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きっと忘れない

岡本光(おかもとこう)のブログです。オリジナル短編小説等を掲載しています。

短編小説 もういちど、黒髪の君に 前編 (未完) 

2018年01月18日 | 小説 (プレビュー版含む)
短編小説 『もういちど、黒髪の君に』 前編 (未完作品)

 あの人との出会いは、ほんの些細な事がきっかけだった。

 片田舎の小さな中学校の授業を終えて、一人で家に帰るだけの毎日。クラスメイトのみんなからも浮いていて、部活も一年生の二学期で早々と辞めてしまった私には、スマホとパソコンの中だけが、落ち着いて遊べる場所だった。

 インターネット上のたくさんのサイトに気紛れに目を通し、気に入ったサイトにブックマークをつけて感想を書き込む。すると、ごくたまに、コメントの返事が書き込まれたりした。たったそれだけで、私は、なんだか自分が人と繋がりを持てた気がして、少し幸せな気持ちになれた。クラスメイトたちと、その場、その時に話すだけの作り笑いを貼り付けた会話より、よほど気持ちのこもった言葉が、そこにはあるように思えた。

 あの人のサイトを見つけたのは、本当にただの偶然だった。クラスメイトどころか、学校中の誰もが知らないような、とても古い映画のタイトル。それを検索して調べているうちに、そのサイトを見つけたのだ。

 どこかの都会の街の、何気無い風景写真。たった一行だけ添えられた文章。それが何ページも続く、それだけのサイト。なのに、そのサイトは、私の心を惹きつけて離さなかった。私は、そのサイトの過去の記事を全部、徹夜で閲覧した。どの写真も、都会ならどこにでもある景色のはずなのに、何故かとても綺麗で、切なくて悲しかった。

 私は、一通りの閲覧を終えた後、そのサイトのコメント欄に、押し付けがましくない程度の短いコメントを書き込んだ。サイトにはコメントがほとんど入っていなくて、閲覧者数の表示もなかった。

(一体どんな人が、運営してるんだろう)

 私は、そんな事を漠然と思いながら、閉じそうな瞼を擦り、学校の準備に取り掛かった。気が付けばもう窓の外は明るくて、太陽の日差しが目に眩しかった。

 私はそれから毎日、そのサイトの更新をチェックするようになった。数日後、自分が前に書き込んだコメントに、管理人さんから短い返事が書かれていた時、私は自分のほっぺをつねり、それからオデコをおもいっきり指で弾いてみた。

自分で叩いたオデコは、とても痛くズキズキとした。どうやら、これは現実の出来事らしかった。私は大急ぎでそのサイトの最新記事に、新しいコメントを書き込んだ。

 こうして、私とそのサイトの管理人さんとの、たった数行の言葉のやり取りがはじまった。その人は、私と違い、日本で三番目に都会の町に住んでいる大人の人だった。ただ、相当な数のコメントを交わしても、その人が男性なのか女性なのかは私には判然としなかった。けれど、丸一日しっかりと私の書き込んだコメントの内容を読んで、言葉を考えてから、丁寧に返事を書いてくれる優しい人であることだけは、確かだった。

 何ヶ月かの後、そのサイトの管理人さんの「やってみれば意外と簡単」という言葉を真に受け、ブログを書き始めた。実際、やってみると、ブログの更新も書き込みも、やり方はずいぶんシンプルで、文章を書く事さえあれば、誰にでも続けられそうだった。私は、考えに考えた末に、自分の住む田舎の空や山や、その合間に浮かぶ雲の写真を携帯で撮って、自分で作ったブログにアップすることにした。その時々の気持ちを、一行の言葉で写真に添えて。

 それは、あの人のサイトとまるっきり同じ作り方だったけれど、あの人は怒りもせず「都会にはない景色が綺麗に撮れていて素敵です」とコメントをくれて、その後も何度も、サイトのデザインや写真の撮り方のアドバイスを何度もしてくれた。

