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トランプ新大統領誕生!

就任演説全文(英語)

京都新聞 社説 2018年05月25日 05月12日

2018-06-18 23:17:04 | 日記
アメフット会見  責任逃れでなく説明を

 アメリカンフットボールの悪質な反則問題で、関西学院大の選手を負傷させた日本大の選手と、内田正人前監督らが相次いで記者会見した。
 会見で双方の主張は食い違いをみせ、真相究明は混迷の度合いを増している。大学として今回の問題をどう受け止めるのか、日大の姿勢が問われる。
 焦点となっている危険なタックルについて、会見した20歳の選手は前監督とコーチの指示に従ったと説明した。
 「相手をつぶせ」などの指示を「けがをさせろ」と解釈したという。「やらないという選択肢はなかった」と追い込まれた心情について生々しく語った。
 これに対し、選手会見の翌日夜に緊急会見を開いた前監督は、タックルは「私からの指示ではない」と否定。プレーは「予想できなかった」と責任転嫁のような発言に終始した。
 すでに試合から2週間以上が経過し、責任者による説明が遅すぎた。その上、選手の発言を否定するために急きょ会見を開いたかのような大学側の対応には、首をかしげざるをえない。
 問われているのは、なぜこんなプレーが行われたか、ということである。選手を追い込んだのは一体何だったのか。
 選手は「やる気が足りない」と実戦練習から外され、「つぶせば(試合に)出してやる」とコーチを通じ伝えられたという。指導の在り方は妥当だったのか。
 前監督が語るべきは、そうした根本のことであり、「指示があった」「なかった」というだけの話ではないはずだ。
 少子化の影響で学生の確保が多くの大学の課題となっている。スポーツが大学の広告塔となり、本来の在り方をゆがめているとの指摘は以前からある。
 問題がさらに深刻化し、過剰な勝利至上主義を招いている可能性がある。アメフット以外にも有力部を抱える日大は真剣に向き合い、再発防止に取り組むべきだ。
 折しも、スポーツ庁は全米大学体育協会(NCAA)を参考にした統括組織「日本版NCAA(仮称)」を来春創設する方針だ。
 そこでは安全対策などにも取り組むとしているが、「ビジネス化」の側面が強く、さらなるゆがみをもたらさないか心配だ。
 大学スポーツは教育の一環で、選手のためのものでなくてはならない。今回の事案を、あるべき姿を取り戻すきっかけにしたい。

[京都新聞 2018年05月25日掲載]


イタリア新政権  欧州揺るがす火種、また

 2カ月半続いた政治空白が解消されるとはいえ、欧州統合を揺るがすポピュリズム(大衆迎合主義)の再燃を危ぶまざるを得ない。
 3月の総選挙でどの勢力も過半数に達しなかったイタリアで、新興組織「五つ星運動」と右派政党「同盟」の連立協議がまとまり、政権発足へ新首相が指名された。
 五つ星運動は反エリート、同盟は反移民を掲げ、総選挙で躍進した。政策的な隔たりは決して小さくないが、欧州連合(EU)に懐疑的な点では共通している。既存体制への国民の不満を取り込み、ポピュリズム色の濃い政権となる可能性が高い。
 欧州では昨年3月のオランダ下院選、5月のフランス大統領選でポピュリスト政党が敗北し、その旋風は弱まるかとみられていた。
 ところがイタリア総選挙に続いて、今年4月のハンガリーの議会選で反移民を掲げるオルバン首相の右派与党が圧勝。立場の近い東欧諸国の政権や、各国の極右政党が再び勢いづく流れにある。
 グローバル化の恩恵が一部の大国に偏り、自分たちは低成長や移民・難民問題を甘受している-との意識は、東欧だけでなくイタリアでも広がる。ユーロ圏3位の経済国とはいえ、ドイツなどとの格差拡大が、人々の反EU感情の根底にあるようだ。
 成長を求めるのなら、経済の構造改革へ思い切った踏み込みが必要になる。だが両党が連立協議で合意したのは、不法移民の取り締まり強化のほか、貧困層への最低所得保障、富裕層の減税といった財源の不透明なばらまき策だ。
 課題を直視しない、同床異夢の連立という印象が否めない。新首相に政治手腕の未知数な法学者のコンテ氏を推したのも、当面の対立回避のための妥協策だろう。
 無責任な公約、その公約が実現しないことによる政治混乱、さらなる大衆迎合-の悪循環に陥らないか気掛かりだ。排外的、保護主義的な世論の行方は、日本にとっても重大な関心事である。
 東・中欧の国々と違い、イタリアはEUの前身、欧州共同体(EC)の原加盟国であり、本来なら独仏とともに欧州の統合深化をけん引する役割が期待される国だ。その国が反EUに傾けば、英離脱で結束の揺らいでいるEUをさらに不安定化させかねない。
 幸い、五つ星運動は現実路線を模索する動きもみせている。一方のEUにも、イタリアに緊縮財政を厳しく迫るばかりでなく、柔軟な対応が求められよう。

[京都新聞 2018年05月25日掲載]


森友交渉記録  疑問の解明これからだ

 「廃棄した」と国会で説明したはずの記録が大量にあった。国民に対する重大な背信行為である。
 大阪府豊中市の国有地売却を巡り、財務省が森友学園との交渉記録を国会に提出した。未公表の改ざん前決裁文書も公表した。
 国有地を不当に値下げして売却したのではないか、という野党の追及に対し、当時、理財局長を務めていた佐川宣寿前国税庁長官は、一切の記録が残っていないと繰り返し述べていた。
 ところが今回、計約3900ページもの文書が出てきた。
 佐川氏は「メールのやりとりや面会記録なども残っていない」と念押ししていたが、虚偽答弁だったことになる。
 財務省は月内にも改ざんの経緯の検証報告を公表し、幹部を処分する方針だが、これで問題の幕引きを図るのは無理がある。
 むしろ、課題がようやく出そろった状況ではないか。
 明らかになった記録を国会で検証する必要がある。大幅値引きの背景に、首相夫妻の関与や官僚の忖度(そんたく)があったのではないか。佐川氏はなぜうそをついたのか。疑問は何一つ解明されていない。
 交渉記録には、森友学園の籠池泰典前理事長が安倍昭恵首相夫人を通じた国有地の貸付料減額を要望し、当時の夫人付職員が2回にわたって財務省に問い合わせた内容も含まれていた。
 職員は「(籠池氏から)優遇を受けられないかと総理夫人に照会があり、当方から問い合わせした」などと電話していた。
 改ざん前の決裁文書には「本省相談メモ」とされる資料があり、昭恵氏が森友学園側に「いい土地ですから、前に進めてください」と発言したとの記録もあった。
 昭恵氏側による「口利き」と受け止められても仕方がないのではないか。
 安倍首相は改ざん直前の昨年2月17日に国会で「私や妻が関係していたならば、首相も国会議員も辞める」と発言していた。首相は今後、どう説明するのだろうか。
 公表記録は財務省職員の手控えで、正式文書は佐川氏の答弁に合わせ破棄されたという。
 佐川氏は理財局長当時、「法令に基づき破棄した」と述べていたが、実際は組織的な隠蔽(いんぺい)が行われていたといえる。公文書管理のあり方も見直しが急務だ。
 佐川氏は大阪地検に告発されたが、立件見送りが伝えられる。真相を究明できるのは、もはや国会しかない。

[京都新聞 2018年05月24日掲載]


日報問題で処分  現場のミスで済まない

 陸上自衛隊イラク派遣部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題で、防衛省が経緯の調査結果を国会に報告し、関係職員17人を処分した。
 担当者が防衛相の指示や情報公開への認識を欠いていたことが問題で、組織的隠蔽はなかったと結論づけた。「現場のミス」で決着させようとの意図が読み取れる。
 真相解明には不十分な内容で、処分も形式的にみえる。再発防止につながるとも思えない。これで問題を終結させてはならない。
 日報が陸自研究本部(現・教育訓練研究本部)で見つかったのは昨年3月27日、小野寺五典防衛相への報告は今年3月31日だ。約1年間も組織内に隠されていた。
 発見から3日後、同本部にあった情報公開請求の問い合わせに、日報はないと回答していた。
 調査結果では、日報の存在は同本部の幹部数人が把握していたが、稲田朋美防衛相(当時)へ報告の必要性はないと認識していたという。当時は、南スーダン平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報問題を巡って稲田氏が国会で追及の矢面に立っていた時期だ。危機意識が欠けていたという以上に、なぜ報告不要と判断したのか、疑問が残る。
 同本部が陸幕に日報の存在を報告したのは、発見から約9カ月たった今年1月12日、陸幕から統合幕僚監部に伝えられたのは2月27日だった。小野寺防衛相に知らされたのはさらに1カ月後だ。
 重要な報告を速やかに省全体で共有しなかった理由は分かりにくい。組織的隠蔽ではないと言い切る根拠も不明だ。
 関係者の意思決定や情報の伝達過程などを精査し、具体的な改善策につなげていく必要がある。その役割を担う国会の責任は重い。
 ただ、日報の隠蔽というシビリアンコントロール(文民統制)を揺るがす事態を招いたことは、政治の機能不全も浮き彫りにした。
 昨年2月、稲田氏は同省がいったん不存在とした日報について再捜索を指示したが、統合幕僚監部の背広組トップに「本当にないのか」とただしただけだったという。
 今年4月には幹部自衛官が「国益を損なう」との暴言を野党議員に浴びせたが、小野寺防衛相は当初かばうような発言をし、懲戒処分にもしなかった。
 こうした組織統制の甘さが、一連の隠蔽問題の背景にあるとも指摘されている。
 実力組織である自衛隊をしっかり統率する責任を、政治の側はあらためて自覚してほしい。

