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『教理対話』目次 04 キリストの御生涯における主な出来事

2022-11-12 13:57:07 | 日記
目次 04 キリストの御生涯における主な出来事

神父 
今夜はキリストの御生涯のことを、少くともその重要な出来事をいろいろ
お話するつもりです。私達の講義の大部分はキリストとその御教え、私達に
仰せにかられたことなどに関係しています。主が真の神にましますことはすぐ
証明されます。ですが、その前にこの世においでになりました時の
主の御生涯について、どれくらいあなたは御存じでいられるか
お尋ねしてみたいと思います。

青年 
多少は知っています。あなたのお話の後でルカの福音書を読みましたから。

神父 
私達はキリストについての歴史上の知識は主に聖書という本から得ています。
この本が神の御言葉であるということのほかに信頼すべき歴史的記録であると
いうことは、証明することができます。
この聖書は主が公の教えを始められました三十才までのことは、わずか
二、三しかのせていません。ですから、聖書の殆ど全部は主の30から33歳までの
主のことや御教え奇跡などに関係しています。
主はどこでお生れになったか御存じですか?

青年 
パレスチナのべツレヘムという小さな町の近くです。ですが、
神父様、マリアはナザレにお住いではなかったのですか?

神父 
そうです。あなたは救世主御誕生当時のいたましい御環境のことは
御存じではないようですね。キリストが天より御出でになりましたのは、
人類に教えたり、人類に救霊に達する為の天からの助けを授けたりする
ためばかりではなく、御苦難によって罪を償うためにお出になられたのである、
ということを忘れてはなりません。

そして、主はこの御苦難がこの世に御出になると同時に始まって十字架上の
はげしい御苦しみのうちに御死去なさるまで、ずっと続くように望まれました。
ですから、主が家から離れたところでお生れになる
──ベツレヘムの町の外の馬屋洞穴でお生れになるということは、はじめから
取り図らわれていたのです。

その日のこの町は、ヨゼフやマリアのように、戸籍調べに名前を登録するため
来ていた人達でどこもいっばいでした。当時の戸籍調べは、我が国で今日
行われているような調べ方ではありませんでした。調査員が報告をとるために
家々をまわるということをしないで、人民が「県庁所在地」とでもいうべき
ところに行って登録したのです。べトレヘムはヨゼフの行かねばならなかった町でした。
マリアは一緒にお出になり、この用事で家を離れていられるうちに、キリストの
御出生ということになったのです。救世主の御誕生に神はどういう御気持を
御示しになられましたか、あなたは御存じですか?(ルカ2-1~10)

青年 
羊飼いに対し天使の出現したことや、秣槽の中のイエスを崇める為に
無数の天使が天から降ったことをおっしゃるのですか?

神父 
そうです。そして、天使は、この事は神に栄光を与え、地には人々に
平安を与えるだろうといいました。神がこの地上でふさわしい尊敬を
御受けになられましたのは、創造の黎明以来これが最初のことでした。
無限の尊敬でした。そしてこれによりまして神と人類との間の平和の道が開かれました。

青年 
これまでにありましたあらゆる戦争を、あなたはどういうふうに説明されますか?

神父 
今なお神に背いている人達の悪い意志を以て説明します。ですが、
戦争がないということは、天使の申しました「平和」ということではありません。
人の心の中の平和、お互いが兄弟のように愛し合う場合の多くの人々の間の
平和を天使は言っているのです。

青年 
神の御子は、御誕生の後三十年以上もはずかしめや御苦しみを御受けに
ならなくても、ただ人の性をおとりになられたということだけで十分では
なかったのですか?

神父 
人間を救うためには十分だったでしょうが、神の愛を満たすためには不十分でした。
神は人間に対して持っていらっしやる無限の愛の証拠をお示しになろうと御恩召しになり、
また、罪の恐しい害について教訓を私達に強く銘記されようとお考えになっていられました。
キリストがお生れになりますとすぐ主の死の陰謀がめぐらされました。その当時ユダヤを
支配していたへロデ王は、イエスが地上の王になって彼を王位からしりぞけるのでは
なかろうかと恐れまして、幼子のイエスを確実に殺す方法としまして、幼児全部の虐殺を
命じたのです。

マリアとヨ ゼフはそういう神の警告を受けて、幼子と一緒ヘロデの怖しい怒りを避けました。
エジプトに渡り、そこで数年間異教徒の中で暮すというひどい御苦しみに堪えられましたが、
また、この上もないひどい貧窮をなめられたようです。実際キリストはこういうことは全部
なさらなくてもよかったのですが、これは人間の罪のあり余る御贖いをなさる御計画の
一部だったのです。ところで、次に聖書の話ではキリストのことでどういっていますか?

青年 
十二才の御時御両親といっしょにエルサレムへお上りになられましたことがのっていた
ようですが。

神父 
そうです。そして御両親が家路におつきになりましてからも三日間そこに
留り給うたことがのっています。
主はわざと自分から御両親と御離れになったのです。

青年 
どういうお考えでそうなされたのですか?

神父
救世主はいつも人々に、たとえ近親や極めて親しい人々を軽んずることになる
場合でも、主の「御父のこと」は万事にこえて留意しなければならないということを、
お教えになろうと望んでいられました。天の御父は、この機会を利用して、
ユダヤ人達が待ちのぞんでいたメシアが今や出現する時であるということを、
イエスをしてユダヤの律法学士達に神殿で証しをおさせになろうとなさったのです。
キリストが私達すべてのものに、神の家で喜んで時を送らなければ
ならないということを、お教えになることも、神父の御旨であったのです。

青年 
ですが、ヨゼフとマリアがイエスのいらっしゃらないことを何とも思われずに遠くまで
お出になりましたことは、わけがわかりませんが?