 気が付けば、ブログにはいくつかのコメントが書き込まれるようになり、その返事を通して、私は他のブログ管理人同士のリンクの繋がりを持ったりするようになった。まだクラスメイトに自分のブログの話をする勇気は持てなかったけど、そのブログ上の繋がりは、ほんの少し、私に、他人と関わるための勇気を与えてくれた気がした。 

【未完・続きいつか書きます】


短編小説 フライト・プラン 2

2018年01月11日 | 小説 (プレビュー版含む)

平成某年、四月。大学に無事入学した私は、迷うことなく演劇部のドアを叩いた。

華やかな大学のサークルの部室に比べ、そこはあまりにもむさくるしく、狭く、そして熱気に溢れた場だった。

「入部希望?」

煙草の匂いをぷんぷんさせながら、老け顔の男性が部室のドアを開けた。

「あの・・・脚本をやりたいんですが」

その男性は苦虫をかみつぶしたような顔で

「脚本は三年」

そう私に言った。

「はい?」

愛想の欠片もないその男の態度に若干腹を立てながら、私は小声で返事をして顔を上げた。

「脚本やりたきゃ三年頑張って? うちは素人は使わない」

どんだけ偉そうなんだと思いながら、私は

「じゃあプロなんですか? 貴方?」 とケンカ腰に言った。

「うちはどの公演も金を取ってる。最大動員数は500人。箱台も自分ら持ちだ」

ドアを開き、その男は私を部室の中に入れた。

「三年やる覚悟があるなら、その椅子に座って入部届書いて?」

テーブルの上には灰皿に山盛りの煙草とお菓子の空き箱。

(とんでもない大学に入ってしまった・・・)

私はそう思いながら、炬燵に足を入れ、愛用のペンを胸ポケットから取り出して、入部届にサインをした。

「行? イクさん?」

「コウです!」

半ば怒鳴り気味にそう返し、私は彼に入部届を渡した。

彼はニヤリと笑い

「本岡樫太。1年だ」

そう私に告げた。私は、今度こそ開いた口が塞がらず、呆然として、そして笑いながら

「よろしく」

やっとの事でそう答えた。

(いつになるか分かりませんが続きを書きます)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


短編小説(ショート・ショート) フライト・プラン

2018年01月01日 | 小説 (プレビュー版含む)

私がはじめて物語を書いたのは、高校の演劇祭の時だった。

調子に乗ったクラスの男子が「どうせやるなら派手なアクションものの演劇がやりたい」などと突拍子もない事を言い出し、それに乗っかったクラスメイトたちが、ターミネーターみたいなのだのエイリアンみたいなのだのをやりたいと、到底、高校生の出し物では無理そうな舞台劇を作りたがった。

到底不可能なそのリクエストに少しでも内容を近づけようと、クラス担任の先生は脚本家として、当時文芸部に所属していた私を指名した。

私は、そのあまりの無茶ぶりに当惑したものの、「お前の好きなように書いていい」とクラス担任からのお墨付きをもらい、どこかワクワクしながら、学校に置いてあった大量の原稿用紙を家に持ち帰った。

(SFは舞台で演じるのは無理だ。ならアクションなら? 刑事ものとかどうだろう? 派手な銃撃戦があれば、クラスの男子も喜ぶかも)

受験勉強の何倍も頭を使い、私は苦心の末、二週間で一本の舞台劇の脚本を書き上げた。

当時、私が好きだった香港アクション映画のオマージュ・・・いや、有体に言ってしまえばパクりであったその脚本は、潜入操作官である主人公と男気のあるマフィアの友情と戦いを描いた、とても高校の演劇祭で上演できるとは思えない内容だった。