[京都新聞 2018年05月24日掲載]


加計問題新文書  事実なら答弁は虚偽に

 安倍晋三首相のこれまでの発言を、覆しかねない新たな文書が現れた。白黒を、はっきりさせなければならない。
 学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡り、愛媛県の中村時広知事が、国などとの交渉経緯を記した新文書を国会に提出し、共同通信が入手した。
 それによると、2015年2月25日に学園の加計孝太郎理事長が首相と面会し、愛媛県今治市に設置予定の獣医学部では、国際水準の教育を目指すと説明した。首相は「そういう新しい考えはいいね」とコメントしたという。
 これまで首相は、獣医学部構想を知ったのは17年1月20日で、関与はないと明言してきた。
 新文書の記載が事実なら、首相は虚偽の答弁をしたことになる。国民にうそをついたも同然で、政権の信頼性が大きく揺らごう。
 知事によると新文書は、国会の要請を受けて提出された。公的な文書として、その内容を重く受け止めたい。
 首相と加計氏との面会は、15年3月に行われた県と学園の打ち合わせ会で学園側が報告した。15分程度で、「いいね」などのやりとりがあった。これを受けて、柳瀬唯夫元首相秘書官から県に改めて資料提出が求められたとする。
 県職員が面会した際、柳瀬氏は「獣医学部新設の話は総理案件になっている」と述べたとされており、先に国会の参考人招致で行った答弁とは食い違いがある。
 いずれも日付が記されているなど記述は具体的だ。
 知事は、一貫して「県側は正直に話してきた」と主張してきた。「県として(獣医学部に)税金約30億円を出す以上、県民に対しクリアにしないといけない」とも強調している。
 新文書の信ぴょう性は、かなり高いのではないか。
 首相の主な動向をまとめた新聞各紙の「首相動静」に、この面会は記述されていない。学園は「理事長が15年2月に首相とお会いしたことはない」とコメントし、首相も「ご指摘の日に理事長と会ったことはない」と否定した。
 それぞれの主張は真っ向から対立しており、どちらかが間違っていることになる。ここは、野党側の求めに応じて知事の参考人招致や加計氏の証人喚問に応じる必要が、与党にもあるだろう。
 加計問題が発覚して、約1年が経過した。これ以上、真偽をうやむやにして、国政を前に進められないことを知るべきだ。

[京都新聞 2018年05月23日掲載]


国民投票法  積み残し課題の検討を

 改憲手続きを定めた国民投票法の改正案を自民、公明両党が野党に示した。足踏み状態の改憲論議を再起動させる「呼び水」としたい思惑が透けるだけに、拙速を避け慎重な審議を求めたい。
 与党の改正案は商業施設への「共通投票所」導入など8項目。主に公選法とのズレを正す規定で異論は少ないだろう。ただ国民投票には、ほかにも手付かずの「宿題」が数多く残っている。
 国民投票法は公選法とは制度設計が異なる。活発な議論や自由な発言を促す趣旨から、政策を訴える投票運動の手段や費用などに制限をほとんど設けていない。
 例えば選挙は費用に上限を定め、出納責任者に収支報告を義務付ける。国民投票では上限も使途も無制限で、投票の公正さを害する恐れが大きい。選挙で禁止される戸別訪問も国民投票では認められる。仮に選挙と国民投票が同時に実施されれば混乱は必至だ。
 最も懸念されているのがテレビなどの広告だ。国民投票前の14日間を除き、誰がどれだけ金額を使っても自由。資金力がある一方の主張だけがメディアを通じて大量に流される懸念を拭えない。
 英国のように賛成、反対の団体ともに選挙管理委員会に届け出をさせ、一定の金額内で広告を出せば、回数も制限されて歯止めになる。表現の自由にも配慮して最低限のルールを作る必要がある。
 インターネットや会員制交流サイト(SNS)での投票運動も制限はない。虚偽情報の流布が不安視され、対策が欠かせない。
 一定の投票率がなければ不成立になる最低投票率についても議論しておきたい。投票率が低くても過半数で国民投票が成立するならば民意を反映した結果と言い難い。投票の正当性を担保するには最低投票率導入も一考に値する。
 国民投票法は改憲への公正中立なルールを設けるもので、手続き法とはいえ重要な法律である。与野党とも冷静な論議の中で、課題の解決や懸念の払拭(ふっしょく)に向けて合意形成に努めてもらいたい。
 衆院憲法審査会が先週、新幹事選出のため今国会で初めて開かれたものの、実質審議は行われなかった。きょう3カ月ぶりに開催予定の参院憲法審も同様という。
 自民党は9条への自衛隊明記など4項目の改憲に前のめりだが、相次ぐ政権不祥事で与野党が対立する中、腰を据えたまともな憲法論議は望めない。まずは憲法審で与野党が冷静に話し合える環境を整えることが先決であろう。

[京都新聞 2018年05月23日掲載]


要介護高齢者  受益と負担抜本議論を

 介護が必要な高齢者を社会全体で支える-。そんな前提の仕組みが揺らぎ始めていないだろうか。
 団塊世代の全員が75歳以上となる2025年度に65歳以上で介護が必要となる人は現在より142万人増えて約771万人になるとの見通しを厚生労働省が示した。
 財源や担い手の不足がいっそう懸念される。介護保険制度のサービスを利用した際の自己負担額をさらに引き上げる案も出ている。
 すでに、軽度の人向けのサービスが市区町村事業に移管された。制度が当初想定したサービスはじわじわと切り詰められている。
 ただ、安易な自己負担引き上げやサービス縮小は、利用の抑制につながり、かえって家族介護の負担を増やすことになりかねない。
 家庭で抱え込むのでなく社会全体でケアするという介護保険制度導入の理念に逆行することになっては本末転倒だ。安定したサービスと受益者の負担について議論し直さなくてはならない。
 高齢者の保険料や自己負担額は上昇し続けている。今年4月に改定された65歳以上の介護保険料は全国平均で月5869円と、制度が始まった00年度の2倍に膨れあがった。25年度には約7200円になる見通しだ。年金生活者にとって「限度」とされる月5千円を上回る状態が続いており、老後の安心コストは割高になっている。
 自己負担額も、00年度の一律1割が、15年度からは一定以上の所得者が2割に増額。高所得者は8月から3割となる。財務省は2割負担を原則とするよう求めており負担増への圧力は強まる一方だ。
 サービス供給面では弊害も出始めている。市区町村に移管された訪問介護と通所介護(デイサービス)では、地元の介護事業者の人手不足や大手事業者の撤退で運営難に陥る自治体が増えている。自治体の財政事情で移管前より報酬が減ることが背景にあるという。
 介護保険から切り離しても、軽度の症状の進行を防げなくなれば介護費用の抑制にはつながらない。逆に病院通いが増え、社会保障全体の財政健全化は遠ざかることになるのではないか。
 介護にかかる総費用は、00年度の3兆6千億円が本年度予算では11兆1千億円となった。今後も増加することは避けられない。
 負担増とサービス縮小ばかりを論じていても問題解決にはならない。国などの公費負担のあり方に加え、高齢者の健康づくりや医療との連携など新たな視点で制度改革に踏み込む必要がある。

[京都新聞 2018年05月22日掲載]


是枝監督の受賞  高く評価された普遍性

 カンヌ映画祭で、是枝裕和監督の「万引き家族」が最高賞「パルムドール」を受賞した。
 同映画祭で、日本映画が最高賞を受賞したのは、今村昌平監督の「うなぎ」(1997年)以来21年ぶり、5作目になる。
 同映画祭では過去に、是枝監督の2作品が主要な賞を受けている。最高賞に達したことをたたえたい。
 是枝監督は主に家族を題材に、社会の光と影を、独特のタッチで描いてきた。
 今回の受賞作「万引き家族」も、都市の片隅にひっそりと暮らす一家を通じて、家族のあり方や貧困問題などを問うている。
 世界に通じる普遍性が評価されたといえよう。
 「万引き家族」は、女優の樹木希林さんが演じる「おばあちゃん」の年金を頼りに、子どもたちに万引きをさせて暮らす一家を描く。別の家族に虐待された少女や、父親の不安定雇用などを絡め、日本社会の今を浮かび上がらせた。
 是枝監督はテレビドキュメンタリーの制作会社出身で、見る人に問題を投げかける描写が特徴だ。
 育児放棄にあった子どもを描いた「誰も知らない」(2004年)や、新生児の取り違えをテーマにした「そして父になる」(13年)などは、現実の事件報道を機に作られた。
 「万引き家族」も、親の死亡後に年金を受け続けた不正受給事件が契機になった。
 不正受給した人を断罪する報道や、東日本大震災以降の「絆や家族の語られ方」に違和感を抱いたという。
 こうした問題意識が映画にどう反映されているのか。6月8日からの公開で、注目を集めそうだ。
 今回の受賞を機に、日本映画の現状についても考えたい。
 日本映画は、興行成績は洋画ときっ抗しているが、漫画や小説と連携した娯楽作品が多い。
 大手のシネコンは増えたが、中小の配給会社は減少し、独立系の映画館は減っている。是枝監督の「誰も知らない」の配給会社も、既に倒産した。
 製作委員会方式が主流になり、監督より製作者の声が強くなる傾向もある。映画の多様性が失われかねない状況だ。
 これに対し、インターネットを使って広く資金を募るなど、新たな取り組みも始まった。昨年からロングランを続ける「この世界の片隅に」も2千人超から初期費用を集めた。参考になろう。
 評価の高い作品を全国で見ることができる仕組みを整えたい。

