光のみちしるべ ~愛だけが現実~

私たちは皆、神様の子供。
内なる神の分光を輝かせましょう。
5次元の光のピラミッドがあなたを待っています。

しとりん出産日記(4/30) 不思議

2011年04月30日 21時39分46秒 | スピリチャル

 

しとりんの分娩時における出血量は、

東京女子医科大学病院MFICU(母体胎児集中治療室)でも極めて稀だそうです。

なのに、2000㏄以上もの出血はどこからだったのか、今でもわからないのです。

 

今日、分娩のときのベテラン助産師さんは、

「あの出血は何だったんだろう?」と首を傾げていました。

もっと首を傾げているのは、3人の美人主治医さんたちです。

「出血痕がないんですよ!」と、とても首をひねっています。

 

わたしは、ひーちゃんを守っていたエネルギーが、

お役目を果たして、出血という形で物質化したのではと思っています。

 

不思議な力に守られた出産。

奇跡はまだ続いています。

 

 

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しとりん出産日記(4/30)生後5日(32週5日)

2011年04月30日 21時01分06秒 | スピリチャル

 

どんどん快復していく しとりんは、明日退院です。

みちがえるほど元気になっています。

産後は個室でゆったり過ごしています。

  

2人で久々に甘いものを食べました。

 

 

そして、ひかりは すやすやと眠っていました。

お母さんの母乳を飲んだあとです。

お母さんの人差し指を握りつつお眠りです。

どんな夢を見ているのかな?

 

うん?この手は?(と、ひかりは考えてます)

 

お父さんの手でした。

(ひかりのチャクラはスゴイ!)

 

お父さんとお母さんの手に囲まれて。

 

大きくなれよ。

 

タオルから足がのぞいていました。

 

明日、お母さん(しとりん)は退院です。

長い道のりでしたが、出産が終わった今、

振り返れば、あっという間でした。

 

 

ひかりはNICU(新生児集中治療室)にいるとはいえ、

とてもとても元気です。

でも、まだしとりんと一緒に退院はできません。

これから母乳を届ける日々になります。

明日からの新しい流れに心ときめかせつつ、

しとりん出産日記は明日で最終回とします。

 

皆様のお祈りに心から感謝します。

ありがとうございました。

ありがとうございました。

ありがとうございました。

 

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しとりん出産日記(4/28) 退院日決定

2011年04月29日 11時05分11秒 | スピリチャル

 

めきめきと体力を快復しているしとりんです。

あんなに残していた食事も全部たいらげています。

「ひーちゃんのためだもの!」

と母は強しです。

 

 

NICUの面会時間になると、さっそく ひかり に会いに行きます。

看護師さんが、「車椅子で行きますか?」と聞くと、

「自分で歩いて行きます!」と気丈に自力歩行しています。

みるみるうちにADL(日常生活動作)が急上昇しています。

この精神力はどこから来るのでしょうか?

やっぱり母は強しです。

 

すでに搾乳も始まり、どんどん母乳が出始めています。

「どんなもんだい!」

とちょっと誇らしげのしとりんです。

 

退院日が5月1日と決まりました。

長かった入院生活もあと3日で終わりです。

母は強いなあ。

 

 

皆様のお祈りに心から感謝します。

 

 

        4月29日(金)昼 祝い膳

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しとりん出産日記(4/28) 名前発表!

2011年04月29日 06時44分46秒 | スピリチャル

 

みなさん、はじめまして!

わたしのなまえは  ひかり です。

おとうさん と おかあさん が つけてくれました。

おなかにいるときから ひーちゃん と よばれていました。

 

おとうさんは わたしが  ひかりのくに  から きたとおもっているから

ひかり とつけたんだって。

おかあさんも そうおもったんだって。

 

わたしが いま いるところは、NICU というところです。

わたしのように ちょっとはやく うまれちゃったあかちゃんのいるところです。

かんごしさん や じょさんしさん、おいしゃさんたちが いっぱいいます。

おともだちも いっぱいいるよ。

カプセルのような ほいくき のなかで すごしているよ。

 

いろいろおせわしてくれるんだけど、

やっぱり おかあさん と おとうさんが きてくれるときが うれしいな!

