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本と音楽とねこと

何とかならない時代の幸福論

ブレイディみかこ・鴻上尚史,2021,何とかならない時代の幸福論,朝日新聞出版.(7.12.24)

放送時、大反響をよんだNHKEテレ「SWITCHインタビュー達人達」とその未放送分、またコロナ後、新たに設定された対談を収録した一冊。対談はブレイディさんの「(イギリスに移住してから)23年経っても日本はあまり変わらない」、鴻上さんの「日本はどこに向かって変わっていいか分からないのでは」と始まり、日本社会とイギリス社会を交錯させながら、それぞれを象徴する興味深いエピソードが語られる。またあらたにおこなわれた対談では、コロナ禍で表面化した国民性について、日本では自粛警察が勃興し、イギリスではスーパーからパスタが買い占められたことなど国の事情を対比させながら、「生きづらい」という言葉が増す日本でどう風通しをよくし、幸せを感じられる国になる道を探るのか、その可能性とヒントが語られる。

 日本人にあるのは「世間」だけであり、「社会」がない。
 つまり、自らの「身内」(内集団)である者には、配慮し、親切にするが、そうではない者には、まったく無関心で冷淡である。
 これは、むかしからある議論ではあるが、本書では、日英での、コロナ禍における人びとの態度、行為等を取り上げながら議論されており、たいへん興味深かった。

 デヴィッド・グレーバーの「ブルシットジョブ」論に関連する、ブレイディさんの考察も興味深い。

ブレイディ 例えば学校の先生の給料が安いことについて、アメリカだったら、彼らは子どもたちに教えるという意味のあることをしてるんだから、お金まで求めなくてもいいじゃないか、という倒錯したことを言う人もいるってグレーバーは言ってて(笑)。自分は耐えられないほど退屈なこと、どうでもいいような仕事をしてるんだから、その報酬にお金をもらってるんだという、変な理屈さえ成立している。
 結局その考え方が進むとどうなるかというと、何でも報酬ではかるようになってしまう。人間に人を助けたいっていう本能があっても、「それはいくらなの?ケアは安い仕事だから取るに足らない行為でしょ」っていうことになってしまったり。何かをしてくれたから、何かを返すという、いわゆる負債と返済の呪いのループがここでも始まります。『ブルシット・ジョブ』は、無意味な仕事についてだけでなく、他者をケアするという行為への軽視についても警鐘を鳴らしている。
 そういう風潮がすごく強くなってくると、人間は人を助けたいっていう本能を縛られてしまって、自然に立ち上がらなくなってくる。
(pp.140-141)

ブレイディ だって一日じゅう政治ニュースを見て、ああだこうだってTwitterに書いてる人って、どう考えてもブルシットジョブをしている人たちじゃないですか。だって保育士や看護師をしてたら、そんな暇ないですから。やっぱりオフィスの管理職なんかで、そこそこ時間がある人がしてるわけですよね。実際、ネトウヨと呼ばれるような人たちも、若いニートがやっていると思われてましたけど、調査してみたら平均年齢は40代で、所得も低くなく、経営者や管理職が多いという記事が「週刊東洋経済」に出てましたよね(2019年4月6日号「ネトウヨは「男性7割」で『平均年齢42.3歳』」)。
 60年代、70年代は、経済が上向きの時代だったから自由な発想でいろんなことができたっていうのはどこの国でもあると思うんです。ロックバンドを作ったり実験的な演劇をやったり、自分の時間と能力のすべてを注ぎ込んでやるカルチャーが生まれた時代だった。
 今はブルシットジョブをしながら、コンピューターでSNSに投稿するっていう"ながらカルチャー”が主流になっていて、それが他のメディアや表現形態にも大きな影響を与えている。昔のカルチャーと今のカルチャーの違いはそれで説明がつくと、グレーバーは書いてるんですよ。私、それを読んだ時、本当にそのとおりだと思いました。
(pp.184-185)

 うんうんと頷くほかない内容で楽しく読める対談本だ。

目次
1 日本の現在地―私たちはどこへ向かっているのか
日本のバブル、「一億総中流」の時代に―
80年代「めんたいロック」が流行った博多で
トニー・ブレア時代の外国人保育士“大リクルート作戦”
イギリスで差別されていた地域の保育所で
23年間、物価も賃金も上がらない日本 ほか
2 社会と向き合う―表現としてのコミュニケーション
自助、共助、公助…という順序
コロナ禍、イギリスで自然発生的に起こった相互扶助
災害後に起きた共助と迫害
「sameness」と「equality」の勘違い
クリエイティビティの目覚めは1歳から2歳 ほか


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