東京新聞 【社説】 TOKYO Web
<北欧に見る「働く」とは>(3)意欲支える社会保障 2018年6月27日
スウェーデンモデルは、転職をためらわない働き方といえる。
なぜ可能なのか。
イルヴァ・ヨハンソン労働市場担当相は、理由を二つ挙げる。
「スウェーデンの労働者は職能が高く研究開発も熱心だ。人件費が高いので一時、外国に移っていた企業が戻ってきている」
企業は質の高い労働力を得られる。だからイノベーション(業務刷新)に積極的になれる。
もうひとつは「保育や教育が無料で失業給付など国民はあらゆるセーフティーネットがあることが分かっている。失業を恐れない環境がある」。
職業訓練と合わせて手厚い社会保障制度が国民の不安を取り除いている。給付が高齢者に偏る日本と違い、現役世代がしっかり支えられている。それが働く意欲を後押ししている。
課題の人工知能(AI)やITの進展による職業訓練の高度化が急務だと政府も認める。既に学校教育では新技術を学び始め、職業訓練の刷新も検討中だという。
労組も動く。
新技術を利用して個人で事業をする人が増えている。事務職系産別労組ユニオネンは三年前、個人事業者の加盟を認めた。今、一万人いる。マルティン・リンデル委員長は「賃金上げや職場環境の整備は国民全体の問題だ」と話す。このモデルを色あせない存在にする努力は絶え間ないようだ。
日本ではどうだろうか。
労働市場は終身雇用、年功序列賃金、企業内労組の三つが特徴だ。高度成長期には企業内で雇用をつなぎとめることに役立った。
だが、低成長時代の今、企業は業務縮小や新業務への挑戦が必要だ。「定年まで勤め上げる」発想だけでは乗り切れないかもしれない。
一人当たりの国民総所得はスウェーデン五万四千六百三十ドル、日本の一・四倍になる。
働き続けることへの不安を解消するもうひとつの視点は社会保障改革である。 (鈴木 穣)
沖縄と米朝会談 負担軽減につなげたい 2018年6月26日
東アジアの情勢変化にもかかわらず、なぜ二十年以上前の新基地建設計画に固執するのか。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への「県内移設」は強行せず、計画を見直すべきだ。
太平洋戦争末期、住民を巻き込んだ凄惨(せいさん)な地上戦の舞台となり、当時、県民の四人に一人が犠牲になった沖縄県。旧日本軍の組織的な戦闘が終結したとされる「慰霊の日」の二十三日、沖縄全戦没者追悼式が沖縄県糸満市で開かれた。
翁長雄志県知事は平和宣言で、普天間飛行場の辺野古移設について「まったく容認できない。『辺野古に新基地を造らせない』という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはない」と強調した。
翁長氏の平和宣言での辺野古移設反対表明は二〇一四年十二月の就任以来四年連続だが、今年、特筆すべきは今月十二日の米朝首脳会談に言及したことだろう。
翁長氏は「米朝首脳会談で朝鮮半島の非核化への取り組みや平和体制の構築について共同声明が発表されるなど緊張緩和に向けた動きがはじまっている」と指摘し、「辺野古新基地建設は、沖縄の基地負担軽減に逆行するばかりか、アジアの緊張緩和の流れにも逆行する」と、辺野古移設を唯一の解決策とする政府を指弾した。
そもそも沖縄県には在日米軍専用施設の約70%が集中する。日米安全保障条約体制の負担を沖縄により重く負わせることで成り立ついびつな構造だ。住宅地などに隣接して危険な普天間飛行場の返還は急務としても、同じ県内に移設するのでは、県民にとっては抜本的な負担軽減にはならない。
さらに、東アジアの安全保障環境は大きく変化しつつある。安倍晋三首相が「国難」に挙げていた北朝鮮情勢は「安全保障上の極めて厳しい状況はかつてより緩和」(菅義偉官房長官)された。
冷戦終結間もない国際情勢下に策定された米軍の配置は見直されて当然だ。首相は「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」というのなら、なぜ米朝会談後の情勢変化を好機ととらえないのか。
政府は八月中旬に辺野古海域への土砂投入を始めるという。原状回復が難しい段階まで工事を進め既成事実化する狙いなのだろう。
しかし、県民の民意を無視して工事を強行すべきではない。政府は辺野古移設を唯一の解決策とする頑(かたく)なな態度を改め、代替案を模索すべきだ。それが県民の信頼を回復する「唯一の道」である。
<北欧に見る「働く」とは>(2)国際競争へ労使が一致 2018年6月26日
経営難で収益力が落ちた企業は救わず、失業者を訓練して成長している分野の職場に送り込む。その結果の経済成長率は二〇一六年で3・3%だ。1%台の日本は水をあけられている。
スウェーデン社会が、この政策を選んだ理由は何だろうか。
雇用を守る労働組合にまず聞いた。組合員約六十五万人が加盟する事務職系産別労組ユニオネンのマルティン・リンデル委員長は断言する。
「赤字企業を長続きさせるより、倒産させて失業した社員を積極的に再就職させる。成長分野に労働力を移す方が経済成長する」
経営者はどう考えているのか。日本の経団連にあたるスウェーデン産業連盟のペーテル・イェプソン副会長は明快だった。
「国際競争に勝つことを一番に考えるべきだ。そのためには(買ってくれる)外国企業にとって魅力ある企業でなければならない」
労使双方が同じ意見だ。
人口がやっと千万人を超えた小国である。生き残るには、国の競争力を高める質の高い労働力確保が欠かせない。働く側も将来性のある仕事に移る方が利益になる。政府も後押ししており政労使三者は一致している。
労働組合が経営側と歩調を合わせられるのは、七割という高い組織率を誇るからだ。企業との交渉力があり、政府へは必要な支援策の充実などを実現させてきた。労組のない企業が多く組織率が二割を切る日本ではこうした対応は難しいだろう。
働き続けられることを守るこの考え方は、一九五〇年代にエコノミストが提唱し社会は次第に受け入れていった。政策の変更には時間がかかる。だから早い段階から変化を理解し備えようとする意識がある。
しかし、新たな課題も押し寄せる。人工知能(AI)やITの進展で、職業訓練もより高度なものにならざるを得ない。雇用されずに個人で事業をする人も増えている。働き方は時代で変わらねばならない。 (鈴木 穣)
中台関係 「力比べ」で展望開けぬ 2018年6月25日
中国と台湾の関係にさざ波が立っている。中国は軍事、外交両面で圧力を強め、台湾は米国との関係緊密化でけん制する。「力比べ」は中台の溝を広げるだけで、未来への展望は開けぬだろう。
二〇一六年台湾総統選で国民党候補を破り、政権交代を実現した民進党の蔡英文政権は五月下旬、任期四年の折り返し点を過ぎた。
民進党綱領は「独立」を掲げるが、蔡氏は中台関係の「現状維持」政策をとってきた。中国を刺激しない現実的な姿勢を示したことは、東アジア情勢の安定にもつながったと評価できる。
だが、台湾は最近、急速に対米関係を強化しており、中台関係への負の影響が懸念される。
米国では三月、米台高官の相互訪問を促す「台湾旅行法」が成立し、台湾の潜水艦建造計画に米企業が参加する動きもある。
発足時に50%を超えた蔡政権支持率は最近、30%台前半で低迷する。秋には統一地方選がある。対米傾斜は、蔡氏の対中政策を「弱腰だ」と批判する民進党支援者の声を意識した面もあろう。
だが、何よりも台湾海峡の波を高くしている主因は、中国の露骨な台湾への圧力だといえる。
台湾は中国の不可分の領土という「一つの中国」原則を認めるよう求める中国は、台湾と外交関係のある国を断交に追い込む圧力を続けている。
五月に西アフリカのブルキナファソが台湾と断交し、中国と国交回復することで調印。これで蔡政権発足後、台湾と断交したのは四カ国に上り、外交関係がある国は十八カ国に減った。
スイスで五月に開かれた世界保健機関(WHO)総会に台湾は二年連続で招かれなかった。台湾は〇九年から一六年までオブザーバー参加しており、台湾は「中国の圧力」と反発を強めている。
中国軍は昨夏以降、台湾を周回するようなルートで戦闘機の飛行訓練を繰り返している。
だが、自由で民主的な社会を築いた台湾を力による威嚇でのみこもうとしても、台湾人の反発を招くだけであろう。国際社会もそんな強硬姿勢は認めまい。
中国の習近平国家主席が四月、南シナ海で軍事演習を視察したことに対し、軍艦に乗船し台湾の軍事演習を視察した蔡総統は「演習は力比べではない」と述べた。
中台双方の指導者とも、「力比べ」は対立を深めるだけであり、平和的な対話の先にしか未来がないことを肝に銘じてほしい。
<北欧に見る「働く」とは>(1) 企業は救わず人を守る 2018年6月25日
赤字経営となった企業は救わないが、働く人は守る。
スウェーデンでの雇用をひと言でいうとこうなる。
経営難に陥った企業は残念ながら退場してもらう。しかし、失業者は職業訓練を受けて技能を向上し再就職する。積極的労働市場政策と言うそうだ。
かつて経営難に陥り大量の解雇者を出した自動車メーカーのボルボ社やサーブ社も、政府は救済せずに外国企業に身売りさせた。そうすることで経済成長を可能としている。だから労使双方ともこの政策を受け入れている。
中核は手厚い職業訓練だ。事務職の訓練を担う民間組織TRRは労使が運営資金を出している。会員企業は三万五千社、対象労働者は九十五万人いる。
TRRのレンナット・ヘッドストロム最高経営責任者は「再就職までの平均失業期間は半年、大半が前職と同等か、それ以上の給与の職に再就職している」と話す。
スウェーデンは六年前から新たな取り組みも始めている。大学入学前の若者に企業で四カ月間、職業体験をしてもらい人材が必要な分野への進学を促す。
王立理工学アカデミーは理系の女性、日本でいうリケジョを育成する。この国には高校卒業後、進学せず一~二年、ボランティアなどに打ち込むギャップイヤーという習慣があり、それを利用する。
研修を終えたパトリシア・サレンさん(20)は「生物に関心があったが、研修でバイオ技術とは何か分かった。医学も含め幅広い関心を持てた」と話す。この秋からバイオ技術を学ぶため工科大に進学するという。
以上が世界の注目するスウェーデンモデルだ。解雇はあるが訓練もある。だから働き続けられる。日本は終身雇用制でやってきた。だが低成長時代に入り人員整理も不安定な非正規雇用も増大する。
人がだれも自分にふさわしく働き続けられるようにするには、日本でも新たな取り組みが必要になろう。北欧に、そのヒントはないだろうか。(鈴木 穣)
週のはじめに考える 千もの針が突き刺さる 2018年6月24日
イタイイタイ病が全国初の公害病に認定されて五十年。その激痛は今もなお、形を変えてこの国をさいなみ続けているようです。例えば福島の被災地で。
息を吸うとき、
針千本か 二千本で刺すように
痛いがです
富山市の富山県立イタイイタイ病資料館。入り口近くの壁に大きく書かれた患者の言葉が、わが身にも突き刺さってくるようです。
イタイイタイ病。あまりの激痛に、患者=被害者が「痛い、痛い」と泣き叫ぶことから、地元紙が報じた呼び名です。
富山平野の中央を貫く神通(じんづう)川。イタイイタイ病の発生は、その流域の扇状地に限られます。
◆「公害病」認定第1号
被害者は、川から引いた水を飲み、稲を養い、川の恵みの魚を食べる-、生活の多くの部分を川に委ねた人たちでした。
川の異変は明治の末からありました。神通川の清流が白く濁るのに住民は気付いていたのです。
大正期にはすでに「奇病」のうわさが地域に広がり始めていたものの、調査は進まず、「原因不明」とされていました。
原因が上流の三井金属鉱業神岡鉱山から排出される鉱毒だと明らかにされたのは、一九六〇年代になってから。亜鉛の鉱石に含まれるカドミウムという毒物が体内に蓄積され、腎臓を痛めつけ、骨に必要な栄養が回らなくなったために引き起こされた重度の「骨軟化症」だったのです。
イタイイタイ病を発症するのは、主に三十五歳から五十歳くらいの出産経験のある女性。全身に強い痛みを覚え、骨が折れやすくなるのが主症状。くしゃみをしただけで折れてしまうといわれたほどに、もろくなるのが特徴でした。
全身に七十二カ所の骨折をした人や、脊椎がつぶれ、身長が三十センチも縮んだ人もいました。
六八年五月、当時の厚生省は見解を発表し、その病気は鉱石から流れ出たカドミウムが原因の「公害病」だと結論づけました。
公害病認定第一号-。「人間の産業活動により排出される有害物質が引き起こす健康被害」だと、初めて認められたのです。
これにより、被害者の救済と補償を求めて起こした裁判も七二年八月、原告側の完全勝訴に終わり、被害者団体と原因企業の三井金属鉱業側との間で結ばれた“約束(協定)”に基づいて、神通川の水は再び清められ、美田は回復されました。
しかし例えば、資料館が制作した「イタイイタイ病に学ぶ」と題する案内ビデオは、このようなナレーションで結ばれます。
「イタイイタイ病は終わったわけではありません-」
◆環境の時代への転換点
企業活動との因果関係を明らかにした公害病認定は、環境行政の画期的転換点になりました。
被害者救済や再発防止は政府の責任で進めていくという方向性が定められ、七〇年の「公害国会」につながりました。
イタイイタイ病、水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそく-。これら四大公害病が社会問題化する中で、すでに六七年八月に公害対策基本法が施行されていました。
ところがそれは「経済の健全な発展との調和」を前提とする不完全なものでした。経済優先の考え方が、まだ残されていたのです。
イタイイタイ病の認定などを受けた「公害国会」では、関連する十四の法律が成立し、「調和条項」も、その時削除されました。
2018年6月25日
中国と台湾の関係にさざ波が立っている。中国は軍事、外交両面で圧力を強め、台湾は米国との関係緊密化でけん制する。「力比べ」は中台の溝を広げるだけで、未来への展望は開けぬだろう。
二〇一六年台湾総統選で国民党候補を破り、政権交代を実現した民進党の蔡英文政権は五月下旬、任期四年の折り返し点を過ぎた。
民進党綱領は「独立」を掲げるが、蔡氏は中台関係の「現状維持」政策をとってきた。中国を刺激しない現実的な姿勢を示したことは、東アジア情勢の安定にもつながったと評価できる。
