田中 道昭 :立教大学ビジネススクール教授 2017年01月24日
民主主義という言葉は1度も出てこず
1月20日に誕生したドナルド・トランプ米国第45代大統領。その就任演説については、事前から関心が高く、筆者も前回の記事(http://toyokeizai.net/articles/-/153100)で、政治マーケティングの観点からトランプ就任演説の内容を予測した。先行論考で指摘した5つの注目ポイントは実際の演説のなかでどのように登場したのか。
今回は、トランプが昨年11月9日に行った勝利演説、オバマ前大統領が1月10日に行った退任演説、そのほかこれまでの重要な事実などに基づき、1月20日の就任演説を政治マーケティングの観点から分析したい。
さて、先の記事で挙げた5つの注目ポイントとは以下のものである。
1. 分断された有権者を「一致団結」させる
2. ビッグで人を鼓舞するような「現実的なビジョン」を示す
3. 重要な利害関係者に「メッセージ」を送る
4. 自らが重要視する「価値観」を明確にする
5. 「セルフブランディング」を進化させる
極めて明快な「対立構造」
分断された有権者を「一致団結」させる
前回の記事では、「米国や米国民で誰が利害関係者となり、その利害関係者とどのような対立構造を描くのかが最重要ポイントである」と述べた。選挙戦中は企図して分断をさらに拡大させるような言動を繰り返してきたトランプは、演説の中で一致団結をどのように語ったのか。
実際の就任演説でも、トランプはこのポイントに最も多くの時間を費やした。分断の演説の構成上も、「一致団結」が演説のミッションであるような展開だった。演説全体の中でこのテーマに費やした時間は約3割という分析もなされている。
トランプが演説の中で描いた対立構造は、「ワシントン対国民」、「エスタブリシュメント対国民」などと極めて明快だった。ただし、演説の構造としては、これらの対立構造はすでに「過去のもの」であり、「今ここから」は自分が率いていく米国では問題が解消されていくという主張であった。
ここでトランプは、「アメリカの殺伐」(“American Carnage”、殺戮(さつりく)のあとの惨状)という過激な表現を使った。「母親と子どもたちは貧困にあえぎ、国中に、さびついた工場が墓石のように散らばっています。教育は金がかかり、若く輝かしい生徒たちは知識を得られていません。そして犯罪やギャング、薬物があまりに多くの命を奪い、可能性を奪っています。このアメリカの殺戮は、今、ここで、終わります」。
このように過去は「殺伐」の状況であったが、これからは明るい未来が訪れるという比喩として使ったのだ。大統領の就任演説において、過去・現在・未来のストーリー展開、暗い過去から明るい未来へのストーリー展開は常套手段だが、今回はあまりにも過激だった。「独裁者」が使う「黙示録的な悲惨な状況から困難を克服していくストーリー」のようなダークなイメージのあるものだった。
米国民はそこまで過激な歴史観はない
実際に、米国メディアの反応を見ると、「米国民はそこまでの過激な歴史観や世界観はもっておらず、現在以降のことを言っているわけではないのにあまりにも暗い」、「トランプに反対票を投じた有権者の共感は低い」といったような批判を浴びる部分となったようだ。この表現をタイトルとした記事も少なくなかった。
ビッグで人を鼓舞するような「現実的なビジョン」を示す
先の記事では、「できるだけ壮大なビジョンであると同時に、多くの国民も自ら参加したいと思えるような現実的なものになっているか」が重要になると指摘した。分断された国民を結束させていくには、対立構造を描くよりも、「共通のビジョン」を国民が持つことの方が効果的だからである。
実際に就任演説でトランプは、「私たちは大きく考え、大きな夢を見るべきです」と語ったほか、「ニュー・ミレニアム」(新世紀)というビジョンを示すような言葉も使った。しかし、その内容としては、「宇宙の謎を解き明かし、地球から病をなくし、明日のエネルギー、産業、技術をさらに発展させる」という抽象的な表現にとどまった。
「私たちは大きく考え、大きな夢を見るべきです」と自らが語っている米国大統領の「夢」としては、「ビッグで人を鼓舞する」と「現実的である」という両面において失望感は大きかったのではないだろうか。
重要な利害関係者に「メッセージ」を送る
「トランプはケネディの主張をさらに強力に推し進めて、世界に対してより大きなビジョンを示すとともに、それに加わっていくには、より重い責任や費用を共有していくことが求められることを述べるのではないか」と言及した。
このポイントについては、先に述べたように、残念ながらトランプは具体的なビジョンを提示することはなかった。海外へのメッセージとしては、これからは米国第1主義であり、各国も自国の利益を優先するべきであり、米国はその成果を出すことで模範となるという趣旨のことを述べている。
重要な利害関係者という意味では、トランプは今回、「アメリカの殺伐」や「忘れさられてきた人たち」という表現を使い、選挙戦からのコア支持層を主な対象とする言及が多かった。一方、反対票を投じた国民に直接的に訴えるような言及はほとんどなかった。
勝利演説の際に語った、「すべての米国人の大統領になる」(”President for All Americans”)という明快な表現は皆無だった。就任演説の構成としても、この明快さを打ち出すことができなかったことが、トランプの苦境を感じさせるものになったような気がしたのは、筆者だけではあるまい。
「アメリカの殺伐」と表現されたオバマは?
