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就任演説全文(英語)

東京新聞 【社説】 2018年6月27日 6月15日

2018-07-13 13:35:59 | 日記
東京新聞 【社説】 TOKYO Web

<北欧に見る「働く」とは>(3)意欲支える社会保障  2018年6月27日


 スウェーデンモデルは、転職をためらわない働き方といえる。

 なぜ可能なのか。

 イルヴァ・ヨハンソン労働市場担当相は、理由を二つ挙げる。

 「スウェーデンの労働者は職能が高く研究開発も熱心だ。人件費が高いので一時、外国に移っていた企業が戻ってきている」

 企業は質の高い労働力を得られる。だからイノベーション(業務刷新)に積極的になれる。

 もうひとつは「保育や教育が無料で失業給付など国民はあらゆるセーフティーネットがあることが分かっている。失業を恐れない環境がある」。

 職業訓練と合わせて手厚い社会保障制度が国民の不安を取り除いている。給付が高齢者に偏る日本と違い、現役世代がしっかり支えられている。それが働く意欲を後押ししている。

 課題の人工知能(AI)やITの進展による職業訓練の高度化が急務だと政府も認める。既に学校教育では新技術を学び始め、職業訓練の刷新も検討中だという。

 労組も動く。

 新技術を利用して個人で事業をする人が増えている。事務職系産別労組ユニオネンは三年前、個人事業者の加盟を認めた。今、一万人いる。マルティン・リンデル委員長は「賃金上げや職場環境の整備は国民全体の問題だ」と話す。このモデルを色あせない存在にする努力は絶え間ないようだ。

 日本ではどうだろうか。

 労働市場は終身雇用、年功序列賃金、企業内労組の三つが特徴だ。高度成長期には企業内で雇用をつなぎとめることに役立った。

 だが、低成長時代の今、企業は業務縮小や新業務への挑戦が必要だ。「定年まで勤め上げる」発想だけでは乗り切れないかもしれない。

 一人当たりの国民総所得はスウェーデン五万四千六百三十ドル、日本の一・四倍になる。

 働き続けることへの不安を解消するもうひとつの視点は社会保障改革である。 (鈴木 穣)






沖縄と米朝会談 負担軽減につなげたい  2018年6月26日


 東アジアの情勢変化にもかかわらず、なぜ二十年以上前の新基地建設計画に固執するのか。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への「県内移設」は強行せず、計画を見直すべきだ。

 太平洋戦争末期、住民を巻き込んだ凄惨(せいさん)な地上戦の舞台となり、当時、県民の四人に一人が犠牲になった沖縄県。旧日本軍の組織的な戦闘が終結したとされる「慰霊の日」の二十三日、沖縄全戦没者追悼式が沖縄県糸満市で開かれた。

 翁長雄志県知事は平和宣言で、普天間飛行場の辺野古移設について「まったく容認できない。『辺野古に新基地を造らせない』という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはない」と強調した。

 翁長氏の平和宣言での辺野古移設反対表明は二〇一四年十二月の就任以来四年連続だが、今年、特筆すべきは今月十二日の米朝首脳会談に言及したことだろう。

 翁長氏は「米朝首脳会談で朝鮮半島の非核化への取り組みや平和体制の構築について共同声明が発表されるなど緊張緩和に向けた動きがはじまっている」と指摘し、「辺野古新基地建設は、沖縄の基地負担軽減に逆行するばかりか、アジアの緊張緩和の流れにも逆行する」と、辺野古移設を唯一の解決策とする政府を指弾した。

 そもそも沖縄県には在日米軍専用施設の約70%が集中する。日米安全保障条約体制の負担を沖縄により重く負わせることで成り立ついびつな構造だ。住宅地などに隣接して危険な普天間飛行場の返還は急務としても、同じ県内に移設するのでは、県民にとっては抜本的な負担軽減にはならない。

 さらに、東アジアの安全保障環境は大きく変化しつつある。安倍晋三首相が「国難」に挙げていた北朝鮮情勢は「安全保障上の極めて厳しい状況はかつてより緩和」(菅義偉官房長官)された。

 冷戦終結間もない国際情勢下に策定された米軍の配置は見直されて当然だ。首相は「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」というのなら、なぜ米朝会談後の情勢変化を好機ととらえないのか。

 政府は八月中旬に辺野古海域への土砂投入を始めるという。原状回復が難しい段階まで工事を進め既成事実化する狙いなのだろう。

 しかし、県民の民意を無視して工事を強行すべきではない。政府は辺野古移設を唯一の解決策とする頑(かたく)なな態度を改め、代替案を模索すべきだ。それが県民の信頼を回復する「唯一の道」である。





<北欧に見る「働く」とは>(2)国際競争へ労使が一致  2018年6月26日


 経営難で収益力が落ちた企業は救わず、失業者を訓練して成長している分野の職場に送り込む。その結果の経済成長率は二〇一六年で3・3%だ。1%台の日本は水をあけられている。

 スウェーデン社会が、この政策を選んだ理由は何だろうか。

 雇用を守る労働組合にまず聞いた。組合員約六十五万人が加盟する事務職系産別労組ユニオネンのマルティン・リンデル委員長は断言する。

 「赤字企業を長続きさせるより、倒産させて失業した社員を積極的に再就職させる。成長分野に労働力を移す方が経済成長する」

 経営者はどう考えているのか。日本の経団連にあたるスウェーデン産業連盟のペーテル・イェプソン副会長は明快だった。

 「国際競争に勝つことを一番に考えるべきだ。そのためには(買ってくれる)外国企業にとって魅力ある企業でなければならない」

 労使双方が同じ意見だ。

 人口がやっと千万人を超えた小国である。生き残るには、国の競争力を高める質の高い労働力確保が欠かせない。働く側も将来性のある仕事に移る方が利益になる。政府も後押ししており政労使三者は一致している。

 労働組合が経営側と歩調を合わせられるのは、七割という高い組織率を誇るからだ。企業との交渉力があり、政府へは必要な支援策の充実などを実現させてきた。労組のない企業が多く組織率が二割を切る日本ではこうした対応は難しいだろう。

 働き続けられることを守るこの考え方は、一九五〇年代にエコノミストが提唱し社会は次第に受け入れていった。政策の変更には時間がかかる。だから早い段階から変化を理解し備えようとする意識がある。

 しかし、新たな課題も押し寄せる。人工知能(AI)やITの進展で、職業訓練もより高度なものにならざるを得ない。雇用されずに個人で事業をする人も増えている。働き方は時代で変わらねばならない。 (鈴木 穣)




中台関係 「力比べ」で展望開けぬ  2018年6月25日


 中国と台湾の関係にさざ波が立っている。中国は軍事、外交両面で圧力を強め、台湾は米国との関係緊密化でけん制する。「力比べ」は中台の溝を広げるだけで、未来への展望は開けぬだろう。

 二〇一六年台湾総統選で国民党候補を破り、政権交代を実現した民進党の蔡英文政権は五月下旬、任期四年の折り返し点を過ぎた。

 民進党綱領は「独立」を掲げるが、蔡氏は中台関係の「現状維持」政策をとってきた。中国を刺激しない現実的な姿勢を示したことは、東アジア情勢の安定にもつながったと評価できる。

 だが、台湾は最近、急速に対米関係を強化しており、中台関係への負の影響が懸念される。

 米国では三月、米台高官の相互訪問を促す「台湾旅行法」が成立し、台湾の潜水艦建造計画に米企業が参加する動きもある。

 発足時に50%を超えた蔡政権支持率は最近、30%台前半で低迷する。秋には統一地方選がある。対米傾斜は、蔡氏の対中政策を「弱腰だ」と批判する民進党支援者の声を意識した面もあろう。

 だが、何よりも台湾海峡の波を高くしている主因は、中国の露骨な台湾への圧力だといえる。

 台湾は中国の不可分の領土という「一つの中国」原則を認めるよう求める中国は、台湾と外交関係のある国を断交に追い込む圧力を続けている。

 五月に西アフリカのブルキナファソが台湾と断交し、中国と国交回復することで調印。これで蔡政権発足後、台湾と断交したのは四カ国に上り、外交関係がある国は十八カ国に減った。

 スイスで五月に開かれた世界保健機関(WHO)総会に台湾は二年連続で招かれなかった。台湾は〇九年から一六年までオブザーバー参加しており、台湾は「中国の圧力」と反発を強めている。

 中国軍は昨夏以降、台湾を周回するようなルートで戦闘機の飛行訓練を繰り返している。

 だが、自由で民主的な社会を築いた台湾を力による威嚇でのみこもうとしても、台湾人の反発を招くだけであろう。国際社会もそんな強硬姿勢は認めまい。

 中国の習近平国家主席が四月、南シナ海で軍事演習を視察したことに対し、軍艦に乗船し台湾の軍事演習を視察した蔡総統は「演習は力比べではない」と述べた。

 中台双方の指導者とも、「力比べ」は対立を深めるだけであり、平和的な対話の先にしか未来がないことを肝に銘じてほしい。




<北欧に見る「働く」とは>(1) 企業は救わず人を守る  2018年6月25日


 赤字経営となった企業は救わないが、働く人は守る。

 スウェーデンでの雇用をひと言でいうとこうなる。

 経営難に陥った企業は残念ながら退場してもらう。しかし、失業者は職業訓練を受けて技能を向上し再就職する。積極的労働市場政策と言うそうだ。

 かつて経営難に陥り大量の解雇者を出した自動車メーカーのボルボ社やサーブ社も、政府は救済せずに外国企業に身売りさせた。そうすることで経済成長を可能としている。だから労使双方ともこの政策を受け入れている。

 中核は手厚い職業訓練だ。事務職の訓練を担う民間組織TRRは労使が運営資金を出している。会員企業は三万五千社、対象労働者は九十五万人いる。

 TRRのレンナット・ヘッドストロム最高経営責任者は「再就職までの平均失業期間は半年、大半が前職と同等か、それ以上の給与の職に再就職している」と話す。

 スウェーデンは六年前から新たな取り組みも始めている。大学入学前の若者に企業で四カ月間、職業体験をしてもらい人材が必要な分野への進学を促す。

 王立理工学アカデミーは理系の女性、日本でいうリケジョを育成する。この国には高校卒業後、進学せず一~二年、ボランティアなどに打ち込むギャップイヤーという習慣があり、それを利用する。

 研修を終えたパトリシア・サレンさん(20)は「生物に関心があったが、研修でバイオ技術とは何か分かった。医学も含め幅広い関心を持てた」と話す。この秋からバイオ技術を学ぶため工科大に進学するという。

 以上が世界の注目するスウェーデンモデルだ。解雇はあるが訓練もある。だから働き続けられる。日本は終身雇用制でやってきた。だが低成長時代に入り人員整理も不安定な非正規雇用も増大する。

 人がだれも自分にふさわしく働き続けられるようにするには、日本でも新たな取り組みが必要になろう。北欧に、そのヒントはないだろうか。(鈴木 穣)



週のはじめに考える 千もの針が突き刺さる  2018年6月24日


 イタイイタイ病が全国初の公害病に認定されて五十年。その激痛は今もなお、形を変えてこの国をさいなみ続けているようです。例えば福島の被災地で。

 息を吸うとき、

 針千本か 二千本で刺すように

 痛いがです

 富山市の富山県立イタイイタイ病資料館。入り口近くの壁に大きく書かれた患者の言葉が、わが身にも突き刺さってくるようです。

 イタイイタイ病。あまりの激痛に、患者=被害者が「痛い、痛い」と泣き叫ぶことから、地元紙が報じた呼び名です。

 富山平野の中央を貫く神通(じんづう)川。イタイイタイ病の発生は、その流域の扇状地に限られます。
◆「公害病」認定第1号

 被害者は、川から引いた水を飲み、稲を養い、川の恵みの魚を食べる-、生活の多くの部分を川に委ねた人たちでした。

 川の異変は明治の末からありました。神通川の清流が白く濁るのに住民は気付いていたのです。

 大正期にはすでに「奇病」のうわさが地域に広がり始めていたものの、調査は進まず、「原因不明」とされていました。

 原因が上流の三井金属鉱業神岡鉱山から排出される鉱毒だと明らかにされたのは、一九六〇年代になってから。亜鉛の鉱石に含まれるカドミウムという毒物が体内に蓄積され、腎臓を痛めつけ、骨に必要な栄養が回らなくなったために引き起こされた重度の「骨軟化症」だったのです。

 イタイイタイ病を発症するのは、主に三十五歳から五十歳くらいの出産経験のある女性。全身に強い痛みを覚え、骨が折れやすくなるのが主症状。くしゃみをしただけで折れてしまうといわれたほどに、もろくなるのが特徴でした。

 全身に七十二カ所の骨折をした人や、脊椎がつぶれ、身長が三十センチも縮んだ人もいました。

 六八年五月、当時の厚生省は見解を発表し、その病気は鉱石から流れ出たカドミウムが原因の「公害病」だと結論づけました。

 公害病認定第一号-。「人間の産業活動により排出される有害物質が引き起こす健康被害」だと、初めて認められたのです。

 これにより、被害者の救済と補償を求めて起こした裁判も七二年八月、原告側の完全勝訴に終わり、被害者団体と原因企業の三井金属鉱業側との間で結ばれた“約束(協定)”に基づいて、神通川の水は再び清められ、美田は回復されました。

 しかし例えば、資料館が制作した「イタイイタイ病に学ぶ」と題する案内ビデオは、このようなナレーションで結ばれます。

 「イタイイタイ病は終わったわけではありません-」
◆環境の時代への転換点

 企業活動との因果関係を明らかにした公害病認定は、環境行政の画期的転換点になりました。

 被害者救済や再発防止は政府の責任で進めていくという方向性が定められ、七〇年の「公害国会」につながりました。

 イタイイタイ病、水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそく-。これら四大公害病が社会問題化する中で、すでに六七年八月に公害対策基本法が施行されていました。

 ところがそれは「経済の健全な発展との調和」を前提とする不完全なものでした。経済優先の考え方が、まだ残されていたのです。

 イタイイタイ病の認定などを受けた「公害国会」では、関連する十四の法律が成立し、「調和条項」も、その時削除されました。
2018年6月25日


 中国と台湾の関係にさざ波が立っている。中国は軍事、外交両面で圧力を強め、台湾は米国との関係緊密化でけん制する。「力比べ」は中台の溝を広げるだけで、未来への展望は開けぬだろう。

 二〇一六年台湾総統選で国民党候補を破り、政権交代を実現した民進党の蔡英文政権は五月下旬、任期四年の折り返し点を過ぎた。

 民進党綱領は「独立」を掲げるが、蔡氏は中台関係の「現状維持」政策をとってきた。中国を刺激しない現実的な姿勢を示したことは、東アジア情勢の安定にもつながったと評価できる。

 だが、台湾は最近、急速に対米関係を強化しており、中台関係への負の影響が懸念される。

 米国では三月、米台高官の相互訪問を促す「台湾旅行法」が成立し、台湾の潜水艦建造計画に米企業が参加する動きもある。

 発足時に50%を超えた蔡政権支持率は最近、30%台前半で低迷する。秋には統一地方選がある。対米傾斜は、蔡氏の対中政策を「弱腰だ」と批判する民進党支援者の声を意識した面もあろう。

 だが、何よりも台湾海峡の波を高くしている主因は、中国の露骨な台湾への圧力だといえる。

 台湾は中国の不可分の領土という「一つの中国」原則を認めるよう求める中国は、台湾と外交関係のある国を断交に追い込む圧力を続けている。

 五月に西アフリカのブルキナファソが台湾と断交し、中国と国交回復することで調印。これで蔡政権発足後、台湾と断交したのは四カ国に上り、外交関係がある国は十八カ国に減った。

 スイスで五月に開かれた世界保健機関(WHO)総会に台湾は二年連続で招かれなかった。台湾は〇九年から一六年までオブザーバー参加しており、台湾は「中国の圧力」と反発を強めている。

 中国軍は昨夏以降、台湾を周回するようなルートで戦闘機の飛行訓練を繰り返している。

 だが、自由で民主的な社会を築いた台湾を力による威嚇でのみこもうとしても、台湾人の反発を招くだけであろう。国際社会もそんな強硬姿勢は認めまい。

 中国の習近平国家主席が四月、南シナ海で軍事演習を視察したことに対し、軍艦に乗船し台湾の軍事演習を視察した蔡総統は「演習は力比べではない」と述べた。

 中台双方の指導者とも、「力比べ」は対立を深めるだけであり、平和的な対話の先にしか未来がないことを肝に銘じてほしい。

 ところが二〇一一年三月十一日、そのほころびは再び露呈することになりました。

 福島第一原発事故で広範囲に飛び散り、海にも流れた放射性物質は、多くの人にふるさとを失わせ、農業者や漁業者を今も苦しめ続けています。

 公害対策基本法のもと、汚染を規制するはずの大気汚染防止法や水質汚濁防止法の対象からは、放射性物質が除外されてしまっていたのです。

 福島の事故のあと、放射性物質の「監視」や「報告」が義務付けられはしましたが、規制基準や罰則規定は今もありません。
◆福島に届いていない

 福島原発の廃炉は、まだめどさえ立たぬまま、北陸で、四国で、九州で、「経済優先」の原発再稼働が進んでいます。「調和条項」がまだ生きているかのように。

 被害者救済、再発防止をめざして生まれた四大公害病の“レガシー(遺産)”は、福島には届いていませんでした。

 資料館を出たあとも、「痛い、痛い」と訴える被害者たちの文字通り悲痛な叫びが、追いかけてくるようでした。

 公害病認定半世紀。その声に耳をふさぐわけにはいきません。



ブロック塀倒壊 無責任が犠牲を生んだ  2018年6月23日


 守れたはずの命だった-。こんな後悔を二度と繰り返さないように備えたい。大阪府北部地震の強い揺れは、ブロック塀の倒壊という人災に転化し、幼い命を奪った。大人の無責任が奪ったのだ。

 地震はブロック塀を凶器に変える。危険性が知られるきっかけは、一九七八年の宮城県沖地震だった。その反省から八一年の建築基準法の見直しに併せ、ブロック塀の耐震基準が強められた。

 しかし、小学四年の女児が下敷きとなった高槻市立寿栄小学校の塀は、旧基準にさえ違反したまま放置されていた。しかも、三年前に防災専門家が警告したのに、市教育委員会と学校は結果として生かせなかった。

 直ちに撤去したり、改修したりしていれば、と思い返すのもくやしい。

 ブロック塀の高さは三・五メートルと、上限の二・二メートルを大幅に超えていた。旧基準の上限ですら三メートルだった。加えて、高さが一・二メートルを超える場合には、塀を内側から支える「控え壁」を設けなくてはならないのに、それもなかった。

 危険性を指摘され、建築職をふくめた市教委職員らが塀の点検に出向いたが、こうした違法性を見逃していた。亀裂や傾き、劣化度合いのみを確かめ、安全性に問題はないと判断していたという。

 子どもを守るべき安全管理態勢としては、あまりにずさんかつ無責任というほかない。

 学校の耐震強化策といえば、校舎や体育館などの建物ばかりに目が向きがちだ。外部からの不審者の侵入を防いだり、視線を遮ったりする役目を期待されてきたブロック塀も、当然ながら安全対策の対象だったはずだ。

 もちろん、学校だけの問題ではない。今度の地震では、通学路の見守り活動をしていたお年寄りの男性も、民家の塀の下敷きになり、亡くなった。

 街路に立つ塀や壁の安全性について、地域ぐるみであらためてチェックしなくてはならない。

 国土交通省は点検すべき項目を公表している。高さや厚さは適切か、傾きやひび割れはないか、控え壁はあるか、地中に基礎はあるか。

 疑問があれば、専門家に相談したい。必要に応じて補修や撤去を急ぐべきだ。自治体は助成金を出す制度を整えている。当面、注意表示を掲げるのも有効だ。

 地震はいつ、どこで発生するか分からない。しかし、天災が人災に転じるのは防ぐことができる。




地上イージス 導入は見直すべきだ  2018年6月23日


 米朝首脳会談後の情勢変化にもかかわらず、安倍内閣は地上配備型迎撃システムの導入を進めるという。防衛力は脅威の度合いに応じて節度を保って整備すべきだ。計画を見直すべきではないか。

 弾道ミサイルを迎撃ミサイルで撃ち落とす弾道ミサイル防衛システム。安倍内閣は昨年十二月十九日、海上自衛隊の護衛艦に搭載する従来のシステムに加え、地上に配備する「イージス・アショア」を二基導入する方針を閣議決定した。

 秋田県と山口県にある陸上自衛隊の演習場に配備、日本全域をカバーするという。

 導入理由に挙げていたのが北朝鮮による核・ミサイル開発だ。安倍晋三首相は「北朝鮮による核・ミサイル開発がこれまでにない重大かつ差し迫った脅威となっている」と説明していた。

 しかし、北朝鮮の脅威の度合いは今月十二日の米朝首脳会談後、明らかに変化している。それは安倍内閣も認識しているはずだ。

 菅義偉官房長官が「日本にいつミサイルが向かってくるか分からない、安全保障上の極めて厳しい状況はかつてより緩和された」と述べたのは、その証左だろう。

 にもかかわらずイージス・アショア導入方針を堅持するという。小野寺五典防衛相はきのう秋田、山口両県を説明に訪れ、「脅威は変わってない」と述べた。菅氏の発言との整合性を欠いている。

 導入には一基一千億円程度かかるという。迎撃ミサイルの命中精度にも懸念がある。国際情勢が好転の兆しを見せる中、高額装備の導入をなぜ急ぐ必要があるのか。

 その背景に米国からの防衛装備品の購入圧力があると疑わざるを得ない。トランプ米大統領は昨年十一月六日、日米首脳会談後の記者会見で「首相は米国からさまざまな防衛装備を購入することになる。そうすればミサイルを撃ち落とすことができる」と述べ、首相は「北朝鮮情勢が厳しくなる中、日本の防衛力を質的に量的に拡充しないといけない。米国からさらに購入するだろう」と応じた。

 イージス・アショア導入を閣議決定したのはその約一カ月後だ。脅威が差し迫っているのならまだしも、緊張緩和局面での計画強行は、米国の意向に沿った、導入ありきとの批判は免れまい。

 政府は北朝鮮の弾道ミサイルを想定した住民避難訓練を当面中止することを決めた。同様にイージス・アショア導入も見合わせてはどうか。防衛政策は情勢の変化に応じて不断に見直す必要がある。




高等教育無償化 中所得層は置き去りか  2018年6月22日


 所得の低い層を手厚く支える国の施策に異論はないが、高等教育の費用負担は中所得層にも重くのしかかる。奨学金を借り入れざるを得ない学生も多い。逆差別を招かない制度の設計を求めたい。

 家庭が貧しく、高等教育の機会に恵まれなかった子どもも、また貧しくなる。負の連鎖を断ち切るために、国は低所得層に対し、大学や短大、専門学校などに要する費用の負担を軽くする制度の枠組みを決めた。

 住民税非課税世帯とそれに準じる年収三百八十万円未満までの世帯を対象に、授業料や入学金の学費と生活費を支える。すべて返済不要だ。消費税の増税分を使い、二〇二〇年度から実施するという。

 近年、大学・大学院卒と高校卒の学歴の違いは、およそ七千五百万円の生涯賃金の格差となって跳ね返るという。教育水準の底上げは、学び手本人はもちろん、社会全体の利益の向上に結びつく。

 大学に進学する場合、国公立か私立か、自宅から通うか下宿するかなどの条件で費用は変わる。

 非課税世帯については、子ども一人あたり年間百万円から二百万円ぐらいの支給を視野に入れての議論になるのではないか。その上で、段階的に金額を引き下げながら、年収三百八十万円未満までの世帯を支援する設計となる。

 限りある財源を、低所得層に優先的にふり向ける考え方はうなずける。けれども、高等教育費の負担は中所得層にとっても重く、少子化の圧力にもなっている。

 国の奨学金事業を担う日本学生支援機構の一六年度調査では、大学生のほぼ二人に一人は奨学金を利用し、そのうち七割余は年収四百万円以上の家庭の出身だ。在学中はアルバイトに時間を割き、借金を抱えて社会に出る人も多い。

 たとえば、子どもの人数や要介護者の有無、資産の多寡といった個々の家庭の事情を度外視した仕組みが公平といえるか。少しの収入差で対象から外れる世帯や高校を出て働く人が納得できるか。

 親が学費を賄うべきだとする旧来の発想に立つ限りは、こうした疑問は拭えないだろう。

 自民党教育再生実行本部は、国が学費を立て替え、学生が卒業後の支払い能力に応じて返す出世払い制度の導入を唱える。オーストラリアが採用している。学び手本人が学費を賄う仕組みは一案だ。 もっとも、高等教育の恩恵に浴する国がもっと公費を投じ、私費負担を抑える知恵がほしい。慎重かつ丁寧な議論を重ねたい。




玄海4号再稼働 積もる不安と核のごみ  2018年6月22日


 佐賀県の玄海原発4号機が再稼働、送電を開始した。立地地元以外の住民への配慮は依然、欠いたまま。それにしても原発を動かすほどに増えていく核のごみ。いったい、どうするつもりだろうか。

 重要課題の先送り、住民の不安置き去り、そして再稼働の強行が、いつしか“普通”になってしまった感がある。

 玄海原発では、トラブルが続いていた。

 3号機では三月の再稼働から一週間後に、配管からの蒸気漏れが見つかった。4号機でも先月初め、冷却水の循環ポンプに異常が発生し、六年半ぶりの再稼働は延期になった。

 原子力規制委員会の審査は、パスしたはずの二基だった。

 トラブル発生の県などへの通報も迅速とは言い難く、住民の不信は一層膨らんだ。

 避難計画への不安も改善された様子はない。

 他の多くの原発同様、玄海原発も地理的に特異な場所に立っている。国から避難計画の策定を義務付けられた半径三十キロ圏内に二十の有人離島があり、島の住民の大半が海路での避難を余儀なくされる。避難の成否も天候次第、常駐の医療従事者がいない島もある。

 多くの住民が二重、三重の不安を抱えつつ、対岸の原発を日々眺め暮らしている。

 川内二基と玄海二基。九電がめざした「原発四基体制」は整った。だが四基が動けば当然それだけ、核のごみも出る。

 核燃料の寿命は三年から四年。玄海原発では今後、定期検査のたびに一基あたり約七十体の使用済み燃料が発生することになる。

 使用済み燃料は原発内の貯蔵プールで冷やしながら保存する。

 玄海原発の貯蔵プールはすでに八割方埋まっており、あと五年から七年で満杯になる計算だ。

 高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉が決まり、核のごみを再利用する核燃料サイクル計画は破綻した。

 最終処分のあてはなく、フランスと共同の高速炉計画も先細り。行き場を失い、いよいよ核のごみがあふれ出す。

 四基体制が整ったことで九電は、太陽光発電の送電網への受け入れを制限することになるという。つまり原発優先だ。

 世界の流れに逆行し、原発神話が九州で完全復活するらしい。

 神話の先には巨大な落とし穴が待つことも、福島の事故が教えてくれたはずなのに-。住民の不安はまた募る。




国会会期延長 「悪法」を押し通すのか  2018年6月21日


 国会が三十二日間延長された。安倍政権が重視する「働き方」や「カジノ」法案などの成立に万全を期すためだという。国民への影響が懸念される「悪法」ぞろいだ。押し通すのは強引ではないか。

 毎年一月に召集される通常国会の会期は百五十日間。国会法の規定により一回だけ会期を延長できる。今の通常国会はきのう会期末を迎えたが、政権側は七月二十二日まで延長することを決めた。

 安倍晋三首相は今年一月の施政方針演説で、長時間労働の解消や雇用形態による不合理な待遇差是正など、働き方「改革」を断行すると強調。きのうの山口那津男公明党代表との党首会談では「働き方改革国会とうたってきたので、法案成立を図りたい」と、会期延長の理由を説明した。

 国会は国民の代表たる議員同士が、国民の暮らしをよりよくする政策について議論し、行政を監視する場である。必要なら会期を延ばして議論を続けるのは当然だ。

 しかし、法案に問題点があり、野党がそれを指摘しているにもかかわらず、政権側が強引に成立させるための延長だとしたら、直ちに賛同するわけにはいかない。

 「働き方」関連法案は、年収の高い専門職を労働時間の規制から外す高度プロフェッショナル制度(高プロ)の創設を含み、「残業代ゼロ法案」とも指摘される。

 審議でも過重労働の懸念は払拭(ふっしょく)されず、制度導入に向けた厚生労働省による専門職からの聴取のずさんさも明らかになった。待遇差是正は急務でも、高プロ創設と一括提案した政府の手法には違和感を覚える。衆院に続いて参院でも採決を強行しようというのか。

 カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案も同様だ。刑法が禁じる賭博を一部合法化する危険性や、ギャンブル依存症患者が増える恐れが審議で指摘されたにもかかわらず、与党は十九日、衆院を強引に通過させた。

 共同通信の世論調査では約七割がIR法案の今国会成立の「必要はない」と答えた。慎重な世論をなぜ顧みないのか。

 自民党が提出した参院定数を六増する公職選挙法改正案は撤回し、与野党間の再協議を求めたい。「一票の不平等」是正の必要性は認めるが、比例代表に「特定枠」を設けて合区対象県の候補者救済を図るのは党利党略が過ぎるからだ。

 会期延長により、森友・加計両学園をめぐる問題の追及機会は増える。国政調査権を駆使して事実解明に努めるべきは当然である。




18歳成人 少年法は現行の制度で  2018年6月21日


 成人年齢を二十歳から十八歳に引き下げる改正民法が成立した。選挙権年齢に合わせ、国法上の統一を狙ってのことだ。次は少年法が標的となろう。適用年齢を十八歳未満とすることには反対する。

 国会では改正法成立にあたり「若年者の消費者被害を防止するための必要な法整備」などを求める付帯決議が入った。

 つまり十八歳になると親の同意なしに契約ができ、ローンを組むことも可能となる。これまで十八、十九歳は高価な買い物をしても解約できる未成年者取り消し権があったが、これは喪失する。

 当然、消費者被害の拡大が予想される。悪徳商法対策を強化した消費者契約法も改正されたが、効果は十分ではないようだ。付帯決議はその懸念の表れだ。高校などで消費者教育も必要になろう。

 親が離婚した場合、養育費の支払いも「成人まで」と決めれば、十八歳で打ち切られる。もともと経済的に自立していない若者が多い中、困窮者の増大も予想されるのである。日弁連会長がこの法律の成立に「遺憾の意」を表明したのもそうした理由からだ。

 もともと世論も「十八歳成人」を望んでいなかった。内閣府の二〇一三年の世論調査では約七割もの人が「反対」意見だった。それでも政府が「若者の社会参加」などを口実に改正したのは、国法上の統一が眼目であるためだろう。

 すると次の焦点は少年法だ。適用年齢を二十歳未満から十八歳未満へと引き下げる改正に移ることになろう。これを最も恐れる。

 現行制度では二十歳未満の事件はすべて家庭裁判所に送致し、調査官や少年鑑別所による科学的な調査と鑑別の結果を踏まえる。そして少年にふさわしい処遇を決める手法である。

 非行少年は多くが成育の環境などに問題を抱えている。そんな少年をどうやって更生させ、社会に適応して自立させるか。

 それには福祉的でかつ教育的な方法を採用するのが最も有効なのだ。その結果として更生し、社会復帰し、再犯防止にもつながっていくのである。

 この方法によって大きな効果を上げている。犯罪白書では刑法犯の少年の検挙人数は十三年連続で減少している。二十歳未満とする現行少年法は有効に機能している。その認識は重要である。

 飲酒や喫煙、公営ギャンブルは現行法を維持する。すべて「十八歳で統一」という理由など、どこにもないはずである。






加計氏の会見 国会での解明が必要だ  2018年6月20日


 「一切獣医学部の話はしていない」と言うだけでは信じ難い。きのう初めて記者会見した加計孝太郎学園理事長。行政の公平・公正性に関わる問題である。国会に証人喚問し、事実を解明すべきだ。

 公平・公正であるべき行政判断が、安倍晋三首相の直接または間接的な影響力で歪(ゆが)められたのか否か。この極めて重要な問題を報道機関に対するただ一回の会見だけで幕引きとすることはできない。

 学校法人「加計学園」による獣医学部の愛媛県今治市への新設問題。県の文書には加計氏が二〇一五年二月二十五日、首相と十五分程度面談した際「今治市に設置予定の獣医学部では、国際水準の獣医学教育を目指す」ことを説明し、首相から「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」とのコメントがあったと、学園が県に説明した、と記されていた。

 しかし、学園側は愛媛県の文書が五月に国会提出された後、県への説明が虚偽だったとして首相と加計氏との面談を一転して否定。加計氏はきのうの会見で「記憶にも記録にもない」と強調した。

 首相と加計氏の面談は本当になかったのか。獣医学部の話は両氏の間で一切していないのか。県に対しても虚偽の情報を伝えた学園の説明だ。にわかには信じ難い。

 そもそも県への虚偽説明をなぜ三年以上も隠蔽(いんぺい)したのか。県への説明を虚偽としたのも、加計氏との面談を否定し、学部新設計画を初めて知ったのは一七年一月二十日だと強弁する首相を守るためではないのか。疑問は尽きない。

 県文書は一五年四月、当時の柳瀬唯夫首相秘書官が県職員同席の場で「獣医学部新設の話は総理案件になっている」と話したことも記す。こうした発言が出るのも、加計氏の学部新設を「腹心の友」の首相が支援する構図を政権内で共有していたからではないか。

 事実解明には加計氏に加え、虚偽説明をしたとされる渡辺良人事務局長も証人として国会に招致することが必要だ。国会は国民の疑問に応えるため、国政調査権を発動し、国権の最高機関としての役割を果たすべきである。

 加計氏はきのう、虚偽説明について、渡辺氏が学部新設を「前に進めるため」だったと述べた。

 たとえ加計氏の直接の指示ではないとしても、自治体に虚偽の説明をしてでも学部新設という目的を達成しようとした学園に、大学という高等教育機関の運営に携わる資格があるのか。事実解明と併せて厳しく問われるべきだろう。




米韓演習中止 約束には行動で応えよ  2018年6月20日


 関係改善を優先して、懸案の非核化を動かそうという試みだろう。米国と韓国が恒例の合同軍事演習の中止に踏み切った。次は、北朝鮮が約束通り、「完全な非核化」に向けた行動を示す番だ。

 軍事演習は、「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」と呼ばれ、毎年八月に実施されている。

 朝鮮半島で全面戦争が起きたと想定し、コンピューターを使って対応能力を点検するシミュレーション訓練だ。

 韓国軍約五万人、米軍約二万人が参加する大規模なもので、北朝鮮は再三、中止を求めていた。

 きっかけは、米朝首脳会談でまとめられた共同声明の中にある。

 「完全非核化」の原則は盛り込まれたものの、具体的な手順や日程が明示されておらず、内容が不十分だと批判されている。

 しかし一方で、声明には「新しい米朝関係の樹立」と「相互の信頼醸成による非核化促進」という注目すべき条項も盛り込まれた。

 相互不信の中で非核化交渉が中断した経験を踏まえ、まず信頼関係を築いて、非核化のプロセスを進めるという新たな考え方だ。

 トランプ米大統領も首脳会談後の記者会見で、「(北朝鮮と)交渉中という状況の下で、(米韓)軍事演習を行うのは不適切」と語った。この約束が、さっそく実行されたことになる。

 演習中断には、「北朝鮮の具体的な行動がない段階で、譲歩しすぎ」との批判もある。

 しかし、過去にも北朝鮮の核問題解決のため、米韓合同軍事演習が中止されている。今回も、協議を進めるための環境づくりとして、理解できる。

 それでも気になるのは、北朝鮮の動きが見えないことだ。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長は、首脳会談で「ミサイルエンジン実験場の破壊」を表明したが、まだ確認されていない。

 ポンペオ米国務長官が共同声明を具体化するため、近く訪朝する予定だ。正恩氏は、非核化を進める手順や期限を早期に提示し、実行に移してほしい。

 韓国国防省は、軍事演習は完全な中止ではないとしている。北朝鮮の誠意ある行動がなければ、いつでも再開するという意味だ。

 一方、正恩氏は十九日、北朝鮮に理解を示す中国に、三回目となる訪問を行った。仮に非核化への取り組みを遅らそうと狙っているのなら、国際社会の目は厳しくなり、経済制裁もいっそう強化される。忘れてもらっては困る



大阪で震度6弱 いつ、どこでも起きる  2018年6月19日


 地震国ニッポン。今度は大阪で起き、広範囲で揺れた。都市直下型地震は被害が大きくなりやすい。それに見合って防災は進化しただろうか。
(1)再び塀は倒れた

 四十年前の一九七八年六月十二日、宮城県沖地震があった。死者二十八人のうち十八人がブロック塀などの下敷きで亡くなった。電気、ガス、水道といったライフラインはズタズタになり、鉄道は止まった。私たちは都市型災害の恐ろしさを知ったはずだった。

 今回の地震で、通学途中の女児と、見守り活動に行こうとしていた男性の二人が塀の下敷きとなって死亡した。宮城県沖地震の教訓を生かせず、命を守れなかったのが残念だ。

 建築物の大きな被害は報告されていない。火災も非常に少なかった。防災力は改善されてきたと考えたいが、ガラスや看板、壁材などの落下はあった。エレベーターに閉じ込められた人もいた。

 気象庁の発表も変わった。

 一昨年の熊本地震までは余震情報だったが、今回は「過去の事例では、大地震発生後に同程度の地震が発生した割合は1~2割あることから(中略)最大震度6弱程度の地震に注意してください」となった。家屋やビルが傷んでいたら、応急危険度判定士のような専門家に耐震性を判断してもらうことが大切である。

 残念ながら地震は予知できない。今回は有馬-高槻断層帯との関連が注目されているが、同断層帯はZランク、つまり三十年以内の発生確率は0・1%未満。確率上、起きそうもないが、マグニチュード(M)6クラスの地震は、長期評価の対象にもなっていない。いつ、どこでも起きるのだ。
(2)自治体の発信は?