だが、台湾は最近、急速に対米関係を強化しており、中台関係への負の影響が懸念される。
米国では三月、米台高官の相互訪問を促す「台湾旅行法」が成立し、台湾の潜水艦建造計画に米企業が参加する動きもある。
発足時に50%を超えた蔡政権支持率は最近、30%台前半で低迷する。秋には統一地方選がある。対米傾斜は、蔡氏の対中政策を「弱腰だ」と批判する民進党支援者の声を意識した面もあろう。
だが、何よりも台湾海峡の波を高くしている主因は、中国の露骨な台湾への圧力だといえる。
台湾は中国の不可分の領土という「一つの中国」原則を認めるよう求める中国は、台湾と外交関係のある国を断交に追い込む圧力を続けている。
五月に西アフリカのブルキナファソが台湾と断交し、中国と国交回復することで調印。これで蔡政権発足後、台湾と断交したのは四カ国に上り、外交関係がある国は十八カ国に減った。
スイスで五月に開かれた世界保健機関(WHO)総会に台湾は二年連続で招かれなかった。台湾は〇九年から一六年までオブザーバー参加しており、台湾は「中国の圧力」と反発を強めている。
中国軍は昨夏以降、台湾を周回するようなルートで戦闘機の飛行訓練を繰り返している。
だが、自由で民主的な社会を築いた台湾を力による威嚇でのみこもうとしても、台湾人の反発を招くだけであろう。国際社会もそんな強硬姿勢は認めまい。
中国の習近平国家主席が四月、南シナ海で軍事演習を視察したことに対し、軍艦に乗船し台湾の軍事演習を視察した蔡総統は「演習は力比べではない」と述べた。
中台双方の指導者とも、「力比べ」は対立を深めるだけであり、平和的な対話の先にしか未来がないことを肝に銘じてほしい。
ところが二〇一一年三月十一日、そのほころびは再び露呈することになりました。
福島第一原発事故で広範囲に飛び散り、海にも流れた放射性物質は、多くの人にふるさとを失わせ、農業者や漁業者を今も苦しめ続けています。
公害対策基本法のもと、汚染を規制するはずの大気汚染防止法や水質汚濁防止法の対象からは、放射性物質が除外されてしまっていたのです。
福島の事故のあと、放射性物質の「監視」や「報告」が義務付けられはしましたが、規制基準や罰則規定は今もありません。
◆福島に届いていない
福島原発の廃炉は、まだめどさえ立たぬまま、北陸で、四国で、九州で、「経済優先」の原発再稼働が進んでいます。「調和条項」がまだ生きているかのように。
被害者救済、再発防止をめざして生まれた四大公害病の“レガシー(遺産)”は、福島には届いていませんでした。
資料館を出たあとも、「痛い、痛い」と訴える被害者たちの文字通り悲痛な叫びが、追いかけてくるようでした。
公害病認定半世紀。その声に耳をふさぐわけにはいきません。
ブロック塀倒壊 無責任が犠牲を生んだ 2018年6月23日
守れたはずの命だった-。こんな後悔を二度と繰り返さないように備えたい。大阪府北部地震の強い揺れは、ブロック塀の倒壊という人災に転化し、幼い命を奪った。大人の無責任が奪ったのだ。
地震はブロック塀を凶器に変える。危険性が知られるきっかけは、一九七八年の宮城県沖地震だった。その反省から八一年の建築基準法の見直しに併せ、ブロック塀の耐震基準が強められた。
しかし、小学四年の女児が下敷きとなった高槻市立寿栄小学校の塀は、旧基準にさえ違反したまま放置されていた。しかも、三年前に防災専門家が警告したのに、市教育委員会と学校は結果として生かせなかった。
直ちに撤去したり、改修したりしていれば、と思い返すのもくやしい。
ブロック塀の高さは三・五メートルと、上限の二・二メートルを大幅に超えていた。旧基準の上限ですら三メートルだった。加えて、高さが一・二メートルを超える場合には、塀を内側から支える「控え壁」を設けなくてはならないのに、それもなかった。
危険性を指摘され、建築職をふくめた市教委職員らが塀の点検に出向いたが、こうした違法性を見逃していた。亀裂や傾き、劣化度合いのみを確かめ、安全性に問題はないと判断していたという。
子どもを守るべき安全管理態勢としては、あまりにずさんかつ無責任というほかない。
学校の耐震強化策といえば、校舎や体育館などの建物ばかりに目が向きがちだ。外部からの不審者の侵入を防いだり、視線を遮ったりする役目を期待されてきたブロック塀も、当然ながら安全対策の対象だったはずだ。
もちろん、学校だけの問題ではない。今度の地震では、通学路の見守り活動をしていたお年寄りの男性も、民家の塀の下敷きになり、亡くなった。
街路に立つ塀や壁の安全性について、地域ぐるみであらためてチェックしなくてはならない。
国土交通省は点検すべき項目を公表している。高さや厚さは適切か、傾きやひび割れはないか、控え壁はあるか、地中に基礎はあるか。
疑問があれば、専門家に相談したい。必要に応じて補修や撤去を急ぐべきだ。自治体は助成金を出す制度を整えている。当面、注意表示を掲げるのも有効だ。
地震はいつ、どこで発生するか分からない。しかし、天災が人災に転じるのは防ぐことができる。
地上イージス 導入は見直すべきだ 2018年6月23日
米朝首脳会談後の情勢変化にもかかわらず、安倍内閣は地上配備型迎撃システムの導入を進めるという。防衛力は脅威の度合いに応じて節度を保って整備すべきだ。計画を見直すべきではないか。
弾道ミサイルを迎撃ミサイルで撃ち落とす弾道ミサイル防衛システム。安倍内閣は昨年十二月十九日、海上自衛隊の護衛艦に搭載する従来のシステムに加え、地上に配備する「イージス・アショア」を二基導入する方針を閣議決定した。
秋田県と山口県にある陸上自衛隊の演習場に配備、日本全域をカバーするという。
導入理由に挙げていたのが北朝鮮による核・ミサイル開発だ。安倍晋三首相は「北朝鮮による核・ミサイル開発がこれまでにない重大かつ差し迫った脅威となっている」と説明していた。
しかし、北朝鮮の脅威の度合いは今月十二日の米朝首脳会談後、明らかに変化している。それは安倍内閣も認識しているはずだ。
菅義偉官房長官が「日本にいつミサイルが向かってくるか分からない、安全保障上の極めて厳しい状況はかつてより緩和された」と述べたのは、その証左だろう。
にもかかわらずイージス・アショア導入方針を堅持するという。小野寺五典防衛相はきのう秋田、山口両県を説明に訪れ、「脅威は変わってない」と述べた。菅氏の発言との整合性を欠いている。
導入には一基一千億円程度かかるという。迎撃ミサイルの命中精度にも懸念がある。国際情勢が好転の兆しを見せる中、高額装備の導入をなぜ急ぐ必要があるのか。
その背景に米国からの防衛装備品の購入圧力があると疑わざるを得ない。トランプ米大統領は昨年十一月六日、日米首脳会談後の記者会見で「首相は米国からさまざまな防衛装備を購入することになる。そうすればミサイルを撃ち落とすことができる」と述べ、首相は「北朝鮮情勢が厳しくなる中、日本の防衛力を質的に量的に拡充しないといけない。米国からさらに購入するだろう」と応じた。
イージス・アショア導入を閣議決定したのはその約一カ月後だ。脅威が差し迫っているのならまだしも、緊張緩和局面での計画強行は、米国の意向に沿った、導入ありきとの批判は免れまい。
政府は北朝鮮の弾道ミサイルを想定した住民避難訓練を当面中止することを決めた。同様にイージス・アショア導入も見合わせてはどうか。防衛政策は情勢の変化に応じて不断に見直す必要がある。
高等教育無償化 中所得層は置き去りか 2018年6月22日
所得の低い層を手厚く支える国の施策に異論はないが、高等教育の費用負担は中所得層にも重くのしかかる。奨学金を借り入れざるを得ない学生も多い。逆差別を招かない制度の設計を求めたい。
家庭が貧しく、高等教育の機会に恵まれなかった子どもも、また貧しくなる。負の連鎖を断ち切るために、国は低所得層に対し、大学や短大、専門学校などに要する費用の負担を軽くする制度の枠組みを決めた。
住民税非課税世帯とそれに準じる年収三百八十万円未満までの世帯を対象に、授業料や入学金の学費と生活費を支える。すべて返済不要だ。消費税の増税分を使い、二〇二〇年度から実施するという。
近年、大学・大学院卒と高校卒の学歴の違いは、およそ七千五百万円の生涯賃金の格差となって跳ね返るという。教育水準の底上げは、学び手本人はもちろん、社会全体の利益の向上に結びつく。
大学に進学する場合、国公立か私立か、自宅から通うか下宿するかなどの条件で費用は変わる。
非課税世帯については、子ども一人あたり年間百万円から二百万円ぐらいの支給を視野に入れての議論になるのではないか。その上で、段階的に金額を引き下げながら、年収三百八十万円未満までの世帯を支援する設計となる。
限りある財源を、低所得層に優先的にふり向ける考え方はうなずける。けれども、高等教育費の負担は中所得層にとっても重く、少子化の圧力にもなっている。
国の奨学金事業を担う日本学生支援機構の一六年度調査では、大学生のほぼ二人に一人は奨学金を利用し、そのうち七割余は年収四百万円以上の家庭の出身だ。在学中はアルバイトに時間を割き、借金を抱えて社会に出る人も多い。
たとえば、子どもの人数や要介護者の有無、資産の多寡といった個々の家庭の事情を度外視した仕組みが公平といえるか。少しの収入差で対象から外れる世帯や高校を出て働く人が納得できるか。
親が学費を賄うべきだとする旧来の発想に立つ限りは、こうした疑問は拭えないだろう。
自民党教育再生実行本部は、国が学費を立て替え、学生が卒業後の支払い能力に応じて返す出世払い制度の導入を唱える。オーストラリアが採用している。学び手本人が学費を賄う仕組みは一案だ。 もっとも、高等教育の恩恵に浴する国がもっと公費を投じ、私費負担を抑える知恵がほしい。慎重かつ丁寧な議論を重ねたい。
玄海4号再稼働 積もる不安と核のごみ 2018年6月22日
佐賀県の玄海原発4号機が再稼働、送電を開始した。立地地元以外の住民への配慮は依然、欠いたまま。それにしても原発を動かすほどに増えていく核のごみ。いったい、どうするつもりだろうか。
重要課題の先送り、住民の不安置き去り、そして再稼働の強行が、いつしか“普通”になってしまった感がある。
玄海原発では、トラブルが続いていた。
3号機では三月の再稼働から一週間後に、配管からの蒸気漏れが見つかった。4号機でも先月初め、冷却水の循環ポンプに異常が発生し、六年半ぶりの再稼働は延期になった。
原子力規制委員会の審査は、パスしたはずの二基だった。
トラブル発生の県などへの通報も迅速とは言い難く、住民の不信は一層膨らんだ。
避難計画への不安も改善された様子はない。
他の多くの原発同様、玄海原発も地理的に特異な場所に立っている。国から避難計画の策定を義務付けられた半径三十キロ圏内に二十の有人離島があり、島の住民の大半が海路での避難を余儀なくされる。避難の成否も天候次第、常駐の医療従事者がいない島もある。
多くの住民が二重、三重の不安を抱えつつ、対岸の原発を日々眺め暮らしている。
川内二基と玄海二基。九電がめざした「原発四基体制」は整った。だが四基が動けば当然それだけ、核のごみも出る。
核燃料の寿命は三年から四年。玄海原発では今後、定期検査のたびに一基あたり約七十体の使用済み燃料が発生することになる。
使用済み燃料は原発内の貯蔵プールで冷やしながら保存する。
玄海原発の貯蔵プールはすでに八割方埋まっており、あと五年から七年で満杯になる計算だ。
高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉が決まり、核のごみを再利用する核燃料サイクル計画は破綻した。
最終処分のあてはなく、フランスと共同の高速炉計画も先細り。行き場を失い、いよいよ核のごみがあふれ出す。
四基体制が整ったことで九電は、太陽光発電の送電網への受け入れを制限することになるという。つまり原発優先だ。
世界の流れに逆行し、原発神話が九州で完全復活するらしい。
神話の先には巨大な落とし穴が待つことも、福島の事故が教えてくれたはずなのに-。住民の不安はまた募る。
国会会期延長 「悪法」を押し通すのか 2018年6月21日
国会が三十二日間延長された。安倍政権が重視する「働き方」や「カジノ」法案などの成立に万全を期すためだという。国民への影響が懸念される「悪法」ぞろいだ。押し通すのは強引ではないか。
毎年一月に召集される通常国会の会期は百五十日間。国会法の規定により一回だけ会期を延長できる。今の通常国会はきのう会期末を迎えたが、政権側は七月二十二日まで延長することを決めた。
安倍晋三首相は今年一月の施政方針演説で、長時間労働の解消や雇用形態による不合理な待遇差是正など、働き方「改革」を断行すると強調。きのうの山口那津男公明党代表との党首会談では「働き方改革国会とうたってきたので、法案成立を図りたい」と、会期延長の理由を説明した。
国会は国民の代表たる議員同士が、国民の暮らしをよりよくする政策について議論し、行政を監視する場である。必要なら会期を延ばして議論を続けるのは当然だ。
しかし、法案に問題点があり、野党がそれを指摘しているにもかかわらず、政権側が強引に成立させるための延長だとしたら、直ちに賛同するわけにはいかない。
「働き方」関連法案は、年収の高い専門職を労働時間の規制から外す高度プロフェッショナル制度(高プロ)の創設を含み、「残業代ゼロ法案」とも指摘される。
審議でも過重労働の懸念は払拭(ふっしょく)されず、制度導入に向けた厚生労働省による専門職からの聴取のずさんさも明らかになった。待遇差是正は急務でも、高プロ創設と一括提案した政府の手法には違和感を覚える。衆院に続いて参院でも採決を強行しようというのか。
カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案も同様だ。刑法が禁じる賭博を一部合法化する危険性や、ギャンブル依存症患者が増える恐れが審議で指摘されたにもかかわらず、与党は十九日、衆院を強引に通過させた。
共同通信の世論調査では約七割がIR法案の今国会成立の「必要はない」と答えた。慎重な世論をなぜ顧みないのか。
自民党が提出した参院定数を六増する公職選挙法改正案は撤回し、与野党間の再協議を求めたい。「一票の不平等」是正の必要性は認めるが、比例代表に「特定枠」を設けて合区対象県の候補者救済を図るのは党利党略が過ぎるからだ。