 

 

きのう おかあさんは びょうしつからあるいてきたよ。

わたしとあうために がんばってあるいたんだって!

うれしいなあ。

 

おっぱい がたくさんでるようになったって!

おかあさんの おっぱい が いちばんおいしいね!

たくさんのんでおおきくなるからね。

 

 

おとうさんは まだおっかなびっくりさわってくれるけど、

 

 

おかあさんは とてもやさしく なでてくれるよ。

 

わたしのなまえは ひかり 。

みんな おぼえてくれるかなあ?

ひーちゃんと よんでくれてもいいよ。

 

ということで、かんたんな じこしょうかいは これでおわり。

みなさん、よろしくね。

 

 

 

※NICU(新生児集中治療室)

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しとりん出産日記(4/27) 初対面

2011年04月28日 02時00分31秒 | スピリチャル

 

「ドキュメント 破水から出産まで」 を書いているうちに3日が過ぎてしまいました。

この間、しとりんはどんどん快復へ向かっていきました。

 

最初、ICUでたくさんの管につながれた姿を見たときは、

とにかく可哀想で仕方ありませんでした。

痛みと苦しみに顔面をゆがめて、

とにかく一秒でも早く楽にしてあげたいと思いました。

そして、ひーちゃんを産んだ母親なのに、

一度も対面できないことがとても申し訳なく感じました。

 

でも驚異的な速さで快復していきました。

1つずつ身体につながっていた管が抜けていきました。

そして26日の午後、私と一緒にひーちゃんのいるNICUに行ける許可が出ました。

 

車椅子にしとりんを乗せて、NICUの部屋に入りました。

看護師さんが次々と「おめでとうございます!」と、

しとりんに祝福のことばをかけてくださいました。

そして、その日の担当看護師さんが、ひーちゃんの状況を説明してくださいました。

 

しとりんは保育器の小窓から直接ひーちゃんにふれることがゆるされて、

大粒の涙を流して喜んでいました。

そして、何度も「ひーちゃん、産まれてきてくれてありがとう!」と語りかけていました。

 

ひーちゃんと会えて、感無量のしとりん。

 

やさしく頭を撫でてあげています。

 

ひーちゃんもしんみり嬉しそうです。

 

 

次回、ひーちゃんの名前を発表します。

 

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しとりん出産日記(4/24) ドキュメント 破水から出産まで(終)

2011年04月27日 10時43分35秒 | スピリチャル

 

午前1時をまわった頃、私はようやく病院を出ました。

どうやって自宅まで帰ろうかと思いあぐねていました。

とぼとぼと歩き始めて東新宿駅(副都心線、大江戸線)まで来ると、

もう足がパンパンになり歩くのが限界に来ていました。

 

(どこかで休まなくては‥)

 

上を見上げると、ちょうどそこにビジネスホテルがありました。

私はそこで一泊しました。

 

部屋に入りベッドに腰をおろすと、今までのことが思い出されました。

そして、助産師さんから手渡されたしとりんの寝巻きを取り出しました。

するとその寝巻きは真っ赤に染まっていました。

いかにしとりんの出血が凄まじかったのかを、あらためて思い知らされました。

出血は手術室で2,000cc、その前の分娩室で700ccぐらいあったということですから、

本当にあぶなかったのだと思います。

 

私はバスルームでその寝巻きの血をお湯で洗い流しました。

何度も何度も洗い流しました。

何度も何度も‥。

 

そして泣きました。

感謝の涙。

安堵の涙。

苦しかったことの涙。

どんな涙だったのか、自分でもよくわかりませんでしたけど、

母となったしとりんと生まれて来たひーちゃんに思いを馳せながら、

ありがとうの言葉を何度も言いました。

 