 被災地では混乱が続いている。交通網は乱れ、ライフラインはまだ完全には復旧していない。大都市の場合、経済的な被害は、地震による直接被害だけでなく、地震後の混乱によるものも大きい。日常生活が早く戻ることに期待したい。

 震災ではよく、災害弱者の安全確保が課題となる。早い復旧は災害弱者には特にありがたい。

 訪日外国人が急増しているが、言葉が通じないなら災害弱者になる。大阪だけで年間の訪日外国人の宿泊者数は一千万人を超える。多くは中国、韓国、台湾から。ホテルの中には外国語で対応できるスタッフがいない施設もある。英語だけも多い。

 外国人の中には「日本に来て初めて地震を経験した」という人が多そうだ。その恐怖感を和らげるためにも、多言語で情報を伝える仕組みが必要である。

 インターネットの普及で、災害時にネットを利用することが政府や自治体などで検討されている。情報の提供と収集を狙う。

 例えば、大阪市危機管理室は公式ツイッターで「大阪市内での災害時の情報や防災情報を発信します」と書いてある。だが、直後に「午前7時58分頃に強い地震が発生しました。テレビなどの情報を確認してください」と書き込んだ後、約四時間、情報は出ていない。発生直後に情報を発信するのは、どこの自治体でも難しい。災害対応が一段落したら、ぜひ、検討してほしい。

 ネットの活用を研究、実践している非政府組織(NGO)もある。連携するのも一案だろう。

 防災でよく話題になるのは、首都直下地震と南海トラフ地震。三十年以内の発生確率はそれぞれ70%程度と70~80%である。この二つの地震の被害想定区域に住んでいない人の中に「自分の住んでいる所は地震はない」との誤解はないだろうか。

 大阪市は従来、南海トラフ地震と併せ市の中心部を南北に走る上町断層を警戒していた。市街地に活断層があるのは、名古屋も京都も神戸も同じである。
(3)大地動乱の時代

 南海トラフ地震は、過去にも繰り返し起き、発生前に地震活動が活発化するとの見方がある。東日本大震災によって、日本列島の地殻には大きなひずみが生じ、それがいまだに解消されていないとの指摘もある。

 どこでも起きる可能性があるM6クラスの地震だが、震源が浅ければ大きな揺れを引き起こす。被害は補強されていないブロック塀や転倒防止の対策がない家具など、弱い部分に集中する。

 日本が地震国といっても、大きな地震が続く時期もあれば、少ない時期もある。戦後は少ない方だった。その実体験をもとに油断してはいけない。むしろ「大地動乱の時代」に入ったと覚悟し、日ごろの減災に努めたい。




種子法廃止に考える 食料主権の問題です  2018年6月18日


 植えたての田んぼに梅雨は慈雨。緑が映える見慣れた景色。でも待てよ、日本の主食と言いながら、そのもとになる種子のこと、私たち、知らなすぎ。 

 昨年四月、国会は種子法の廃止を決めた。審議時間は衆参合わせて十二時間。その法律がそれまで果たしてきた役割も、廃止に伴う人々の暮らしへの影響も、そもそもそれがどんな法律なのかも、恐らくほとんど知られずに。

 正しくは主要農作物種子法。わずか八条の短い法律だった。

 主要農作物とは稲、大豆、はだか麦、小麦、および大麦-。つまり主食系である。

 「あって当たり前の空気のような存在として、ことさらその大切さを考えることが少なかった法律と言えよう」

 龍谷大教授の西川芳昭さんは「種子が消えれば あなたも消える」(コモンズ)に書いている。

 種子法の制定は一九五二年の五月。サンフランシスコ講和条約が発効し、この国が主権を取り戻した翌月だった。
◆戦争への反省に立ち

 第二次大戦末期、米や麦は一粒でも多く食用に回さねばならなくなり、種を取る余裕を失った。そのことが戦後の食糧難を一層深刻にしたのである。

 種子法も憲法と同じ、先の大戦の反省に立ち、私たち国民を守るために生まれた法律だった。

 もう二度と、種が途絶えて人々が飢えることのないように、穀物の優良な種子の開発と安定的な供給を都道府県に義務づけたのだ。

 これを根拠に都道府県は、その土地の気候風土に合った奨励品種を定め、公費を使って作出し、その種子を安く農家に提供し続けてきた。

 稲の場合、種子の流れはこうである。

 まず県の農業技術センターなどで「原原種」が生産される。原原種とは、せっかく開発した優良品種に別の“血”が混じらないよう、公的機関が毎年責任を持って生産する大本の種のこと。CDで言えば原盤だ。「原原種」を増殖させたものが「原種」である。この原種がさらに特定の種子農家のもとで増やされて、一般の農家に販売される。
◆競争原理はそぐわない

 その種子法がなぜ廃止されたのか。おととし秋に国が定めた「農業競争力強化プログラム」には次のように書かれている。

 <戦略物資である種子・種苗については、国は、国家戦略・知財戦略として、民間活力を最大限に活用した開発・供給体制を構築する->。そのためには<地方公共団体中心のシステム>である種子法が、民間の開発意欲を阻害していたというのである。現政権お得意の「成長戦略」の一環だった。

 種子法廃止で都道府県が直ちに種子の供給を止めるわけではない。だが、海外の大資本の参入により、日本人の主食を守り続けてきた「公的種子」の開発、供給システムが、崩される恐れはある。

 モンサントやデュポンなど、わずか八社で世界の種子の売り上げの約八割を占めるという。

 種子法の対象外ではあるが、少し前まで日本の野菜の種は、100%国産だった。今や九割が海外生産だ。そして大半が、自家採種が不可能なハイブリッド(F1)の品種に取って代わられた。

 野菜の種子の価格は、四十年前の約三倍になったという。

 「ニンジンがニンジンくさくなくなった。ピーマンがピーマンくさくなくなった。においも味も、どんどん画一化されていく。それがつまらなかったんだなあ」

 「あいち在来種保存会」代表の高木幹夫さんが、地場の希少野菜の種を集め始めた理由である。

 「農作物の多様性、豊かさを守るため、私は“種採りじじい”になった。種子の種は、種類の種でもあるからね」

 米や麦が近い将来、野菜のようにならないという保証はない。

 種子法廃止で一つ確かに言えること。多様性の喪失だ。

 市場競争の勝者による淘汰(とうた)が進み、種子の多様性が失われ、消費者の選択肢も次第に狭められていく―。
◆自分で選ぶべきだから

 そもそも種子は命そのもの、命をはぐくむものである。だから「みんなのもの」だった。すべてを競争原理の世界に放り込み、勝者による独占に委ねてしまっていいのだろうか。

 「これは、食料主権の問題です」と、西川教授は考える。

 私たちが何を育て、何を食べて生きていくかは、私たち自身で決めるべきではないのだろうか。「主食」であればなおさらだ。

 今国会でも復活の声が上がった種子法は、私たち主権者=消費者にも無関係ではないのである。




週のはじめに考える 多死社会がやってきた  2018年6月17日


 「超高齢社会」の次に迎えるのは「多死社会」だと言われるようになりました。いや、わたしたちは既に多死社会を迎えたというべきかもしれません。

 多死社会という言葉を近年、人口学の研究者らが使うようになりました。

 高齢者の増加により国内の死亡数が増え続け、人口が減っていく社会形態をいい、高齢化率、つまり六十五歳以上の人口の割合が総人口の21%を上回る超高齢社会の次に訪れる段階と位置付けられているそうです。
◆すでに超高齢社会

 日本は、二〇一〇年国勢調査の段階で高齢化率が21%を超え、既に超高齢社会となっています。わたしたちは多死社会をいかに迎えつつあるのでしょう。

 厚生労働省が今月一日、昨年の人口動態統計(概数)を公表しました。予想されていたことではありますが、生まれてくる赤ちゃんの数は減り続けています。

 二〇一七年の出生数は、前年よりさらに三万人も減って九十四万六千人余。二年連続で百万人を割り込みました。合計特殊出生率、つまり女性一人が生涯に産む子どもの推定人数は、前年比〇・〇一ポイント減の一・四三となりました。

 ここに至る経緯を振り返ってみます。

 日本の出生数は、際立って多かった第一次ベビーブーム、つまり「団塊の世代」が生まれた一九四七~四九年には年に二百六十万人台を数えていました。

 その団塊の世代が出産適齢期を迎えた七一~七四年も第二次ベビーブームとなり、年間出生数は再び二百万人を超えました。

 以後、出生数は右肩下がりで減り始めますが、「団塊ジュニア」とも呼ばれる第二次ベビーブーム世代が出産適齢期を迎えれば第三次ブームが来るはずでした。
◆来なかった第三の波

 ところが、その時期が長期不況の就職氷河期と重なり、先の見通せぬ雇用状況の中で家庭を持てぬ若者が増え、結局、日本の人口ピラミッドに第三の波が現れることはなく、少子化が加速してしまったのです。

 逆に、死亡数は近年、急速に増えてきました。二〇〇三年に百万人を超え、昨年は百三十四万人余で戦後最多を更新しています。

 当面、死亡数の増加が続くことは間違いなく、そのピークは団塊の世代が九十歳以上となる三九年ごろ、百六十七万人前後となる見通しです。

 わたしたちの社会は、このまま先細りとなるのでしょうか。

 子どもを産み、育てやすい社会を目指す動きが近年、着実に進み始めました。それに連動し、減り続けてきた出生率が多少、持ち直してもいます。

 しかし、底を打った出生率が上向いても、出産適齢期を迎える女性が減り続ける以上、当面、人口減に歯止めはかからないのが冷厳な現実です。

 政府は「骨太の方針」に、外国人の長期就労に門戸を開く新たな在留資格創設を盛り込みました。

 人口減に伴う労働力不足を解消するため、高度な専門知識を持つ人材に限ってきた受け入れ方針を事実上、転換するものです。

 働きながら学ぶ、という建前の外国人技能実習制度などで場当たり的に対応するのは限界だ、ということのようです。

 在留資格の見直しは、日本社会に新たな多様性の風を吹き込む可能性も秘めていますが、不足する労働力の数合わせに終始するなら、将来に大きな禍根を残すことになるかもしれません。

 例えば、旧西ドイツが高度成長期、単純労働の担い手としてトルコなどから大量に受け入れたガストアルバイター(客人労働者)は、ドイツの言葉や文化を習得できぬまま地域で孤立し、やがて社会の分断を招く一因にもなったと指摘されています。

 あるいは、一時しのぎの労働力として遇するだけなら外国人には来てもらえぬようになるかもしれません。合計特殊出生率は、例えば韓国が一・一七、シンガポールが一・二〇(ともに一六年)。つまり日本よりも低いのです。多くの国で人口減少が進み、いわば、労働力の奪い合いとなる可能性も現実味を帯びてきているのです。
◆議論すべき時は来た

 多死社会の到来で今後、人口減が急速に進みます。

 これまでのような経済規模を維持するなら、労働力は足りなくなる。では本格的に外国人を受け入れるのか。受け入れるなら、日本社会に溶け込んでもらうため、受け入れる側の発想の転換や努力が求められるはずです。

 それより、身の丈に合わせて戦略的な縮小を考えた方が豊かな社会になるのかも。

 何を目指すのか。現実を直視して議論すべき時が来ています。




骨太の方針 甘い見通しが財政壊す  2018年6月16日


 政府が決めた経済財政運営の指針「骨太の方針」は究極の無責任な中身だ。財政健全化の目標を先送りするだけでなく一段と甘い指標を採り入れた。今良ければ「後は野となれ山となれ」なのか。

 安倍政権の五年間は、現実離れした高い経済成長見通しを掲げ、成長頼み一辺倒できたといっていい。歳出抑制や増税など痛みを伴う財政健全化には常に後ろ向きだった。今回の骨太の方針は、財政規律のなさはそのままに、さらに楽観的すぎる内容に後退した内容である。

 財政健全化の一里塚である「基礎的財政収支(PB)の黒字化」は、従来の二〇二〇年度から二五年度に先送りした。

 加えて中間指標として二一年度に対GDP(国内総生産)比での債務残高や財政収支の赤字、PBの赤字などを点検するとした。

 これはGDPが増えれば改善が見込まれるため、これまで以上に積極財政による成長志向を強めるおそれが強い。赤字そのものが減るわけではないので、より危うくなるともいえる。

 諸悪の根源は内閣府がつくる経済成長見通しの甘さだろう。名目で3%、実質2%というバブル期並みの現実離れした数字である。二五年度のPB黒字化も、消費税率の10%への引き上げ(一九年十月)後や東京五輪・パラリンピック後も含めて、高成長が続くのを前提としている。明らかに楽観的すぎるだろう。

 政府内の省庁がつくる経済見通しでは客観性に欠け、信頼性も著しく低いということだ。例えばドイツは経済財政見通しの策定には民間シンクタンクが関与する。カナダは経済見通しの前提であるGDPは民間の平均予測値を用いる。正確性や客観性を担保する仕組みを諸外国は採り入れている。

 世界一の借金大国である日本だけが、内々で都合のいい数字をはじき出していると非難されても仕方のない状況だ。これでは財政再建など進むわけはない。

 成長志向一辺倒の安倍政権は肝心なことも見落としている。財政の悪化により社会保障制度の持続可能性に国民が不安を抱いていることが、消費の低迷ひいては成長を阻害していることだ。

 国際通貨基金(IMF)がそう警告している。「積極財政」といえば威勢がいいが、財政規律を失った放漫財政は逆に成長を阻むのである。

 国民の安心感と納得感が得られる税財政改革が急務である。




福島第二原発 目の前の廃炉に全力を  2018年6月16日


 東京電力が福島第二原発廃炉を表明。遅きに失した感はある。だがこの上は計十基の廃炉事業に全力を傾注し、速やかに成果を上げること。東電という企業に残された恐らく最後のチャンスである。

 「(福島第二原発が)復興の妨げ、足かせになる」と、東京電力の小早川智明社長は言った。

 そこへたどりつくまでに七年以上もかけたとすれば驚きだ。

 福島第二も第一同様、地震と津波の被害を受けて電源を喪失し、メルトダウン(炉心溶融)の危機に陥った。

 唯一生き残った外部電源を頼りに、何とか冷温停止に持ち込んだ。紙一重の僥倖(ぎょうこう)だった。

 サイトは二つ、しかし外から見れば同じ「福島原発」、誰がどう見ても福島で原発を動かすことは不可能だ。この決断は遅すぎる。

 第一の六基に加えて第二の四基。東電は世界史上例のない、原発十基の廃炉事業を背負うことになる。並大抵のことではない。

 メルトダウンを起こした第一原発の三基は、溶け落ちた核燃料の状態もまだ把握できていない。机上の工程表は示されてはいるものの、作業自体はスタートラインに立ったとも言い難い状況だ。地下水の流入、汚染水の処理にさえ、いまだ手を焼く状態だ。

 廃炉、賠償にかかる費用は推計二十一兆円。恐らくさらに膨らむことになるだろう。東電がどれだけ大企業だったとしても、到底背負いきれるものではない。

 その上さらに、第二の廃炉費用がのしかかる。

 「東電に原発運転の資格なし」と考えるのは、福島県民だけではない。

 東電は唯一残った新潟県の柏崎刈羽原発の再稼働に意欲を見せる。十日の新潟県知事選で与党の支持する新知事が誕生したが、新潟県民の原発不信、東電不信が解消されたわけではない。

 原発の安全を維持するには、膨大な費用がかかると教えてくれたのも東電だが、今の東電に、余力があるとは思えない。

 いくら「国策」だからと言って、血税の投入にも電気料金の値上げにも限度というものがあるはずだ。

 第二原発の廃炉を契機に東電は、今度こそ本当に生まれ変わるべきではないか。再稼働へのこだわりも、きっぱり捨てて。

 福島や新潟の不安や不信を受け止めて、目の前の巨大な課題を直視して、そこに全力を注ぐ姿勢をまず示すべきだろう。



孤立するアメリカ 破壊のつけは我が身に 2018年6月15日


 今や米国は世界の深刻な不安要因である。トランプ大統領がいそしむ秩序破壊の後には混乱が広がる。そのつけは自身に返ってくることを悟るべきだ。

 米国の威信低下が著しい。米ギャラップ社が昨年、百三十四の国・地域で実施した世論調査によると、米国の指導力を評価する人は30%と、オバマ政権時の二〇一六年から18ポイントも下落した。

 しかも同盟国・友好国で評価しない人が多い。ノルウェーは評価しない人が83%と最も高く、カナダとメキシコも七割を超えた。
◆同盟国も「敵国」扱い

 自由、人権、民主主義という共通の価値観で結ばれた同盟国・友好国とのあつれきは、カナダで先週開かれたG7サミットを引き裂いた。米国の金利上げに伴う新興国の通貨安、イタリアの政治不安による欧州市場の動揺、中東情勢の混迷-。リスク要因に事欠かない状況を前にG7は結束できなかった。

 はらわたが煮えくり返る思いだったのだろう。議長国カナダのトルドー首相は総括記者会見で「第一次大戦以来、われわれは米軍兵士と肩を組んで異国の地で戦ってきた。米国が安全保障を理由にすることを軽く見るわけにはいかない。これは侮辱だ」と述べた。

 トランプ政権がカナダはじめ欧州連合(EU)や日本という同盟国に導入した鉄鋼・アルミニウムの輸入制限の理由に、よりによって安全保障を挙げたことを批判した発言だ。

 敵国同然の扱いをされたと怒るカナダと欧州は報復する構えだ。貿易戦争に発展しかねない雲行きである。

 第二次大戦の欧州戦線の先行きが見え始めた一九四四年七月、米国東部のブレトンウッズに連合国が集まり、米ドルを基軸通貨とする国際経済の仕組みを固めた。国際通貨基金(IMF)と世界銀行の創設も決まり、ブレトンウッズ体制は産声を上げた。

 米ホワイトハウスの西側にはIMFと世銀の両本部が付き従うように立つ。米国が事実上支配した戦後の世界経済体制を象徴する光景である。

 四八年には関税貿易一般協定(ガット)ができた。二九年の大恐慌によって各国が保護主義に走り世界経済のブロック化が進んだ。それが第二次大戦の遠因になったという反省から生まれた自由貿易推進のための協定だ。九五年にガットは発展的に解消し、世界貿易機関(WTO)が発足した。

 米国自身が大きな恩恵を受けたこうした経済体制を、トランプ氏は壊しにかかっている。
◆大国に求められる自律

 輸入制限には米国内でも、鉄鋼の大口消費者である機械メーカー、アルミ缶を必要とするビール業界などが反対を唱える。コスト上昇や雇用喪失につながるからだ。米製品の競争力もそがれ、世界経済も混乱する。貿易戦争に勝者はいない。

 独善と身勝手で米国を孤立に追いやるトランプ氏。それでも最近、支持率は持ち直し四割台に乗った。

 大国が身勝手な振る舞いをすれば、他国とのあつれきを生む。誰も国際規範を守ろうという気をなくす。混乱が広がり、そこにつけ込んで自分の利益を図る者が現れる。だからこそ大国は自ら律する意思が求められる。

 超大国の米国であっても力には限界があり、難しい国際問題には他国との協調対処が必要となる。昨年、北朝鮮に最大限の圧力をかけるよう各国に呼び掛けたのは、トランプ氏ではなかったか。

 一方、G7サミットと同時期に開かれた上海協力機構(SCO)の首脳会議。ホスト国の習近平中国国家主席がロシアや中央アジアなどの各国首脳らを前に、SCOは「世界の統治を完全なものにする重要な勢力だ」と述べた。国際舞台では米国の退場で生じた空白を中国やロシアが埋めにかかっている。

 G7サミットに出席したトゥスクEU大統領は「ルールに基づく国際秩序が試練に立たされている。その元凶が秩序の保証人たる米国であることにはまったく驚かされる」と語った。
◆秩序の保証人のはずが

 そのうえで「秩序を損ねるのは無意味なことだ、と米国を説得する。民主主義も自由もない世界を望む連中の思うつぼになるからだ」と力を込めたが、トランプ氏は耳を貸さなかった。

 破壊した後にどんな世界をつくる考えでいるのか。トランプ氏の場当たり的で一貫性に欠ける言動からは、そんなビジョンはうかがえない。

 責任あるリーダーの座から降りた米国。この大変動を乗り切るために、日本も選択肢をできるだけ増やして外交政策の可能性を広げる必要がある。

京都新聞 社説 2018年07月13日~07月03日掲載

2018-07-13 13:22:32 | 日記
参院選改革  これでも「良識の府」か

 民主主義の危機と言っても過言ではない。「良識の府」とされる参院での数の力を借りた党利党略の採決強行にあぜんとした。
 参院の「1票の格差」是正を巡り、定数を6増する自民党の公選法改正案が参院本会議で可決された。自公両党が野党の反対を押し切った。衆院審議を残すが、両院は互いの選挙制度改正に異議を唱えないのが慣例で、来夏の参院選からの制度導入が固まった。
 改正案は埼玉選挙区を2増して格差を3倍未満に抑えた上、比例代表も4増し政党が決めた順位で当選者を決める拘束名簿式の「特定枠」を導入する。自民には「合区」対象県で擁立できない候補を特定枠に充て、救済を図る狙いがあるとされる。小手先の制度改革にすぎず、あまりに身勝手だ。
 参院の定数増は沖縄の本土復帰時の選挙区新設を除くと戦後初めて。6増により年間約4億2千万円もの議員歳費増を招くとの試算もある。「身を切る改革」の流れに逆行し、国民の理解は得られまい。急きょ参院全体の経費節減を求める付帯決議を可決したが、これで世論の批判をかわせると考えているのだろうか。
 選挙制度は議会制民主主義の土台であり、熟議が欠かせない。
 自民は当初、憲法改正で合区解消を目指したが見通しが立たず会期末に改正案を駆け込み提出し、西日本豪雨対応で混乱する中、採決を急いだ。熟議を尽くせば尽くすほど問題点が浮かび上がってくる。委員会審議を約6時間で打ち切ったのは、それを見越しての判断と勘繰られても致し方ない。
 実際に特定枠の問題点などが指摘された。運用は各政党に委ねられ、枠を多く使う政党と枠を設けない政党が交じれば有権者は混乱する。候補者名票がゼロでも当選する可能性があり、新たな「1票の格差」が生じかねない。
 選挙制度の議論は、与野党それぞれが自らの議席獲得などを優先する「身内の論理」がぶつかり合う。そこで期待されるのが中立の立場にある議長の調整であろう。だが仲介役の伊達忠一議長は汗をかくことなく、あっせん案作成を拒んだ。出身政党の目に余るおごりにも目をつむった。責任は重い。
 参院は「良識の府」として期待されながら、衆院との同質化が進む。参院の選挙制度改革は本来、衆院とセットで考え、役割や権限の違いを明確にして議論すべきだ。参院はどうあるべきか、という本質的、抜本的な見直しを置き去りにしてはならない。

[京都新聞 2018年07月13日掲載]



人口減過去最大  少子化の根本原因探れ

 減っていく人口を東京圏が吸収する-。そんないびつな構造が、さらに顕著になっている。
 今年1月1日時点の住民基本台帳に基づく人口動態調査で、国内の日本人は9年連続で減少した。
 減少幅は前年に比べて37万4千人と、過去最大を更新した。
 一方、昨年1年間の出生数は過去最少の94万8千人で2年続けて100万人を割っている。出生数が死亡数を下回る自然減も、11年連続となっている。
 それなのに、東京圏(埼玉、千葉、東京、神奈川)の人口は増加し、全人口の28・31%が居住している。京滋など41道府県で減っているのとは対照的だ。
 政府が是正に取り組む「東京一極集中」は、逆に強まっている。その要因も、出生数が増えたのではなく、転出より転入が多かったためだ。地方から人を吸い上げる形で東京圏が肥大化している。
 生半可な対策では、この流れを止めることはできない。東京23区の大学の定員増を10年間禁止する法律が施行されたが、地方大学の授業料減免や企業移転の奨励など人の流れを抜本的に変える大胆な政策転換が必要ではないか。
 出生率の低い東京圏での人口拡大が将来的に深刻な高齢化のひずみをもたらすと指摘されていることにも留意すべきだろう。
 今回の調査では、人口に占める65歳以上の割合が増え、14歳以下の2倍を超えた。社会の担い手が不足する懸念がさらに強まった。
 保育料の一部無料化や住宅購入補助などで若い世代の定住を促す自治体もあるが、流れを変えるような効果にはつながっていない。
 都市部での待機児童問題や長時間労働、非正規従業員の増加など子どもを産み育てる環境が整っていない現状がある。ここに切り込まなくては、人口減少の根本的対策にはならない。
 留学生や技能実習生など住民登録している外国人も、長崎県を除く46都道府県でプラスとなった。
 政府は先ごろ、新たな外国人労働者の受け入れ拡大策を決めており、増加は今後も続く見通しだ。
 少子化で足りなくなる働き手を外国人で補おうとの狙いだが、東南アジア諸国も出生率が低下しており、労働力を永続的に確保できる見通しではないともいわれる。
 人口減少が進む中、自治体同士で人を奪い合ったり、外国人に依存したりするのは対症療法にすぎない。少子化が常態化した原因をしっかり検証し、長期的視点に立った対策が求められる。

[京都新聞 2018年07月13日掲載]



日野町事件  再審開始を急ぐべきだ

 1984年に滋賀県日野町で酒店の女性経営者が殺害され金庫が奪われた「日野町事件」で、強盗殺人罪で無期懲役が確定した阪原弘さん=2011年に75歳で死亡=の再審開始を大津地裁が決定した。
 地裁は、有罪確定の決め手になった阪原さんの自白は、任意の取り調べで警察官から顔を殴られるなどの暴行や、娘の嫁ぎ先も対象にした脅迫を受けた結果だと認め、自白の信用性を完全に否定した。
 地検は即時抗告せず、速やかに裁判をやり直す必要がある。逮捕からすでに30年。阪原さんは第1次再審請求審中に亡くなっている。自ら無罪を主張することはできない。検察は阪原さんの名誉回復に協力すべきだ。
 確定判決によると、阪原さんは酒代目的で店主を殺害、遺棄し、金庫を奪い山中に捨てたとされる。阪原さんは任意取り調べで犯行を自供したが、逮捕後は自白を強要されたなどとして、一貫して無罪を主張していた。
 阪原さんの家族が求めていた第2次請求審で弁護団は新証拠として、阪原さんが金庫を捨てた場所まで捜査員を案内する「引き当て捜査」の実況見分調書の写真ネガを提出した。弁護団の精査の結果、調書では「行き」とされていた写真が、実は「帰り」に撮影したものと分かったためだ。
 確定判決は、金庫を捨てた場所が犯人しか知り得ない事実として重要視していた。しかし今回、大津地裁は、阪原さんが警察官に心理的な支配を受け、誘導されて案内した可能性を指摘。調書の写真は入れ替えられたとして厳しく批判した。
 調書に、警察の作為が盛り込まれていたといえる。警察や検察の責任は極めて重大だ。見抜けなかった裁判官も、責任は免れない。
 今回の再審請求審で、大津地裁は積極的な証拠開示を指示。検察は遺体の解剖記録など千点を超える証拠を提出した。実況見分調書の写真ネガもその中に含まれていた。
 地裁は決定書で、一審段階でネガなどの新証拠が提出されていれば有罪認定に疑いが生じた、とまで指摘している。
 2年前の刑事訴訟法改正で検察に証拠の一覧表開示義務が課された。今回は裁判官と検察がそれを積極的に運用した成果だといえよう。
 一方で、検察に都合良く運用されている例もある。完全開示を義務化すべきだ。今回の決定は、改善の必要性を示している。

[京都新聞 2018年07月12日掲載]