会期延長により、森友・加計両学園をめぐる問題の追及機会は増える。国政調査権を駆使して事実解明に努めるべきは当然である。
18歳成人 少年法は現行の制度で 2018年6月21日
成人年齢を二十歳から十八歳に引き下げる改正民法が成立した。選挙権年齢に合わせ、国法上の統一を狙ってのことだ。次は少年法が標的となろう。適用年齢を十八歳未満とすることには反対する。
国会では改正法成立にあたり「若年者の消費者被害を防止するための必要な法整備」などを求める付帯決議が入った。
つまり十八歳になると親の同意なしに契約ができ、ローンを組むことも可能となる。これまで十八、十九歳は高価な買い物をしても解約できる未成年者取り消し権があったが、これは喪失する。
当然、消費者被害の拡大が予想される。悪徳商法対策を強化した消費者契約法も改正されたが、効果は十分ではないようだ。付帯決議はその懸念の表れだ。高校などで消費者教育も必要になろう。
親が離婚した場合、養育費の支払いも「成人まで」と決めれば、十八歳で打ち切られる。もともと経済的に自立していない若者が多い中、困窮者の増大も予想されるのである。日弁連会長がこの法律の成立に「遺憾の意」を表明したのもそうした理由からだ。
もともと世論も「十八歳成人」を望んでいなかった。内閣府の二〇一三年の世論調査では約七割もの人が「反対」意見だった。それでも政府が「若者の社会参加」などを口実に改正したのは、国法上の統一が眼目であるためだろう。
すると次の焦点は少年法だ。適用年齢を二十歳未満から十八歳未満へと引き下げる改正に移ることになろう。これを最も恐れる。
現行制度では二十歳未満の事件はすべて家庭裁判所に送致し、調査官や少年鑑別所による科学的な調査と鑑別の結果を踏まえる。そして少年にふさわしい処遇を決める手法である。
非行少年は多くが成育の環境などに問題を抱えている。そんな少年をどうやって更生させ、社会に適応して自立させるか。
それには福祉的でかつ教育的な方法を採用するのが最も有効なのだ。その結果として更生し、社会復帰し、再犯防止にもつながっていくのである。
この方法によって大きな効果を上げている。犯罪白書では刑法犯の少年の検挙人数は十三年連続で減少している。二十歳未満とする現行少年法は有効に機能している。その認識は重要である。
飲酒や喫煙、公営ギャンブルは現行法を維持する。すべて「十八歳で統一」という理由など、どこにもないはずである。
加計氏の会見 国会での解明が必要だ 2018年6月20日
「一切獣医学部の話はしていない」と言うだけでは信じ難い。きのう初めて記者会見した加計孝太郎学園理事長。行政の公平・公正性に関わる問題である。国会に証人喚問し、事実を解明すべきだ。
公平・公正であるべき行政判断が、安倍晋三首相の直接または間接的な影響力で歪(ゆが)められたのか否か。この極めて重要な問題を報道機関に対するただ一回の会見だけで幕引きとすることはできない。
学校法人「加計学園」による獣医学部の愛媛県今治市への新設問題。県の文書には加計氏が二〇一五年二月二十五日、首相と十五分程度面談した際「今治市に設置予定の獣医学部では、国際水準の獣医学教育を目指す」ことを説明し、首相から「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」とのコメントがあったと、学園が県に説明した、と記されていた。
しかし、学園側は愛媛県の文書が五月に国会提出された後、県への説明が虚偽だったとして首相と加計氏との面談を一転して否定。加計氏はきのうの会見で「記憶にも記録にもない」と強調した。
首相と加計氏の面談は本当になかったのか。獣医学部の話は両氏の間で一切していないのか。県に対しても虚偽の情報を伝えた学園の説明だ。にわかには信じ難い。
そもそも県への虚偽説明をなぜ三年以上も隠蔽(いんぺい)したのか。県への説明を虚偽としたのも、加計氏との面談を否定し、学部新設計画を初めて知ったのは一七年一月二十日だと強弁する首相を守るためではないのか。疑問は尽きない。
県文書は一五年四月、当時の柳瀬唯夫首相秘書官が県職員同席の場で「獣医学部新設の話は総理案件になっている」と話したことも記す。こうした発言が出るのも、加計氏の学部新設を「腹心の友」の首相が支援する構図を政権内で共有していたからではないか。
事実解明には加計氏に加え、虚偽説明をしたとされる渡辺良人事務局長も証人として国会に招致することが必要だ。国会は国民の疑問に応えるため、国政調査権を発動し、国権の最高機関としての役割を果たすべきである。
加計氏はきのう、虚偽説明について、渡辺氏が学部新設を「前に進めるため」だったと述べた。
たとえ加計氏の直接の指示ではないとしても、自治体に虚偽の説明をしてでも学部新設という目的を達成しようとした学園に、大学という高等教育機関の運営に携わる資格があるのか。事実解明と併せて厳しく問われるべきだろう。
米韓演習中止 約束には行動で応えよ 2018年6月20日
関係改善を優先して、懸案の非核化を動かそうという試みだろう。米国と韓国が恒例の合同軍事演習の中止に踏み切った。次は、北朝鮮が約束通り、「完全な非核化」に向けた行動を示す番だ。
軍事演習は、「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」と呼ばれ、毎年八月に実施されている。
朝鮮半島で全面戦争が起きたと想定し、コンピューターを使って対応能力を点検するシミュレーション訓練だ。
韓国軍約五万人、米軍約二万人が参加する大規模なもので、北朝鮮は再三、中止を求めていた。
きっかけは、米朝首脳会談でまとめられた共同声明の中にある。
「完全非核化」の原則は盛り込まれたものの、具体的な手順や日程が明示されておらず、内容が不十分だと批判されている。
しかし一方で、声明には「新しい米朝関係の樹立」と「相互の信頼醸成による非核化促進」という注目すべき条項も盛り込まれた。
相互不信の中で非核化交渉が中断した経験を踏まえ、まず信頼関係を築いて、非核化のプロセスを進めるという新たな考え方だ。
トランプ米大統領も首脳会談後の記者会見で、「(北朝鮮と)交渉中という状況の下で、(米韓)軍事演習を行うのは不適切」と語った。この約束が、さっそく実行されたことになる。
演習中断には、「北朝鮮の具体的な行動がない段階で、譲歩しすぎ」との批判もある。
しかし、過去にも北朝鮮の核問題解決のため、米韓合同軍事演習が中止されている。今回も、協議を進めるための環境づくりとして、理解できる。
それでも気になるのは、北朝鮮の動きが見えないことだ。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長は、首脳会談で「ミサイルエンジン実験場の破壊」を表明したが、まだ確認されていない。
ポンペオ米国務長官が共同声明を具体化するため、近く訪朝する予定だ。正恩氏は、非核化を進める手順や期限を早期に提示し、実行に移してほしい。
韓国国防省は、軍事演習は完全な中止ではないとしている。北朝鮮の誠意ある行動がなければ、いつでも再開するという意味だ。
一方、正恩氏は十九日、北朝鮮に理解を示す中国に、三回目となる訪問を行った。仮に非核化への取り組みを遅らそうと狙っているのなら、国際社会の目は厳しくなり、経済制裁もいっそう強化される。忘れてもらっては困る
大阪で震度6弱 いつ、どこでも起きる 2018年6月19日
地震国ニッポン。今度は大阪で起き、広範囲で揺れた。都市直下型地震は被害が大きくなりやすい。それに見合って防災は進化しただろうか。
(1)再び塀は倒れた
四十年前の一九七八年六月十二日、宮城県沖地震があった。死者二十八人のうち十八人がブロック塀などの下敷きで亡くなった。電気、ガス、水道といったライフラインはズタズタになり、鉄道は止まった。私たちは都市型災害の恐ろしさを知ったはずだった。
今回の地震で、通学途中の女児と、見守り活動に行こうとしていた男性の二人が塀の下敷きとなって死亡した。宮城県沖地震の教訓を生かせず、命を守れなかったのが残念だ。
建築物の大きな被害は報告されていない。火災も非常に少なかった。防災力は改善されてきたと考えたいが、ガラスや看板、壁材などの落下はあった。エレベーターに閉じ込められた人もいた。
気象庁の発表も変わった。
一昨年の熊本地震までは余震情報だったが、今回は「過去の事例では、大地震発生後に同程度の地震が発生した割合は1~2割あることから(中略)最大震度6弱程度の地震に注意してください」となった。家屋やビルが傷んでいたら、応急危険度判定士のような専門家に耐震性を判断してもらうことが大切である。
残念ながら地震は予知できない。今回は有馬-高槻断層帯との関連が注目されているが、同断層帯はZランク、つまり三十年以内の発生確率は0・1%未満。確率上、起きそうもないが、マグニチュード(M)6クラスの地震は、長期評価の対象にもなっていない。いつ、どこでも起きるのだ。
(2)自治体の発信は?
被災地では混乱が続いている。交通網は乱れ、ライフラインはまだ完全には復旧していない。大都市の場合、経済的な被害は、地震による直接被害だけでなく、地震後の混乱によるものも大きい。日常生活が早く戻ることに期待したい。
震災ではよく、災害弱者の安全確保が課題となる。早い復旧は災害弱者には特にありがたい。
訪日外国人が急増しているが、言葉が通じないなら災害弱者になる。大阪だけで年間の訪日外国人の宿泊者数は一千万人を超える。多くは中国、韓国、台湾から。ホテルの中には外国語で対応できるスタッフがいない施設もある。英語だけも多い。
外国人の中には「日本に来て初めて地震を経験した」という人が多そうだ。その恐怖感を和らげるためにも、多言語で情報を伝える仕組みが必要である。
インターネットの普及で、災害時にネットを利用することが政府や自治体などで検討されている。情報の提供と収集を狙う。
例えば、大阪市危機管理室は公式ツイッターで「大阪市内での災害時の情報や防災情報を発信します」と書いてある。だが、直後に「午前7時58分頃に強い地震が発生しました。テレビなどの情報を確認してください」と書き込んだ後、約四時間、情報は出ていない。発生直後に情報を発信するのは、どこの自治体でも難しい。災害対応が一段落したら、ぜひ、検討してほしい。
ネットの活用を研究、実践している非政府組織(NGO)もある。連携するのも一案だろう。
防災でよく話題になるのは、首都直下地震と南海トラフ地震。三十年以内の発生確率はそれぞれ70%程度と70~80%である。この二つの地震の被害想定区域に住んでいない人の中に「自分の住んでいる所は地震はない」との誤解はないだろうか。
大阪市は従来、南海トラフ地震と併せ市の中心部を南北に走る上町断層を警戒していた。市街地に活断層があるのは、名古屋も京都も神戸も同じである。
(3)大地動乱の時代
南海トラフ地震は、過去にも繰り返し起き、発生前に地震活動が活発化するとの見方がある。東日本大震災によって、日本列島の地殻には大きなひずみが生じ、それがいまだに解消されていないとの指摘もある。
どこでも起きる可能性があるM6クラスの地震だが、震源が浅ければ大きな揺れを引き起こす。被害は補強されていないブロック塀や転倒防止の対策がない家具など、弱い部分に集中する。
日本が地震国といっても、大きな地震が続く時期もあれば、少ない時期もある。戦後は少ない方だった。その実体験をもとに油断してはいけない。むしろ「大地動乱の時代」に入ったと覚悟し、日ごろの減災に努めたい。
種子法廃止に考える 食料主権の問題です 2018年6月18日
植えたての田んぼに梅雨は慈雨。緑が映える見慣れた景色。でも待てよ、日本の主食と言いながら、そのもとになる種子のこと、私たち、知らなすぎ。
昨年四月、国会は種子法の廃止を決めた。審議時間は衆参合わせて十二時間。その法律がそれまで果たしてきた役割も、廃止に伴う人々の暮らしへの影響も、そもそもそれがどんな法律なのかも、恐らくほとんど知られずに。
正しくは主要農作物種子法。わずか八条の短い法律だった。
主要農作物とは稲、大豆、はだか麦、小麦、および大麦-。つまり主食系である。
「あって当たり前の空気のような存在として、ことさらその大切さを考えることが少なかった法律と言えよう」
龍谷大教授の西川芳昭さんは「種子が消えれば あなたも消える」(コモンズ)に書いている。
種子法の制定は一九五二年の五月。サンフランシスコ講和条約が発効し、この国が主権を取り戻した翌月だった。
◆戦争への反省に立ち
第二次大戦末期、米や麦は一粒でも多く食用に回さねばならなくなり、種を取る余裕を失った。そのことが戦後の食糧難を一層深刻にしたのである。
種子法も憲法と同じ、先の大戦の反省に立ち、私たち国民を守るために生まれた法律だった。
もう二度と、種が途絶えて人々が飢えることのないように、穀物の優良な種子の開発と安定的な供給を都道府県に義務づけたのだ。
これを根拠に都道府県は、その土地の気候風土に合った奨励品種を定め、公費を使って作出し、その種子を安く農家に提供し続けてきた。
稲の場合、種子の流れはこうである。
まず県の農業技術センターなどで「原原種」が生産される。原原種とは、せっかく開発した優良品種に別の“血”が混じらないよう、公的機関が毎年責任を持って生産する大本の種のこと。CDで言えば原盤だ。「原原種」を増殖させたものが「原種」である。この原種がさらに特定の種子農家のもとで増やされて、一般の農家に販売される。
◆競争原理はそぐわない
その種子法がなぜ廃止されたのか。おととし秋に国が定めた「農業競争力強化プログラム」には次のように書かれている。
<戦略物資である種子・種苗については、国は、国家戦略・知財戦略として、民間活力を最大限に活用した開発・供給体制を構築する->。そのためには<地方公共団体中心のシステム>である種子法が、民間の開発意欲を阻害していたというのである。現政権お得意の「成長戦略」の一環だった。
種子法廃止で都道府県が直ちに種子の供給を止めるわけではない。だが、海外の大資本の参入により、日本人の主食を守り続けてきた「公的種子」の開発、供給システムが、崩される恐れはある。
モンサントやデュポンなど、わずか八社で世界の種子の売り上げの約八割を占めるという。
