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至誠惻怛(しせいそくだつ)=真心と慈愛の精神

『伊勢物語』第9段・かきつばた・すみだ河

2008-09-03 | 読書・伊勢物語
 猶行き行きて、武蔵の国と下総の国との中に、いと大きなる河あり、それをすみだ河といふ。その河のほとりにむれゐて思ひやれば、限りなくとをくも来にけるかなとわびあへるに、渡守、「はや舟に乗れ。日も暮れぬ」といふに、乗りて渡らんとするに、みな人物わびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さるおりしも、白き鳥の嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水のうへに遊びつゝ魚をくふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡守に問ひければ、「これなん宮こ鳥」といふを聞きて、
 ――名にし負はばいざ事問はむ宮こ鳥わが思ふ人はありやなしやと
 とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。


 ――名にしおはばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人は在りやなしやと
 *都鳥=ユリカモメ。白い体に赤いくちばしと脚。チドリ科のミヤコドリとは別種。
 *「在りやなしやと」=無事でいるだろうか。

『伊勢物語』第9段・かきつばた・駿河国

2008-09-03 | 読書・伊勢物語
 行き行きて、駿河の国にいたりぬ。宇津の山にいたりて、わが入らむとする道はいと暗う細きに、つたかえでは茂り、物心ぼそく、すゞろなるめを見ることと思ふに、修行者あひたり。「かゝる道はいかでかいまする」といふを見れば、見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、文書きてつく。
 ――駿河なる宇津の山べのうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり
 富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白う降れり。
 ――時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらん
 その山は、こゝにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ねあげたらんほどして、なりは塩尻のやうになんありける。


 ――駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり
 *宇津→うつつ→夢
 *むかしの夢……夢に現れた人が自分に逢いたがっている。
  現代の夢………夢に現れた人に自分が逢いたがっている。
 *居場所を知らせると同時に、逢えない寂しさを歌った。
  変わりない心を伝えると同時に、相手の心へ問いかけている。


『伊勢物語』第9段・かきつばた・三河国

2008-09-02 | 読書・伊勢物語
 むかし、おとこありけり。そのおとこ、身をえうなき物に思なして、京にはあらじ、あづまの方に住むべき国求めにとて行きけり。もとより友とする人ひとりふたりしていきけり。道知れる人もなくて、まどひいきけり。三河の国、八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水ゆく河の蜘蛛手なれば、橋を八つわたせるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木のかげに下りゐて、乾飯食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上にすへて、旅の心をよめ」といひければ、よめる。
 ――唐衣きつゝなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
 とよめりければ、皆人、乾飯のうへに涙落してほとびにけり。


 東(あづま)下り……ひなびたところへ身を置いてみようという発想=ひとひねりした美意識。

 三河八橋で「折句(おりく)」
  きつばた
  つつなれにし
  ましあれば 
  るばるきぬる
  びをしぞおもふ
  (唐衣に馴れ親しんだ妻が都にいるので、はるばるやって来た旅の遠さが思われる)
 *修辞のテクニック満載
   枕詞
   序詞
   縁語
   掛詞
 *三十一文字=言葉を切りとる剣。言葉の有機的な結びつき。
 *濁音……現在と同じ形になったのは、江戸時代以後。
 *「つましあれば」……「し」は強調の間投助詞。

『伊勢物語』第6段・鬼一口

2008-09-02 | 読書・伊勢物語
 むかし、おとこありけり。女のえ得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗み出でて、いと暗きに来けり。芥川といふ河を率ていきければ、草の上にをきたりける露を、「かれは何ぞ」となんおとこに問ひける。ゆくさき多く夜もふけにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥にをし入れて、おとこ、弓胡籙(ゆみやなぐひ)を負ひて戸口に居り、はや夜も明けなんと思つゝゐたりけるに、鬼はや一口に食ひてけり。「あなや」といひけれど、神鳴るさはぎにえ聞かざりけり。やうやう夜も明けゆくに、見れば、率て来し女もなし。足ずりをして泣けどもかひなし。

 ――白玉かなにぞと人の問ひし時露とこたへて消えなましものを

 これは、二条の后のいとこの女御の御もとに、仕うまつるやうにてゐたまへりけるを、かたちのいとめでたくおはしければ、盗みて負ひて出でたりけるを、御兄人堀河の大臣、太郎国経の大納言、まだ下らうにて内へまいりたまふに、いみじう泣く人あるを聞きつけて、とゞめてとりかへしたまうてけり。それを、かく鬼とはいふなりけり。まだいと若うて、后のたゞにおはしける時とや。


 ――白玉か何ぞと人の問ひしとき露とこたへて消えなましものを

 *反実仮想

 「モノによって蘇る記憶というのは、しだいに遠ざかって、ほどよい想い出色にそまってゆく」→「時間のベール」
 「言葉によって蘇る記憶は、いつまでもナマナマしい」
 「言葉は古くならない。その言葉を覚えているかぎり、想い出は、そのときの鮮度を保ちつづける」
 ……愛の殺し文句は、どんなプレゼントよりも、愛を永遠にする。