災害情報の伝達  受け手の立場で検証を

 150人を超す犠牲者を出した西日本豪雨。まだ安否の分からない人が多くいる。捜索に全力を挙げてほしい。
 避難住民への支援、生活の復旧を急ぐ必要がある。現地の行政機関だけでは対応し切れないだろう。全国各地から派遣された自治体職員、経験を積んだNPOの力が必要だ。救援物資を円滑に届け、被災住民を力づけたい。
 ところで、なぜ平成最悪の犠牲者を出してしまったのか。気象庁は「数十年に1度」の大雨特別警報を発し、各自治体は早めの避難勧告・指示を出していた。しかし、全体として避難に結びつくことは少なかったようだ。
 送り手の危機感が受け手に十分伝わったのか。情報を受ける側に立った検証が必要だ。
 情報は頻繁に出された。しかし、あまりの数の多さが受け手をうんざりさせ、肝心な情報を埋没させなかったか。情報量の整理、発信のタイミング、分かりやすい表現など、検討すべき課題は多い。
 専門家からは、気象庁の記者会見が「見慣れた光景」となり危機感を持ちにくいとの指摘がある。大したことはない、との「正常性バイアス」の心理も働くという。
 受け手は自分ごととしてとらえないといけないが、現実は人ごとでやり過ごしてしまう。こうした心理を踏まえて、情報発信の方法を考える必要があろう。
 昨年、京都大宇治キャンパスで開かれた日本災害情報学会で、災害情報の共有のために地域ネットワークの構築が重要と指摘された。NHK静岡放送局は地元の聞き取りを進め、地域で親しまれる地名で伝える災害実況の実験を報告した。発信側と地域をつなげる試みであり、もっと広めたい。
 情報交信が可能なインターネットの活用も検討すべきだ。被災者からツイッターで「#救助」が発信され、ごく一部だが、実際に救助に結びついている。米国では活用が進んでおり、課題を踏まえた上でルールなどを議論してはどうか。
 地域の自主防災組織が、顔の見える関係で情報を伝え、警戒を呼びかける。とくに高齢者には有効だろう。
 昨年施行の改正水防法で、避難などの行動計画作りが進んでいるが、地域主体で情報収集を組み込んでおきたい。行政や専門家の協力で身近な危険箇所を調べ、防災の勉強をしておけば、伝えられる情報の意味を理解し、行動に移すことができる。
 情報を受けるにも備えが要る。

[京都新聞 2018年07月11日掲載]


核禁条約1年  被爆国から世論動かせ

 核兵器禁止条約の採択から1年が過ぎた。
 採択の原動力となった非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」がノーベル平和賞を受賞し、条約の存在感は格段に増したとはいえ、批准したのは11カ国・地域にとどまる。発効には50カ国以上の批准が必要で、批准が遅れ気味なのは残念だ。
 核禁条約は史上初めて、核兵器の製造や使用、実験、移転などを全面的に禁止する。昨年7月、国連加盟国の6割を超える122カ国・地域が賛成し、採択された。ところが、核拡散防止条約(NPT)を重視する米国やロシアなど核保有国は強く反対してきた。
 国際NGO関係者によると、米国は水面下で条約を批准しないよう経済支援を必要とするアフリカや中南米諸国に強い圧力をかけている、という。批准まであと2~3年を要するとの見方もある。
 批准を拒むのは核保有国だけではない。米国の「核の傘」に依存する日本や欧州の国々も米国の顔色をうかがうばかりだ。
 日本は条約から距離を置き、核廃絶を目指す姿勢が全く感じられない。唯一の戦争被爆国であり核保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任する国として、あまりにも後ろ向きと言わざるを得ない。
 抑止力に頼る限り、核兵器はなくならない。条約採択の背景にはNPT体制の下で、核保有五大国が特権を持ちつつ義務を果たさず、核軍縮が進まないいら立ちがあることを忘れてはならない。
 ストックホルム国際平和研究所によると、1月時点で世界の核弾頭数は計1万4465個に上る。前年比で470個減少したが、米ロが約9割を保有する構図は変わらない。削減ペースが遅い上、保有国は兵器の近代化を進めている。加えて米国は2月に「使える核兵器」と称される小型核の開発を打ち出し、核の危機が現実味を増しているのが気掛かりだ。
 昨年のノーベル平和賞が条約採択に尽力したICANに贈られたように、核廃絶は世界の人々の願いである。非核保有国だけでなく、保有国も巻き込んだ条約とし、実効性を高めていかねばならない。世界の人々の関心をさらに広げ、国際世論を高め、核保有国の指導者たちを動かしたい。
 広島、長崎への原爆投下から来月で73年。道のりは長く険しくとも、被爆者が生きているうちに核兵器と決別する道筋をつけねばならない。「核なき世界」を死語にしてはなるまい。

[京都新聞 2018年07月11日掲載]

豪雨被害拡大  救える命あったはずだ

 西日本豪雨による死者は100人を上回り、安否不明者も多数いる。被害はさらに拡大する可能性がある。雨の災害としては戦後有数の規模となりそうだ。
 京都、滋賀でも5人が亡くなり、1人が行方不明になっている。各地で懸命な救出作業、復旧作業が続いている。
 記録的な降雨量だったとはいえ、地震とは異なり、雨の被害には早い段階から避難などの対応ができる。命を救える可能性もあったのではないか。
 気象庁は今回、過去最多となる11府県に大雨特別警報を出した。自治体による避難指示も相次いだ。しかし、増水した川に近づいたり、避難せずにとどまった自宅で土砂崩れに巻き込まれたりして、多数の犠牲者が出た。
 「数十年に1度の現象」を基準に発表される特別警報だが、実際に身に危険が迫っていることと結びつけなかった人が多かったとみられる。
 各自治体は防災計画をつくっている。だが計画だけで、具体的な行動にきちんと生かされていないのではないか。例えば危険箇所を示すハザードマップを作って住民に配布しても、そこで終わっていないか。
 自分が災害に遭うとは思っていない人は多く、マップの見方すら分からない人もいるだろう。マップづくりの段階から住民を巻き込むなど意識づけに工夫している地域もある。改善できるところは、たくさんあるはずだ。
 高齢者や障害者など災害時に支援が必要な人をどのように避難させるのか。市町村には名簿の作成が義務づけられているが、どう使うのか現場に落とし込んだ対策が必要だ。
 求められるのはハードよりもソフト、とくに現場のマンパワーだろう。だが、自治体の防災担当職員は兼務が多く、十分な態勢とはいえない。
 行政でカバーできないところは専門家やNPOなどの力も積極的に借りたい。
 今回、京都府内では62万人に避難指示・勧告が出たが、避難した人はわずかだった。避難準備や避難勧告、避難指示と段階的に出される情報がどれだけ住民に伝わり、危険が認知されているか検証するべきだ。
 昨年も九州豪雨があり、異常気象は常態化している。予報技術が向上し、さまざま対策が講じられても被害が繰り返されるのは、住民に届いていないからだ。救える命を失ってはならない。

[京都新聞 2018年07月10日掲載]


米朝高官協議  認識の差埋められるか

 「非核化」を巡る米国と北朝鮮の認識の差は埋まるのだろうか。
 トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による先月の米朝首脳会談を受け、ポンペオ米国務長官と金委員長の最側近である金英哲党副委員長との協議が先週、北朝鮮の平壌で行われた。
 米朝は、非核化の履行と検証のための複数の作業部会を設けることを決めた。
 ただ、協議の内容は明らかになっていない。非核化に向けた工程表や期限など具体的措置を巡って双方の意見の隔たりは大きいとみられ、北朝鮮の非核化の意思には懐疑的な見方が広がっている。
 首脳会談で、非核化に向けた具体的措置を十分に詰め切れなかったことが、実務的な交渉を委ねられた高官協議を難しくしている。
 今のところ、米側の譲歩ぶりが目に付く。高官協議は、首脳会談の共同声明で「できるだけ早い日程で」行うこととされたが、約3週間もずれ込んだ。
 ポンペオ長官は訪朝前、北朝鮮の人権問題に本格的に対処するのは非核化実現後になるとの見通しを示し、「非核化措置の期限は設けない」と、北朝鮮への配慮ともとれる発言をしている。
 米国は「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)を求めてきたが、共同声明には明記されなかった。米国はその後、米韓合同軍事演習を取りやめた。
 トランプ政権の軟化姿勢がどのような戦略に基づいているのか定かではないが、合同演習の中止には「とてつもなく大きな妥協だ」との声が上がっている。
 北朝鮮は非核化のプロセスについて、行動ごとに見返りを求める「段階的措置」を求めてきた。
 現在は、米側が北朝鮮の体制を保証し、示威行為を控えている段階といえる。本来なら、北朝鮮も非核化に向けた具体的な動きを示さなくてはならない。
 しかし、北朝鮮は5月に核実験場を爆破して以降、非核化につながる行動は取っていない。国内には最大65個ほどの核弾頭があり、ウラン濃縮施設も多数存在するとされる。まずは、こうした核に関する情報を開示するべきだ。
 過去の交渉で繰り返してきた「引き延ばし」戦術で時間を稼ぎ、核保有を既成事実化しようとの意図が北朝鮮にあるとすれば、その試みを許してはならない。
 拉致問題解決を最重要課題とする日本も、米国の交渉姿勢は気になるところだ。連携を密に、注意深く見極めなければならない。

[京都新聞 2018年07月10日掲載]


西日本豪雨  被災者救出、支援に全力を

 活発な梅雨前線の影響で、西日本を中心に記録的な大雨となった。
 土砂崩れや河川の氾濫が相次ぎ、多くの犠牲者、行方不明者が出ている。雨は8日も降り続くとみられ、被害がさらに拡大するおそれがある。引き続き警戒が必要だ。
 前線が西日本から東日本を横断するように停滞した。これほど広範囲に大雨に見舞われる例はなかったのではないか。
 気象庁はこれまでに、数十年に一度の重大な災害が予想されるとして、京都を含む9府県に「大雨特別警報」を出した。2013年8月の運用開始以来、最多である。
 京滋をはじめ各地で降水量が最大記録を更新した。7月の1カ月降水量の2倍に相当するような雨が降った地域もある。大量の雨が地中に含まれ、斜面の崩壊などが起こりやすい危険な状態になっている。
 亀岡市で川に車が転落して女性が亡くなったのをはじめ、京滋でも犠牲者が増えている。府北部で土砂崩れが相次ぎ、多数が行方不明になった。
 京都地方気象台によると、府内で15人が亡くなった04年の台風23号に匹敵する大雨という。JRが多くの路線で運転を見合わせるなど交通網も混乱し、市民生活を直撃した。企業活動にも大きな支障が出ている。
 広島や岡山では街が大規模に冠水し、土砂崩れや生き埋めの情報が相次いだ。
 被害に遭った方々には心からお見舞い申し上げたい。被害拡大を受け、政府は関係閣僚会議を開いた。被災者の救出や生活支援に全力を挙げてほしい。
 気になるのは太平洋上の台風8号だ。猛烈な勢力を保ち沖縄に接近するとみられる。最悪の事態も想定するべきだ。
 専門家によると、これほどの大雨となったのは前線が日本列島に沿うように停滞し、南から暖かく湿った空気が供給され続けたためという。
 ちょうど1年前の九州北部豪雨のように、積乱雲が同じ場所で次々と発生する「線状降水帯」が形成されたとみられる。
 近年頻発している極端な降雨現象は、地球温暖化が一因とされる。経験のない大雨がいつ、どこで降ってもおかしくないと改めて胸に刻みたい。
 桂川や鴨川が増水し、人口密集地である京都市内も避難指示が相次いだ。
 5年前の台風18号被害が記憶に新しい嵐山では、浸水被害を経験した多くの商店が早めにシャッターを下ろし、店先に土のうを積んだ。経験が生きた面もあったのではないか。
 一方、西京区では緊急避難場所が小学校から変更されたにもかかわらず、住民に周知されていない事案もあった。知らずに小学校に行き、変更先は自宅より山に近いからと帰宅した人もいた。
 早めの避難は心掛けたいが、移動することが危険な場合もあり、判断は難しい。1人暮らしのお年寄りなど災害弱者に情報が伝わりにくいという問題も以前から指摘されている。
 よりきめ細かな災害対応が求められる。今後の備えに生かしたい。

[京都新聞 2018年07月08日掲載]


オウム死刑執行  事件の核心語らぬまま

 地下鉄、松本両サリン事件や坂本堤弁護士一家殺害事件などオウム真理教による一連の犯行の首謀者とされ、死刑が確定していた松本智津夫死刑囚(教祖名・麻原彰晃)の刑が、教団幹部だった6人の死刑囚とともに執行された。
 松本死刑囚は、裁判の途中から不規則発言を繰り返し、その後は沈黙した。動機など事件の核心を語らないまま死を迎えた。
 一連の犯行では計29人が犠牲になり、被害者は6500人を超えた。武装化し、テロまで企てた教団に、医師などのエリートをはじめ多くの若者が身を投じた。
 教団に引かれた理由は何か、抜け出せなかったのはなせだったのか。疑問は今でも消えない。
 被害者や遺族は松本死刑囚らに厳しい目を向けると同時に真相解明を望んでいた。真実が語り尽くされないまま刑が執行されたことには釈然としない思いも残る。
 教団関係者は計192人が起訴され、松本死刑囚ら13人の死刑が確定、6人が無期懲役となった。
 1995年に始まった裁判がすべて終了したのは、今年1月のことだ。逃亡していた元信者がいたとの事情があるにせよ、約23年という時間はあまりに長すぎた。
 松本死刑囚の一審は約7年10カ月かかり、公判は257回に及んだ。弁護人が事件と直接関係ない尋問を行うなど時間稼ぎとの批判が高まり、刑事司法の在り方に一石を投じる契機にもなった。
 一審を原則2年以内で終了させる努力目標を盛り込んだ裁判迅速化法や、争点を絞り込む公判前整理手続き、遺族などが意見を述べることができる被害者参加制度の導入などがその後、導入された。
 ただ、刑事責任や量刑の審理を主眼とする裁判での真相解明には限界もあったのではないか。
 知識も分別もあった若者らが教祖の言説を信じ込み、大勢の人々を殺傷した背景には何があったのか。刑事責任とは別に、社会的理由も含めた幅広い検証が必要だった。残る死刑囚や服役している元信者の証言が得られるなら、後世への貴重な教訓となろう。
 事件を知らない世代も増えた。当時に比べて社会の分断や格差が進み、不安は拡大している。カルト的な宗教に依拠しやすい環境が生じていないだろうか。
 それだけに、刑の執行で問題を終わらせてはならない。一連の事件は、特殊な人たちによる凶悪犯罪というにとどまらず、誰もが巻き込まれる可能性があることを改めて心に留めたい。

[京都新聞 2018年07月07日掲載]


米中の制裁発動  経済大国の責任どこに

 自由貿易体制を揺るがす、由々しい事態だ。予告通り米国と中国が、互いに輸入品に高関税をかける制裁、報復措置を発動した。
 世界1、2位の経済大国だけに影響は計り知れない。日本をはじめ先進国は先頭に立ち、「貿易戦争」から引き返すよう働きかけていく必要がある。
 米国は年間500億ドル(約5兆5千億円)分の輸入製品に25%の関税を上乗せ。そのうち340億ドル分を先行実施する。中国は同規模の関税で報復に出た。
 3月にトランプ米大統領が、中国の知的財産権侵害を理由に制裁措置の大統領令に署名。その後、米中は断続的に貿易協議を重ね、歩み寄りが見られた。日本や欧州もサミットなどで話し合いによる解決を促していた。しかし、トランプ氏は対話路線を放棄した。
 11月の中間選挙をにらんでの判断だろう。支持基盤を意識して保護主義への傾斜を強めたのだ。
 中国だけでなく日本、欧州、メキシコ、カナダなどへの高い輸入関税を打ち出している。その影響はブーメランとなって米国内の自動車や農産物など、トランプ支持層が多い産業に返ってくることを知るべきだ。
 中国の商務省によると、関税対象の中国商品のうち約6割は外資系企業が生産しており、米国への打撃になる。結局はトランプ氏が掲げる自国第一主義に反する。与党共和党や支持層の一部から疑問の声が上がるのも当然だ。
 米中の追加関税の対象製品は幅広く、製品のサプライチェーン(部品の調達・供給網)を通じて悪影響は世界全体に及ぶ。米中が真の大国なら、世界経済への重い責任があるはずだ。
 欧州やカナダなどが米国の高関税への報復を表明している。悪い連鎖が始まっている。保護主義や経済ブロック化が世界大戦をもたらしたことを忘れてはなるまい。
 その反省から、戦後、米国主導で自由貿易体制が推進された。戦争につながりかねない、貿易紛争に対する一方的措置の発動もWTOで禁じられた。しかし、トランプ氏は意に介さないかのようだ。
 WTOのルールに沿って、各国が自制した行動を取ることが、今こそ重要だ。トランプ氏は自国第一をルールとみなしているようで、非常に危うい。
 中国も経済政策で多くの批判を受けている。制裁と報復の応酬ではなく、ルールによる解決へ、議論の場が必要だ。日本は各国に呼びかけてほしい。

[京都新聞 2018年07月07日掲載]


文科省局長逮捕  補助で入試ゆがめたか

 大学に対する補助金を差配する立場の文部科学省幹部が入試の不正に関わっていた。事実なら、省の存在意義を揺るがす深刻な事態だ。
 文科省の科学技術・学術担当局の前局長が、東京医科大への補助金支給に便宜を図る見返りに、大学関係者に自分の息子の入試の点数を加算させ、合格させてもらっていたとして、受託収賄の容疑で東京地検特捜部に逮捕された。
 前局長と東京医科大の関係者を仲介した受託ほう助の疑いで東京都内の医療関連コンサルティング会社の社長も逮捕された。大学関係者は現理事長とみられ、在宅で捜査を受けている。
 官僚が地位を私的に利用したという意味で、古典的ともいえる汚職事件の構図ではある。
 だが、背景に文科行政や入試の構造的な問題がなかったか、しっかり見定める必要がある。
 問題の補助事業は、特定の分野に力を入れる私大を支援するため2016年度から始まった。
 東京医科大はがんや生活習慣病の早期発見推進の研究で16年度にも応募したが落選。17年度にほぼ同じ内容で改めて応募して選ばれた。
 選定は複数の専門家が行うが、一度退けられた研究が同じ内容で通過するなら、選定の基準が不透明だ。
 前局長は当時、事務方ナンバー3の官房長だったが専門家ではない。それでも選定に影響力を行使できたのなら、文科省の研究補助事業の全体に疑問符が付く。この事業が本当に必要だったのかも含め、徹底的な検証が必要だ。
 文科省と大学の関係は04年の国立大法人化を機に大きく変化した。文科省は研究費などで競争的資金の割合を大きくし、大学に獲得競争を促してきた。
 その半面、資金獲得のノウハウを知る文科省出身者が、国公私立を問わず重用されている実態がある。
 17年には局長が退任2カ月後に省人事課のあっせんで私大に教授として再就職していたことが発覚し、省の幹部が国家公務員法違反で処分された。
 事件は文科省と大学のこうした関係性と無関係ではあるまい。
 東京医科大の責任も重大だ。特定の人物が入試の点数を左右できるような体制があるなら、同様の不正は他にもあるのではないか。医療人を育てる大学の入試が不透明では困る。説明責任を果たしてほしい。

[京都新聞 2018年07月06日掲載]


東海第2原発  原電の抜本的見直しを

 原子力規制委員会は、日本原子力発電東海第2原発(茨城県東海村)の再稼働に関する審査で、安全対策が新規制基準に適合しているとする審査書案を了承した。
 事実上の合格で、東日本大震災で地震や津波の被害を受けた原発では初めてだ。
 第2原発は今年11月に40年の運転期限を迎える老朽原発だ。再稼働には期限までに新規制基準だけでなく、設備の工事計画と20年の運転延長の審査に合格する必要がある。
 間に合わなければ廃炉は避けられず、タイムリミットを意識した審査書案の了承だったことを規制委関係者が認めている。「再稼働できない状況となる判断を規制委は避けているのでは」。そんな批判の声があることを規制委は厳しく受け止めてもらいたい。
 懸念するのは、こうした老朽原発の運転延長がなし崩し的に進み、福島の事故後に導入された運転期間の「40年ルール」が形骸化していくことだ。規制委が今回の第2原発の延長を認めれば既に4基目となり、原発の安全規制の在り方が改めて問われることになる。
 原電は原発専業会社だが、福島第1原発事故後、保有する原発が1基も動かず、唯一再稼働の可能性がある第2原発の行方が原電の存廃にかかわる。
 出資する大手電力会社にとっても、売電できない原電を支え続けるには限界があり、自社への打撃を避けるには再稼働が不可欠との判断があるのだろう。
 原電は約1800億円の安全対策費も自力では調達できず、電気を購入する東電と東北電が資金支援をするというが、3千億円に膨らむ可能性もある。そもそも廃炉や賠償などの費用について国の支援を受ける東電に、他社を援助する資格があるのか疑問だ。
 第2原発は事故時の避難計画が必要な半径30キロ圏に全国の原発で最多の96万人が居住するが、避難計画の策定は難航している。
 加えて原電は事前同意の対象を立地自治体の東海村と茨城県だけでなく、周辺5市にも広げた安全協定を全国で初めて締結した。「村と県、原電だけでは事故時の責任は負えない」との東海村の意向を受けた対応だが、1自治体でも反対すれば再稼働はできず、ハードルは高い。
 巨額の安全対策費を投じて再稼働できなければ、原電、東電、東北電の3社が共倒れする事態もあり得る。視界不良のまま再稼働に突き進むより、原電の方向の抜本的な見直しこそ先決ではないか。

[京都新聞 2018年07月06日掲載]


大飯原発控訴審  住民の不安膨らむ判決

 関西電力大飯3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止めを周辺住民らが求めた訴訟の控訴審判決で、名古屋高裁金沢支部は、差し止めを認めた福井地裁判決を取り消した。
 住民側の逆転敗訴である。
 判決は原子力規制委員会が定めた新規制基準を「最新の科学的、専門的知見を反映した」と評価、「危険性は社会通念上無視できる程度まで管理・統制されている」とし、2基が新基準に適合するとした規制委の判断を追認した。
 「社会通念上」とは何を示すのか。どの程度なら危険を許容できるというのか。住民の不安はかえって膨らむのではないか。
 「具体的な危険性があれば運転の差し止めは当然」とした福井地裁の判断とは対照的な考え方だ。
 原発を巡る司法判断では、一審で差し止めの判断が出ても、上級審などで覆る事例が少なくない。
 隣接する福井県高浜町の高浜原発3、4号機について、運転差し止めを命じた2015年4月の福井地裁の仮処分決定は同年12月に同じ福井地裁で取り消された。16年3月には大津地裁が運転差し止めの仮処分決定をしたが、17年3月に大阪高裁が取り消している。
 今回の控訴審も「高裁の壁」に阻まれた。原発の稼働を止めるハードルは上がったように思える。
 最大の争点は、関電が設定した耐震設計の目安となる揺れ(基準地震動)の妥当性だった。原告側は算出に用いた計算式を検証し、過小評価となっている可能性を指摘したが、高裁はこれを退けた。
 すでに営業運転していることをふまえ、関電側の主張を追認したかのようにみえる。
 気になるのは、「福島原発事故に照らし、原子力発電そのものを廃止することは可能だろうが、その判断は司法の役割を超えており、政治的な判断に委ねられるべき」と述べていることだ。
 原告の主張を退ける判断をしておきながら、原子力発電の存廃について深入りを避けようとするのはなぜなのか。司法の役割を放棄したと思われても仕方ない。
 大飯、高浜両原発は14キロしか離れておらず、災害時に同時に被害を受ける可能性がある。
 しかし、政府と福井県はそれぞれの原発で事故が起きた場合の避難計画はまとめたが、両原発が同時被災した際の計画は作成していない。
 原発に関する施策が貧しい現状があるからこそ、司法には根拠のある判断をしてほしかった。

[京都新聞 2018年07月05日掲載]


タイ洞窟遭難  少年ら救出より安全に

 タイ北部チェンライ県の洞窟で行方不明になっていた地元サッカーチームの少年ら13人の生存が、閉じ込められてから10日目になって、ようやく確認された。
 雨期を迎えて洞窟内の水位が上昇し、戻れなくなったのだろうが、水や食料は持っていないとみられていた。奇跡的に全員、命に別条はなかった。捜索を見守っていた家族らは、さぞ安心していよう。
 現場は、チェンライ郊外にあるタムルアン洞窟で、全長が約10キロもあるとされている。11~16歳のサッカーチームの少年12人と、25歳のコーチが、先月23日から行方不明となった。
 発見されたのは、入り口から5キロ程度も奥の場所だった。
 詳しい経緯は今後明らかになるだろうが、少年らは、幼い頃からの遊び場である洞窟に入ったものの、濁流などに直面し、現場に避難したと考えられる。
 慣れ親しんだところでも、気象が激変すれば、どのような危険が待っているか分からない。肝に銘じておくべきだろう。
 避難先には、乾いた安全な場所を選んだようだ。
 発見されて空腹を訴えた少年らだが、コーチから横になってできるだけ体力を使わず、洞窟から垂れるきれいな水だけを飲むよう指示され、救出を待っていた。
 現場の地形やサバイバルに関する知識を共有したことが、身を守ったといえるのではないか。
 生存が確認された少年らであるが、遭難した洞窟から脱出できたわけではない。
 タイ海軍特殊部隊をはじめ、外国からダイビングなどの専門家らが駆け付けて捜索に当たったが、現場は泥水が激流となって行く手を阻み、少年らの発見までに時間を要した。
 救助当局は、少年らの健康状態を確認しながら、ダイビングの基本動作を身につけさせて脱出させることも、検討している。
 とはいえ、現地では豪雨も予想され、再び水が洞窟内に浸入する恐れがある。排水作業を急ピッチで進めてリスクを軽減するとともに、より安全な脱出方法があるのなら、そちらを選んでもよいのではないか。
 ここまで、勇気を持って生き延びた少年らである。万全の救出活動をもって、無事に生還させてあげたい。
 タイだけでなく日本でも、台風の影響で大気の不安定な状態が続いている。川の増水、氾濫など水の災害に十分な警戒が必要だ。

[京都新聞 2018年07月05日掲載]


日本サッカー  8強の壁破ってほしい

 悲願まで、あと一歩のところまで迫ったが。
 サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会で決勝トーナメント1回戦に臨んだ日本代表は、ベルギーに2-3で敗れ、またしてもベスト8進出を逃した。
 相手は国際サッカー連盟(FIFA)のランキングが3位の強豪である。同61位の日本にとって明らかに格上の存在で、最も技術の差が大きい対戦とも指摘されていた。
 それが、後半の立ち上がりに乾貴士選手(野洲高出)らの連続ゴールで2-0とリードし、勝利をつかみかけた。
 同点とされた後、カウンター攻撃から決勝点を奪われたのは、ロスタイムの間である。
 実に惜しい一戦だった。大健闘した選手たちには、称賛の声を掛けてあげたい。
 ただ、日本が実力だけで、ここまで勝ち上がったわけではないと認識しておいた方がよい。
 大会の1次リーグを突破できたのは、初戦でコロンビアを2-1で下して弾みをつけたからだが、相手の選手が反則で退場したのが勝因とされている。
 1次リーグでは、勝ち点でセネガルと並んだが、警告数が少なかったので、2位に入った。優位な状況を保つため、ポーランド戦の最終盤では攻めるのをやめ、時間稼ぎのボール回しまでした。
 要は、運もよかったということだ。それだけに今後は、さらに実力を磨いておくべきだろう。
 敗戦後、西野朗監督は「善戦するだけではなく、勝ち切らなければならない」、上位チームとのわずかな差を、「日本のサッカー界で埋めていかないといけない」とコメントした。
 その言葉通り、ベスト8となるには何が足りなかったのか、関係者には考えてもらいたい。
 大会前、日本は選手の平均年齢の高さから「おっさんジャパン」とやゆされた。いつまでも32歳の本田圭佑選手や31歳の長友佑都選手らベテランに頼っていては、戦力の向上は望めない。選手の若返りが必要だ。
 前回の大会終了後、西野氏が就任するまでに、監督が2人も解任された。
 指揮官が度々代わるようでは、チームの方向性が定まらない。どのような人物が監督にふさわしいのか、日本サッカー協会はしっかりとした理念を持つべきだ。
 日本がW杯に初出場してから、すでに20年が経過した。今回の悔しさをバネに次回こそ、8強の壁を破ってほしい。

[京都新聞 2018年07月04日掲載]


スマホ販売  不当な囲い込み是正を

 「4年縛り」と呼ばれるスマートフォンの販売方法を巡って、公正取引委員会が独占禁止法上、問題となる恐れがあるとの見解を示した。携帯電話市場の悪しき商慣行への警告であり、利用者の視点に立った改善策を求めたい。
 4年縛りはスマホ端末を4年分割払いで販売し、長期契約へ誘導する料金プランだ。利用者が2年後に新機種に買い替えて同じプランを再契約すれば、古い端末の残りの代金が無料になる。高額なスマホを実質半額で使えるメリットがある一方、再契約しないと端末の残金を支払わねばならない。
 公取委は、販売員の説明によっては景品表示法に抵触するとも警告した。他社への乗り換えを阻んで消費者の選択権を奪うとして、「待った」をかけた形だ。
 4年縛りはソフトバンクとKDDI(au)が導入し、「高額化する端末の負担を減らしたい顧客の選択肢を増やす」と説明する。しかし顧客の不当な囲い込みと受け取られても致し方あるまい。
 公取委は2年前にも「実質ゼロ円」といった販売手法の是正を携帯大手に求めた。自社回線以外で端末を使えなくする「SIMロック」も問題視してきたが、改善が進まないのは、NTTドコモを加えた携帯大手3社でシェア(占有率)約9割という市場の寡占化が続いているからだ。このため、併せて大手3社が格安スマホ業者に回線を貸し出す際の接続料の引き下げを提言している。
 通信行政を担当する総務省も同様に、契約期間中の解約に高額な違約金を科す「2年縛り」の料金制度の見直しなどを指導してきたが、大手3社の取り組みは十分とは言い難い。料金設定や販売方法という民間企業の経営判断に政府が口を挟むのは最小限にとどめるべきとはいえ、違法性が疑われるのなら指導はやむを得ない。
 スマホなど携帯通信はいまや暮らしに欠かせない。だが料金が割高だとの利用者の不満は根強く、契約内容が複雑で理解できないまま加入する利用者が少なくない。料金プランの簡素化はもちろん、メリットとデメリットを分かりやすく説明し、サービスを十分理解して選択できるようにすべきだ。
 楽天が自前の通信網による携帯通信事業に乗り出し、携帯キャリア「4社」時代がまもなく始まる。電波は「公共財」であり、携帯通信の公共性は言うまでもない。寡占や商慣行の弊害をいかに打破するか、公共財を預かる携帯大手の覚悟が問われている。

[京都新聞 2018年07月04日掲載]


路線価  まちの空洞化が心配だ

 人やカネが都市圏に集中している現状を再認識させられる。
 国税庁が公表した相続税や贈与税の算定基準となる2018年分の路線価は、訪日観光客の増加によるインバウンド需要や再開発計画のある地域が全体を押し上げ、3年連続で上昇した。
 都道府県別で上昇したのは18都道府県で、滋賀など5県が前年の横ばい・マイナスから転じた。都道府県庁所在地の上昇も前年の27市が33市に拡大した。
 しかし、29県は下落しており、都市圏と人口減少が進む地域での二極化傾向は変わっていない。
 都市圏での地価上昇は、さまざまなゆがみをもたらしている。
 首都圏では、都心へのアクセスがよい場所にタワーマンションなどの開発が進み、急激な人口増加に鉄道輸送や学校の収容力が追いつかない事態も起きている。
 保育所や小学校の整備も地価高騰で容易に進まない。東京都江東区では大型マンションを建てる場合に単身者向けの部屋を一定数設けるよう条例で求め、家族向けが増えすぎないようにするという。
 京都市でも問題が深刻化している。市内の最高路線価は中心部の中京、下京、東山各区で、3年連続2桁の伸びを見せている。ホテル建設の増加が要因とみられる。
 地価高騰とホテル需要の影響で市内の分譲マンション着工戸数は急減しており、ここ数年で急騰した分譲価格が下がる気配はない。コミュニティーの希薄化など、まちが空洞化しないか心配だ。
 都市部とは対照的に、地方では地価の下落が止まらない。四国4県は26年連続の下落となった。
 石川県は横ばいから下落に転じた。北陸新幹線の開業効果が続く金沢市以外の観光地が振るわなかったのが影響したとみられる。
 京滋でも、人口集積地とそうでない地域の差は顕著だ。
 政府は「地方創生」を掲げ、さまざまな景気浮揚策を打ち出しているが、効果的な対策になり得ていない。地価上昇が目的化してはならないが、安心して住み続けられる地域をつくるためには、もっと知恵を出さなくてはならない。
 20年の東京五輪・パラリンピックを迎える東京都は最高路線価が5年連続で上昇した。しかし、不動産価格は五輪開催前にピークを迎えるとのシンクタンクのリポートもある。
 五輪と前後して高騰した地価が下落し、日本経済に混乱をもたらす可能性もないとはいえない。用心しておく必要がある。

[京都新聞 2018年07月03日掲載]