神父
エルザレムの町は、当時の殆どすべての町はそうだったのですが、城壁を
取りめぐらしていまして、それぞれの門から地方へ行く道路が通じていました。
そして、普通男女は別々の団体になって行くならわしでした。ヨゼフは男の方に、
マリアは女の方におられました。子供は両親のどちらとも一緒にゆくことができました。
それで、ヨゼフは、きっとイエスはマリアと御 一緒におられるものと思われ、
マリアも、ヨゼフと一緒におられることと思われたのですが、最後に終日
お歩きになってから或る場所で落ちあわれました。そこでイエスがどちらの側にも
ついておられないことに気づかれまして、すぐ一緒にエルサレムに御引き返しになりました。

恐らく、こういう顔かたちの子供を見かけなかったかとお尋ねになりながら、家毎に
立ちとどまられ たことでしょう。御両親は「悲しみつつ」主をお探しになりましたが、
その甲斐もなく最後に神殿におかえりになりましたところ、イエスが非凡な知恵を以て、
旧約聖書などによく通暁していると思われている人達を教えていられました。
イエスが一つの目的の為にそこに残っていられましたのは神の聖旨でありますが、
御両親と御一緒にお帰りになりまして、両親に対する服従と尊敬の教訓を
お教えになりましたのも、神の聖旨であります。事実、聖書はイエスの家庭生活を、
「両親に順い事え給う」という言葉でまとめています。その後のイエスにつきましては、
何ともいわれていません ─ それはいつまで記されていませんか?

青年 
それは、私の記憶に間違いがなければ、ヨルダン河のほとりで聖ヨハネから
洗礼をおうけになられた時までです。その後で主は四十日聞荒野で断食の時を
送られました。キリストは御自身を非常に厳しくなさいましたが、それはもちろん
私達のためになさったのですね、
神父さん、主御自身としましてはそういう難行をなさいます必要は、全然ないのですから。

神父 
おっしゃる通りです。それからキリストはどういうことをなさいましたか?

青年 
三年間に及ぶ公生活をお始めになりました。

神父
その通りです。その期間中の主の御目的は、真の教師になって接し給う人々を
助け給うということよりも、御自らの神性をあらわしまして、世の終りまですべての
国の人々の教導と聖化のための道をお備えになる、というところにありました。
この事はあとでお話しましょう。イエスが御自らの神にましますことをお示し
になりました方法を何かあなたは知っていられますか?

青年 
知っています。ただそれが信じられれば良いのですが。

神父
これはびっくりしますね。あなたは前に、キリストは人の形をおとりになった
神の御子にましますことを確信する、とおっしゃったではないですか。

青年 
そうです、神父さん。また、私は今それを疑おうとしているのではありません。

神父 
要するにあなたは疑っていられます。主が水を葡萄酒にお変えになったり、
パンをふやしたり、盲や足なえ、つんぼ、唖をお癒しになつたり、死人を
蘇らしたりなどのようなことをなさいましたことを、信じてよいのかどうか
あなたにわからないからです。

青年 
キリストが神にましますなら、宇宙をお創りになることができましたように、
そういうこともおできになられたでしょう。ですが、私は奇跡というような
ものはない、ということをよく聞いています。

神父 
それではあなたは、キリストが事実御自ら奇跡を行い給うた事を信じたくないのですね。
キリストの神性と奇跡の証明のことは、次の講義までそのままにしておきましょう。
ただ今のところは、聖書は真実の歴史を述べているとしておきます。
キリストの死について聖書はどういっていますか?

青年 
御自ら死につき給い、精神上の苦しみの為に血の汗をお流しになり、鞭打たれ、
茨の冠を頭にかぶせられ、嘲弄され、罵られ、十字架を負うてカルワリオ山に赴き、
十字架に釘づけられ、盗人の間にかけられ、三時間のひどい御苦しみの後に
死に給うたとあります。

神父 
御死去の後はどうですか?

青年 
再び蘇って四十日の間この世においでになり、それから天にお昇りになりました。


神父
御死去の時、御霊魂はどこへおいでになりましたか?

青年 
使徒信経には、古聖所へお降りになったとありますが、理解できません。

神父 
ええ、それには少し説明がいります。天国はキリストの御死去の時まで、
すペての人に閉ざされていました。主の御来臨前に聖なる一生を送り、
来り給う救い主を信じ、己を主に奉献した人々は滅びない、ということを、
あなたは前に勉強されましたね。その人達の霊魂は天国にも地獄にも行かない
のですから、善人の行く場所が別になければなりません。そこではその人達は
幸福ではあるのですが、神を見奉るという超自然の天国を楽しむことはできませんでした。
彼等のことを聖ペトロは「牢獄の霊魂」といいました。この人達に、今や彼等は救われた、
天国は用意されている、という幸福なしらせをお伝えになりますために、キリストは
そこへお降りになったのです。使徒信経はこの場所のことを、「古聖所」という
言葉で表しています。

青年 
最後にお尋ねしたいことがあるのですが、使徒信経に、キリストは
「全能の父なる神の右に座し」とあるのは、どういうことですか?

神父 
その言葉は、天におきまして、キリストは神として全能の父なる神と御力を
等しくし給い、人としましては、すべての聖人にこえて御父の力と光栄に与り給う、
という信仰を表しています。このことはこの世に住んでいた
一切の人を主が御裁きになります最後の日に、すべての人にとくにはっきりします。

(目次5 キリストが真の神である証拠 につづく)
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