮沢氏ほどのエリートですから、平易な表現を用いず、文語を彷彿させるような豊富な語彙で記者たちを唖然とさせておりました。
当然、会見は流せず、冒頭の日本語の応対だけに終わっていました。
 新人議員の追っかけはもはや、ひとつの芸能ネタであります。どこに現われ、何をしてと、当選後つぶさに追っかけるのは、郵政の影で蠢動している「大物代議士」を恐れているのではと勘ぐってしまいます。首相が選曲したCDは報ずるが、民営化、増税、自衛隊派遣に関しては、石にしがみついてでもねたを拾ってこようとしない弱腰マスコミの姿に他ありません。長いものにはではありませんが、所詮、株主が変わらない限り、体質どころか、おつむの中身も変わらないということでしょうか。
 あと一カ月もすれば、件の三人官女も露出する頻度は少なくなる筈です。彼女たちは、口を揃えて言うでしょう。「あんなにちやほやされたのに」と。そのときは、小池さん世渡り上手の術を伝授してあげてください。

就任演説 ぱちぱちぱち

2005-09-27 | 時事
 小泉首相の就任演説の模様が報道されておりました。米百表、やれば出来るは魔法の合言葉など、以前の「小泉節」を引き合いに出して、今回は、「小泉チルドレン」と呼ばれる方々に拍手をさせるというパフォーマンスを写しておりました。米国の大統領の就任演説を真似た鋭さは、流石にと思いました。きっと電通あたりの凄腕のブレーンがついているのではと邪推してしまいます。
 拍手の空疎さは、ブッシュの就任演説の中継で辟易している小生にとっては、小学生の学級会の如く映じて、微笑ましく思えます。かつて米国は我が国の民族の精神年齢を12歳並みと称し、民主義教育を行うことが責務と考えました。確かにそのように映じたのでありましょう。日本陸海軍の行動を見ていればむべなるかなであります。しかしながら、かの国の就任演説の如く、小学生並みにまでと堕す必要は無いと思う所存であります。と書いて、昭和軽薄体の一人と称せられた椎名誠氏の往時の文章を思い出しました。
 何事も米国流にという輩は、日本の伝統を軽視するのであります。ばーんばーん(机を叩く音)、まさに一国の首相が就任演説をするということは、国家の針路を示すものであり厳粛なる儀式であります。パチパチパチ(拍手の音)しかるにして、今般の首相の振る舞いはまさに、品性を欠いたものであり、それに乗じて拍手を送る輩も無知の極致でありませんか。ばーんばーん(机を叩く音)。
 ざっとこんな具合でありました。「ばーん」とか「パチパチ」という効果音を文字にして講演会、演説を揶揄するものです。(さらば国分寺のおばば、気分はだぼだぼソースなどに掲載されているはずです。)小生は、初めてこの文に接した時に抱腹絶倒した記憶があります。即ち、品性欠く大人のすべからず行為として。
 さて、今回のぱちぱちぱちは小学校並みでありますが、考えれば、小泉チルドレンです。小学生並みになってしかるべきか。でも小生にはちと物足りぬところがあります。小学生の頃、必ず一人や二人お茶目な子がいたはずです。そのお茶目な子の登場を願って止みません。かつて、佐藤栄作氏が、「栄ちゃんと呼ばれたい」と会見で漏らしたら、横山ノック氏は国会答弁で「栄ちゃん」と呼びかけました。是非とも、今国会でもチルドレンと呼ばれる新人議員の方にはポストノックを目指していただきたい。
 

選挙終わって

2005-09-21 | 時事
 料理人に、スーパーの社長、学者、役人、様々な分野からの当選は、多様化社会を映し出すものと言えるわけがない。八百屋は八百屋なりの、床屋は床屋なりの世界を持つもの、7割が勤め人を占める国では、今更職人でも無かろうに。かと言って、サラリーマンが政治家になればというのも思慮が無い。なればなったで、旨みもわかろう、さすれば昨日の風は何処吹く風か、政治家らしくなってきましたねと言われれば、しっかりとその旨みを吸えるようになったことである。八百屋の仕組みを知っているからとて、消費者に都合の良いことを考えるかと思えば、さにあらず、それを面罵したところで埒があかない。役人ならば、役人の仕組みを知っているだろう。ならば役人を操るのも造作も無いと思うのは浅墓であって、仕組みを知っているからこそ、堅守しようと手を貸すことになる。
 政治家には資格試験が無いので、受かれば代議士になれる、それは猿でも可能である。万民の幸を考え、万民を治めるには、凡庸な知恵の持ち主では勤まるはずも無かろうに。幸い、万民のことを考えるほどの頭はもたないし、一寸先の足の運びにも狼狽するので、長屋の熊さんを決め込んでいる。
 ブログで自民に風が吹いていたという話を仄聞した。ブログが一つの輿論形成に役立ったという考え方も出来よう。ならば、平等社会に倦んだ世代が登場してきたと見るべきなのか、それとも世相の流れで保守化が強まった見るべきなのか、迂愚にして世情に疎い小生には量りかねる。
 アリストパネスの戯曲に民主主義を揶揄したものがあったと記憶する。選挙は制限選挙が一番だというのが小生の持論である。
 