自らが重要視する「価値観」を明確にする
この点については、「強さ、本音、正直、変化といった価値観は、シェアードバリューとして多用されるキーワードになるだろう」と述べた。実際にこれらの言葉は、キーワードとして多用されたが、ここで注目したいのは、1月10日に行われたオバマ前大統領の退任演説との比較である。
オバマは、そこで民主主義という言葉を20回も使い、その重要性を強調。さらにはトランプを意識して民主主義の継続性に懸念を表明した。一方、トランプの就任演説では民主主義という言葉は一度も使われなかった。また米国が伝統的な価値観として重視してきた人権の尊重などの価値観も演説では登場しなかった。
自らの2期8年を「アメリカの殺伐」と表現され、民主主義の強調も「無視」された格好になったオバマはどのような思いでトランプの演説を聞いていたのだろう。演説直後にトランプはオバマと(握手を交わすのではなく)お互いの肩をたたき合ったが、その際にオバマの表情がこわばっているように筆者には見えた。
「セルフブランディング」を進化させる
前回の記事では、「多彩な表現やレトリックを駆使して、自分が実直な人物であることを印象づけることを狙ってくるだろう」と言及した。実際に、トランプは次のように述べている。「私たちは心を開いて語り合い、意見が合わないことについては率直に議論をし、しかし、つねに団結することを追い求めなければなりません」。
これまで暴言を吐き続けてきたことを、本音、率直、正直ということで正当化しようとしてきたトランプにおいては、やはりこの点は重要だったのだ。人自身が「商品」となるセルフブランディングにおいては、実は最も重要となるのは、その人物の人間観・世界観・歴史観であるとされている。
「赤い血を流す」「根絶」も過激だった
この観点から見ると、トランプは少なくとも反対票を投じた有権者層に対して、セルフブランディングを「後退」させてしまったものと評価されるだろう。それは、トランプが比喩として用いた「アメリカの殺伐」という世界観があまりにもダークで、これは彼自身が持つ世界観であると認識された可能性が高いからである。
トランプは、この表現以外にも、今回、「私たちは同じ愛国者の赤い血を流し」の「血を流す」という表現、「イスラム過激主義を地球から完全に根絶します」の「根絶」の表現が過激過ぎると指摘する向きも米国内では多い。
トランプ自身が今回の演説のなかで「神」に言及したように、米国でも言葉は言霊である。ネガティブなエネルギーをもつ言葉は、自ら企図したこととは異なる結果をもたらすこともあることは教訓にしたい。ただし、筆者は、実際にトランプがこのような黙示録的な世界観をもっている人物とは思っていない。
もっとも、変化を印象づけるメタファー(隠喩)として、過去と未来の大きな対比を演説のなかで描きたかったトランプは、未来におけるビジョンが明快に打ち出せなかったことから、過去をよりダークにすることで大きな対比を描こうと考えたのではないかと思われる。
筆者は、これまでもトランプの重要な言動については、米メディアでどのように報じられているのかを注目してきた。従来は、主要メディアがトランプに批判的な一方で、そのほかのメディアの反応は賛否両論という構図だった。ところが今回の就任演説については、少なくとも極めて高く評価する記事を発見するのは困難だった。
勝利演説では自ら「すべてのアメリカ国民の大統領」(”President for All Americans”)と宣言しながら、その後の政権移行期間中にそのキャスティングを演じ切れなかったツケがここで回ってきた印象である。
「政権移行期間中の次期大統領としての好感度」が40%と、近年の大統領では極めて低評価を受けてきたなかで、米国の大統領就任演説という「晴れ舞台」において、予備選挙期間中にとどめておくべき表現を使わざるを得なかったことに筆者はトランプの余裕のなさを感じた。
トランプにハネムーン期間はない
米国では就任100日間は、新大統領には「紳士協定」として批判を遠慮しておくという慣習がある。もっとも、演説後のメディアでの反応を見ると、「トランプにはこのハネムーン期間は与えられない」とする厳しい意見も少なくない。
米国の議会3大誌の1つである『ロールコール』誌は演説後に、「トランプの就任演説が歴史に残るものになるかどうかはまだわからない。ただ明白なのは、このタイミングが米国の大きなターニングポイントになるということだ」と伝えている。
トランプは、2年後の中間選挙までに、雇用創出や成長率の上昇などの成果を出すしかない状況にさらに追い込まれた。コアな支持層であるほど成果には敏感だろう。トランプ政権が早期に米国内で成果を上げ、そのうえで海外とも価値を共創することにも専念するようになることを期待したい。
トランプ就任演説の注目ポイントはここだ!
