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ほな

ある日の忘備録

たとえ一場面でも

2015年11月07日 08時49分36秒 | 映画

「ギャラクシー街道」を観た。

映画館で観る映画とは或る種の体験である、と自分は考えている。

たとえ一場面でもそれを感じさせてくれれば、観に行ってよかったな、となる。

「ギャラクシー街道」は、確かに小道具大道具特殊効果は映画ならではの手のかけ方であったと思うが、この映画はそれどまりで、残念ながら自分の思う体験とは程遠く、やはり三谷幸喜の映画はテレビで観るくらいが丁度よい、と思うた。




別もの

2015年10月30日 19時11分03秒 | 映画

「キングスマン」という英國の映画を観た。

「マナーが人を作る」、ということばは、この映画の鍵となることばであるが、それすらも皮肉になっているという、黒い笑いと暴力に満ちた、面白い映画であった。

たとえば、日本人は家に上がる際には靴を脱ぐが、それは綺麗好きとか人格とはまったく関係がない。

英國人の「マナー」もそれと同じようなものだ(自分の知っている限り)。

確かに挨拶とか、ちょっとした気遣いや女性への接し方のようなものは、日本人よりよほど自然だし、場合によっては此方が少し照れてしまうこともある。

だからといって、彼らが人間的に優れているわけではない。

それはただの習慣であって、彼らの人間性とは別のものだからだ。

騙されたらあかん。

俺たちには俺たちの、彼らには彼らの、良さがあるのだ。

それだけ。 




感じることや想像

2015年09月05日 11時35分45秒 | 映画

Gyaoにて、自分が敬愛する石井岳龍監督の「シャニダールの花」鑑賞。

石井監督といえば、暴力と狂気とロック音楽という印象であるが、今回は花にまつわる幻想的な作品。

目を見張る画を切り抜く才は群を抜いているのだが、それと対をなす、美術の珍妙な感、深層心理を現すようなノイズ、何かに取り憑かれたような演出。

その対比は作品世界から滲み出る狂気をより一層増幅し、徐々に此方の心が侵食されていく感覚は、「狂い咲きサンダーロード」となんら変わりはない(それは最新作「ソレダケ」も同じく)。

この映画、評判がよくないようだけど、台詞が説明ばっかりの糞テレビドラマや糞テレビドラマ延長映画に慣れてしまった人々には、何も感じるところがない、いや、感じることや想像ができぬのであろう。




「ソレダケ/ that’s it」鑑賞

2015年06月07日 15時06分51秒 | 映画

「ソレダケ/ that’s it」鑑賞。

絶望、衝動、希望、対峙、対決、輪廻、再生。

中高年こそ、爺婆がでている映画なんか観ず、癒しも肯定もない、こういう映画を観るべし。

ちょっと笑えて、元気になるよ。

残念だったのは、視界が揺れるほどの爆音で観たかったこと。





黒澤体験

2013年12月24日 11時38分28秒 | 映画

先月から休みの日には、主に黒澤明の作品をレンタルDVDで観るようになった。

どですかでん、七人の侍、羅生門、赤ひげ、椿三十郎、野良犬、隠し砦の三悪人。

上記の幾つかは拙ブログで簡単な感想を書いたが、我ながらあまりにも下らない感想を書き自己嫌悪に陥ったので削除をした。

それでもなお何か書こうという気になるのだから苦笑い。

下手に作品の感想を書くと後で自己嫌悪に陥り再び記事を削除することになるので、黒澤作品を観て思ったことを大きな意味で書こう。

それは自分にとって映画を鑑賞するというより、「体験」をするという感じ。

馬が駆ける音、役者の顔、鳥肌がたつ構図、劇判、美術装置の質感、殺陣・・・

できればこれらを劇場のスクリーンで鑑賞してみたい(七人の侍だけは二十年ほど前に劇場で観た)。




無法松の一生

2013年10月20日 09時34分49秒 | 映画

三船敏郎版を観た。

情感、機微、郷愁といった、形としてあやふやではあるも、質量としてはしっかりしたものが心に沁み入る。

春の宵の甘味、青臭い真夏の雷雨、圧倒的な秋の青空と雲、冬の朝に知る積雪、それらに触れたように、観終わった後は、何か心が晒されたよう。




ディフェンドー(Defendor)

2013年10月01日 19時20分30秒 | 映画

当作は喜劇映画に分類さているようだが、好いふうに考えると映画会社の罠かも知れないし、喜劇と看做せない自分は心の湿度が高過ぎるのか。

なぜDefenderではなくDefendorなのか、というのを解説するだけでもネタバレになってしまう。

主演のWoody Harrelsonは良い役者だ。




「許されざる者」を観てきた その2

2013年09月16日 18時17分08秒 | 映画

オリジナルの方は十数年前に観たのであるが、先日リメイク版を観たせいで気になり、本日もう一度観直した。

リメイク版で曖昧になっていたり、変に美化された箇所は、オリジナルではきっちり描かれておるし、美化を廃した潔さが一層映画を重厚なものにしていた。

観賞後、胃の腑が重くなってしまった(リメイク版ではなかった)。

渡辺謙に悪役を演じさせることができないのか?何かの圧力で。