ごんごんの  遍路のみちは一歩から 同行三人

リタイア後、近場のウォーキングで健康増進に努めています。年々歳々四国遍路が遠のきます。

車で四国遍路 同行五人1の⑥

2017-04-04 12:01:27 | 四国遍路 二巡目その1

6日目 2015年4月18日(土)晴れ 

 

 当初は早朝の参詣後の朝食を予定していたが、食事をとってからの出発とした。

 

 週末の三十八番金剛福寺は大勢のお遍路さんが詣でていた。ホテル同宿の方のお顔も見える。境内は前回工事中の池も完成し、緋鯉も泳いでいた。この寺は補陀洛の東の門ともされ、観音信仰のいわれがある。次回のためにロウソクや納札を購入する。

 

 お寺をあとに、国道321号を打ち戻って三原の里を抜ける道を辿る。途中狭い林道のような県道21号をほとんど車と出会うことなく走る。四国開創1200年の記念の押印もいよいよ最後の寺三十九番延光寺となる。境内に入ると梵鐘を背負った赤亀が目に留まる。山号の赤亀山はこれに由来する。白衣に亀の御朱印をいただく。これで、右に鶴、左に亀の御朱印が並ぶことになった。

  

     

   車遍路ではあるが、遍路修行の道として古来からのいわれの通り、今回は金剛福寺から打ち戻って延光寺から篠山神社を詣ることにする。季節も丁度良い時期で、篠山山頂付近はアケボノツツジがこれから満開時期を迎える。

 国道56号で宿毛を抜け、愛媛との県境を右折し、県道332号を道なりに1時間弱。篠山神社駐車場に着く。

 

 神社・山頂までは1km、高低差330m、カミさんは随分苦しいようで、上りには約1時間を要した。ハイキング登山者や山仕事の2組と遭遇。お詣りを済ませ山頂で記念撮影。

  

  

 昼時だが、弁当もないので、バナナで腹ごなし。一服していると地元の方が登ってきたので、お話を伺う。笹が少なくなり、ツツジの樹勢が無くなり、花芽も少ないとのこと。中腹には鹿防護柵が張り巡らされ、以前よりは笹も回復したとのこと。花は全山満開の華やかさとは程遠かったが、少し時期が早すぎたようでもある。

 帰りは同じ道を辿って宿毛から平田の街へ。平田駅の近くの「天下茶屋」で昼食を考えていたが、生憎の休業であった。2時も過ぎて空腹に耐え兼ねて近くのコンビニで小腹を満たす巻き寿司を買い求める。

 国道56号のバイパスを走り四万十市を抜け、国道56号へ入り高知道へ向かう。高知道の南国SAでトイレ休憩。高知道から川之江東JCTで徳島道へ入り、新しくできた徳島JCTを経て、淡路SAで小休止を兼ねて夕食のラーメンを食す。

 一休みして明石海峡大橋を渡り、少しばかり遠回りだが山陽道を経由し、新名神へ。ナビに導かれて自宅に戻ったのは、10時半であった。平田のコンビニから600km弱、8時間弱の長丁場であった。無事の帰宅に感謝。合掌。

 

6日目(9,832歩) 走行距離 720.8km

 




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車で四国遍路 同行五人1の⑤

2017-04-02 20:51:55 | 四国遍路 二巡目その1

5日目 2015年4月17日(金)晴れ


 いよいよ姉たちとの同行五人の最終日である。朝食前にホテル近くの坂本龍馬生誕地を一人で尋ねる。

 

 車庫出に多少時間を要し、750分前に出立。ホテルからの高知城が遠望だったため、高知城経由で三十一番竹林寺に向かうことにする。国道32号を左折し、県庁前を過ぎて土佐女子高の脇を左折し、高知城の追手門前で停車し、天守を望む。

 はりまや橋交差点を左折・東進し、県道35号を道なりに車を進め、五台山への一方通行道路の入口交差点を直進する。一気に五台山の高台へ車を走らせ、牧野植物園上の駐車場に留める。仁王門から入り、前回見損ねた五重塔まで脚を伸ばす。境内のヤシオツツジが満開である。納経を終え、駐車場前のお店で「竹林寺ようかん」をと思っていたが、朝早いため開店していなかった。

