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本と音楽とねこと

【旧作】男女共同参画社会へ【斜め読み】

坂東眞理子,2004,男女共同参画社会へ,勁草書房.(9.9.24)

男女共同参画社会の実現にむけて、今後なにをすべきか。行政のトップとして推進役を担ってきた著者が、逆風のなかで課題を明らかにする。

男女共同参画社会基本法が1999年に成立し、今日あらゆる分野で女性が決定に参画し、社会的不平等をうけずに活躍ができる社会の実現がめざされている。著者は30年以上にわたって女性行政の最先端でこの動きを推進しつづけてきた。長い前史と最近の動きを当事者としてふり返りつつ、今何が問題なのかを現場から明らかにする。ジェンダーフリーをめぐるバックラッシュの強まるなかで、女性のチャレンジをいかす方途を考えぬく。

 本書は、旧総理府男女共同参画室長を務めた坂東さんによる、2004年時点でのジェンダー平等へ向けての政府の取り組みについての記録であり、現在でも史料的価値は高い。

 世界経済フォーラムによる日本のジェンダーギャップ指数は、2024年時点で146カ国中118位で、個人の幸福増進と経済、文化の活性化に不可欠のジェンダー平等の課題は、この20年でほとんど達成されていない。

 男女共同参画社会の構想は、1985年、政府が女性差別撤廃条約を批准したことに端を発するが、1999年の男女共同参画社会基本法制定時、「男女共同参画」なる名称にずいぶんと強い違和感をいだいたものであった。

 ところで〈男女共同参画〉という言葉は一九九一年年四月一〇日の婦人問題企画推進有識者会議の提言の中ではじめて使われた。それまでparticipationを「参加」と訳していたが、ここではナイロビ将来戦略の中で使われたfullparticipationの訳を「共同参画」としている。提言は「男女共同参画型社会システムの形成」「変革と行動のための五年」と題して本部長に報告された。これを受けて本部は一九九一年五月三〇日、「西暦二〇〇〇年に向けての新国内行動計画(第一次改定)」を決定した。この中で、「共同参加」は「共同参画」へ改められたのである。この時、婦人問題担当室は本部省庁の担当課に事務連絡で「参加」を「参画」とし及び「婦人」を「女性」とするよう通知した。
(p.115)

 なぜ、「男女平等」や「性差別撤廃」という言葉を使わなかったのか、それは家父長制社会を牛耳る連中が、自分たちの既得権益と信奉するイデオロギーとを手放そうとせずに、「平等」や「差別撤廃」に猛然と抗ったからである。

 固定的な性別役割分担の解消も含めた男女平等が、家族の連帯の弱体化や少子化を促進するものではなく、むしろくい止めることが期待されるものであることは明白だ。

 日本にかぎらず国際的な場でも女性が教育をうけ、経済力をつけて自立するのを好ましくない動きとみなし、伝統や文化や家族のまとまりをおびやかすものだと反対する人々はいる。確かに社会の変化がもたらす副産物である都市化、情報化、享楽主義の中には好ましくないものもあるが、変化を気にいらないとしてすべてを拒否しつづけることはできない。伝統といえば、男尊女卑の儒教思想は明治以前は一部の武家、上流階級だけに受けいれられていたにすぎず、日本の古代から中世まで、女性が財産権をもち、母系の絆は強かった。一六世紀の日本に来た宣教師は、中世ヨーロッパより日本の女性は自由だと驚いている。男は仕事、女は家事育児という性別役割分担が広く庶民層まで普及したのは高度経済成長時代だが、現在の経済情勢の中では、「夫の仕事」だけで一生家計を支えるのは難しくなっている。夫も妻も仕事・家事・育児を分担してリスクを分散し、家庭を支えなければ結婚をためらい出産をおそれる男女が増加し、その結果、家庭の基盤がゆらいでいる。だから男女共同参画を進め、結婚や出産のプレッシャーを少なくすることが必要だと私たちは考える。これを逆に男女共同参画が離婚を増やし少子化をもたらし、家庭基盤をゆるがすから反対だというのが批判する人々の考えである。現実の「家庭」はどんどん変化しているのに、古い家庭の」に固執しているから家庭そのものが機能しなくなるのだ。
(p.157)

 2010年、旧民主党、鳩山政権が掲げた「コンクリートから人へ」というスローガンは、教育、医療、福祉等、サブシスタンスを支えるヒューマンサービスの拡充をもって、女性の就労による経済的自立と、地域経済の維持、活性化とを促進する施策として展開されるべきであった。