『伊勢物語』第4段・身分違いの女

2008-09-02 | 読書・伊勢物語
 むかし、東の五条に大后の宮おはしましける、西の対に住む人有けり。それを本意にはあらで心ざし深かりける人、行きとぶらひけるを、正月の十日ばかりのほどに、ほかにかくれにけり。ありどころは聞けど、人の行き通ふべき所にもあらざりければ、猶憂しと思ひつゝなんありける。又の年の正月に、梅の花ざかりに、去年を恋ひて行きて、立ちてみ、ゐてみ見れど、去年に似るべくもあらず。うち泣きて、あばらなる板敷に月のかたぶくまでふせりて、去年を思いでてよめる。
 ――月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして
 とよみて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣く帰りにけり。


 ――月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして
 *あらぬ、ならぬ……月も春も、もう昔とはちがうのか。
 *本意(ほい)にはあらで……清和天皇の妃となった藤原高子に恋した在原業平(親王の子)。

『伊勢物語』第2段・きぬぎぬの心

2008-09-02 | 読書・伊勢物語
 むかし、おとこ有けり。ならの京は離れ、この京は人の家まださだまらざりける時に、西の京に女ありけり。その女、世人にはまされりけり。その人、かたちよりは心なんまさりたりける。ひとりのみもあらざりけらし、それをかのまめ男、うち物語らひて、帰り来て、いかゞ思ひけん、時は三月のついたち、雨そをふるに遣りける。
 ――起きもせず寝もせで夜をあかしては春の物とてながめ暮らしつ


 *朱雀大路

 その人、かたちよりは心なむまさりたりける

 *通い婚……かちあわなければかまわない。
 *後朝(きぬぎぬ)=男女が過ごした翌朝。もとは「衣衣」=それぞれ衣を身につけて別れなくてはならない朝。→男女の離別をも表す語になった。「かりそめの別れとはいえ、永遠の別離と同じぐらいのつらさが、きぬぎぬの二人にはあったのだろう」

 ――起きもせず寝もせで夜をあかしては春のものとてながめ暮らしつ(後朝の短歌
 *ながめ……「長雨」と「眺め」が掛けられている。

 片恋が成就したとたん、悩みが深くなる。
 *片恋……100%自分の感情からできあがっている。
 *恋愛……自分の感情と相手の感情がミックスされて成立。悩みの複雑さは、片想いの比ではない。

 ――逢ひ見てののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり(藤原敦忠)……片恋成就ののちの辛さ。後朝の歌
 *逢ひ見る

『伊勢物語』初段

2008-09-02 | 読書・伊勢物語
 むかし、おとこ、うゐかうぶりして、平城の京、春日の里にしるよしして、狩に往にけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。このおとこ、かいまみてけり。おもほえず、古里にいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。おとこの着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。そのおとこ、しのぶずりの狩衣をなむ着たりける。
  ――春日野の若紫のすり衣しのぶのみだれ限り知られず
 となむ、をいつきていひやりける。ついでおもしろきことともや思けん、
  ――みちのくの忍もぢずり誰ゆへにみだれそめにし我ならなくに
 といふ歌の心ばへなり。昔人は、かくいちはやきみやびをなんしける。


  初冠(うひかうぶり)の男が、春日(かすが)の里で姉妹に一目惚れ。
 →初冠の男=恋に恋する年頃。恋へのあこがれ。女性というものへの興味。

 男は姉妹に短歌を贈った。
 →短歌は恋の必修課目。

 春日野の若紫のすり衣しのぶのみだれかぎり知られず
 (春日野の若く美しい女性のために、私の心は限りなく乱れています。そう、ちょうどこのしのぶずりの衣の模様のように)
 →男はこの短歌を紙に書かず、着ている狩衣(かりぎぬ)の裾を切って書いた。その狩衣は「しのぶずり」で、紫色の草を染料に使い、乱れた模様を摺(す)りつけたもの。「若紫」には、染料の色と若い女性のたとえが掛けられている。

 ――春日野の若紫のすり衣しのぶのみだれかぎり知られず

 ――みちのくのしのぶもぢずり誰(たれ)ゆゑにみだれそめにし我ならなくに【古今集・源融(とおる)】

 古歌をふまえて歌を詠む。
 「むかひ人は、かくいちはやきみやびをなむしける」
 *みやび=風流。
 

『伊勢物語』

2008-09-02 | 読書・伊勢物語
 俵万智の『恋する「伊勢物語」』をおいおいに読む。

 「むかし、男ありけり」

 *「けり」……伝聞の過去。「き」……直接体験の過去。

 「男ありき」ではなく、「男ありけり」→「つきあった男がいた」のではなく、「男があったそうな」

 「むかし、男ありけり」

 物語の「虚構性」の保証。

 時空から解き放たれた自由な存在としての「男」