 

 五台山の下り道をかけ降り、県道376号に出ると、空港への新しい南部道路が出来ていた。大畑山トンネルを過ぎ大平山トンネル手前で左折し、三十二番禅師峰寺へ。駐車場へは寺をグルッと一回りする感じ。彼方に土佐湾がみえる。寺はすこしばかり坂道を上る高台にある。山門を過ぎ奇岩が露出した参道を抜け狭い境内に出る。ここからはさらに土佐湾が一望できる。

  

 禅師峰寺からは県道14号浦戸大橋を渡り、桂浜への進入路も過ぎる。今回は旧道の県道34号を経て、長浜からの遍路道を走行し、三十三番雪蹊寺を詣る。

 

 新川川沿いの県道278号の遍路道を道なりに進む。途中県道37号のバイパスを経ると、前回工事中で苦労した道に出る。県道279号へ右折するとすぐ三十四番種間寺である。山門もない細長い境内の寺だ。駐車場でアイスクリンを売っていたので、喉も乾いており皆で食べる。

 

 三十五番清滝寺へは、今回は順うちの行程である。春野町の役場前を経由し、国道56号を土佐IC入口付近まで進む。高知道取り付け道路・本線の下をくぐり、八丁坂と呼ばれる車遍路の最大の難所を迎える。寺までの最後の500m程はほとんど離合場所がなく対向車がこないことを祈りながらの走行である。前回はこの道で大変難渋した。境内下の駐車場がほとんど一杯であり、境内駐車が不可能と思い、空いたスペースに車を留める。納経所前のフジが早くも満開に近い。

 

 土佐インター近くの「稲月」というお店で昼食の予定であったが、朝の出立時間が遅かったため、高知駅に戻るのには食事をしていると微妙である。土佐ICから伊野ICを経て、国道32号を昨夜の宿「城西館」前を通って、高知駅南口へ到着。

  

 昼食を摂らなかったので、駅の売店でそれぞれ弁当を確保、僕たちは天むす。姉たちを改札口へ送り、再び高知市街を抜けて遍路を続ける。四国霊場開創1200年の記念の押印や御姿を頂戴できるのは来月までであり、39番までは今回の遍路で巡拝する必要がある。

 

 県道36号から土佐湾沿いの県道14号を経て、三十六番青龍寺を目指す。仁淀川を越え、さらに県道47号宇佐大橋を渡り遍路宿「三陽荘」を過ぎて右折し、狭い道路を道なりに進むと目指す寺に着く。緑深い石段の参道は、途中に仁王門、行場の滝があり、170段ほどの長い石段を上ると正面に本堂がある。高知の札所は津波の経験からか、海岸沿いのお寺はすべて高台の上に佇っている。

  

 横浪スカイラインには回らず、宇佐大橋へ戻り、浦ノ内湾沿いの県道23号を進み、大間の駅前通りを須崎西ICからさらに無料区間の高知道を四万十中央ICまで一気に車を進める。インターを降りて国道56号を中村方面へ、すぐに「道の駅あぐり窪川」に到着しトイレ休憩をする

 三十七番岩本寺は道の駅から5分ほど国道56号を更に中村方面に進み、四万十町役場方面へ右折すると、役場を越えた先にある。四国霊場で唯一、五体のご本尊を安置する寺で、本堂天井画は現代風でモンローの絵もあり有名である。弘法大師の七不思議が伝わる。前回と同じように西辻商店では文旦や小夏を土産に買う。

 

 中村まで国道56号を南にひた走ることになる。土佐佐賀あたりまでは峠道のアップダウンが続くが、以降は土佐湾を時々望みながらの走行となる。四万十大橋を渡り、国道321号を一路足摺岬へ。大岐で2度目の給油をし、今回は今まで走ったことのない以布利の町を抜け、鬱蒼とした樹木の覆い茂る車の離合も厳しい以布利遍路道を行く。窪津あたりからは路線バスも通り、道が急に広く明るくなる。

 予定より1時間近く早く到着したため、四国最南端の足摺岬に立ち寄ることにする。今回は東側から岬に入ったので、展望台から足摺岬灯台や金剛福寺の堂塔を遠くに見る。

「ホテル足摺テルメ」には6時半前に到着した。

 