[京都新聞 2018年05月22日掲載]


終盤国会  うみを出し切れるのか

 会期末まで残り1カ月を切った国会で、与野党の対決姿勢が強まっている。委員長の職権を使った強気の国会運営で法案審議を加速させる与党に対し、野党は閣僚の不信任決議案の提出などでブレーキをかける構えだ。
 心配なのは、日程をめぐる駆け引きが激化する中で、肝心な点がおろそかになることだ。法案の中身の徹底審議、そして一連の不祥事の真相解明である。
 先週、環太平洋連携協定(TPP)の承認案が、野党を押し切る形で衆院本会議に緊急上程され、与党などの賛成多数で可決された。今月11日に委員会審議が始まってわずか1週間。法案の内容は米国離脱前とほぼ同じとはいえ、最初の法案も国内農家や消費者の懸念を置き去りにしたまま、強引に採決した経緯がある。審議を短縮していい理由にはならない。
 政府・与党はトランプ米政権の通商圧力をかわす「盾」にする狙いから、TPPの承認案と関連法案の成立、11カ国での協定発効を急ぐ。働き方改革関連法案についても、日本維新の会と修正合意を経て週内に衆院を通過させる構えだ。カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案の今国会での成立も描く。
 一方、「数の力」で劣る野党の対抗手段は限られる。与党主導の国会運営を足止めし、時間切れによる廃案を狙う。茂木敏充経済再生担当相の不信任決議案を提出してTPP関連法案の審議中断に持ち込んだのに続き、働き方法案に絡んで加藤勝信厚生労働相の不信任案も検討している。
 論点未消化のまま審議を切り上げる、不信任案の連発で審議を空転させる-。そのどちらも、国民が本来望むところではない。とりわけ、働き方改革の焦点である「高度プロフェッショナル制度」とカジノ解禁には、人々の関心と批判的な目が向けられているだけに、論戦が中途半端に終われば政治不信は増すだろう。
 国会日程が窮屈になったそもそもの原因は、森友学園や加計学園、自衛隊日報をめぐる問題で公文書の改ざん、隠蔽(いんぺい)、答弁矛盾が噴き出し、審議の前提が崩壊したことにある。回復の責任は第一に、政府と与党にある。
 「うみを出し切る」と安倍晋三首相は約束した。国民の信頼を取り戻せるかは、今国会中の取り組みにかかっている。
 不祥事の究明は後回し、与党の看板政策に関わる法案成立はゴリ押し-という姿勢は許されない。

[京都新聞 2018年05月21日掲載]


滋賀の自立支援  子どもの未来見守って

 虐待や親の病気、経済的貧困などの事情を抱えて施設や里親のもとで暮らす子どもたちの自立を支援しようと、滋賀県内の福祉関係団体でつくる「滋賀の縁(えにし)創造実践センター」が始めた就労体験事業が4年目を迎えた。
 協力企業が倍増するなど地域に支援の輪が広がっている。子どもたちの職業観の形成につながり、自立に向けた足掛かりにもなっている。今後も職種を広げる計画といい、取り組みがさらに充実するよう見守りたい。
 施設で暮らす子どもたちの多くは、高校卒業とともに退所する。県児童福祉入所施設協議会調査研究部会によると、9割が社会へ出て自立の道を歩むという。
 ただ、進学を希望しても学費や生活費をなかなか工面できないなど困難に直面する事例が多い。
 返済義務のない奨学金は狭き門で、学費と生活費を借金して進学するのは厳しい。
 未成年の賃貸契約には保護者の同意が必要で、家族の支援を受けられない退所者のために施設長が連帯保証人になるケースも少なくないという。
 就職した後も苦労は多い。同部会の調査によると、自立後1年以内に転職するか無職になる子どもが半数に上っている。
 施設を退所した子どもの51・9%が、人との関係性の築きにくさや生きづらさを抱えていることも分かっている。
 自立の土台は施設に在籍しているうちに築き始めなければならない。養育者以外の大人とのいい出会いをつくっていくことが、後に社会で生きる力につながる。
 就労体験は、そんな信念から始まった。同センターの呼び掛けに応じた企業は当初66社だったが、現在は130社を超えた。中高生延べ120人、小学生同59人が夏休みや春休みに仕事を体験した。
 「微力でも何か応援したい。ふらっとでも来てもらいたい」という経営者の言葉が、子どもたちや施設職員を勇気づけている。
 企業側にも理解が広がり、就労体験をした企業に就職するケースも出てきたという。
 同部会は、これまで施設ごとに取り組んできた支援事例の共有化や、困ったときの相談先、関係機関などを子どもごとにまとめた自立支援マップ作りに取り組んでいる。就労体験先の企業の名前もそこに上がるかもしれない。
 さまざまな事情を抱えた子どもたちに関わることを「縁」ととらえ、長い目で寄り添ってほしい。

[京都新聞 2018年05月21日掲載]


新元号公表  1ヵ月前で準備は整うか

 2019年5月1日の新天皇即位に伴い、「平成」に代わる新たな元号が用いられるようになる。これを事前に、いつ公表するかは結構、大問題だ。
 公文書や各種システムなどに元号表記がある場合、切り替え作業をするので、一定の期間を確保する必要がある。
 一方で、あまりに早く公表しては、平成時代の終焉(しゅうえん)を、ことさら急ぐことになりかねない。天皇陛下と新天皇の二重権威状態が、比較的長く続くことへの懸念も、少なからずありそうだ。
 政府は、公表時期を改元の1カ月前と想定して、準備を始める方針を決めた。
 決めたからには、国民生活への影響を最小限にとどめるため、万全を期さねばなるまい。
 1カ月前の公表は、先日開かれた関係府省庁連絡会議で申し合わせた。
 各府省庁が情報システムの実態調査をしたところ、最低限1カ月程度の改修期間が必要だと分かったからだ。
 今後は、国の機関だけでなく、地方自治体や民間企業にも周知し、準備を要請することになるだろう。
 新元号の公表時期が注目されるようになったのは、昨年暮れに代替わりの期日が決定してからである。
 通例なら、天皇逝去後、新天皇が即位して、元号を発表する運びとなるが、現憲法下で初めてとなる退位では、改元時期があらかじめ確定しているので、事前公表が可能になった。
 しかし、その時期の方針決定までには、曲折があったことが知られている。
 当初は、十分な周知期間が要るとの共通認識から、今年の半ばごろが望ましいとの意見が優勢だった。
 ところが、陛下の在位30年記念式典が来年2月24日に開催されることになり、「新元号の発表後に、お祝いをするのは、ちぐはぐだ」との声が上がる。このため、公表は式典以降とする方向が固まっていった。
 代替わりを巡る日程を考慮した結果とはいえ、改元への準備期間が大幅に短縮されたのは、残念ではある。
 新天皇即位と改元は、混乱なく迎えたいところだが、公表を1カ月前とした場合、年金や介護などのシステムで一部の改修が間に合わず、「平成」を継続して用いるという。
 「平成の表記でも有効」などと付記しておけば問題ないともされるが、見た目がよくないとの指摘は予想されよう。
 地方自治体では、住民登録や納税、社会福祉関連などで業務の電子化が進んでおり、新元号導入による変更点の確認作業は膨大になるとみられている。
 契約書をはじめとして、和暦を使う機会の多い金融業界も、対応を迫られる。支払期日が平成で記された手形や小切手の修正方法を、業界を挙げて検討せざるを得ない。カレンダー業界では、20年版に新元号を盛り込めるのか、危ぶむ向きもある。
 いずれも、予期せぬエラーや見落としが心配だ。静かな環境のもとでの代替わりとするためにも、混乱を未然に防ぐ対応を願いたい。

[京都新聞 2018年05月20日掲載]


iPS心筋移植  安全優先し効用実証を

 iPS細胞(人工多能性幹細胞)による再生医療の本格的な実用化への試金石となりそうだ。
 iPS細胞から作った「心筋シート」を重症心不全患者に移植する臨床研究を厚生労働省が了承した。澤芳樹大阪大教授らのチームが本年度内にも着手する。
 日本人の死因第2位で、患者数が多い心臓病に対するiPS細胞による世界初の治療となる。生命に直結する臓器だけに安全性を最優先し、慎重、着実に新たな治療法を実証してもらいたい。
 山中伸弥京都大教授らが作製に成功したiPS細胞は、さまざまな細胞に変化する。再生医療の切り札とされ、既に目の疾患で臨床研究が進んでいる。
 計画では、虚血性心筋症が原因で重症心不全となった3人の患者が対象になる。京大が備蓄する拒絶反応が起きにくいiPS細胞を心筋細胞に変化させ、直径数センチの薄い膜状の心筋シートに加工し、患者の心臓に直接貼る。移植した心筋細胞から出るタンパク質によって心臓が血液を送り出す機能などの改善が見込めるという。
 チームは患者自身の太ももの筋肉細胞から作製した細胞シートを開発しているが、心筋シートの方が高い効果が期待できるとみている。重い心不全の治療法の新たな選択肢になりそうだ。
 心臓疾患で移植を待つ患者は国内に650人以上いるが、臓器提供を待ちながら亡くなるケースが多い。心筋シートによる治療が移植までの橋渡しとなれば、患者にとっては希望の光と言えよう。
 とはいえ開胸手術が必要で、患者の負担は少なくない。また他人の細胞を使うことによる拒絶反応が懸念される。移植する細胞の数も1億個程度と桁違いに多く、心筋細胞になっていない細胞が残っていればがん化したり、不整脈につながるリスクもある。
 難易度は高く予期せぬ事態が起きる可能性も大きく、実施には慎重さが欠かせない。iPS細胞への期待に応え、後に続く治療を円滑に進めるためにも阪大には信頼性の高い研究を求めたい。
 iPS細胞を使った再生医療は高額な費用がかかる。備蓄のiPS細胞を使うことで、品質を確保しながら、どの程度コストを抑えられるかの検証も欠かせない。
 iPS細胞はパーキンソン病や脊椎損傷などの病理解明や治療で応用範囲は広い。一方で実用化に向けクリアすべき課題は数多い。拙速、過大な期待は避けつつも臨床研究の進展を見守りたい。