TPP法成立  発効向け用意できたか

 環太平洋連携協定(TPP)の関連法が成立し、TPPの国内手続きはほぼ完了した。
 TPPは参加11カ国中、6カ国以上が国内手続きを終えて参加国に通知すると60日後に発効する。
 国内法の整備を終えたのはメキシコに次いで2国目で、早ければ年明けにも発効する見通しだ。
 TPP参加国間の貿易関税は大幅に引き下げられる。日本からは工業製品の輸出増が期待される一方、農産品の輸入もこれまで以上に増加する。農業分野は、かつてない国際競争を迎え撃つ準備ができているのだろうか。国は早急に手だてを打ち出す必要がある。
 関税は、オレンジの関税が発効後6~8年目に撤廃、キウイフルーツは即撤廃になる。乳製品輸入枠は大幅拡大され、それに伴い例えばチェダーチーズやゴーダチーズは現在の29・8%から16年目にゼロになる。酪農家への影響は重大だ。
 一方で、例えばカナダ向け日本車が6・1%から5年目にゼロになるなど、日本が優位を保つ工業製品は輸出増が見込まれる。
 とはいえ、工業品の最大市場である米国はTPPを離脱した。このため、輸出増効果は当初の予想ほど大きくないとみられている。
 結果的に、農業分野だけがこれまで以上に国際競争にさらされ、弱体化することにならないか。
 こうした懸念に対し、政府が十分に説明したとは言い難い。政府はTPPで「国内総生産を約8兆円押し上げ、雇用を約46万人増やす」としているが、国会で詳細な説明や根拠は示されなかった。
 安倍政権が関連法成立を急いだのは、保護主義的な姿勢を強める米トランプ政権をけん制し、復帰を促す狙いがある。
 欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)は来年3月に発効する見込みだ。中国、東南アジア諸国連合との東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉も急いでいる。
 米国以外との連携を固め、近く始まる米国との2国間貿易交渉を有利に運びたい思惑があろう。
 トランプ政権は鉄鋼輸入制限の解除と引き換えに農業市場開放を求める可能性もある。
 参院内閣委員会の採決にあたり、「TPPの水準を超える米国の市場開放要求は断固として拒絶する」旨の付帯決議が採択された。
 決議は、説明不足のままTPPを推し進める政府への不信の表れではないか。政府は重く受け止めてほしい。

[京都新聞 2018年07月03日掲載]

京都新聞 社説 2018年07月02日~06月22日掲載

2018-07-13 13:11:51 | 日記
米原で「竜巻」  身近な災害意識しよう

 米原市で竜巻とみられる突風が発生した。8人が軽傷を負い、家屋などの被害は140棟に及ぶ。「あっという間やった」と被害に遭った住民は振り返る。
 彦根地方気象台によると、竜巻などの強さの尺度「日本版改良藤田(JEF)スケール」の6段階中で、強い方から4番目のJEF2に該当する突風だった。近畿でも過去最強クラスで、最大瞬間風速は約65メートルと推定されるという。
 のどかな湖北の田園地帯を突如、台風でも経験しないような強烈な風が襲う。自然の猛威をまざまざと見せつけられた。
 現地では、がれきの撤去など地域を挙げて復旧を進めている。必要な支援の手を差し伸べたい。
 竜巻は発達した積乱雲に伴う強い上昇気流によって発生する。気象庁によると、国内では年平均25個ほどが確認されている。
 年に1300個が確認されている「本場」の米国が有名だが、面積を考慮すると日本も決して少ないとは言えないようだ。
 近年は度々甚大な被害をもたらし、2006年には北海道佐呂間町で9人が犠牲になった。
 だが突風は狭いエリアで起き、短時間で急速に強まるため、発生予測や防災対策の難しさは以前から指摘されてきた。
 住民への情報提供や避難体制づくりも課題となっている。
 気象庁は、08年から竜巻が発生しやすい状況になった場合に「竜巻注意情報」を発表し、10年からは地域ごとに発生しやすさを示す「竜巻発生確度ナウキャスト」を出している。今回は突風発生とほぼ同時期に、彦根地方気象台が注意情報を発表している。
 新たに開発された突風の探知レーダーシステムも一部で実用化が始まっており、予測精度のさらなるレベルアップが必要だ。
 今回の被害を機に、竜巻がどこでも起こりうる身近な災害であることを改めて意識したい。
 気象庁は「竜巻から身を守る」と題したリーフレットをつくり、「頑丈な構造物の物陰に入って身を小さくする」といった行動を例示している。
 京都市青少年科学センターは昨春から、子どもたちがゲーム感覚で竜巻発生のメカニズムを体感できる装置を常設展示している。こうした所で関心を持ち、防災意識を育むことも大切だろう。
 竜巻の発生は季節を問わないが、とくに台風シーズンの9月をピークに夏から秋にかけてが多い。心構えをしておきたい。

[京都新聞 2018年07月02日掲載]

ふるさと納税  寄付したくなる工夫を

 応援したい出身地などの自治体に寄付する「ふるさと納税」が転機を迎えている。
 好みの返礼品を選べるとあって人気が過熱し、2015年度に急拡大し、寄付額は16年度に過去最多を更新したが、地域間で差が出てきた。京都府内の自治体に集まった寄付額は16年度に減少に転じた。滋賀県内の自治体の合計額も17年度は伸びが大きく鈍化した。
 地方創生の一環で08年度に始まってから丸10年たち、ブームは一段落したと言えそうだ。
 背景には、総務省が昨年4月に出した通知の影響がある。ふるさとを応援するという本来の趣旨に戻すため、返礼品の価格を寄付額の3割以下とした。換金性が高い家電などは贈らず、地元住民を対象から外すことも求めた。
 多くの自治体が通知に従い、自主的な見直しを進めた点は評価できる。返礼品目当ての寄付が減るのは、制度の趣旨から当然だ。
 そもそもふるさと納税には構造的な問題がある。税控除の仕組みにより、寄付した人が住む自治体の税収が減るため、自治体間の競争を招いていた。
 京都市の場合、16年度に2億円近く寄付が集まったが、市民税は10億円減り、差し引き8億円のマイナスとなった。
 返礼品の調達費や広報費、人件費などがかさむことにも批判がある。滋賀県内の自治体が16年度に得た寄付額は30億円だが、経費を除く実収入は15億円となった。寄付の半分が経費に消えた形だ。
 都市部を中心にふるさと納税に批判的な自治体が目立つ一方で、通知を前向きにとらえ、工夫を凝らす自治体も増えてきた。
 特に公共施設の入場券や主催イベントの参加券などを寄付者に贈る取り組みは有効だろう。寄付者が納税先の自治体を訪れるきっかけになる上、経済効果が期待でき、無駄な経費はかからない。
 使途を明確化し、寄付者の思いに応える動きもある。綾部市は市と地域、ボランティアが連携し、寄付金で特産品の商品開発や販売を進めている。人口減少が進む集落の活性化が狙いだ。
 長岡京市は子どもに贈る本の購入費に充て、寄付先の学校や本を選べるようにした。選抜高校野球大会に初出場した乙訓高野球部の応援資金としても役立てた。
 ふるさと納税を適正な形で運用するには、豪華な返礼品で寄付を募る手法から脱却し、寄付者が支援したくなるような趣旨を明確に打ち出すことが必要だ。

[京都新聞 2018年07月02日掲載]


ヘイトデマ対策  安易な「拡散」してないか

 「外国人は地震に慣れていないからコンビニ強盗始める」「テロに注意」-。大阪府北部地震の発生直後、インターネットの会員制交流サイト(SNS)にこうした投稿が相次いだ。
 「大阪府北部で震度6弱でシマウマ脱走って」という写真付きの書き込みも見つかった。
 いずれも悪意のあるうそ、デマである。
 シマウマの写真は、投稿者が新聞社の過去のインターネット記事から無断使用したとみられている。
 こうした投稿に対して、大阪府が「未確認の情報を拡散しないで」などと呼び掛ける投稿を行い、法務局人権擁護局もツイッターで注意を促した。
 「シマウマ脱走」などのデマの流布は沈静化したとみられるが、在日外国人や少数者に対する偏見や差別、憎悪(ヘイト)をあおる情報は拡散が続いているようだ。
 災害の度に同様のことが起きている。2016年の熊本地震では「地震で動物園からライオンが逃げた」という書き込みとライオンが道路を歩く写真がツイッターに投稿され、たちまち2万人以上に拡散(リツイート)された。
 熊本市動物園には一晩で100件を超える電話がかかる事態になり、投稿した会社員男性が偽計業務妨害の容疑で熊本県警に逮捕された。
 災害時は誰もが不安で、偽情報を信じてしまう可能性は平常時より高まる。人々の不安定な心理につけ込むデマやヘイト言説の流布は許されない。デマの流布は犯罪になることを心にとどめたい。安易なリツイートや拡散は控えるべきだ。
 外国人などへの不当な差別的言動を禁じたヘイトスピーチ対策法の施行から2年が経過したが、今回の地震で有効な対策となったとはいえないだろう。
 同法に基づき、各地の自治体で公的施設でのヘイトスピーチ対策は始まっている。京都府もガイドラインの運用を始めた。
 問題はSNSやネット掲示板への中傷や差別的書き込みだ。ネットの匿名性や伝達のスピードが対策の壁になっている。
 うその情報は真実の情報より1・7倍の速さでリツイートされている、という米国の専門家の研究結果もある。
 ツイッターやフェイスブックの運営側も外国人や特定の地域や国などへの憎悪をあおったり、暴力を賛美する投稿の削除に乗り出してはいる。ヤフーなどの大手サイトもコメント欄のヘイト対策に乗り出した。
 だが、いずれも十分とは言い難い。「情報を掲載しているだけで言論には責任がない」という従来の立場を維持しているからだが、もはや許されないのではないか。
 デマと差別的な言辞が満載のサイトでも、閲覧が多いと広告収入が増える仕組みも問題だ。代理店任せで、そうしたサイトに広告が出ていることを知らない企業もある。
 ドイツはサイトの運営者にヘイト投稿の削除義務を課している。ネットは公共空間で、それを利用するなら責任も持つべきという考えに基づく。日本にも参考になるのではないか。

[京都新聞 2018年07月01日掲載]


働き方法成立  議論は尽くされたのか

 これで働く人の生活や健康を守ることができるのだろうか。
 政府が今国会の最重要課題とする働き方改革関連法が成立した。
 衆院で12項目、参院では47項目もの付帯決議がなされた。省令で定める内容も60項目に及ぶ。
 それだけ懸念が多く、細部が詰め切れていないのだろう。議論が本当に尽くされたのか疑問だ。
 関連法では、青天井だった時間外労働に初めて罰則付きの上限規制が設けられた。非正規労働者の待遇改善に向けた「同一労働同一賃金」なども盛り込まれた。
 長時間労働が当然とされる日本の労働現場で一定の抑止効果は期待できる。
 ただ、「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」については、労働時間が際限なく広がる心配が拭えていない。
 対象となる職種などは労使でつくる労働政策審議会の議論をふまえて省令で定めるという。付帯決議では、対象業務を具体的で明確にするような省令を求めている。
 省令に委ねれば、国会のチェックもないまま対象範囲が拡大する可能性がある。その歯止めは本来、法に明記すべきでなかったか。省令で明確にするよう付帯決議で迫るのは本末転倒に思える。
 働き方改革関連法は8本の法律を改正する大型法案で、衆参とも約30時間審議された。しかし衆院では森友疑惑などに関する与党側の対応を不満として野党が審議拒否した場面があった。参院でも最終盤で厚生労働委員長の解任決議案を巡って審議が紛糾した。
 党利党略の駆け引きが優先され、「働き方」をめぐる本質的な議論が深められたとは言い難い。
 過密労働への対策として野党が義務化を求めていた「勤務間インターバル制度」は、企業の努力義務にとどまったままだ。
 高プロでは年104日以上、4週間で4日以上の休日取得を企業に義務づけるが、4連休があれば残りは24日連続で24時間勤務させても違法にならないなど、常識的におかしな点が残る。
 働く側が高プロ導入を求める根拠とされた厚労省のヒアリングが12人にしか行われず、導入の前提が崩れる事案も判明した。
 多くの課題や疑問が積み残されたまま、結果的に政府与党に押し切られた格好だ。
 今後は、働く人の立場を守るため、運用の在り方を監視しなければならない。関連法は成立したが、労働者保護に目を向け続けるのも、国会の重要な役割である。

[京都新聞 2018年06月30日掲載]


受動喫煙防止  東京にけん引役を期待

 東京五輪・パラリンピックを見据え、東京都が制定を目指してきた受動喫煙防止条例が都議会で成立した。政府の健康増進法改正案よりも厳しい内容だ。
 国際オリンピック委員会(IOC)と世界保健機関(WHO)は2010年に「たばこのない五輪」の実現で合意し、以来、開催国・都市は厳しい受動喫煙対策を実現している。
 日本の対策は世界で「最低レベル」と批判されており、都が国任せにせず、率先して厳しい規制に踏み出した意味は大きい。全面施行される20年4月に向け、実効性のある条例にしてもらいたい。
 都条例は、従業員を雇う飲食店について店舗面積に関係なく原則屋内禁煙としたのが特徴だ。喫煙するには飲食できない専用室を設ける必要があり、従業員がいなければ禁煙、喫煙のいずれかを選べる。違反者には5万円以下の過料が適用され、規制対象の飲食店は84%、13万軒ほどになるという。
 一方、国会で審議中の健康増進法改正案は、自民党が中小の飲食店に配慮して抵抗し、当初案から大きく後退した。資本金5千万円以下で客室面積100平方メートル以下の既存店は、店頭に「喫煙可」などの表示を行えば、店全体が喫煙可能となり、規制対象は全国の飲食店の45%ほどにとどまる。
 都条例に対しては、中小飲食店から「商売が成り立たない」といった声が出ているが、禁煙で飲食店の客が減ることはないという米国の研究所の調査もある。
 むしろ全面禁煙する方がプラスになると考える事業者も増えており、都は受動喫煙対策の意義を丁寧に説明し、理解を広める必要があろう。
 実効性を高めるには、飲食店に立ち入り検査し、指導する各地の保健所の体制強化が欠かせない。加えて、規制強化によって逆に歩きたばこなどの路上喫煙が増えないよう、屋外公衆喫煙所の設置を増やすことなども必要だろう。
 たばこによる健康被害は科学的に実証されており、日本では、受動喫煙で毎年1万5千人が亡くなっているという厚生労働省の試算もある。五輪・パラリンピックを、日本の受動喫煙対策を考え直す機会にしなければならない。
 公共の場所全てを屋内全面禁煙にしている国は、既に55カ国に及ぶ。都条例が国内の取り組みを国際標準へと近づけるけん引役となり、受動喫煙防止の意識が国民の間に広く定着していくことを期待したい。

[京都新聞 2018年06月30日掲載]


イラン原油  輸入停止要求の再考を

 イラン核合意からの離脱を表明したトランプ米政権が、本格的な制裁再開に向けて動きだした。
 日本をはじめ中国、欧州連合(EU)に対し、イラン産原油の輸入を、制裁を復活させる予定の11月までに停止するよう求めた。
 欧米の経済制裁解除と引き換えに核開発を制限する2015年の核合意が、ますます無意味なものとなるうえ、堅調な世界経済にも悪影響を及ぼしかねない。
 米政権には、今回の要求を再考してもらいたい。
 この制裁は、イラン産原油の輸入を続けた第三国の企業や個人を対象とする「二次的制裁」のかたちで進められようとしている。
 従わない国の金融機関を、ドルの決済システムから排除する意向も見え隠れする。
 トランプ氏は、離脱した核合意が不十分だっただけでなく、イランが原油売却に伴う収入で中東各地の反米テロ組織を支援していると考えている。各国への輸入停止要求は、テロ支援活動などの資金を断つ狙いがあるという。
 だが物事が、同氏の考え通りになるとは限らない。
 原油輸出は、イランにとって国家の歳入の柱であり、各国の輸入停止は、国民生活の困窮に直結する。穏健派のロウハニ現政権は苦境に立たされており、欧州への輸出が保証されなければ、ウラン濃縮活動を無制限に再開すると警告している。
 米政権の思惑とは裏腹に、かえって核開発や反米活動を促す可能性がある。
 イランの原油生産量は1日当たり約500万バレルで、世界4位の規模とされる。
 石油輸出国機構(OPEC)は先週、ガソリン価格の上昇を抑えたい米政権に配慮し、協調減産の緩和を決めたばかりだが、輸入停止の要求が明らかになると、原油の先物市場などの価格は高水準で推移した。世界経済の見通しは不透明な状況になっている。
 人民元建ての原油先物取引を始めた中国は、輸入停止の要求を拒否する構えだが、日本は難しい立場に置かれている。
 輸入量全体の5%程度を占めるイラン産原油は必要なものだが、朝鮮半島の非核化や日本人拉致問題を解決するには、米国と協力せざるを得ないからだ。
 ただ、これまで日本は、革命や核問題があっても、イランとは独自外交を繰り広げてきた。制裁再開まで、慎重に情勢を見極めて対応すべきだろう。

[京都新聞 2018年06月29日掲載]


党首討論の使命  骨太の議論できる場に

 党首討論の歴史的使命は終わった-。27日の党首討論で安倍晋三首相がこう言い放った。
 国会での説明責任を否定するかのような発言だが、党首討論の中身が乏しいことは否定できない。
 当の安倍首相は質問にまともに答えず、はぐらかしたり、関係ないことを延々と話す。意見がかみ合わないまま時間切れで終了となるパターンが繰り返されている。
 前回5月30日の党首討論で時間切れに追い込まれた立憲民主党の枝野幸男代表が記者団に「今の党首討論という制度はほとんど歴史的な意味を終えた」と述べた。首相はこれを引用する形で党首討論への不満を示したようにみえる。
 首相の態度も問題だが、時間が45分間と短く、野党党首もばらばらに質問に立つため議論が深まらない。多くの課題が指摘されながら、改善の動きもみられない。
 根本に立ち返り、党首討論の「使命」を考え直さなければならない。党首同士らしい骨太の論争を聞きたい。
 森友・加計問題などの疑惑追及も重要だが、社会保障や安全保障、財政再建、人口減少など国民生活の将来に直結する骨太のテーマこそ熱く意見を戦わせるべきだ。
 その上で、まず時間の制約の緩和が必要だ。45分間には質問と答えの両方が含まれる。答弁を長引かせれば、質問者の時間が削られる。前回の党首討論では枝野氏の持ち時間19分のうち約11分50秒を安倍首相がしゃべっていた。持ち時間は質問者の発言時間だけをカウントするなどの改善が要る。
 国会開会中の水曜日午後3時に開く原則になっているが、より多くの国民がテレビ視聴できるよう夜に開催するなどの工夫も求められる。1回ごとに討論するテーマを決めたり、開催頻度を高めたりすることも議論の活性化につながるのではないか。
 討論を仕切る衆参の国家基本政策委員長の手腕も問われよう。単なる司会役ではなく、質問にきちんと答弁するよう首相らに強く働きかける姿勢が求められる。
 党首討論は、二大政党制の英国議会をモデルに導入された。本来は首相と野党党首がとことん議論を戦わせるのが基本だ。
 今の日本のように野党が細分化している現状では、質問時間を集約させて1対1に近い形をつくり出す戦略が野党側にも必要だ。
 党首討論の使命は終わったどころか、新たな役割と課題が浮き彫りになっている。国会を挙げて改革に取り組む必要がある。

[京都新聞 2018年06月29日掲載]


富山交番襲撃  拳銃またもや奪われた

 富山市の交番で元自衛官の21歳の男が警察官を刺して拳銃を奪い、近くの小学校で警備員に発砲する事件が起きた。
 警官と警備員は死亡した。男は小学校の敷地内に侵入したあと、駆けつけた警官に拳銃で撃たれ、現行犯逮捕された。重体という。
 地域の安全を揺るがす、大変ショッキングな事件である。動機や背景など事件の全容解明とともに、再発防止のための取り組みが求められる。
 男は2015年3月に陸上自衛隊に入隊。金沢駐屯地で勤務し、17年3月に退職していた。
 犯行の詳細は不明だが、少なくとも4本以上の刃物を持っていたという。事前に襲撃を計画していた可能性が高いとみられる。
 奪った拳銃で子どもたちを襲うつもりだったのか。事件当日、アルバイト先でトラブルがあったとも伝えられている。
 当時小学校では児童約410人が授業中で、体育館に避難させた。教諭たちが刺股やほうきを手に警戒した。
 侵入者に学校が襲われる事件は、京都を含め過去に何度か起きている。2001年の大阪教育大付属池田小の事件では大勢の児童が犠牲になった。
 一方で警官の拳銃が奪われる事件も後を絶たない。警察庁によると、地域警察官の拳銃が奪われる事件は13年以降で、今回を除いて6件発生している。
 それでも、この二つが同時に絡むケースは前代未聞だ。学校の不審者対策は池田小の事件をきっかけに進んだが、侵入者の拳銃使用は想定外だったとみられる。
 安全対策の見直しが求められるが、警官の拳銃所持の在り方も議論すべきではないか。
 交番と拳銃が絡む事件では、今年4月に彦根市で19歳の警官が同僚を射殺し、逃げる途中に実弾の入った拳銃を捨てた事案が記憶に新しい。
 精神的に未熟さが残る未成年への拳銃貸与の妥当性が問われたが、そもそも所持がなければ発砲による犠牲者もなかったのは今回の事件と同じだ。
 事件を受けて警察庁は、拳銃の着装器具を改良し、本人以外は拳銃を抜きにくくする再発防止策を検討しているという。
 当然の対応だが、拳銃は実際に使用されることはまれである。危険な事態を招きかねない拳銃を警察官全員が所持する必要があるのか、抜本的な観点からも防止策を検討してほしい。

[京都新聞 2018年06月28日掲載]


新専門医制度  真に信頼される人材を

 若手のための新しい専門医養成制度が本年度から始まった。大学を出て医師国家試験に合格し、2年間の初期臨床研修を終えた人が対象で、特定の診療科で3~5年の経験を積んで認定試験にパスすると当該科の専門医を名乗れる。
 内科、外科などの学会ごとに専門医を認定する制度は以前からあるが、基準が不統一で、質のばらつきが指摘されてきた。国の検討会の提言を受けてつくられた新制度では、学会に代わる組織として医学部教授や公的機関の代表で構成する一般社団法人「日本専門医機構」を設立。機構が専門医の認定や養成プログラムの承認を一括して行う仕組みにした。
 初年度は8300人余りの医師がプログラムに登録し、希望する診療科と医療機関を選んで研修を始めている。学会認定の専門医も順次、新制度で資格を更新する。
 第三者機関による一元的で、中立的な制度運営体制になったことは望ましい。医療のレベルアップを期待したい。
 当初、新制度は2017年度にスタートする予定だった。
 遅れたのは、新制度が地方の医師不足を助長しかねないとの声が自治体や医師会などから上がったからだ。例えば外科の専門医になるには、指導医の下でさまざまな部位の手術を百数十例経験する必要があるが、そうした研修先は大都市に比べて地方に少ない。
 若手医師は研修終了後も「即戦力」として都市部にとどまりやすいとされる。偏在対策として機構は、東京、大阪など5都府県で研修の受け入れ人数に上限を設けたものの、18年度は全体の4割以上が5都府県に集中した。
 出産・育児期と研修が重なる女性医師への制度的配慮が足りないという指摘もある。地域や性別にかかわらず若手がキャリアアップしていけるよう、機構はさらに知恵を絞ってもらいたい。
 法律で医師に義務づけられている研修は初期臨床研修のみで、新プログラムは必修ではない。ただ、医療の進歩やニーズの変化に伴い、より質の高い専門医を増やすことは社会的な要請といえる。
 高齢者に多い複数の病気をもつ人を診る「総合診療医」の養成も、そうしたニーズの一つだ。新専門医制度に組み込まれたが、18年度の登録者は百数十人にとどまる。対象となる医師への積極的な働きかけが求められよう。
 真に患者に信頼され、地域の役に立つ専門医を、医学界は育ててもらいたい。

[京都新聞 2018年06月28日掲載]


難病医療助成  軽症者の支援も検討を

 約15万人の難病患者が、今年1月から医療費助成を受けられなくなっている。
 2015年施行の難病医療法で医療費助成制度が変更され、比較的軽症と診断された患者が3年間の経過措置の後に除外されたためだ。
 患者の中には、医療によって軽症状態を維持し、仕事や学業を続けている人が少なくない。助成打ち切りが受診控えにつながれば、かえって重症化する人が増える可能性がある。早急な対策が必要だ。
 難病治療の公費助成は1972年からあるが根拠法はなく、研究助成名目で56の疾患に対して行われてきた。
 同法の施行で難病医療は社会保障制度となり対象疾患は広がって今年度までに331になった。同時に疾患ごとの基準で助成対象を決める重症度分類が導入された。
 これにより、約72万人の患者が経過措置の対象となっていたが、約2割が助成から外れたことになる。申請しても認められなかった人が約8・4万人、申請しなかった人は約6・4万人に上った。
 京都府では経過措置となっていた1万5913人のうち2362人、滋賀県では7911人のうち914人がそれぞれ医療費助成から外れた。全国的な傾向とほぼ一致している。患者団体は「想定以上に不認定が多い」として改善を求めている。
 助成対象の疾患は増えたが、それらは極めてまれな疾患がほとんどで、全体の患者数が急増したわけではない。2016年の約98万6000人に対し18年は約100万人にとどまっている。逆に医療助成は140億円以上減となり、結果的に医療費抑制につながった面もある。
 難病は原因が不明で根治も難しいことが多いが、近年は生物学的製剤や分子標的治療などが急速に発達し、患者の生活の質向上に貢献している事例が少なくない。
 新開発の薬や治療法は高額だが、症状の進行が止まり、患者が社会参加を続けられるなら、支援する意義は極めて大きい。 
 軽症者の受診が減れば疾患の全体像の把握が困難になり、重症化後の対応も難しくなる。軽症段階から患者を登録する制度が必要ではないか。
 難病医療法には施行後5年以内をめどに内容を見直す規定がある。厚生労働省は患者の生活実態調査を行う方針だ。できる限り多くの当事者から事情を聞き、何らかの支援を行う必要がある。

[京都新聞 2018年06月27日掲載]


トルコ大統領  再選で強権拡大を危惧

 トルコの大統領選で現職のエルドアン大統領が再選された。憲法改正によって選挙後、議院内閣制から強い権限が集中する大統領制に移行する。
 エルドアン氏による強権支配体制の確立を意味する。独裁色が強まる一方で、国民融和や中東地域の安定に向けたかじ取りができるか。懸念を抱きつつ注目したい。
 シリア内戦では当初、アサド政権の退陣を求める反体制派を欧米と共に支援したが、クルド人勢力が台頭すると方向転換。自国のクルド分離独立勢力と同一視して越境攻撃を開始した。自国利益第一の姿勢を露骨に示すものだ。
 北大西洋条約機構(NATO)の一員でありながら、アサド政権支援のロシアに急接近し、地対空ミサイルを購入さえしている。米国が中東への関心を低下させる中、トルコが存在感を強めることで地域の緊張を高めかねない。
 自国第一に走るのではなく、中東の安定に寄与することが地域大国の責任ではないか。
 見過ごしてならないのは、国内の深い亀裂だ。2016年のクーデター未遂事件後、非常事態宣言を発して大規模粛清の挙に出た。反大統領派とみなされた宗教関係者、クルド人系野党、メディアなどに及び、国連によると16万人が拘束された。
 大統領選は非常事態宣言下の実施だ。欧州から集会や表現、報道の自由が制限された選挙と疑問視する声が出ている。国際選挙監視団は民主主義を示したと評価するものの、一方で選挙活動は公平でなくエルドアン氏に「過度に有利」だったと発表している。
 同時に行われた議会選で、エルドアン氏率いる公正発展党など与党連合が過半数を獲得。安定した政権運営が可能になる。新制度で大統領は閣僚の任命など広い権限を持ち、司法への影響力も強化される。三権分立の危機といえる。
 一皮むけば強権による「安定」だ。不満は潜在化している。自由を回復することが真の安定につながると考えを改めるべきだ。
 エルドアン氏は経済の立て直しで支持を得てきたが、強権政治で欧米は投資を控えるようになった。経済成長率は7%台と好調に見えるが、経常収支は赤字続きで物価は上昇している。
 多くの国民は生活の安定を求め、大統領に期待したのだろう。強権による政権維持は、いずれ見放される。民主主義を経験したトルコだ。日本を含め国際社会は亀裂を埋める対話を促したい。

[京都新聞 2018年06月27日掲載]


大阪地震1週間  大都市の備えにもろさ

 阪神大震災以来23年ぶりに、関西の大都市を震度6級の揺れが襲った大阪府北部地震。地震の規模(M6・1)が阪神より小さく、人命や建物の被害は限定的だった半面、鉄道・ライフラインの再開に時間がかかるなど都市の備えのもろさを浮き彫りにした。
 発生から1週間の昨日、被災地では5人の犠牲者に静かに手を合わせる人や、引き続き避難所に身を寄せる人、壊れた家財を片付ける人の姿があった。京滋でも余震への警戒を怠らず、課題にしっかり向き合う決意を新たにしたい。
 平日朝のラッシュ時に起きた今回の地震では、駅間に緊急停止した車内に一時閉じ込められた人が20万人に上った。近畿一円の鉄道網のまひは深夜に及び、主要駅は終日、通勤・帰宅困難者であふれた。
 乗客の誘導を最優先に、線路や電気設備の係員も動員したため、安全点検が遅れたとJR西日本は説明する。致し方ない面はあったにせよ、時間がかかっても複数の路線をまとめて再開させようとした判断は妥当だったか、他の交通機関との連携協力に工夫の余地はなかったかなど、疑問は残る。
 閉じ込めはマンションやオフィスビルでも起きた。大阪府内を中心に数万基のエレベーターが停止し、技術者が駆け付けて内部の人を救出するのに長時間を要した。復旧の人手が回らなかったのは都市ガスなどのライフラインも同じだった。
 技術者や作業員の数には限りがあり、災害時は道路が渋滞して現場に到着できない可能性も考えられる。それらを前提に、大都市での救助・復旧をスムーズにする現実的な備えと工夫が必要だろう。
 企業の中には、従業員に早い段階で休業や自宅待機を指示した社があった一方、判断を個人任せにした社もあったようだ。たとえば災害発生直後の行動を事前に取り決め、日常の訓練を通じて従業員に周知していれば、通勤・帰宅困難や渋滞の拡大を抑えられるのではないか。
 被災自治体では水道管の破裂が相次ぎ、高度成長期に埋設された管の老朽化が改めて指摘されている。耐震管に切り替える流れにあるものの、自治体の財政難がネックとなって遅れ気味だ。京都府、滋賀県の耐震化率は30%前後と、全国平均を下回る。
 独り暮らしのお年寄りや障害のある人の安否確認、外国人への災害情報提供にも課題がみえた。市民の参加と理解を広げ、改善策を見いだしたい。

[京都新聞 2018年06月26日掲載]


ゲーム障害  疾病認定を機に対策を

 オンラインゲームやテレビゲームのやり過ぎで日常生活を送るのが困難となる問題が、世界中に広がっている。
 世界保健機関(WHO)は、これを「ゲーム障害」との名称で新たな疾病に認定し、「国際疾病分類」の最新版に加えると発表した。来年の総会で採択する予定だ。
 これまでゲームのやり過ぎに正式な病名はなかったが、依存症の一つとして同分類に盛り込むことで診断例が増え、研究も進む。認定を機に、治療法や予防策の確立につながることを期待したい。
 ゲーム障害の患者は、未成年者に多い。時間の浪費にとどまらず、睡眠障害などの身体的なダメージを受ける。
 最新版の定義では、ゲームをしたい衝動が抑えられなくなり、日常生活より優先し、健康を損なうなどの問題が起きてもやめないといった症状が12カ月以上続いた場合に、同障害と診断される。
 インターネット依存治療専門外来が設けられた国立医療機関の調査では、患者は「昼夜逆転」「欠席・欠勤」「物の破壊」「食事をとらない」「家族に暴力を振るう」などの問題行動をする。家族や学業、仕事、地域社会に重大な支障が生じるのは明らかだ。
 深刻な事態は、日本だけで起きているのではない。
 「IT大国」とされる韓国では、ほとんど寝ずにゲームを続けた20代男性が死亡した。中国のメディアによると、ゲーム人口の低年齢化が進行しており、子どものオンラインゲームを禁止することが議論されている。
 WHOの担当者は「概算でゲームをしている人の2~3%がゲーム障害とみられる」と指摘しており、すでに相当数の患者が存在するのだろう。
 各国が連携に努め、障害の起きるメカニズムを解明したうえで、対策の強化を急ぐべきだ。
 問題が広がる背景には、スマートフォンやタブレット端末が急激に普及し、誰でも、どこでも、いつでもゲームのできる環境が整っていることがある。
 ところが、米国のコンピューターゲームの業界団体は、ゲームに依存性はなく、WHOに疾病認定をやめるよう訴えていたという。
 対症療法には、限界がある。原因やメカニズムに踏み込んだ治療が必要なのに、これでは、問題の根本的な解決には、つながりそうもない。今後は、ゲームを供給する側の責任と対策も、厳しく問われることになりそうだ。

[京都新聞 2018年06月26日掲載]


三日月氏再選  独自カラーをもっと鮮明に

 滋賀県知事に現職の三日月大造氏が再選された。新人で元滋賀大副学長の近藤学氏との一騎打ちを大差で制した。
 三日月氏は2014年の前回知事選で、嘉田由紀子前知事の後継指名を受けて民主党衆院議員から転身し、初当選した。今回は国民民主党県議らでつくる地域政党チームしがに加え、自民党、公明党からも支持を得た。
 再選は1期目の県政運営が評価され、次の4年間への手腕に期待が集まった結果といえる。「人、社会、自然」の健康実現を掲げた三日月氏には、山積する県政課題に果敢に取り組んでほしい。
 だが、投票率が前回を大きく下回り、過去2番目の低さだったことは看過できない。