 『十三年度白書』のもう一つの大発見は、地方圏における女性の専門技術職の割合が高いことである。なかでも教員、看護婦、社会福祉専門職などの職種に就く女性の割合が高い。東京都、神奈川県、京都府、大阪府、奈良県などは男女とも専門技術職の割合が高いが、内訳をみると科学研究者、技術者、法務従事者(弁護士等)、経営専門従事者(公認会計士等)などビジネス関連の専門職の割合が高い。一方、地方圏、たとえば高知県、熊本県など九州、四国地方、山口、山形、岩手などの県では、女性が専門職に就く割合が高いが、その内訳をみると教育、福祉、医療関係従事者が多い。
 これらの職の多くは、地方公務員か団体職員で、税や医療保険や介護保険から彼女たちの給与はまかなわれている。全国の国民の払う税金や社会保険料が地方で福祉、教育に従事する女性たちの職業を支え、家計を支えている。
 こうしたデータから、地方に生まれ育った女性が地元の大学・短大・専修学校等に親元から通学し、専門的資格を身につけ、結婚・出産後も周囲に支えられながら職業をもち続けるという姿が見えてくる。これは、二一世紀の新しい所得再配分の形であり、地方経済を維持していく形ではなかろうか。言葉をかえていえばこれは二一世紀の公共事業である。二〇世紀の公共事業が治山・治水や道路、橋、公共建設に向けられ、地方の社会資本整備を進めるとともに建設・土木関係の男性たちに就業機会を提供してきた。しかし、二一世紀の公共事業は、次の世代を育て、引退世代の世話をし、健康を維持するという人間の生活の質の維持、ソフト産業に向けられ、教育・医療・福祉の専門職の就業機会を地方に提供することが求められている。それを女性たちが担うのである。 白書においては明確に主張を打ち出せなかったが、「男の公共事業」から「女の公共事業」に日本も変わらなければ地方は活性化しないということがこの分析からうかびあがる。
 スウェーデン、ノルウェーのような北欧諸国は女性の就業率の高さ、管理職割合の高さで有名である。その北欧でも、女性の多くは公的部門に就業し、その分野での管理職の割合が高い。公的分野の教育、福祉、医療、そして公務といった分野に女性が多く、男性は民間企業に多い。もちろん北欧では女性がもっと民間企業に進出するようさまざまな取り組みが行なわれているが、私の目には、『十四年度版白書』から北欧の福祉社会を支える女性たちと、日本の地方の少子高齢社会を支える女性の姿がダブってみえる。
(p.185、p.187)

 坂東さんは、2020年、ジェンダー平等の推進を含めた日本社会のありようがどうなっているのか、悲観的なシナリオと楽観的なそれとを提示している。
 以下は、そのうち、悲観的なシナリオである。

 二〇二〇年の日本社会は活力を失い経済成長率は低下し、高い失業率のアジアの一隅の中規模の目立たない国になっている。二〇世紀後半から二一世紀はじめに建てられた道路や建造物が維持費不足から十分修理されず薄汚れてきているように、社会のあらゆる分野で停滞が目立ち、変化や改革は嫌われ、伝統や調和が重んじられる。男らしさ女らしさが強調され女性たちは個人と家族の幸福だけを考えおしゃれや趣味にいそしみ、男性は経済力、社会的地位を成功の証とする。女性は高い教育を受けても民間企業の正社員になるのは難しく、非正社員か比較的差別の少ない公務員に集中している。地方公務員の五~六割、国家公務員の四~五割が女性となっている。どの自治体も国も財政事情が厳しく、給料は民間に比べかなり低くなっている。
 男性は民間企業の正社員として長時間働き、恋愛や結婚する時間のないグループと、定職につけず経済力のないグループに二極化し、どちらも結婚は難しく、四〇代男性の未婚率が三割を上回る。女性の未婚率はそれよりやや低いが、少子化はますます進行し、一人娘、一人息子ばかりで、結婚にあたって姓が消えてしまう娘の親が反対するケースも多い。結婚も出産も減少の一途をたどる。目立つのは非正社員の独身の娘や息子が七〇代、八〇代の親の家で親の年金と貯蓄で生活している家庭である。男らしさ、女らしさが強調されているので、娘たちは家事、介護を行なうが、非正社員で収入の少ない息子たちは収入をこづかいとし、母親に世話されて、スポーツや音楽、ゲームなどで遊んでいる。
 正社員として仕事を続ける女性たちは男性なみに働くことを期待され、出産をあきらめ、職場での成功をめざすが男性の二~三倍は働かねば認められない。管理職のうち女性の占める割合は一割程度である。両立をあきらめたり、健康を害して仕事をやめる女性も多い。働く女性への理解や支援が乏しいので離婚も多い。教員・薬剤師・看護師・医師などの専門職の女性は増えているが、処遇は悪くなり、部門のトップは男性、下位に女性という職場、団体が多い。三歳児神話、母親が「おかえりなさい」といわねば子どもが非行に走ると強調される。
子育ては母親の責任とされ、プレッシャーは強い。幼稚園、小学校から習いごとや塾の送り迎えを行ない、有名校への進学をめざす。父親や社会とのつながりは薄く、自己中心的なひよわな子どもが多くなり母親との一体感は強い。夫とのつながりは弱いので買売春や浮気は多いが妻の経済力がないので、専業主婦の離婚は少ない。子どもの数が少ないので、双方の祖父母からのプレゼントや干渉が多い。大学の入学式には祖父母、両親の六人がつきそう。
 企業は新卒の採用を抑えているので就職は難しく、正社員の労働はかなりハードである。母親に甘やかされて育った若者たちは適応できずに退職して、無職あるいは非正社員となる若い男女も多く、公的年金、医療・介護保険の空洞化が目だち、家族の支えあい、家族の介護が強調される。多くの企業は依然として正社員には年功序列、世帯単位の福利厚生を維持しようと努めているが、正社員の数を減らし、使いすての非正社員が増えている。進学率は高くとも女らしく文学や語学を専攻した女性の就職は男性より厳しく、非正社員か公務員が多く、出産すると退職するのがあたりまえとなる。一時期女性の活用を試みた企業も女性の定着率の悪さと意欲の低さに方針を転換し、使いすて路線にもどっている。
 子育て教育費用は高く、専業主婦も四〇代からパートタイムで働く女性が多いが、相変わらず正社員との賃金格差が大きく社会保険にも加入しない。企業はできるだけこうした中年女性パートを活用し、正社員の採用を減らしているので、新卒者の就職は年々困難になっており、日本の技術の継承の危機が叫ばれている。
 女性の国会議員、首長は二〇%近くに増えているが男性から好かれる政策を掲げ、女性の自立に批判的な女性政治家が多く、配偶者控除、家族優遇税率が導入される。現皇太子家には男児がいないので、皇太弟が皇位継承順位の一位となっている。
(pp.221-223)