5日目(10,061歩) 走行距離 242.5km

 










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車で四国遍路 同行五人1の④

2017-03-30 13:13:25 | 四国遍路 二巡目その1

4日目 2015年4月16日(木)晴れ

 

 早朝から海上では、トビが餌を求め滑空し、イワツバメが海面近くを鳴きながら飛んでいる。

 

 二十三番薬王寺は早朝であり、人影もまばらであった。本堂・太子堂は仁王門から百段ばかりの厄除坂を上ったところにある。今回は瑜祇塔まで脚を伸ばし、日和佐の海を一望する。このあとは最御崎寺までは時間を要するので、参拝後、門前の「薬王院無量寿」でトイレを拝借する。

  

 発心の道場を終え、いよいよ修行の道場である。高知までは国道55号をほぼ道なりに進む車遍路。途中歩き遍路の多さに驚いた。長姉が確認のつど記録したところ、薬王寺を出てから室戸岬までの行程で、50人を超す人数となっていた。単身の方が多かったが、夫婦連れや外国人のお遍路さんも散見された。前回の時よりも3倍ぐらい多い感覚である。きっと、5月の末までに結願を果たすことであろう。四国霊場開創1200年記念のスタンプや記念の御姿も頂戴することができる。合掌。

 室戸岬手前の大師修行の地御厨人窟にも立ち寄る。東側の神明窟は内部が部分崩壊し、2年前と同様立ち入り禁止となっていた。お詣りを済ませ、今回は納経所に立ち寄り御朱印を頂戴する。

        

 最御崎寺は、国道からスカイラインを上った室戸岬の先端に立つ。駐車場から常緑照葉樹スダジイが群集する道を歩いて、まず先に室戸岬灯台を訪ねた。岬の突端からは太平洋が一望できたが、しばらく雨模様の日々が続いたせいか湿気をはらみ空と海の境界も定かでなく、期待した青い空と青い海の広がりはなかった。

 

 このあと二十四番最御崎寺をお参りする。仁王門は灯台側にたっている。岬のお寺とはいえ、境内は平坦で仁王門を入ればほぼ境内が一望できる。本堂と仁王門の間には安山岩でできた鐘石があり、叩くと小気味よい金属音がする。納経所の奥へ行けば、そこは前回の宿「室戸岬最御崎寺遍路センター」がある。

 

 国道までのスカイラインの下りは絶景である。車は国道と別れ室津港方面へ左折し、二十五番津照寺への参道前で皆を降ろし、港の駐車場へ。駐車場からゆっくり3分ほどで津照寺山門へ到着。120段ほど階段を上りつめる高台の本堂は、改修工事も完了し初めてのお詣りである。堂の中での読経となる。

 

 港の駐車場から室津川を渡り、西進しさらに右折し、国道55号に出て5分ほど走る。元橋を越え右折、岬西寺の二十六番金剛頂寺への山道を進む。駐車場からは樹木が両側に繁る石段を上り、仁王門を抜けると、スダジイのうっそうと繁る森に囲まれた境内に出る。森には県の天然記念物ヤッコソウが自生する。

 

 歩き遍路であれば、境内から山腹を辿り行当岬をショートカットすることになるが、車遍路は来た道を戻るしかない。国道に出て行当岬をグルッと回って道の駅キラメッセ室戸「食遊鯨の郷」で予定通り昼食とする。駐車場は満杯状況であったが、この先食事処を考慮していなかったので、時間を要してでもここで食事をすることにする。ミニちらし丼セットを食す。段取りよく並んだため、待ち時間も最小限で済んだ。

 国道55号線を高知方面へ35分ほど車を進め、さらに、二十七番神峯寺は車遍路泣かせの急勾配の山道を4kmほど進むことになる。特に最後の数百メートルは遍路中最も険しい。仁王門を入っても本堂までは更に130段ほどの石段を登ることになる。石段脇の麗水「神峯の水」で喉を潤す。階段両側のツツジの花の開花には早いが、しゃくなげが咲いている。シャクナゲを背景に写真を撮る。

 

