水害多発列島 避難にもっと注力すべき
怖くなるくらいの大量の雨が広範囲に、長時間にわたって降り続いた西日本豪雨。平成最悪の犠牲者を出し、住民避難が続いているというのに、今度は台風12号の列島直撃だ。
毎年のように激しい豪雨が各地を襲っている。「災害環境は新たなステージに入った」と河田恵昭関西大社会安全研究センター長が警告していた通りだ。
これまで経験したことのない事態に、どう対応するのか。一から現状を見直し、新たなステージに合わせて発想や対策を変える必要があろう。
堤防などハード面の整備を進めるにしても、それに頼って安心するのはかえって危険だ。これからは避難がより重要となる。意識を高め、どう避難に導くか。人命に関わるだけに、もっと注力したい。
気象庁は「大雨特別警報を出す可能性がある」と1日早く予告している。危機感を示す異例の発表だったが、自治体など受け手にどう伝わったか。避難勧告・指示を出す市町の中には混乱も見られた。
平成の大合併で自治体は広域化する一方で、職員は削減されてきた。マンパワーの不足で情報が滞り、広くなった圏域に目が届かないことも少なくない。
もはや一自治体では大規模災害の対応は難しいとの声も出ている。国土交通省の調査によると、インフラ管理や災害対応にあたる技術職員が5人未満の町は6割、村は9割に上る。深刻な事態だ。
内閣府の「水害対応の手引き」には、市町村の実施すべき項目が盛りだくさんだ。一方で、停電や電話不通に加えて「職員が参集できず」「マンパワー不足」といった実態も書かれている。
西日本豪雨では、今春に制度化された「対口(たいこう)支援」の初運用として、被災市町村のパートナー自治体が職員を派遣している。国交省の「緊急災害対策派遣隊(TEC―FORCE)」も活動している。
これらは発災後の活動だが、人命を含めて被害の最小化をはかるには、発災前から支援に乗りだしていいはずだ。規模の小さな市町では、大量の収集・伝達、避難勧告・指示などに追われており、専門的な支援や助言が求められているのでは。
府県、関西広域連合、国などで機動的な支援組織を常設し、市町をふだんからサポートしてはどうか。全国知事会は「防災省」創設を緊急提言し、一元的な復旧・復興だけでなく事前対策を担うことも含めた。
地域に防災行政は十分浸透しているのか。ハザードマップを作成しても、職員の手が足りず住民に説明されない事例も少なくない。
支援組織の専門家が地域に入り、防災・減災を担う人材を育てる必要がある。今回の豪雨では、高齢者のパートナーを事前に決めていて避難できた団地の取り組みなど、参考になる事例も見られる。
いざ、という時では遅い。平素から支援の手も借りて、自らの命を守り、大事な人を守る行動を考え、身に付けておく。この水害多発列島で暮らす上で欠かせないことだ。
[京都新聞 2018年07月29日掲載]
外国人労働拡大 共生へ議論を深めたい
政府が、新たな在留資格の創設による外国人労働者の受け入れ拡大策の検討を始めた。
原則として認めてこなかった単純労働に事実上、門戸を開くもので、高度な専門人材に限っていた受け入れ政策を転換させる。
一定の技能と日本語能力を持つと判断した人に最長5年間の在留を認める方向だ。中小企業や介護、農業など人手不足が深刻な業種での受け入れが想定されている。
少子高齢化に伴う労働力不足が背景にあり、産業界の切迫した要望も踏まえ、安倍晋三首相が関係閣僚会議で指示した。
これまで外国人の受け皿となってきた技能実習制度は、低賃金や給与の不払いなどが社会問題化している。劣悪な労働環境や差別的処遇も見られるが、国は実態調査や検証作業をしていない。
現行制度を維持した上で新資格をつくるなら、国は現行制度の総括を、きちんと行う必要がある。
今回の受け入れ拡大について政府は「移民政策とは異なる」と強調している。確かに新資格の滞在期間は原則5年で帰国を前提とし、家族帯同も認めていない。