ありがとう‥

ありがとう‥

ありがとう‥

 

 

 

皆様のお祈りに支えられ、無事ここまで来ることが出来ました。

心から感謝申し上げます。

しとりんはひーちゃんを出産しました。

見事にやり遂げました。

本当にありがとうございました。

ありがとうございました。

ありがとうございました。

 

 

<ドキュメント 破水から出産まで> をこれで終わります。

 

 

 

 

 

(保育器の中ですやすやと眠るひーちゃん)

 

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しとりん出産日記(4/25) ドキュメント 破水から出産まで(4)

2011年04月27日 08時20分59秒 | スピリチャル

 

心配を手放すということは容易なことではありませんでした。

ひーちゃんと会ったことで心配の半分は解消されました。

けれども、しとりんと会うまではそれがなかなか出来ませんでした。

薄暗いデイルームの中で私は待ち続けました。

 

そして、午後11時40分頃、ついに手術室から呼ばれました。

急いで2階に降りると、しとりんは手術室から隣りのICUにおりました。

執刀してくださった医師が待っていてくださいました。

 

「何とか出血は止まり、子宮の全摘出をしなくて済みました。

麻酔から覚める頃ですので、こちらへどうぞ」

ICUのベッドの中にしとりんはいました。

「もう意識が戻っていますから、どうぞ声をかけてあげてください」

そう言われて、

「俺だぞ、しとりん。よく頑張ったなあ。ひーちゃんはとても元気だよ。

大変だったけど、本当に産んでくれてありがとう」

「そう、良かった‥、良かった‥」

としとりんは目を閉じたまま何度もうなずいていました。

 

「経過はいいので、明日の午前中には3回のMFICUに戻れると思います。

 しばらくそばにいてあげてください」

そう言うと、執刀医の先生はICUを出て行かれました。

看護師さんが椅子を持って来てくれたので、

ベッドサイドに座ってしとりんの左手をそっと握りました。

「ひーちゃん、良かった‥。ひーちゃん、良かった‥」

と何度もうなずきながら話していました。

「良かった。良かった。お前もひーちゃんも無事で‥」

「すーさん、心配かけてごめんね」

「いいんだよ。もう大丈夫だから。お前は一生懸命に頑張ったんだから。ありがとう」

 

24時を過ぎても、私は30分ほどICUにいました。

最後の最後まで波乱万丈の出産だったけど、

しとりんもひーちゃんも二人の命が守られて感謝しました。

夜の病院は眠ることなく、ずっと天使さんたちが働いておりました。

 

 (東京女子医大病院 中央病棟)

 

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しとりん出産日記(4/26) ドキュメント 破水から出産まで(3)

2011年04月27日 02時51分26秒 | スピリチャル

 

胸ポケットから『生命の贈り物』を取り出して読み始めたものの、

順番通りには読めずあちこちを飛ばし読みしました。

動揺している自分に気がつき、

数回無限呼吸をした後、5次元のピラミッドに入りました。

 

どんな状況にあっても超然としていることは難しいものです。

心の中に平安を保つことは簡単なことではありません。

5次元のピラミッドの中に1人の若い女性が現れました。

どの時代の方なのか分かりません。

長い髪の毛の女性は、まったく揺るぐことなく立っていました。

 

そして、私はしとりんへのヒーリングを開始しました。

5次元のピラミッドの中で必死にヒーリングを試みました。

天使さんたちにも力を合わしてくださるようにお願いしました。

 

そのとき、「しとりんのご主人さん、こちらへ!」

とベテラン助産師さんより呼ばれました。

急いでMFICUに行くと、

「赤ちゃんについて、NICUの医師より説明があります」

と私をNICUの中に案内してくれました。

初めて保育器が並んでいる部屋に入りました。

その中の1つにひーちゃんがおりました。

 