[京都新聞 2018年05月19日掲載]


強制不妊提訴  国の不作為が問われる

 旧優生保護法下で障害などを理由に不妊手術を強制されたとして、北海道、宮城県、東京都の70代の男女3人が、国に損害賠償を求める訴訟を札幌、仙台、東京の各地裁に起こした。
 今年1月に全国初の訴訟を起こした宮城県の60代女性に続く提訴で、子を産むかどうかの自己決定権を奪われ、憲法に定められた基本的人権を踏みにじられたなどと訴えている。
 国はこれまで「当時は適法だった」としてきたが、人の命に優劣をつけ、選別してきた人権侵害が許されてよいはずがない。裁判の結果にかかわらず、被害の現実と正面から向き合い、早期に被害者全員の救済を図るべきだ。
 「不良な子孫の出生防止」を目的に1948年に施行された旧優生保護法は、96年に障害者差別に当たる条文が削除され、母体保護法に改定された。
 98年に国連の委員会は被害者補償の法的措置をとるよう勧告したが、国は20年も放置してきた。なぜ被害救済の措置をとらなかったのか。国の「不作為」が問われるのは当然である。
 厚生労働省に残る統計では、1万6475人が強制不妊手術を受け、京滋では少なくとも377人が対象となった。ほかに同意の上で受けたとされる人も9000人近くおり、やむなく同意させられた場合も多いとみられる。
 被害者の高齢化は進んでいる。国会では与野党の議員らが被害者救済法案を議員立法で作成するため議論を始め、国も実態調査を進めている。27日に結成される全国被害弁護団も、救済の早期実現に向け被害者の受け皿としての役割を強化する方針だ。
 ただ手術記録の残っていない被害者は約8割を占める。記録のあるなしで救済の有無が分かれることがあってはならず、被害事実をどう認定するかが課題になる。
 同様の手術はスウェーデンやドイツでもあったが、両国は裁判を経ずに謝罪し、被害認定をしやすくして救済に踏み出した。そうした経験だけでなく、手術痕など4条件を満たせば手術の事実を認めている宮城県の例なども救済の参考になろう。
 優生保護法は過去のものとなったが、差別を生む優生思想が社会から消えたわけではない。自由や人権、民主主義をうたった戦後、強制不妊という人権侵害がなぜ半世紀近くも維持されたのか。悲劇を繰り返さないために、裁判ではその解明も必要だ


女性の議会進出  多様な声届ける道開け

 女性の議員を増やし、活躍を促す「政治分野の男女共同参画推進法」が成立した。
 超党派の議員立法で、国会の全会一致で可決した重みがある。すべての政党が自覚し、法の理念をどう実行に移すか、各党の本気度が問われる。
 国や地方の議会選挙で、投票率の低下傾向が続いている。多様な有権者の思いはどうせ反映されない、といった冷めた意識がまん延していけば、民主主義の根幹を危うくする。
 社会の半数を占める女性が、政治の場では少数にとどまっているいびつさをなくすことは、大きな意義を持つ。民主主義の進化に向けた一歩であり、多様な人たちの政治参画にも道を開くはずだ。
 新法は、国会や地方議会の議員選挙で、候補者数を「できる限り男女均等」にするよう政党に促している。候補者数の目標設定に努めることも規定する。
 あくまで理念法で、罰則はなく、努力義務にとどめている。女性に議席や候補者を割り当てる「クオータ制」でないため、実効性には疑問符が付く。
 だからこそ、各党の取り組みがカギを握ることになる。それぞれ党内事情や議員の意識差はあろうが、ここは議会史上を画する改革のときと覚悟すべきだ。
 来年春の統一地方選、夏の参院選で各党はどんな対応を示すのか。有権者は数値で見極めたい。
 2017年の女性国会議員の比率を各国比較でみると恥ずかしくなる。列国議会同盟によると日本は10・1%、193カ国中158位と先進国7カ国で最低だ。
 女性の社会進出がめざましい世界の流れに、日本は取り残されていることの反映にも見える。欧米で女性のセクハラ告発が高まる中で、日本では官僚や政治家のセクハラ発言が横行する昨今だ。
 新法は議会で男女均等となる環境整備をうたっている。女性が育児や家事を負担している現状を踏まえ、付帯決議で男女を問わず家庭生活と議員活動の両立支援を求めている。
 女性議員を増やしていく過程で、議会が変わっていくのではないか。たとえば男性中心で深夜に及ぶ審議が当たり前だったのが見直され、子連れにも配慮した議会になれば、生活者である有権者が近づきやすくなる。
 女性議員を増やすための人材育成も掲げられている。
 ようやくできた法だが、育てないと意味がない。政党や議員がしっかり努力しているか、有権者の見定めが大切になってくる。

[京都新聞 2018年05月18日掲載]


日大アメフット  危険プレー繰り返すな

 何度見ても、負傷した選手の痛みが生々しく伝わってくる危険なプレーである。スポーツマンらしからぬ卑劣な行為に、怒りを募らせる人が多いのではないか。
 アメリカンフットボールの日本大と関西学院大の定期戦で、日大選手が行った。なぜ、このようなことが生じたのか、日大の責任者は明らかにしてほしい。
 問題のプレーがあったのは、試合開始早々だった。
 関学大のクオーターバック(QB)がボールを投げ終わって力を抜いているところに、日大の守備選手が背後からタックルした。
 QBは転倒し、腰の靱帯(じんたい)を損傷するけがをした。
 無防備な選手への「ひどいパーソナルファウル」という反則である。競技団体によって、日大の当該選手は対外試合出場禁止処分、内田正人監督は厳重注意処分となった。ペナルティーが科されるのは、当然のことだろう。
 関学大の抗議に対する回答で日大は「心より謝罪する」としたものの、「意図的な乱暴行為を選手に教えることはない」と主張した。これは素直に受け取れない。
 アメフットは、組織的な作戦が勝敗を左右する競技であり、各選手は指令を受けて、動いているからだ。内田監督が、試合前に相手QBを負傷させる趣旨の命令をしていた、との話もある。
 こうした点を踏まえたうえで、当該の危険プレーがなぜ起きたのかを、日大は説明しなければならないはずだ。
 関学大が「疑問、疑念を解消できておらず、誠意ある回答とは判断しかねる」としたのは、うなずける。
 日大の監督ら責任者が、負傷した選手に直接、謝罪することも必要だ。
 日大は24日までに関学に再回答するそうだが、具体的な説明とともに、実効性のある再発防止策を打ち出してもらいたい。
 危険プレーを受けて、関学大が定期戦を行わないことに言及している。法政大、東京大、立教大、明治大、成蹊大は、予定されていた日大との試合を中止した。
 楽しみにしていたファンにとっては、残念なことだろう。
 日本アメリカンフットボール協会は、スポーツ庁に出向いて経緯などを報告。ホームページに、危険なプレーの防止を求める文書も掲載した。アメフットの競技関係者・団体すべてが、危険プレーを繰り返さないよう、さらに努力を積み重ねるべきだ。

[京都新聞 2018年05月18日掲載]


スルガ銀融資  不正行為の全容解明を

 高収益を上げ、地方銀行の「優等生」とも言われてきたスルガ銀行で、ずさんな融資がまん延していたことが明らかになった。
 経営破綻した「スマートデイズ」(東京)が手がけた女性向けシェアハウスの物件所有者の大半に購入資金を融資していた。その際、提出された書類の預金残高などが改ざんされ、多くの行員が改ざんを認識していたという。
 コンプライアンス(法令順守)や顧客保護意識の欠如が指摘されるのは言うまでもない。
 公表された社内調査の結果によると、融資総額は2018年3月末時点で2035億円、顧客は1258人に上る。
 営業部門の幹部が審査部をどう喝するなど圧力をかけ、審査機能が十分に発揮できていなかった。「増収増益の全社的プレッシャー」があったという。
 大半の貸し出しはスルガ銀の横浜東口支店に集中しており、本店の役員にも融資の報告が上がっていたとの情報もある。
 厳格さが求められる銀行の融資審査で、バブル期を思わせるような不正行為が常態化していたことに驚かされる。
 かつての教訓がなぜ生かされなかったのか。問題の全容を解明し、責任の所在を明らかにしてほしい。
 金融庁の監督責任も問われなくてはならない。
 問題が表面化したきっかけは、全国の地方銀行が扱いを広げたアパートローンに対し、供給過剰だとして金融庁が健全でないとの見方を強めたことだった。
 しかし、スルガ銀を「特異なビジネスモデルで継続して高収益を上げている」(森信親長官)と高く評価してきたのも当の金融庁である。
 人口減と地域経済の伸び悩み、さらには低金利で、地方銀行の経営環境は厳しさを増している。金融庁は地銀側に新たな収益源の確保を求めてきた。
 長引く低金利政策が銀行経営をゆがめ、モラル低下を招いている可能性がある。他にも不正行為はないか目を光らせるべきだ。
 安定した老後を夢見た物件所有者は借金の山に苦しんでいる。支援する弁護団は有印私文書偽造の疑いで刑事告発する方針だ。
 投資側にリスク認識が求められるのはもちろんだが、先行き不透明な時代に、老後の不安をくすぐるような営業活動が広がっていないか懸念される。うまい話はないと改めて肝に銘じたい。

