石川県出身の水谷佳世さん。
お顔とお名前を知らない方ばかりかも知れません。
でも、
「一回の表 中日ドラゴンズの攻撃は 一番 センター 大島」
という澄んだ美しい声をプロ野球の球場で聞いたことがあると思います。
水谷さんは高校時代は野球部のマネージャーをしていたそうです。マネージャーの仕事には公式戦での球場アナウンスもあったそうですが、その時には興味がなかったそうです。将来は「野球に携わる仕事がしたいなぁ」という想いは持ち続けていました。
高校三年生の夏の大会前のこと。
石川県では3年に一度、甲子園球場の現役ウグイス嬢・・・球場で「一番 センター 大島」と選手紹介などをする・・・を招いて講習会が開かれるそうです。その講習会に参加した水谷さんは、「当時の私は放送のすごさも深みも何も知らなかったのに、ただただ『すごい!』って感動したんです。『甲子園の放送って、こんなんなんだ～!』って」と感激したそうです。
この時、講師だったのが、今もウグイス嬢の指導係を務める山崎加代子さん。
そして、「進路を何も考えていなかった」という水谷さんは山崎さんのアナウンスを生で聴いた途端、即、「なりたい!!」と目標が定まったそうです。
しかし、どうすれば甲子園のウグイス嬢になれるのか。私も知りませんが。
実際は欠員補充という形でウグイス嬢が募集されるそうです。そうそう、欠員が出るはずもなく、まず、甲子園でバイトをしながら、幾度となく「放送に携わりたい」と訴え続けたそうです。
すると3年2ヶ月が過ぎた頃に、たまたま欠員が出て、面接を経て放送業務に就くことが出来たそうです。
とはいっても、すぐに試合のアナウンスは出来ず、テレホンサービスの案内から下積みは始まります。そして場外放送のアナウンス、開門の告知や呼び出し、注意事項などで勉強します。
次はオフの間に甲子園球場を借りて野球をする人の為に試合中のアナウンスをするそうです。
そして、ようやくプロ野球の試合にデビューとなるのですが、まずはファームの試合で経験を積むことになるそうです。
2002年・夏の大会から高校野球を担当し、2003年8月31日に念願のプロ野球の一軍デビューを果たします。
「今も鮮明に覚えています。福原さんが先発されたヤクルト戦で、福原さんが自分で打点挙げて勝った試合。4-1だったかな」水谷さんにとって忘れられない一戦だったそうです。
その水谷さんの美しい声と明確な滑舌のアナウンス。
2015年5月10日の阪神甲子園球場での最後のアナウンスの日になったそうです。
阪神タイガース・藤浪晋太郎選手は甲子園球場のアナウンスには特別な思いを抱いているそうです。
「高校に入る前から見に来て聴いていましたし、昔から慣れ親しんでいるから印象が強いですよね。ゆっくりしていて基本に忠実、オーソドックスなところが自分自身は好きです。他球場のように盛り上げるのもいいですけど、僕は甲子園のアナウンスが好きですね」と言います。
水谷さんは高校野球は「球児にとって『一度きり』、『これが最後になる』という思いはもちろんあるけど、だからって変に気持ちが入るとよくない。元々すぐ感動してしまう方なので、逆に気持ちを出さないよう平常心で、しっかりと名前を間違えないよう放送することを心がけています」。また、プロ野球は「間違えないことは絶対、当たり前のことで、その上でアナウンスする内容によって変化をつけています。バッターコール、ファンサービスのお知らせ、注意事項…それぞれイメージが違うので」と言っています。
アナウンス技術の基本を大事にして、さらなる技術向上の努力は惜しまない方です。また、「100%出来たことなんて一度もない」と常に反省点があるそうです。それは誰もが気づく間違いではなく、自分自身にしか判らないレベルだそうです。
水谷さんは産休を機にしてアナウンスを引退しました。
そしてすべてを託した後輩たちへ、こんなメッセージを贈りました。
「放送している時は、自分が一番上手だという意識で自信を持ってやって欲しい。間違ってもすぐに切り替えて。この仕事に誇りを持ってやってもらえたらいいなと思います」
これは何に対しても言えるメッセージだと思います。
夏大開幕まで、あと7日。甲子園まで、あと6勝。