ひーちゃんはうつ伏せになってすやすやと眠っていました。

すでに点滴が入っており、バイタル測定の線につながれていました。

でも痛々しいほどではなく、肌色はとても良く、

素人目でも元気なのがわかりました。

 

男性の小児科医師が私の到着を待ち、

「これから赤ちゃんの説明をいたします」

と、ひーちゃんの状況を説明し始めました。

本来ならばしとりんと一緒に聴かなければなりませんが、

生きるか死ぬかの瀬戸際にいます。

私一人で説明を受けることになりました。

 

でも医師の細かい説明の言葉は頭の中に入りません。

右から左へと言葉が抜けて行きます。

(要するにひーちゃんは元気なんだろう?大丈夫なんだろう?)

と心の中で言い続けていました。

 

要約すれば、およそ37週になるまで、

体重で言えば2,500gを超えるまでは退院は出来ないということ、

でも自発呼吸をしており、とても元気であることでした。

次に看護師さんから入院手続きや面会の仕方などの細かい説明がありました。

ゆっくり話してくれましたが、半分ほどしか頭の中に入らず、

しとりんのことが心配でなりませんでした。

 

それでも目の前のひーちゃんはとても可愛く、愛しい気持ちでいっぱいでした。

「さわっても大丈夫ですよ」

と看護師さんが保育器前面にある小さな扉を開いてくださいました。

私はそこから手を入れてひーちゃんの頭を撫でました。

 

「よく頑張ったなあ。突然外に出されてびっくりしただろう。でももう大丈夫だからね」

 

涙が込み上げそうになりましたが必死に堪えました。

そして、頭や背中、足などを撫で続けました。

もう言葉になりませんでした。

 

 

時間が来て、再び私はエレベーターホール前の椅子に戻りました。

もっとひーちゃんのそばにいたいけど、

今はしとりんの命がどうなるのか心配でなりませんでした。

 

 

つづく

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しとりん出産日記(4/25) ドキュメント 破水から出産まで(2)

2011年04月26日 08時22分02秒 | スピリチャル

 

しとりんをエレベーターホールで見送ったあと、

助産師さんの指示でベッド周りの荷物を整理しました。

帝王切開が終わったあと、しとりんのベッドが移動するからでした。

そして、面会時間がすでに過ぎていましたので、

MFICUを出てデイルームの椅子に座って待ちました。

 

意識をオペ室のほうに向けると、4人の白い存在の方々がおりました。

しとりん専属の4人の天使さんたちのようでもあり、

白色同胞団(ホワイト・ブラザーフッド)の方々のようにも感じました。

大きな白い翼を持った方が中心に立っていました。

そして、しとりんのお腹に天から一筋の光が、スポットライトのように降りていました。

 

「しとりんのご主人さん、こちらに!今、赤ちゃんが来ますよ!」

助産師さんから呼ばれるとMFICUの中で待ちました。

9時前にしとりんより早く、保育器に入ったひーちゃんと会いました。

 

「おめでとうございます。赤ちゃんは元気ですよ。女の子で、1,651gです」

と男性の小児科の医師が祝福の言葉をかけてくださいました。

ひーちゃんは突然お腹から出されて、

ちょっと戸惑っているような感じでした。

周囲を見渡すように目を少し開き、頭を動かしていました。

それはお母さんを探しているような動きにも見えました。

 

(ひーちゃん、突然でびっくりしたね。でももう安全だからね。

生まれてきてくれて、ありがとう。頑張ったね)

 

「しとりんはどうでしょうか?」と尋ねると、

「私たちは赤ちゃんの担当ですから、ちょっと分かりません」

そう言うと、ひーちゃんはNICUの中に入って行きました。

NICUのドアが閉まるまでひーちゃんを見つめ続けました。

 

(しとりんは大丈夫なのだろうか?)