田中 道昭 :立教大学ビジネススクール教授 2017年01月19日
政治マーケティングの観点から内容を予想
いよいよ1月20日にドナルド・トランプが米国大統領に就任する。就任演説でエキセントリックな大統領として、大統領選中に繰り返し述べてきた米国第一主義や分断の主張を繰り返すのか。それとも選挙直後の勝利演説の際に、敗北したヒラリー・クリントンに対して労をねぎらう配慮を見せたように、正統派の大統領として歴史に残るような「名演説」を行うのか。今年のみならず、今後のトランプ政権の4年間を占ううえで、大いに注目されるイベントとなる。
トランプの就任演説については、米国で最も代表的な議会誌である『ザ・ヒル』誌が昨年12月27日、「大きな夢をもつことがメインテーマになる」と、トランプ大統領就任式委員会メンバーからのコメントとして伝えている。選挙期間中スピーチライターを務め、政策担当の大統領補佐官としてトランプ政権にも参画することが決まっているスティーブン・ミラーが、今回の草稿も担当するとも報じられている。
さらには、トランプ本人が、今でも世界的にその就任演説が語り継がれているジョン・F・ケネディや、偉大なコミュニケーターとして知られるロナルド・レーガンの就任演説からインスピレーションを得て下書きするとの報道もある。
就任演説は、トランプにとっても極めて重要なものである。「競争性×最上志向×自我」の資質で形成されていると分析されるトランプは、歴史に残るだけではなく、歴代大統領の中でも最高だったと語り継がれるような演説を目指しているのではないか。そこで今回は、トランプ陣営も選挙戦中から活用してきた米国のマーケティング専門領域である、「政治マーケティング」の視点から、就任演説の内容を予想してみたい。
就任演説はなぜ大切なのか
米大統領選における政治マーケティングは、自党候補者と戦う予備選、他党候補者と戦う一般選挙、そして大統領就任後の政権運営期間、の3つに大別される。
1つ目の予備選の最大の目的は、自党の候補としての指名を獲得することだ。この期間においては、1対多数の戦いになるのと同時に、現職大統領との比較が重要となる。実際に共和党候補者のほとんどが、オバマ大統領を厳しく批判したが、これは政治マーケティングにおいては定石的な戦略だったのである。特にトランプはオバマとの間で「強いvs.弱い」という明確な対立軸を有権者に浸透させるのに成功し、この段階から無党派層の注目も集めていた。
また、このタイミングで最も重要なのは、一般選挙でもコア支持層となるような熱烈な支持者層を獲得することだ。トランプの場合、あえて戦略的に「メキシコとの壁」などの過激な「政策」を打ち出すことで支持者開拓を狙ったと、当時の選挙アドバイザーが発言している。正式に出馬表明する前の段階でトランプ陣営は、コア支持層設定や、より効果的な自らのポジショニング設定のための試行錯誤も兼ねて、あえていろいろと過激な発言を繰り返した。それを集会やツイッターなどの反応から分析し、企図して過激発言を行ったとされている。
2つ目のタイミングとなる一般選挙においては、自党の支持者だけでなく、無党派層、さらには他党の支持者からも票を得て、大統領選挙に勝利することが最大の目的となる。このタイミングでは、共和党と民主党の候補者による一騎打ちの戦いとなるため、ライバルとの対立軸を明快に示し、より多くの支持者の心をつかむことが重要である。ただし、この時期に不可欠なのは、ビッグデータ分析などに基づいて、対象とする有権者層の選択と集中を行い、接近戦を勝ち抜く冷徹な政治マーケティングの戦略だ。
今回のトランプ陣営の場合、「現状に怒りや不満を抱くサイレントマジョリティ」の典型例である白人労働者層をメインターゲットに絞ることで、実際には同じような感情を抱いていた共和党地盤である白人層全般、男性層、さらには無党派層が多いとされる中間所得層の取り込みを図ったわけだ。
政権運営が始まったとたん変わること
そして、1月20日に行われる大統領就任式は、政権運営時期における最初のイベントとなる。そこで行われる演説は、政治マーケティング的観点からすると、政策運営マーケティングでの最初の「キャンペーン」という位置づけになる。予備選挙の目的は自党内で指名を受けることであり、一般選挙の目的は大統領選挙での勝利であった。それでは大統領就任後の政権運営における最大の目的は何になるのだろうか。
有権者を主なターゲットとしてきた選挙期間とは大きく異なり、政権運営期間においては、ターゲットとなる利害関係者や対象者がさらに増え、複雑かつ多岐にわたることが特徴だ。国民、政党、議会はもとより、最高裁、官僚組織、圧力団体、ロビイストなどに加えて、外国政府を含む国際政治マーケティングの視点も不可欠となってくる。おもには選挙綱領や選挙公約などが重要となり、支持率や米ギャラップ社の「現職政権期における国の方向性に対する満足度の推移」といった世論調査の結果が、「マーケティングが成功したかどうか=重要業績評価指標(KPI)」となる。
米国の政治マーケティングでは、大統領の支持率に大きな影響を与える要因として、経済状況、内政、外交や安全保障、そして大統領自身のリーダーシップのあり方などが挙げられている。トランプが選挙中に「有権者との契約」として発表した選挙公約や、当選後に発表した就任後100日間計画の内容を上記の要因から分析してみると、経済については雇用創出、内政においては移民政策、外交や安全保障および戦争やテロへの対応については「強いアメリカ」を重視してくるものと予測される。
