今日はこの様に暖かかったのですが、2011年3月11日のあの日は寒かったな…と。東日本大震災から11年、あの時もいつもの様に外での作業が終了して、2階の仕事場に戻ってきていました。
なんとなくラジオを点けたら国会中継、まぁ良いかとラジオを切ろうとした瞬間、ラジオから緊急地震速報のチャイム音が聞こえてきました。
すぐさま自分の携帯を取り出し、携帯の緊急地震速報は鳴らないか?と身構えました。携帯の緊急地震速報が鳴らなければ、地元には大きな揺れは来ないと判断できるからです。
少しして地鳴りの様な鳴動がやってきて、仕事場が揺れ始めました。「これは…大きいぞ」と構えましたが、揺れそのものが弱まってくるのを感じて、大丈夫かと思った瞬間でした。
ゴゴン!っとさらに大きな揺れが来て、さすがに立っていられなくなりました。おぼつかない足元でおっかなびっくりに階段を降りても、さらに大きな揺れは続きます。
その日は仕事を早めに切り上げさせてもらって、家に戻りました。すると屋根の上にあったはずのテレビアンテナ(当時はアナログ)がなく、棟瓦が崩れているのが見て取れました。
こうして住んでいる家の棟瓦が落下して、一時的ではあるものの、自分の家にいられない状態となりました。その間、住んでいる家の屋根はブルーシートに覆われたまま。雨が降るたびに不安を覚えたものでした。
およそ半年後に棟瓦の修理が完了、幸いにして自分の家に戻る事が出来ました。プチ避難生活を体験する事になりましたが、その時に身の回りのいろいろな事が変わる様になりました。
二度とあの様な経験はしたくないと思いますが、日本に住んでいる以上、それは難しい事なのかもしれません。
その事を常に意識しながら日々を過ごす、それは大切な事なのかもしれませんね。
なんとなくラジオを点けたら国会中継、まぁ良いかとラジオを切ろうとした瞬間、ラジオから緊急地震速報のチャイム音が聞こえてきました。
すぐさま自分の携帯を取り出し、携帯の緊急地震速報は鳴らないか?と身構えました。携帯の緊急地震速報が鳴らなければ、地元には大きな揺れは来ないと判断できるからです。
少しして地鳴りの様な鳴動がやってきて、仕事場が揺れ始めました。「これは…大きいぞ」と構えましたが、揺れそのものが弱まってくるのを感じて、大丈夫かと思った瞬間でした。
ゴゴン!っとさらに大きな揺れが来て、さすがに立っていられなくなりました。おぼつかない足元でおっかなびっくりに階段を降りても、さらに大きな揺れは続きます。
その日は仕事を早めに切り上げさせてもらって、家に戻りました。すると屋根の上にあったはずのテレビアンテナ(当時はアナログ)がなく、棟瓦が崩れているのが見て取れました。
こうして住んでいる家の棟瓦が落下して、一時的ではあるものの、自分の家にいられない状態となりました。その間、住んでいる家の屋根はブルーシートに覆われたまま。雨が降るたびに不安を覚えたものでした。
およそ半年後に棟瓦の修理が完了、幸いにして自分の家に戻る事が出来ました。プチ避難生活を体験する事になりましたが、その時に身の回りのいろいろな事が変わる様になりました。
二度とあの様な経験はしたくないと思いますが、日本に住んでいる以上、それは難しい事なのかもしれません。
その事を常に意識しながら日々を過ごす、それは大切な事なのかもしれませんね。
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