ひーちゃんが無事に産まれた安堵感と同時に、

しとりんの状況が心配でした。

 

「もうじき、しとりんさんが戻って来ますから、エレベーターのところでお待ちください」

と助産師さんが教えてくださいました。

いつの間にか白衣のユニホームから緑色のユニホームに変わっていました。

ベテラン助産師さんも手術室に入っていたのでした。

 

しかし、なかなかしとりんは現れませんでした。

私は再びデイルームの椅子に座りしとりんを待ち続けました。

9時半頃、さきほどの助産師さんから、

「先生から説明がありますので、2階の手術室まで来てください、とのことです」

急いで2階に降りて手術室わきの小さな部屋に案内されました。

 

すぐに執刀医(宿直医)の先生ら3人が入って来られ、説明が始まりました。

「じつは出血が止まらないのです。

もちろん輸血をしていますが、このままですと母体が大変危険です。

閉じたお腹(子宮)を再び開腹して止血の処置をします。

しかし、それでも出血が止まらない場合は、母体保護を最優先するため

子宮を全摘出させていただきたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

 

私はその場で即答せねばなりませんでした。

 

(大丈夫!)

 

私の中で誰かの声が聴こえました。

 

「そのときはやむを得ません。よろしくお願いします」

と頭を下げました。

 

私の言葉に「分かりました。全力を尽くします」と言うと、

すぐに医師たちは部屋を出て行かれました。

 

再び、3階のデイルームに戻った私は、

胸ポケットから「生命の贈り物」を出して読み始めました。

 

 

MFICU(母体・胎児集中治療室)  NICU(新生児集中治療室)

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しとりん出産日記(4/25) ドキュメント 破水から出産まで(1)

2011年04月25日 22時17分24秒 | スピリチャル

 

4月24日(日)午後3時、私が持参したパンなどを食べました。

デイルームで食パンとクルミパンを焼いて来て、

豆乳マーガリンを塗って食べました。

そして、ベッドに横になると、(!)と違和感を訴えました。

すぐトイレに行って助産師さんにも見てもらった後、当直医が呼ばれました。

しとりんは分娩室で診察を受けました。

そして、次に「ご主人さん、来てください」と私が呼ばれました。

 

「破水です」

と単刀直入にドクターは説明してくださいました。

「すぐに出産に至るか、数日持つか分かりませんが、

陣痛が始まってくると思われますので、このまま分娩室で様子を見ます」

ということでした。

もう1つの分娩室ではすでに出産が始まっていて、

ドクターも助産師さんも慌ただしく動かれていました。

陣痛のモニターでは間隔が少しずつ長くなっていて、

すぐ出産が始まる様子はありませんでした。

午後6時になって、「落ち着いている今の内に食事をしましょう」と、

助産師さんが夕食を持って来てくださいました。

私もすぐに差し入れで持って来た味噌汁と焼きそばとサラダ、果物を用意しました。

 

夕食中に、もう1つの分娩室から「オギャー、オギャー」と赤ちゃんの産声が聴こえてきました。

新人助産師さんがベテラン助産師さんより檄を飛ばされながら、

一生懸命に処置している様子が伝わってきました。

そして、ベテラン助産師さんがこちらに来てくださいました。

しとりんは分娩台で再び横になってリラックスするように言われました。

それから数分後しとりんの顔色が変わって、「たくさん、流れ出している」と訴えました。

ナースコールでベテラン助産師さんが来てくれて、すぐ確認してくれました。

すると助産師さんの顔色が変わりました。

羊水が流れ出していると思ったら、大量の出血だったのです。

新人スタッフに「すぐに当直の先生を呼んで!」と指示していました。

 

私はすぐ分娩室の外に出され、当直医の先生たちが慌ただしく駆けつけて来ました。

数分後、「ご主人来てください!」と大きな声で呼ばれました。

 

「原因不明なのですが、大量の出血が続いています。

これから緊急の帝王切開をいたします」

そう説明するとすぐにオペ室に電話したりいろいろ指示を出していました。

しとりんはストレッチャーに移され、

すごい勢いであちこちの壁にぶつかりながらMF・ICUを出ていきました。

一刻の猶予もないという様子に事の重大さを感じた私でした。

エレベーターに乗り、下の階(2階)に移動していくしとりんは不安そうでした。

扉が閉まる瞬間に目と目が合い、2人だけの無言の会話をしました。

エレベーターホールで見送った私は、ただ立ち尽くす術しかありませんでした。

 

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しとりん出産日記(4/24) 赤ちゃん誕生!