種子法の対象外ではあるが、少し前まで日本の野菜の種は、100%国産だった。今や九割が海外生産だ。そして大半が、自家採種が不可能なハイブリッド(F1)の品種に取って代わられた。
野菜の種子の価格は、四十年前の約三倍になったという。
「ニンジンがニンジンくさくなくなった。ピーマンがピーマンくさくなくなった。においも味も、どんどん画一化されていく。それがつまらなかったんだなあ」
「あいち在来種保存会」代表の高木幹夫さんが、地場の希少野菜の種を集め始めた理由である。
「農作物の多様性、豊かさを守るため、私は“種採りじじい”になった。種子の種は、種類の種でもあるからね」
米や麦が近い将来、野菜のようにならないという保証はない。
種子法廃止で一つ確かに言えること。多様性の喪失だ。
市場競争の勝者による淘汰(とうた)が進み、種子の多様性が失われ、消費者の選択肢も次第に狭められていく―。
◆自分で選ぶべきだから
そもそも種子は命そのもの、命をはぐくむものである。だから「みんなのもの」だった。すべてを競争原理の世界に放り込み、勝者による独占に委ねてしまっていいのだろうか。
「これは、食料主権の問題です」と、西川教授は考える。
私たちが何を育て、何を食べて生きていくかは、私たち自身で決めるべきではないのだろうか。「主食」であればなおさらだ。
今国会でも復活の声が上がった種子法は、私たち主権者=消費者にも無関係ではないのである。
週のはじめに考える 多死社会がやってきた 2018年6月17日
「超高齢社会」の次に迎えるのは「多死社会」だと言われるようになりました。いや、わたしたちは既に多死社会を迎えたというべきかもしれません。
多死社会という言葉を近年、人口学の研究者らが使うようになりました。
高齢者の増加により国内の死亡数が増え続け、人口が減っていく社会形態をいい、高齢化率、つまり六十五歳以上の人口の割合が総人口の21%を上回る超高齢社会の次に訪れる段階と位置付けられているそうです。
◆すでに超高齢社会
日本は、二〇一〇年国勢調査の段階で高齢化率が21%を超え、既に超高齢社会となっています。わたしたちは多死社会をいかに迎えつつあるのでしょう。
厚生労働省が今月一日、昨年の人口動態統計(概数)を公表しました。予想されていたことではありますが、生まれてくる赤ちゃんの数は減り続けています。
二〇一七年の出生数は、前年よりさらに三万人も減って九十四万六千人余。二年連続で百万人を割り込みました。合計特殊出生率、つまり女性一人が生涯に産む子どもの推定人数は、前年比〇・〇一ポイント減の一・四三となりました。
ここに至る経緯を振り返ってみます。
日本の出生数は、際立って多かった第一次ベビーブーム、つまり「団塊の世代」が生まれた一九四七~四九年には年に二百六十万人台を数えていました。
その団塊の世代が出産適齢期を迎えた七一~七四年も第二次ベビーブームとなり、年間出生数は再び二百万人を超えました。
以後、出生数は右肩下がりで減り始めますが、「団塊ジュニア」とも呼ばれる第二次ベビーブーム世代が出産適齢期を迎えれば第三次ブームが来るはずでした。
◆来なかった第三の波
ところが、その時期が長期不況の就職氷河期と重なり、先の見通せぬ雇用状況の中で家庭を持てぬ若者が増え、結局、日本の人口ピラミッドに第三の波が現れることはなく、少子化が加速してしまったのです。
逆に、死亡数は近年、急速に増えてきました。二〇〇三年に百万人を超え、昨年は百三十四万人余で戦後最多を更新しています。
当面、死亡数の増加が続くことは間違いなく、そのピークは団塊の世代が九十歳以上となる三九年ごろ、百六十七万人前後となる見通しです。
わたしたちの社会は、このまま先細りとなるのでしょうか。
子どもを産み、育てやすい社会を目指す動きが近年、着実に進み始めました。それに連動し、減り続けてきた出生率が多少、持ち直してもいます。
しかし、底を打った出生率が上向いても、出産適齢期を迎える女性が減り続ける以上、当面、人口減に歯止めはかからないのが冷厳な現実です。
政府は「骨太の方針」に、外国人の長期就労に門戸を開く新たな在留資格創設を盛り込みました。
人口減に伴う労働力不足を解消するため、高度な専門知識を持つ人材に限ってきた受け入れ方針を事実上、転換するものです。
働きながら学ぶ、という建前の外国人技能実習制度などで場当たり的に対応するのは限界だ、ということのようです。
在留資格の見直しは、日本社会に新たな多様性の風を吹き込む可能性も秘めていますが、不足する労働力の数合わせに終始するなら、将来に大きな禍根を残すことになるかもしれません。
例えば、旧西ドイツが高度成長期、単純労働の担い手としてトルコなどから大量に受け入れたガストアルバイター(客人労働者)は、ドイツの言葉や文化を習得できぬまま地域で孤立し、やがて社会の分断を招く一因にもなったと指摘されています。
あるいは、一時しのぎの労働力として遇するだけなら外国人には来てもらえぬようになるかもしれません。合計特殊出生率は、例えば韓国が一・一七、シンガポールが一・二〇(ともに一六年)。つまり日本よりも低いのです。多くの国で人口減少が進み、いわば、労働力の奪い合いとなる可能性も現実味を帯びてきているのです。
◆議論すべき時は来た
多死社会の到来で今後、人口減が急速に進みます。
これまでのような経済規模を維持するなら、労働力は足りなくなる。では本格的に外国人を受け入れるのか。受け入れるなら、日本社会に溶け込んでもらうため、受け入れる側の発想の転換や努力が求められるはずです。
それより、身の丈に合わせて戦略的な縮小を考えた方が豊かな社会になるのかも。
何を目指すのか。現実を直視して議論すべき時が来ています。
骨太の方針 甘い見通しが財政壊す 2018年6月16日
政府が決めた経済財政運営の指針「骨太の方針」は究極の無責任な中身だ。財政健全化の目標を先送りするだけでなく一段と甘い指標を採り入れた。今良ければ「後は野となれ山となれ」なのか。
安倍政権の五年間は、現実離れした高い経済成長見通しを掲げ、成長頼み一辺倒できたといっていい。歳出抑制や増税など痛みを伴う財政健全化には常に後ろ向きだった。今回の骨太の方針は、財政規律のなさはそのままに、さらに楽観的すぎる内容に後退した内容である。
財政健全化の一里塚である「基礎的財政収支(PB)の黒字化」は、従来の二〇二〇年度から二五年度に先送りした。
加えて中間指標として二一年度に対GDP(国内総生産)比での債務残高や財政収支の赤字、PBの赤字などを点検するとした。
これはGDPが増えれば改善が見込まれるため、これまで以上に積極財政による成長志向を強めるおそれが強い。赤字そのものが減るわけではないので、より危うくなるともいえる。
諸悪の根源は内閣府がつくる経済成長見通しの甘さだろう。名目で3%、実質2%というバブル期並みの現実離れした数字である。二五年度のPB黒字化も、消費税率の10%への引き上げ(一九年十月)後や東京五輪・パラリンピック後も含めて、高成長が続くのを前提としている。明らかに楽観的すぎるだろう。
政府内の省庁がつくる経済見通しでは客観性に欠け、信頼性も著しく低いということだ。例えばドイツは経済財政見通しの策定には民間シンクタンクが関与する。カナダは経済見通しの前提であるGDPは民間の平均予測値を用いる。正確性や客観性を担保する仕組みを諸外国は採り入れている。
世界一の借金大国である日本だけが、内々で都合のいい数字をはじき出していると非難されても仕方のない状況だ。これでは財政再建など進むわけはない。
成長志向一辺倒の安倍政権は肝心なことも見落としている。財政の悪化により社会保障制度の持続可能性に国民が不安を抱いていることが、消費の低迷ひいては成長を阻害していることだ。
国際通貨基金(IMF)がそう警告している。「積極財政」といえば威勢がいいが、財政規律を失った放漫財政は逆に成長を阻むのである。
国民の安心感と納得感が得られる税財政改革が急務である。
福島第二原発 目の前の廃炉に全力を 2018年6月16日
東京電力が福島第二原発廃炉を表明。遅きに失した感はある。だがこの上は計十基の廃炉事業に全力を傾注し、速やかに成果を上げること。東電という企業に残された恐らく最後のチャンスである。
「(福島第二原発が)復興の妨げ、足かせになる」と、東京電力の小早川智明社長は言った。
そこへたどりつくまでに七年以上もかけたとすれば驚きだ。
福島第二も第一同様、地震と津波の被害を受けて電源を喪失し、メルトダウン(炉心溶融)の危機に陥った。
唯一生き残った外部電源を頼りに、何とか冷温停止に持ち込んだ。紙一重の僥倖(ぎょうこう)だった。
サイトは二つ、しかし外から見れば同じ「福島原発」、誰がどう見ても福島で原発を動かすことは不可能だ。この決断は遅すぎる。
第一の六基に加えて第二の四基。東電は世界史上例のない、原発十基の廃炉事業を背負うことになる。並大抵のことではない。
メルトダウンを起こした第一原発の三基は、溶け落ちた核燃料の状態もまだ把握できていない。机上の工程表は示されてはいるものの、作業自体はスタートラインに立ったとも言い難い状況だ。地下水の流入、汚染水の処理にさえ、いまだ手を焼く状態だ。
廃炉、賠償にかかる費用は推計二十一兆円。恐らくさらに膨らむことになるだろう。東電がどれだけ大企業だったとしても、到底背負いきれるものではない。
その上さらに、第二の廃炉費用がのしかかる。
「東電に原発運転の資格なし」と考えるのは、福島県民だけではない。
東電は唯一残った新潟県の柏崎刈羽原発の再稼働に意欲を見せる。十日の新潟県知事選で与党の支持する新知事が誕生したが、新潟県民の原発不信、東電不信が解消されたわけではない。
原発の安全を維持するには、膨大な費用がかかると教えてくれたのも東電だが、今の東電に、余力があるとは思えない。
いくら「国策」だからと言って、血税の投入にも電気料金の値上げにも限度というものがあるはずだ。
第二原発の廃炉を契機に東電は、今度こそ本当に生まれ変わるべきではないか。再稼働へのこだわりも、きっぱり捨てて。
福島や新潟の不安や不信を受け止めて、目の前の巨大な課題を直視して、そこに全力を注ぐ姿勢をまず示すべきだろう。
孤立するアメリカ 破壊のつけは我が身に 2018年6月15日
今や米国は世界の深刻な不安要因である。トランプ大統領がいそしむ秩序破壊の後には混乱が広がる。そのつけは自身に返ってくることを悟るべきだ。
米国の威信低下が著しい。米ギャラップ社が昨年、百三十四の国・地域で実施した世論調査によると、米国の指導力を評価する人は30%と、オバマ政権時の二〇一六年から18ポイントも下落した。
しかも同盟国・友好国で評価しない人が多い。ノルウェーは評価しない人が83%と最も高く、カナダとメキシコも七割を超えた。
◆同盟国も「敵国」扱い
自由、人権、民主主義という共通の価値観で結ばれた同盟国・友好国とのあつれきは、カナダで先週開かれたG7サミットを引き裂いた。米国の金利上げに伴う新興国の通貨安、イタリアの政治不安による欧州市場の動揺、中東情勢の混迷-。リスク要因に事欠かない状況を前にG7は結束できなかった。
はらわたが煮えくり返る思いだったのだろう。議長国カナダのトルドー首相は総括記者会見で「第一次大戦以来、われわれは米軍兵士と肩を組んで異国の地で戦ってきた。米国が安全保障を理由にすることを軽く見るわけにはいかない。これは侮辱だ」と述べた。
トランプ政権がカナダはじめ欧州連合(EU)や日本という同盟国に導入した鉄鋼・アルミニウムの輸入制限の理由に、よりによって安全保障を挙げたことを批判した発言だ。
敵国同然の扱いをされたと怒るカナダと欧州は報復する構えだ。貿易戦争に発展しかねない雲行きである。
第二次大戦の欧州戦線の先行きが見え始めた一九四四年七月、米国東部のブレトンウッズに連合国が集まり、米ドルを基軸通貨とする国際経済の仕組みを固めた。国際通貨基金(IMF)と世界銀行の創設も決まり、ブレトンウッズ体制は産声を上げた。
米ホワイトハウスの西側にはIMFと世銀の両本部が付き従うように立つ。米国が事実上支配した戦後の世界経済体制を象徴する光景である。
四八年には関税貿易一般協定(ガット)ができた。二九年の大恐慌によって各国が保護主義に走り世界経済のブロック化が進んだ。それが第二次大戦の遠因になったという反省から生まれた自由貿易推進のための協定だ。九五年にガットは発展的に解消し、世界貿易機関(WTO)が発足した。
米国自身が大きな恩恵を受けたこうした経済体制を、トランプ氏は壊しにかかっている。
◆大国に求められる自律
輸入制限には米国内でも、鉄鋼の大口消費者である機械メーカー、アルミ缶を必要とするビール業界などが反対を唱える。コスト上昇や雇用喪失につながるからだ。米製品の競争力もそがれ、世界経済も混乱する。貿易戦争に勝者はいない。
独善と身勝手で米国を孤立に追いやるトランプ氏。それでも最近、支持率は持ち直し四割台に乗った。
大国が身勝手な振る舞いをすれば、他国とのあつれきを生む。誰も国際規範を守ろうという気をなくす。混乱が広がり、そこにつけ込んで自分の利益を図る者が現れる。だからこそ大国は自ら律する意思が求められる。
超大国の米国であっても力には限界があり、難しい国際問題には他国との協調対処が必要となる。昨年、北朝鮮に最大限の圧力をかけるよう各国に呼び掛けたのは、トランプ氏ではなかったか。
一方、G7サミットと同時期に開かれた上海協力機構(SCO)の首脳会議。ホスト国の習近平中国国家主席がロシアや中央アジアなどの各国首脳らを前に、SCOは「世界の統治を完全なものにする重要な勢力だ」と述べた。国際舞台では米国の退場で生じた空白を中国やロシアが埋めにかかっている。
G7サミットに出席したトゥスクEU大統領は「ルールに基づく国際秩序が試練に立たされている。その元凶が秩序の保証人たる米国であることにはまったく驚かされる」と語った。
◆秩序の保証人のはずが
そのうえで「秩序を損ねるのは無意味なことだ、と米国を説得する。民主主義も自由もない世界を望む連中の思うつぼになるからだ」と力を込めたが、トランプ氏は耳を貸さなかった。
破壊した後にどんな世界をつくる考えでいるのか。トランプ氏の場当たり的で一貫性に欠ける言動からは、そんなビジョンはうかがえない。
責任あるリーダーの座から降りた米国。この大変動を乗り切るために、日本も選択肢をできるだけ増やして外交政策の可能性を広げる必要がある。
