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至誠惻怛(しせいそくだつ)=真心と慈愛の精神

「初詣で」(阿刀田高)

2011-01-03 | 読書・一般
 短編小説集を2冊、読んでいる。

 ――追想の中の女はいつも春の宵のように艶めかしい、と帯に記された阿刀田高(75)の短編集『佐保姫伝説』。
 
 
 
 ――秘めた願望を実行したら、新しくなった自分を知った、と帯に記された村山由佳(46)の短編集『アダルト・エデュケーション』。

 何らかで注目した短編小説集は、その中に1つでも琴線に触れる作品があればいいと思って買うのだが、前者では冒頭の「初詣で」、後者では2作目の「それでも前へ進め ADVANCE」で、早くも元を取ったような気がした。

 阿刀田高が2008年に発表した「初詣で」は、まことにセンチメンタル。
 43歳の会社員の男は、新年の神社で高校時代の女友達と遭遇した。懐かしく近況を語りあった。彼女は絵馬に文字を書いていた万年筆を「愛用していたけど、あげる」となかば無理矢理、男に渡した。
 彼女は書いた文字を筆ペンで塗りつぶし、干支の猪を描いた。そして、その絵馬を、ふたりは神社ではなく母校の喬木に目立たないようにつるした。
 一年後、男は彼女の死を知った。高校へ急ぎ、喬木の絵馬を裏返すと、黒い猪は消えていて、その下に薄れてはいるが万年筆で書いていた二行の文字が残っていた。 
 どうぞ苦しまずに
 ゆらゆらと残りを生きて逝きます

  ◇
 43歳の本間敏樹は、会社の合間、去年も行った日枝神社の鳥居をくぐった。境内は初詣での姿が目立っていた。
 ――大久保さんは来てないかな。
 しかし、そんな偶然のあろうはずもなかった。
 社殿のほうを見返した。去年はこのあたりで声をかけられた。その記憶は鮮明だった。

 大久保彩子は高校で同級生、大学でも同じ学部だった。目標をすえて努力するタイプの人だった。そこそこに親しい時期もあった。
 
 去年、彩子はモスグリーンのコートに金茶のマフラーでベンチに座り、絵馬を膝に載せていた。白い指に紺色の万年筆を握っていた。なにかを書き込んでいたらしい。
 「なに書いてた」
 「内緒」
 彩子は腕をあげ、指を伸ばし、
 「あれ、取ってくださいな。筆ペン」
 といった。絵馬を売るところに、参拝者が使えるよう筆記用具が散っていた。筆ペンが転がっている。
 「うん」
 小走りに寄り、とって返して渡した。彩子は、
 「見ないで」
 背を向けて肩を動かした。さっき万年筆で書いた文字を筆ペンで塗りつぶしながら、
 「今年は、猪よね」
 「干支? うん、猪だ」
 猪の絵に変わっていた。
 「本間さんも、なにか書いたら」
 「いや、やめておく」
 彩子は視線を落とし、所在なさそうに万年筆を膝の上で転がした。濃紺のなめらかな軸が美しい。
 「いい色だな」
 「そう?」
 「うん。シックだ。女物かな」
 「男の人が使ってもおかしくないわね。とっても書きやすいの。愛用していたけど、あげる」
 「いいよ、そんな」
 「気に入ったのなら、もらって」
 彩子は立って敏樹のポケットに万年筆を落とした。



『三島由紀夫 追想のうた・女優として育てられて』(村松英子)

2008-09-03 | 読書・一般
 ――演技はナマではダメだ。模倣といっても抑制のない汚い演技はダメだ。模倣を作り直して創造するんだ。自然な演技なんてありはしない。自然さを演じるんだ。

 ――僕は人と会うときは、20分前を心がけているんだよ。今日は少し早く着き過ぎちゃった。アッハッハ。

 三島作品のヒロインは、血の滲むような努力と力を必要とします。そうしなければ本質的には失敗します。何しろ役者の力量と美意識のすべてがあからさまになります。音楽に例えれば、モオツァルトを弾くのに似て、誤魔化しがきかないのです。


『竹久夢二写真館「女」』(栗田勇)