しかし専門分野の試験に合格すれば期間が撤廃され、家族帯同も認められる可能性がある。将来的な定住の容認も検討しており、そうなれば移民との境界は一段と曖昧になる。
本当に必要な制度なら、新資格創設が移民とどう違うのか政府は真正面から国民的論議を喚起し、明確に説明すべきだ。
外国人の受け入れには医療や社会保障、教育、治安など社会コストが増える。不況になれば排除するようなことは許されず、外国人労働者自身の人権が守られるよう丁寧な制度設計を求めたい。
気になるのは働く外国人の生活を守る視点が欠けていることだ。
実習制度と同様、家族帯同を認めていないが、5年間も家族と離れて暮らすのは酷な話だ。実習生から新資格へ切り替えた場合、10年間は別居生活を強いられる。人道上も問題だ。
日本で働く外国人労働者は過去最多の約128万人に上る。新資格は来年4月に運用を始める予定で、数十万人規模の受け入れが見込まれる。
日本社会はもはや外国人の支えなしに成り立たない状況となっている。現実を見据え、働く外国人が地域に溶け込める共生社会の構築を急がねばならない。
外国人労働者の受け入れ拡大は国の在り方を問う政策転換だけに冷静に議論を深めたい。
[京都新聞 2018年07月28日掲載]
相模原事件2年 社会に潜む差別を絶て |
相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が犠牲になった殺傷事件から2年がたった。 [京都新聞 2018年07月28日掲載] |
オウム死刑執行 懸念される事件の風化
地下鉄、松本両サリン事件などオウム真理教による事件に関わったとして、殺人などの罪に問われ、死刑が確定した教団元幹部ら6人の刑が執行された。
松本智津夫元死刑囚(教祖名・麻原彰晃)を含む7人の刑は今月6日に執行されており、教団による一連の事件で死刑が確定した13人全員の執行が終わった。
事件は世界を震撼(しんかん)させた。判決で認定された死者は計27人。起訴後の死亡者などを含めた犠牲者は29人に上り、国は6500人以上の被害者を確認している。
だが、教団が数々の凶行に手を染めた背景が、裁判で完全に明らかになったとは言い難い。死刑執行によって、教団幹部たちが真相を語る機会は永久に失われたことになる。
武装化し、テロまで企てた教団に、医師などのエリートを含め多くの若者が身を投じたのはなぜなのか。
謎や疑問が解消されないまま、適切な再発防止策を確立することは困難だろう。
地下鉄サリン事件で夫を亡くした高橋シズヱさんは「執行はされても、後遺症を抱える人や遺族の被害は続いている」と語った。
多大な犠牲を払って得た教訓を、次の世代へ継承しなくてはならない。だが、教訓と言えるはっきりしたものがつかめたといえるだろうか。
国には今後、服役している元信者の証言を得るなどして、検証に取り組んでほしい。これで終わりとすれば、事件は風化する一方にならないか心配だ。
国際的に死刑廃止の流れがある中、短期間に13人もの死刑を執行したのは極めて異例である。今回の執行を節目に、死刑存廃の議論の行方も注目される。
法務省は死刑制度を存続させる根拠に国民世論の支持や、被害者、遺族の思いを掲げている。今回の執行は未曽有の事件に強い姿勢を示したといえる。
だが、先進国には世論の支持にもかかわらず廃止した国もある。
6日の執行は各国や人権団体が批判し、欧州連合(EU)などが「死刑廃止を視野に入れた執行停止の導入を(日本に)呼び掛ける」とする声明を出した。批判をどう受け止めたのだろう。
死刑制度を巡る情報が十分開示されていないことも問題だ。制度の賛否とは違う次元の問題として、国民一人一人が制度に向き合い、議論を深める時期に来ているのではないか。
[京都新聞 2018年07月27日掲載]
情報公開漏洩 総務相の甘い問題意識
情報公開制度の根幹を揺るがす深刻な問題だ。
野田聖子総務相に関する情報公開請求を朝日新聞が金融庁に対して行ったところ、金融庁は開示決定前に開示請求の内容や請求者の所属を野田氏に伝えていた。