2011年04月25日 10時44分48秒 | スピリチャル
その日は突然やって来ました。
昨夜(4/24)、20:32に赤ちゃんが誕生しました!(31週6日)
 
昨日、午時4時頃に破水し、すぐ分娩室に入りました。
最初は自然分娩の方向で進めていましたが、
午後8時に大量の出血があり、
即、緊急帝王切開となりました。
 
そして午後8時32分、赤ちゃんが誕生しました!
体重1,651gの女の子です!
とても元気で、産声もあげたそうです。
そのままNICU(新生児集中治療室)に入りました。
 
しかし、しとりんの出血は止まらず、
一時母体がかなり危険な状態になりました。
懸命なドクターの治療で何とか出血は止まり、
大事に至らずに済みました。
(出血は2000cc以上あったとのこと)
 
しとりんとICUで会えたのは深夜の12時頃でした。
全身麻酔から覚め始めて、意識が戻っていました。
赤ちゃんのことを話すと、「よかった。よかった」と、とても安心して喜んでいました。
 
東京女子医大病院に搬送されてから半月以上持ちこたえましたので、
赤ちゃんは元気に育ってくれました。
小児科の先生も「問題なく元気です!」と報告してくれました。
 
取り急ぎ、ご報告申し上げます。
皆様にはお祈りいただきましたて心から感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。
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しとりん出産日記(4/23)31週5日 しとりん直伝味噌汁

2011年04月24日 08時05分15秒 | スピリチャル

 

ベジリタリアンのしとりんにとって、病院の食事は鬼門のようなところがあります。

一般にベジリタリアンといっても様々な人たちがいます。

肉・魚は食べないけど乳製品は食べる人たち。

乳製品もすべて食べない人たち。

畑で作る野菜等は牛糞などの堆肥は使わず、

落ち葉などの堆肥を使い、かつ無農薬のものを食べる人たち。

毛皮や革製品も使わない厳格な人たち。

いろんな考え方があり、宗教的な背景もあります。

 

しとりんの場合はただ自然と肉・魚を受け付けなくなりました。

野菜、茸、海藻、穀類、果物中心の食事になりました。

少しずつ道元さんの精進料理に近づいていきました。

命を大切に食するという考え方です。

現代ではNEW精進という言葉でいろいろなお店が登場してきています。

 

とはいえ、病院でベジリタリアンというとメニューが大変寂しくなります。

これは一般的にベジタリアンについての栄養学と料理が、

まだまだ発展途上にあり確立されていない分野であると云えます。

かねてから、しとりんが入院したら食事に困るだろうなあと思っていましたから、

それが現実になったという感じです。

しかも妊娠中ですから赤ちゃんのことも考えての献立を、

栄養士さんが考えるというのは至難の業と云えそうです。

そういう文献がほとんどないのです。

日本ベジタリアン協会でもそこまでの資料はありません。

 

そこで食事の差し入れとなるわけですが、

料理の苦手な私にとってしとりんに教えてもらったレシピを思い出しながら、

煮物やカレー、サラダ、味噌汁などを作って持って行きます。

パンはパン屋さんで買って行きます。

でもレパートリーが少ないので単調になりがちです。

野菜作りの勉強以上に料理ももっと勉強しなくっちゃあと思います。

肉・魚を使わないベジタリアンの食事は素材を活かした料理が求められます。

いわゆる誤魔化しがきかないのです。

 