 帰り道は新しくできた農免道路を経て、土佐くろしお鉄道なはり線の唐浜駅手前を右折し、狭い生活道路を通って国道に出る。あとは国道を海岸沿いに西に30kmほど左に海を眺めながら進む。途中野市あたりまで延伸した高知東バイパスを利用し、一気に野市あたりまで車を進め、県道22号へ右折し4kmほどで二十八番大日寺に着く。狭い参道を上ると山門前に駐車場があり、階段を登ってこじんまりとした境内へ。

 

 次の二十九番国分寺への道はなかなかわかりにくい。前回迷ったので、今回は慎重に車を進めたのだが、土佐山田駅付近を過ぎ、香美警察署を過ぎたあたりで土讃線を横切る予定をしていたが、たまたま遮断機が下がってしまったので、道なりに進めたことが思わぬ失態を招く。このため時間をロスしたばかりでなく、山崎商店の「へんろいしまんじゅう」を購入する時間も失ってしまう。残念至極である。

 駐車場は仁王門横を今回は利用した。門をくぐれば本堂まで石畳が続く。前回は修復中であったが、室町時代の柿葺き寄棟造の美しい本堂を拝観する。写経所への通路には牡丹の花が満開であった。

 

 県道45号へ戻り距離を稼ごうと北進し県道256号を今回も利用した。1kmと短いのだが離合不可能な狭い道路で、2台も行き交ってしまった。遠回りがおすすめだ。そのあとは県道384号を道なりに6kmほど西進し、右折すると三十番善楽寺に着く。

 土佐神社に隣接した山門もないこじんまりとした寺である。ライターの付きが悪く新しいライターを購入した。納経所の入口には色々な花が飾られていた。エンジの色の見慣れない花もあり、写真に収める。予定通りの行程をこなし、やれやれである。

  

 前回は来た道を戻って県道384号に出たが、今回は、土佐一宮神社の参宮道の脇道を南進し、高知駅北口へ進む。

 日程も4日目であり、明日帰京の姉たちの帰りのチケットを購入する。高知駅北口の駐車場に車を止め、1313分発の「南風16号」と接続する岡山からの新幹線のチケットを確保し、次回降車の折の場所などを確認し、土産などを買い求める。

 今日泊まる宿は、前回と同じ「城西館」。高知駅からはりまや橋交差点を右折し、国道32号を2kmほど1810分宿に着く。北側の部屋を確保したので、今回は高知城が見える。夕食は土佐の地のものを使った懐石で、少しずつの量でほぼ完食した。

 


4日目(13,125歩) 走行距離 198.4km


 









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車で四国遍路 同行五人1の③

2017-03-28 11:19:05 | 四国遍路 二巡目その1

3日目 2015年4月15日(水)晴れ

 

 前日は予定以上に進んだので、ホテルでゆっくり朝食を摂ってから出かけることにした。

 五番国分寺へは中途半端な道のりとなり、国道192号から併走する県道123号を南進し、逆打ちのコースをとる。境内全体が阿波国分寺跡として史跡指定されており、七重の塔の心礎石や伽藍の回廊跡などがある。大師堂が新たに建立されていた。

 

 国分寺を出てさらに歩き遍路道を逆うちに辿り、慈眼寺手前で左折し国道192号に戻り、十六番観音寺へ。

 

 途中国府駅近くのガソリンスタンドで給油し、旧県道29号の遍路道を走行し、十七番井戸寺へ。井戸寺は海岸に近く強風が吹き荒れていた。大師伝説の面影の井戸があり、次姉は覗き込み自分の姿を確認する。仁王門を辞して外周路を回り、駐車場側からトイレ休憩。

 

 井戸寺からは県道15号吉野側右岸道路を経て、徳島外周高架道の県道29号を進む。徳島の街並みや海が一望できる。国道55号から県道136号へ右折して1.5kmほどで十八番恩山寺の駐車場に着く。なだらかな坂道を上ると境内への石段があり、左手に太子堂、さらに正面石段の上に本堂がある。

 

 県道136号へ戻り右折し、バス路線を道なりに4.5km。阿波の関所寺十九番立江寺の大きな駐車場に着く。太子堂脇にある伝説のお京の黒髪堂も詣る。

 