野田氏はこの事実を複数の記者との懇親会で話題にもしていた。
情報公開制度は、行政機関の運営を市民が検証するために欠かせない制度だ。請求者や請求内容が漏れることがあれば、請求することへの萎縮を招きかねない。
2016年に、富山市などの議会事務局が、市会議員の政務活動費に関する情報公開の請求者を議員に漏らしていたことが明らかになり、総務省は全国の自治体に注意を促した。
しかし今回、野田氏は「特段の問題意識を持つことなく話題にした」と述べている。制度を所管する大臣としての自覚のなさに驚くほかない。責任は重大だ。
野田氏の責任はこの問題の発端についても問われよう。
朝日新聞が金融庁に対して行った情報公開請求は、野田氏の事務所と同庁の担当者の面会記録についてだった。
面会は野田氏の事務所で行われた。金融庁から無登録営業の疑いで調査を受けていた仮想通貨関連会社の関係者も同席し、金融庁の担当者に仮想通貨の販売規制について説明をさせていた。
野田氏は、関係者を自身の友人と認めたうえで、「金融庁への圧力には当たらない」と説明している。しかし、なぜ現職閣僚の秘書が同席しなければならないのか。口利きとも受け取られかねない、極めて不自然な経緯だ。
圧力になったからこそ、金融庁の担当者は総務省に情報開示決定書などを渡したのではないか。
安倍晋三政権下で官僚が力のある政治家に忖度(そんたく)して行動する問題が森友・加計問題を通じて浮かび上がったが、同じ構図が透けて見える。
菅義偉官房長官は金融庁の対応を不適切と批判し、金融庁は職員の処分を検討している。政治家の責任を問わず、官僚の処分で済ますとしたら、森友・加計問題と共通する。
金融庁は「開示請求があったことを伝えることは問題がない」としているが、これも情報公開制度をゆがめかねない認識だ。
野田氏は自民党総裁選への立候補を公言してきたが、このままでは安倍首相との違いを打ち出せないのではないか。
[京都新聞 2018年07月27日掲載]
岸田氏不出馬 政策論争が減り残念だ
自民党総裁選は事実上、次の首相を決めるものである。
党関係者でなくとも、名乗りを上げる人や、その政策について知りたいのは当然で、多くの国民は、総裁がどのような過程を経て選ばれるのか、よく見ている。
そんな総裁選に立候補しない意向を、党政調会長の岸田文雄氏が表明した。
9月に予定される今回は、安倍晋三首相の総裁任期満了に伴うものである。3年前の前回は無投票で、政策論争がなかっただけに、岸田氏の不出馬は残念だ。
会見でその理由を、西日本豪雨への対応や北朝鮮問題などに、首相を中心に取り組むことが重要だ、と説明した。
だが、立候補も想定して今年4月にまとめた自分の派閥の政策骨子には「持続可能な経済、財政、社会保障の実現」「平和憲法、日米同盟、自衛隊を3本柱とする外交を推進」などを挙げていた。
これらについて、総裁選で安倍氏らと議論するのは、党や日本の将来にとって有意義なはずだ。
不出馬を決断したのは、次の総裁に誰がふさわしいかを聞く直近の共同通信世論調査で、27・3%だった安倍氏に大差をつけられ、わずか4%にとどまるなど、支持を広げられなかったため、とみられる。当選か、せめて次点に入って将来につながる道筋を、見いだせなかったといえよう。
確かに、大敗を喫すれば総裁候補ですらなくなるだろうが、次のチャンスが必ず巡ってくるとは限らないことも、踏まえておかねばなるまい。
総裁選は、岸田氏が出馬せず、立候補に意欲を示す野田聖子総務相が、必要な推薦人の確保に努める状況とあって、安倍氏と石破茂元幹事長の一騎打ちとなる可能性が高まっている。
安倍氏は、岸田氏が不出馬表明と同時に、派閥で結束して安倍氏を支持する方針を示したため、国会議員票の約6割を押さえたとされている。
先の世論調査では、党支持層の5割近くが、総裁にふさわしいとしており、党員・党友による地方票でも優位に立っている。