それではトランプ大統領就任演説の内容を政治マーケティングの視点から予測していこう。ここでは、演説で注目すべき5つのポイントに絞って、それぞれについて解説していく。
1.分断された有権者を「一致団結」させる
米大統領選では共和党と民主党との間で接近戦となることが多いため、就任演説で大統領に求められる最大のミッションは、分断された有権者をいかに国民として一致団結するよう仕向けられるかである。とりわけトランプは選挙戦中、米国の分断をさらに拡大させるような言動を繰り返してきただけに、歴代大統領が試みたミッションに取り組むかは興味深いところだ。
もっともトランプは、選挙戦の重要なタイミングに応じてマーケティングの対象を柔軟に変化させてきた実績がある。就任演説では、大統領として求められる利害関係者すべてを対象に語ることは確実だろう。とはいえ、米国の分断を意図的に行うことを選挙戦略の中核としてきたトランプが、それを成し遂げるのは容易ではない。米国や米国民で誰が利害関係者となり、その利害関係者とどのような対立構造を描くのか――今回の就任演説で最も重要なポイントとなる。
ケネディ以来、米国人が夢見ていることは
2.ビッグで人を鼓舞するような「現実的なビジョン」を示す
就任演説では、自らの政策の詳細を語るのではなく、4年間において米国をどのような国にしていくのかというビジョンを示すことが求められる。ここで重要なのは、できるだけ壮大なビジョンであると同時に、多くの国民が自らも参加したいと思えるよう現実的なものになっているかである。『ザ・ヒル』によれば、トランプの演説では「大きな夢をもつことがメインテーマになる」と伝えられている。
米国政治において重要な概念となっており、トランプが参考にするとされているケネディが引用した”a city on the hill“(丘の上の都市:米国における理想の国家像)を引用し、どのような偉大な国にしていくのか具体的に述べることも期待されている。ビッグかつ現実的なビジョンを提示することは、分断された国民をひとつにするのに効果的な施策とされる。トランプの「大きな夢」とは、はたして何だろうか。
3.重要な利害関係者に「メッセージ」を送る
大統領候補から大統領に変わった瞬間から、その人物には国際政治マーケティングの視点も求められるようになる。同盟国をはじめとする諸外国の協力を得ることが、国内の支持率を左右することになるからだ。歴代の大統領が世界に向けてのメッセージを就任演説に盛り込んだように、トランプにとってもこの点は重要になるはずだ。
ケネディも就任演説の中で、「世界の市民の皆さん、米国があなた方のために何をしてくれるのか問うのではなく、人類の自由のためにわれわれと一緒に何ができるのかを問うてほしい」 と訴え、自由は協力して守られるべきものであることを主張した。トランプはケネディの主張をさらに強力に推し進めて、世界に対してより大きなビジョンを示すとともに、そのビジョンに加わっていくためには、より重い責任や費用を共有していくことが求められることを述べるのではないか。
4.自らが重要視する「価値観」を明確にする
就任演説では国民をひとつにしていくためにも、自らが最も重要だと思う価値観を示すことが求められる。とりわけこのイベントでは、利害関係者に対して「Shared Value(シェアードバリュー=価値観の共有)」を示すことは非常に重要である。トランプは選挙期間中、ライバルとの間で、「強いvs.弱い」「本音・正直vs.偽善」「変化vs.現状維持」といった対立軸を描くのに成功してきた。
したがって、強さ、本音・正直、変化といった価値観は、シェアードバリューとして多用されるキーワードになるだろう。また「有権者との契約」の中などでも多用している法の支配や、法に基づいた公平性を繰り返し強調することで、「正しさ」も重要な決まり文句として打ち出してくるのではないだろうか。
強さや変化、正直さを強調するか
5.「セルフブランディング」を進化させる
トランプの大統領としてのセルフブランディングはすでに明確である。上述のとおり、強い、変化をもたらす、本音・正直などである。もしトランプが自らの就任演説を歴史的なものにしようと考えているのであれば、これまでの暴言とのバランスをとるためにも、演説の中で、honestly(正直に), truthfully(本当のところ), frankly(率直に言って), boldly(大胆に言って), candidly(ありのままに)など、多彩な表現や首句反復・並列・対比・隠喩などのレトリックを駆使して、自分が実直な人物であることを印象づけることを狙ってくるだろう。
こうしたキャラクターを見事に演じ切り、これらの価値観やリーダーとしてのあり方を伝えていくためにも、就任演説では服装から始まって、話し方、ジェスチャー、トーン、リズム、表現に至るまで、強さ・変化・実直さを意識と潜在意識に書き込んでいくことに腐心するはずだ。それを実現するために、就任演説の場面においても、「ファーストドーター」であるイヴァンカを筆頭としたファミリーも大きな役割を演じることになるのではないだろうか。
最後に、トランプは、大統領選挙の結果が判明した直後の勝利演説の最後に、「2年、3年、4年、そして8年の間、国民のみなさんが私たちのために協力したいと言ってくれることを望んでいる」と、すでに事実上の「2期8年宣言」を行っている。トランプが実際に再選を果たすには、政権運営マーケティングにおいて複雑かつ多岐にわたる利害関係者を対象に政治を実行していくことが欠かせない。
就任演説はその後の大統領の行動や成果を評価する大きな指標となる。国際社会をさらに分断するようなエキセントリックな大統領ではなく、歴史に名を残すような正統派の大統領としての就任演説を期待したいものだ。