 参詣後、仁王門近くの「酒井軒本舗」を覗くと、水曜日は閉店のはずが開店している。早速、「立江餅」を買い求める。そのあと予定通り「キッチンゑみ」で食事と思っていたが、丁度昼時であり、店内は遍路さんで満席状況である。それぞれに別席でもと思ったが、店主が時間がかかるとのことであり、鶴林寺への遍路道を「道の駅かつうらひなの里」まで車を進めることにする。

 

 「道の駅かつうらひなの里」は前回、最後の休憩地である。前回はすでに閉店していた併設の食事処「みやこ」で肉ぶっかけうどんを食す。

 今回は生名からの車遍路ころがしを二十番鶴林寺へ向かう。急勾配の県道146号のつづら道をさらに4kmほど上り詰める。走行距離16kmほど、木立でうっそうとした尾根の駐車場に着く。さらに尾根伝いに歩みを進めると、運慶の仁王像が鎮座する仁王門が迎えてくれる。山岳霊場らしい幽玄な趣にひたる。この寺には鶴のいわれがあり、白衣に鶴の御朱印を再度いただく。姉たちも同様に頂戴した。

 

 二十一番太龍寺へは前回と同じ、県道19号を右折し、那珂川左岸沿いのセンターラインのない道を進む。途中、工事中で片側交互通行の箇所があり、気を揉む。常に我らに先行していた大分の方に「道の駅鷲の里」にある太龍寺ロープウェイ駅で追いつく。このあと、薬王寺までを打って徳島に戻るようである。

 西日本最大のロープウェイで山頂まで10分で着く。前回は急ぎの参拝で辛い思いをしたので、山頂では多少時間に余裕を持たせている。支柱のところでは大きく前後に揺れスリリングこのうえない。席に座ったまま彼方の鶴林寺の山や大師ゆかりの舎心ケ嶽や全山風に戦ぐ若葉の山を眺めていた。

 

 ロープウェイから降りると、本堂への急勾配の118段の石段が迎えてくれる。南無大師遍照金剛と一段一段唱えながら上り詰める。西の高野といわれ大師堂はさらに奥まったところにあり、大師堂の奥には高野山と同じく御廟がある。

 

 御廟前で納経をするが、般若心経を唱えている時に摩訶不思議な体験をする。経文が淡い虹色にゆらめき、詠み従うに連れて、その虹色が移動する。最初は、視神経がおかしくなったのかと覚え、御廟裏からの光の具合かとも覚えながら、次第に不可思議な感覚の中で経文を詠みすすめた。回向文を読み終えて皆にこの不可思議な出来事を話すと、半信半疑の様子である。僕自身も半信半疑なのだから仕方がない。

 納経所へ行くために鐘楼門側へ回ると、「ポン菓子」のお接待を受ける。山麓駅では、梅茶の接待も受ける。

 

 ロープウェイを降りトイレ休憩。白衣を整えて、国道195号を経て山口小学校の交差点を右折し道なり20分で、二十二番平等寺に到着する。大龍寺でもう一台早いロープウェイに乗っていれば薬王寺も打てる予定であったが、日和佐の街に入る頃には5時近くになろうとしていた。

  

 国道55号の日和佐道路を軽快に走行し、日和佐駅手前の交差点を左折し、県道25号を道なりに今日の宿舎の「ホテル白い燈台」に向かう。温泉の風呂が見所の宿であるが、暗くなってからの風呂は、ただ暗闇に日和佐湾の波音を聞くだけであった。


3日目10,320歩) 走行距離 108.7km




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車で四国遍路 同行五人1の②

2017-03-26 14:06:38 | 四国遍路 二巡目その1

2日目 2015年4月14日(火)曇り一時雨後晴れ

 

 明け方まで雨が降っていたのか、ホテルから望む眉山も山頂は煙って見えない。

 天気は回復に向かうようだが、午後の焼山が不安である。今日は盛りだくさんの一日であり、早朝6時39分の出立となる。

 ホテルから県道30号を北進し、吉野川を越えて、昨日と同様吉野川左岸道路を西に向かう。県道34号に入ると車は少なく快調。

 五番地蔵寺では、お寺の少女の登校時間と重なり挨拶を交わす。境内の大銀杏は芽吹きはじめである。前回同様奥の院の五百羅漢まで脚を運び、今回は納経をしていただく。

 