地方票頼みの石破氏は全国行脚を続けるが、これでは、総裁選が始まる前から安倍氏の3選が確実な情勢ではないか。
結果として、派閥の合従連衡によって次期総裁を決めるかたちになれば、国民は冷めた目を向けるだろう。党にとっても好ましくない、と思うのだが。
[京都新聞 2018年07月26日掲載]
虐待緊急対策 総掛かりで悲劇防ごう
痛ましい悲劇を繰り返してはならない。総掛かりで早急に取り組む必要がある。
東京都目黒区で両親から虐待されていた船戸結愛ちゃん=当時(5)=が亡くなった事件を受けて、政府は児童虐待防止の緊急対策をまとめた。
対策の柱は、児童相談所(児相)で働く児童福祉司の約2千人増員だ。今の約3200人が2022年度までに1・6倍の5200人になる。
児相のマンパワーは慢性的に足りず、現場は疲弊している。人材確保は簡単ではないが、絵に描いた餅にならないように児相の体制を強化したい。
児童虐待の通告件数は年々増えており、最近は事案内容も複雑化している。ただ、児童福祉司が多様な事例に対して的確に判断できるようになるには5年以上の実務経験が必要といわれる。
16年の児相強化プランで増員策が打ち出されたこともあり、現場では勤務3年未満の職員が全体の4割を占めるという。今回の約2千人増員で経験の浅い職員はさらに増える見込みだ。
人材の早期育成や組織力向上が問われる。そのために研修内容を工夫し、実践的な対応力を強めることが必要だ。
今回の事件では家族が転居した際に、児相間で情報が共有されなかった。反省を踏まえ、緊急性が高い事案の場合は児相の職員同士の対面引き継ぎを原則にした。
家庭訪問で保護者が面会を拒否した場合も「原則48時間以内に安全確認する」との指針に加え、確認できない場合は立ち入り調査を実施し、警察と情報共有を進めることをルール化した。
警察への情報提供については「親族が情報共有を嫌がり、通報が減る」など慎重な意見もあるが、増え続ける児童虐待に児相だけで対応するには限界がある。
保育や教育行政など市区町村との役割分担が必要だ。警察との連携強化やコミュニケーションも求められる。
各市町村にある子育て世代包括支援センターや児童養護施設、NPOなどの民間団体は家族に関するさまざまな情報を持つ。連携を強めれば児相の負担も減らせる。重層的な地域ぐるみのセーフティーネットの構築を急ぐべきだ。
児童虐待対策に即効薬はない。対症療法的かもしれないが、国や自治体は必要と思われることは全てやってほしい。尊い命を失ってから対策に乗りだすようなことはもう終わりにしたい。
[京都新聞 2018年07月26日掲載]
記録的猛暑 「災害」レベルの対応を
災害と認識している-。気象庁の異例の警告と言ってもよいだろう。このところの猛暑である。
23日に埼玉県熊谷市で国内最高の41・1度を観測した。
7月中旬(11~20日)の平均気温は平年に比べ、関東甲信で4・1度、近畿で3・4度高くなっている。統計を取り始めた1961年以降では最も暑い10日間だ。
記録更新はこれだけではない。
総務省消防庁によると、16~22日の1週間に熱中症による全国の救急搬送者は約2万2千人にのぼり、集計を始めた2008年以降では最多となった。このうち死亡したのは65人で、昨年(5~9月)の48人を1週間で上回った。
気が重くなるのは、この暑さがさらに続きそうなことだ。気象庁は「命の危険がある暑さ」と言っている。厳重な警戒が必要だ。
日常生活にも影響が出ている。観測史上初の40度超えした東京都内では、夏休みに小学校の屋外プールの使用中止を決めた自治体もある。高温の中での運動と、登下校の安全を考えたという。
工場の従業員に氷やスポーツ飲料を支給したり、猛暑を理由にした在宅勤務を認める企業もある。
京都では祇園祭の花傘巡行が暑さを考慮して取りやめになり、高校野球の地区大会も気温のピーク時を避け、試合開始を遅らせた。
もはや異常事態である。当たり前と思っている習慣も状況に応じて見直し、体調を崩す人が出ないよう万全の配慮をしてほしい。