2008-09-01 | 読書・一般
 (平成17年)元旦、『竹久夢二写真館「女」』(新潮社・1983)を書棚から手にした。夢二を彩る女たちのなかで、表紙カバーに用いられている「お葉」さんは、最も素朴な雰囲気をただよわせており、心情はさておいて、つよくひかれる女だ。
 本文に見開きで掲載された同じ写真の右に、

 いつとなく
 わするゝとなく文絶えて
 あはれことしの夏もいぬめり。

 という3行がある。

  

 この写真は、お葉さんもいいし、後ろの屏風がいい。ふすまにかけられた日常の衣服。座布団に伏して本を読むお葉さん。日常生活と夢の世界が、屏風によって見事に仕切られている。
 おそらく夢二が撮った写真であろうが、デジタルカメラのなかった時代、一発のシャッターでこれだけの写真を撮った夢二に喝采したい。

 夢二の美人は、一人の現実の女を描こうとはしていない。髪、顔の輪郭、眉、瞳、唇、頸、肩、腰、手と足には愛撫の想い出がひめられている。そんな、ひとつひとつの女性的なるものへの愛着が、よせあつめられて、一人の女人像となっている。当然、アンバランスなデフォルメが生まれてくる。だから、その形の上での不自然さは(中略)あふれる情緒への愛着からくるものだといえるだろう。

 形としての女を完成することよりも、その崩れた形(フォルム)から女性的なるものの余情を汲みあげることをえらんだ。
 夢二が描いたのは、どのような現実の女にも完全にそなわってはいたが、しかし、同時に、それと気づかずに身から発散している雰囲気そのものであった。

 ……限りある画面に限りない想いを委ねることはできないというのが、東洋の芸術の心なのである。
 夢二の女は、夢二の心の中にだけ、いつも住んでいたというほかはない。
 そこでは、誰がモデルだとか、誰に似ているという話は、ほとんど意味をもたないだろう。夢二は、永遠のただひとりの、現実にはありえない女を追い求めていた。

『妹の力』(柳田国男)

2008-09-01 | 読書・一般
「切れ切れの、一見説明しがたい言い習わしを、私たちは民間伝承と呼んでいる」

「何を知りたいのかの筋が立たぬ限り、書物は我々の相談相手にはなってくれない」

「この研究の発足点となったのは、芥子粒ほどの民間伝承と、これを不思議として、わけを問わずにはいられなかった私の好奇心とであった」

「旅で一人になり、経験のまったく違った人たちの中で、淋しく日夜を過ごしたことが、燃え広がっていくものの火打ち石であった」

「『妹の力』があらためて痛切に要望せられる時代は来ているのである」

「暗示はむしろ日常の人生の中にある」

「諸国の旅を重ねた後に始めて心づいてみると、わが村は日本にも珍しい良い所であった。水にしたがう南北の風通しと日当たり、左右の丘陵の遠さと高さ、稲田によろしき緩やかな傾斜面、古人の愛してきたり住むべき土地柄であった」

「美しい山水の中に、悠揚平和なる生存を持続する術を学んだ」

「来てはただちに還り去ること、あたかも盆の精霊のような自分」

「婦女子が必要もない謙遜から放免せられ、各自その天性の快活をもって…」

「孤独を感じやすい青年」

「肉親愛の復古」

「囚われたる昔風」

「女には目に見えぬ精霊の力があって、砥石(といし)を跨(また)ぐと砥石が割れ、釣り竿や天秤棒を跨ぐとそれらが折れるというように、男子の膂力(りょりょく=筋肉の力。腕力)と勇猛とをもって成し遂げたものを、たやすく破壊しうる力あるもののごとく固く信じていた」

「奇異の俗信」

「漠然たる畏怖」

【禁忌】
 ①いたずらに我々を拘束する迷信ではなかった。
 ②社会のある一部分の便宜のために強いて設けられた律令。
 ③未知の外界に対する一種の対抗策。一定最小限の条件をさえ守っているならば、人は自在に行動して何の怖れるところもない。人間の勇気の根源を培うもの。

