「空が青いから白をえらんだのです」
寮美千子(りょう みちこ)さんは、幼年童話からジュブナイル小説・絵本・詩・純文学・ノンフィクションまで手がけ、題材も先住民文化から宇宙天文まで幅広いジャンルの作家です。絵本に「おおかみのこがはしってきて」(ロクリン社刊)、著書に「あふれでたのはやさしさだった」(西日本出版社刊)などがあります。
2007年~16年の10年間にわたって、奈良少年刑務所(2017年に廃庁)で「物語の教室」を開いてきました。受刑者の青少年たちと一緒に絵本を朗読することで自分を表現し、詩をつくり、みんなで話し合うこの授業をとおして、犯罪を犯し世間とコミュニケーションを取れなかった青少年たちは、身を守るためにつけていた「心の鎧」を脱ぎ始めました。
冒頭の詩は、それら青少年たちの詩をまとめた「空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集」に収録されている、1行詩です。
奈良少年刑務所の青少年たちに月に1度の講師を務めることになった寮さん。絵本を演じることで周囲に受け止めてもらえることを経験した青少年たちは、今度は詩を書くことになりました。
しかし、青少年たちは詩なんて書いたことがないことほとんどで、「次の授業までに書いてきてください」といわれても、何を書いていいのか、見当もつかなさそうでした。そこで、「小さいときの楽しかったことや悲しかったこと、これからの希望や不安でもいい。今日は暑いなあ、でもいい。何でも書きたいことを書いていい。どうしてもなかったら、好きな色について書いてきてください」といいました。
そんな宿題、逃げ出したい子もいたかもしれませんが、みんな一生懸命書いてきました。
そして、5期目となった授業で、ある青少年が1行の詩を書きたのが、冒頭の詩であり、本のタイトルになった詩です。
■空が青いから白をえらんだのです
「くも」という題で詩を作ったときで、普段ほとんどものをいわない青少年が作ったものだそうです。その青少年は、薬物中毒の後遺症があって、上手くしゃべれず、授業では、自分で書いた詩を読んでもらい、聞いている仲間が感想をいい合うのですが、自分の詩を大きな声で読むことができませんでした。
でも、寮さんは、「なんて美しい詩だろう」とそう思い、「もう一度、みんなに聞こえるように、ゆっくり大きな声で読んでくれないかな」といっても、自信がないせいか早口になってしまいました。何度かお願いしたら、ものすごくがんばって一生懸命読んでくれ、仲間たちもみんな大きな拍手を送りました。
そして、その青少年はこの詩を朗読したあと、「先生、僕、話したいことがあるんですが、いいですか」といい、「今年はお母さんの七回忌です。お母さんは病院で、つらいことがあったら空を見て、そこに私がいるから、と僕にいってくれました。それが、最後の言葉でした。お父さんは、体の弱いお母さんをいつも殴っていた。僕、小さかったから、何もできなくて」「だから僕はお母さんのことを思って、お母さんの気持ちになって、この詩を書きました」と語り始めたそうです。
寮さんは、「空が青いから、あなたによく見えるように、私は真っ白になって空に浮かんでいますからね」というお母さんの気持ちになって書いたのかと思うと、胸がいっぱいになったそうです。
すると、青少年がそういって着席したら、他の受講生たちが挙手して次々に感想をいい始めます。
「僕は、〇〇君はこの詩を書いただけで親孝行やったと思います」
「僕は、〇〇君のお母さんはきっと雲みたいに真っ白で清らかな人だったんじゃないかなと思いました」
「〇〇君のお母さんはきっと雲みたいにふわふわで、やわらかくて、優しい人だったんじゃないかなと思います」
寮さんは、「どの子もこの子も、なんていい子なんだろう。それなのに、いったいどんな罪を犯してここにいるのか。こんなに優しい気持ちを持っているのに、どうして、何が、あなたたちに罪を犯させたのか」と思っていたら、また別の青少年が手を挙げました。
その青少年は自分の犯した罪が大き過ぎて、自傷行為が止まらず、いつも暗い表情をして、今まで発言もしたことがなかったそうですが、すごく勢い込んで挙手をしました。
「僕は、お母さんを知りません! でも、この詩を読んで空を見上げたら、お母さんに会えるような気がしてきました!」
寮さんは、青少年たちがどんな罪を犯したのかは知らされていません。半年の講座が終了すれば、その青少年たちとはもう二度と会うことはありません。でも、偶然、この「お母さんを知らない」と発言してくれた青少年については、その後の姿を見ることができたそうです。
偶然TV番組が、この授業の半年後の、この青少年を取材して放送していました。青少年は、まだ少年刑務所にいましたが工場の副班長になっていました。表情は明るくなり、背すじが伸び、背が高くなったように見え、「最近、僕は、休み時間には、仲間の人生相談を聞いています」と話したそうです。
寮さんは、びっくりするとともに、「よかった、もう彼は世の中に出ても大丈夫かもしれない」と思ったそうです。その青少年は、1行の仲間の詩によって癒やされたと思ったそうです。
文字で読むだけなら、「美しい詩だなあ」と感心するだけだったかもしれません。でも、声に出して読み上げ、言葉にすることによって、想いが初めて伝わるものだと思います。
また、仲間で感想をいい合える場がありました。みんなに拍手をしてもらったから、あの詩を書いた青少年は心を開くことができました。そして、想いがわかったから、他の仲間も心の扉を開いて、優しい気持ちを表に出すことができたのでしょう。そして、お母さんの顔を知らなかった青少年も、誰にもいえなかった心の内をいうことができ、それをみんなに受け止めてもらえたことによって、笑顔が戻り、人として成長することができたのでしょうね。
やはり、言葉は文字ではないと思います。その言葉を発して、それを聞いてくれる人がいること、そして安心して語り合える場があることで、生きてくると思います。もちろん、文字でしか接することができないこともありますが、文字で表記されるだけより、何倍もの価値が生まれます。
奈良少年刑務所は1908年に設置された明治五大監獄(千葉、金沢、奈良、長崎、鹿児島)監獄の一つが基です。
罪を犯した人を懲らしめて
劣悪な環境におくことは間違いだ
彼らの心を癒し
二度と犯罪を起こさせないように
心を育てる教育の場となるよう
美しい刑務所をつくろう
と、明治政府が威信をかけて造りました。
少年刑務所には、17歳から25歳までの青少年たちが入所しています。寮さんのお話しによりますと、青少年の多くは家庭では育児放棄をされ、学校では落ちこぼれとして扱われるなど、人としてまともに相手にしてもらった経験が少ない、と感じたそうです。「結果として、情緒が耕されていない。荒れ地のままなのだ」と話されています。いろいろな事情によって言葉を失ってしまい、コミュニケーションが上手くできなかったりする青少年が多かったそうです。
今日も、私のブログにお越しいただいてありがとうございます。
今日がみなさんにとって、穏やかで優しい一日になりますように。そして、今日みなさんが、ふと笑顔になる瞬間、笑顔で過ごせるときがありますように。
どうぞ、お元気お過ごしください。また、明日、ここで、お会いしましょう。