[京都新聞 2018年05月17日掲載]


働き方改革法案  信頼性が揺らいでいる

 法案の根幹が揺らいでいる。一から出直すべきではないか。
 働き方改革関連法案をめぐる労働時間調査に異常値が見つかった問題で、厚生労働省は調査対象のうち約2500事業所のデータを削除し、再調査結果を公表した。
 調査対象は1万1575事業所で、2割のデータが削除された。
 安倍晋三政権が今国会の最重要法案と位置づける働き方改革関連法案は、この調査を基礎資料として労働政策審議会で議論し、国会に提出された。法案の信頼性が損なわれたといえないか。
 問題の「2013年度労働時間等総合実態調査」では今年3月、裁量労働制で働く人のデータについて異常値が多数見つかり、厚労省が再調査していた。
 安倍首相は「裁量制で働く人の方が一般労働者よりも労働時間が短いとのデータがある」と国会で答弁していたが、異常値に基づいていたため、撤回に追い込まれた。関連法案から裁量労働制の対象業務を拡大する部分も撤回した。
 今回、公表された再調査結果では、撤回ずみの裁量労働制で働く人のデータに加え、一般的な労働者が働く事業所についても、「1日の残業が24時間を超える」といった異常値が見つかり、これらを併せて削除した。
 なぜこんな事態になったのか。
 調査は、各地の労働基準監督官が企業を訪問して行った。厚労省は、調査票の記入方法を徹底していなかった、と説明している。
 一方、調査にあたった監督官らからは、事前準備や説明、実際の調査時間が明らかに不足していた、という声があがっている。
 加藤勝信厚労相は「9千超の事業所を調査し、統計上も有意だ」と説明するが、問題は本当に削除分だけだったのだろうか。
 そもそも、労働時間については独立行政法人の労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査がある。
 JILPTの調査では、裁量制に満足している人にも、業務量の増加などの問題点を指摘する声があった。
 労政審は、急ごしらえの調査ではなくJILPTの調査を基に議論すべきだった。
 働き方改革法案を巡っては「高度プロフェッショナル制度」の審議が始まり、与党は会期内の成立を目指している。
 一方で、過労死遺族らからは「究極の裁量労働制」との批判がある。
 看板政策とはいえ、根拠も議論も不十分なままではないか。成立ありきは許されない。

[京都新聞 2018年05月17日掲載]


新潟女児殺害  通学路の「死角」なくせ

 奪われた小さな命は戻ってこない。
 新潟市の小学2年の女児(7)が殺害された事件で、近所の男(23)が死体遺棄などの容疑で逮捕されたが、遺族の悲しみを思うと言葉もない。
 線路に遺体を遺棄するむごい事件だ。男は容疑を認めているが、殺害についてはこれからの調べとなる。動機や手口など事件の全容を解明することで、再発防止につなげなければならない。
 女児は学校から下校中に1人になり、もう少しで帰宅という時に連れ去られたとみられる。
 通学路の安全にいま一度目を向ける必要がある。
 登下校中に児童が犯罪に巻き込まれる事件は後を絶たない。2004年~05年には奈良、広島、栃木で、いずれも小1女児が男に連れ去られ、殺害される事件が相次いだことを思い起こす。
 13歳未満の子どもが被害者になる犯罪は02年以降、減少傾向にあるが、それでも16年中の殺人は74件、強制わいせつ893件、略取誘拐も106件に上る。
 警視庁管内の調査だが、子どもへの犯罪の前兆となり得る声掛け事案は、45・9%が登下校中に発生し、新潟の女児と同じ小学2年から5年が多く狙われている。こうした前兆を地域の防犯に生かすようにしたい。
 子どもたちに身の危険をどう教えたらいいのか。家族は心配だろう。警察庁がホームページで人気漫画「名探偵コナン」を使い、事件を防ぐ合言葉「つみきおに」を広めている。
 「ついていかない」「みんなと、いつもいっしょ」「きちんと知らせる」「おおごえで助けを呼ぶ」「にげる」。子どもと一緒に防犯を考えてはどうだろう。
 文部科学省の15年調査では、通学路の安全点検を小学校の99・3%が実施、保護者や住民による見守り活動を幼稚園・小学校の84・7%が取り組んでいる。通学路の安全マップも小・中学校の47・0%が作っている。
 学校には安全計画の策定が義務付けられているが、不断の検証と改善が欠かせない。人通りや照明など地域の環境を、学校と地域、保護者、子どもたちで何度も点検し、変化に合わせて実践的に見直すことが大切だ。
 新潟の事件では、女児が1人になった場所に見守りがなく、「死角」となったことが悔やまれる。地域だけでは限界がある。社会全体で死角をなくす方策を見いだし、子どもたちを守りたい。

[京都新聞 2018年05月16日掲載]


加計問題  うやむやでは終われぬ

 真相をうやむやにしたまま、国会会期末まで乗り切るつもりなのだろうか。
 「加計学園」の獣医学部新設問題を巡る安倍晋三首相の国会答弁を聞いていると、そうとしか思えない。「丁寧な説明」や「うみを出し切る」といった国民への約束はどうなったのか。
 柳瀬唯夫元首相秘書官は、首相の別荘での出会いをきっかけに官邸で学園関係者と2015年に3回面会し、国家戦略特区の話をしたことを先週の参考人質疑で認めた。
 獣医学部新設に関し、民間と面会したケースはほかになく、今治市や愛媛県とともに新設を目指した新潟市、京都府とも面会はしていない。厚遇ぶりは明らかだ。
 面会の報告を首相にしていないと述べた答弁についても、国家戦略特区という安倍政権の看板政策なのに、一言も報告を上げないのは不自然との見方が元官僚らからも出ている。
 加えて、柳瀬氏が「本件は、首相案件」と述べたとされる愛媛県文書の内容を否定したことについては、中村時広知事が「全ての真実を語っていない」などと批判している。
 だが首相は、14日の衆参予算委員会集中審議で柳瀬氏の答弁を擁護し、面会や報告の件を問題にせず、愛媛県文書との矛盾が指摘されても「誠実に答弁した」などとかわし続けた。
 これでは「加計ありき」の疑惑は払拭できないどころか、「うみ」がたまるだけではないか。
 共同通信の世論調査では、柳瀬氏の国会での説明に対し「納得できない」が75%に達した。
 なのに首相は、言葉とは裏腹に一貫して真相解明に消極的だ。野党が中村知事や学園の加計孝太郎理事長の国会招致を求めても「国会が決めること」と突き放し、指導力を発揮しようとしない。
 そもそも首相の関与が疑われるのは、加計氏と長年の友人であるからだ。自民党国対筋からは集中審議後、「新事実は出なかった」と幕引きを図る声が出ているが、疑惑を残したまま終わるわけにいかない。
 首相は、新設された獣医学部の入試倍率が20倍に上ったと強調し、「若い人たちの希望をふさいでいたゆがめられた行政を正した」と開き直りともとれる発言を重ねた。
 だが問題は、獣医学部新設の決定過程が公平、公正に行われたかの一点にある。はぐらかしてはならない。

[京都新聞 2018年05月16日掲載]


京大立て看板  景観考えるきっかけに

 京都市の屋外広告物条例に違反するとして京都大は13日、学生が設置している吉田キャンパス周辺の立て看板を撤去した。
 一部の学生は「表現の自由を奪う」などと反発。午後には撤去に抗議する看板が設置された。
 市は新景観政策の一環で屋外広告物条例を改正し、2007年から規制を強めた。屋外広告物とは「常時または一定の期間継続して屋外で公衆に表示されるもの」で、商業広告以外の営利を目的としないものも含まれる。
 全国的な企業の看板が、京都では落ち着いたデザインになっていることはよく知られている。
 市は立て看板についても、法令違反を是正するよう京大に指導してきた。京大は設置を学内の指定場所に限定する新ルールをつくって今月から適用した。
 門川大作市長は「大学だけを例外とするわけにはいかない」と説明する。
 市民の共有財産である景観を守るという条例の趣旨に照らすと、学生の立て看板であっても特別扱いできないというのはその通りだろう。
 一方で今回の問題は、大学文化の一つとも言われる立て看板を通じて景観とは何か、京都らしさとは、といったことを改めて問い掛けているようにも思える。
 立て看板は学生運動が盛んだった1960年代には登場したという。多くの大学では見られなくなり、京大らしい「名物」としても存在感が高まった。
 いうまでもなく京都は学生のまちでもある。一般的な商業看板とは違う歴史的、文化的な側面があるともされる立て看板に「目くじらを立てなくても」と考える市民もいるだろう。
 気になるのは、大学当局の対応が一方的に見えることだ。話し合いを求める学生の要求に応じなかったのは、学生の自治への配慮に欠けたのではないか。
 今回の撤去も、即時撤去を求める通告書は貼られていたが日曜の早朝に突然実施された。教育機関としては課題について学生側とオープンに議論することが求められる。
 規制がある一方で「良い景観とは何か」は人それぞれの価値観にも左右される。現在の京都の景観をどう評価するかについても、さまざまな意見があるはずだ。
 京大の看板問題はこうしたことを考える一つの契機となる。学生の問題提起を受けて、私たちのまちの景観について議論を活発化させたい。

[京都新聞 2018年05月15日掲載]