【慣習】
 その時代の、どうしても必要だと認めたもの。

「人間の知恵には不確かなものが多い。この不安を追い払うことは容易でなかった」

「祭祀・祈祷の宗教上の行為は、肝要なる部分が夫人の管轄だった」

「家々の婦女は必ず神に仕え、その中の最もさかしき者が最も優れた巫女だった」

「国の神は一つ以前には地方の神であり、さらに溯れば家々の神であった」

 婦人の感動しやすい習性→いち早く異常心理の作用し示し、不思議を語り得た。
 婦人の特殊生理→精神作用に強く影響。

「女の力を忌み怖れたのは、本来は女の力を信じた結果」
「本来は敬して遠ざけていた」

「素朴一様の生活をした昔人は、心理もほぼ同じ傾向を持っており、利害も趣味も感情も相似たる結果、似たような誤謬を経験することはある」

「現代の個人は、流行や感染以上に、実はまだ、昔からの隠れた力に引き回されている」

 一人の異人…威力の絶頂にある間は、呪術も予言もことごとく適中して、いかに本人の元の身分を熟知した者でも、帰依渇仰せざるを得なかった。

【東北のモリコ(イタコ)】修行と口伝を必要とする巫女(ふじょ)。

「霊の力を現わさんとする女は、四五日も前から食事が少なくなる。眼の光が鋭くなる。何かというと納戸に入って出てこぬ時間が多くなり、それからぽつぽつと妙なことを言い出すのである」

「昔は個々の家庭において神に問うべき問題が今よりもはるかに多く、むしろ求めて家の婦人を〝発狂〟せしむる必要すらもあった」

「家と家、部曲(かきべ)と部曲の競争において、優れたる巫女の力により、最も尊くかつ正しい神をお迎え申すことを得た家は、一門の繁栄と付近住民の信服が思いのままであり、これに助けられて男子の事業が成功するとともに、信仰もまたしだいに統一せられたがゆえに、祭祀はその中心家族の事業となった」

「細心柔情にして父兄を動かす力のある婦人」

【玉依彦・玉依姫(たまよりひこ・たまよりひめ)】この二柱(ふたばしら)の神は、賀茂の神人(じにん)の始祖。兄妹。上の社の伯父と母。

 外戚の親

「天つ神が母系の血筋を重んじ、かつ女性の純潔を要求したとすれば、叔母から姪女(めい)へ奉仕の職を伝えるの他はない」
「神巫(しんぷ)の家筋は、皆こうして保存せられた」

 伊勢内外宮の物忌父(ものいみのちち)、越前・飛騨のテテ→玉依彦思想の延長。

 兄妹の宗教上の提携…島山に占拠した兄と妹の神。

 同胞の御神。

 斎院(さいいん)が神を祭る慣習。

 旧家名門に小規模の玉依姫が定められていた。

 「をなり神」を拝する習い。ヲナリ…姉妹を意味する。

 田の神の祭…神聖。最も重要。

 女性の精緻なる感受性と、生存の理法の省察。

【玉依姫の問題①】

 オナリ=女性の同胞=男兄弟にとって守護指導の霊。

 姉妹神の信仰

【玉依姫の問題②】

「琉球とは最も遠い東北の田舎でも、オナリは祭祀に参与する女性だった」

「女性が神と自分の兄弟の仲に立つという風習」

 八重山郡の石垣の島。石垣船の起源。

【玉依姫の問題③】

「前代の女性が霊界の主要なる事務を管掌して、この世のために目に見えぬ障害を除去し、来たるべき厄難を予告することによって、言われなき多くの不安を無用とし、男たちの単独では決しがたい問題に、いろいろの暗示を与えるなど、隠れて大切な役目を果たしていた」

 沖縄の文化史

 歳の境の先祖祭り、稲・麦の穂を孕もうとする重要な季節の行事→男は退いて女が多く働く風習。

 宮古島の船立(ふなだて)御嶽の由来…船立の拝所の兄妹神。
 船立御嶽の一門→宮古島に初めて金属農具を供与した。
「久米島の按司(あんじ)の一人娘、兄嫁の讒(ざん)によって父に憎まれ、小舟に乗せられ大海に押し流され、宮古島に漂着して神になった。娘の兄は妻を置き去りにして島に渡り、御嶽に二人で住んだ。娘は島人と夫婦になり九人の男子の母になった」
「兄賢き者なれば、鍛冶を工(たく)み、へら鎌を打ち出す」
「万民飢えを凌ぎ安楽に楽しめるも、かの兄妹恩沢ゆえとて、すなわち兄妹の骨を船立山に納め、一社の神と崇め申せし」