 

 羅漢の交差点から県道12号を西進し、東原の交差点で県道139号へ右折し、駅路寺で宿坊のある六番安楽寺七番十楽寺を打つ。いずれの寺も山門が中国風である。

  

 

 熊谷寺へは十楽寺の前の広域農免道路を西進し、徳島道と並走しながらの初めての道を進む。土成ICの北を抜け、七番から続く広域農免道路を直進し八番熊谷寺に到着。緩やかな参道を登り、中門を経て本堂・大師堂を参拝。

 

 今回は時間の関係から風格のある仁王門まで脚を運ぶこともなく、仁王門を見ながら左折し県道139号に出、そこを右折し九番法輪寺へ。昨夜徳島駅前で名物「阿波ういろ」を購入できなかったが、参拝後仁王門前に最近できたと思われる「うるし茶屋」で阿波ういろを長姉が買い求める。車を進めながらご相伴にあずかる。

 

 法輪寺からはナビでは示されない歩き遍路道を走行し、十番切幡寺へ。寺は山の中腹にあり、仁王門から急勾配の333段の石段を喘ぎながら登る。怪しい空模様であり、用心して傘やかっぱを準備する。最初の遍路泣かせの石段である。

 

  切幡寺からは県道237号を南進し、県道12号(撫養街道)の交差点脇にある「うどん亭八幡」で名物八幡うどんを食べる。団体予約客の受け入れ準備が整っていた。長姉は白衣の袖をうどんの汁で汚してしまう。前回僕も同じようなことをしていた。

 吉野川北岸の札所を後にして、四国三郎を渡り十一番藤井寺を目指す。国道318号の長い阿波中央橋(2km)を越え、国道192号(伊予街道)へ出る。前回と同じコースを辿る。国道から2kmほど道なりに走ると藤井寺である。寺名の藤は咲き始めであった。

 

 十二番焼山寺へは前回と同じく国道192号を経由し、石井町の交差点を右折し、県道20号・県道21号を経て国道438号を西進する。神山町では、道沿いのしだれ桜が盛りを過ぎていたが、満開の頃が想像されるほどの植栽である。

 途中トイレ休憩を兼ねて道の駅「温泉の里神山」に立ち寄り、遍路ころがしへ。焼山寺の駐車場の桜は満開である。前回より花の時期が遅いようである。斜面から水が流れ出ていて午前中には雨が降っていたようである。行くところ行くところ雨は止んでいる。晴れ男・晴れ女の面目躍如といったところである。

 

 後続の団体遍路さんに追われるように寺をあとにし、途中、衛門三郎伝説の杖杉庵に立ち寄る。

 

 十三番大日寺へは、藤井寺から来た道を戻り県道21号を徳島方面へ。寺専用の駐車場に車を停めて県道を少し進むと、大日寺は一宮神社の向かい側にある。計画では、2日目最後の札所の予定であったが、スムーズに巡拝が進む。二人の遍路さんに写真を撮ってほしいとたて続けに所望される。

 

 予定を繰り上げさらに次へ進むことにする。一宮橋を渡るところからは、前回は歩き遍路をしたコースである。十四番常楽寺へは県道207号から左折し、地区の生活道路を道なりに進み、常楽寺には10分ほどで辿り着く。大分の方から次の札所へ行く道を尋ねられる。この寺は、岩盤の上に建てられており、露出した流水岩が野趣に富んだ雰囲気を醸し出している。本堂前にはイチイの大木があり、枝分かれの幹にアララギ大師が鎮座している。

 

 夜は再び徳島駅近くで食事をする。昨日は休店であった徳島市民の台所と称される「はなや食堂」を体験する。量が多く、店員さんにも野菜がたくさん付いていると忠告されたにもかかわらず、別途野菜サラダを注文し、注文した手前野菜サラダの完食は何とか果たすもメインの定食を大半残すという有様で完敗である。

 

2日目(14,399歩) 走行距離 125.3km








 

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