米大使館移転  中東を不安定にする愚

 中東和平交渉の仲介者としての、米国の信用を自ら損ねる行為だ。イラン核合意からの離脱に続き、身勝手な国際秩序破壊と言わざるを得ない。
 トランプ米政権が、在イスラエル大使館を商都テルアビブからエルサレムへ移した。歴代政権が言及しつつも棚上げにしてきたエルサレムの首都認定、大使館移転を実行したことで、東エルサレムを将来の独立国家の首都と位置付けるパレスチナと、米・イスラエルとの亀裂は決定的だ。
 トランプ大統領は、停滞している和平交渉を動かす狙いから、新たな仲介案を提起するとしている。だが先にエルサレムの帰属問題に手をつければ、どんな新提案を示そうとパレスチナが態度を硬化させるのは明白である。
 パレスチナ自治政府のアッバス議長はすでに、米国による一切の仲介の拒否を表明し、多国間の枠組みづくりを国連に要請している。一方のイスラエルには米国抜きの和平交渉に応じる気はなく、展望は全く開けない。
 国をもたないパレスチナ人の国家を将来樹立し、イスラエルとの「2国家共存」を目指すとしたオスロ合意(1993年)を米国が一方的に揺るがす。合意を支持する国際社会からの非難は当然だ。
 大統領就任以来、トランプ氏は環太平洋連携協定(TPP)、パリ協定、イラン核合意と次々に国際協調からの離脱を宣言してきた。長年にわたる複雑な中東対立の根幹に火をつけかねない点で、今回はより深刻だ。しかも、ここでもトランプ氏の念頭にあるのが外交戦略より自らの選挙対策とみられることに暗然とさせられる。
 イスラエル建国宣言70年の日に合わせた大使館移転は、米国内の親イスラエル派へのアピールを計算してのことだろう。目先の利益優先の行動はトランプ氏の繰り返す「米国第一」ではなく、「自分第一」と言うべきものだ。
 与党共和党の支持者が移転強行を一様に歓迎しているわけではなく、実際に政権浮揚につながるかは見通せない。和平が遠のくことで中東から希望が失われ、憎しみと暴力が世界に拡散するリスクの方がはるかに大きいだろう。
 トランプ政権は、中東において対イランで連携するサウジアラビアなどが、米国批判のトーンを抑えることを見込んでいるふしもある。北朝鮮と向き合う日本政府も6月の米朝首脳会談を控え、及び腰のようだ。だが、言うべきことは言う関係こそが重要だ。

[京都新聞 2018年05月15日掲載]


原発4基再稼働  多重事故への備えない

 安全性や避難体制が確立されないまま、原発の再稼働を続けていいのだろうか。
 関西電力大飯原発4号機が再稼働した。
 福井県内では昨年、関電高浜3、4号機、今年3月には大飯3号機がそれぞれ再稼働した。これで、近接する4基の原発が同時に動いている状態になった。
 原子力規制委員会の審査に合格し、福井県知事の同意も得てのことだが、事故時の避難計画は、両原発が同時に事故を起こすことを想定していない。
 両原発は14キロしか離れていない。関電は美浜原発3号機など他の3基の再稼働も目指す。京都府や滋賀県の住民にとっては、重大な問題だ。
 京都府の西脇隆俊知事は関電に安全対策の徹底を求め、滋賀県の三日月大造知事は再稼働反対の姿勢を明確にした。
 東京電力福島第1原発の事故の後、国は原子力災害対策指針などで避難する手順を決めた。
 重大事故が起きれば、周辺住民は放射能汚染の検査を受け、府県境を越えて避難する。
 大飯原発の場合、広域避難計画に基づき、30キロ圏内の住民15万8千人が避難経路の途中で検査を受ける。京都や滋賀の住民も含まれる。
 まず車を検査し、基準を超えた場合は人も検査し、必要なら除染作業も行うが、混乱なく進むとは限らない。入念に行えば避難が遅れ、不十分なら避難先とのトラブルが起きかねない。
 天候にも影響される。福井県内では今年2月、国道8号で1000台を超える車が豪雪で3日間にわたって立ち往生した。国道8号は避難経路の一つである。
 政府は、同時事故を想定した防災訓練を今夏に実施し、避難計画の実効性を検証するという。なぜ、それまで待てないのだろうか。仮に避難計画の実効性に問題があれば、運転を取りやめるのか。理解に苦しむ対応だ。
 再稼働に伴い、使用済み核燃料も積み上がる。関電の原発の敷地内にある貯蔵プールは約10年で満杯になる。関電は中間貯蔵施設の候補地を福井県外で探しており、今年中に明らかにする方針だが、難しいとの指摘もある。
 日本原電は東海第2原発について、立地の東海村だけでなく、周辺5市からも同意を得る協定を結んだ。関電も、安定稼働を目指すなら同様の対応を取るべきではないか。

[京都新聞 2018年05月14日掲載]


京のホテル  まちの空洞化が心配だ

 訪日外国人観光客の増加を受け、京都市の中心部で急激なホテル開発が進んでいる。開業ラッシュに加え、新規建設の計画も相次ぐ。市内のホテル客室数は2017年からの4年間で57%増の見通しだ。東京、大阪など全国主要8都市で飛び抜けた伸び率となる。
 京都経済に一定の活気を与える半面、このまま進めば供給過剰になる恐れを指摘する声が上がり始めた。空前のホテルブームが地価の高騰を招いており、若者がまちなかに住めず、京都市外に流出していることも判明。まちの空洞化への懸念は強まっている。工事や利用客による騒音など、住民生活を乱すトラブルも後を絶たない。
 市は一昨年、宿泊施設の拡充・誘致方針を定めて積極的な取り組みを進めてきたが、そろそろ立ち止まって検証する時に来ているのではないか。市にとって観光産業が重要なことは当然としても、余りに急な開発は古都に似つかわしくなく、将来のまちづくりに禍根を残しかねない。何より市民の暮らしに影響が大きすぎる。
 6月に施行される住宅宿泊事業法で解禁となる民泊の動向も踏まえ、ホテルの現状と計画を精査した上で、柔軟に市方針を再検討することを求めたい。
 京都新聞が昨年12月に独自集計したところ、15年度末からの5年間で少なくとも市内の宿泊施設の客室数は4割増、約1万2千室増える見通しと分かった。市は東京五輪が開かれる20年までの5年間で「新たに1万室が必要」として拡充・誘致方針を策定したが、オーバーするとの試算である。
 それでも市は「まだ外国人の富裕層向けが足りない」と強気の姿勢をみせるが、今年に入っても外国や東京の資本が次々と新規ホテル計画を発表していることから、議会与党や経済界などからも「京都の風情が変わるほどの急増は好ましくない」「五輪後に供給過剰になり、撤退するのではないか」との声が強まってきた。
 懸念を調査が裏付ける。民間調査では、競争の激化で市内ホテルの収益率の伸びに陰りが出ている。市が昨年末、子育て世代の30代を対象に年間の転出入状況を調査したところ、地価の高い市内を避け、周辺自治体に約1200人の転出超過となっていた。
 一方、京都市以外の府内市町村ではホテルの立地がほとんど進んでいない。市は府と連携して一極集中の観光・宿泊を分散するなど、新たな京都観光の創出に向け、度量と指導力を示してほしい。

[京都新聞 2018年05月14日掲載]


コンパクトな街  自治体の手腕が問われる

 「コンパクトシティー」という言葉がよく聞かれるようになった。まちづくり政策として国が推進し、地方自治体の取り組みが活発化している。
 市街地中心部に住宅や病院、商業施設、市庁舎などを集約する政策だ。急激に進む人口減少や少子高齢化が背景にある。
 戦後、モータリゼーションに伴い、大型店が道路沿いに進出。郊外開発で住宅地が広がる一方、中心市街地や駅前商店街の空洞化が進んだ。
 人口減によって財政難に直面する自治体は、ごみの収集や雪国での除雪などの経費負担がのしかかる。将来、存続が危ぶまれる「消滅可能性都市」が増えるといわれる。
 これらを解決する政策として注目されるようになった。まちをコンパクト化し、高齢者の生活維持や行政コスト削減を図ろうというわけだ。
 国は2014年に都市再生特別措置法を改正。「立地適正化計画」を策定した自治体は、国から支援を受けられる。
 今年3月には国土交通省と内閣府が32市町をコンパクトシティーのモデル都市に選んだ。交付金などで重点支援する。
 京滋でも多くの自治体で、この考えに沿った取り組みが広がっている。
 舞鶴市はこのほど、まちの将来像を示す都市計画マスタープランを新たに策定した。東、西舞鶴駅を中心とした地域を「まちなかにぎわいゾーン」とし、中心市街地2カ所に商業、公共施設や病院を集約させる。
 建設の是非を巡って昨年11月に住民投票が実施された野洲市の駅前市立病院計画も、この流れを踏まえた施策という。
 京都新聞社加盟の日本世論調査会の調査(14年9月)によると、コンパクトシティーの取り組みを進めることに肯定的な意見が55・6%と否定的の37・4%を上回った。
 しかし、理念としては賛成できても、既存の居住地域も含めた「まちの集約」を実現することは容易ではない。
 住み慣れた地域を離れたくない人も多いだろうし、点在する農村集落などをコンパクト化するのは実際には困難だ。何より憲法には「居住移転の自由」が保障されている。
 区域を絞って集約を進めることになるのではないか。その際に中心部以外の利便性が低下し、住民の間に不公平感が生まれる可能性もある。
 先行事例として注目される富山市は公設民営でLRT(新型路面電車)を導入し、中心部への居住推進のため共同住宅の建設補助などを実施した。
 一方、青森市は官民が連携して建築した駅前複合施設の経営悪化が深刻になり、市長が引責辞任している。
 コンパクト化を掲げても郊外開発が続く例は多い。助成制度で国が誘導するだけでは限界があり、地域の特性を踏まえた自治体の手腕が問われる。
 実効性を慎重に見極めた、息の長い取り組みが求められる。その大前提として、まちづくりへの住民の関心をいかに高め、意見を集約していくかが重要になるのではないか。