民主主義という言葉は1度も出てこず
1月20日に誕生したドナルド・トランプ米国第45代大統領。その就任演説については、事前から関心が高く、筆者も前回の記事(http://toyokeizai.net/articles/-/153100)で、政治マーケティングの観点からトランプ就任演説の内容を予測した。先行論考で指摘した5つの注目ポイントは実際の演説のなかでどのように登場したのか。
今回は、トランプが昨年11月9日に行った勝利演説、オバマ前大統領が1月10日に行った退任演説、そのほかこれまでの重要な事実などに基づき、1月20日の就任演説を政治マーケティングの観点から分析したい。
さて、先の記事で挙げた5つの注目ポイントとは以下のものである。
1. 分断された有権者を「一致団結」させる
2. ビッグで人を鼓舞するような「現実的なビジョン」を示す
3. 重要な利害関係者に「メッセージ」を送る
4. 自らが重要視する「価値観」を明確にする
5. 「セルフブランディング」を進化させる
極めて明快な「対立構造」
分断された有権者を「一致団結」させる
前回の記事では、「米国や米国民で誰が利害関係者となり、その利害関係者とどのような対立構造を描くのかが最重要ポイントである」と述べた。選挙戦中は企図して分断をさらに拡大させるような言動を繰り返してきたトランプは、演説の中で一致団結をどのように語ったのか。
実際の就任演説でも、トランプはこのポイントに最も多くの時間を費やした。分断の演説の構成上も、「一致団結」が演説のミッションであるような展開だった。演説全体の中でこのテーマに費やした時間は約3割という分析もなされている。
トランプが演説の中で描いた対立構造は、「ワシントン対国民」、「エスタブリシュメント対国民」などと極めて明快だった。ただし、演説の構造としては、これらの対立構造はすでに「過去のもの」であり、「今ここから」は自分が率いていく米国では問題が解消されていくという主張であった。
ここでトランプは、「アメリカの殺伐」(“American Carnage”、殺戮(さつりく)のあとの惨状)という過激な表現を使った。「母親と子どもたちは貧困にあえぎ、国中に、さびついた工場が墓石のように散らばっています。教育は金がかかり、若く輝かしい生徒たちは知識を得られていません。そして犯罪やギャング、薬物があまりに多くの命を奪い、可能性を奪っています。このアメリカの殺戮は、今、ここで、終わります」。
このように過去は「殺伐」の状況であったが、これからは明るい未来が訪れるという比喩として使ったのだ。大統領の就任演説において、過去・現在・未来のストーリー展開、暗い過去から明るい未来へのストーリー展開は常套手段だが、今回はあまりにも過激だった。「独裁者」が使う「黙示録的な悲惨な状況から困難を克服していくストーリー」のようなダークなイメージのあるものだった。
米国民はそこまで過激な歴史観はない
実際に、米国メディアの反応を見ると、「米国民はそこまでの過激な歴史観や世界観はもっておらず、現在以降のことを言っているわけではないのにあまりにも暗い」、「トランプに反対票を投じた有権者の共感は低い」といったような批判を浴びる部分となったようだ。この表現をタイトルとした記事も少なくなかった。
ビッグで人を鼓舞するような「現実的なビジョン」を示す
先の記事では、「できるだけ壮大なビジョンであると同時に、多くの国民も自ら参加したいと思えるような現実的なものになっているか」が重要になると指摘した。分断された国民を結束させていくには、対立構造を描くよりも、「共通のビジョン」を国民が持つことの方が効果的だからである。
実際に就任演説でトランプは、「私たちは大きく考え、大きな夢を見るべきです」と語ったほか、「ニュー・ミレニアム」(新世紀)というビジョンを示すような言葉も使った。しかし、その内容としては、「宇宙の謎を解き明かし、地球から病をなくし、明日のエネルギー、産業、技術をさらに発展させる」という抽象的な表現にとどまった。
「私たちは大きく考え、大きな夢を見るべきです」と自らが語っている米国大統領の「夢」としては、「ビッグで人を鼓舞する」と「現実的である」という両面において失望感は大きかったのではないだろうか。
重要な利害関係者に「メッセージ」を送る
「トランプはケネディの主張をさらに強力に推し進めて、世界に対してより大きなビジョンを示すとともに、それに加わっていくには、より重い責任や費用を共有していくことが求められることを述べるのではないか」と言及した。
このポイントについては、先に述べたように、残念ながらトランプは具体的なビジョンを提示することはなかった。海外へのメッセージとしては、これからは米国第1主義であり、各国も自国の利益を優先するべきであり、米国はその成果を出すことで模範となるという趣旨のことを述べている。
重要な利害関係者という意味では、トランプは今回、「アメリカの殺伐」や「忘れさられてきた人たち」という表現を使い、選挙戦からのコア支持層を主な対象とする言及が多かった。一方、反対票を投じた国民に直接的に訴えるような言及はほとんどなかった。
勝利演説の際に語った、「すべての米国人の大統領になる」(”President for All Americans”)という明快な表現は皆無だった。就任演説の構成としても、この明快さを打ち出すことができなかったことが、トランプの苦境を感じさせるものになったような気がしたのは、筆者だけではあるまい。
「アメリカの殺伐」と表現されたオバマは?
