ローマ皇帝カエサルに名言がある。プルターク英雄伝によれば、ローマ軍がナイルの戦いでエジプト軍を破り、つづいて小アジアのホントスに進軍、ファルケナス王と戦い、ローマ軍が完勝する。このとき、カエサルがいった「Veni(来た)、Vidi(見た)、Vici(勝った)」の三語である。そしてこれが戦場から送った彼の戦況報告書の全文であった。ラテン語では、この三つの語はおなじ動詞語尾をもち、ありえないほど短い。簡潔、的確、その上力強い。
わが国にも、「一筆啓上 火の用心 おせん泣かすな 馬肥やせ」という。古来、手紙の名文としてよく引用されてきた文例である。徳川家康の家臣であった本多作左衛門が陣中から妻に宛てた手紙である。簡潔にして要を得ているということか。
相手に伝わる良い文章を書くコツは〈less is more〉であるという。少ないほど豊かである、ということか。しかし、簡潔で明瞭な文章を書くことは思ったより難しい。どの言葉を削ればいいのか、どうすればもっと明快な文章になるのか。
簡潔さは言葉の命(Brevity is the soul of wit.)といったのは、かのシェークスピアである。いまでは格言として「機知に富んだ意見や当意即妙な返答は短いほど効果的である」という意味に使われる。
出典は『ハムレット』の一場面、大臣ポロニウスがハムレットの両親である王と王妃にハムレットの精神状態を説明している。
Therefore, since brevity is the soul of wit. And tediousness is limb and outward flourishes, I will be brief. Your noble son is mad…
従って、簡潔こそは知恵の魂、冗漫はいわば手足、うわべの飾りでありますゆえ、簡潔に申し上げます。王子様は気違いなのです。