 相乗り「理解できず」

 選挙権年齢が18歳以上に引き下げられて初の知事選でもあった。県民の暮らしに直結する課題解決の担い手を選ぶ選挙が、極めて低調だったのは残念である。
 有権者の関心をそいだのは選挙構図だ。共産党を除いて国政で対立する与野党がともに三日月氏を支持し、28年ぶりの「非共産対共産」の現新一騎打ちとなった。
 告示後に京都新聞社が県内有権者を対象に実施した世論調査では、相乗りを「理解できない」と答えた人が半数近くを占めた。
 前回は独自候補を立てて三日月氏と激しい選挙を繰り広げた自民だが、三日月氏が大戸川ダム(大津市)の凍結見直しに触れたことなどから支持に回った。
 大戸川ダムは嘉田氏が建設に反対。ダムに頼らない流域治水推進条例を成立させた。
 県は近年の局地豪雨などを踏まえ、ダムの治水効果を検証する勉強会を発足させた。三日月氏は県議会で「必要な見直しができるよう努める」と発言した。
 2期目の三日月県政にとって当面の焦点となりそうだ。勉強会の検証も踏まえながら、慎重に判断しなくてはならない。
 嘉田県政時代からの政策の転換になれば、支持してきたチームしがをはじめ反発も予想される。

 正念場を迎える湖国

 全国でも数少ない人口増加県だった滋賀は、14年の推計値で141万6500人と48年ぶりに減少に転じた。
 これまで人口減少に伴う諸問題は他府県と比べると抑えられてきた。いよいよ本格的に向き合う時代を迎えている。
 県南部では子育て世代の流入が続く地域もあるが、北部などでは過疎化や少子高齢化が著しい。多くの中小企業などで働き手が足らず、若年層の流出が地域社会の担い手不足を招いている。
 琵琶湖を中央にそれぞれの地域で発展してきた滋賀の姿を、どう持続するかが問われている。各市町とも連携して、きめ細かく取り組まなくてはならない。
 平均寿命が男性は全国1位、女性は4位の「長寿県」となったのは誇らしい。だが、介護や医療サービスの整備に遅れが指摘されている。
 さらに原発再稼働への対応や琵琶湖の環境保全、教育の充実など多くの課題がある。
 一方で、今年2月に公表された県財政の収支見通しでは、26年度までに財源が939億円不足するとされている。
 全国有数の内陸工業県として第2次産業のウエートは依然高いが、産業構造や経済情勢の変化を見据えた新たな税収確保が求められるのはいうまでもない。
 そんな中、選挙でも争点となったのが24年滋賀国体の巨額経費だ。県は彦根総合運動公園の整備や運営費などに総額約450億円を見込む。今後さらに膨らむことも予想されている。
 県民のスポーツ振興や健康づくりの環境整備は大切だが、妥当な投資なのか中身が厳しく問われる。県民の理解が得られるよう十分な説明が必要だ。

 県政運営は手堅いが

 三日月氏は民主党衆院議員を務めた後、政党推薦を受けずに知事に初当選してからは、各方面に目配りし、協調を重視した手堅い県政運営を進めてきた。
 嘉田県政は新幹線新駅凍結などの施策を掲げて県民の支持を集めた一方、実現を巡って摩擦も多かった。それと比べると、様変わりしたといえよう。
 今回の選挙で支持政党が広がった背景には、そうした姿勢が評価されたことがある。
 東京に県の情報発信拠点「ここ滋賀」を開設し、琵琶湖を自転車で一周するビワイチ観光を推進するなど地域振興にも力を入れた。経済界と良好な関係を築き、選挙母体「健康で元気な滋賀をつくる会」の会長は滋賀経済団体連合会会長が務めた。
 だが、良くも悪くも県民にとって「顔の見える」知事だった嘉田氏と比べると、1期目はややアピールに欠けると感じた人もいたのではないか。
 まだ47歳と若く、国政での経験もある。バランス感覚だけではなく、変化の時代に対応して滋賀を引っ張っていくような、さらなる行動力を期待する県民は多いはずだ。2期目はより鮮明な三日月カラーを打ち出してほしい。

[京都新聞 2018年06月25日掲載]


反セクハラ条約  国内法の整備は急務だ

 「現行法令でセクハラ罪という罪は存在しない」-。安倍晋三政権が先月、麻生太郎財務相の「暴言」を擁護するかのような政府答弁書を閣議決定した。
 確かに日本にセクハラ行為そのものを禁止する法律上の規定はない。とはいえ答弁書からは政官界の感覚の鈍さが垣間見える。法の不備でセクハラがなくならないとすれば、女性の社会進出が著しい世界の潮流に日本は取り残されかねない。
 国際労働機関(ILO)は先ごろ、セクハラ、パワハラといった職場での暴力やハラスメントをなくすための条約をつくる方針を決めた。拘束力を持つ条約を制定すべきだとした委員会報告を踏まえ、来年の年次総会で条約採択を目指すという。
 ハラスメントは人間の尊厳や人格を踏みにじり、職場環境の悪化を招く。世界各地で性被害を告発する「#MeToo」運動も広がっている。
 そんな中、国際社会がハラスメントの根絶に向け、拘束力のない勧告と組み合わせて初の国際基準制定に踏み出したことを歓迎したい。
 だが、ILOの場で条約制定を強く訴えた欧州諸国などと比べ、日本政府の消極姿勢が際立った。国際感覚の欠如を否めない対応だったと言えよう。
 日本は国内法が未整備な状態では条約による国際基準に対処できないとして、勧告にとどめるよう求めた。条約が採択されても批准しないのではないか、とみられているのは残念だ。
 厚生労働省によると、全国の労働局に寄せられた2016年度のセクハラ相談は7526件に上った。被害に遭って心身に大きなダメージを受けても泣き寝入りしている人は多いとみられ、氷山の一角にすぎない。
 前財務事務次官のセクハラ問題を受け、野田聖子女性活躍担当相が「罰則付きの法整備」に意欲を示した。しかし議論が進まず、尻すぼみになった。
 セクハラへの緊急対策は主に研修を通じた官僚の意識改革にとどまった。さて政府は今後、野田氏が盛り上げた対策強化の流れをどう生かすのだろうか。
 セクハラ罪を設けている国もある。例えばフランスは禁止法から一歩踏み込んだセクハラ罪を1992年の刑法改正で創設した。犯罪として刑事罰を科すとともに、刑事、民事両面で被害者を保護している。とりわけ職権乱用によるセクハラなどは刑が重いという。
 男女雇用機会均等法はセクハラやマタハラに対し、事業主に必要な措置を講じるよう義務付けているものの、これで十分とは言えない。職場に限定せずあらゆる場面でハラスメントを一掃する罰則付きの法整備を急ぐべきだ。被害者を救済する仕組みも欠かせない。
 ILOが条約制定の方針を打ち出し、ハラスメント撲滅は今や世界共通の課題となった。その定義や防止策、支援措置など国際基準が明確になれば日本も無視できまい。
 反ハラスメントを目指す世界的な動きを好機と捉え、政府は国内法の整備に本腰を入れるべきである。セクハラ、パワハラ対策を表面的な取り繕いで済ませてはならない。

[京都新聞 2018年06月24日掲載]


米輸入制限緩和  少なすぎる「適用除外」

  「適用除外」といっても、安心するにはほど遠い状況だ。
 米商務省が鉄鋼の輸入制限で日本や中国、ドイツなど5カ国からの一部製品を適用除外とした。3月に決めた鉄鋼とアルミニウムの輸入制限で、適用されない品目が決まったのは初めてだ。
 ただ、今回認められたのは7社の42件にすぎない。11社が申請した56件は認められなかった。
 企業からの除外申請は2万件を超えている。商務省が判断したのは計100件に満たない。
 安全保障上の脅威を理由に輸入制限を発動したトランプ政権の姿勢は、何ら変わっていないと見るべきだろう。
 すでに中国やEUなどは報復関税で対抗する姿勢をみせている。輸入制限が結果的に米国民の生活に跳ね返る可能性があることをトランプ氏は自覚するべきだ。
 今回の適用除外は、外国製品に頼らざるを得ないものが対象とみられる。ロス商務長官は「消費者に近い産業の需要を考慮した」と、米国民への影響に言及した。
 共和党内には、メキシコなどの報復関税が米国農家に被害を与えるなど、輸入制限が地域経済に影響を及ぼすことへの懸念もある。
 11月の中間選挙を控え、こうした支持層の声に配慮したとの見方も出ている。世界の貿易秩序を揺るがす輸入制限の発動も、その一部の適用除外も、根底には選挙対策があるということなのか。極めて危うい行動である。
 トランプ氏は18日、中国から輸入する年間2千億ドル(約22兆円)相当の製品に10%の追加関税を課す検討を指示した。その3日前に同500億ドル(約5兆5千億円)相当の輸入品に25%の関税をかけると表明したが、中国が同規模の報復措置を発表したためだ。米中の報復は泥沼化する恐れがある。
 米国の強硬策を改めさせる具体策は今のところ見いだせない。
 日本の鉄鋼製品は米国で造れない特殊なものが多いという。適用除外の審査が長引けば企業業績にも響きかねない。日本政府としては、今後も除外対象の拡大を働きかけていくしかないだろう。
 経済産業省が今週発表した2018年版不公正貿易報告書は、保護主義的な通商政策をとる米国を名指しで批判した。また、世界貿易機関(WTO)への提訴も視野に問題解決を図ると明記した。
 こうした姿勢を現実の日米折衝でどこまで貫けるか。日本政府は国際ルールを尊重する意思をしっかり主張しなければならない。

[京都新聞 2018年06月23日掲載]


介護人材の確保  安心して働ける環境を

 介護現場で働く多くの人が、訪問先などで利用者や家族から心身への暴力やセクハラを受けた経験を持つ。そんな実態が二つのアンケートで明らかになった。
 一つは看護師を派遣する訪問看護ステーション事業者の団体「全国訪問看護事業協会」が、協会に加盟する事業者の看護師や管理者を対象に実施した初の大規模な全国調査だ。
 それによると、訪問先で「大声で怒鳴られた」「能力がないと言われ、傷ついた」などの精神的な暴力、「殴られた」「刃物を見せられた」などの身体的暴力、「体を触られた」などのセクハラ行為を、それぞれ半数前後が経験しており、過去1年間では3割前後が経験したという。
 もう一つは労働組合「日本介護クラフトユニオン」が、訪問介護や施設介護に携わる組合員を対象にした被害調査で、全体の3割がセクハラを、7割がパワハラをそれぞれ経験していた。
 いずれの結果からも、介護現場の深刻な実情がうかがえる。
 超高齢化社会への移行が進み、自宅での介護や看護の充実が迫られているが、こうした現状では訪問介護・看護の人材確保も進みにくい。それでなくても介護現場の仕事は低賃金や重労働のイメージから敬遠されがちだ。
 団塊の世代が75歳の後期高齢者となる2025年には、介護職員は全国で33万人以上不足すると厚生労働省は推計している。訪問看護師も、在宅医療の充実のためには現在の3倍を超える約15万人が必要とされる。
 人材確保には介護職員らの処遇改善に加え、暴力やセクハラから身を守り、安心して働ける環境の整備が欠かせない。
 対策としては、訪問先で利用者と1対1にならない複数での対応が有効とされる。だが2人以上での訪問は費用がかかるため利用者の同意を得にくく、事業者の持ち出しとなったり、職員が不足して他の利用者への訪問に影響したりする懸念がある。
 注目したいのは兵庫県の取り組みだ。危害が想定される利用者宅を介護職員や看護師が2人以上で訪問する場合に、人件費の一部を補助する制度を17年度に導入した。被害を受けた際の相談窓口も設けている。京都、滋賀でも参考になるのではないか。
 厚労省の推計では、25年度に必要とされる介護職員数に対し、京都は20%、滋賀は14%不足するという。京都は全国でワースト3位だ。対策を急ぎたい。

[京都新聞 2018年06月23日掲載]


ブロック塀崩壊  減災に向け対策を急げ

 大阪府北部の地震で高槻市の市立小学校のブロック塀が倒れ、小4女児が巻き込まれ死亡した。
 ブロック塀は高さ3・5メートルあり、このうち上から1・6メートルの部分が児童の通学路側に倒壊した。 建築基準法はブロック塀の高さを2・2メートル以下とし、一定の高さを超える場合は補強のための「控え壁」を設置する必要がある。崩れた壁はこうした要件を満たしていなかった。
 崩れた部分は厚さ15センチのブロックを8個積み重ねた構造で、基礎部分につなぐ鉄筋が短く、もろい構造だった可能性も指摘されている。
 危険な構造物が、子どもたちの安全が保障されるはずの学校で放置されていた。深刻な事態だ。設置された経緯や責任の所在を徹底解明する必要がある。
 同時に、現存するブロック塀の安全対策を急がねばならない。危険箇所は各地にあるはずだ。学校や通学路を優先し点検を進めてほしい。
 学校の耐震化は主に校舎や体育館で進められ、全国の公立小中学校ではほぼ完了している。一方でブロック塀については、文部科学省が各教委に点検を通知したが、抜本的な安全対策は促していなかった。耐震化の死角になっていたということだ。その中で悲惨な事故が起きたのは、極めて残念だ。
 ブロック塀については、1978年の宮城県沖地震で18人もの死者が出たことがきっかけで、高さ制限の引き下げや構造強化策などが法施行令に盛り込まれた。
 しかし、それ以前に作られたものや、日曜大工で積み増しされたものが少なくない。危険性に気づいていない民間の所有者は多いのではないか。
 今回の地震では、大阪市東淀川区でも80歳の男性が民家のブロック塀の下敷きになり亡くなった。2016年の熊本地震でも当時29歳の男性が犠牲になっている。民間施設での対策も急務だ。
 京都府は阪神淡路大震災を機に各市町村にブロック塀の安全対策を求めているが、独自の助成制度を持っているのは5市にとどまっている。
 京都市や宇治市などが生け垣に変えるための助成金を出しているが、利用は少ないという。生け垣の維持に手間と費用がかかることが理由のようだが、普及に向け策を練り直す時ではないか。
 ブロック塀対策は、実施すれば着実な減災につながる。行政と民間の双方で取り組みを強めたい。

[京都新聞 2018年06月22日掲載]


海のプラごみ  見劣りする日本の対応

 海を汚染する恐れのあるマイクロプラスチックの削減に向け、改正海岸漂着物処理推進法が今国会で成立した。超党派の議員立法で、製品や容器にプラスチックを使う事業者に排出抑制の努力義務を課す内容だ。
 レジ袋や使い捨て容器がごみとして海に流れ込むと、波や紫外線にさらされて微粒子状(5ミリ以下)のマイクロプラスチックになる。環境中の有害化学物質を吸着する性質があり、魚や貝に取り込まれて生態系に影響を及ぼす懸念が世界で高まっている。改正法はこうした流れを受けたものだ。
 とはいえ、他の先進国が強制力のある規制に乗り出しているのに対し、日本は業界の取り組みを促すにとどまる。罰則のない改正法にどう実効性をもたせるのかも不透明で、見劣りがする。
 人口1人当たりのプラスチックごみの廃棄量では、日本は米国に次ぐ世界2位の「使い捨て大国」だ。むしろ率先して対策を強化すべき立場にある。
 廃棄量3位の欧州連合(EU)は5月、使い捨てプラスチック食器を禁止する新ルールを加盟国政府と欧州議会に提案した。スプーンやストロー、皿などが対象で、綿棒などにもプラスチックを使えないようにすることを目指す。
 今月開かれた先進7カ国(G7)首脳会議でも海洋ごみ問題が取り上げられた。2030年までに再利用・リサイクル・回収100%との数値目標を含む「海洋プラスチック憲章」を議長国カナダが提案、欧州勢が賛同して採択されたが、日米は署名を見送った。
 日本政府関係者は「産業界や消費者に影響が大きく、準備が整っていない」と説明する。だが、この問題がG7サミットで議題になって3年がたつ。他国に比べて後ろ向きなのは明らかだ。
 洗顔料や練り歯磨きに添加されるプラスチック製ビーズ(スクラブ)も近年、科学者らの間で問題視されている。微小で軽いため下水処理で取り除けず、そのまま川や海に流れ出ているとされる。
 日本化粧品工業連合会が2年前から会員企業に不使用を呼び掛けているものの、徹底されていないようだ。政策自体が消極的では、民間企業の代替品の開発などに弾みがつかず、消費者の選択肢も広がらないままになりかねない。
 政府は近く、プラスチックの資源循環を総合的に進めるための戦略を策定するという。リサイクルにとどまらず、「脱プラスチック」へと動くべきだ。

[京都新聞 2018年06月22日掲載]

京都新聞 社説 2018年06月21日~06月10日掲載

2018-07-13 12:27:00 | 日記
米韓演習中止  次は北朝鮮が譲るべき

 北朝鮮と交渉している状況で軍事演習を行うのは不適切だ-。
 先週の米朝首脳会談直後、トランプ米大統領が記者会見で発言していた通り、8月に予定されていた定例の米韓合同指揮所演習が中止されることになった。
 米韓両国が発表した。ほかの演習についても、中止するかどうか検討しているという。
 朝鮮半島の非核化に向けて、北朝鮮に迅速な行動を取るよう促す狙いがあるという。韓国国防省は「対話ムードの維持に寄与するため」と説明している。
 これまで北朝鮮は演習を、「敵対的」として反発してきた。その中止は、外交上の大きな成果だ。「行動対行動」の原理にのっとり、次は自身が具体的な動きを示す番ではないか。
 米報道官によると、「北朝鮮がシンガポールで見せた善意に従って行動する」のが前提で、非核化が進展しなければ演習再開もあり得るそうだ。
 とはいえ、演習中止に米国内では、「とてつもなく大きな妥協だ」との声が上がっている。
 米朝会談は、双方が「完全な非核化」と「体制の保証」を誓っただけで、米側が譲れないとしていた「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)を、声明に盛り込めなかった。非核化への具体的な道筋を示す実務協議も、まだ開かれていない。
 会談後、北朝鮮は具体的な行動に踏み出していない。これでは、大きすぎる妥協と指摘されても仕方あるまい。結局、完全な非核化に応じないのではないかとの疑念を、早急に拭い去るべきだ。
 日本政府は、演習中止に一定の理解を示している。
 北朝鮮が核放棄するまで見返りを与えないとする従来の立場は多少変化するが、今後、日朝交渉を実現し、拉致問題を解決するには、演習中止を決めたトランプ氏の協力が欠かせないからだ。
 一方で、米軍の有事即応能力が低下し、核・ミサイルを事実上保有する北朝鮮への抑止力が低下することになり、日本の安全保障環境が悪化する懸念はある。
 トランプ氏は、演習について「途方もない費用がかかる」と話しており、在韓米軍の縮小・撤退に将来、結び付くことを危ぶむ向きが少なくない。
 在日米軍や自衛隊への負担が増えたり、北東アジアでの米国のプレゼンスが急に弱まったりすることがないよう、事態を慎重に見極める必要があろう。

[京都新聞 2018年06月21日掲載]


国会会期延長   「与党の都合」が色濃い

 通常国会が、7月22日まで32日間延長されることになった。
 安倍晋三首相肝いりの働き方改革関連法案のほか、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案、参院の議員定数を6増する公職選挙法改正案の成立に万全を期すためだという。
 だが、働き方改革やIR整備の法案は、議論が深まらないまま衆院を通過した。審議入りしていない公選法改正案にも課題が多い。
 延長しても、形だけの審議で日程を消化し、数の力で採決に持ち込むような国会運営は避けるべきだ。丁寧な議論を求めたい。
 安倍首相が「働き方改革国会」と強調した今国会だが、労働条件に関わる重要法案を巡る衆院の審議はずさんさが目立った。厚生労働省による労働時間調査の不適切データが発覚し、紛糾した。
 参院の審議でも、働く側が高度プロフェッショナル制度を求めている根拠とされた研究開発職らへの厚労省のヒアリングが5社12人にしか行われておらず、同じ会社で複数人に聴いたケースが4社あったことが判明している。制度の必要性の前提が揺らいでいる。
 IR法案も、経済効果やギャンブル依存症対策への疑問が拭えていない。法案は事業者への規制など全251条からなる。約50時間を費やした1997年成立の介護保険法以来となる200条を超える新規立法だが、与党は18時間で審議を打ち切った。
 公明党の支持母体である創価学会が賭博への抵抗感を持つことから、法案を早期に片付けて来年の統一地方選、参院選への影響を和らげたいとの思いがのぞく。
 提案されている法案を確実に成立させることで、秋の自民党総裁選で安倍氏3選の流れをつくりたいのではないかとの観測もある。これでは、与党の都合で会期延長したと勘ぐられても仕方ない。
 今国会では、国会の在り方が問われる出来事もあった。
 森友問題を巡り、改ざんされた決裁文書が国会に提出されていたことが発覚した問題である。国民の代表である国会をないがしろにする前代未聞の不祥事だ。
 森友・加計問題で新たな疑惑を示す資料も次々に見つかったが、首相や閣僚の答弁に真摯(しんし)さが見られない場面がたびたびあった。
 しかし、国会として官僚に厳しい対応を取ったり、首相らに真剣な答弁を促したりする姿勢は見られなかった。このままでは言論の府が形骸化してしまいかねない。強い危機感を持ってほしい。

[京都新聞 2018年06月21日掲載]


大阪北部地震  京滋の断層にも要注意

 体に感じる余震が続いている。大雨も心配だ。
 5人が亡くなるなど、多大の被害と混乱をもたらした大阪府北部地震。地震の揺れで家屋や建物が傷んでいる恐れもあり、しばらくは余震による倒壊などに十分注意したい。
 続発するのが余震とは限らない。2年前の熊本地震では、最初の発生より強い地震が約28時間後に起きている。今回も本震と同規模地震が発生する可能性が指摘されている。心得ておく必要がある。
 政府の地震調査委員会は、地震発生につながった断層帯を特定できなかったとした。震源の高槻市周辺には「有馬-高槻」「生駒」「上町」の3断層帯が集まっている。最大震度6弱の揺れだったが、マグニチュード(M)が6・1と比較的小さく、断層のずれが地表に及ばなかったことから、どの断層か特定するのは難しかったという。
 その上で調査委員長は、もっと強い揺れの地震が起きる可能性に加えて、今回とは別の場所で発生する可能性に言及している。
 京都や滋賀にも断層が走っている。今回の震源地近くには、京都西山断層帯があり、西北に延びている。政府の地震調査研究推進本部の評価では、この断層でM7・5程度の地震が30年以内に発生する確率はほぼ0%~0・8%。上町断層帯の2~3%に比べれば小さいが、それでも気になる。
 ほかにも91年前に北丹後地震を起こした府北部の山田断層、さらに府南部の花折断層がある。滋賀では琵琶湖西岸断層が走っていて、発生確率が比較的高い。
 地震本部がホームページで公開する全国地震動予測地図をみれば、近くの断層が分かる。30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布図は、京滋の市街地や大阪の都市部と重なっている。
 地震の揺れが激しくなる軟弱地盤に多くの街が形成されており、被害を大きくする。リスク軽減の街づくりや避難、情報発信など都市直下型地震の対策をハード・ソフト両面から急がないといけない。今回の地震によって突きつけられた課題だ。
 大雨の予報が出ている。地震で地盤が緩んだ地域では土砂災害が心配だ。ハザードマップなどで危険箇所や避難場所を確認しておき、危険が迫る前に避難するようにしたい。
 まず身を守るのが肝要だ。その上で周囲の高齢者ら災害弱者に目を配ってほしい。

[京都新聞 2018年06月20日掲載]


加計学園の説明  身内の処分では済まぬ

 説明責任を果たしたつもりなのだろうか。
 学校法人「加計学園」の加計孝太郎理事長が初めて記者会見した。
 同学園が運営する岡山理科大の獣医学部(愛媛県今治市)新設を巡り、「加計氏が安倍晋三首相に2015年2月に面会し学部新設に関して説明した」とする学園から愛媛県への説明について、学園事務局長が独断で誤った情報を伝えていたとして謝罪した。
 加計氏は安倍首相が「腹心の友」とする人物だが、首相との面会は「記憶にも記録にもない」と否定し、「(事務局長は)事を前に進めようとして、打開策として誤った発言をした」「事務局長が勝手にやった」と説明した。
 愛媛県に対し「首相の理解を得ている」という虚偽の説明をして、獣医学部新設のための協力と補助金を得ていたと、学園トップが認めたことになる。
 同学園は、事務局長に重大なコンプライアンス(法令順守)違反があったとして6カ月の減給処分を決めた。加計氏自らも監督責任を取り給与の一部を1年間返納するという。
 学部新設に際し、安倍首相との親密な関係をもとにした便宜はなかったが、事務方トップが行政にうそをついて事業を進めた-。
 加計学園の説明が本当なら、前代未聞の事態である。短時間の説明と、身内の甘い処分で済む話ではあるまい。国会招致や外部識者による客観的な検証が必要だ。
 獣医学部新設の総事業費186億円のうち、31億円は愛媛県からの、62億円は今治市からの補助金だ。
 愛媛県の中村時広知事は5月末に支出した14億円について「おかしなことになれば返還を求める権利は担保されている」と述べている。
 県は、なぜ学園がうそをついたのかを詳しく調査し、厳しく対応する必要がある。
 記者会見を拒んできた加計氏がなぜこの時期に取材に応じたのか。国会会期末が近づき、問題の幕引きを狙う意図が透けて見える。
 記者会見で加計学園側は4月に開設された獣医学部の学生の熱心な勉強ぶりを繰り返し紹介したが、「すでに開学したのだから」と言わんばかりである。教育機関の姿勢として間違っている。
 加計氏は安倍晋三首相との面会を否定し「多大なご迷惑をおかけした」と語った。そもそも謝罪する相手が違うのではないか。

[京都新聞 2018年06月20日掲載]


大阪で震度6弱  引き続き警戒が必要だ

 阪神大震災のあの日の朝を思い出した方も多いだろう。
 大阪府北部を震源地とする震度6弱の地震が発生した。約13キロと浅い地下で起きた直下型で、地震の規模はマグニチュード(M)6・1と推定される。京都で震度5強、滋賀は5弱だった。
 通勤・通学の時間と重なった。塀が倒れるなどして通学中の9歳女児を含む4人が死亡し、負傷者は300人を超えた。鉄道など交通機関がストップし、市民生活に大きな影響が出た。
 被害の全容はまだ分からない。政府は首相官邸の危機管理センターに官邸対策室を設置した。何より人命第一である。自治体や関係各機関とも緊密に連携し、被害の拡大を防いでほしい。
 大阪府で震度6弱以上が観測されるのは初めてという。気になるのは発生のメカニズムだ。
 震源地の近くには、1596年の慶長伏見地震(推定M7・5)で知られる有馬-高槻断層帯がある。今回の地震の原因となった可能性が指摘されている。
 それ以外にも、阪神大震災を起こした六甲・淡路島断層帯や、上町断層帯など、周辺には活断層が集中している。専門家は「いつ大きな地震が起きてもおかしくなかった」と口をそろえる。
 地震の巣の上に人口密集地が広がる-。そんな地震列島・日本の現実を改めて思わされる。
 引き続き警戒が必要だ。余震はもちろん、別の地震が誘発されるおそれもある。気象庁は今後1週間は震度6弱程度の地震が起こりうるとしている。
 亡くなった人のうち、2人はブロック塀の倒壊で下敷きになったためだった。
 ブロック塀は1978年の宮城県沖地震で大きな被害が出た。国は81年から耐震基準を強化したが、阪神大震災などでも古い塀の倒壊が相次いだ。
 今回再び、危険な箇所が多く残っていることが明らかになった。通学路をはじめ再点検が急務だ。
 家具の固定など身の回りの危険を防ぐ対策も徹底したい。梅雨時でもあり、地盤が緩んだ所での土砂災害にも注意が必要だ。
 通勤・通学時間帯に大都市を直撃した地震はあまり例がない。駅や路上に人があふれ、混乱した。近年急増している外国人観光客が右往左往する姿もあった。
 都市部での避難誘導や情報提供の在り方が問われる。地震列島に生きる私たちの備えは、あらゆる面から万全にしておきたい。

[京都新聞 2018年06月19日掲載]


新しい宮津市長  観光客増へ資源生かせ

 新しい宮津市長に、市議から転じた城﨑雅文氏(47)が無投票で決まった。3期12年務めた井上正嗣氏(69)の後継として名乗りを上げた城﨑氏は、現市政の継承と発展を目指すことになる。
 60年ぶりの新人無投票となり、市民は選挙権を行使できないまま新たなリーダーを迎えた。政策論争ができなかった城﨑氏にとっても、不本意な船出だろう。
 宮津市長は1984年から井上氏も含め2代続けて京都府OBが就いた。民間出身の城﨑氏は、府や国と是々非々の新しい関係を築いていくことが求められる。
 城﨑氏は天橋立を見て育ち、家業の織物業を継いだ。消防団員や小中高のPTA役員を歴任し、地域起こしの花火大会を催すなど地域活動の経験が豊富だ。
 市長選に向けては、世界に誇れる観光都市を目指し、海・里・山の豊かな資源を生かして地域経済力を向上させ、若者が定住するまちづくりを公約に掲げた。
 だが市は難題に直面している。何よりも人口減少が著しく、50年代半ばのピークからほぼ半減となる1万8千人余りまで落ち込んだ。65歳以上が人口に占める高齢化率(2016年度末)は、府内の市で最も高い40・3%で、府内平均を12・1ポイントも上回る。
 財政も厳しい。市税収入は10年前と比べ11・7%減の25億6400万円(16年度決算)、借金に当たる市債残高は125億円(同)と高水準にある。
 「持続可能で住み続けられるまちづくり」を公約に掲げた城﨑氏は、身の丈にあった行財政改革への道筋を示してほしい。
 日本三景・天橋立で知られる観光都市である宮津市は、京都縦貫自動車道の全線開通の追い風もあり、観光入り込み客数は昨年、300万人を突破した。一方で宿泊客数は減少しており、通過型から滞在型観光地への脱皮が急務だ。
 昨年と今年、「丹後ちりめん回廊」と「北前船寄港地」の二つの日本遺産に相次いで認定された。自然景観と歴史遺産に恵まれた物語性のある観光地は外国人観光客にも好まれる。城﨑氏は「豊かな観光資源を生かし切れていない」と見ており、魅力を発信するためにトップセールスをしたり、他の観光都市との連携を主導するなどの実行力が求められる。
 無投票となったことで、市民と対話を進めて共感の輪を広げないと市民の力を引き出せない。
 地域活動で培った知恵と経験で市政に新風を吹かせてほしい。

[京都新聞 2018年06月19日掲載]


米中の制裁関税  誰の利益にもならない

 互いに一歩もひかず、全面対決に突き進むというのだろうか。
 米国と中国が、それぞれ相手からの輸入を制限する措置を7月6日に発動すると発表した。先週末、米国が年間約500億ドル(約5兆5千億円)相当の中国製品1102品目に25%の高関税を順次課すと表明。中国もすかさず対抗し、同規模にあたる米国製品659品目への制裁関税案を公表した。
 トランプ米政権は制裁の対象に情報通信技術関連製品やロボットなどのハイテク分野を挙げた。これらの産業は、中国の習近平指導部が国家戦略として育成を目指す分野だ。輸入制限が貿易不均衡の是正にとどまらず、次世代産業の覇権争いに関わるとなれば、両国とも譲歩は難しくなろう。
 米中は5月以降、閣僚級協議を3回行い、歩み寄るかにみえた。しかし米朝首脳会談後、北朝鮮に影響力をもつ中国に配慮する必要がなくなったのか、米国は強硬姿勢に回帰。中国も協議の成果を無効にする可能性に言及し、米政権与党・共和党の票田にとって重要産業である農業やエネルギー分野を今回の制裁対象に加えた。
 発動日までには時間があり、互いに落としどころを探るつもりなのかもしれない。ただ、実際に高関税を掛け合えば、輸入品の価格上昇でそれぞれの企業や消費者が打撃を受けるのは必至だ。米中は世界1位と2位の経済大国であり、互いの市場への依存度も高く、影響の大きさは測りがたい。多国籍企業などを巻き込んで世界の景気を冷やす懸念がある。
 貿易戦争は結局、誰の利益にもならない。互いに制裁の発動を避け、対話で解決を図るべきだ。
 米国は制裁理由に、中国による知的財産権侵害を挙げる。一方で同じ問題意識をもつ日欧などG7構成国とは手を携えるどころか、鉄鋼輸入制限の対象国に加えて亀裂を深めている。中国にルール順守を迫りながら、米国自身が国際ルールに反し保護主義に走っていると欧州などから批判され、世界貿易機関(WTO)に提訴される事態を招いた。
 トランプ大統領は国内法に根拠があるとするが、国際秩序を重んじない姿勢は、他の強権国家にも言動を正当化する口実を与え、米国の信用を損なうのではないか。安全保障を絡めて同盟国に譲歩を迫る交渉手法にも問題がある。
 日本は、基幹産業の自動車などを標的にされる恐れがある。ルールを尊重する国々と立場を共有し、毅然(きぜん)と臨まねばならない。

[京都新聞 2018年06月18日掲載]


