きっと忘れない

岡本光(おかもとこう)のブログです。オリジナル短編小説等を掲載しています。

短編小説 (ショートショート) 「姉と自転車」

2011年04月28日 | 小説 (プレビュー版含む)

僕が妹を殺したのは、ついさっき、二時間前の事だ。高校の始業式から帰ったばかりの月曜日の夕方、僕は些細な理由で、三歳年下の姉と喧嘩をした。妹は美人で体型も普通。だが気が弱く他人が苦手で、もう何年も自分の部屋にひきこもっていた。そのくせ、家族にはまるでお姫様のようにふるまい、僕や両親をいつも困らせてばかりいた。

僕が妹を殺したとき、どんな理由で喧嘩をしたのかは、よく覚えていない。ただ気が付けば、僕は妹の柔らかい身体をナイフで何度も突き刺していた。その身体が動かなくなるまでにはしばらく時間がかかったけれど、妹は、何度か呻き声を上げた後、ただの大きな肉と血の塊になっていた。

しばらくの思案の末、僕は妹の死体を近所の池に捨てる事にした。夜には両親が帰ってきてしまう。もう時間がなかった。僕は姉の死体を自転車の荷台に座らせ、ロープで僕の身体に固定して無理やり二人乗りをすることにした。あまり見栄えがいいとは言えないが、他に良い方法を思い付かなかった。少なくとも、妹の死体を僕の背中に担いで歩いたり、ズルズルと引きずるよりはましだろう。

それにしても、妹と自転車の二人乗りをするなんて何年ぶりだろう。僕はそんなことを思いながら自転車のペダルをギコギコと踏みこんだ。幸い僕たちの家は平地にあったから、重い妹の死体を荷台に乗せても、僕はなんとか自転車を前に進めることが出来た。

妹の身体は重かった。生きているときよりもずっと。友だちからは、家に可愛い妹がいることを羨ましがられたりもしたけど、僕にとってはいい事なんて何もなかった。妹には、いつも面倒事を押し付けられてばかりだった。

時折、犬の散歩をするオジイサンや部活帰りの中学生達とすれ違った。彼らは皆、伏し目がちに僕らに視線を向け、それから、見てはいけないものを見てしまったという顔をして、気まずそうに立ち去っていった。あまりにも異常過ぎる光景に遭遇すると、人はかえって何の反応も起こさなくなるものらしい。誰一人として、僕と妹に向かって声を掛けようとする人はいなかった。

そうして二十分ほど自転車のペダルを漕ぐと、道の先に薄暗い池のほとりが見えた。妹は昔からこの場所が好きで、子どものころはよく一人で遊びに来ていたと言っていた。もっとも、遊ぶといっても何をする訳でもなく、何時間も湖面を眺めたり、石を池に投げ込んでいたり、裸足になって池の畔に足を浸したり、そんな馬鹿な事ばかりをしていたらしい。まぁ、僕が実際に池で遊ぶ姉の姿を見たことは無いけれど。

妹は、機嫌のいい日には、この池のことを話してくれたりした。

「あの池はね、夕方になると水面が赤く染まって、血の色みたいになるの。とても綺麗よ」

嬉しそうに、何度も、同じことを繰り返し言い続けていた。


僕は、その時の妹の表情と、今の妹の顔を見比べながら、作業を始めた。準備を終え、妹の重い身体を、池の底に自転車ごと沈めた。水の底に沈んでいく何も話さなくなった妹は、本当に儚げで綺麗だった。

(ああ、そうか。殺さなくても、喉を潰せばそれでよかったのか)

そんな事を考えながら、僕はお姫様のようだった妹の事を、本当は好きだったのかもしれないと考えていた。そうかもしれないと思いながら、僕はただ呆然と水面を見つめていた。

池の水面に浮かんでいた妹は、徐々に錆びた自転車と一緒にブクブクと鈍い音を立てて、深く深く沈んでいった。

(了)



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