<北欧に見る「働く」とは>(3)意欲支える社会保障 2018年6月27日
スウェーデンモデルは、転職をためらわない働き方といえる。
なぜ可能なのか。
イルヴァ・ヨハンソン労働市場担当相は、理由を二つ挙げる。
「スウェーデンの労働者は職能が高く研究開発も熱心だ。人件費が高いので一時、外国に移っていた企業が戻ってきている」
企業は質の高い労働力を得られる。だからイノベーション(業務刷新)に積極的になれる。
もうひとつは「保育や教育が無料で失業給付など国民はあらゆるセーフティーネットがあることが分かっている。失業を恐れない環境がある」。
職業訓練と合わせて手厚い社会保障制度が国民の不安を取り除いている。給付が高齢者に偏る日本と違い、現役世代がしっかり支えられている。それが働く意欲を後押ししている。
課題の人工知能(AI)やITの進展による職業訓練の高度化が急務だと政府も認める。既に学校教育では新技術を学び始め、職業訓練の刷新も検討中だという。
労組も動く。
新技術を利用して個人で事業をする人が増えている。事務職系産別労組ユニオネンは三年前、個人事業者の加盟を認めた。今、一万人いる。マルティン・リンデル委員長は「賃金上げや職場環境の整備は国民全体の問題だ」と話す。このモデルを色あせない存在にする努力は絶え間ないようだ。
日本ではどうだろうか。
労働市場は終身雇用、年功序列賃金、企業内労組の三つが特徴だ。高度成長期には企業内で雇用をつなぎとめることに役立った。
だが、低成長時代の今、企業は業務縮小や新業務への挑戦が必要だ。「定年まで勤め上げる」発想だけでは乗り切れないかもしれない。
一人当たりの国民総所得はスウェーデン五万四千六百三十ドル、日本の一・四倍になる。
働き続けることへの不安を解消するもうひとつの視点は社会保障改革である。 (鈴木 穣)
沖縄と米朝会談 負担軽減につなげたい 2018年6月26日
東アジアの情勢変化にもかかわらず、なぜ二十年以上前の新基地建設計画に固執するのか。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への「県内移設」は強行せず、計画を見直すべきだ。
太平洋戦争末期、住民を巻き込んだ凄惨(せいさん)な地上戦の舞台となり、当時、県民の四人に一人が犠牲になった沖縄県。旧日本軍の組織的な戦闘が終結したとされる「慰霊の日」の二十三日、沖縄全戦没者追悼式が沖縄県糸満市で開かれた。
翁長雄志県知事は平和宣言で、普天間飛行場の辺野古移設について「まったく容認できない。『辺野古に新基地を造らせない』という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはない」と強調した。
翁長氏の平和宣言での辺野古移設反対表明は二〇一四年十二月の就任以来四年連続だが、今年、特筆すべきは今月十二日の米朝首脳会談に言及したことだろう。
翁長氏は「米朝首脳会談で朝鮮半島の非核化への取り組みや平和体制の構築について共同声明が発表されるなど緊張緩和に向けた動きがはじまっている」と指摘し、「辺野古新基地建設は、沖縄の基地負担軽減に逆行するばかりか、アジアの緊張緩和の流れにも逆行する」と、辺野古移設を唯一の解決策とする政府を指弾した。
そもそも沖縄県には在日米軍専用施設の約70%が集中する。日米安全保障条約体制の負担を沖縄により重く負わせることで成り立ついびつな構造だ。住宅地などに隣接して危険な普天間飛行場の返還は急務としても、同じ県内に移設するのでは、県民にとっては抜本的な負担軽減にはならない。
さらに、東アジアの安全保障環境は大きく変化しつつある。安倍晋三首相が「国難」に挙げていた北朝鮮情勢は「安全保障上の極めて厳しい状況はかつてより緩和」(菅義偉官房長官)された。
冷戦終結間もない国際情勢下に策定された米軍の配置は見直されて当然だ。首相は「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」というのなら、なぜ米朝会談後の情勢変化を好機ととらえないのか。
政府は八月中旬に辺野古海域への土砂投入を始めるという。原状回復が難しい段階まで工事を進め既成事実化する狙いなのだろう。
しかし、県民の民意を無視して工事を強行すべきではない。政府は辺野古移設を唯一の解決策とする頑(かたく)なな態度を改め、代替案を模索すべきだ。それが県民の信頼を回復する「唯一の道」である。
<北欧に見る「働く」とは>(2)国際競争へ労使が一致 2018年6月26日
経営難で収益力が落ちた企業は救わず、失業者を訓練して成長している分野の職場に送り込む。その結果の経済成長率は二〇一六年で3・3%だ。1%台の日本は水をあけられている。
スウェーデン社会が、この政策を選んだ理由は何だろうか。
雇用を守る労働組合にまず聞いた。組合員約六十五万人が加盟する事務職系産別労組ユニオネンのマルティン・リンデル委員長は断言する。
「赤字企業を長続きさせるより、倒産させて失業した社員を積極的に再就職させる。成長分野に労働力を移す方が経済成長する」
経営者はどう考えているのか。日本の経団連にあたるスウェーデン産業連盟のペーテル・イェプソン副会長は明快だった。
「国際競争に勝つことを一番に考えるべきだ。そのためには(買ってくれる)外国企業にとって魅力ある企業でなければならない」
労使双方が同じ意見だ。
人口がやっと千万人を超えた小国である。生き残るには、国の競争力を高める質の高い労働力確保が欠かせない。働く側も将来性のある仕事に移る方が利益になる。政府も後押ししており政労使三者は一致している。
労働組合が経営側と歩調を合わせられるのは、七割という高い組織率を誇るからだ。企業との交渉力があり、政府へは必要な支援策の充実などを実現させてきた。労組のない企業が多く組織率が二割を切る日本ではこうした対応は難しいだろう。
働き続けられることを守るこの考え方は、一九五〇年代にエコノミストが提唱し社会は次第に受け入れていった。政策の変更には時間がかかる。だから早い段階から変化を理解し備えようとする意識がある。
しかし、新たな課題も押し寄せる。人工知能(AI)やITの進展で、職業訓練もより高度なものにならざるを得ない。雇用されずに個人で事業をする人も増えている。働き方は時代で変わらねばならない。 (鈴木 穣)
中台関係 「力比べ」で展望開けぬ 2018年6月25日
中国と台湾の関係にさざ波が立っている。中国は軍事、外交両面で圧力を強め、台湾は米国との関係緊密化でけん制する。「力比べ」は中台の溝を広げるだけで、未来への展望は開けぬだろう。
二〇一六年台湾総統選で国民党候補を破り、政権交代を実現した民進党の蔡英文政権は五月下旬、任期四年の折り返し点を過ぎた。
民進党綱領は「独立」を掲げるが、蔡氏は中台関係の「現状維持」政策をとってきた。中国を刺激しない現実的な姿勢を示したことは、東アジア情勢の安定にもつながったと評価できる。
だが、台湾は最近、急速に対米関係を強化しており、中台関係への負の影響が懸念される。
米国では三月、米台高官の相互訪問を促す「台湾旅行法」が成立し、台湾の潜水艦建造計画に米企業が参加する動きもある。
発足時に50%を超えた蔡政権支持率は最近、30%台前半で低迷する。秋には統一地方選がある。対米傾斜は、蔡氏の対中政策を「弱腰だ」と批判する民進党支援者の声を意識した面もあろう。
だが、何よりも台湾海峡の波を高くしている主因は、中国の露骨な台湾への圧力だといえる。
台湾は中国の不可分の領土という「一つの中国」原則を認めるよう求める中国は、台湾と外交関係のある国を断交に追い込む圧力を続けている。
五月に西アフリカのブルキナファソが台湾と断交し、中国と国交回復することで調印。これで蔡政権発足後、台湾と断交したのは四カ国に上り、外交関係がある国は十八カ国に減った。
スイスで五月に開かれた世界保健機関(WHO)総会に台湾は二年連続で招かれなかった。台湾は〇九年から一六年までオブザーバー参加しており、台湾は「中国の圧力」と反発を強めている。
中国軍は昨夏以降、台湾を周回するようなルートで戦闘機の飛行訓練を繰り返している。
だが、自由で民主的な社会を築いた台湾を力による威嚇でのみこもうとしても、台湾人の反発を招くだけであろう。国際社会もそんな強硬姿勢は認めまい。
中国の習近平国家主席が四月、南シナ海で軍事演習を視察したことに対し、軍艦に乗船し台湾の軍事演習を視察した蔡総統は「演習は力比べではない」と述べた。
中台双方の指導者とも、「力比べ」は対立を深めるだけであり、平和的な対話の先にしか未来がないことを肝に銘じてほしい。
<北欧に見る「働く」とは>(1) 企業は救わず人を守る 2018年6月25日
赤字経営となった企業は救わないが、働く人は守る。
スウェーデンでの雇用をひと言でいうとこうなる。
経営難に陥った企業は残念ながら退場してもらう。しかし、失業者は職業訓練を受けて技能を向上し再就職する。積極的労働市場政策と言うそうだ。
かつて経営難に陥り大量の解雇者を出した自動車メーカーのボルボ社やサーブ社も、政府は救済せずに外国企業に身売りさせた。そうすることで経済成長を可能としている。だから労使双方ともこの政策を受け入れている。
中核は手厚い職業訓練だ。事務職の訓練を担う民間組織TRRは労使が運営資金を出している。会員企業は三万五千社、対象労働者は九十五万人いる。
TRRのレンナット・ヘッドストロム最高経営責任者は「再就職までの平均失業期間は半年、大半が前職と同等か、それ以上の給与の職に再就職している」と話す。
スウェーデンは六年前から新たな取り組みも始めている。大学入学前の若者に企業で四カ月間、職業体験をしてもらい人材が必要な分野への進学を促す。
王立理工学アカデミーは理系の女性、日本でいうリケジョを育成する。この国には高校卒業後、進学せず一~二年、ボランティアなどに打ち込むギャップイヤーという習慣があり、それを利用する。
研修を終えたパトリシア・サレンさん(20)は「生物に関心があったが、研修でバイオ技術とは何か分かった。医学も含め幅広い関心を持てた」と話す。この秋からバイオ技術を学ぶため工科大に進学するという。
以上が世界の注目するスウェーデンモデルだ。解雇はあるが訓練もある。だから働き続けられる。日本は終身雇用制でやってきた。だが低成長時代に入り人員整理も不安定な非正規雇用も増大する。
人がだれも自分にふさわしく働き続けられるようにするには、日本でも新たな取り組みが必要になろう。北欧に、そのヒントはないだろうか。(鈴木 穣)
週のはじめに考える 千もの針が突き刺さる 2018年6月24日
イタイイタイ病が全国初の公害病に認定されて五十年。その激痛は今もなお、形を変えてこの国をさいなみ続けているようです。例えば福島の被災地で。
息を吸うとき、
針千本か 二千本で刺すように
痛いがです
富山市の富山県立イタイイタイ病資料館。入り口近くの壁に大きく書かれた患者の言葉が、わが身にも突き刺さってくるようです。
イタイイタイ病。あまりの激痛に、患者=被害者が「痛い、痛い」と泣き叫ぶことから、地元紙が報じた呼び名です。
富山平野の中央を貫く神通(じんづう)川。イタイイタイ病の発生は、その流域の扇状地に限られます。
◆「公害病」認定第1号
被害者は、川から引いた水を飲み、稲を養い、川の恵みの魚を食べる-、生活の多くの部分を川に委ねた人たちでした。
川の異変は明治の末からありました。神通川の清流が白く濁るのに住民は気付いていたのです。
大正期にはすでに「奇病」のうわさが地域に広がり始めていたものの、調査は進まず、「原因不明」とされていました。
原因が上流の三井金属鉱業神岡鉱山から排出される鉱毒だと明らかにされたのは、一九六〇年代になってから。亜鉛の鉱石に含まれるカドミウムという毒物が体内に蓄積され、腎臓を痛めつけ、骨に必要な栄養が回らなくなったために引き起こされた重度の「骨軟化症」だったのです。
イタイイタイ病を発症するのは、主に三十五歳から五十歳くらいの出産経験のある女性。全身に強い痛みを覚え、骨が折れやすくなるのが主症状。くしゃみをしただけで折れてしまうといわれたほどに、もろくなるのが特徴でした。
全身に七十二カ所の骨折をした人や、脊椎がつぶれ、身長が三十センチも縮んだ人もいました。
六八年五月、当時の厚生省は見解を発表し、その病気は鉱石から流れ出たカドミウムが原因の「公害病」だと結論づけました。
公害病認定第一号-。「人間の産業活動により排出される有害物質が引き起こす健康被害」だと、初めて認められたのです。
これにより、被害者の救済と補償を求めて起こした裁判も七二年八月、原告側の完全勝訴に終わり、被害者団体と原因企業の三井金属鉱業側との間で結ばれた“約束(協定)”に基づいて、神通川の水は再び清められ、美田は回復されました。
しかし例えば、資料館が制作した「イタイイタイ病に学ぶ」と題する案内ビデオは、このようなナレーションで結ばれます。
「イタイイタイ病は終わったわけではありません-」
◆環境の時代への転換点
企業活動との因果関係を明らかにした公害病認定は、環境行政の画期的転換点になりました。
被害者救済や再発防止は政府の責任で進めていくという方向性が定められ、七〇年の「公害国会」につながりました。
イタイイタイ病、水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそく-。これら四大公害病が社会問題化する中で、すでに六七年八月に公害対策基本法が施行されていました。
ところがそれは「経済の健全な発展との調和」を前提とする不完全なものでした。経済優先の考え方が、まだ残されていたのです。
イタイイタイ病の認定などを受けた「公害国会」では、関連する十四の法律が成立し、「調和条項」も、その時削除されました。
2018年6月25日
中国と台湾の関係にさざ波が立っている。中国は軍事、外交両面で圧力を強め、台湾は米国との関係緊密化でけん制する。「力比べ」は中台の溝を広げるだけで、未来への展望は開けぬだろう。
二〇一六年台湾総統選で国民党候補を破り、政権交代を実現した民進党の蔡英文政権は五月下旬、任期四年の折り返し点を過ぎた。
民進党綱領は「独立」を掲げるが、蔡氏は中台関係の「現状維持」政策をとってきた。中国を刺激しない現実的な姿勢を示したことは、東アジア情勢の安定にもつながったと評価できる。