ネット管理会議とはいかなるものか

2005-09-18 | 時事
 ネット統治会議がジュネーブで開催されるという記事を読みました。ネットの管理を行い、迷惑メールなどをどのように対処するかなどが話し合われるという内容であります。機械音痴の小生には、何のことやらわかりません。日々、ブログを書き込むために、アクセス情報を見ると、千からの単位でブログが開設されてます。既に30万は越えているブログの数と、情報量の多さは管理できる代物なのでしょうか。
 確かに検索エンジンなるもの、またそれを行っている会社も買収などが進んでいます。ですが、それらすべてを管理することが全体可能なのでしょうか、小生には皆目見当がつきません。既に、こうして文章を綴っている時点で、発信元が辿れるならば、この上、ネットを管理するというのはどのようなことなのでしょうか。
 思い起こせば、googleが本格的にこの世に名乗りをあげる前に、文字検索、管理の恐ろしさを描いている映画がありました。例えば、大統領という文字と殺すという文字を書いただけで、自動的にNSAだかのコンピューターの探索装置が起動して、発信元を突き止めてしまうという話でありました。
 機械だから管理できるという発想は、いかにも近代文明に暮す人間の発想であります。ネット社会といっても、たかの知れてるものであります。それとも旧ソ時代の管理社会が来るということでしょうか。
 最後に旧ソ時代の小噺を一つ。ある男が「スターリンはバカだ」と酒場で呟いたら、KGBがやってきて、その男を逮捕しました。男は「俺が何をした、なんで逮捕されるのか」と問うと、KGBの男はにやりと笑って「国家機密を漏らしたからだ」と言いました。
 

党首討論

2005-09-04 | 時事
 選挙まであと一週間になりました。今朝は、あちこちで党首討論をやっておりましたが、公平さの名の下に七名の党首が一堂に会して話しているのを見ると、どうも神経に障ります。まず司会者の段取り、次に民放の場合はコマーシャルの時間と、キャッチフレーズ、お題目、いたちの最後っ屁(少々下品ですが)という具合に言った者勝ちのきらいがあります。あれも公職選挙法とか、日本特有の平等主義という考えの悪しき産物なのでしょうか。
 ゴジラが再びハリウッドに渡るとかで、昨年で打ち切りになりました。50周年記念作品と銘打って、これでもかと怪獣を出してきました。党首討論はゴジラ映画の南海の大決戦を彷彿させます。
 これだけ、コンテンツの無さと番組の低俗化の批判をものともせず、加えて政治への関心を危惧して選挙に行こうと「無党派層」の取り組みに躍起になっている放送業界のみなさま。ぜひとも、バトルロワイヤルはやめにして、サッカーワールドカップ予選の如く、一対一の総当たり論戦にしていただきたいと思います。公明対共産、共産対社民、国民新党対公明 このあたりはアジア大会の拾い物を見るようで、興奮するかもしれません。民主対社民も、かつての東欧予選の如く、修羅場を演じてくれるのを期待します。絶叫型の小泉さんには、これを機会に新たな技を覚えてもらいましょう。各党、マニフェストなる異国の言葉を用い、面妖なる公約を掲げておりますが、それがどこまで本当か実地検分しましょう。
 ワールドカップの予選をNHKは衛星で全部見せますと豪語し、実行しました。爾来スポーツ関係はスカイパーフェクトにお株を奪われています。いまこそ千載一遇の機会です。民放の日本、フジは今年も24時間という無駄な電波と電力の消費に精力を傾けました。ならば報道を謳う他の民放さん。どうです、「24時間で全部見せます、公約の裏側」とでも題して、党首バトル仁義無き戦いと討論番組を企画してください。日頃、左寄り、右寄り、日和見をしている「政治評論家」、「某新聞論説委員」、「政治学者」を解説者にして実況放送をやっていただきたい。勿論、口下手、論争上手がありますから、予備知識として、各党のうしろにいらっしゃる支持団体の相関図、さらにはここ2年国会で成立した法案の数と内容を成績表のように出してもらいましょう。それから、有識者で作る云々委員会を勤めた人にも、討論の合間に出演してもらえれば、より立案、立法の手続きが明確になるはずです。
 ほりえもんさんと手を組んだフジなぞは、テロップで「裏番組の裏をインターネットで発信中」とでも出したら、ほりえもんが言っていたメディアとネットの融合を理解する端緒にもなるでのはないでしょうか。
 海の向うの米国では大統領選は四年に一度のお祭りです。ならばわが国もそれに倣って「お祭り」にしてみたらどうです。東京市場も5日ぐらい休めば、世界経済におけるわが国の地位も、より近隣諸国を始めとして、大国のみなさまもお気づきあそばすことになるのではないのでしょうか。
 天照大神も岩戸にお隠れあそばした由緒ある国としては、神に倣うのも方策かと申し上げます。