[京都新聞 2018年05月13日掲載]


米朝会談開催へ  段階的非核化に要注意

 世界の安全保障に関わる史上初の米朝首脳会談が、来月12日にシンガポールで開かれることになった。トランプ米大統領が、明らかにした。
 米国は北朝鮮に、「完全かつ検証可能で、不可逆的な非核化」を強く求めている。日本など関係国や東アジアだけでなく、世界の願いでもある。
 その実現に向けた会談の実施が、確たるものになってきた。何としても成果を挙げてもらいたいと、誰しも思っているだろう。
 トランプ氏は3月に金正恩朝鮮労働党委員長との会談に応じる意向を表明したものの、北朝鮮の動向によっては開かれない可能性もあると含みを持たせていた。
 その後、事態があまり進展せず、米朝間の水面下の交渉が難航しているとの見方も出ていた。
 開催日と場所が決まったのは、会談での合意の方向性に、一定のめどが付いたからではないか。
 発表前に北朝鮮は、拘束していた米国人3人を解放した。米側の要求に応え、会談実現への本気度を示したといえよう。
 この調子で、両者は歩み寄りを続けてほしい。
 開催地のシンガポールは、米朝双方と国交があり、過去に非公式な交渉も行われたという。中立性は担保されそうで、会談の舞台としてふさわしい。
 来月12日という日程にも着目したい。8、9日の先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)の直後である。米国は、各国の要請を受けて北朝鮮との話し合いに臨む姿勢を示す機会とすべきだ。
 サミット期間中には、日米首脳会談が行われる可能性もある。安倍晋三首相は、大量破壊兵器の廃棄とともに、日本人拉致被害者の帰還を北朝鮮に求めるよう、トランプ氏に働き掛けるはずだ。
 米朝会談で、拉致問題の解決に向けても、何らかの進展がみられることを願いたい。
 果たして、「完全かつ検証可能で、不可逆的な非核化」は、期限を設定したうえで、達成されるのだろうか。
 北朝鮮は、過去に何度も合意を無視して核・ミサイル開発を続けてきた。金氏は先日の文在寅韓国大統領との南北首脳会談で、「核のない朝鮮半島」を目指すとしたが、米国の要求を丸のみするとは考え難い。
 体制の保証と経済制裁の緩和を求め、時間稼ぎともいえる「段階的な非核化」を持ち出してくるとの予想もある。だが、これを安易に認めてはならない。

[京都新聞 2018年05月12日掲載]


マレーシア  政権交代の意義大きい

 マレーシア下院選で、元首相のマハティール氏率いる野党連合が汚職撲滅や消費税廃止を訴えて勝利し、1957年の独立以来、初めての政権交代が実現した。
 マハティール氏の知名度とカリスマ性を生かし、ナジブ政権の強権体質や公金流用疑惑に対する国民の不満を吸い寄せた形だ。
 マハティール氏は2003年まで22年間、首相を務め、工業化を進めて東南アジアでいち早く経済発展を成し遂げた実績を持つ。
 だが、今回は健康が不安視される92歳での再登板である。寄り合い所帯の新政権をまとめ、多民族融和や国民の所得向上といった課題に応えていけるのか、未知数の部分が多い。
 日本とも結びつきが強い国であり、混乱を避け、民主化の道を着実に進めてほしい。
 マレーシアは近年4%超の成長を続けているが、ナジブ政権が15年に導入した6%の消費税で生活が苦しくなったと訴える国民は多い。加えてナジブ氏の政府系ファンドからの不正流用疑惑が浮上、国民の不信感が高まっていた。
 ナジブ氏は、フェイク(偽)ニュースを発信した個人や団体に罰金や懲役を科す法律を施行して政権批判の封じ込めを図り、与党に有利となるよう選挙区の区割り変更まで強行した。
 それでも野党側は、与党の支持基盤だった多数派のマレー系住民の票まで取り込んで過半数を獲得した。ナジブ政権への国民の反発がいかに強かったかを物語る。
 ナジブ氏への批判から野党に転じて選挙に臨んだマハティール氏は、かつて「国内治安法」を使って野党指導者らを逮捕し、言論や集会を厳しく制限するなど強権的なやり方を進めた経緯がある。同様の手法を繰り返すなら、国民の期待は一気にしぼみかねない。
 就任後初の記者会見では、ナジブ政権時代の政策を見直し「抑圧的で不公平な法律は廃止する」と明言した。
 政権寄りと言われる司法や選挙管理委員会の改革なども含めて、国民の不満解消をどう進めていくかが問われよう。
 東南アジアでは、軍政の言論統制や独裁色を強める政権による野党弾圧など民主化に逆行する動きが加速している。そんな中、60年以上無風だったマレーシアで政権交代が起き、圧政の下でも国民が政府を自らの手で選べる自信を得た意義は小さくない。
 流れが変わる契機となることを期待したい。

[京都新聞 2018年05月12日掲載]


アメフット会見  2018年05月25日
イタリア新政権
森友交渉記録
日報問題で処分
加計問題新文書
国民投票法
要介護高齢者
是枝監督の受賞
終盤国会
滋賀の自立支援
新元号公表
iPS心筋移植
強制不妊提訴
女性の議会進出
日大アメフット
スルガ銀融資
働き方改革法案
新潟女児殺害
加計問題
京大立て看板
米大使館移転
原発4基再稼働
京のホテル
コンパクトな街
米朝会談開催へ
マレーシア  2018年05月12日

京都新聞 社説 2018年05月11日 04月26日

2018-06-18 23:00:48 | 日記
柳瀬氏国会招致  答弁修正も真相迫れず

 都合よく「記憶」がよみがえったようだ。
 学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡り、柳瀬唯夫元首相秘書官は10日の衆参両院予算委員会の参考人招致で、学園関係者と計3回、首相官邸で面会していたことを認めた。「記憶の限りでは会っていない」という従来の答弁を事実上修正したものの、「首相案件」との発言などは強く否定した。
 政府の国家戦略特区制度を活用した学部新設計画は「加計学園ありき」で進められたのか、安倍晋三首相の関与や官僚の忖度(そんたく)はなかったか。誰が真実を語っているのか、きちんと見極めたい。
 愛媛県側作成の文書に2015年4月2日に柳瀬氏と面会した記録が記され、「首相案件」といった発言も残されていた。文部科学省などでも面会に関する記録が見つかっている。
 柳瀬氏は面会を認め、愛媛県や今治市の職員も「10人近くの随行者の中にいたのかもしれない」と修正を図った。安倍首相と関係が深い学園側との面会を意図的に隠していたのではないか、と勘繰られても致し方あるまい。
 「首相案件」発言はかたくなに認めなかった。柳瀬氏は「普段から首相という言葉は使わず、違和感がある」と否定した。
 ただ柳瀬氏が面会を認めたことで首相答弁の疑義が深まった。
 首相が「腹心の友」とまで呼ぶ人物が理事長を務める加計学園の関係者と面会しながら、柳瀬氏が報告を怠ったとは考え難い。首相は新設計画を知ったのは、特区諮問会議が認定した昨年1月20日と説明しており、約1年9カ月もの間、新設計画を知らなかったことになる。不自然ではないか。
 野党側は4月中旬から柳瀬氏の証人喚問を求め、国会審議を拒否してきたのに、虚偽の陳述をしても偽証罪には問われない参考人招致で与党に押し切られた。
 それでも参考人招致は、ようやく国会審議に復帰した野党側にとって疑惑解明の好機だった。ところが質疑時間は限られ、追及材料を欠き、真相に迫れたとは言い難い。
 政治、行政への不信を募らせる疑惑、不祥事が後を絶たない。その筆頭が加計問題であろう。首相が認可に影響を与え、政策がゆがめられたのではないかとの疑念を拭えないからだ。
 最も説明責任を問われているのは安倍首相であり、自身も「丁寧な上にも丁寧に説明していく」と述べている。徹底して解明しなければ、信頼回復は望めない。

[京都新聞 2018年05月11日掲載]


暴言自衛官処分  文民統制の認識欠ける

 「戦前の軍部を思わせる」。識者からそんな厳しい批判も出た現職自衛官の国会議員に対する暴言問題で、防衛省は統合幕僚監部の3等空佐を内部規定に基づく訓戒処分とした。
 より厳しい懲戒処分ではなかった。品位を保つ義務を規定した自衛隊法に違反するが、私的な立場の言動で「シビリアンコントロール(文民統制)を否定するものではない」というのが理由だ。
 さらに「文民統制は国会と防衛省・自衛隊の組織同士の関係を律したもので、国会議員と一自衛官との関係ではない」とした。
 政治が軍事に優越する文民統制の考え方に照らして、妥当な処分といえるのか。
 自衛隊や防衛省の幹部からも「処分が軽い」「文民統制に関わる重大な問題という認識が欠けている」との批判が聞かれる。
 防衛省の最終報告によると、3佐は4月16日夜、国会議事堂周辺をジョギング中に遭遇した民進党(当時)の小西洋之参院議員に「国のために働け」「ばかなのか」などと暴言を吐いた。
 小西氏が政府、自衛隊と違う方向の対応が多いというイメージを抱き「一言思いを述べたいという気持ちが高まった」という。
 しかし、小西氏が主張する「おまえは国民の敵だ」との発言は、3佐が否定したため認定しなかった。事実認定に曖昧さを残したまま、幕引きを図った形だ。
 財務次官のセクハラ問題に続き、不祥事に対する調査が十分行われたのか疑問が残る。
 文民統制を巡っては、2008年に田母神俊雄航空幕僚長が過去の中国侵略や朝鮮半島の植民地支配を正当化する論文を発表し、更迭されたことが記憶に新しい。
 田母神氏は「われわれにも言論の自由はある」と主張を繰り返した。
 今回の暴言についても「国会議員に文句を言うことの何が問題なのか」と擁護する自衛官は少なくないという。
 専門家は、文民統制は自衛官の発言や行動まで厳しく律するものだと指摘する。武器を扱う実力組織の一員である自衛官に高い意識が求められるのは当然だ。
 日報隠蔽(いんぺい)問題で国民の厳しい目が注がれる中、さらに信頼を揺るがしかねない。個人の問題と矮小(わいしょう)化せず、背景にある組織の在り方に目を向けるべきだ。
 3佐のような暴言が起き、それを許容する雰囲気が組織にあるのではないか、厳しく問いたい。

