2月22日、Appleが日本向けiTunes Storeの機能を強化した。
これは「iTunes in the Cloud」をはじめとするさまざまな機能を搭載するというもの。
その多くは北米市場ですでに提供されていたもののキャッチアップではあるが、日本のユーザーにとって待望のバージョンアップであることは間違いない。
今回のiTunes Storeの機能強化が、日本のユーザーにとってどのような意味を持つのか。
そして、iPhone/iPadの販売にどれだけ影響するのか。
今回は米AppleのiTunesアジア太平洋地域 & カナダ 担当シニア・ディレクターのピーター・ロウ氏の話を交えながら、それらについて考えてみたい。
【3G対応とiTunes in the Cloud】
「今日では、iTunes Storeは世界でナンバー1の音楽小売店になりました」(ピーター・ロウ氏)それは厳然たる事実だ。
iTunes Storeは現在、51カ国で展開されており、グローバルで160億楽曲を販売している。
登録されている楽曲数は2000万曲。
iTunes Storeに対応するオーディオプレーヤーは、iPhoneなど最新のiOSデバイスに限ってみても3億1500万台に達している。
かつてソニーの「ウォークマン」が音楽から場所の制約を取り払い、多くの人々に音楽を身近なものにした。
それと同様に、AppleはiTunes Storeで音楽の利便性を大きく向上させ、本格的なオンライン販売・流通のビジネスを創造。
音楽を、手に取りやすいものにしてきたのだ。
そして今回、Appleは日本市場向けのiTunes Storeに大きく6つの新機能を導入した。
その中でも、日本のユーザーにとって、特に注目なものが2つある。
1つは「3Gネットワークでの楽曲購入への対応」、もう1つが「iTunes in the Cloud」である。
まず、前者の3Gネットワークでの楽曲購入への対応だが、これは日本のユーザーからすると、「ようやくか」と思う反面、待ちに待った機能でもあるだろう。
これまで3G内蔵のiPhoneやiPadであっても、音楽の購入には無線LAN(Wi-Fi)環境が必須だった。
“いつでもどこでも、好きな時に音楽が買える”という、ケータイ向け音楽配信サービス「着うたフル」などでは当たり前の機能がなかったわけだ。
それが今回の機能向上で、Wi-Fi環境がなくても、3Gネットワークを通じてiPhone/iPadでの楽曲購入ができるようになった。
しかも3Gネットワークでも、PCやWi-Fi環境と同じクオリティの楽曲が提供される。
日本では若年層を中心に、3G回線を通じて「ケータイで好きな時に音楽を買う」というスタイルが定着している。
自分専用のPCを所有しておらず、パーソナルなコンテンツ利用はもっぱらケータイなどモバイル端末だけで行い、自宅にWi-Fi環境を構築していないという世帯も少なくない。
今回、iTunes StoreでもWi-Fi環境という制約なしに音楽が買えるようになった。
iPhoneでも“ケータイっぽく”気軽に音楽が買えるようになったことにより、ケータイからの乗り換えがしやすくなったのだ。
これはiPhoneとiTunes Storeの市場の裾野が拡大する上で、とても大きな効果があるだろう。
そして、もう1つ注目の機能強化が、「iTunes in the Cloud」である。
これは最近のAppleが推進する“マルチデバイス戦略”の要となるもの。
過去から最新のものまで、iTunes Storeで購入した楽曲の情報がAppleのクラウドサービスですべて共有・管理され、同じiTunes Storeのアカウントで認証された機器では、iTunes in the Cloudから直接音楽コンテンツが配信されるようになる。
これが具体的に分かりやすいのが、Mac/PC版のiTunesと、iPhoneやiPadを同じiTunes Storeのアカウントで使い、プッシュ配信機能をONにしている場合だろう。
この状態で、例えば外出先でiPhoneで音楽を買ったとする。
すると、すぐにiPhone上に音楽がダウンロードされるのはもちろん、自宅のMac/PC上のiTunesや、iPadにも同じ楽曲がプッシュ配信されるのだ。
iTunes in the Cloudでは「いちいち楽曲の転送やバックアップを考える必要がなくなる」(ロウ氏)のである。
さらにこのiTunes in the Cloudは、iTunesを自分の音楽ライブラリとして“末永く使う”際にもメリットがある。