 本書刊行後の20年のあいだ、ジェンダー平等の課題も含め、後退に後退を繰り返し、社会の劣化ばかりが進行してきた。

 ジェンダーを中心にした社会史を手がけるうえで、本書はけっこう役に立つ知見を提供してくれているが、それ以上にこの社会の救いようのない歩みにあらためて絶望させられた。

序章 男女共同参画社会をめざして
1 女子差別撤廃条約の日本レポート審議
2 男女共同参画会議・参画局のスタート
3 参画局の位置づけ
第1章 仕事と子育ての両立支援策
1 仕事と子育ての専門委員会
2 小泉内閣へ
3 各専門調査会の活動
第2章 女性に対する暴力
1 配偶者暴力防止法
2 施行後の動き
3 トラフィッキングなど
第3章 女性のチャレンジを支援する
1 女性を政策・方針決定の場へ
2 経済分野へのチャレンジ
3 公契約と補助金
4 ポジティブ・アクションの法制化
5 2020年 30%目標
第4章 選択的夫婦別氏制度
1 夫婦別氏とは
2 各国の制度
3 日本の世論
4 実現に向けて
第5章 アフガニスタンの女性支援
1 アフガニスタン情勢
2 懇談会のスタート
第6章 社会制度の影響調査
1 影響調査専門調査会
2 税・年金制度の現状
3 世帯単位から個人単位へ
4 企業の世帯配慮など
5 雇用システムの見直し
6 今後の働き方
7 広義の影響調査
8 海外の取り組み
第7章 苦情処理システム・監視のあり方
1 監視とは
2 監視のルールづくり
3 平成13年度の監視結果
4 情報の収集・整備提供
5 苦情処理システム
第8章 国内体制の整備と男女共同参画社会基本法
1 婦人問題から男女共同参画へ
2 担当大臣の指名
3 参画室の誕生
4 基本法制定の気運が高まる
5 基本法の成立へ
6 男女共同参画社会基本法の特徴
第9章 地方自治体とNGOの動き
1 窓口をどこにするか
2 各地の事例
3 条例の制定
4 NGOの動き
第10章 バックラッシュの嵐
1 男女共同参画社会基本法への批判
2 「未来を育てる基本のき」
3 都市の男女共同参画推進条例
4 条例策定が進む
5 ジェンダーフリーという言葉
6 局としての基本的考え
7 男らしさ・女らしさ
8 問と答
第11章 『男女共同参画白書』が伝えようとしたこと
1 『婦人白書』から『男女共同参画白書』へ
2 『平成12年度年次報告書』
3 『平成13年度男女共同参画白書』と地方の状況
4 『平成15年版白書』
第12章 女子差別撤廃条約の日本レポート審議
1 女子差別撤廃条約
2 批准と報告書(レポート)審議
3 第五次報告書の提出
4 報告書の審議まで
終章 これからの課題
1 悲観的な未来
2 楽観的な未来
あとがき


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