だが、クラスメイトたちと担任は、話の元ネタを知らない事もあってか、この脚本をいたく気に入り、あろうことか火薬まで使って舞台上で見事に演じ上げてしまったのだ。

主人公の拳銃が火花を上げ、白い羽が舞台に舞い、壮絶な死のシーンにスポットライトが当たる。

それは、私が頭の中で空想で描いていたシーンそのものの再現だった。もちろん、拙い演出と演技ではあったものの、その舞台は観客を大いに魅了し・・・ついで言うと一部の保護者と校長先生からの大クレームを引き起こした。

私はそのとき初めて、自分の創作した物語が、誰かに伝わる事の喜びを知った。

私の頭の中にしか存在しなかった登場人物たちが、誰かの心の中にある喜びや悲しみ、痛みを引き出し、共感や追想を誘う。

その出来事は私にとって、もはや決して忘れる事の出来ない楔になってしまった。

こうして私は、物語という航跡を描くことを知った。それからの事はまた色々あるのだけれど、それはまた別の話だ。

(了) ※もしかしたら続きを書くかもしれません。


短編小説 (ショートショート) 「姉と自転車」

2011年04月28日 | 小説 (プレビュー版含む)

僕が妹を殺したのは、ついさっき、二時間前の事だ。高校の始業式から帰ったばかりの月曜日の夕方、僕は些細な理由で、三歳年下の姉と喧嘩をした。妹は美人で体型も普通。だが気が弱く他人が苦手で、もう何年も自分の部屋にひきこもっていた。そのくせ、家族にはまるでお姫様のようにふるまい、僕や両親をいつも困らせてばかりいた。

僕が妹を殺したとき、どんな理由で喧嘩をしたのかは、よく覚えていない。ただ気が付けば、僕は妹の柔らかい身体をナイフで何度も突き刺していた。その身体が動かなくなるまでにはしばらく時間がかかったけれど、妹は、何度か呻き声を上げた後、ただの大きな肉と血の塊になっていた。

しばらくの思案の末、僕は妹の死体を近所の池に捨てる事にした。夜には両親が帰ってきてしまう。もう時間がなかった。僕は姉の死体を自転車の荷台に座らせ、ロープで僕の身体に固定して無理やり二人乗りをすることにした。あまり見栄えがいいとは言えないが、他に良い方法を思い付かなかった。少なくとも、妹の死体を僕の背中に担いで歩いたり、ズルズルと引きずるよりはましだろう。

それにしても、妹と自転車の二人乗りをするなんて何年ぶりだろう。僕はそんなことを思いながら自転車のペダルをギコギコと踏みこんだ。幸い僕たちの家は平地にあったから、重い妹の死体を荷台に乗せても、僕はなんとか自転車を前に進めることが出来た。

妹の身体は重かった。生きているときよりもずっと。友だちからは、家に可愛い妹がいることを羨ましがられたりもしたけど、僕にとってはいい事なんて何もなかった。妹には、いつも面倒事を押し付けられてばかりだった。

時折、犬の散歩をするオジイサンや部活帰りの中学生達とすれ違った。彼らは皆、伏し目がちに僕らに視線を向け、それから、見てはいけないものを見てしまったという顔をして、気まずそうに立ち去っていった。あまりにも異常過ぎる光景に遭遇すると、人はかえって何の反応も起こさなくなるものらしい。誰一人として、僕と妹に向かって声を掛けようとする人はいなかった。

そうして二十分ほど自転車のペダルを漕ぐと、道の先に薄暗い池のほとりが見えた。妹は昔からこの場所が好きで、子どものころはよく一人で遊びに来ていたと言っていた。もっとも、遊ぶといっても何をする訳でもなく、何時間も湖面を眺めたり、石を池に投げ込んでいたり、裸足になって池の畔に足を浸したり、そんな馬鹿な事ばかりをしていたらしい。まぁ、僕が実際に池で遊ぶ姉の姿を見たことは無いけれど。