Appleはこの音楽クラウドサービスを提供するにあたり、iTunes Storeで購入した楽曲はすべて、iTunes in the Cloudでいつでも再ダウンロード可能にしたからだ。
これは(iTunes Storeが始まった2005年からの)過去7年に遡っており、今後、購入していくものもすべて履歴化・再ダウンロードが可能になる。
こうした仕組みは、「お客様にとって購入した音楽はとても大切なもの。
ハードウェアの買い換えとともに、音楽ライブラリを失ってしまうことはあってはならない」(ロウ氏)という考えに基づいている。
一方、着うたフルなど日本の音楽配信サービスを振り返ると、過去には「携帯電話を買い換えたら、購入済みの音楽を新機種に引き継げない」という時代が長く続いた。
今でも“購入済みの音楽コンテンツ”を簡単に引き継げない状況は続いており、ケータイからスマートフォンへの買い換えや、MNPによるキャリア変更とともに音楽コンテンツが失われてしまうことがある。
少なくとも今回のiTunes in the Cloudのように、“7年前に遡って購入済みの音楽が再ダウンロードできる”モバイル向け音楽配信ストアは他にはないだろう。
【iTunes Plus標準化により、高音質化と利便性向上を実現】
今回の機能向上では、iTunesの基本でもある「音楽を楽しむ」という部分にも踏み込んでいる。
その筆頭に来るのが、iTunes Plusの標準化だ。
iTunes Storeは当初、標準的な音楽配信のフォーマットとして著作権保護技術(DRM)付きのAAC形式を採用し、ビットレートを128Kbpsにしてきた。
その後、Appleはより高音質(AAC形式・ビットレート 256Kbps)でDRMなしの「iTunes Plus」を始めたが、これまでは従来型のフォーマット(DRM付きAAC 128Kbps)で配信するか、iTunes Plusにするかは楽曲によりさまざまだった。
しかし今回、それが改められて「(今後)日本のiTunes Storeで配信されるすべての楽曲が、iTunes Plusになる」(ロウ氏)のだ。
このiTunes Plusの標準化により、ユーザーはまず高音質化のメリットを享受できる。
ビットレートの違いが音質のすべてを左右するとまでは言わないが、収録されるデータ容量が増えることは大きなメリットだ。
特に音楽配信で購入した楽曲も、自らの「音楽ライブラリ」として長く大切にしたいユーザーにとって朗報と言えるだろう。
そして、iTunes Plusで「DRMなし」になることも、注目のポイントだろう。
これまでAppleのiTunes Storeで購入した楽曲にはDRMが付いていたため、そのままではApple以外のオーディオプレーヤーで再生することができなかった。
しかし、DRMなしのiTunes Plusが主流になれば、そこで購入した楽曲をApple以外のプレーヤーでも聴くことが可能になる。“ユーザーが購入した音楽コンテンツは、ユーザーのもの”という観点に立てば、今回AppleがiTunes PlusでDRMなしの方向性を推進することは、とても歓迎すべきことと言えるだろう。
【音質のいいスピーカーとApple TVが欲しくなる!? Mastered for iTunesの威力】
音楽のクオリティ向上という点では、もう1つ注目の取り組みがある。
「Mastered for iTunes」だ。
Mastered for iTunesは楽曲の制作時に、「iTunes向けに最適化したマスタリング作業を行うことで、高音質化を実現する」(ロウ氏)というもの。
iTunes PlusやAppleロスレスのように音楽圧縮技術を向上させる機能的なアプローチではなく、音楽を制作・収録する“音作り”の課程で音質を向上させるのだ。
短い時間ではあったが、いくつかの楽曲を視聴してみたところ、確かに同じ楽曲でもMastered for iTunesは明らかな音質向上を感じられた。
それは“よいスピーカー”や“よいイヤフォン/ヘッドフォン”を使った時に顕著に感じられた。
とりわけApple TVを通じてAir Playで本格的なスピーカーシステムで聴くと違いは明らかだ。
Mastered for iTunesの楽曲が今後増えるのならば、Apple TVをテレビにつなぐだけでなく、オーディオシステムにもこだわりたくなる。
