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野球小僧

下町ボブスレー 僕らのソリが五輪に挑む-大田区の町工場が夢中になった800日の記録 / 奥山睦

現在、日本代表ボブスレーチームが使用しているソリはラトビア製だと知っている人は、日本全国にどのくらいいるのでしょう。私はもちろん、知らない方の日本人です。

欧米諸国ではボブスレーのソリは国を代表するような自動車・航空宇宙関連のメーカーや機関が開発、製造しています。しかし、日本ではそんな欧米製の払い下げ品を改良して使っていて、国産品はまだないそうです。

2011年9月5日。この日、公益財団法人大田区産業振興会の小杉聡史さんと小林暁生さんがA4用紙2枚にボブスレーのレギュレーション原文と寸法図を持って、テクノWING大田にいる株式会社ナイトペイジャーの横田信一郎さんを訪れたのが「下町ボブスレーネットワークプロジェクト」の始まりです。折しも、東日本大震災が起きた年です。ボブスレーよりも人の役に立つような介護や防災に関わるモノを作りたい。それが当時の横田さんの想いだったそうです。でも、小杉さんは「防災や介護も大事です。でも、ボブスレーじゃなきゃダメなんです!」と引かなかったそうです。

大田区は世界に冠たるモノづくりの町と言われ、約4000社の中小工場群が集積しており、精密加工、難加工が要求される機械金属加工の部品製作に特化しています。また、事業所の80%近くが従業員9人以下です。しかし、1983年の約9000社をピークに年々減少を続けており、これから先、活路を切り開いていかなければなりません。そんな中で始まったのが「下町ボブスレーネットワークプロジェクト」でした。

このプロジェクトの中核をなしたのが、30代、40代の若手経営者。そして、この若手を支えるのがベテランの匠です。

2011年12月13日。「下町ボブスレーネットワークプロジェクト」のキックオフミーティングが大田区産業プラザで開催されました。偶然にもこの日は2020年の第32回オリンピック競技大会および第16回パラリンピック競技大会について、東京招致の閣議了解が得られた日でした。

実は国産ソリ製作は今回が二度目になります。1994年リレハンメルオリンピックの頃に株式会社童夢にてプロジェクトが立ち上がっていました。しかし、途中で計画が頓挫してしまっています。トリノオリンピックでは日本代表は中古のソリを使用しました。バンクーバーオリンピックでは選手自身がスポンサー探しを行い、私財をつぎ込んでソリを調達したそうです。新車で約600万円だったそうです。ちなみに、一回の遠征費(航空機)での輸送費が約80万円、連盟からの強化費は年間120万円ほどだそうです。

キックオフの後、約半年間は仙台大学所有のソリの構造確認や、風洞実験に費やし、2012年9月18日に大田区部品協力説明会に約30社が集結し、その10日後には150点の全部品が集まり、11月1日には試作第一号機が完成しました。 

この部品製作依頼の発想が面白くて、素晴らしいのです。説明会には約90種類の図面を机の上に置いて、ひととおりの説明の後に「加工できそうな図面を持って行ってください。ただし、納期は10日。製作費はありません。加工賃はタダでやってください」と付け加えたそうです。10日という納期は、大田区の町工場では多品種短納期は当たり前で、変品種変納期生産にも対応できるとの確信があったことと、プロジェクトリーダーとなった株式会社マテリアルの細貝純一さんが「万が一不具合があった場合、すべて自社で引き受ける」という話であったそうです。 また、製作費については予算がないことはもちろんのこと、例えば部品1点を1000円で作って欲しいと頼むと、1000円の品質に限定されてしまう。それを外すことで、価格の価値に縛られない製品が大田区では出来ると確信していたとのことです。

モノづくりにおいて、人において、これだけ確信を持つことが出来るのは、それだけ他の人の仕事を日頃から見ているからでしょう。どこかの方々も、人がやっていることに難癖付けるだけじゃなくて、こういう人間性を持ってほしいものですが。

各部品のレベルの高い部品で試作第一号機が出来たものの、実際に滑走出来る状態ではなく、2012年12月1日に最終調整を行います。 ただ、個々の部品レベルが高かったことと、調整作業に参加したメンバーの能力も高く調整が終わるころには、12月12日に予定されている試走でかなりのタイムが出せると確信したそうです。

12月12日。1998年長野オリンピックが行われた長野ボブスレー・リュージュパーク(現在、日本でボブスレーが行えるのはここだけ)で試走を行い、一回目にコースレコードに2~3秒に迫る57秒台を記録します。微調整後の二回目には56秒台とタイムを縮めるものの、ブレーキが利かないというアクシデントが発生。何とか三回目の試走も行い、58秒台でした。
12月13日。マスコミ公開日であり、メイド・イン・ジャパンのソリが初試走すること で注目を浴びます。一回目と二回目のタイムは57秒台。ランナー(歯)を交換して臨んだ三回目の最終試走。ここで、この試走最速タイムとなる56.25秒を記録。この記録は前年の全日本選手権のタイムより速かったのです。試走に協力した日本代表選手の吉村美鈴(パイロット)選手、浅津このみ選手(ブレーカー)も「滑らかに氷の上をスーッと滑っているようだった」感想を述べていて、課題はあるものの、評価は上々でした。

有限会社岸本工業の須藤祐子さんは「この先仕事をしていく、そして会社を運営していく上で、お金では買えない経験と貴重な出会いをたくさんいただきました。『部品無償供給』でしたが、実はこちらがいろいろなものを、下町ボブスレーから与えてもらっていたんです」とこの時のことを語っています。

そして、吉村選手・浅津選手は「全日本選手権で下町ボブスレーを使わせて欲しい」とプロジェクトに申し入れました。プロジェクトメンバーは喜ぶとともに戸惑いもあったそうです。それは、こんなに早く実戦に使うことになるとは思ってもいなかったからだそうです。 そして・・・

 

私が下町のある交差点で見た看板。その看板に導かれるように 「下町ボブスレー」の始まりからが書かれていたのが、この本です。


コメント一覧

まっくろくろすけ
eco坊主さん、こんばんは。
大田区は以前、高田純次さんの「じゅん散歩」でやっていましたが、下町そのもの(?)でした。こういう表現が適切かどうかは判りませんが、日本の根っこです。

こうやって技術を結晶すれば、まだまだ日本も捨てたものではないでしょうけど、大手が絡んだりすると、利益を追っちゃうのが難点です。

これは物づくりだけでなく、政治の世界も・・・

eco坊主
おはようございます。

大田区って中小工業群なのですね。
10人未満の事業所が80%かぁ~

私も二年間県内企業の人材育成のお手伝いをしてきましたが
若い経営者がいるところはまだいいですよね!
後継者が育たないと嘆かれている方も。

来年度からは企業間同士の連携を軸にした事業もあるみたいです。
残念ながら私は関われないですが。
先日諏訪の工場連携の話を知りました。(SUWAMOだったかな?)
わが県も色々参考にし取り入れ生き残らなくっちゃ!!!
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