giornale di musica

「吾沙鷺百式」主宰 ギター弾きのまつもとあきら

「福島」という言葉を思う。

2011-12-09 | 東北及び災害関連。

12/7は扇町のカーヴにて、
ナイロン弦を愛用している私と荻野やすよしの両名による
完全アンプラグドナイロン弦ギターデュオ、ライブでございました。

お店の空間条件的に、今回完全生音でいきたい、という意向で。

ナイロン弦を長年弾いてる私ですが、完全生音でのライブは初めてでした。
普段私はナイロン弦でも生音にこだわらず、プリアンプとエフェクトで音作りしてるのですが、
実際やってみて、またその録音を聴いて、
この音空間はかなり素敵だなと再確認しましたね。

この日は私としてはかなり久しぶりにがっつりジャズ中心だったのですが、
一曲だけ荻野くんのオリジナルをやりまして。

それが彼のメインプロジェクト「音人旅」用の曲で、
「Happiness Island」っていうタイトル。
彼がいわき市にいらっしゃる知人と連絡をとりあうなかで、
福島県をイメージした曲を作ろうっていうことで書いた曲、だそうです。

なかなか聞けない音世界を味わっていただけましたでしょうか。
ご来場いただいたみなさん、ありがとうございました。


ここからは独り言。

私は電車旅行が好きなので、
子供のころから時刻表愛読したりして、
国内の路線はかなり頭に入ってたし
小学校高学年の段階で日本の47都道府県を
地図上でほぼ把握してたりして、
県庁所在地もほぼ把握してたりして、

そんなことで、まだ見ぬ土地の
地名だけでイメージを膨らませたりってことが
ずっとくせになってるとこがあるんですね。

大人になってから、
地名のイメージだけ持ってて実際まだ知らない町
というより駅っていう方が正確かな、
という所を少しずつ
実際に行ってみたりしてるわけなんですけど。

さて、

「福島」というのは当然ですが土地の名前です。
土地の名前というのは人の名前と同様、
つけた人の住む土地に対する思いが反映されているケースが多いと思います。(これに限らずいろいろなケースがあると思いますが)

少なくとも、「福島」という名前には、
具体的な経緯はわかりませんが、
その土地に対する敬意や愛情、願いが込められていることは想像に難くないと思います。

福島県の方々は「うつくしま、福島」と言います。
私はこれまで、福島県には喜多方しか行ったことがなかったので、
中通り、浜通り地方は震災後に初めて行きました。
放射能汚染は目には見えませんから、
原発事故がなかったらまさに「うつくしま」「福島」という表現にたがわない、
自然が豊かでのどかな空気、山も海も美しい、
一方で街中はきれいに整ってて、街中と自然のバランスもいい。
素敵な県だなあと思いました。

今は浜通りのかなりの部分が立ち入りできない状態で。
そのエリアも4月に私一回行きましたけど、

震災前に、電車旅行とかツーリングとかで
ゆっくり回りたかったなーと
切に思いました。今でもずっと。


最近ね、
ネット上で福島って言葉が、
放射能汚染されたもの、を表すために使われる傾向が増えてきてて。

福島県の事情についてちゃんと使われているケースももちろんふつうにありますが、
どうも他府県の人が、食物や土壌の話をするときに、
やたら安易に福島産って言葉を使うケースが目についてます。
農作物が汚染されたのは福島県だけではありません。
東日本のいろいろな地点で高線量が確認され、農作物からの放射性物質検出が確認されています。
もうひとついうと、福島県においても他県よりずっと汚染度が低いエリアも多いです。
会津地方など東通りは、線量も農作物もまったく日常的に気にしなくていいレベルであると考えられます。

それなのに、なんか
福島産だけがあぶない、福島産だけ避けます、とか、
そういう使われ方をしているケースが多いです。


食べ物について、これは私もいろいろ発信したこともありますが、
放射能汚染は現実的にもたらされたことであり、
また文科省や県政の愚策により、必要以上に警戒せざるを得ないのが現状。
汚染された農作物を警戒すること自体は仕方ないことです。

ただ、これについては
福島の人たちの不手際、責任ではないことですよね。


何が言いたいかっていうと、
福島って言葉が、
「放射能汚染されたもの」っていう意味の名詞、
として多くの人が認識するようになったら、
残念だなあ、と思うんです。


福島、ってすてきな名前じゃないですか。

私は地元大阪が大好きですけど、
「大阪」と「福島」ってどっちが響きいいかっていわれたら

大阪っていうと、ブラマヨがM-1でネタにしてた、
ボーリングの球がスーパーのビニール袋破って
上町台地の坂転がってなんばまで行ってまうぞって
そんなイメージばっか出てきちゃう感じで、
福島、のんが詩的で美しいな、って感じちゃう。


あと、それこそ大阪には
「福島区」があって、「茨木市」があって、
だから、なんとなーく子供のころから、
「福島」と「茨城」には妙な親近感を感じてたのね。
震災前は行ったこともなかったのにね。


って考えててもひとつ思い出したのが、
高校生の時、堺に住んでたんですけど、
O-157の食中毒、が堺でニュースになったのね。

んで、私高校の頃けっこう市外府外でバイトしたりしてて、

あるとき、府外で「O-157の堺の人」って言われ方をしたことがあって、

たぶんそんなの相手はふつうに冗談言っただけのつもりやったと思うけど、
なんかね、神経震えるくらい悲しさと憤りを覚えたのね。

そんなことを考えてみて、

福島県の方がツイッターやらいろんなとこで、
県外の人が福島産ってひとくくりにして
放射能汚染の話とかしてるの見て、

どう感じるんやろな、って思っちゃったんですね。


福島の土地を「福島」と名づけるっていうのは
日本人の、日本語の、真髄じゃないか、なんて
これは大げさかなあ。


 


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