このようにMastered for iTunesの音質の違いは明確だが、こちらはiTunes Plusのように今後の配信楽曲すべてに適用されるものではなく、それを使うかどうかはミュージシャンと音楽レーベルの方針に委ねられる。
すでに先行的にMastered for iTunesで作られた曲がiTunes Store上の特設ページで紹介されているが、筆者としては今後さらに多くの楽曲がMastered for iTunesで作られて、標準的なものになってもらいたいと思う。
そのくらい音質の差は歴然なのだ。
また、すでに制作・販売済みの楽曲についても、Mastered for iTunesでリマスタリングしたバージョンの登場にも期待したいところだ。
【音楽ビジネスの選択肢拡大にも取り組み】
iTunes Store向けの音楽ビジネス拡大という観点では、新たに「Complete My Album」と「Ringtone」という機能が用意された。
Complete My Albumはその名のとおり、アルバム楽曲を“買いやすい”・“売りやすい”ものにするためのものだ。
これまでのiTunes Storeでは、アルバムで販売されている曲の中から1~2曲だけ購入し、その後にアルバムの他の曲すべてを買おうとすると、アルバム単位で買うよりも高くついてしまうことがあった。
Complete My Albumはこの問題を解決するものであり、「アルバムの中にすでに購入済みの楽曲があると、その曲の分の価格は差し引いて、残りの金額だけ支払えばアルバム全体が買える」(ロウ氏)のである。
音楽を曲単位で買うというマイクロコンテンツ化の流れはAppleのiTunes Storeが作ってきた潮流であり、アルバムという形で“売れる曲に合わせて安易な曲がパッケージ販売される”という問題を破壊する面では貢献もあった。
その反面、音楽の中には「アルバムというコンテキスト(文脈)の中でしか表現し得ない世界観」があるのも確かだ。
また、やみくもなマイクロコンテンツ化の流れは、コンテンツビジネスそのものを疲弊させてしまうという弊害もある。
そういった観点からいうと、今回のComplete My Albumは“最初はコンテンツ単位でしか売れなくても、良質なアルバム作りをすれば、アルバムとしても買ってもらえる”という環境を作るものだ。
音楽ビジネス側にとっても、アルバムというコンテキストでのビジネスに再挑戦するきっかけになるだろう。
もう1つのRingtoneだが、これは日本ではケータイ向けでおなじみの「着メロ/着うた」の仕組みである。
1曲250円単位の販売になり、標準着信音やアラーム音などに設定できるほか、特定の相手に対してのみ着信音を変えて設定することも可能になる。
また今回、AppleではThe Beatlesの曲をRingtoneとして独占的に配信することになったという。
しかし、その一方で、iPhoneのRingtone対応に関しては、少し“今さら感”があるのも事実だ。
周知のとおり日本では、着メロ/着うた市場がすでに普及拡大期を終えている。
若年層を中心にケータイの着信はマナーモードやシンプルな着信音を設定するケースが増えており、「着うたが流れるのは今さら恥ずかしい」という風潮が一部であるのは事実だ。
海外市場の地域によってはRingtoneのビジネスがまだ普及拡大期にあるのかもしれないが、着うたブームが一巡し、市場が停滞・縮小期に入り始めた日本では遅きに失した感は否めない。
【Appleは音楽を愛している】
諸々のiTunes Storeの機能強化が、ユーザーにとって歓迎すべきものであるのは確かだ。
しかも単なる利便性向上に留まらず、“音楽を楽しむ”ことそのものに踏み込む取り組みがなされている。
音楽を自社の製品・サービスを売るためだけの手段ではなく、文化として尊重し、音楽の世界を広げていこうという姿勢が垣間見えるのだ。この点についてロウ氏はシンプルに、「Appleは音楽を愛している」と語った。
これがAppleの強みであり、iTunesの最大の優位性と言えるだろう。
モバイルITを軸とする今後のデジタル市場を俯瞰すると、コンテンツの重要性はさらに増していく。
とりわけコンシューマー向けスマートフォンやタブレットは音楽コンテンツ市場との結びつきが強い。
iPhoneとiPadの好調を支えるという点でも、今回のiTunes Storeの機能強化は重要なものと言えそうだ。
携帯電話の新規・機種変更のお申し込みはグローバルコミュニケーション・インク へどうぞ
こちらの情報も是非ご覧ください!!exciteブログ
FC2ブログ
JUGEM