だが、台湾は最近、急速に対米関係を強化しており、中台関係への負の影響が懸念される。
米国では三月、米台高官の相互訪問を促す「台湾旅行法」が成立し、台湾の潜水艦建造計画に米企業が参加する動きもある。
発足時に50%を超えた蔡政権支持率は最近、30%台前半で低迷する。秋には統一地方選がある。対米傾斜は、蔡氏の対中政策を「弱腰だ」と批判する民進党支援者の声を意識した面もあろう。
だが、何よりも台湾海峡の波を高くしている主因は、中国の露骨な台湾への圧力だといえる。
台湾は中国の不可分の領土という「一つの中国」原則を認めるよう求める中国は、台湾と外交関係のある国を断交に追い込む圧力を続けている。
五月に西アフリカのブルキナファソが台湾と断交し、中国と国交回復することで調印。これで蔡政権発足後、台湾と断交したのは四カ国に上り、外交関係がある国は十八カ国に減った。
スイスで五月に開かれた世界保健機関(WHO)総会に台湾は二年連続で招かれなかった。台湾は〇九年から一六年までオブザーバー参加しており、台湾は「中国の圧力」と反発を強めている。
中国軍は昨夏以降、台湾を周回するようなルートで戦闘機の飛行訓練を繰り返している。
だが、自由で民主的な社会を築いた台湾を力による威嚇でのみこもうとしても、台湾人の反発を招くだけであろう。国際社会もそんな強硬姿勢は認めまい。
中国の習近平国家主席が四月、南シナ海で軍事演習を視察したことに対し、軍艦に乗船し台湾の軍事演習を視察した蔡総統は「演習は力比べではない」と述べた。
中台双方の指導者とも、「力比べ」は対立を深めるだけであり、平和的な対話の先にしか未来がないことを肝に銘じてほしい。
ところが二〇一一年三月十一日、そのほころびは再び露呈することになりました。
福島第一原発事故で広範囲に飛び散り、海にも流れた放射性物質は、多くの人にふるさとを失わせ、農業者や漁業者を今も苦しめ続けています。
公害対策基本法のもと、汚染を規制するはずの大気汚染防止法や水質汚濁防止法の対象からは、放射性物質が除外されてしまっていたのです。
福島の事故のあと、放射性物質の「監視」や「報告」が義務付けられはしましたが、規制基準や罰則規定は今もありません。
◆福島に届いていない
福島原発の廃炉は、まだめどさえ立たぬまま、北陸で、四国で、九州で、「経済優先」の原発再稼働が進んでいます。「調和条項」がまだ生きているかのように。
被害者救済、再発防止をめざして生まれた四大公害病の“レガシー(遺産)”は、福島には届いていませんでした。
資料館を出たあとも、「痛い、痛い」と訴える被害者たちの文字通り悲痛な叫びが、追いかけてくるようでした。
公害病認定半世紀。その声に耳をふさぐわけにはいきません。
ブロック塀倒壊 無責任が犠牲を生んだ 2018年6月23日
守れたはずの命だった-。こんな後悔を二度と繰り返さないように備えたい。大阪府北部地震の強い揺れは、ブロック塀の倒壊という人災に転化し、幼い命を奪った。大人の無責任が奪ったのだ。
地震はブロック塀を凶器に変える。危険性が知られるきっかけは、一九七八年の宮城県沖地震だった。その反省から八一年の建築基準法の見直しに併せ、ブロック塀の耐震基準が強められた。
しかし、小学四年の女児が下敷きとなった高槻市立寿栄小学校の塀は、旧基準にさえ違反したまま放置されていた。しかも、三年前に防災専門家が警告したのに、市教育委員会と学校は結果として生かせなかった。
直ちに撤去したり、改修したりしていれば、と思い返すのもくやしい。
ブロック塀の高さは三・五メートルと、上限の二・二メートルを大幅に超えていた。旧基準の上限ですら三メートルだった。加えて、高さが一・二メートルを超える場合には、塀を内側から支える「控え壁」を設けなくてはならないのに、それもなかった。
危険性を指摘され、建築職をふくめた市教委職員らが塀の点検に出向いたが、こうした違法性を見逃していた。亀裂や傾き、劣化度合いのみを確かめ、安全性に問題はないと判断していたという。
子どもを守るべき安全管理態勢としては、あまりにずさんかつ無責任というほかない。
学校の耐震強化策といえば、校舎や体育館などの建物ばかりに目が向きがちだ。外部からの不審者の侵入を防いだり、視線を遮ったりする役目を期待されてきたブロック塀も、当然ながら安全対策の対象だったはずだ。
もちろん、学校だけの問題ではない。今度の地震では、通学路の見守り活動をしていたお年寄りの男性も、民家の塀の下敷きになり、亡くなった。
街路に立つ塀や壁の安全性について、地域ぐるみであらためてチェックしなくてはならない。
国土交通省は点検すべき項目を公表している。高さや厚さは適切か、傾きやひび割れはないか、控え壁はあるか、地中に基礎はあるか。
疑問があれば、専門家に相談したい。必要に応じて補修や撤去を急ぐべきだ。自治体は助成金を出す制度を整えている。当面、注意表示を掲げるのも有効だ。
地震はいつ、どこで発生するか分からない。しかし、天災が人災に転じるのは防ぐことができる。
地上イージス 導入は見直すべきだ 2018年6月23日
米朝首脳会談後の情勢変化にもかかわらず、安倍内閣は地上配備型迎撃システムの導入を進めるという。防衛力は脅威の度合いに応じて節度を保って整備すべきだ。計画を見直すべきではないか。
弾道ミサイルを迎撃ミサイルで撃ち落とす弾道ミサイル防衛システム。安倍内閣は昨年十二月十九日、海上自衛隊の護衛艦に搭載する従来のシステムに加え、地上に配備する「イージス・アショア」を二基導入する方針を閣議決定した。
秋田県と山口県にある陸上自衛隊の演習場に配備、日本全域をカバーするという。
導入理由に挙げていたのが北朝鮮による核・ミサイル開発だ。安倍晋三首相は「北朝鮮による核・ミサイル開発がこれまでにない重大かつ差し迫った脅威となっている」と説明していた。
しかし、北朝鮮の脅威の度合いは今月十二日の米朝首脳会談後、明らかに変化している。それは安倍内閣も認識しているはずだ。
菅義偉官房長官が「日本にいつミサイルが向かってくるか分からない、安全保障上の極めて厳しい状況はかつてより緩和された」と述べたのは、その証左だろう。
にもかかわらずイージス・アショア導入方針を堅持するという。小野寺五典防衛相はきのう秋田、山口両県を説明に訪れ、「脅威は変わってない」と述べた。菅氏の発言との整合性を欠いている。
導入には一基一千億円程度かかるという。迎撃ミサイルの命中精度にも懸念がある。国際情勢が好転の兆しを見せる中、高額装備の導入をなぜ急ぐ必要があるのか。
その背景に米国からの防衛装備品の購入圧力があると疑わざるを得ない。トランプ米大統領は昨年十一月六日、日米首脳会談後の記者会見で「首相は米国からさまざまな防衛装備を購入することになる。そうすればミサイルを撃ち落とすことができる」と述べ、首相は「北朝鮮情勢が厳しくなる中、日本の防衛力を質的に量的に拡充しないといけない。米国からさらに購入するだろう」と応じた。
イージス・アショア導入を閣議決定したのはその約一カ月後だ。脅威が差し迫っているのならまだしも、緊張緩和局面での計画強行は、米国の意向に沿った、導入ありきとの批判は免れまい。
政府は北朝鮮の弾道ミサイルを想定した住民避難訓練を当面中止することを決めた。同様にイージス・アショア導入も見合わせてはどうか。防衛政策は情勢の変化に応じて不断に見直す必要がある。
高等教育無償化 中所得層は置き去りか 2018年6月22日
所得の低い層を手厚く支える国の施策に異論はないが、高等教育の費用負担は中所得層にも重くのしかかる。奨学金を借り入れざるを得ない学生も多い。逆差別を招かない制度の設計を求めたい。
家庭が貧しく、高等教育の機会に恵まれなかった子どもも、また貧しくなる。負の連鎖を断ち切るために、国は低所得層に対し、大学や短大、専門学校などに要する費用の負担を軽くする制度の枠組みを決めた。
住民税非課税世帯とそれに準じる年収三百八十万円未満までの世帯を対象に、授業料や入学金の学費と生活費を支える。すべて返済不要だ。消費税の増税分を使い、二〇二〇年度から実施するという。
近年、大学・大学院卒と高校卒の学歴の違いは、およそ七千五百万円の生涯賃金の格差となって跳ね返るという。教育水準の底上げは、学び手本人はもちろん、社会全体の利益の向上に結びつく。
大学に進学する場合、国公立か私立か、自宅から通うか下宿するかなどの条件で費用は変わる。
非課税世帯については、子ども一人あたり年間百万円から二百万円ぐらいの支給を視野に入れての議論になるのではないか。その上で、段階的に金額を引き下げながら、年収三百八十万円未満までの世帯を支援する設計となる。
限りある財源を、低所得層に優先的にふり向ける考え方はうなずける。けれども、高等教育費の負担は中所得層にとっても重く、少子化の圧力にもなっている。
国の奨学金事業を担う日本学生支援機構の一六年度調査では、大学生のほぼ二人に一人は奨学金を利用し、そのうち七割余は年収四百万円以上の家庭の出身だ。在学中はアルバイトに時間を割き、借金を抱えて社会に出る人も多い。
たとえば、子どもの人数や要介護者の有無、資産の多寡といった個々の家庭の事情を度外視した仕組みが公平といえるか。少しの収入差で対象から外れる世帯や高校を出て働く人が納得できるか。
親が学費を賄うべきだとする旧来の発想に立つ限りは、こうした疑問は拭えないだろう。
自民党教育再生実行本部は、国が学費を立て替え、学生が卒業後の支払い能力に応じて返す出世払い制度の導入を唱える。オーストラリアが採用している。学び手本人が学費を賄う仕組みは一案だ。 もっとも、高等教育の恩恵に浴する国がもっと公費を投じ、私費負担を抑える知恵がほしい。慎重かつ丁寧な議論を重ねたい。
玄海4号再稼働 積もる不安と核のごみ 2018年6月22日
佐賀県の玄海原発4号機が再稼働、送電を開始した。立地地元以外の住民への配慮は依然、欠いたまま。それにしても原発を動かすほどに増えていく核のごみ。いったい、どうするつもりだろうか。
重要課題の先送り、住民の不安置き去り、そして再稼働の強行が、いつしか“普通”になってしまった感がある。
玄海原発では、トラブルが続いていた。
3号機では三月の再稼働から一週間後に、配管からの蒸気漏れが見つかった。4号機でも先月初め、冷却水の循環ポンプに異常が発生し、六年半ぶりの再稼働は延期になった。
原子力規制委員会の審査は、パスしたはずの二基だった。
トラブル発生の県などへの通報も迅速とは言い難く、住民の不信は一層膨らんだ。
避難計画への不安も改善された様子はない。
他の多くの原発同様、玄海原発も地理的に特異な場所に立っている。国から避難計画の策定を義務付けられた半径三十キロ圏内に二十の有人離島があり、島の住民の大半が海路での避難を余儀なくされる。避難の成否も天候次第、常駐の医療従事者がいない島もある。
多くの住民が二重、三重の不安を抱えつつ、対岸の原発を日々眺め暮らしている。
川内二基と玄海二基。九電がめざした「原発四基体制」は整った。だが四基が動けば当然それだけ、核のごみも出る。
核燃料の寿命は三年から四年。玄海原発では今後、定期検査のたびに一基あたり約七十体の使用済み燃料が発生することになる。
使用済み燃料は原発内の貯蔵プールで冷やしながら保存する。
玄海原発の貯蔵プールはすでに八割方埋まっており、あと五年から七年で満杯になる計算だ。
高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉が決まり、核のごみを再利用する核燃料サイクル計画は破綻した。
最終処分のあてはなく、フランスと共同の高速炉計画も先細り。行き場を失い、いよいよ核のごみがあふれ出す。
四基体制が整ったことで九電は、太陽光発電の送電網への受け入れを制限することになるという。つまり原発優先だ。
世界の流れに逆行し、原発神話が九州で完全復活するらしい。
神話の先には巨大な落とし穴が待つことも、福島の事故が教えてくれたはずなのに-。住民の不安はまた募る。
国会会期延長 「悪法」を押し通すのか 2018年6月21日
国会が三十二日間延長された。安倍政権が重視する「働き方」や「カジノ」法案などの成立に万全を期すためだという。国民への影響が懸念される「悪法」ぞろいだ。押し通すのは強引ではないか。
毎年一月に召集される通常国会の会期は百五十日間。国会法の規定により一回だけ会期を延長できる。今の通常国会はきのう会期末を迎えたが、政権側は七月二十二日まで延長することを決めた。
安倍晋三首相は今年一月の施政方針演説で、長時間労働の解消や雇用形態による不合理な待遇差是正など、働き方「改革」を断行すると強調。きのうの山口那津男公明党代表との党首会談では「働き方改革国会とうたってきたので、法案成立を図りたい」と、会期延長の理由を説明した。
国会は国民の代表たる議員同士が、国民の暮らしをよりよくする政策について議論し、行政を監視する場である。必要なら会期を延ばして議論を続けるのは当然だ。
しかし、法案に問題点があり、野党がそれを指摘しているにもかかわらず、政権側が強引に成立させるための延長だとしたら、直ちに賛同するわけにはいかない。
「働き方」関連法案は、年収の高い専門職を労働時間の規制から外す高度プロフェッショナル制度(高プロ)の創設を含み、「残業代ゼロ法案」とも指摘される。
審議でも過重労働の懸念は払拭(ふっしょく)されず、制度導入に向けた厚生労働省による専門職からの聴取のずさんさも明らかになった。待遇差是正は急務でも、高プロ創設と一括提案した政府の手法には違和感を覚える。衆院に続いて参院でも採決を強行しようというのか。
カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案も同様だ。刑法が禁じる賭博を一部合法化する危険性や、ギャンブル依存症患者が増える恐れが審議で指摘されたにもかかわらず、与党は十九日、衆院を強引に通過させた。
共同通信の世論調査では約七割がIR法案の今国会成立の「必要はない」と答えた。慎重な世論をなぜ顧みないのか。
自民党が提出した参院定数を六増する公職選挙法改正案は撤回し、与野党間の再協議を求めたい。「一票の不平等」是正の必要性は認めるが、比例代表に「特定枠」を設けて合区対象県の候補者救済を図るのは党利党略が過ぎるからだ。