病院では何故か味噌汁が出ません。

多分、鰹節の味噌汁でしょうから、それを出せないのです。

それで澄し汁のようなものなります。

先日、私が作った味噌汁を持って行ったら、

「美味しい!」と言って食べてくれました。

しとりん直伝の味噌汁です。(もちろん昆布だしです)

 

さて、食事の話はこれくらいにして、

切迫早産の危機と隣り合わせの入院生活ながら、

歩く練習を始めているしとりんを見るのは不思議な感じです。

基本的に安静なのですが、出産に向けて体力を回復させなくてはいけません。

もしも転院直後に出産していたら、3日間は起きられなかった、と言われました。

お母さんとなってすぐに赤ちゃんのお世話が始まります。

母乳を与える仕事も始まります。

ひーちゃんがNICUに入ったら、

お母さんは退院してもひーちゃんは退院できないので、

毎日母乳を与えに通わなくてはなりません。

その体力も回復させなくてはなりません。

 

あと1日で32週となります。

出来れば35週まで持ってくれたらなあと思います。

でもそれは親のエゴでもあります。

1日1日を感謝しつつ天にゆだねていきたいと思います。

皆様のお祈りに心から感謝します。

 

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ひーちゃんの詩  by しとりん

2011年04月23日 22時06分59秒 | スピリチャル

毎日が奇跡の連続

こうしてお腹でひーちゃんが成長している

ひーちゃんが力強くお腹の中で動いて
元気なことを教えてくれる

ひーちゃんはお母さんのお腹の下のほうにいて
今すぐにでも
元気よく飛び出してきそうです

お母さんのお腹はどんどん大きくなってきました

ひーちゃんが成長してくれているからなんだよね

一日一日を積み重ね
その一日一日が奇跡なんだと感じます

夜中に目覚め
お母さんは必ず祈り
呼吸を整えます

そして時計を見ます

その時 日付がかわっていると
ホッとします
これでまた
新しい一日が始まったなって思って
再び眠ります

ひーちゃんと過ごす毎日は奇跡

病院の誰もが
不可能だと思っていた日々を
ひーちゃんとお母さんは共に生きています

お父さんはいつも
ひーちゃんとお母さんをあたたかく包み
愛してくれています

お父さんの愛は大きいね

ひーちゃんと奇跡を生きているお父さんとお母さんは
幸せだね

お母さんの身体はいつまでひーちゃんを育てていけるかわからないけど

一日一日を大切に
過ごしていこうね

ひーちゃん
愛しています

 

by しとりん

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しとりん出産日記(4/22)31週4日

2011年04月23日 09時39分39秒 | スピリチャル

 

しとりんのお腹はどんどん大きくなっています。

東京女子医大病院に来てから2週間が過ぎ、

また一段と大きくなっています。

(写真は4/20のしとりんのお腹です)

 

安静状態が続く中でも、

室内のみでの歩行も許可されています。

出産に向けて体力を回復するというのが、1番の目的です。

 

 

食事は病院食だけでは十分でないので、

私も頑張って差し入れしています。

(写真は4/20の夕食。この日はスイカも持っていきました)

 

昨日は朝食で残していた食パンを、

デイルームのレンジでトーストしてきたら、

美味しいと言って食べていました。

豆乳マーガリンをぬりました。

目標の32週まであと2日です。

皆様のお祈りに心から感謝します。

 

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帰り道

2011年04月22日 22時43分09秒 | スピリチャル

 

しとりんの面会を終えての帰り道。

東新宿まで歩きます。

途中で抜弁天神社に立ち寄りお参りします。

 

 

しとりんのことはさりながら、

地球のアセンションのため、

生きとし生けるものため、

人類のために祈ります。

 

何事もなかったかのように、

車が行き交い、人が通り過ぎ、

夜の闇に消えていきました。

 

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