自らが重要視する「価値観」を明確にする
この点については、「強さ、本音、正直、変化といった価値観は、シェアードバリューとして多用されるキーワードになるだろう」と述べた。実際にこれらの言葉は、キーワードとして多用されたが、ここで注目したいのは、1月10日に行われたオバマ前大統領の退任演説との比較である。
オバマは、そこで民主主義という言葉を20回も使い、その重要性を強調。さらにはトランプを意識して民主主義の継続性に懸念を表明した。一方、トランプの就任演説では民主主義という言葉は一度も使われなかった。また米国が伝統的な価値観として重視してきた人権の尊重などの価値観も演説では登場しなかった。
自らの2期8年を「アメリカの殺伐」と表現され、民主主義の強調も「無視」された格好になったオバマはどのような思いでトランプの演説を聞いていたのだろう。演説直後にトランプはオバマと(握手を交わすのではなく)お互いの肩をたたき合ったが、その際にオバマの表情がこわばっているように筆者には見えた。
「セルフブランディング」を進化させる
前回の記事では、「多彩な表現やレトリックを駆使して、自分が実直な人物であることを印象づけることを狙ってくるだろう」と言及した。実際に、トランプは次のように述べている。「私たちは心を開いて語り合い、意見が合わないことについては率直に議論をし、しかし、つねに団結することを追い求めなければなりません」。
これまで暴言を吐き続けてきたことを、本音、率直、正直ということで正当化しようとしてきたトランプにおいては、やはりこの点は重要だったのだ。人自身が「商品」となるセルフブランディングにおいては、実は最も重要となるのは、その人物の人間観・世界観・歴史観であるとされている。
「赤い血を流す」「根絶」も過激だった
この観点から見ると、トランプは少なくとも反対票を投じた有権者層に対して、セルフブランディングを「後退」させてしまったものと評価されるだろう。それは、トランプが比喩として用いた「アメリカの殺伐」という世界観があまりにもダークで、これは彼自身が持つ世界観であると認識された可能性が高いからである。
トランプは、この表現以外にも、今回、「私たちは同じ愛国者の赤い血を流し」の「血を流す」という表現、「イスラム過激主義を地球から完全に根絶します」の「根絶」の表現が過激過ぎると指摘する向きも米国内では多い。
トランプ自身が今回の演説のなかで「神」に言及したように、米国でも言葉は言霊である。ネガティブなエネルギーをもつ言葉は、自ら企図したこととは異なる結果をもたらすこともあることは教訓にしたい。ただし、筆者は、実際にトランプがこのような黙示録的な世界観をもっている人物とは思っていない。
もっとも、変化を印象づけるメタファー(隠喩)として、過去と未来の大きな対比を演説のなかで描きたかったトランプは、未来におけるビジョンが明快に打ち出せなかったことから、過去をよりダークにすることで大きな対比を描こうと考えたのではないかと思われる。
筆者は、これまでもトランプの重要な言動については、米メディアでどのように報じられているのかを注目してきた。従来は、主要メディアがトランプに批判的な一方で、そのほかのメディアの反応は賛否両論という構図だった。ところが今回の就任演説については、少なくとも極めて高く評価する記事を発見するのは困難だった。
勝利演説では自ら「すべてのアメリカ国民の大統領」(”President for All Americans”)と宣言しながら、その後の政権移行期間中にそのキャスティングを演じ切れなかったツケがここで回ってきた印象である。
「政権移行期間中の次期大統領としての好感度」が40%と、近年の大統領では極めて低評価を受けてきたなかで、米国の大統領就任演説という「晴れ舞台」において、予備選挙期間中にとどめておくべき表現を使わざるを得なかったことに筆者はトランプの余裕のなさを感じた。
トランプにハネムーン期間はない
米国では就任100日間は、新大統領には「紳士協定」として批判を遠慮しておくという慣習がある。もっとも、演説後のメディアでの反応を見ると、「トランプにはこのハネムーン期間は与えられない」とする厳しい意見も少なくない。
米国の議会3大誌の1つである『ロールコール』誌は演説後に、「トランプの就任演説が歴史に残るものになるかどうかはまだわからない。ただ明白なのは、このタイミングが米国の大きなターニングポイントになるということだ」と伝えている。
トランプは、2年後の中間選挙までに、雇用創出や成長率の上昇などの成果を出すしかない状況にさらに追い込まれた。コアな支持層であるほど成果には敏感だろう。トランプ政権が早期に米国内で成果を上げ、そのうえで海外とも価値を共創することにも専念するようになることを期待したい。
トランプ就任演説の注目ポイントはここだ!