京の着物産業  サミット契機に再生を

 日本の民族衣装ながら、着物の需要は縮小を続けている。生産から流通まで和装業界は危機的な状況にある。その最大の集積地は京都だ。一方で最近、京都では観光客や若者の間でレンタル着物が人気を集め、意欲的な担い手が活躍するといった光明も見える。
 折しも9月に京都市内で全国の和装業者らが集い、平成最後の「きものサミット」が開かれる。古い商慣行の改善などを議論するという。京都は率先して新時代の和装のあり方を提示し、再生に向けた改革を引っ張ってほしい。
 和装の市場規模は1980年前後の1兆8千億円を頂点に低迷が続き、今や3千億円を切る。西陣織工業組合の出荷額は90年の最盛期から9割近く縮小。京友禅京小紋生産量はピークの2%、丹後ちりめんは同じく3%に落ち込む。
 市場の縮小は賃金の低下、人材の不足を招く。西陣織では2万人を超えた織り手が約千人にまで減った。年金受給者が多く、副業に頼る若手・中堅も少なくない。
 戦後の洋装化の中、和装業界は高級路線で生き残りを図る。だが経済の低迷もあり、「高くて着にくい」などとして消費者の着物離れが進んだ。実際、着物の価格や品質は不透明な面が大きい。今年1月には横浜市の振り袖販売・レンタル業者が突然営業を停止し、新成人が晴れ着を着られなくなる「はれのひ問題」も起きた。
 委託販売や長期手形といった取引、「高売り」「圧迫販売」ともいわれる手法など旧態依然たる商慣行を、消費者目線で改めることが欠かせない。適正な価格と生産者らへの応分の報酬を実現することで、消費者が安心、納得して着物を買える環境を整えるべきだ。
 国の調査では、着物を着た経験のある女性の多くが「今後も着たい」と考えており、中でも20代は8割に上る。京都の観光地でも国内外の若者がレンタル着物で歩く姿が目につく。すぐに着物の購入に結びつくわけではないが、和装の潜在力は感じさせる。
 ネット販売や産地直販などの選択肢が広がっているほか、若い職人や経営者が企業や研究機関、異業種と連携し、意匠や生産技術を活用した新商品を開発したり、ITを導入する動きも出てきた。
 京都市での開催は9年ぶりとなるサミットは、東京五輪を視野に着物文化を内外に発信し、その価値を再認識する好機だ。若手・中堅の意見も積極的に取り入れ、消費者の目に見える形で業界が変わるような改革の弾みとしたい。

[京都新聞 2018年06月18日掲載]


児童虐待対策  連携の力で悲劇なくそう

 深刻化する児童虐待を防ぐには、子どもたちのSOSを出来るだけ早く見つけ、対処する必要がある。そのためには、関係機関や地域の緊密な連携、協力が欠かせない。
 特に生命に危険が及ぶような緊急を要する場合には、児童相談所(児相)と警察との連携が重要になるが、児相が虐待の恐れを把握しながら、警察に知らされないまま児童が死亡するケースが後を絶たない。
 東京都目黒区で「ゆるしてください」と書き残して死亡した船戸結愛ちゃんも、都から警視庁への情報提供に至らなかった。事件を受けて政府や自治体も対策の強化に動き始めたが、悲劇を繰り返さないよう、実効性のあるものにしなければならない。
 昨年、全国の警察が児童相談所に通告した18歳未満の子どもは、統計を取り始めた2004年以来、初めて6万人を突破した。生命の危険がある緊急時や夜間に警察が保護した子どもも5年連続で増え、4千人近い。
 ただ、警察が把握した虐待の疑いがある事案は、児童虐待防止法に基づき、全て児相に通告されるが、児相から警察への情報提供を定めた法律はなく、児相を設置している自治体の裁量に委ねられている。
 結愛ちゃんは、以前住んでいた香川県善通寺市で、2度にわたって児相に一時保護され、父親も結愛ちゃんへの傷害容疑で2回書類送検されていた。
 それでも県の児相から引き継ぎを受けた東京都の児相は、都の基準に該当しないとして警視庁と情報共有をしなかった。児相同士や警察との連携が適切だったか、十分な検証が必要だ。
 共同通信の調査では、児相を設置する全国の69自治体のうち児童虐待が疑われる事案の全件について警察と情報共有している自治体は、茨城、愛知、高知の3県にとどまる。結愛ちゃん事件を受けて、岐阜、埼玉両県も全件共有の方針に切り替えたが、まだまだ少ない。
 加えて半数近くの自治体は、情報提供の基準を設けていなかった。一時保護の際に保護者の強い抵抗が予想される場合などには、警察との連携が重要になる。迅速に対応するためにも、普段からできるだけ情報を共有しておくことが必要だ。
 警察との全件共有には「親族が警察に共有されることを嫌がり、通報が減る可能性がある」「本当に必要な事案が埋もれる」などの慎重な意見もあるが、増え続ける児童虐待に児相だけでは、対応に限界があるのも事実だろう。
 16年度に全国の児相が対応した児童虐待は12万件を超え、国は法改正などで児相の体制や権限を強めてきたがマンパワーが追いついていない。
 専門家からは、児童虐待の実情は児相の対応能力を超え、検察・警察、裁判所との間で職務の配分を根本的に見直す必要があるとの指摘が出ている。保育、教育など子どもと多くの関わりを持つ市区町村の対応強化も欠かせない。
 政府は来月にも緊急対策をまとめるが、弥縫(びほう)策に終わらせず、本腰を入れて子どもの命を守る方策を検討してほしい。

[京都新聞 2018年06月17日掲載]


民泊の解禁  近隣住民への配慮こそ

 一般住宅に旅行者らを有料で泊めることを認める住宅宿泊事業法(民泊新法)がきのう施行され、民泊が全国で解禁された。
 成長戦略の目玉とする観光立国のためとはいえ、近隣住民への配慮が欠かせない。新法が定めたルールの順守徹底と併せ、違法な「ヤミ民泊」の一掃を求めたい。
 新法は外国人旅行者らの宿泊需要に対応するのが狙いだ。自治体への届け出によって年間180日までの民泊営業が認められる。旅館業法で営業できない住居専用地域でも開業が可能となった。
 2020年東京五輪・パラリンピック開催で予想されるホテル不足の解消や、地方での外国人観光客の受け入れ増が期待される。一方、都市部では民泊を巡り騒音やごみ出しといったトラブルが目立ち、犯罪の温床になる恐れもある。近隣住民の不安は大きい。
 住環境悪化を防ぐため、独自規制の権限を持つ全国150自治体のうち、53自治体が条例を制定した。京都市は住居専用地域での営業を原則として観光閑散期の2カ月間に限定するなど厳しいルールで臨む。民泊と直接向き合う自治体として当然の対応であろう。
 全国で約6万件の民泊物件のうち、新法に基づく届け出は2707件(8日現在)にすぎない。うち手続きが終了(受理)したのは1134件で、京都府内が29件(うち京都市22件)、滋賀県内は12件にとどまっている。
 予想以上に低調だ。厳しい規制などが届け出に二の足を踏む原因とはいえ、適法施設への移行をどう促すかが課題と言える。
 新法施行に伴い、都道府県などには違法の疑いがある施設への強制調査権が付与された。法令違反には業務停止や廃業を命じることもできる。責任は重大である。
 京都市は対策チームを立ち上げ、警察とも連携し違法民泊の根絶に取り組む。無届け民泊は少なくとも約3千件あるとみられ、新法の下でもヤミに潜る恐れがある。民泊仲介サイトの監視を含め実効ある取り組みを期待したい。
 政府は20年に外国人旅行者を4千万人に増やす観光戦略を掲げるものの、拡大一辺倒で良好な滞在環境を用意できなければ、良き「もてなし」とはなるまい。
 良質で割安な民泊が拡充すれば旅行者らにとって選択肢が増え、モノやサービスを共有して利用する「シェア文化」を広げるきっかけにもなる。ホテル不足を理由にした粗製乱造を戒め、地域と調和した安心安全な民泊を育てたい。

[京都新聞 2018年06月16日掲載]


サッカーW杯  FIFA再生の舞台に

 ファンたちには寝不足の毎日になるのだろう。
 サッカーの祭典、ワールドカップ(W杯)が開幕した。開催国ロシアの盛り上がりはいまひとつといわれていたが、開会式後の初戦で代表チームが快勝、スタジアムは大いにわいた。
 世界で最も人気のあるスポーツで、決勝戦ではテレビを通じ10億人超が観戦するといわれる。メッシやロナルド、ネイマールなど超一流選手の美技に酔いしれ、現代サッカーの最先端とプレーの国柄を楽しみたい。
 サッカーに限らずスポーツに心から感動するには、競技団体の公正さがなくてはならない。国際サッカー連盟(FIFA)の有力理事らが巨額の金銭や贈り物を受け取り、会長辞任にいたった一連の汚職事件の記憶は、今もどす黒い印象を残している。
 カネまみれの腐敗は長く続き、放置すれば子どもたちの夢を汚し、多くのファンを失う。
 新会長のもとで着手した改革の一つが、W杯開幕直前に見られた。FIFA総会で2026年のW杯開催地が史上初の3カ国共催を掲げた米国、カナダ、メキシコに決まった。
 これまでは理事会の決定だったため理事に権限が集中していたが、今回から総会で200加盟協会の投票方式になった。透明性が高まったといえよう。
 26年大会では出場チームを32から48に大幅に増やす。試合数の増加で巨額増収を見込むが、良い面ばかりではないだろう。放映権を得たメディアや巨大スポンサーの強い意向で、開催時期や試合時間がより左右されかねない。
 ファンや選手、開催地の人たちを第一に考える必要がある。さらに改革の成果は、途上国のスポーツ環境の整備や人材育成などの強化に振り向けてほしい。何よりもFIFAが公正で透明な組織であり続けることが肝要だ。
 残念ながら、開幕戦のピッチ外に目を転じると政治の影がうかがえる。列席したのは旧ソ連圏や親ロの国々の要人で、欧米先進国の首脳は軒並み欠席した。ソチ冬季五輪と同じ、「新冷戦」の現実だ。
 だからこそ、平和でなければサッカーはできない、とあらためて胸に刻む必要がある。
 国や地域が相対するW杯にあって、強豪国の選手たちを見ると、アフリカ系や中東系などルーツは多様だ。その躍動する姿に世界の未来が見えないか。FIFAがW杯で取り組む人種差別撲滅は、世界に向けた強いアピールとなる。

[京都新聞 2018年06月16日掲載]


福島第2原発  廃炉の道筋明確に示せ

 東日本大震災に伴う津波被害で停止したままの東京電力福島第2原発(福島県楢葉町、富岡町)の全4基を廃炉にする方針が、東電から福島県に伝えられた。
 第2原発は炉心の損傷は免れたものの、再稼働に向けた地元の同意が得られる見通しはなく、事実上廃炉以外の選択肢はなかった。
 一昨年11月に福島県沖で発生した地震では、3号機の使用済み核燃料プールの冷却が一時的に止まった。稼働していなくても、事故につながるリスクは存在する。
 同県は大惨事を招いた第1原発も含めて県内にある原発10基の全基廃炉を目指しており、繰り返し廃炉を求めていた。廃炉方針表明は遅きに失したというほかない。
 東電ホールディングスの小早川智明社長は「(廃炉について)あいまいでは復興の足かせになる」と語ったが、廃炉の工程については明らかにしなかった。
 廃炉には数十年単位の年月がかかる。その工程は、地域の復興計画にも影響しよう。東電は具体的なスケジュールを早期に示し、理解を得るよう努めてほしい。
 原発の廃炉は、使用済み核燃料を搬出し、原子炉を解体して更地にする。通常は約30年かかるとされる。炉心溶融に至った第1原発は事故発生から30~40年での廃炉完了を目標に掲げている。
 燃料デブリ取り出しなど難度の高い作業が必要な第1原発と状況は異なるが、第2原発の廃炉には見通せない部分が多い。
 特に、高レベル放射性廃棄物などの埋設処分先の確保は、難航が予想される。見つからなければ廃炉計画の大幅な遅れにつながる。
 第1原発事故で出た汚染土などの中間貯蔵施設が本格稼働したのは事故から6年半もたった昨秋のことだ。処分地確保を東電だけで進めるのは難しい。国や県の適切な支援が求められる。
 廃炉費用も問題だ。東電は第2原発4基で計2800億円と見積もるが、前例のない作業だけに増える可能性がある。第1原発事故では当初2兆円だった試算が8兆円に膨らんでいる。
 賠償なども含めた費用約22兆円のうち東電の負担は約16兆円に上り、東電の経営にも大きくのしかかる。安易に国民負担に付け替えることがないよう、国も関与して十分な資金計画を練ってほしい。
 廃炉作業の安全性や作業員確保、第1原発の廃炉作業と同時並行できるかも課題だ。東電は、廃炉に向けた明確な道筋をしっかりと説明しなくてはならない。

[京都新聞 2018年06月15日掲載]


18歳成人  法施行向け環境整備を

 成人年齢を20歳から18歳に引き下げる改正民法が成立した。2022年春に施行される。
 明治時代から続く法律上の「大人」の定義が変わり、国民生活にも影響を与えることになる。
 しかし、法改正への国民の関心は高まらず、議論が深まったとはいえない。過去の世論調査では、引き下げに反対する意見が賛成を大きく上回っている。
 議論は07年成立の国民投票法で投票年齢が18歳以上になったことがきっかけだった。改正公選法で選挙権年齢が18歳以上となって本格化した。
 多くの国は18歳が成人年齢であり、少子高齢化が進む中で若者の積極的な社会参加を促そうという狙いがある。だが、理由に説得力を欠くことは否めない。
 法の施行まで、政府には国民への周知や環境整備にしっかり取り組んでもらいたい。
 多くの課題が残る中、以前から指摘されているのが消費者保護の問題だ。18、19歳も親の同意なしに契約を結べるようになるため、悪質商法などの被害が広がらないか心配されている。
 参院本会議では法務委員会の付帯決議が報告された。先に成立した改正消費者契約法に加え、救済の網を広げる新たな法整備を求めている。また全国の高校や大学で契約に関する実践的な教育を実施するよう促している。
 教育の大切さはその通りだが、すでに自己破産などが大きな社会問題となって久しい。実効性のある消費者教育にどう取り組んでいくかが問われそうだ。
 多くの人にとって18歳は高校3年に該当する。親権が及ばなくなる「成人」への進路指導の在り方などさまざまな点で教育現場との整合性が求められる。
 政府は省庁横断の連絡会議で議論を継続するとしている。十分な検討を望みたい。
 今後の焦点になりそうなのが少年法の適用年齢だ。法制審議会で18歳未満に引き下げる議論が続いており、早ければ来年の通常国会で審議が始まる。
 少年法は中高生らの凶悪犯罪が起きるたびに厳罰化が進んできた。すでに司法の現場では少年でも刑事罰を問われるケースが多くみられる。
 一方で、少年の刑法犯の検挙者数は減っており、16年は約4万人と、ピークだった1983年の6分の1以下だ。日弁連は改正を急ぐ根拠に乏しいと反発している。世論の動向を踏まえつつ慎重な議論が必要だ。

[京都新聞 2018年06月15日掲載]


非核化工程  査察とともに具体化を

 「誰もが予想したよりも本当によかった」と、トランプ米大統領が自画自賛した史上初の米朝首脳会談だが、一夜明けて北朝鮮の朝鮮中央通信が報じたところによると、両首脳は朝鮮半島の非核化を実現する過程では、「段階別、同時行動の原則」の順守が重要との認識で一致したそうだ。
 この原則に従うと、非核化の工程はどうなるのだろう。
 金正恩朝鮮労働党委員長は「米側が信頼構築措置を講じれば、追加的な善意の措置を講じる」と述べたという。
 つまり、「見返り」が先にあり、これに応じて部分的に非核化に取り組むつもりだ。
 会談前に米側は、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)を、期限を定めて一気に行うことが、北朝鮮側に残された唯一の選択肢である、としていたはずだ。
 朝鮮半島の非核化に向けて大きな一歩を踏み出したとされる米朝のシンガポール共同声明に、CVIDは盛り込まれなかった。
 加えて、今後の工程が北朝鮮の主張する段階的なものとなっては、金氏に対してトランプ氏が大幅に譲歩したといえる。
 同様の原則に基づき、北朝鮮に核開発の時間稼ぎを許した6カ国協議のことが思い出される。早くも、金氏の約束した完全な非核化の実現が、危ぶまれる事態ではないか。
 気掛かりなのは、「見返り」とも受け止められる発言が、すでに米側からあったことだ。
 トランプ氏は、米朝の対話が続いている間、米韓軍事演習を中止する意向を表明した。将来的に在韓米軍を縮小することや、撤退させる可能性にも言及している。
 これでは、北朝鮮が実際に非核化に取り組まなくとも、対話に応じれば「見返り」が得られると考えてしまうだろう。
 東アジアの安全保障への大きな影響も、懸念されている。
 やはり米側は、当初の目標であるCVIDに立ち返り、非核化に向けた具体的な工程と、物事が予定通り進んでいるかどうか点検する専門家の査察を、北朝鮮側に受け入れさせねばなるまい。
 ポンペオ米国務長官らと北朝鮮側の高官協議が来週にも行われ、共同声明を受けた実務的な交渉が始まる。
 シンガポールの会談は成功だったと認められたいのなら、誰の目にも明らかな具体策を打ち出す必要があろう。

[京都新聞 2018年06月14日掲載]


新幹線で凶行  安全対策に万全尽くせ

 安全性と利便性をいかに両立させるか-。東海道新幹線「のぞみ」で起きた無差別殺傷事件は、そんな難題を提起した。
 神奈川県内を走行していた「のぞみ」車内で9日夜、乗客3人が男(22)になたや果物ナイフで切り付けられた。襲われた女性をかばった男性会社員(38)が亡くなり、女性2人も軽傷を負った。
 捜査関係者によると、男は犯行に使うため、事前になたなどを購入、「むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」と供述しているという。「通り魔」的な事件であり、憤りを禁じ得ない。
 多数の乗客を乗せて高速走行する逃げ場のない車両での凶行は断じて許されない。捜査当局には複数の凶器を準備した理由や動機など事件の徹底解明を求めたい。
 殺傷事件を受け、JR東海は民間の警備会社と連携して車内や駅構内の巡回を強化し、警察に支援を求めることも検討する方針という。監視体制を拡充し、国民に広がった不安を払拭(ふっしょく)してほしい。
 3年前に走行中の新幹線車内で男が焼身自殺したのをきっかけに、鉄道への不審物の持ち込み対策が講じられてきた。駅での警察官による巡回や車内を防犯カメラで録画する対策が進むが、安全策の限界が露呈したとも言える。
 新幹線の駅には多数の出入り口があり、東京-新大阪間で1日平均365本が走り、約45万人が利用する。利便性を考えると金属探知機によるチェックなど厳密な手荷物検査の実施は難しいという。
 ただ国情の違いはあるものの、海外の高速列車では手荷物検査を行っている例もある。ドーバー海峡を挟んで英国とヨーロッパ大陸を結ぶ「ユーロスター」は主要駅でパスポートチェックの際に荷物検査を実施する。スペインやロシア、韓国でも実績がある。
 手荷物検査に手間取ると、正確な発車時刻に列車に飛び乗れる新幹線の利点を損なう恐れがあるとはいえ、JRには乗客の安全を確保する責任がある。改札などで短時間に危険物を検知できる新システムの開発を含め、利便性も考慮して慎重に検討してもらいたい。
 日本を観光に訪れる外国人が急増し、2年後には東京五輪・パラリンピックが開催される。国は新幹線に限らず、多くの人が利用する公共交通機関の安全確保に全力を尽くす必要がある。何ができるのか、何が有効なのか、今回の事件を点検して、鉄道事業者や警察とともに早急に実効ある再発防止策に取り組んでもらいたい。

[京都新聞 2018年06月14日掲載]


米朝首脳会談  東アジア安保新たな段階に

 東アジアの安全保障環境を変える歴史的一歩となるのだろうか。
 トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による初の会談がシンガポールで行われた。
 共同声明では、金氏が4月末の南北首脳会談での板門店宣言を再確認して「朝鮮半島の完全非核化」を約束、トランプ氏は北朝鮮の体制を保証すると確約した。
 両首脳は、朝鮮半島で持続的で安定した平和体制を築くため努力することでも合意した。
 北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐって昨年まで一触即発の危機が続いていた朝鮮半島は、米朝が平和構築に向けて歩み寄る新たな段階に入った。
 緊張緩和を進め、平和への取り組みを加速させるよう、両国首脳にはいっそうの努力を求めたい。
 両国関係の再構築は、65年に及ぶ「戦争状態」にある朝鮮戦争の終結宣言を導き、冷戦時代から朝鮮半島に残る対立状態を終了させる可能性にもつながる。
 冷戦構造の枠組みを脱し、新たな地域安定の仕組みを構想し直す機会につなげたい。米朝だけでなく、日本、韓国、中国など周辺国も互いの関係を結び直し、東アジアの平和に貢献してほしい。

 実効性ある非核化を
 とはいえ、今回の首脳会談で最大の焦点だった「非核化」についての合意は不透明な部分も残る。
 事前の実務交渉で米国が求めていた「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」の文言は共同声明に明記されなかった。
 非核化プロセスについては、米国がCVIDを求めたのに対し、北朝鮮は行動ごとに見返りを求める「段階的措置」が必要と主張してきた。首脳会談で、トランプ氏が譲歩したともとれる。
 トランプ氏は、金氏がただちに非核化プロセスを実行すると語ったが、具体的にどのような過程で行うのかは見通せない。
 金氏が約束した非核化の実効性を担保するには、期限など具体的な工程を示し、専門家による現地査察などの検証が欠かせない。
 核・ミサイル開発で、北朝鮮は過去に何度も非核化に向けた合意をしながら核開発を継続してきた「前歴」がある。
 金氏が本気で約束したなら、国際社会に見える形でプロセスを示さなくてはならない。
 最大60発ともいわれる既存核兵器の保管先やウラン濃縮施設の所在情報が不明なままだ。国際原子力機関(IAEA)の査察を含め、実効性ある検証を受け入れなければ信用は得られないだろう。
 米国も、その点は強く求めていくべきだ。トランプ氏は、北朝鮮が最も切実に求めていた体制保証という「見返り」を与えた。非核化が確実に進む見通しもなくお墨付きを出したとなれば、過去の米政府の失敗を繰り返すだけだ。
 専門家の中には、国家の存亡をかけて親子3代にわたって開発した核兵器を完全に手放すことに懐疑的な見方もある。非核化に向けた確実な行動を、今後の交渉の中で詰めていく必要がある。
 米朝首脳会談で再確認した板門店宣言では、朝鮮戦争の終戦宣言をし、休戦協定を平和協定に転換することが盛り込まれている。実現すれば、非核化への取り組みを促す一助になると考えられる。

 日本も入る枠組みに
 戦争状態の終結は在韓米軍や合同演習などの不要論につながる可能性がある。トランプ氏も在韓米軍の縮小に言及しており、日本を取り巻く安全保障の現状は大きく変化することも予想される。
 北朝鮮が既存核兵器の廃棄などに踏み切らないままの平和協定転換は、かえって地域を不安定にする可能性があることには注意が必要だ。
 そうはいっても、今回の共同声明で、米朝が「緊張状態と敵対関係の克服」にふれたことは、東アジアの安全保障に新しい局面をもたらしたといえる。米朝だけでなく、周辺諸国も加え、これまでとは異なる新たな発想に立った安全保障体制を構想する必要もあるのではないか。
 板門店宣言では韓国、北朝鮮と米国の3者、または中国を加えた4者による会談を積極的に進めて平和体制を構築することが語られている。日本だけが置き去りにされるわけにはいかない。日本も加わって大きな枠組みをつくれるよう韓国や中国にも積極的に働きかけなければならない。

 「拉致」の突破口開け
 日本政府が最大の懸案とする拉致問題は共同声明には明記されなかったが、トランプ氏が金氏に提起した。ただ、金氏がどう反応したかは不明だ。
 最終的な解決には日朝が直接対話を重ね、安倍晋三首相と金氏の首脳会談につなげる必要がある。しかし北朝鮮は「拉致問題は解決済み」としており、交渉は難航が予想される。
 日朝が交渉を進めるには、北朝鮮側が歩み寄る環境が必要だが、トランプ氏がそこまで仲介してくれるかは分からない。
 米朝会談の成果をてこに、14日から予定される日朝非公式協議などの場で議論を積み重ね、早期の問題解決への突破口を開かなくてはならない。

[京都新聞 2018年06月13日掲載]


G7サミット  体制立て直しへ努力を

 カナダで開かれた先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)が閉幕した。
 米国の輸入制限に反対する日本など6カ国は、首脳宣言に米国の主張を反映させてG7結束を誇示しようとしたが、崩壊の危機は脱せなかった。
 むしろG7が重大な岐路に立たされていることが浮き彫りになったのではないか。
 トランプ米大統領は閉幕後、カナダのトルドー首相の批判に反発し、首脳宣言を承認しないように指示したとツイッターで表明した。初日は遅刻し、2日目は早退しており、G7軽視の姿勢が際立っていた。
 それでも、当初は危ぶまれた首脳宣言の採択にこぎつけた。最低限の結束は示したといえよう。
 新興国を加えたG20と比べて影響力の低下が指摘されるG7だが、世界規模の課題解決へ果たす役割は依然大きい。
 今後、体制の立て直しを図ってほしい。トランプ氏も首脳宣言だけは承認するべきだ。
 反保護主義を訴えてきたG7だが、「米国第一主義」を掲げるトランプ氏が初参加した昨年のイタリア・サミットでは足並みが乱れ、首脳宣言には反保護主義に賛否両論が併記された。
 今回は米国が、中国や日本などを対象に鉄鋼とアルミニウムの追加関税を課した輸入制限をカナダ、欧州連合(EU)にも適用した直後の会合だった。
 トランプ氏は、米国が抱える巨額貿易赤字の削減には、障害となっている関税を各国が撤廃する必要があると主張。話し合いは平行線をたどった。
 通商分野だけではなく、イラン核合意や地球温暖化対策の枠組み「パリ協定」を巡っても米国との対立は鮮明になった。
 G7が機能不全に陥りかねない。だが、こうした中で対北朝鮮政策では圧力維持などで一致し、首脳宣言に盛り込まれた。一つの成果といえるだろう。
 首脳宣言には世界貿易機関(WTO)をより公正な機関に近代化すると明記。国際ルールに基づく貿易制度が重要だと改めて強調し、「保護主義との闘いを続ける」ことも再認識した。
 厳しい状況の中で、たとえ限定的な合意であっても、結束を示すことには大きな意味がある。
 11月の中間選挙を控え、米国側の利己的な主張は今後さらに強まる恐れがあるが、各国は国際秩序の維持へ、引き続き努力を続けてほしい。

[京都新聞 2018年06月12日掲載]


袴田事件の決定  再審回避の意図透ける

 刑事裁判の原則「疑わしい場合は被告人の利益に」に反する決定ではないか。
 1966年に静岡県で一家4人が殺害された強盗殺人事件で死刑が確定した元プロボクサー袴田巌さん(82)の第2次再審請求で、東京高裁は再審開始を認めた2014年の静岡地裁決定を取り消した。
 争点となったのは、静岡地裁が確定判決に対する疑義の決め手とした証拠衣類のDNA鑑定だが、東京高裁は「過大評価している」と指摘した。
 同地裁が指摘した「捜査機関による証拠のねつ造の可能性」も「具体的根拠に乏しい」と疑問を呈した。
 「無罪の可能性を示唆」して「拘置は正義に反する」とまで言い切った静岡地裁決定を取り消すにしては、「過大評価」や「根拠に乏しい」とは、歯切れが良くない決定である。
 最高裁は再審の判断枠組みを示した1975年の「白鳥決定」で「有罪への疑問が残れば再審開始とすべき」としている。
 東京高裁の決定理由は「有罪への疑問」を解消したとは、到底いえないのではないか。
 東京高裁は袴田さんの死刑と拘置の執行停止は取り消さなかった。
 年齢や精神状況を考えれば当然の措置であるとはいえ、再審開始を回避することだけが狙いだった、と指摘されても仕方がない。
 第2次請求審では、裁判所が検察に対し保管する証拠の開示を促し、約600点が開示された。
 その中には、袴田さんを有罪とするには不自然なものが幾つもあった。有罪証拠となったズボンのサイズが袴田さんにははけない細身用を示していたことなどだ。
 東京高裁はこうした点について判断しなかった。
 抗告審の過程では、検察が長く「存在しない」と説明してきた証拠衣類の写真ネガの存在が明らかになった。
 静岡地裁は証拠衣類の写真の色合いの不自然さを指摘し、DNA鑑定と合わせて再審開始を決定した。
 自らに不利な判断が出ると、ないと主張していた証拠が見つかったというのはいかにも不自然だ。
 弁護側は最高裁に特別抗告する方針だが、地裁と高裁の判断が正反対のため最終的な結論が出るには時間がかかるとみられている。
 冤罪(えんざい)の場合は救済も必要だ。袴田さんの年齢を考えれば一刻の猶予もない。真相解明を時のかなたに追いやることは、許されない。

[京都新聞 2018年06月12日掲載]


若年世代のがん  特有の悩み、理解と支援を

 詳しい調査によるものとしては初のデータが先月、国立がん研究センターから公表された。2万1400人。1年間にがんと診断される患者のうち、15~39歳の人の数だ。
 がんは生涯で日本人の半数がなるといわれるが、多くは50代以上だ。15~39歳でがんになる人は患者全体(年間約80万人)に占める割合も、同世代の人口(約3500万人)に占める割合もごく少なく、これまで対策が後回しになってきた。
 今回遅まきながら、精度の高い数字が把握された。若年世代でも年齢層ごとに、多いがんの種類に違いがあることも分かってきた。
 調査結果を生かしたい。治療法や薬の研究開発、診療体制の整備に着実につなげてほしい。
 がん対策の分野で、15~39歳は「AYA世代」と呼ばれる。英語の思春期・若年成人(Adolescent and Young Adult)の略だ。
 センターは2009~11年に京都、滋賀など27府県から集めた地域がん登録データを基に、年間新規患者数を推計した。結果は15~19歳が900人、20代が4200人、30代は1万6300人。AYA世代の患者は少ないとはいえ、小児がん患者(0~14歳、2100人)を上回ることが明確になった。
 一方、治療やケアの研究・改善は、小児と中高年のはざまで立ち遅れが指摘されている。
 国は07年から「がん対策推進基本計画」を作り、専門医の育成や、標準治療を受けられる拠点病院の整備を進めてきた。医療技術の進歩とあいまって患者の生存率は上向きの半面、療養などの相談支援体制は地域によってばらつきがある。
 今の第3期基本計画(17~22年度)は、予防、治療と並んで「がんとの共生」を柱とする。仕事や学業を続けられる社会の実現へ、AYA世代の支援強化も盛り込んでいる。
 進学、就職、結婚、出産といった人生のイベントを控える若年者には、世代特有のニーズや悩みがある。他とは異なる対策が必要だ。医療現場だけでなく、社会全体で認識を深めたい。
 血液や生殖器のがんが、この世代に多いことも注目される。15~29歳では白血病や卵巣・精巣がん、甲状腺がんやリンパ腫が上位を占め、30代になると女性の乳がんや子宮頸(けい)がんが多くなる。
 手術や抗がん剤治療は、将来子どもを持てなくなるリスクを伴う。また、若年者は介護保険が使えないため、自宅で療養する場合に費用負担が重い。
 公的な支援制度、情報窓口の拡充が求められる。医療・行政機関の側から積極的に、支援の手を伸ばしてもらいたい。
 「相手に迷惑をかけそうで恋愛や結婚を考えられない」「長期の治療は職場に心苦しく、退職や転職を思い悩んでいる」―。当事者たちの声だ。
 悩みを誰かに受け止めてもらえるだけでも、本来の落ち着きを取り戻し、自分の人生に前向きになれると話すがん経験者は多い。同じ目線で語り合える患者の会、NPOなどの役割は大きい。職場の理解も欠かせない。

[京都新聞 2018年06月10日掲載]


