2010年8月。
「いらっしゃい!どうぞ、上がって。」
「お邪魔します。」
康太の妹の三根子に案内されて、晴海は中に上がりました。
ここは康太の実家、つまり美帆の父方の祖父母の家です。
康太が帰省してから、美帆も泊まりに来ています。
「晴海、こっちに来て。」
美帆が廊下から顔を出して、晴海を呼んでます。
「やあ、来たね。」
康太が狭い真っ暗な部屋から出てきました。
「ここは?」
「物入れ。暗室代わりに使ってる。クーラーも何もないから、暑い。」
そう言うと、康太は顔から滴っている汗を、タオルで拭きました。
「おじさん、自分でフィルムの現像出来るんだね。」
「大学の友達に、写真部でカメラに詳しいのがいて、色々教えてくれたから。」
「お父さんは写真部じゃなかったの?」
「大学生の時にお前が出来たから、お父さんはサークル活動なんて出来なくて、勉強しながら、バイトしてました。」
「あ、そうだった。」
美帆が嬉しそうに笑ってます。
(なんと言うか、こいつ、ベタベタなお父さん子なんだよな。)
晴海が少し呆れてみてます。
「引き伸ばし出来たから、見る?」
「はい。」
奥から、三根子が声をかけました。
「冷たい飲み物入れたから、こっちで話したら?」
晴海たちは居間のソファーに腰を下ろしました。
「私はちょっと出掛ける用事があるんで、これで失礼するね。もう少ししたら、お父さんとお母さん、帰ってくるから。晴海君、ゆっくりしていってね。」
そういうと三根子は出掛けて行きました。
「…おばさん、デート?」
美帆が康太にこっそり聞きました。
「知らん。女友達と会うんじゃなかったか?
……あいつも、もう29なんだけどな。」
康太と三根子の間の弟、西雄は結婚して、既に家を出てます。
「…じゃあ写真見ようか?」
康太が説明します。
「この写真な、初めてみた時にも思ったんだけど、ピントが後ろにずれてるんだ。」
「そうだね。手前の人物が少しぼやけてんだよね。」
美帆が写真を手に取りながら、答えました。
「で、人物の後ろの方を中心に引き伸ばしてみた。元々がインスタントカメラだし、お父さんの技術と資材じゃ、もうこれ以上は無理。出来るだけ伸ばしてみたけど。」
大きいサイズになった写真を、康太と美帆が見て言います。
「写真の真ん中にいるの、ロビーのソファーに座ってる女の子だよね。」
「この女の子を写したかったのかな?」
康太が思いだそうとしながら、言います。
「……この子、確かアイドルか何かじゃなかったっけ?」
「本当?」
「写真がもう少し鮮明だったらなぁ。」
康太は頭を掻きながら、考えます。
「昔のアイドル?」
美帆が康太に聞きます。
「すごく人気があったんだけど、二十歳ぐらいで引退した……。えーと………。
あ、そうそう、月森ひじり。」
「月森ひじり?」
晴海と美帆は声を合わせました。
「知ってる?」
「全然知らない。」
美帆が答えました。晴海も頷いてます。
ちょっとガッカリしながら、康太が言いました。
「はぁ、もう今の若い子達、知らないんだね。」
晴海が言いました。
「でもさー、アイドルだったら、一緒に写真撮ってもらえばいいのに。これじゃ、隠し撮りみたいじゃん。」
「断られたんじゃない?なんかすごい高級そうなホテルのロビーだし。プライベートだったのかな?」
美帆が答えました。
「でも、横にいる女の人、マネージャーぽくない?」
晴海が言いました。
「本当だ。じゃあ仕事かな?」
「売れてるアイドルだと、プライベートの時でもスタッフがいたりして。」
「写真だけじゃ全然分からん。」
美帆も晴海の言葉に同意しました。
「写真見て想像しただけだもんね。」
「……思い出した!この子がなんで印象に残ってたか。」
ずっと考え込んでた康太が、思い出した様に言いました。。
「引退したのが、美帆と晴海君が生まれる少し前。同じ年だったから。」
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