田中 道昭 :立教大学ビジネススクール教授 2017年01月19日
政治マーケティングの観点から内容を予想
いよいよ1月20日にドナルド・トランプが米国大統領に就任する。就任演説でエキセントリックな大統領として、大統領選中に繰り返し述べてきた米国第一主義や分断の主張を繰り返すのか。それとも選挙直後の勝利演説の際に、敗北したヒラリー・クリントンに対して労をねぎらう配慮を見せたように、正統派の大統領として歴史に残るような「名演説」を行うのか。今年のみならず、今後のトランプ政権の4年間を占ううえで、大いに注目されるイベントとなる。
トランプの就任演説については、米国で最も代表的な議会誌である『ザ・ヒル』誌が昨年12月27日、「大きな夢をもつことがメインテーマになる」と、トランプ大統領就任式委員会メンバーからのコメントとして伝えている。選挙期間中スピーチライターを務め、政策担当の大統領補佐官としてトランプ政権にも参画することが決まっているスティーブン・ミラーが、今回の草稿も担当するとも報じられている。
さらには、トランプ本人が、今でも世界的にその就任演説が語り継がれているジョン・F・ケネディや、偉大なコミュニケーターとして知られるロナルド・レーガンの就任演説からインスピレーションを得て下書きするとの報道もある。
就任演説は、トランプにとっても極めて重要なものである。「競争性×最上志向×自我」の資質で形成されていると分析されるトランプは、歴史に残るだけではなく、歴代大統領の中でも最高だったと語り継がれるような演説を目指しているのではないか。そこで今回は、トランプ陣営も選挙戦中から活用してきた米国のマーケティング専門領域である、「政治マーケティング」の視点から、就任演説の内容を予想してみたい。
就任演説はなぜ大切なのか
米大統領選における政治マーケティングは、自党候補者と戦う予備選、他党候補者と戦う一般選挙、そして大統領就任後の政権運営期間、の3つに大別される。
1つ目の予備選の最大の目的は、自党の候補としての指名を獲得することだ。この期間においては、1対多数の戦いになるのと同時に、現職大統領との比較が重要となる。実際に共和党候補者のほとんどが、オバマ大統領を厳しく批判したが、これは政治マーケティングにおいては定石的な戦略だったのである。特にトランプはオバマとの間で「強いvs.弱い」という明確な対立軸を有権者に浸透させるのに成功し、この段階から無党派層の注目も集めていた。
また、このタイミングで最も重要なのは、一般選挙でもコア支持層となるような熱烈な支持者層を獲得することだ。トランプの場合、あえて戦略的に「メキシコとの壁」などの過激な「政策」を打ち出すことで支持者開拓を狙ったと、当時の選挙アドバイザーが発言している。正式に出馬表明する前の段階でトランプ陣営は、コア支持層設定や、より効果的な自らのポジショニング設定のための試行錯誤も兼ねて、あえていろいろと過激な発言を繰り返した。それを集会やツイッターなどの反応から分析し、企図して過激発言を行ったとされている。
2つ目のタイミングとなる一般選挙においては、自党の支持者だけでなく、無党派層、さらには他党の支持者からも票を得て、大統領選挙に勝利することが最大の目的となる。このタイミングでは、共和党と民主党の候補者による一騎打ちの戦いとなるため、ライバルとの対立軸を明快に示し、より多くの支持者の心をつかむことが重要である。ただし、この時期に不可欠なのは、ビッグデータ分析などに基づいて、対象とする有権者層の選択と集中を行い、接近戦を勝ち抜く冷徹な政治マーケティングの戦略だ。
今回のトランプ陣営の場合、「現状に怒りや不満を抱くサイレントマジョリティ」の典型例である白人労働者層をメインターゲットに絞ることで、実際には同じような感情を抱いていた共和党地盤である白人層全般、男性層、さらには無党派層が多いとされる中間所得層の取り込みを図ったわけだ。
政権運営が始まったとたん変わること
そして、1月20日に行われる大統領就任式は、政権運営時期における最初のイベントとなる。そこで行われる演説は、政治マーケティング的観点からすると、政策運営マーケティングでの最初の「キャンペーン」という位置づけになる。予備選挙の目的は自党内で指名を受けることであり、一般選挙の目的は大統領選挙での勝利であった。それでは大統領就任後の政権運営における最大の目的は何になるのだろうか。
有権者を主なターゲットとしてきた選挙期間とは大きく異なり、政権運営期間においては、ターゲットとなる利害関係者や対象者がさらに増え、複雑かつ多岐にわたることが特徴だ。国民、政党、議会はもとより、最高裁、官僚組織、圧力団体、ロビイストなどに加えて、外国政府を含む国際政治マーケティングの視点も不可欠となってくる。おもには選挙綱領や選挙公約などが重要となり、支持率や米ギャラップ社の「現職政権期における国の方向性に対する満足度の推移」といった世論調査の結果が、「マーケティングが成功したかどうか=重要業績評価指標(KPI)」となる。
米国の政治マーケティングでは、大統領の支持率に大きな影響を与える要因として、経済状況、内政、外交や安全保障、そして大統領自身のリーダーシップのあり方などが挙げられている。トランプが選挙中に「有権者との契約」として発表した選挙公約や、当選後に発表した就任後100日間計画の内容を上記の要因から分析してみると、経済については雇用創出、内政においては移民政策、外交や安全保障および戦争やテロへの対応については「強いアメリカ」を重視してくるものと予測される。
それではトランプ大統領就任演説の内容を政治マーケティングの視点から予測していこう。ここでは、演説で注目すべき5つのポイントに絞って、それぞれについて解説していく。