京都新聞 社説 2018年06月09日 05月26日

2018-06-18 23:36:13 | 日記
日米首脳会談  独自の外交力問われる

 安倍晋三首相が米国を訪問し、トランプ大統領と会談した。
 両首脳は、12日にシンガポールで開かれる史上初の米朝首脳会談で、トランプ氏が日本人拉致問題を提起することや北朝鮮の完全な非核化に向け連携することで合意した。
 米朝会談の直前に日本として譲れない課題をトランプ氏と確認し、日米の結束をアピールできたのは、安倍首相としては一定の成果だろう。
 一方で、北朝鮮への姿勢や、経済、貿易を巡り日米の温度差や深刻な課題が改めて浮かび上がったともいえる。
 米朝会談の推移によっては、日本独自の外交力がいよいよ試されるということだ。
 会談でトランプ氏は「米朝首脳会談で拉致問題を協議する」と明言した。
 その上で、トランプ氏は北朝鮮との国交正常化や、朝鮮戦争を終結する合意への署名もあり得ると述べ、金正恩朝鮮労働党委員長に訪米を要請する可能性にも言及した。
 米朝関係の改善が日本の予想を超えて進む可能性がある。そうなれば、日本は北朝鮮と独自に向き合う必要に迫られる。
 安倍首相は常々、「日米は百パーセント共にある」と強調してきた。実際は「米国頼み」になっていたところがある。だが、そうばかりを言ってはいられない情勢ではないか。
 トランプ氏が北朝鮮に拉致問題を提起したとしても、どの程度の扱いになるのかは不透明だ。
 安倍首相はトランプ氏との会談後、「拉致問題の早期解決のため、北朝鮮と直接向き合い、話し合いたい」と述べた。最終的には金委員長との直接協議が必要との考えも示したが、拉致問題の解決の道筋は見えていない。あらゆるルートを使って直接協議に備えることが急務だ。
 今回の首脳会談はトランプ氏の「米国は日本から大量の自動車を輸入している」という不満の言葉から始まった。
 トランプ氏は鉄鋼とアルミニウムに続いて自動車の輸入制限に踏み切る可能性も示唆した。
 7月に開催が決まった日米貿易協議では、米国が日本との自由貿易協定を求めるとみられるが、日本は米国に国際ルール順守をまず求める必要がある。
 米国に拉致問題で依存しながら、経済や貿易で修正を求めるのは迫力を欠くという指摘もあるが、日本として筋を通すべきだ。

[京都新聞 2018年06月09日掲載]


海空メカニズム  実効性高め衝突回避を

 自衛隊と中国軍の偶発的衝突を避ける防衛当局間の相互通報体制「海空連絡メカニズム」の運用がきのうから始まった。
 沖縄県・尖閣諸島を巡る対立から日中が協議の中断を繰り返し、11年越しでようやく運用開始にこぎつけた危機回避策だ。
 尖閣諸島の扱いを棚上げするなど実効性に不透明さは否めないが、互いの信頼醸成と運用を積み重ねて不測の事態を防がねばならない。大事なのは双方の連携を後戻りさせないことだ。
 海空連絡メカニズムは、2007年に当時の安倍晋三首相と温家宝首相が体制整備で一致し、12年6月にはホットライン設置などで大筋合意した。
 だが、同年9月の日本政府による尖閣国有化に中国が猛反発し、協議が中断。15年に再開後、日本側が早期運用開始を求めていた。
 この間、中国側は尖閣付近で初めて領空侵犯したほか、中国軍艦が海上自衛隊護衛艦に射撃管制用レーダーを照射したり、中国軍機が自衛隊機に異常接近したりと一触即発の事態が続いた。
 今回の運用開始は、先月、安倍首相と李克強首相が正式合意して決まった。日中関係が著しく悪化した時期を思えば、一歩前進といえよう。李首相は「両国関係は正常な軌道に戻った」と語った。
 両首相が署名した覚書は、東シナ海などを念頭に艦船や航空機が接近した場合に国際基準に基づいて連絡を取り合い、防衛当局間にホットラインを設ける。さらに局長級・課長級の会合を年1回交互主催することも盛り込んだ。
 だが、メカニズムは危機回避の「基本的な方策」(防衛省筋)にすぎず、どのレベルを対話の窓口にするかなどの細部はこれからの課題だ。
 両国が領空の外に設けた防空識別圏が重なる尖閣諸島の扱いについても、通報対象範囲に含まれるかどうかを明示しない玉虫色の決着に終わっている。
 中国は尖閣の領有権の主張を堅持しており、今後も公船による領海侵入を続けるとみられる。両国の信頼関係が損なわれば、メカニズムが機能しなくなる恐れは十分にある。
 両国の関係改善を不断に進め、相互信頼を築いていく。その中でメカニズムの実効性を最大限高めていく。不測の事態を招かないためには、そんな努力を双方が息長く重ねていくしかあるまい。日中は、まだ危機回避への入り口に立ったばかりだ。

[京都新聞 2018年06月09日掲載]


参院定数自民案  小手先の変更にすぎぬ

 ご都合主義の選挙区定数変更案と言われても仕方ない。
 自民党が来夏の参院選に向け、新たな公選法改正案を了承した。
 選挙区の「鳥取・島根」「徳島・高知」の合区を維持しながら、比例代表と合わせて定数を6増やす内容で、今国会への提出、成立を目指すという。
 有権者が多い埼玉選挙区の定数を2増して「1票の格差」を3倍以内に抑える。比例代表ではあらかじめ決めた順位に従って当選者を決める「拘束名簿式」の特定枠を設ける。同党は、合区で擁立できなかった県の候補者を特定枠に登載して救済する方針だという。
 参院の役割やあるべき選挙制度の議論をなおざりにしたままの小手先の変更としか思えない。国民の理解は得られまい。
 選挙区の定数を増やしても依然として3倍もの格差が残る。比例代表に導入する特定枠は現行の「非拘束名簿式」と理念が異なるだけに、整合性について説明が求められよう。議員救済だけが目的なら党内から批判も出かねない。
 木に竹を接ぐような変更は、選挙制度をゆがめるだけだ。
 参院選挙区の1票の格差をめぐっては、最高裁が2013年参院選の4・77倍を「違憲状態」とした。これを受けて15年7月、合区を含む公選法改正がなされた。だが自民党は、安倍晋三首相肝いりの憲法改正案に都道府県単位で1人以上選出できる案を潜り込ませ、改憲で合区をなくそうとした。
 その改憲案の国会提出が困難と見るや、今回の変更案が出てきた。同党幹部は「来年の参院選が迫っており、結論を出さなければならない」と言うが、今国会の会期は20日までだ。十分な審議を前提にしているとは思えない。
 国会では森友・加計疑惑の真相解明もできていない。そんな状態で、自分たちの生き残り策につながる法案の成立を急ぐことは許されない。党内からも「国民にどう映るかが心配だ。なめてはいけない」(小泉進次郎筆頭副幹事長)と懸念の声も出ている。
 15年の法改正は付則で、19年の参院選に向けた抜本的な見直しを「引き続き検討し、必ず結論を得る」と定めている。制度改革は国会全体に向けられた課題である。しかし、野党側も積極的に議論してきたとは言い難い。
 自民案にある定数増は野党にも有利に働く面があるが、安易に乗ってはいけない。民主主義の根幹に関わる選挙制度改革は中途半端なものであってはならない。

[京都新聞 2018年06月08日掲載]


所有者不明土地  さらなる抜本的対策を

 所有者が不明になっている土地を有効に利用するための特別措置法が成立した。都道府県知事の判断で10年間、公益目的で使えるようにする。
 所有者不明土地は全国で約410万ヘクタールにのぼり、九州の面積を上回るとされる。高齢化の影響で今後も増え続け、2040年には北海道の約9割にあたる約720万ヘクタールに達する可能性もある。
 特措法は、こうした土地の活用に道を開く狙いがある。だが、問題の抜本的な解決にならないことは指摘しておきたい。
 所有者不明土地の増加は現行の日本の土地制度では想定されていなかった問題である。東日本大震災以後、被災地復興のための集団移転の妨げになったことから、表面化した。
 所有者が亡くなった後、土地を引き継ぐはずの人が固定資産税などの負担を避け、相続登記を敬遠しているケースが多いという。
 放置された土地が荒廃し、治安・景観の悪化を招いたり、公共事業や災害復旧の支障になったりする例が相次ぐようになった。
 このため特措法は、事業を決定する市町村や企業、NPOなどが知事に申請し、公益性が認められれば10年までの使用権が設定されるようにした。地域住民が利用できる公園や公民館、診療所、直売所などの用地としての利用を想定している。
 つまり、あくまで公共事業などを円滑に進めるための対策である。根本にある所有者不明土地の増加の抑制にはならないだろう。
 求められるのは、人口減少時代に即した新たな土地制度の構築である。団塊世代の高齢化などに伴う「大量相続時代」への対応が急務となっている。
 そうしたことは政府も認識しており、今回の特措法は「当面の対策」との位置づけだ。別に、土地対策の基本方針を示している。
 登記の義務化とともに、所有権放棄制度の新設を検討するのが柱だ。一定期間管理されていない土地は、所有権を手放したとする「みなし放棄制度」の創設や、戸籍と登記簿の連携も視野に入れる。
 現行では登記は任意であり、義務化に際しては手続きを簡素にするなどの負担軽減策を議論するという。必要な経費の見直しも検討すべきだろう。
 政府は20年までに必要な法改正を目指すとしている。今回の特措法を足がかりに国民的な合意形成を進め、次世代にも通じる土地制度の構築を求めたい。

[京都新聞 2018年06月08日掲載]


骨太方針  財政再建ますます遠く

 財政再建と成長戦略を同時に進める。そのかじ取りの難しさに引き比べて、政権の危機感や覚悟は今回も伝わってこない。
 経済財政運営の指針となる政府の「骨太方針」の素案が諮問会議に示された。少子高齢化と人手不足を踏まえ、外国人の就労拡大、幼保・高等教育の無償化による人づくりなどを盛り込んでおり、15日に閣議決定される見通しだ。
 素案では、消費税増税を2019年10月に予定通り「実施する必要がある」と明記。一方、増税と東京五輪後の景気失速に備えた特別な措置を19、20年度に講じるとして歳出拡大の余地を確保し、財政健全化の目標時期を5年遅らせて25年度とした。
 日本経済が「デフレ脱却への道筋を確実に進んでいる」というのは、その通りだろう。堅調な世界経済に支えられてもいよう。
 安倍晋三首相が掲げるアベノミクス3本の矢のうち、大規模な金融緩和、機動的な財政出動の2本は進んだ。だが、3本目の成長戦略は相変わらず遅れが目立つ。
 財政再建の鍵を握る社会保障改革についても、政権の腰は定まらない。団塊世代が75歳に差し掛かる手前の19~21年度を経済財政の「基盤強化期間」と位置づけたものの、社会保障費抑制の目安となる数値は今回、示さなかった。財政規律が緩み、ずるずると歳出が膨らみかねない。
 秋には自民党総裁選、19年には統一地方選、参院選が控える。政治からの圧力で、無駄遣いや借金がさらに増えないか心配だ。有権者一人一人のチェックの目も重要になろう。
 骨太方針案に先立ち、政府の新たな成長戦略の素案も示された。30年までに無人自動運転による移動サービスを全国展開する目標や、人工知能(AI)関連の人材育成強化を掲げている。
 だが、政権発足以来打ち出してきた成長戦略のメニューには、効果や妥当性に疑問符がついているものが少なくない。特区などの規制緩和や助成制度の対象企業・団体選びは適正か。官民ファンドなどの形で、補助金のばらまきに近い非効率なことが行われていないか。詳しく検証し、説明責任を果たす姿勢こそが求められる。
 経済財政運営全体が、バブル期以来達成したことのない高成長を前提としていることにも、根本的な危うさがある。
 厳しい現実から目をそらしていては無責任との批判を免れない。政権はそれを肝に銘じるべきだ。

[京都新聞 2018年06月07日掲載]


滋賀知事選告示  地域課題見据え論戦を

 滋賀県知事選がきょう告示される。国政の与野党が事実上相乗りする形で再選を目指す現職の三日月大造氏と、共産党が推薦する元滋賀大副学長で新人の近藤学氏の一騎打ちとなる見通しだ。
 前回(2014年)知事選は、不出馬を表明した嘉田由紀子前知事と連携した三日月氏が、自民党や公明党などが推す候補者と共産党推薦の候補者を破った。
 三日月氏は今回、前回同様に政党推薦を求めないが、国民民主党県議らでつくる地域政党チームしがのほか、自民、公明が支援する。選挙構図は様変わりした。
 この4年間の三日月県政1期目の評価とともに、ダム問題や24年の滋賀国体への取り組み方など地域課題への姿勢が問われる。
 人口減少や地域活性化など、長期的視点に立った対策が必要なテーマへの向き合い方にも注目しなければならない。しっかりした論戦を期待したい。
 建設が凍結されている大戸川ダム(大津市)については、県が治水効果を検証する勉強会を発足させた。凍結に導いた08年の滋賀、京都など4府県知事合意の見直しに踏み込むことも示唆している。県の治水政策を変える可能性もあるだけに、十分な議論が必要だ。
 滋賀国体の事業費については「巨額すぎる」との批判がある。スポーツ振興の機運が高まる面がある一方、どこまで費用をかけるべきかも問われることになろう。
 県の人口は14年の推計値で141万6500人と、48年ぶりに減少に転じた。45年には126万人まで減るとの推計もある。
 平均寿命は男性が全国1位、女性は同4位の「長寿県」だが、遅れがちとされる介護や医療サービスの整備をどう進めるか。県民の健康維持にも目配りがほしい。
 厳しい財政事情の中、老朽化するインフラの更新、教育の充実、琵琶湖保全など多くの課題にも取り組まなくてはならない。何を切り詰め、どんな部分に重点を置くのか、しっかりと語ってほしい。
 県民の安心安全への願いに応えることも知事の重要な役割だ。
 隣接する福井県の原発は4基が運転を再開しているが、再稼働の事前承認を求める「同意権」がなく、緊急時の避難体制にも課題がある。不安の声にどう応えていくか、候補者の考えを聞きたい。
 私たちの暮らしと直結する課題解決の担い手を選ぶ選挙である。候補者は時代にふさわしい知事の姿を示し、有権者は熟慮して投票所へ足を運んでほしい。

[京都新聞 2018年06月07日掲載]


入試ミス防止策  大学の説明責任が重要

 京都大や大阪大などの入試で相次いだ出題ミスを踏まえ、文部科学省が来年度の大学入試に向けた新ルールを公表した。
 試験問題や解答を「原則公表」とし、点検を複数回行うことや、外部からのミスの指摘に対しては大学として速やかに対応をすることを求めている。
 新ルールは最低限の手続きを示した。各大学は独自の対策も行いミス防止を徹底してほしい。
 昨年2月の入試について今年1~2月、阪大が30人、京大が17人の追加合格を公表した。いずれも物理の問題に不備があった。
 不合格になった受験生は他大学や他学部に進学したり、浪人で再挑戦を目指していた。大学は他大学や予備校の学費、授業料などの補償に追い込まれた。
 近年の大学入試では毎年200~300のミスが報告されているが、文科省は両大学の事案が重大と判断し、新ルールの公表に踏み切った。
 大学により対応が分かれそうなのは、解答例の公表だ。
 従来の要項では努力義務だったが、文科省は今回、公表を原則とした。一方で、記述式問題などでは出題意図や複数解答、標準的な解答を示せば良いとした。
 京大や東大は既に解答例を示すことには慎重姿勢を表明している。思考のプロセスを重視するためで、京大は「例を示すと、それ以外に解答がないとの印象を与えてしまう」、東大は「一つの解を覚えることは東大入試にふさわしくない」という。
 優秀な学生を集めるには、挑戦的な出題も必要という大学の意気込みは理解できる。重要なのは、学外から疑問が示された場合の対応ではないか。
 京大や阪大の出題ミスは、予備校の教師が設問の条件に不備があると指摘して分かったが、阪大はそれを認めるまでに1年近くかかった。
 新ルールは、外部からの指摘に速やかな対応を促した。大学が説明責任を怠れば、次は国による一律規制につながりかねない。各大学は丁寧な対応を心がけてほしい。
 入試ミスの背景には、問題作成を担える基礎分野の教員の減少があるとの指摘もある。
 特に国立大は教養部の廃止や改組が影響しているようだ。
 そうした中での解答例の作成や公表は、特定の教員の負担増にもなりかねない。入試ミス対策を通じて、大学教育のあり方も議論する必要がある。

[京都新聞 2018年06月06日掲載]


出生数最少  国や地域の将来が心配

 人口減少に歯止めをかけろと叫ぶスローガンが、むなしく響く結果ではないか。
 厚生労働省が発表した人口動態統計(概数)によると、2017年に国内で生まれた赤ちゃんの数(出生数)は、調査を始めて以来、最少の94万6060人にとどまった。
 前年と比べて3万人以上も減り、2年連続で100万人を割り込んだ。
 死亡数は134万433人に達し、出生数を差し引いた人口の自然減は39万4373人で、こちらは過去最大の減少幅である。
 人口減社会の進行が、加速し始めている。憂慮すべき事態だ。
 人口を維持するには、夫婦で2人以上の子どもを育てないと、勘定が合わないのは、誰しも分かっているだろう。
 女性1人が生涯に産む子どもの推定人数である「合計特殊出生率」で計算すると、2・07が必要とされている。
 この数値も、出生数の減少とともに、前年比で0・01ポイント減の1・43に、2年連続で低下した。必要数には程遠い。
 滋賀は1・54で全国水準を上回ったが、京都は0・03ポイント減の1・31と大きく下回る。都道府県別では44番目で、最下位に近い。
 これでは、人口減に歯止めをかけられない。地域の将来がどうなるのか、心配だ。
 出生数が最少になった背景には、20~30代の女性が減っていることが挙げられている。1970年代前半の第2次ベビーブームに生まれた、いわゆる「団塊ジュニア」世代が40代半ばを越えてしまったのも影響していよう。
 女性が第1子を産む平均年齢は30・7歳のままで、晩産化の傾向が変わっていない。これは晩婚化に伴うものであり、出生数の増加を阻害する要因となっている。
 政府は「2025年度末までに出生率1・8」「60年に人口1億人程度を維持」との目標を掲げているが、こうした背景や要因を解消しなければ、達成は難しい。
 何より、子どもを持つことに不安があっては、事態の改善にはつながらない。2人目以降の出産を断念してしまう「第2子の壁」は、乗り越えられない。
 女性の社会進出によって晩産化が進むというのなら、子育ての支援や環境整備を、さらに強力に進めるしかあるまい。非正規労働者の割合が増えて、若い男性の所得が減っては、晩婚化を進めかねない。実効ある「働き方改革」も求められる。

[京都新聞 2018年06月06日掲載]


財務省の処分  麻生氏は進退の決断を

 森友学園をめぐる文書改ざんや交渉記録廃棄などについて、財務省が内部調査の報告書を公表し、関係した職員20人を処分した。
 当時理財局長だった佐川宣寿前国税庁長官が文書改ざんの方向性を決定づけたとして最も重い停職3カ月相当とした。当時の事務次官も減給処分となった。監督責任を重くみたということだろう。
 麻生太郎財務相は閣僚給与1年分を自主返納するが、辞任はしないという。最高責任者である麻生氏の監督責任は問われないのだろうか。疑問の残る判断である。
 一連の問題は、改ざんした決裁文書を平然と国会に提出し、国民の代表である国会議員を欺いた前代未聞の不祥事である。
 関わった職員は深く反省すべきだが、そうした行為を許した政治の責任も見逃すことはできない。
 佐川氏が国会で「廃棄した」と説明したはずの資料が次々に見つかり、その度に審議は混乱した。
 麻生氏も佐川氏と同様、「記録は残っていない」などと事実と異なる答弁を11回行った。改ざんについても「悪質なものではない」と軽視するかのような発言を繰り返し、批判を浴びた。自らも混乱に拍車をかけていたといえる。
 佐川氏らが処分されたことで、麻生氏の言動の不適切さがあらためて明確になった。
 部下には懲戒処分も含めた責任をとらせながら、自らはトップの座に居続けることに説明がつくだろうか。安倍晋三首相は「責任を全うしてもらいたい」と続投を求めたが、もはや自ら出処進退を決断する以外に責任を全うする道はないのではないか。
 報告書は、官僚と政権の関わりにも言及している。佐川氏は部下が作成した原案を基に最終的な改ざん部分を決めていた。首相夫人や政治家に関する記述のほか、「本件の特殊性」などの表現を削除していたという。
 記録廃棄は、安倍首相が夫妻の関与を全面否定した昨年2月の国会答弁がきっかけだともしている。首相への「忖度(そんたく)」をうかがわせる部分だ。夫妻の関与が本当になかったかどうか、引き続き国会での真相解明が必要だ。
 森友問題は、財務省に対する国民の信頼を失墜させた。来秋に予定される消費税増税への対応や財政再建など重要な政策課題にも影響を与えることになろう。
 官僚に責任をかぶせて逃げ切ろうとする政権の体質への不信感も増幅した。処分を理由に幕引きすることは許されない。

[京都新聞 2018年06月05日掲載]


G7財務相会議  米国の身勝手どこまで

 カナダで開かれた先進7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議は、鉄鋼輸入制限など保護主義政策を強める米国を各国が批判。日欧カナダ6カ国の「懸念と失望」をトランプ大統領に伝えるよう、米国に要請する議長総括を発表して閉幕した。特定国を名指しするのは異例だ。
 トランプ氏は「貿易戦争に負けるわけにいかない」とツイッターに投稿し、強硬姿勢を崩さない。8日から開かれるG7首脳会議(サミット)の波乱は避けられまい。
 貿易赤字の削減にこだわり、国際ルール違反も辞さない身勝手な振る舞いをトランプ氏はどこまで強めるのか。11月の中間選挙に向けたものだとしても、選挙後に「米国第一」のトーンを下げるとの期待は必ずしも持てないだろう。
 米国が3月に発動した鉄鋼輸入制限は中国や日本に適用され、カナダや欧州連合(EU)には交渉継続のため猶予を設けていた。ところが米国は今月1日、財務相会議のさなかに猶予を解除。英仏独伊カナダとの対立が先鋭化した。
 財務相会議の本来のテーマは、世界経済や為替動向だ。にもかかわらず通商分野に発言が集中したことが、問題の深刻さを物語る。出席した米国のムニューシン財務長官は会議後の記者会見でG7の亀裂を否定したものの、「1対6」の構図は隠しようがない。
 世界経済は堅調とはいえ、最近の米長期金利の上昇で新興国からの資金流出が加速し、一部の国は急激な通貨安に見舞われている。イラン核合意をめぐって緊張の高まる中東情勢、財政基盤の弱いイタリアの政局も懸念材料だ。
 立場の違いはあっても結束を確認してきたG7の財務相が、共同声明を出せず議長総括にとどまったことは残念だ。不協和音が長引いては、何かのきっかけで金融システムや市場の不安が高まった場合、連携して抑える役割を果たせるか心配になる。
 EUとカナダは米国への報復関税など対抗措置を構える。これまで慎重姿勢だった日本政府も、世界貿易機関(WTO)への提訴手続きを進めるEU・カナダと共同歩調を取る可能性があることを麻生太郎財務相が示唆した。
 トランプ政権は鉄鋼に続き自動車の輸入制限も、安全保障を理由として検討している。そもそも同盟国まで一律に適用対象に含めるのは理解に苦しむ。貿易不均衡の是正は国際ルールに基づいて行う姿勢を、サミットでは7カ国が一致して打ち出してもらいたい。

[京都新聞 2018年06月05日掲載]


米朝会談再設定  唐突な米国の方針転換

 会談で成果を出すよりも、会うこと自体に意味がある-。そう宣言したようにもとれる。
 トランプ米大統領が北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との会談を当初の予定通り6月12日にシンガポールで行うと発表した。
 史上初となる首脳会談は、半世紀以上対立してきた米朝関係を大きく変える歴史的な意味を持つ。両国のトップ同士が直接対話に臨むことは歓迎したい。
 ただ、トランプ氏は「1回の首脳会談で非核化が実現するとは言っていない。会談はプロセスの始まりだ」と述べ、非核化の交渉に時間をかけることを認めた。何かに署名をすることもないとしており、12日に非核化に関して合意がまとまる可能性は小さくなった。
 これでは、交渉のスタートラインに立つことを確認するだけの会談になってしまわないか。最も重要な非核化の実質的な交渉が形骸化しないか気になる。
 北朝鮮への制裁は解除しないとしたものの、トランプ氏は北朝鮮の体制を保証すると明言した上、「最大限の圧力」という言葉は使わず追加制裁も控える、とした。
 非核化の手順に関する両国の隔たりを残したまま、北朝鮮の立場に理解を示す方針転換といえる。唐突な印象を否めない。
 トランプ氏の「軟化」は、米国が求める短期間での「完全かつ検証可能で不可逆的」な非核化ではなく、行動ごとに見返りを求める「段階的」な解決を目指す北朝鮮を安堵(あんど)させたことだろう。
 今後の交渉が北朝鮮ペースで進む可能性もあるのではないか。非核化への道筋はいっそう不透明になったと言わざるをえない。
 見通しにくくなった非核化問題に代わるテーマとしてトランプ氏が言及したのが朝鮮戦争(1950~53年)の終結だ。4月の南北首脳会談で文在寅韓国大統領と金氏が年内推進で合意し、トランプ氏に働きかけていた。
 首脳会談を目前にした段階で急浮上したテーマだけに、どこまで細部を詰められるかは疑問だ。秋の中間選挙を前に、会談成功を演出しようと、トランプ氏は前のめりになっているのではないか。
 拉致問題解決の働きかけをトランプ氏に頼らざるを得ない日本政府としては、米国の方針転換で立ち位置がさらに複雑となった。
 「最大限の圧力」路線にこだわりすぎれば、米国との距離が開いていく。トランプ氏の発言の真意を見失わず、柔軟に対応していく必要がある。

[京都新聞 2018年06月04日掲載]


パリ協定交渉  運用ルールの合意急げ

 京都議定書に続く温暖化防止の国際枠組み「パリ協定」を運用するルール作り交渉が本格的に始まっている。
 4月から5月にかけて、ドイツのボンで開かれた国際会議では、「産業革命前からの気温上昇を1・5~2度未満に抑える」というパリ協定の長期目標に向け、各国の取り組みの強化方法や対策の透明性確保、途上国への資金援助などについて議論した。技術的、専門的な課題の整理に進展があった。
 パリ協定に基づく各国の対策は2020年に始まるが、運用ルールは今年12月の気候変動枠組み条約第24回締約国会議(COP24)で合意することになっている。時間の余裕はあまりない。
 9月に再度、会議が開かれる。専門的な論点出しが中心だったボンの交渉と異なり、各国の利害が鮮明化する可能性がある。パリ協定の実効性を確保するルールを確立できるかどうかは、水面下も含めた今後の交渉にかかっている。
 パリ協定では全ての国と地域が温室効果ガスの排出削減に取り組むことになった。ただ、現在の各国の目標を達成しても、1・5~2度未満には納まらない。
 このため、協定では、各国の取り組みを検証しながら一定期間ごとに削減目標を引き上げていくことが決められている。
 この点で、先進国と途上国に対立がある。途上国は先進国に対し、過去に温室効果ガスを大量排出してきた責任があるとして、取り組みの内容について「差異化」をはかるべきだと主張する。
 過去の国際交渉でも先鋭的な対立を起こしてきた論点である。途上国への資金支援を強化することで建設的な協力につなげたい。
 米国のトランプ大統領はパリ協定からの離脱に伴い、途上国の温暖化対策を支援する基金への資金拠出も停止した。途上国グループは大排出国の責任逃れを強く警戒している。
 削減目標の見直しについては、多くの国が5年ごとを主張したが、日本など一部は10年にすべきとした。
 10年ごとでは、最新の技術革新を反映できるだろうか。不十分な目標に基づく国内政策が10年間固定しかねない。
 ボンの会議では国際的な科学者グループが主要国の政策評価を公表。日本は排出削減目標が「とても不十分」と診断された。国内外で石炭火力発電を推進する姿勢がマイナス評価された。世界の視線が厳しいことに、政府は目を向けるべきだ。

[京都新聞 2018年06月04日掲載]


文化財の活用  地域の人材育成が先決

 歴史的建物や史跡、美術品など地域の文化財を保護するだけでなく、活用を促す改正文化財保護法が今国会で成立した。
 戦後一貫して続いてきた保護を優先する文化財行政の転換といえる。
 併せて画期的なのは、文化財の保護・活用を進める権限を、国から地域の自治体に比重を移したことだ。
 地域の文化は、地域の人々の願いや生活、風土の中から生まれ、大切に継承されてきた。地域が文化財の保護と活用の担い手となるのは望ましいことだ。
 地元の文化に目を向け、誇りを見いだすことで、地域づくりへの励みになればと願う。
 ところが、改正の背景を見ると、別の思惑が感じられる。
 安倍晋三政権が一昨年に出した「観光ビジョン」。文化財の観光活用をうたい、2020年までに文化財を核とする観光拠点を全国で200カ所整備する目標まで掲げている。
 経済効果を追い求める、前のめりの観光振興策が文化財を危うくしないか。文化財に接する機会を多くすることで、文化への意識を高める意義はある。一方で活用が行き過ぎれば、文化財を傷つけ、文化の本質をゆがめる恐れが出てくる。
 地域にとっても良い面だけではない。文化財目当ての観光客がどっと押し寄せて迷惑し、経済利益といえば地域外の業者に回ってしまう事例が見られる。
 地域の文化財活用はどうあるべきなのか。
 すでに新しい取り組みが始まっている。兵庫県篠山市の「集落丸山」では、古い農家を再生して宿泊施設にし、客1組に限定して受け入れている。農家の住民と、まちづくりのノウハウと人脈を持つ民間団体が事業組合をつくり、利益は宿の維持や住民に分配している。
 山裾の限界集落だが、宿泊客は農家の生活文化に触れて満足する。それより、住民が客との交流を通じて地域の良さを見直したところに、大きな意味があろう。
 地域で文化財の良さを損なわずに生かし、それで得た利益を文化財の維持などに使う。持続可能な保護・活用は、身近で愛着を持つ地域でこそできる。
 そこで重要な役割を果たすのが、住民と社会をつなぐ中間的組織だ。文化の目利きである専門家やコーディネーターらが住民と連携し、保存と活用に知恵を出し合い、具体化していく。
 こうした地域の取り組みが、法改正で広がるのか注目したい。都道府県が策定した大綱を踏まえて、市町村の教育委員会は学識経験者らと協議して地域計画をつくり、国が認定すれば活用に取り組める。民間の推進主体となる団体も指定できるようになる。
 しかし、4月に京都市で開かれた文化庁の説明会では、自治体担当者の反応は鈍かったようだ。専門職員や学芸員、財源の不足といった足元の事情がある。
 条例をつくれば、市町村の教委に代わり首長が活用を担えるようにもなる。間違った方向にいかないようチェックが要る。文化の価値を理解する人材の育成が欠かせない。

[京都新聞 2018年06月03日掲載]


賃金格差訴訟  労契法趣旨踏まえたか

 正規労働者と非正規労働者の間の賃金や手当の違いを巡り、労働契約法20条が禁じる「不合理な格差」とはどの程度なのかについて、最高裁が初の判断を2件の裁判で示した。
 最高裁第2小法廷は、正社員に支給されている手当の一部を契約社員に支給しないのは不合理だとする判決を出した。
 一方、定年後再雇用で非正社員となったが定年前と同じ内容の仕事を続けている場合の賃金格差については、一部の格差を認める判決を下した。
 待遇格差を巡り、定年前については雇用者側を厳しく戒め、定年後に関しては労働者側に受忍を求めたといえる。
 労契法の趣旨を限定的に解釈した、極めて分かりにくい判断だ。
 2件の裁判の原告はいずれもトラック運転手。1件の原告は契約社員として正社員と同じ仕事をしているが、諸手当が支給されないなどの格差は不合理と訴え、一審、二審で訴えが認められていた。
 最高裁は下級審を踏まえ、より厳しく格差を認定した。労契法に沿った判決といえよう。
 もう1件の原告は3人で、運送会社の正社員として20~34年間働き、定年後も従前と同様に働いているが賃金が約3割引き下げられ、労契法に違反するとして裁判を起こしていた。
 一審の東京地裁は原告の訴えを認め、定年前と同水準の賃金を支払うよう命じたが、二審の東京高裁は原告の逆転敗訴としていた。
 この裁判について最高裁は、高裁の「定年後の賃下げは社会的に容認されている」との判断を追認した。
 最高裁は、再雇用者は長期雇用でないことや年金支給が見込まれることなどを理由にあげたが、労働対価に差をつけるには説得力を欠く。定年を超えて働くことが一般的になる中で、人々の意欲をそぐことにもならないか。
 労契法20条は、雇用形態の違いによる処遇格差が放置できない状態まで広がったという現実を踏まえつくられた。
 原告弁護団は、東京高裁判決の社会的容認論は立法事実を否定する、として厳しく批判していた。
 法と実態がかい離しているのを司法が追認していいのだろうか。
 労契法20条の施行から5年が経過し、同法を根拠に是正を求める訴訟は各地で起こされている。
 最高裁の二つの判断が今後、他の裁判にどう影響するのか、注視が必要