【玉依姫の問題④】

 姥石(うばいし)・巫女石(みこいし)・比丘尼石(びくにいし)…霊山の頂を究めようとして神に罰せられ、石に化した。ex.大和の金峰山(きんぶせん)。

 土地の特殊な自然現象を神意に託せんとする。

 妹を精神界の案内者とする風。

 ヲナリ神関係の破綻=兄と妹の精神的提携の断絶。

【玉依姫の問題⑤】

 巫女の懐妊

 素女

 沖縄…巫女=ユタ、祝女(のろ)・神人、家刀自、聞得大君(きこえおおぎみ)
 本州…物忌み・女神覡(めかんなぎ)

 母系相続=男の兄弟があるにもかかわらず、必ず一人の女子を選定して、その配偶者に家督を譲る場合。→巫祝(ふしゅく)の家。

 沖縄での祝女(のろ)・神人の職分の継承法

 ヲナリの霊力

 常陸鹿島の物忌(ものいみ)=斎女(いつきめ)
  …東(とう)氏の叔母から姪への相続。

 神のもろふしを出すのを家の光栄と感じ、一族門党の安泰をたった一人の女性に繋(か)ける思想。

 聞得大君=国の最高のヲナリ神…国王の姉妹を任じた。cf.本朝の斎王・斎院。

【玉依姫考①】

 八幡三所
  *宇佐=八幡大菩薩宇佐宮・比売(ひめ)神社・大帯(おおたらし)姫廟神社
  *石清水=八幡大菩薩・大帯姫・比(ひめ)大神

 幽玄不可思議なる八幡信仰の由来

 《比大神の問題》
 …宇佐本宮において比大神は三殿の中央に祀られ、その中社の前に告殿(つげどの=拝殿)がある。
 …八幡大菩薩=応神天皇、大帯命=神功(じんぐう)皇后。ならば、「その母御神よりもさらに親しくさらに貴き比大神とは、果たしていかなる神か」

【玉依姫考②】

 宇佐八幡東遷初期、神は男女二柱。
「天平勝宝元年11月の託宣向京…大神に一品(いっぽん)、比神に二品の神階が奉られた。翌2年2月には一品八幡大神に封(ほう)800戸位田80町が、二品比売神に封600戸位田60町が充て奉られた」

 比売神=玉依姫。

 宗像(むなかた)三女神。
 紀州熊野の三所権現。

 三神が交互に主神になり給う。
 
 竈門(かまど)神社の玉依姫神。

 宝満菩薩=玉依姫…左右の相殿(あいどの)に応神・神功の母子を祭る。

 弁財天女の垂迹、堅牢地神の示現(じげん)。

 神孫降臨後、歴史の中心地としての宇佐。

【玉依姫考③】

 玉依姫という神名の意義。

「玉依姫は同名異神三神あり」(『神社覈録』)
 )神武天皇の皇妣(こうひ)。
 )活玉依媛(いくたまよりひめ)=三輪の大物主神の御妻(みめ)。神職の祖神。
 )多々須玉依比売=下鴨の御祖(みおや)神社の祭神。上賀茂の別雷命(わけいかずちのみこと)の御母。

 吉田一流の独断の余弊。

 玉依姫…神の眷顧(けんこ)をもっぱらにする意。高級祭祀女官。

 八幡神の本質

「主神の御妻というときは同位同体として尊信せられ、神の御娘・御妹などとなるにつれ一段低く見られ、のちには摂社末社の微々たる境に退いたものもある」→八幡の姫・若宮・宇礼・久礼。阿蘇の四宮比御子神。