この猛暑は、日本上空に太平洋高気圧とチベット高気圧が居座って雲ができにくく、直射日光が地表を熱しているためという。
異常な高温が続いているのは日本だけではない。7月に入り、米国カリフォルニア州で52度、ロサンゼルス郊外で48・9度に達したほか、アルジェリアのサハラ砂漠では51・3度を観測した。
北欧の北極圏でも30度超えを記録し、スウェーデンでは約50カ所で森林火災が報じられている。
世界気象機関(WMO)は、個別の異常気象がすべて気候変動の結果とはいえないとしながらも「温室効果ガスの濃度上昇による長期的な傾向に合致している」と述べている。だとすれば、夏の猛暑はこれからも続く可能性がある。
暑さ対策を念頭に、まちづくりを見直す時期ではないか。特に市街地では、路面温度を抑制する舗装や、日差しを和らげる街路樹を大幅に増やしてはどうだろう。
猛暑を「災害」と言うなら、地震や台風に準じた備えが必要だ。
[京都新聞 2018年07月25日掲載]
公文書管理 弥縫策では再発防げぬ
森友学園を巡る財務省の決裁文書改ざんなどを受け、政府は公文書管理の在り方を見直す再発防止策をまとめた。
決裁済み文書の事後修正を認めず、改ざんに懲戒免職などの厳しい措置で臨む方針を打ち出した。一定の効果が見込めるとはいえ、弥縫(びほう)策との印象は否めない。安倍晋三政権は一連の不祥事の幕引きを図りたいのだろうが、これでは抑止効果に疑問符が付く。
公文書に関わる不正の監視強化のため、内閣府の独立公文書管理監の権限を拡大し、各府省庁にも公文書監理官室を置く。ただ特定秘密を扱う管理監が一般文書の不正監視も兼ねる形では片手間となりはしないか。
さらに公文書担当幹部らへの研修を今夏から実施し、公文書管理への取り組み状況を人事評価にも反映する。変更履歴が残る電子決裁への移行も加速させる。
公文書管理の適正化で国民の信頼回復を図るというが、外部のチェックが入らない仕組みでは効果を疑問視せざるを得ない。
加えて公文書の定義を広げる公文書管理法改正に踏み込まなかった。各府省庁とも保存や公開の対象になる行政文書の範囲を狭く捉える傾向が強い。メールの扱いも含め、恣意(しい)的な運用ができないように制度を改めるべきだ。
刑事罰の導入を見送っては官僚らの責任が曖昧になりかねない。財務省の改ざんでは大阪地検が関与した官僚らを不起訴としたが、改ざん文書により国会を冒瀆(ぼうとく)した悪質な行為は許されまい。刑事罰新設の議論を求めたい。
2011年に施行された公文書管理法は、公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置付け、適正な管理・保存を求めてきた。
公文書は政策決定や歴史的事実の記録であり、国民全員のものでもある。適正に管理、保存、公開されてこそ、国民が権力の行使をチェックできる。だが財務省による国有地売却交渉記録の改ざんばかりか、獣医学部新設に関する政府の内部文書発覚や自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)といった公文書管理のずさんさが露呈する不祥事が相次いだ。
不都合な文書は極力隠し、廃棄した方が無難という考えは国民への裏切りである。一連の不祥事の背景には政権への忖度(そんたく)があったことも否めず、それを招いた政治家の責任は重い。政府は民主主義の根幹を揺るがす重大事と受け止め、専門家の知恵も借りて抜本的な公文管理改革を急ぐべきだ。
[京都新聞 2018年07月25日掲載]
G20閉幕 摩擦回避へなお努力を
アルゼンチンで開かれていた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が閉幕した。
共同声明は「世界の経済成長の下振れリスクが増している」とし、激化する貿易摩擦を世界経済の脅威と位置づけた。