会期延長により、森友・加計両学園をめぐる問題の追及機会は増える。国政調査権を駆使して事実解明に努めるべきは当然である。
18歳成人 少年法は現行の制度で 2018年6月21日
成人年齢を二十歳から十八歳に引き下げる改正民法が成立した。選挙権年齢に合わせ、国法上の統一を狙ってのことだ。次は少年法が標的となろう。適用年齢を十八歳未満とすることには反対する。
国会では改正法成立にあたり「若年者の消費者被害を防止するための必要な法整備」などを求める付帯決議が入った。
つまり十八歳になると親の同意なしに契約ができ、ローンを組むことも可能となる。これまで十八、十九歳は高価な買い物をしても解約できる未成年者取り消し権があったが、これは喪失する。
当然、消費者被害の拡大が予想される。悪徳商法対策を強化した消費者契約法も改正されたが、効果は十分ではないようだ。付帯決議はその懸念の表れだ。高校などで消費者教育も必要になろう。
親が離婚した場合、養育費の支払いも「成人まで」と決めれば、十八歳で打ち切られる。もともと経済的に自立していない若者が多い中、困窮者の増大も予想されるのである。日弁連会長がこの法律の成立に「遺憾の意」を表明したのもそうした理由からだ。
もともと世論も「十八歳成人」を望んでいなかった。内閣府の二〇一三年の世論調査では約七割もの人が「反対」意見だった。それでも政府が「若者の社会参加」などを口実に改正したのは、国法上の統一が眼目であるためだろう。
すると次の焦点は少年法だ。適用年齢を二十歳未満から十八歳未満へと引き下げる改正に移ることになろう。これを最も恐れる。
現行制度では二十歳未満の事件はすべて家庭裁判所に送致し、調査官や少年鑑別所による科学的な調査と鑑別の結果を踏まえる。そして少年にふさわしい処遇を決める手法である。
非行少年は多くが成育の環境などに問題を抱えている。そんな少年をどうやって更生させ、社会に適応して自立させるか。
それには福祉的でかつ教育的な方法を採用するのが最も有効なのだ。その結果として更生し、社会復帰し、再犯防止にもつながっていくのである。
この方法によって大きな効果を上げている。犯罪白書では刑法犯の少年の検挙人数は十三年連続で減少している。二十歳未満とする現行少年法は有効に機能している。その認識は重要である。
飲酒や喫煙、公営ギャンブルは現行法を維持する。すべて「十八歳で統一」という理由など、どこにもないはずである。
加計氏の会見 国会での解明が必要だ 2018年6月20日
「一切獣医学部の話はしていない」と言うだけでは信じ難い。きのう初めて記者会見した加計孝太郎学園理事長。行政の公平・公正性に関わる問題である。国会に証人喚問し、事実を解明すべきだ。
公平・公正であるべき行政判断が、安倍晋三首相の直接または間接的な影響力で歪(ゆが)められたのか否か。この極めて重要な問題を報道機関に対するただ一回の会見だけで幕引きとすることはできない。
学校法人「加計学園」による獣医学部の愛媛県今治市への新設問題。県の文書には加計氏が二〇一五年二月二十五日、首相と十五分程度面談した際「今治市に設置予定の獣医学部では、国際水準の獣医学教育を目指す」ことを説明し、首相から「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」とのコメントがあったと、学園が県に説明した、と記されていた。
しかし、学園側は愛媛県の文書が五月に国会提出された後、県への説明が虚偽だったとして首相と加計氏との面談を一転して否定。加計氏はきのうの会見で「記憶にも記録にもない」と強調した。
首相と加計氏の面談は本当になかったのか。獣医学部の話は両氏の間で一切していないのか。県に対しても虚偽の情報を伝えた学園の説明だ。にわかには信じ難い。
そもそも県への虚偽説明をなぜ三年以上も隠蔽(いんぺい)したのか。県への説明を虚偽としたのも、加計氏との面談を否定し、学部新設計画を初めて知ったのは一七年一月二十日だと強弁する首相を守るためではないのか。疑問は尽きない。
県文書は一五年四月、当時の柳瀬唯夫首相秘書官が県職員同席の場で「獣医学部新設の話は総理案件になっている」と話したことも記す。こうした発言が出るのも、加計氏の学部新設を「腹心の友」の首相が支援する構図を政権内で共有していたからではないか。
事実解明には加計氏に加え、虚偽説明をしたとされる渡辺良人事務局長も証人として国会に招致することが必要だ。国会は国民の疑問に応えるため、国政調査権を発動し、国権の最高機関としての役割を果たすべきである。
加計氏はきのう、虚偽説明について、渡辺氏が学部新設を「前に進めるため」だったと述べた。
たとえ加計氏の直接の指示ではないとしても、自治体に虚偽の説明をしてでも学部新設という目的を達成しようとした学園に、大学という高等教育機関の運営に携わる資格があるのか。事実解明と併せて厳しく問われるべきだろう。
米韓演習中止 約束には行動で応えよ 2018年6月20日
関係改善を優先して、懸案の非核化を動かそうという試みだろう。米国と韓国が恒例の合同軍事演習の中止に踏み切った。次は、北朝鮮が約束通り、「完全な非核化」に向けた行動を示す番だ。
軍事演習は、「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」と呼ばれ、毎年八月に実施されている。
朝鮮半島で全面戦争が起きたと想定し、コンピューターを使って対応能力を点検するシミュレーション訓練だ。
韓国軍約五万人、米軍約二万人が参加する大規模なもので、北朝鮮は再三、中止を求めていた。
きっかけは、米朝首脳会談でまとめられた共同声明の中にある。
「完全非核化」の原則は盛り込まれたものの、具体的な手順や日程が明示されておらず、内容が不十分だと批判されている。
しかし一方で、声明には「新しい米朝関係の樹立」と「相互の信頼醸成による非核化促進」という注目すべき条項も盛り込まれた。
相互不信の中で非核化交渉が中断した経験を踏まえ、まず信頼関係を築いて、非核化のプロセスを進めるという新たな考え方だ。
トランプ米大統領も首脳会談後の記者会見で、「(北朝鮮と)交渉中という状況の下で、(米韓)軍事演習を行うのは不適切」と語った。この約束が、さっそく実行されたことになる。
演習中断には、「北朝鮮の具体的な行動がない段階で、譲歩しすぎ」との批判もある。
しかし、過去にも北朝鮮の核問題解決のため、米韓合同軍事演習が中止されている。今回も、協議を進めるための環境づくりとして、理解できる。
それでも気になるのは、北朝鮮の動きが見えないことだ。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長は、首脳会談で「ミサイルエンジン実験場の破壊」を表明したが、まだ確認されていない。
ポンペオ米国務長官が共同声明を具体化するため、近く訪朝する予定だ。正恩氏は、非核化を進める手順や期限を早期に提示し、実行に移してほしい。
韓国国防省は、軍事演習は完全な中止ではないとしている。北朝鮮の誠意ある行動がなければ、いつでも再開するという意味だ。
一方、正恩氏は十九日、北朝鮮に理解を示す中国に、三回目となる訪問を行った。仮に非核化への取り組みを遅らそうと狙っているのなら、国際社会の目は厳しくなり、経済制裁もいっそう強化される。忘れてもらっては困る
大阪で震度6弱 いつ、どこでも起きる 2018年6月19日
地震国ニッポン。今度は大阪で起き、広範囲で揺れた。都市直下型地震は被害が大きくなりやすい。それに見合って防災は進化しただろうか。
(1)再び塀は倒れた
四十年前の一九七八年六月十二日、宮城県沖地震があった。死者二十八人のうち十八人がブロック塀などの下敷きで亡くなった。電気、ガス、水道といったライフラインはズタズタになり、鉄道は止まった。私たちは都市型災害の恐ろしさを知ったはずだった。
今回の地震で、通学途中の女児と、見守り活動に行こうとしていた男性の二人が塀の下敷きとなって死亡した。宮城県沖地震の教訓を生かせず、命を守れなかったのが残念だ。
建築物の大きな被害は報告されていない。火災も非常に少なかった。防災力は改善されてきたと考えたいが、ガラスや看板、壁材などの落下はあった。エレベーターに閉じ込められた人もいた。
気象庁の発表も変わった。
一昨年の熊本地震までは余震情報だったが、今回は「過去の事例では、大地震発生後に同程度の地震が発生した割合は1~2割あることから(中略)最大震度6弱程度の地震に注意してください」となった。家屋やビルが傷んでいたら、応急危険度判定士のような専門家に耐震性を判断してもらうことが大切である。
残念ながら地震は予知できない。今回は有馬-高槻断層帯との関連が注目されているが、同断層帯はZランク、つまり三十年以内の発生確率は0・1%未満。確率上、起きそうもないが、マグニチュード(M)6クラスの地震は、長期評価の対象にもなっていない。いつ、どこでも起きるのだ。
(2)自治体の発信は?
被災地では混乱が続いている。交通網は乱れ、ライフラインはまだ完全には復旧していない。大都市の場合、経済的な被害は、地震による直接被害だけでなく、地震後の混乱によるものも大きい。日常生活が早く戻ることに期待したい。
震災ではよく、災害弱者の安全確保が課題となる。早い復旧は災害弱者には特にありがたい。
訪日外国人が急増しているが、言葉が通じないなら災害弱者になる。大阪だけで年間の訪日外国人の宿泊者数は一千万人を超える。多くは中国、韓国、台湾から。ホテルの中には外国語で対応できるスタッフがいない施設もある。英語だけも多い。
外国人の中には「日本に来て初めて地震を経験した」という人が多そうだ。その恐怖感を和らげるためにも、多言語で情報を伝える仕組みが必要である。
インターネットの普及で、災害時にネットを利用することが政府や自治体などで検討されている。情報の提供と収集を狙う。
例えば、大阪市危機管理室は公式ツイッターで「大阪市内での災害時の情報や防災情報を発信します」と書いてある。だが、直後に「午前7時58分頃に強い地震が発生しました。テレビなどの情報を確認してください」と書き込んだ後、約四時間、情報は出ていない。発生直後に情報を発信するのは、どこの自治体でも難しい。災害対応が一段落したら、ぜひ、検討してほしい。
ネットの活用を研究、実践している非政府組織(NGO)もある。連携するのも一案だろう。
防災でよく話題になるのは、首都直下地震と南海トラフ地震。三十年以内の発生確率はそれぞれ70%程度と70~80%である。この二つの地震の被害想定区域に住んでいない人の中に「自分の住んでいる所は地震はない」との誤解はないだろうか。
大阪市は従来、南海トラフ地震と併せ市の中心部を南北に走る上町断層を警戒していた。市街地に活断層があるのは、名古屋も京都も神戸も同じである。
(3)大地動乱の時代
南海トラフ地震は、過去にも繰り返し起き、発生前に地震活動が活発化するとの見方がある。東日本大震災によって、日本列島の地殻には大きなひずみが生じ、それがいまだに解消されていないとの指摘もある。
どこでも起きる可能性があるM6クラスの地震だが、震源が浅ければ大きな揺れを引き起こす。被害は補強されていないブロック塀や転倒防止の対策がない家具など、弱い部分に集中する。
日本が地震国といっても、大きな地震が続く時期もあれば、少ない時期もある。戦後は少ない方だった。その実体験をもとに油断してはいけない。むしろ「大地動乱の時代」に入ったと覚悟し、日ごろの減災に努めたい。
種子法廃止に考える 食料主権の問題です 2018年6月18日
植えたての田んぼに梅雨は慈雨。緑が映える見慣れた景色。でも待てよ、日本の主食と言いながら、そのもとになる種子のこと、私たち、知らなすぎ。
昨年四月、国会は種子法の廃止を決めた。審議時間は衆参合わせて十二時間。その法律がそれまで果たしてきた役割も、廃止に伴う人々の暮らしへの影響も、そもそもそれがどんな法律なのかも、恐らくほとんど知られずに。
正しくは主要農作物種子法。わずか八条の短い法律だった。
主要農作物とは稲、大豆、はだか麦、小麦、および大麦-。つまり主食系である。
「あって当たり前の空気のような存在として、ことさらその大切さを考えることが少なかった法律と言えよう」
龍谷大教授の西川芳昭さんは「種子が消えれば あなたも消える」(コモンズ)に書いている。
種子法の制定は一九五二年の五月。サンフランシスコ講和条約が発効し、この国が主権を取り戻した翌月だった。
◆戦争への反省に立ち
第二次大戦末期、米や麦は一粒でも多く食用に回さねばならなくなり、種を取る余裕を失った。そのことが戦後の食糧難を一層深刻にしたのである。
種子法も憲法と同じ、先の大戦の反省に立ち、私たち国民を守るために生まれた法律だった。
もう二度と、種が途絶えて人々が飢えることのないように、穀物の優良な種子の開発と安定的な供給を都道府県に義務づけたのだ。
これを根拠に都道府県は、その土地の気候風土に合った奨励品種を定め、公費を使って作出し、その種子を安く農家に提供し続けてきた。
稲の場合、種子の流れはこうである。
まず県の農業技術センターなどで「原原種」が生産される。原原種とは、せっかく開発した優良品種に別の“血”が混じらないよう、公的機関が毎年責任を持って生産する大本の種のこと。CDで言えば原盤だ。「原原種」を増殖させたものが「原種」である。この原種がさらに特定の種子農家のもとで増やされて、一般の農家に販売される。
◆競争原理はそぐわない
その種子法がなぜ廃止されたのか。おととし秋に国が定めた「農業競争力強化プログラム」には次のように書かれている。
<戦略物資である種子・種苗については、国は、国家戦略・知財戦略として、民間活力を最大限に活用した開発・供給体制を構築する->。そのためには<地方公共団体中心のシステム>である種子法が、民間の開発意欲を阻害していたというのである。現政権お得意の「成長戦略」の一環だった。
種子法廃止で都道府県が直ちに種子の供給を止めるわけではない。だが、海外の大資本の参入により、日本人の主食を守り続けてきた「公的種子」の開発、供給システムが、崩される恐れはある。
モンサントやデュポンなど、わずか八社で世界の種子の売り上げの約八割を占めるという。