 比売神といえばすべて主神の親族たる婦人を祀るものと見なしていた時代がもとはあった。

【玉依姫考④】

 八幡信仰の特色…武人その他の普通の人間を若宮に祀った。

 関東・東北の子安神社(祭神は木花開耶媛=このはなさくやひめ)と羽黒神社(祭神は玉依姫)。
 羽黒神子舞いの起源。

 香取御子神(下総香取郡橘村宮本)=東大神(あずまのおおかみ)…祭神は玉依比売命。御神体は海中より感得したという一霊玉。

 九十九里沿岸諸処にある玉崎神社…いずれも祭神は玉依姫。本社は上総(かずさ)長生郡一宮町の国幣中社玉前(たまさき)神社=上総の一宮。玉前大明神玉依姫命。玉前の寄石(よりいし)。
 玉前神社本来の御神体は、霊玉であった。 

 玉依姫の神徳。

 若宮誕生の思想。

【玉依姫考⑤】

 石を神として尊信した古来の風習…海の霊異に根ざしている。蒼々たる波濤の底から打ち寄せたる美しき奇形の石。目に見えぬ霊の力。

 タマ=神の霊。
 ヨル=霊が人間に憑くこと。

 石崇信と比売神との関係。

【玉依姫考⑥】

 玉依姫
  タマ=神の霊。
  ヨル=神の霊が人間に憑くこと。

 神に奉仕する巫女・尸童(よりわらわ)…超人間の言語。具体化した霊の力。依坐(よりまし)の人に遠く、神に近いことを証拠立てた。

 霊石を管理しうる者は、託宣を職とする巫女に限られた。

 上代の巫女…神に接近して神の王子を産むほどまでに神異なる婦人であった。

 玉依姫信仰の起源。

 若宮誕生の伝説。

【玉依姫考⑦】

 ※賀茂神社
 
 玉依比売は賀茂建角身命(かものたけつねみのみこと)の娘で、玉依日子という兄があった。
 比売が石河の瀬見小川のほとりで遊んでいると、丹塗矢(にぬりのや)が川上から流れてきた。これを取って床辺に差し置いていたら、感じ孕みて男子を生んだ。(『賀茂縁起』)

 (丹塗矢)夜は美男と化して到り相副う。(『賀茂旧記』)

 丹塗矢に感じて孕んだ子が成長したのち、外祖父の建角身命はその父を知らんがために神々を招いて7日7夜の宴を催した。酒坏(さかつき)を挙げて天に向かい祭をなし、屋の甍を分け穿って天に昇った。そして、外祖父の名によって、賀茂別雷神(かものわけいかずちのかみ)と名づけられた。→上賀茂社の御神。

【玉依姫考⑧】

 賀茂の丹塗矢

 神の霊(たま)を姫神によらしむる美しき箭(や)→後世の人身御供(ひとみごくう)に伴う白羽箭(しらはのや)…神が処女を点定したまう一形式。

 玉櫛姫

 箭は神の斎串(いぐし)の最も神速(しんそく)なるもの。聖霊これに託す。

 串は神石の分身に対立。神木の分身。三輪の大神は、古くは串をもって神少女(かみおとめ)を定めたまう習いだった。

 倭迹々日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)は大物主神の依坐(よりまし)。「われを祭らば災い熄(や)み国平かならん」という神託を伝えられた婦人。
 四国には倭迹々姫を主神とする社が多い。讃岐東部には迹々姫の流寓巡遊の跡があり、存留する立石をもって、姫が宮居を覓(もと)めて標(し)めたまいし験(しるし)の石と称する。→三輪信仰の名残。

【玉依姫考⑨】

 八幡神の由来

 『託宣集』
 *幽怪信ずるに足らぬ
 *僧巫の智巧
 *妄誕を結構する

 八幡を応神聖帝とする説

 託宣=晴れの式

 始末の悪い矛盾の多い諸種の言をなすに至ったか=巫女考全般にわたった根本的なもの。→昔の社会の信仰。

 八幡三所のなかの比売神=女性のなかで最も貴い。巫女の開祖。

 神に仕えて神の王子を生むをもって任務とした霊巫。

 子安河原の神石。

 神婚の祭式=橋の上または邑の境で行われた。

 八幡神…御霊の信仰が早くから結びついた。母子神教義の中世の変遷。