米国への名指しこそなかったが、トランプ大統領の強硬な姿勢に危機感を表した。
だが報復の連鎖をどう食い止めるのか、具体策には踏み込めなかった。世界経済の失速を避けるため「対話と行動」を強める必要があると表明するにとどまった。
米国が中国に制裁関税を発動し、中国が報復関税を始めて以降、初の会議だった。G20の協調が問われたが、米政権との溝が埋まらなかったのは残念だ。
さらに自動車の輸入制限へ踏み込もうとする米国に、折れる気配はない。声明が緊張緩和につながるかどうか、実効性は不透明と言わざるをえないだろう。
むしろG20の形骸化を改めて印象づける形となった。議長を務めたアルゼンチンのドゥホブネ財務相は「貿易紛争を解決する場は2国間交渉や世界貿易機関(WTO)だ」と議論の限界を認め、当事者同士の協議に委ねた。
G20は先進国だけでは対処が難しい課題が増えたため、新興国に連携を広げようと発足した。
リーマン・ショックの起きた2008年に世界経済を議論する主要な会合と位置づけられ、大胆な政策協調による処方箋を作り上げてきた。
だが、多様な国が集まるため利害対立を常に抱えてきた。「自国第一主義」を掲げるトランプ大統領の登場で、協調体制が一段と力を失ったことは明らかだ。
とはいえ、世界経済の混乱を少しでも抑制する努力は続けなくてはならない。危機感の共有を足がかりとしてほしい。
世界経済は堅調だが、不安も潜む。今回の声明では、金融環境の変化で新興国からの資本流出を招く恐れにも警鐘を鳴らし、貿易や投資が成長に果たす役割を改めて強調した。
来年はG20財務相・中央銀行総裁会議が始まって20年になる。日本が議長国を務め、6月に大阪で首脳会議がある。
それまでには米国の中間選挙や英国の欧州連合(EU)からの離脱交渉などが終わり、新たな状況を迎えることも予想される。
今回先送りとなった課題の解決に向け、実のある対話をいかに再構築するか。日本の真摯(しんし)な取り組みが求められる。
[京都新聞 2018年07月24日掲載]
五輪まで2年 暑さ対策も重要課題だ
2020年の東京五輪開幕まで24日であと2年となった。
史上最多の33競技、339種目の競技スケジュールや入場券販売の概要が固まった。聖火リレーは全国を回ることになり、五輪への機運が高まりそうだ。
開催国の責務として万全の準備をしっかりと前に進めたい。
いま最も気掛かりなのは、予想される酷暑への対策だ。
マラソンはスタートが当初計画の午前7時半から7時に前倒しされた。競歩やゴルフ、トライアスロンなど屋外競技の多くで開始時間を早めたことは現実的な対応といえるだろう。
マラソンのコースは特殊な舗装をし、路面温度の上昇を抑える方針という。木陰を増やす街路樹の整備や送風機などで涼める場所を増やしていく。会場や周辺の熱中症対策を強化してほしい。
一定の気温を超えた場合の対応についても、専門家を交えて議論し「安心、安全な五輪」運営へ方策を探ってはどうか。
競技スケジュールでは、決勝の時間帯を巡って協議中だった競泳が午前に実施する方針となった。
競泳は予選や準決勝を伴う競技であり、主要な国際大会は「体が動き、記録も出やすい」との理由で夕方以降に決勝を行うのが通例だった。選手の負担の大きさから、午前の決勝実施は国際水泳連盟も反対していた。
午前の決勝は巨額の放映権料を払う米国のテレビ局が北米でのゴールデンタイムの放送に合わせて希望していた。08年の北京五輪でも午前に決勝が実施された。
米国の視聴者を優先し、「選手第一」の理念を置き去りにするのは主客転倒ではないか。選手の能力を最大限に引き出す大会であることも考慮してほしい。
東京五輪では国内外から1千万人以上が集まり、交通混雑も見込まれている。選手と観客の輸送対策は急務だ。
祝日を移動させ、開会式前後は4連休に、閉会式前後は3連休となる。だが交通量抑制へさらに努力が要る。大会に合わせた夏休みの取得、時差出勤、自宅で働くテレワークの推進、物流の抑制など官民挙げて知恵を絞りたい。