妹は、機嫌のいい日には、この池のことを話してくれたりした。

「あの池はね、夕方になると水面が赤く染まって、血の色みたいになるの。とても綺麗よ」

嬉しそうに、何度も、同じことを繰り返し言い続けていた。


僕は、その時の妹の表情と、今の妹の顔を見比べながら、作業を始めた。準備を終え、妹の重い身体を、池の底に自転車ごと沈めた。水の底に沈んでいく何も話さなくなった妹は、本当に儚げで綺麗だった。

(ああ、そうか。殺さなくても、喉を潰せばそれでよかったのか)

そんな事を考えながら、僕はお姫様のようだった妹の事を、本当は好きだったのかもしれないと考えていた。そうかもしれないと思いながら、僕はただ呆然と水面を見つめていた。

池の水面に浮かんでいた妹は、徐々に錆びた自転車と一緒にブクブクと鈍い音を立てて、深く深く沈んでいった。

(了)


短編小説 (ショートショート) 「黒と赤のコントラスト」

2011年03月19日 | 小説 (プレビュー版含む)
 彼女と出会ったのは、五月。赤い陽が背中を刺すような夕暮れ時だった。

「帰る場所がないの? それとも帰りたくないの?」

 誰もいない公園のベンチに、何をするでもなくただ座り込んでいる私の背中に、小さな声が響いた。振り向くと、黒いワンピースを着たショートカットの少女が、そこに居た。

「どっちも、かな」

 私は自嘲ぎみにそう呟いた。会社をリストラされ、どこにも行き場のなくなった私は、ここ数週間、この場所で無為に日々を過ごしていた。きっとその姿を見られていたのだろう。

「オジサン、ずっとここにいてるよね」

 少女はそう言うと、私の隣に座り、足をぷらぷらとさせた。

「この公園、いいよね。人ほとんど来ないし、静かだし」

近所の高校生だろうか。今時の学生にしては髪形も服装も地味で、どこか落ち着いた印象だった。

「こんなオジサンに声をかけても、何もいいことなんかないと思うぞ」

 私は愛想なく、少女にそう返事をした。他人と会話をするのが数日ぶりだったことを、私はその時初めて思い出していた。

「別にいいことなんて期待してないよ」

 少女は、感情を感じさせない声でそう言うと、私の目を覗き込んだ。

「オジサンだってそうでしょう? 何もいいことなんてないって顔、してる」

 心の中を言い当てられたようで、私は少女の瞳を直視することが出来なかった。

「オジサンはやめてくれ。確かにオジサンには違いないが、そう呼ばれて嬉しいもんじゃない」

 話題を逸らそうと、私は笑いながらそう言った。

「じゃあ、なんて呼んだらいい?」

「高志、でいい」

「高志オジサン?」

 少女は、からかうでもなく、真顔で私にそう応えた。

「君がどうしてもそう呼びたいなら、それでもいい」

 少し不機嫌な声になっていただろうか。自分がオジサンと呼ばれて当然の年齢だとは自覚していても、どこかそれを受け入れられない。

「怒らないでよ。高志さんって呼べばいいんですよね。私は美弥子。ミヤでもいいよ」

 からかうような口調で、少女は初めて私に笑顔を見せた。

 それから、私とミヤは、他愛もない話を何十分か続けた。音楽の話や映画の話、こんな話題を話す事すら、私はもうずっとしていなかった。

 話し続けるうちに陽が落ち、公園の向かいのマンションに灯りが灯り始めた。ミヤは、ふと会話を止めると、何の前触れもなく、私にこう言った。

「ところで、高志さんは、人を殺した事がありますか」

ミヤの黒いワンピースが揺れた。その袖口に、乾いた黒い血が染み付いている事に、私は今になって気付いた。言葉を失い、息を飲む私に、ミヤは表情のない顔を向けた。氷のような瞳が、私を見つめていた。

「もうお会いする事もないと思います。サヨナラ」

 ミヤはそう言うと、ベンチから立ち上がり、暗い闇の中に身を翻した。血の汚れを纏った黒いワンピースが、夜の公園に溶け込んでゆっくりと消えていった。