種子法の対象外ではあるが、少し前まで日本の野菜の種は、100%国産だった。今や九割が海外生産だ。そして大半が、自家採種が不可能なハイブリッド(F1)の品種に取って代わられた。
野菜の種子の価格は、四十年前の約三倍になったという。
「ニンジンがニンジンくさくなくなった。ピーマンがピーマンくさくなくなった。においも味も、どんどん画一化されていく。それがつまらなかったんだなあ」
「あいち在来種保存会」代表の高木幹夫さんが、地場の希少野菜の種を集め始めた理由である。
「農作物の多様性、豊かさを守るため、私は“種採りじじい”になった。種子の種は、種類の種でもあるからね」
米や麦が近い将来、野菜のようにならないという保証はない。
種子法廃止で一つ確かに言えること。多様性の喪失だ。
市場競争の勝者による淘汰(とうた)が進み、種子の多様性が失われ、消費者の選択肢も次第に狭められていく―。
◆自分で選ぶべきだから
そもそも種子は命そのもの、命をはぐくむものである。だから「みんなのもの」だった。すべてを競争原理の世界に放り込み、勝者による独占に委ねてしまっていいのだろうか。
「これは、食料主権の問題です」と、西川教授は考える。
私たちが何を育て、何を食べて生きていくかは、私たち自身で決めるべきではないのだろうか。「主食」であればなおさらだ。
今国会でも復活の声が上がった種子法は、私たち主権者=消費者にも無関係ではないのである。
週のはじめに考える 多死社会がやってきた 2018年6月17日
「超高齢社会」の次に迎えるのは「多死社会」だと言われるようになりました。いや、わたしたちは既に多死社会を迎えたというべきかもしれません。
多死社会という言葉を近年、人口学の研究者らが使うようになりました。
高齢者の増加により国内の死亡数が増え続け、人口が減っていく社会形態をいい、高齢化率、つまり六十五歳以上の人口の割合が総人口の21%を上回る超高齢社会の次に訪れる段階と位置付けられているそうです。
◆すでに超高齢社会
日本は、二〇一〇年国勢調査の段階で高齢化率が21%を超え、既に超高齢社会となっています。わたしたちは多死社会をいかに迎えつつあるのでしょう。
厚生労働省が今月一日、昨年の人口動態統計(概数)を公表しました。予想されていたことではありますが、生まれてくる赤ちゃんの数は減り続けています。
二〇一七年の出生数は、前年よりさらに三万人も減って九十四万六千人余。二年連続で百万人を割り込みました。合計特殊出生率、つまり女性一人が生涯に産む子どもの推定人数は、前年比〇・〇一ポイント減の一・四三となりました。
ここに至る経緯を振り返ってみます。
日本の出生数は、際立って多かった第一次ベビーブーム、つまり「団塊の世代」が生まれた一九四七~四九年には年に二百六十万人台を数えていました。
その団塊の世代が出産適齢期を迎えた七一~七四年も第二次ベビーブームとなり、年間出生数は再び二百万人を超えました。
以後、出生数は右肩下がりで減り始めますが、「団塊ジュニア」とも呼ばれる第二次ベビーブーム世代が出産適齢期を迎えれば第三次ブームが来るはずでした。
◆来なかった第三の波
ところが、その時期が長期不況の就職氷河期と重なり、先の見通せぬ雇用状況の中で家庭を持てぬ若者が増え、結局、日本の人口ピラミッドに第三の波が現れることはなく、少子化が加速してしまったのです。
逆に、死亡数は近年、急速に増えてきました。二〇〇三年に百万人を超え、昨年は百三十四万人余で戦後最多を更新しています。
当面、死亡数の増加が続くことは間違いなく、そのピークは団塊の世代が九十歳以上となる三九年ごろ、百六十七万人前後となる見通しです。
わたしたちの社会は、このまま先細りとなるのでしょうか。
子どもを産み、育てやすい社会を目指す動きが近年、着実に進み始めました。それに連動し、減り続けてきた出生率が多少、持ち直してもいます。
しかし、底を打った出生率が上向いても、出産適齢期を迎える女性が減り続ける以上、当面、人口減に歯止めはかからないのが冷厳な現実です。
政府は「骨太の方針」に、外国人の長期就労に門戸を開く新たな在留資格創設を盛り込みました。
人口減に伴う労働力不足を解消するため、高度な専門知識を持つ人材に限ってきた受け入れ方針を事実上、転換するものです。
働きながら学ぶ、という建前の外国人技能実習制度などで場当たり的に対応するのは限界だ、ということのようです。
在留資格の見直しは、日本社会に新たな多様性の風を吹き込む可能性も秘めていますが、不足する労働力の数合わせに終始するなら、将来に大きな禍根を残すことになるかもしれません。
例えば、旧西ドイツが高度成長期、単純労働の担い手としてトルコなどから大量に受け入れたガストアルバイター(客人労働者)は、ドイツの言葉や文化を習得できぬまま地域で孤立し、やがて社会の分断を招く一因にもなったと指摘されています。
あるいは、一時しのぎの労働力として遇するだけなら外国人には来てもらえぬようになるかもしれません。合計特殊出生率は、例えば韓国が一・一七、シンガポールが一・二〇(ともに一六年)。つまり日本よりも低いのです。多くの国で人口減少が進み、いわば、労働力の奪い合いとなる可能性も現実味を帯びてきているのです。
◆議論すべき時は来た
多死社会の到来で今後、人口減が急速に進みます。
これまでのような経済規模を維持するなら、労働力は足りなくなる。では本格的に外国人を受け入れるのか。受け入れるなら、日本社会に溶け込んでもらうため、受け入れる側の発想の転換や努力が求められるはずです。
それより、身の丈に合わせて戦略的な縮小を考えた方が豊かな社会になるのかも。
何を目指すのか。現実を直視して議論すべき時が来ています。
骨太の方針 甘い見通しが財政壊す 2018年6月16日
政府が決めた経済財政運営の指針「骨太の方針」は究極の無責任な中身だ。財政健全化の目標を先送りするだけでなく一段と甘い指標を採り入れた。今良ければ「後は野となれ山となれ」なのか。
安倍政権の五年間は、現実離れした高い経済成長見通しを掲げ、成長頼み一辺倒できたといっていい。歳出抑制や増税など痛みを伴う財政健全化には常に後ろ向きだった。今回の骨太の方針は、財政規律のなさはそのままに、さらに楽観的すぎる内容に後退した内容である。
財政健全化の一里塚である「基礎的財政収支(PB)の黒字化」は、従来の二〇二〇年度から二五年度に先送りした。
加えて中間指標として二一年度に対GDP(国内総生産)比での債務残高や財政収支の赤字、PBの赤字などを点検するとした。
これはGDPが増えれば改善が見込まれるため、これまで以上に積極財政による成長志向を強めるおそれが強い。赤字そのものが減るわけではないので、より危うくなるともいえる。
諸悪の根源は内閣府がつくる経済成長見通しの甘さだろう。名目で3%、実質2%というバブル期並みの現実離れした数字である。二五年度のPB黒字化も、消費税率の10%への引き上げ(一九年十月)後や東京五輪・パラリンピック後も含めて、高成長が続くのを前提としている。明らかに楽観的すぎるだろう。
政府内の省庁がつくる経済見通しでは客観性に欠け、信頼性も著しく低いということだ。例えばドイツは経済財政見通しの策定には民間シンクタンクが関与する。カナダは経済見通しの前提であるGDPは民間の平均予測値を用いる。正確性や客観性を担保する仕組みを諸外国は採り入れている。
世界一の借金大国である日本だけが、内々で都合のいい数字をはじき出していると非難されても仕方のない状況だ。これでは財政再建など進むわけはない。
成長志向一辺倒の安倍政権は肝心なことも見落としている。財政の悪化により社会保障制度の持続可能性に国民が不安を抱いていることが、消費の低迷ひいては成長を阻害していることだ。
国際通貨基金(IMF)がそう警告している。「積極財政」といえば威勢がいいが、財政規律を失った放漫財政は逆に成長を阻むのである。
国民の安心感と納得感が得られる税財政改革が急務である。
福島第二原発 目の前の廃炉に全力を 2018年6月16日
東京電力が福島第二原発廃炉を表明。遅きに失した感はある。だがこの上は計十基の廃炉事業に全力を傾注し、速やかに成果を上げること。東電という企業に残された恐らく最後のチャンスである。
「(福島第二原発が)復興の妨げ、足かせになる」と、東京電力の小早川智明社長は言った。
そこへたどりつくまでに七年以上もかけたとすれば驚きだ。
福島第二も第一同様、地震と津波の被害を受けて電源を喪失し、メルトダウン(炉心溶融)の危機に陥った。
唯一生き残った外部電源を頼りに、何とか冷温停止に持ち込んだ。紙一重の僥倖(ぎょうこう)だった。
サイトは二つ、しかし外から見れば同じ「福島原発」、誰がどう見ても福島で原発を動かすことは不可能だ。この決断は遅すぎる。
第一の六基に加えて第二の四基。東電は世界史上例のない、原発十基の廃炉事業を背負うことになる。並大抵のことではない。
メルトダウンを起こした第一原発の三基は、溶け落ちた核燃料の状態もまだ把握できていない。机上の工程表は示されてはいるものの、作業自体はスタートラインに立ったとも言い難い状況だ。地下水の流入、汚染水の処理にさえ、いまだ手を焼く状態だ。
廃炉、賠償にかかる費用は推計二十一兆円。恐らくさらに膨らむことになるだろう。東電がどれだけ大企業だったとしても、到底背負いきれるものではない。
その上さらに、第二の廃炉費用がのしかかる。
「東電に原発運転の資格なし」と考えるのは、福島県民だけではない。
東電は唯一残った新潟県の柏崎刈羽原発の再稼働に意欲を見せる。十日の新潟県知事選で与党の支持する新知事が誕生したが、新潟県民の原発不信、東電不信が解消されたわけではない。
原発の安全を維持するには、膨大な費用がかかると教えてくれたのも東電だが、今の東電に、余力があるとは思えない。
いくら「国策」だからと言って、血税の投入にも電気料金の値上げにも限度というものがあるはずだ。
第二原発の廃炉を契機に東電は、今度こそ本当に生まれ変わるべきではないか。再稼働へのこだわりも、きっぱり捨てて。
福島や新潟の不安や不信を受け止めて、目の前の巨大な課題を直視して、そこに全力を注ぐ姿勢をまず示すべきだろう。
孤立するアメリカ 破壊のつけは我が身に 2018年6月15日
今や米国は世界の深刻な不安要因である。トランプ大統領がいそしむ秩序破壊の後には混乱が広がる。そのつけは自身に返ってくることを悟るべきだ。
米国の威信低下が著しい。米ギャラップ社が昨年、百三十四の国・地域で実施した世論調査によると、米国の指導力を評価する人は30%と、オバマ政権時の二〇一六年から18ポイントも下落した。
しかも同盟国・友好国で評価しない人が多い。ノルウェーは評価しない人が83%と最も高く、カナダとメキシコも七割を超えた。
◆同盟国も「敵国」扱い
自由、人権、民主主義という共通の価値観で結ばれた同盟国・友好国とのあつれきは、カナダで先週開かれたG7サミットを引き裂いた。米国の金利上げに伴う新興国の通貨安、イタリアの政治不安による欧州市場の動揺、中東情勢の混迷-。リスク要因に事欠かない状況を前にG7は結束できなかった。
はらわたが煮えくり返る思いだったのだろう。議長国カナダのトルドー首相は総括記者会見で「第一次大戦以来、われわれは米軍兵士と肩を組んで異国の地で戦ってきた。米国が安全保障を理由にすることを軽く見るわけにはいかない。これは侮辱だ」と述べた。
トランプ政権がカナダはじめ欧州連合(EU)や日本という同盟国に導入した鉄鋼・アルミニウムの輸入制限の理由に、よりによって安全保障を挙げたことを批判した発言だ。
敵国同然の扱いをされたと怒るカナダと欧州は報復する構えだ。貿易戦争に発展しかねない雲行きである。
第二次大戦の欧州戦線の先行きが見え始めた一九四四年七月、米国東部のブレトンウッズに連合国が集まり、米ドルを基軸通貨とする国際経済の仕組みを固めた。国際通貨基金(IMF)と世界銀行の創設も決まり、ブレトンウッズ体制は産声を上げた。
米ホワイトハウスの西側にはIMFと世銀の両本部が付き従うように立つ。米国が事実上支配した戦後の世界経済体制を象徴する光景である。
四八年には関税貿易一般協定(ガット)ができた。二九年の大恐慌によって各国が保護主義に走り世界経済のブロック化が進んだ。それが第二次大戦の遠因になったという反省から生まれた自由貿易推進のための協定だ。九五年にガットは発展的に解消し、世界貿易機関(WTO)が発足した。
米国自身が大きな恩恵を受けたこうした経済体制を、トランプ氏は壊しにかかっている。
◆大国に求められる自律
輸入制限には米国内でも、鉄鋼の大口消費者である機械メーカー、アルミ缶を必要とするビール業界などが反対を唱える。コスト上昇や雇用喪失につながるからだ。米製品の競争力もそがれ、世界経済も混乱する。貿易戦争に勝者はいない。
独善と身勝手で米国を孤立に追いやるトランプ氏。それでも最近、支持率は持ち直し四割台に乗った。
大国が身勝手な振る舞いをすれば、他国とのあつれきを生む。誰も国際規範を守ろうという気をなくす。混乱が広がり、そこにつけ込んで自分の利益を図る者が現れる。だからこそ大国は自ら律する意思が求められる。
超大国の米国であっても力には限界があり、難しい国際問題には他国との協調対処が必要となる。昨年、北朝鮮に最大限の圧力をかけるよう各国に呼び掛けたのは、トランプ氏ではなかったか。
一方、G7サミットと同時期に開かれた上海協力機構(SCO)の首脳会議。ホスト国の習近平中国国家主席がロシアや中央アジアなどの各国首脳らを前に、SCOは「世界の統治を完全なものにする重要な勢力だ」と述べた。国際舞台では米国の退場で生じた空白を中国やロシアが埋めにかかっている。
G7サミットに出席したトゥスクEU大統領は「ルールに基づく国際秩序が試練に立たされている。その元凶が秩序の保証人たる米国であることにはまったく驚かされる」と語った。
◆秩序の保証人のはずが
そのうえで「秩序を損ねるのは無意味なことだ、と米国を説得する。民主主義も自由もない世界を望む連中の思うつぼになるからだ」と力を込めたが、トランプ氏は耳を貸さなかった。
破壊した後にどんな世界をつくる考えでいるのか。トランプ氏の場当たり的で一貫性に欠ける言動からは、そんなビジョンはうかがえない。
責任あるリーダーの座から降りた米国。この大変動を乗り切るために、日本も選択肢をできるだけ増やして外交政策の可能性を広げる必要がある。