開幕まで残された時間は長くない。会場警備やボランティア配備など他にも課題が山積しており、解決を急がねばならない。東京都、大会組織委員会、国など関係機関はこれまで以上に連携を密にし、スピード感をもって具体的な準備を加速させてほしい。
[京都新聞 2018年07月24日掲載]
豪雨から2週間 住まいの確保に全力を
西日本の広い範囲で大雨特別警報が出されてから2週間が過ぎた。死者は全国14府県で220人を超え、行方不明者の捜索は現在も続いている。
猛暑の中、各地で浸水被害を受けた住宅の後片付けが進められている。それと同時に、被災者の当面の住宅確保と再建の深刻さが浮かび上がっている。
洪水や土砂崩れなどの被害を受けた家屋は3万4000棟を超え、全壊や半壊は5千以上に上るとみられている。
広島県や岡山県では、行政が民間の賃貸住宅を借り上げて被災者に提供する「みなし仮設住宅」の受け付けが始まった。住宅が全半壊し自力で住居を確保できない人が対象で、家賃は無料になる。
問題は、物件が被災地やその周辺には少ないことだ。広島県や岡山県は約3千戸を用意した。しかし多くは都市部にある。
「みなし仮設のアパートに入れば、子どもが転校を迫られる」「遠くから家の復旧に通うのは厳しい」「借り上げだけでなく、仮設住宅も造ってほしい」-。被災地ではこうした要望が聞かれる。
今回の豪雨災害では、大量の土砂が流れ込んで埋まった家屋も多い。国はこれらの家屋が全半壊と判定されなくても、自治体独自の判断で仮設住宅に入居できるとの判断を示した。被災者のすまい確保では、こうした行政の柔軟な対応が重要だ。
避難所での生活が長引きそうな被災者のケアも重要だ。現在、約4600人が避難所で過ごしている。酷暑の中、体調不良を訴える人は多い。衛生面やプラバシー確保でさらなる対策が欠かせない。
避難所ではなく、親戚や知人の家、車の中や被災した自宅で過ごしている人も少なくない。ペットがいる、心や体の障害が気になる、などが理由で避難所に身を寄せられないという。
災害弱者の対応は、過去の災害でも重要な課題になってきた。行政は、専門的な知見を持つNPOなどとともに取り組んでほしい。
住宅を再建する被災者には、被災者生活再建支援法が適用される。水害で全壊の場合は最大300万円の公費が支給される。
だが、床上1メートル未満の浸水などは半壊となり支援の対象外だ。今回、被災地では大人の腰付近まで土砂に埋まった家屋が目立つ。長時間浸水した家も多い。外見は半壊でも建て直しが必要となろう。法改正でなくても、制度の運用で支援を広げられないだろうか。
[京都新聞 2018年07月23日掲載]
事業承継 京滋の中小企業を守れ
経営者の高齢化や後継者難により、廃業に追い込まれる中小・零細企業が増えている。
国の集計(2015年度)によると、廃業率で滋賀県が全国ワースト1位(4・9%)、京都府が同2位(4・6%)と連なって全国平均(3・8%)を上回り、特に深刻だ。廃業で優良な技術や雇用が失われると、京滋の経済基盤を弱めてしまう。円滑な事業承継は喫緊の課題といえる。
政府は本年度の税制改正で経営権譲渡や株式移転を後押しする仕組みを導入した。この機を捉え、京滋の行政や経済団体、地域金融機関は連携を強め、承継先の仲介や後継者育成、経営相談などに一層注力してもらいたい。
国の試算では、70歳以上の中小企業経営者は全国約245万人で、半数は後継者が未定だ。放置すると、廃業の急増で約650万人の雇用と22兆円のGDP(国内総生産)が失われる恐れがある。
京都府内でも昨年度の休廃業企業は447件(民間調べ)。業種では建設、サービス、小売、製造などが多く、倒産件数(269件)を大きく上回った。
国の全国調査で休廃業企業の5割近くは経常黒字といい、後継者さえ見つかれば企業を存続できた可能性は高い。そこで国は税制改正により、事業承継に伴う相続税や贈与税の負担を軽くし、株式売却の時点で株価を評価し、税を減免する制度なども設けた。