1.分断された有権者を「一致団結」させる
米大統領選では共和党と民主党との間で接近戦となることが多いため、就任演説で大統領に求められる最大のミッションは、分断された有権者をいかに国民として一致団結するよう仕向けられるかである。とりわけトランプは選挙戦中、米国の分断をさらに拡大させるような言動を繰り返してきただけに、歴代大統領が試みたミッションに取り組むかは興味深いところだ。
もっともトランプは、選挙戦の重要なタイミングに応じてマーケティングの対象を柔軟に変化させてきた実績がある。就任演説では、大統領として求められる利害関係者すべてを対象に語ることは確実だろう。とはいえ、米国の分断を意図的に行うことを選挙戦略の中核としてきたトランプが、それを成し遂げるのは容易ではない。米国や米国民で誰が利害関係者となり、その利害関係者とどのような対立構造を描くのか――今回の就任演説で最も重要なポイントとなる。
ケネディ以来、米国人が夢見ていることは
2.ビッグで人を鼓舞するような「現実的なビジョン」を示す
就任演説では、自らの政策の詳細を語るのではなく、4年間において米国をどのような国にしていくのかというビジョンを示すことが求められる。ここで重要なのは、できるだけ壮大なビジョンであると同時に、多くの国民が自らも参加したいと思えるよう現実的なものになっているかである。『ザ・ヒル』によれば、トランプの演説では「大きな夢をもつことがメインテーマになる」と伝えられている。
米国政治において重要な概念となっており、トランプが参考にするとされているケネディが引用した”a city on the hill“(丘の上の都市:米国における理想の国家像)を引用し、どのような偉大な国にしていくのか具体的に述べることも期待されている。ビッグかつ現実的なビジョンを提示することは、分断された国民をひとつにするのに効果的な施策とされる。トランプの「大きな夢」とは、はたして何だろうか。
3.重要な利害関係者に「メッセージ」を送る
大統領候補から大統領に変わった瞬間から、その人物には国際政治マーケティングの視点も求められるようになる。同盟国をはじめとする諸外国の協力を得ることが、国内の支持率を左右することになるからだ。歴代の大統領が世界に向けてのメッセージを就任演説に盛り込んだように、トランプにとってもこの点は重要になるはずだ。
ケネディも就任演説の中で、「世界の市民の皆さん、米国があなた方のために何をしてくれるのか問うのではなく、人類の自由のためにわれわれと一緒に何ができるのかを問うてほしい」 と訴え、自由は協力して守られるべきものであることを主張した。トランプはケネディの主張をさらに強力に推し進めて、世界に対してより大きなビジョンを示すとともに、そのビジョンに加わっていくためには、より重い責任や費用を共有していくことが求められることを述べるのではないか。
4.自らが重要視する「価値観」を明確にする
就任演説では国民をひとつにしていくためにも、自らが最も重要だと思う価値観を示すことが求められる。とりわけこのイベントでは、利害関係者に対して「Shared Value(シェアードバリュー=価値観の共有)」を示すことは非常に重要である。トランプは選挙期間中、ライバルとの間で、「強いvs.弱い」「本音・正直vs.偽善」「変化vs.現状維持」といった対立軸を描くのに成功してきた。
したがって、強さ、本音・正直、変化といった価値観は、シェアードバリューとして多用されるキーワードになるだろう。また「有権者との契約」の中などでも多用している法の支配や、法に基づいた公平性を繰り返し強調することで、「正しさ」も重要な決まり文句として打ち出してくるのではないだろうか。
強さや変化、正直さを強調するか
5.「セルフブランディング」を進化させる
トランプの大統領としてのセルフブランディングはすでに明確である。上述のとおり、強い、変化をもたらす、本音・正直などである。もしトランプが自らの就任演説を歴史的なものにしようと考えているのであれば、これまでの暴言とのバランスをとるためにも、演説の中で、honestly(正直に), truthfully(本当のところ), frankly(率直に言って), boldly(大胆に言って), candidly(ありのままに)など、多彩な表現や首句反復・並列・対比・隠喩などのレトリックを駆使して、自分が実直な人物であることを印象づけることを狙ってくるだろう。
こうしたキャラクターを見事に演じ切り、これらの価値観やリーダーとしてのあり方を伝えていくためにも、就任演説では服装から始まって、話し方、ジェスチャー、トーン、リズム、表現に至るまで、強さ・変化・実直さを意識と潜在意識に書き込んでいくことに腐心するはずだ。それを実現するために、就任演説の場面においても、「ファーストドーター」であるイヴァンカを筆頭としたファミリーも大きな役割を演じることになるのではないだろうか。
最後に、トランプは、大統領選挙の結果が判明した直後の勝利演説の最後に、「2年、3年、4年、そして8年の間、国民のみなさんが私たちのために協力したいと言ってくれることを望んでいる」と、すでに事実上の「2期8年宣言」を行っている。トランプが実際に再選を果たすには、政権運営マーケティングにおいて複雑かつ多岐にわたる利害関係者を対象に政治を実行していくことが欠かせない。
就任演説はその後の大統領の行動や成果を評価する大きな指標となる。国際社会をさらに分断するようなエキセントリックな大統領ではなく、歴史に名を残すような正統派の大統領としての就任演説を期待したいものだ。