佐川氏ら不起訴  これで幕引きはできぬ

 刑事責任は問われなかったが、これで幕引きはできない。
 森友学園への国有地売却に関する問題で、大阪地検は虚偽公文書作成や背任などすべての告発容疑について、財務省などの関係者38人全員を不起訴とした。
 だが、なぜ決裁文書を改ざんしたのか、ごみ撤去費用8億2千万円の値引きが妥当だったかなど、一連の疑惑の根幹をなす問題は解明されていない。政権中枢から指示を受けたか、「忖度(そんたく)」があったかなど、安倍晋三首相周辺にまつわる疑問も払拭(ふっしょく)されていない。
 行政文書を改ざんしても罪に問われない-。今回の不起訴がそんな先例ととらえられては困る。
 真相を明らかにする必要性は何ら変わらない。刑事責任の有無とは別に、改ざんした文書を国会に提出して国民の代表である議員らを欺いた事実を忘れるわけにはいかない。国会には、あらためて徹底的な審議の継続を求めたい。
 特に3月の証人喚問で核心部分の証言を拒んだ元財務省理財局長の佐川宣寿氏には再び国会での証言を求め、誰の指示で、どんな経緯で改ざんしたかについて語ってもらう必要がある。
 関与を疑われながら説得力ある説明をしてこなかった政権の責任は大きい。麻生太郎財務相は組織的な改ざんを許してしまったことを重く受けとめるべきだ。
 不起訴になったのは、改ざんを虚偽文書作成と認めることや、値引きを不適切な積算額だったと認定することが「困難だった」ためだという。ただ、その根拠には不明な部分もある。
 文書改ざんについては、交渉過程や契約方法など記述の根幹部分に変更はないと判断したようだ。だが、首相夫人や政治家の名前が記載された部分の削除を含む約300カ所もの改ざんは、文書の性格を変えていないだろうか。
 背任に関して、地検は「売却により賠償義務を免れたことは否定できず、国に損害を与える目的を認めるのは困難」とした。学園側は、ごみの存在を理由に国有地で計画した小学校の開校が遅れた場合、損害賠償を請求する意向だったという。賠償を避けることと値引きして売却したことの関係をどうとらえたのか分かりにくい。
 明らかにされない点が多く、結果として「政権寄り」の処分となった印象は否めない。
 地検の処分については今後、検察審査会で検討される可能性がある。不起訴とした根拠も含め、胸に落ちる判断を求めたい。

[京都新聞 2018年06月02日掲載]


働き方法案通過  本質的議論が足りない

 今国会の焦点、働き方改革関連法案がきのう衆院を通過した。与野党の論戦の場は参院に移る。
 根深い社会問題である長時間労働、過労死・過労自殺の防止に、この法案がつながるのか。むしろ助長する面があるのではないか。根本的な疑問は解消されていない。
 衆院厚生労働委員会の審議時間は、野党欠席での「空回し」を含め34時間。働く人の命や健康に関わる法案内容を踏まえれば、全く不十分だ。おととい与党が応じた追加審議も、先週の委員会での採決強行に対する批判をやわらげようとしたにすぎまい。
 審議日程に余裕がなくなった原因は政府の側にある。財務省の文書改ざんなど一連の不祥事がもとで、国会はゴールデンウイークを挟み18日間にわたって空転。労働時間調査に関する厚生労働省の不手際でデータの信用性が失われ、法案審議を停滞させた。
 衆院本会議での採決強行こそなかったものの、信頼回復より法案成立を政府・与党が急ぐのは筋違いではないか。
 参院の審議は週明けに始まる。十分な時間と、より本質的な議論を求めたい。
 今回の法案は修正が相次ぎ、当初盛り込まれていた裁量労働制の適用業種拡大は削除された。もう一つの柱で、長時間労働につながる恐れのある「高度プロフェッショナル制度」導入の是非が引き続き重要な論点となる。
 そもそも法案は、残業時間の上限を規定するが、1日単位での労働時間の上限は設けていない。繁忙期になると睡眠時間が取れないまま、過密労働に陥る懸念がある。
 歯止め策の一つとして、仕事を終えてから次に始めるまでに一定の休息時間を設ける「勤務間インターバル制度」がある。だが、法案では企業に導入の努力義務を課すにとどまる。
 連続11時間以上の休息を法定化している国が欧州には多い。片や、日本の企業の導入率はわずか1・4%。制度の認知度も低い。
 厚労省は、近く改正する過労死等防止対策大綱に初の数値目標を盛り込む方針だが、きのう示した「2020年までに導入率10%以上」という数字は物足りない。目標とする休息時間の長さを具体的に示さない点も不十分だ。
 働き方改革の野党の対案は、勤務間インターバルの義務化を掲げる。過労死遺族も同制度の普及を求めている。長時間労働の是正を着実に進めるために、中身のある議論を深めなければならない。

[京都新聞 2018年06月01日掲載]


裁判員辞退  市民の理解深め改善を

 このままでは裁判員制度の根幹が危うくなる。市民の辞退が増え続けているからだ。
 市民の感覚を刑事裁判に反映させるのが制度の趣旨だ。始まって9年だが、残念ながら市民の理解が進んだとはいえない。
 10年の節目に向け、市民が納得して参加しやすい改善策を考えるときではないか。議論には専門家だけでなく、裁判員経験者や市民の参加が欠かせない。
 裁判員は、まず有権者から無作為に選挙人名簿から候補者が抽出され、年間12万~13万人が選ばれる。このうち介護などを理由にした辞退者は昨年で66%に上った。制度当初の53%から増えている。
 さらに辞退を認められた人を除いて、裁判所に呼び出され選任手続きに応じたのは、当初80%だったのが、昨年は63・9%に落ち込んでいる。
 昨年6月に京都地裁で初公判があった青酸化合物連続殺人事件では、辞退が約8割にもなった。判決まで135日間に及ぶことが、辞退の一因になったようだ。
 審理期間は昨年の平均で10・6日で当初の3倍近くに延びている。しかし、一概に審理の長期化が問題とはいえまい。十分に審理を尽くし、裁判員が評議に時間をかけることは、裁判の公正を保つ上で否定されるものではない。
 市民が感じる負担と制度の意義を、どう考えればいいのか。当初からの課題に、もう一度向き合う必要がある。
 サラリーマンや弁護士らでつくる市民団体「裁判員ネット」は、裁判員裁判の傍聴や研究を続け、制度改善の提言をまとめているので参考になる。
 裁判を理解することが重要として、学校教育のほか、裁判所のインターネットを使った公判日などの情報提供を挙げ、裁判員候補になった人には事前説明で不安をなくす、といった内容だ。
 裁判員の守秘義務を可能な範囲で緩めることも求める。経験を話し市民が共有すれば、制度への参加意識が高まるとの期待からだ。守秘義務が心の負担となる人もいる。
 実は2015年の裁判員法改正では、付則に3年経過後に必要があれば制度を見直すとある。
 裁判員制度は民主主義社会に寄与すべく始まったが、制定にあたっては専門家の議論が中心で、市民の盛り上がりがあったわけではない。真の市民参加の制度に育てるために、生活者である市民の声を受け止め、柔軟に対応していくことが大切ではないか。

[京都新聞 2018年06月01日掲載]


党首討論  時間も中身も不十分だ

 あまりにも時間が短い。討論の充実に向け、改善が必要だ。
 国会の党首討論がきのう、ほぼ1年半ぶりに行われた。
 2016年12月に行われた前回の討論では、野党第1党は民進党だった。現在の党派の枠組みになってからは初めてだ。
 今国会の最大の焦点の森友・加計問題では、安倍晋三首相の過去の発言と、その後明らかになった資料や文書との矛盾を、首相自身がどう説明するかが注目された。
 トランプ米政権との2国間関係のあり方なども議論になった。
 立憲民主党と国民民主党、共産党、日本維新の会の4党首が安倍首相に論争を挑んだが、結果的として議論を深めるやりとりにはならなかった。残念だ。
 とりわけ安倍首相は、論点をはぐらかして持論を展開することが多く、質問に正面から答えない姿勢が目立った。
 立民の枝野幸男代表は、加計学園が首相との面会を愛媛県に報告しながら、今月になって「実際にはなかった」と否定したことについて「一国の首相が利用されたのではないか。怒らないのはなぜか」と追及した。
 これに対し、安倍首相は「(加計学園の)獣医学部は倍率が16倍になった」などと、問われていないことを述べるにとどまった。
 国民の玉木雄一郎共同代表は対米、対ロシア政策で持論を展開して「自立的、自主的外交」を求めたが、安倍首相に「政府には戦略がある」とかわされた。
 外交問題を取り上げる意気込みは評価したいが、少ない持ち時間で取り扱うべきだったか、疑問が残った。
 共産の志位和夫委員長は森友・加計問題の責任は首相にあるとして辞任を求めた。維新の片山虎之助共同代表は省庁の幹部人事を内閣が一括管理する制度の修正を求めた。
 首相と野党党首のやりとりは最大3回にとどまった。全体で45分という党首討論の時間の短さが改めて際だった。
 最も長い立民で19分では、議論の深めようがない。
 野党も今回はテーマを森友・加計問題に絞って討論者を第1党に託すなど、工夫や連携をすべきだった。
 党首討論は、党首の政治家としての力量に触れ、政治への関心を高める機会にもなる。
 国会の慣習などが障壁になっている実情もあるが、開催回数や時間を増やすなど、与野党は討論を充実させる努力をしてほしい。

[京都新聞 2018年05月31日掲載]


アメフット処分  厳罰を改革につなげて

 厳しい処分であったが、改革再生の土台にしてほしい。学生たちが本来のスポーツの姿をプレーで見せてくれる日を待ちたい。
 日本大アメリカンフットボール部の前監督と前コーチに対し「除名」が決まった。永久追放に相当する最も重い処分だ。スポーツをゆがめた責任は極めて大きい。
 関東学生連盟は、関西学院大選手への悪質な反則タックルを、前監督の事実上の指示によると認定した。前監督は指示を否定したが、「虚偽である」と断じた。
 学連は調査で、有望選手を精神的に追い詰める前監督の指導法を明らかにしている。指導ではなく恐怖支配といえ、その対象になることを学生たちは「はまる」と呼んで恐れ、「地獄」「部活を辞めたかった」と証言している。
 一連の処分の中で、相手を危険タックルでけがをさせた日大選手は、本年度シーズン中の公式試合出場資格停止となった。ただし、反省文を書き、再発の危険がないと認められれば解除される。
 行為は許されないが、ゆがんだ指導の犠牲者ともいえる。1人で記者会見し、謝罪するために自ら事実を語った真摯(しんし)な姿を思えば、再起を願わずにいられない。
 日大の選手たちが出した声明にも光明が見える。大切な仲間が追い詰められているのに助けられなかったと悔いている。前監督らの指示を勝利のためと深く考えないで従うだけだったことが、事態を招いたと深く反省しているのだ。
 チームへの処分は、本年度の公式試合出場停止となったが、組織改革を進め改善が認められれば解除される。チャンスはある。
 学生たちの中から改革の芽が生まれようとしている。声明は「部全体が生まれ変わる必要がある」といい、これから話し合いを続けていくとしている。
 学生たちだけで組織の改革はできないにしても、新しい指導陣とともに学生たちが主体的にスポーツのあるべき姿を示してほしい。
 大学に限らず、中高校の部活動で今なお指導者の古い体質による理不尽な練習や体罰が見られる。教育の場であるのに、学生らの自主性をそぎ、理由も示さず従わせている。これでは自ら判断し、臨機応変に対応する力はつかず、未来を担う人間力が育たない。
 日大アメフット部には大きな試練だが、大学全体で問題の背景を含めて洗い出し、再生に取り組まなければならない。これからの大学スポーツの姿を示す先陣を切ってもらいたい。

[京都新聞 2018年05月31日掲載]


消費増税対策  財政出動するというが

 政府が毎年6月に閣議決定する経済財政運営の「骨太方針」の骨子案が、明らかになった。
 焦点は、来年10月に予定される消費税増税が日本経済に及ぼす影響を、いかに最小限に抑えるか、であろう。異を唱える向きは、あるまい。
 これに関連して安倍晋三首相は、増税を実施する場合の景気対策として「19、20年度と相当思い切った財政出動をする」と述べた。当然、骨太方針に反映される。
 またもや、歳出の拡大で難所を乗り越えようというのである。財政再建が遠のくのは必至で、何のための増税か、分からなくなる事態が起きかねない。
 今回の骨子案には、今後の取り組みに「消費税率引き上げと需要変動の平準化」が挙げられた。
 前回2014年4月の引き上げ時は、消費が冷え込み、デフレ脱却に水を差す格好になったのを反省し、痛税感をできるだけ抑えようと考えているのだろう。
 20年の東京五輪開催後には、景気の悪化も予想される。財政出動をスムーズに行えるような環境を今から整えておきたい、との気持ちは理解できる。
 経済状況に応じて機動的に対処するため、景気対策の経費は、年度途中に編成する補正予算ではなく、当初予算に上乗せすることが検討されている。
 すると来年度予算は、一般会計総額が過去最大の97兆円余りに膨らんだ本年度当初予算を大きく上回り、初めて100兆円を突破してしまう。
 政策としては、住宅ローンや自動車購入時の減税などが取り沙汰されている。予算の増額が既定の方針となっては、歳出圧力は強まる一方ではないか。
 骨太方針には、新たな財政健全化計画も盛り込まれることになっている。
 これまで目標とし、国際公約でもあった国と地方の基礎的財政収支の20年度黒字化は、5年後に先送りする。
 基礎的財政収支や、累積した借金の総額である「債務残高」などの指標で、国内総生産(GDP)比の数値目標を設定し、21年度に中間評価するともいう。
 しかし、これらは、政府の掲げる名目3%以上の経済成長が実現すれば、容易に達成できる水準だとの指摘がある。
 歳出の抑制に向けた意欲が、ほとんど感じられない。財政出動に頼るだけで、適切な経済財政運営はできるのだろうか。

[京都新聞 2018年05月30日掲載]


米自動車関税  実態にそぐわぬ制限だ

 トランプ米政権が自動車の輸入制限を検討している。輸入増が米国の安全保障を脅かしているというのが理由だ。
 通商拡大法232条に基づき、輸入車に最大25%の関税を課す案などが浮上している。現在、乗用車への輸入関税は2・5%であり、大幅な引き上げになる。
 自動車や自動車部品の貿易規模は大きい。2017年度の日本車全体の対米輸出台数は約177万台で、輸出全体の4割近くを占めている。
 米国は3月に同じ理由で鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を発動したが、影響は比べものにならない。京滋にも多くの工場がある。
 世界貿易機関(WTO)は安全保障を理由とした輸入制限措置を例外として認めているが、実態にそぐわない脅威を理由に国内産業を保護するのは禁じ手だ。
 輸入制限に対抗し、多くの国による報復関税などの措置が連鎖するようなことになれば、世界経済を冷え込ませかねない。
 自らが主導してきた自由貿易体制を踏みにじるような政策は撤回するべきだ。保護主義の広がりこそが世界の安全保障の脅威であることを、トランプ氏は理解しなくてはならない。
 輸入制限の背景には、11月に控える中間選挙があるとみられる。
 16年の大統領選でトランプ氏を当選に導いたのは、工場が海外に移転し職を失ったと不満を抱く労働者だった。
 国内保護を狙った強硬な通商政策を示し、労働者の支持を広げようというわけだ。
 米国内でも輸入制限への反対論は広がっている。与党共和党幹部は即刻撤回を求め、232条の使用を「危険だ」と指摘した。
 本部をワシントンに置く世界自動車メーカー協会も、消費者への打撃を訴えている。
 しかし、米国では貿易政策に関する大統領の権限が強い。鉄鋼とアルミニウムの輸入制限では議会や同盟国の猛反対を押し切った。今回も予断を許さない。
 日本政府には、米政権が輸入制限を通商交渉の材料にしているとの見方がある。
 発動の適用除外を求めれば、逆に2国間の自由貿易協定(FTA)の交渉テーブルに着くよう迫られる恐れがあるという。
 日本は毅然(きぜん)とした態度で、米国に国際的な自由貿易のルールを守るよう求めるべきだ。他の輸出国とも連携を深め、トランプ氏に粘り強く働き掛けてほしい。

[京都新聞 2018年05月30日掲載]


日ロ首脳会談  真意は読めているのか

 安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領がモスクワで会談した。北朝鮮の非核化と米朝首脳会談の成功を後押しすることで一致したほか、北方領土での共同経済活動に向けて民間調査団を今夏にも派遣する方針を決めた。
 ただ共同経済活動の前提となる、双方の法的立場を損なわない「特別な制度」づくりでは今回も目に見える成果はなかった。
 自国の法律に基づく経済活動をロシア側は強く主張している。今年3月の大統領選で4選を果たし、権力を固め直したプーチン氏が外交交渉の幅を広げるのではないかとの期待が日本側にはあったが、その見方は外れたようだ。
 強権で国内を束ねるプーチン氏との親密な関係をてこに、領土返還交渉を動かす。そう思い描く安倍首相は2016年12月、山口県長門市での首脳会談で北方四島をめぐる問題解決に道筋をつけようとしたものの、返還後の島への米軍駐留を懸念するプーチン氏との溝は埋まらなかった。
 両首脳の会談は21回を数える。先に観光や養殖など5項目で合意した共同経済活動は、双方の信頼醸成を優先し、領土交渉とは切り離した形で協議している。にもかかわらず停滞しているばかりか、ロシア側は対米関係の悪化と日米同盟への警戒感から、島の実効支配を強めているようにみえる。
 今年に入り択捉島の旅客用空港を軍民共用にしたのに続き、軍事演習も北方領土で実施した。同島と国後島には地対艦ミサイルを配備済みとみられ、色丹島には昨年新たに経済特区を設けるなど、軍事化と経済開発の両方を進める。
 4島における主権を正当化する大統領府高官の発言も相次ぐ。信頼醸成への本気度を疑わざるを得ない。
 ウクライナ政変に乗じてクリミア半島を編入し、シリア内戦に軍事介入したプーチン政権は、これを批判する米国や欧州との対決姿勢で国民の愛国心を高め、求心力につなげている側面がある。その愛国心を刺激しかねない領土問題で、今後6年間の大統領任期中に譲歩を引き出せるのだろうか。
 安倍首相は「私たちの世代でこの問題に終止符を打ちたい」とあらためて述べたが、プーチン氏との温度差は明らかだった。
 北朝鮮問題を持ち出すまでもなく、日ロの関係強化は北東アジアの安定に欠かせない。だがロシア側の真意を日本政府はどこまで読み、展望できているのか。希望的観測は排さねばなるまい。

[京都新聞 2018年05月29日掲載]


加計・森友疑惑  証人喚問で真相解明を

 またしても強気の答弁である。
 加計、森友両学園問題などをめぐる国会の集中審議で、安倍晋三首相は加計学園の加計孝太郎理事長と面会したとの記載があった愛媛県文書の内容を再度否定した。
 「伝聞の伝聞を書いた」文書だと切り捨て、加計氏と「獣医学部新設について話したことはない」とこれまでの主張を繰り返した。
 文書で指摘された2015年2月25日には加計氏と会っていないとしながら説得力ある根拠を示さず、質問に関係ない説明を長々とする姿勢も相変わらずだった。
 「うみを出し切る」と言ったのに、自らに向けられた疑念を晴らそうという姿勢は感じられなかった。トップがこんな調子では、疑惑を持たれている官僚たちも真実を語ることはないだろう。
 政治や行政への不信が増幅されかねない。憂慮すべき事態だ。
 加計、森友問題に関し、先週それぞれ国会に提出された文書は、両学園と首相との関わりの深さを、これまで以上に示唆する内容が含まれている。
 このうち愛媛県文書に関し、加計学園は理事長と首相との面会を「実際にはなかった」と否定するコメントを出した。
 事実とすれば、学園が首相と理事長の架空の面会を引き合いに愛媛県や今治市をだましたことになる。開学した獣医学部の正当性にも疑問符が付きかねない。
 そこまでして首相を守ろうという姿勢からは、かえって両者の親密さがただならないことを感じさせる。しかし首相は、「私と加計氏が会ったかどうかは全く関わりがない」と、国家戦略特区の認可に影響がなかったと強調した。
 森友、加計問題をめぐる疑惑の審議は1年近く続いているが、追及と答弁がかみ合わず、水掛け論に終始している感がある。こんなやりとりを繰り返していても、事実解明にはつながらない。
 真相を知る関係者を国会に証人喚問し、それぞれの矛盾点をただす以外にないのではないか。
 とりわけ、疑惑の渦中にいながらまだ公の場で説明がない加計理事長には、愛媛県などに架空の面会を報告したことの真偽も含め、真実をしっかり語ってもらわなくてはならない。
 集中審議では行政文書の廃棄や改ざんについて「国会を冒涜(ぼうとく)した」と指摘する声が与党議員からも出た。国会の責任が問われる局面だ。もはや中途半端な審議は許されない。党派を超え、疑惑究明に真剣に取り組んでほしい。

[京都新聞 2018年05月29日掲載]


米朝仕切り直し  現実的妥協点探れるか

 いったんは中止とされた米朝首脳会談が、実施に向けて動きだした。確実な実現につなげたい。
 トランプ米大統領の中止通告の後、事態は急速に展開している。
 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は韓国の文在寅大統領と4月に次ぐ2度目の南北首脳会談を行った。焦りと切迫感が感じられる。
 トランプ氏も北朝鮮との協議が継続していることを明かし、当初と同じ6月12日にシンガポールでの開催を目指す考えを示した。
 もともと中止通告は、今後の対話の可能性を否定しておらず、会談の「延期」に近い意味合いがあった。通告に戸惑う北朝鮮の反応を見たうえで、有利な形での会談につなげたい思惑も垣間見える。
 しかし、朝鮮半島の非核化実現に両国が強い意向を持ち、交渉を決裂させたくない考えであることはあらためて明らかになった。
 首脳会談実現に向け、現実的な妥協点をどう探っていくか、今後の実務的な交渉が鍵を握る。
 きのう記者会見した文氏によると、金氏は、4月の南北首脳会談に引き続き「朝鮮半島の完全な非核化」の意思を明らかにしたという。文氏と金氏は非核化と平和構築のプロセスを中断しないことを確認し、6月1日に南北高官級会談を行うことで一致した。
 文氏はまた、トランプ氏が非核化の際には北朝鮮との敵対関係を完全に終えるだけでなく経済的支援も行う意向を明確に示したことを金氏に伝え、直接互いの意思を確認するよう促したという。
 首脳会談が仕切り直しになったことで、かえって細かな点を事前に詰める作業の重要性が増した印象だ。トップ同士の会談で成果を得るためにも、十分なすりあわせが求められる。
 だが、非核化をめぐる米朝の隔たりは大きい。米国が求める「完全かつ検証可能で不可逆的な」非核化に対し、北朝鮮側は行動ごとに制裁緩和などの見返りを求める「段階的措置」を求めている。
 いずれの手順でも、核廃棄の検証作業が決定的に重要となる。北朝鮮が専門家の査察を受け入れるかどうかがポイントとなろう。
 ただ、最大60発とも推測される既存核兵器の保管先が分かっておらず、ウラン濃縮施設の所在地に関する明確な情報もないとされる。検証プロセスの実効性をどう確保するかは難しい課題だ。
 それでも、米朝トップの直接会談は、朝鮮半島の緊張緩和に大きな意味を持つ。一歩でも前に進めるよう努めてほしい。

[京都新聞 2018年05月28日掲載]


気象庁防災支援  地域の安全につなげよ

 大雨や地震、火山の噴火といった災害で、見通しを解説して自治体の避難勧告などの判断を支援する「気象庁防災対応支援チーム(JETT=ジェット)」が今月1日に発足した。高い専門知識を生かし、地域の安全性向上につなげてもらいたい。
 JETTは全国の気象庁職員の3割弱にあたる約1400人で構成する。
 台風の接近などで大雨が見込まれる場合、事前に都道府県庁に入り、雨量の見通しなどを伝えて市町村が避難勧告や指示を出すための手助けをする。
 災害が発生した後は市町村にも行き、救助活動や二次災害防止のため各地域に絞った詳しい気象情報を解説する。地震や火山の噴火では現状と今後の見通しを伝えて支援する。
 気象庁はこれまでも災害時に自治体へ職員を出していたが、その都度、選ぶケースが多かった。JETTは各分野で専門性の高い職員をあらかじめ登録しておき、適切な人員を迅速に送り込むのが特徴だ。
 さらに、現地を管轄する気象台で勤務した経験がある職員を中心に選定して派遣するという。京都府や滋賀県にとっても、地域の特徴的な気象や地形に詳しく、土地勘があるメンバーによる支援は心強い。
 気象庁が発表する防災情報は気象警報や緊急地震速報、津波警報、噴火速報をはじめ、河川の氾濫が発生する危険性を地図上で5段階に色分けする「危険度分布」など多岐にわたる。
 しかし、こうした有用な情報を自治体の防災担当者がすべて理解し、有効に活用しているとは言いがたい。
 茨城県常総市で鬼怒川の堤防が決壊した2015年の関東・東北豪雨や、岩手県岩泉町の高齢者グループホームで9人が亡くなった16年の台風10号による豪雨では、自治体による避難指示の遅れが問題となった。
 気象庁が設けた有識者会議は昨年8月にまとめた提言で「緊急時の防災担当者向けの解説が市町村等のニーズに応え切れていない場合がある」とした。JETTの設置はこうした指摘を受けた改善策として評価できる。
 自治体側の対応強化も重要だ。平時から防災情報を読み解く能力を高めるとともに、災害発生時にJETTの派遣を受けて住民の安全確保にどう役立てるのか、事前に十分検討しておくことが欠かせない。

[京都新聞 2018年05月28日掲載]


種子法廃止  風土に合った作物を守れ

 田植えが終わり、青々とした苗が初夏の風にそよいでいる。
 コメ作りは一朝一夕にはいかない。地域の気候に合った質の高い品種を開発し、農家に行き渡らせなければならない。
 その役割を担ってきたのが都道府県の農業試験場などだ。奨励品種を定め、品質を管理しながら優良な種子を育て、供給する。いわば公的な管理のもとで生産者は優良な種子を安く手に入れることができる。
 ところが4月、稲、麦、大豆の種子の安定供給を都道府県に義務づけた主要農作物種子法(1952年制定)が廃止され、各地で戸惑いが広がっている。
 種子育成のため都道府県が予算を用意する根拠法がなくなったことで、安定供給や価格への影響が懸念されている。
 なぜ廃止なのか。政府から十分な説明はなされなかった。
 同法が稲作などに欠かせない存在だったことは、廃止後、京滋を含めたすべての都道府県が条例や要綱などで種子の安定供給を維持する方針を示したことからも明らかだ。
 良質な種子を使い、地域に合った作物を作り続けることは、食の安心安全の観点からも重要だ。各府県は引き続き、安定供給に努め、農家や消費者の不安に応えてほしい。私たちも、コメや麦などの種子の品質や安全性に注意を払いたい。
 同法廃止は一昨年秋に政府の規制改革推進会議で問題提起され、国会が森友学園疑惑などで騒然としていた昨年4月に決定。1年後の今春、廃止となった。農家や消費者も関わっての議論はほとんどなかった。
 廃止の理由として「都道府県が開発した品種が優先的に奨励品種になり、民間企業が開発した品種の奨励につながりにくい」ことが挙げられた。そうであれば、奨励品種を選ぶ方法を改善するのが筋ではないか。それが、いきなり廃止という理解に苦しむやり方だった。
 心配されるのは、種子法廃止と抱き合わせのような形で成立した農業競争力強化支援法だ。都道府県などが持つ種苗の生産に関するノウハウを民間事業者へ提供することを促す内容が盛り込まれている。
 種子の開発には多額の投資が必要で、巨大資本を持つグローバル企業でなければ参入は難しい。こうした企業にとって、日本の公的試験場などが持つ種苗の栽培技術は魅力的だ。
 仮に種子や栽培ノウハウがグローバル企業に流れれば、もうかる品種の栽培が優先され、風土に合った品種など作物の多様性が失われないだろうか。種子生産の独占による価格高騰や、遺伝子組み換えでない種子の選択が難しくなる懸念もある。
 野党6党は共同で、種子法復活法案を国会に提出した。
 種子法廃止の影響がただちに顕在化するかどうかは分からない。共同通信社などが国内56カ所の公的研究機関へ行った調査でも、半数近くが影響を見極めかねている現状が浮かんだ。
 ただ、同法廃止により、地域の中で守り育てられてきた種子が長期的にグローバルな競争にさらされる状況になったことは、心にとどめておきたい。

[京都新聞 2018年05月27日掲載]


米朝会談中止  対話を続け、レール敷き直せ

 朝鮮半島の非核化に向けた世界の期待を一気にしぼませてしまった。対話ムードに包まれていた半島で緊張が再燃しないか心配だ。
 トランプ米大統領が、6月12日にシンガポールで予定していた米朝首脳会談を中止すると北朝鮮に通告した。北朝鮮側の「敵対的な言動」を理由に挙げている。
 ただ、通告の書簡では、拘束されていた米国人3人の解放に謝意を示すとともに、今後の対話の可能性を否定しなかった。北朝鮮も、「首脳会談が切実に必要だ」として、米側に再考を促した。
 会談は中止になったが、両国とも関係を断ち切ったのではないことをうかがわせる。中止というより「延期」に近い意味を持つのではないか。適切な冷却期間を置いたうえで、あらためて会談を実現させるよう求めたい。
 北朝鮮はここ数週間、韓国との南北閣僚級会談を見送ったり、米国高官を名指しで批判したりして米韓両国を揺さぶり、米朝首脳会談も取りやめると警告していた。
 その一方で、ポンペオ米国務長官が訪朝して金正恩朝鮮労働党委員長と接触するなど、両国は水面下で交渉を続けてきた。
 北朝鮮の一連の言動も、トランプ氏が歴史的な会談を断念することはないと踏んだ上での強気のけん制と理解していたはずだ。
 にもかかわらず首脳会談を中止したのは、非核化の手順をめぐって北朝鮮と折り合えなかった可能性が高い。米側は「完全かつ検証可能で不可逆的な」非核化を打ち出しており、時間をかけて行動ごとに制裁緩和の見返りを求める「段階的措置」が必要だとする北朝鮮の立場とは隔たりがあった。

 「北」は意図読み違え
 トランプ政権は、会談取りやめにも言及した北朝鮮の動きを逆手に取り、中止を突き付けることで今後の交渉の主導権を握ろうとしたようにもみえる。非核化のプロセスをめぐるせめぎ合いは、これからも続くことになろう。
 米朝両国の長年にわたる相互不信を考えれば、トランプ氏が首脳会談を決断してわずか3カ月で信頼関係を築き上げるのは難しかったと言わざるをえない。
 トランプ氏は金氏に「強力な保護」を与えて安全を保証し、体制転覆を図らないことを明言した。だが、ボルトン大統領補佐官は全面的に核放棄するまで見返りを与えず、その後指導者が殺害されたリビアの例に触れるなど、核放棄に関する北朝鮮の真意を疑問視する姿勢を変えていない。
 北朝鮮は、金氏の体制が本当に保証されるのか疑心暗鬼になり、首脳会談をめぐるトランプ氏の意図を読み違えたと推測できる。

 軍事力誇示は避けよ
 北朝鮮の背後で中国の影が大きくなってきたことも、米国の判断に影響を与えた。金氏は5月上旬に習近平国家主席と2度目の会談を行った。中朝国境では国連の制裁中にもかかわらず人や物資の往来が活発化しているといわれる。中国を後ろ盾にした北朝鮮の強い態度が、米国の不信を増幅した可能性もある。
 米国は再び「最大限の圧力」を強める構えだが、米朝両国が昨年以前のように軍事力を誇示して威嚇し合い、一触即発の危機を招くような事態の再来は避けなければならない。
 今年に入ってからの北朝鮮の融和姿勢は、国際社会の見方を変えつつある。謎の独裁者と思われてきた金氏の、意外に冷静で懐の深い一面が認識された。朝鮮半島の平和構築に向けて真剣に交渉に取り組む韓国・北朝鮮両国が置かれている立場への理解も深まっているようにみえる。
 首脳会談が流れたといって、再び武力を背景にむやみな緊張を呼び込むようでは失望を招くだけだ。北朝鮮は自らの融和政策が国際世論を変化させ、朝鮮半島情勢が従来とは異なる段階に進んだことを自覚しなくてはならない。過剰な反応を慎み、国際社会から理解される振る舞いが求められる。

 日本は戦略練り直せ
 反目し合っていた米朝両国が高官同士の交渉を重ね、新たなチャンネルをつくった意味は小さくない。今後も切れ目なく対話を継続し、首脳会談へのレールを敷き直してほしい。
 4月の南北首脳会談では、朝鮮戦争の終結に向けて休戦協定を平和協定に転換することや、恒久的な平和構築のため南北と米国の3者、または南北と米中の4者による会談を積極的に進めていくことが共同宣言で示された。
 首脳会談の中止で、こうした緊張緩和に向けた合意が実現しなくなる可能性もある。東アジアの安全保障にとって重要なテーマだけに、首脳会談とは切り離して前に進める方策が必要だ。
 日本にとっては、拉致問題解決の働き掛けをトランプ氏に託していただけに、戦略の練り直しが迫られる。このままでは日朝首脳会談の実現も簡単ではあるまい。
 米朝首脳会談の可能性が消えていない中、対話の流れを踏まえて何ができるかを考えるべきだ。圧力一辺倒ではなく、米朝の間で、どんな役割を果たせるか検討してほしい。日米韓の連携がこれまで以上に重要となろう。

[京都新聞 2018年05月26日掲載]

若年世代のがん
日米首脳会談
海空メカニズム
参院定数自民案
所有者不明土地
骨太方針
滋賀知事選告示
入試ミス防止策
出生数最少
財務省の処分
G7財務相会議
米朝会談再設定
パリ協定交渉
文化財の活用
賃金格差訴訟
佐川氏ら不起訴
働き方法案通過
裁判員辞退
党首討論
アメフット処分
消費増税対策
米自動車関税
日ロ首脳会談
加計・森友疑惑
米朝仕切り直し
気象庁防災支援
種子法廃止
米朝会談中止  05月26日