連動して京滋の経済団体や行政も動く。滋賀では6月、県や経済団体、公認会計士など44団体が「事業承継ネットワーク」を立ち上げた。廃業率ワースト1の返上へ、経営者への聞き取りや承継計画作りの支援を進める。
京都商工会議所が2年前に開設した府事業引継ぎ支援センターでは、昨年度の相談件数が初年度と比べて倍増した。本年度はM&A(企業の合併・買収)を手掛ける民間機関と連携を強めるという。
後継者が親族や社内にいない場合、M&Aは承継の有効な手段だが、相手先企業がすぐに見つかるとは限らない。経営者は将来を見越し、早めに決断、行動することが欠かせない。そうした意識を高める経営者への啓発も重要になる。
経験やスキルの豊富な大手企業出身者をトップに迎え、世代交代に成功した企業もある。企業同士の仲介だけでなく、経営者の人材登録のような仕組みも有効だろう。京滋などで府県を超えた情報の共有も考えられないか。慣例にとらわれず、手を尽くしたい。
[京都新聞 2018年07月23日掲載]
国会閉会 立法府の存在意義再考を
1月から始まった通常国会の会期が、きょうで終了する。
いったい、国会は言論の府なのか。そんな思いを抱かせるような光景が繰り返された。
国民の関心が高かった森友・加計疑惑の解明は、真相に迫れないまま時間切れとなった。だが、釈明の答弁に立った関係者の不誠実な態度にうんざりさせられた人は少なくなかろう。
とりわけ、過去の発言を覆すような文書や証言が次々に出ても、はぐらかしや言い逃れで審議時間を食いつぶした政治家たちの答弁にはため息が出た。
問いに対しては誠実に答える-。私たちが当たり前としてきた対話の基本すら放棄したかのような姿勢は、権力を握る者の傲慢(ごうまん)さを印象づけた。
与党の国会運営も強引さが目立った。働き方改革、カジノ、参院定数6増などの重要法案が詰め切れない多くの論点を残して成立した。委員会で採決を強行して数の力で押し切る「いつもの手法」だったといえる。
国会は議論の場ではなく、単なる追認機関にすぎなくなっている。そんな様相がますます色濃くなってきた。政治不信を通り越し、立法府の存在意義が問われる事態である。
今国会で象徴的だったのは、安倍晋三首相と枝野幸男立憲民主党代表が党首討論について、ともに「歴史的使命は終わった」と語ったことだ。
党首討論は、首相の権限強化など政治主導を確立する改革の一環で導入された。いまの「安倍1強」も、その改革の一つの帰結といえる。両氏が現在の党首討論の役割を否定的にとらえたことは、「1強」の下での党首討論が形骸化しているのを認めたようなものではないか。
森友・加計疑惑も、強すぎる首相とその周辺者の威を借りたりおもねろうとしたりした民間人や官僚の存在が背景にあったと思われる。財務省の文書改ざんや自衛隊の日報問題も同根だろう。
突出した権限を持つ首相の存在は与党内の異論を封じ込め、弱体化した野党との実力差を拡大させる。その結果、内閣に対する国会の監視機能が働かなくなり、立法府が行政府に従属するかのような状況を招いた。
ただ、与野党から立法府の仕組みを見直す動きも出てきた。
自民党の小泉進次郎衆院議員ら若手有志がまとめた提言は、首相主導の重要性を認めつつ、行政を巡る疑惑解明のための特別調査会の設置や国政調査権発動を支援するスタッフの大幅増員を求めた。森友・加計疑惑が念頭にあるのは明らかだ。
枝野氏率いる立民は、与党が法案の事前審査を行っているため国会審議での修正が難しく、数の力で原案を可決させることが多いとして、事前審査制度を改めて柔軟に修正できる環境を整えるよう与党に求めた。
こうした動きは抜本的改革とは言い難いが、首相の権限強化に比べて遅れていた国会の機能充実への一歩にはなろう。与野党全体で機運を共有し、実りある改革につなげてほしい。
権力を握る者の説明責任も重要だ。森友・加計疑惑の解明は今後も続けられねばならない。
[京都新聞 2018年07月22日掲載]