[京都新聞 2018年05月11日掲載]


日中韓首脳会談  信頼醸成し地域安定へ

 日中韓首脳会談が東京で開かれた。およそ7年間、途絶えていた中国首脳と韓国大統領の来日である。
 地理的にも歴史文化的にも日本と近しいだけに、この間の外交関係の不正常さにあらためて思い至る。尖閣・竹島問題や歴史認識を焦点化して溝を深める流れに区切りをつけ、互いに新たな関係の構築へと踏み出したい。
 3カ国を引き寄せたのは、言うまでもなく北朝鮮の核問題だ。南北の平和定着は北東アジアの共通利益である。拉致問題を抱える日本としては、日朝対話の実現を探る意味でも、中韓との関係改善は重要といえる。
 会談で安倍晋三首相、中国の李克強首相、韓国の文在寅大統領は4月の南北「板門店宣言」の意義を共有し、6月上旬までに開催が見込まれる史上初の米朝首脳会談に向けて連携を確認した。日中韓の自由貿易協定(FTA)交渉を加速することでも一致した。
 一方、7~8日の金正恩朝鮮労働党委員長の2度目の電撃訪中、9日のポンペオ米国務長官の再訪朝と、米朝の動きも活発化している。双方の駆け引きが激しくなっている証しだろう。
 非核化プロセスに関して、検証を伴う形での短期間の核放棄を目指す米国・日韓に対し、中国は段階的な措置と見返りが必要だとする北朝鮮の立場に近い。きのうの共同記者発表で、3首脳はこの点の温度差には触れなかった。
 韓国主導の形で進みつつある南北、米朝の対話の流れに、中国がどう影響力を及ぼそうとしているかは見通し難い。ただ、貿易や海洋秩序をめぐって対立する米国を、「北朝鮮カード」でけん制する狙いがあるのは確かだろう。
 米朝首脳会談が予定通り行われ、非核化に合意したとしても、その実行と検証は長期に及ぶ。過去に頓挫した例を繰り返さないためには、関係国の相互信頼の醸成が前提となる。
 共通利益と未来志向を確認し合う場として、年1回の日中韓首脳会談の持ち回り開催を定着させたい。日中で合意した経済協力案件を含め、今回の成果を、次の会談や2国間の首脳往来へ確実につなげたい。
 日中は、懸案だった偶発的衝突回避の「海空連絡メカニズム」の6月始動でも合意した。近隣国との関係改善に動きだした習近平指導部だが、覇権主義的な路線を転換したわけではない。日本には、中国に自制を促す役割もある。

[京都新聞 2018年05月10日掲載]


米の核合意離脱  国際的枠組みの維持を

 またしてもトランプ米大統領による国際協定の否定である。
 イランの核開発を制限するため米欧など6カ国が2015年にイランと結んだ核合意からの離脱をトランプ氏が表明した。
 合意で解除していたイランへの制裁を再開し「最高レベル」の経済制裁を科すと宣言した。
 トランプ氏は、合意がイランによる核開発制限の一部に期限を設け、弾道ミサイル開発に制限がない点を問題視している。だが、国際原子力機関(IAEA)は、09年以降、イランの核兵器開発を示す痕跡はないと表明している。
 イランが合意に反している証拠もない中での一方的な離脱宣言だ。イランのロウハニ大統領は強く反発し、ウラン濃縮の再開もあり得ると警告した。米国とイランの対立が激化し、核拡散の危機を再び招きかねない。
 トランプ氏の強硬さの背景には、秋の中間選挙を控えて公約実行をアピールし、イランと敵対するイスラエルを重視する姿勢を示したい意図が透ける。内政の都合を優先して核への懸念を増幅させるのは身勝手というほかない。
 不安定化が避けられない中東情勢に対応する具体的な戦略がうかがえない点も不安を募らせる。
 特に心配なのは、欧米との協調路線を進め、イランを核合意に導いた穏健派のロウハニ政権の行方だ。米国に反発する保守強硬派が核合意を破棄するよう圧力を強めれば、政権は窮地に陥る。
 ロウハニ師は、トランプ氏が合意離脱を決めても合意にとどまる可能性を示しており、米国抜きでも合意が存続できるか、欧州などの他の合意参加国との交渉を始める方針を表明した。
 欧州は米国と同様、イランの弾道ミサイル開発などを問題視している。ただ、英国、フランス、ドイツの首脳は核合意にとどまるとの共同声明を発表した。
 核不拡散に向けた国際的合意の枠組みを崩さぬよう、各国は足並みをそろえてほしい。米国に追随しがちな日本も、イランとは独自の関係を築いてきた。一定の役割を果たせるのではないか。
 米国の合意離脱が、朝鮮半島の非核化を目指す米朝首脳会談にどう影響するかも気になる。核開発を制限する見返りに制裁を解除する手法の否定ともいえるためだ。
 核放棄が不十分なら妥協しないとの意思表示にもとれる。ただ、強硬すぎる姿勢は交渉の幅を狭め、非核化への道を遠ざける可能性もあるのではないか。

[京都新聞 2018年05月10日掲載]


国会正常化  実のある審議できるか

 国会が19日ぶりに正常化した。
 審議を拒否してきた立憲民主党など主な野党が8日の衆院本会議に出席した。
 与党は、今国会の最重要課題と位置づける働き方改革関連法案の審議を進める考えだ。
 一方、野党は森友・加計問題や自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)などを徹底追及する構えを見せている。
 いずれも、国民の生活と民主主義の根幹に関わるが、安倍晋三政権は十分な説明責任を果たしてきたとは言い難い。徹底した国会審議をしてほしい。
 正常化は大島理森衆院議長の調整が契機となった。
 与党は連休の合間も、立憲民主党など6野党が欠席する中で国会の委員会を開催し、野党不在でも質問時間をカウントする「空回し」を続けていた。
 これに対し野党は対抗策を見いだせなかった。空転のきっかけは政府の対応だが、野党も結局は大島議長による仲介に頼らざる得なかった。
 審議拒否に対する風当たりが強くなるのを恐れたのも、野党の審議復帰の一因だろう。巨大与党を前に、離合集散を繰り返す野党の力不足があらためて浮かび上がった。
 再開された国会では、10日に決まった柳瀬唯夫元首相秘書官の参考人招致が、焦点の一つになる。
 柳瀬氏は加計学園関係者や愛媛県職員らとの面会を否定していたが、愛媛県の文書には、柳瀬氏が2015年4月に同県職員らと首相官邸で面会していたことが記録されていた。
 柳瀬氏は国会で「記憶の限りでは(面会は)ない」と説明していたが、政府・与党は学園関係者との面会を認める方向で調整しているという。
 記憶は調整すればよみがえるものなのだろうか。柳瀬氏は「国会で誠実にお話しする」と述べているが、実際にどう答弁するのか。
 柳瀬氏が学園と面会していたとすれば、17年1月に獣医学部新設計画を知ったという安倍首相の答弁と矛盾する可能性が出てくる。
 働き方改革関連法についても、裁量労働を巡る厚労省の不適切データ問題が未解明だ。
 6月20日までの会期中には、統合型リゾート法案など重要法案の審議が予定されているが、強引な国会運営は許されない。
 過去の国会審議では、野党議員が同じ趣旨の質問を繰り返すことがあったが、今後は連携して質問し、問題の本質に迫ってほしい。


基礎的財政収支  歳出見直し黒字化急げ

 本気で財政再建を進めるのか、疑問符が付く。政府は来月決定する新たな財政健全化計画で、国と地方の基礎的財政収支を黒字化する目標時期を2025年度とする方向で検討に入った。
 従来目標から5年先送りだ。教育無償化に伴う収支悪化などが主な理由だが、財政健全化が滞れば将来世代へより重いつけが回る。日本の将来を見据え、健全化に向けた活発な議論を求めたい。
 安倍晋三政権は消費税率10%への増税を2度延期し、昨年秋の衆院解散・総選挙に向け増税時の増収分を借金返済から教育無償化に振り向けることを決めた。
 その際、財政収支の20年度の黒字化も断念した。新たな借金に頼ることなく、税収で政策経費を賄うのは国際公約だったはずだが、黒字達成が5年も遅れることで財政再建は後退しかねない。
 財政健全化計画は、経済見通しが甘かったり与党などの歳出増圧力が強まったりして、目標達成が難しくなり、先送りを重ねてきた。安倍首相も「経済成長なくして財政健全化なし」と成長重視にかじを切り続けている。
 だが、経済成長頼みの側面が強く、税収が伸び悩むと収支改善は頓挫した。低成長で税収が下振れしているのに景気対策を名目に大型補正予算で歳出が膨らんでいては借金漬けから抜け出せない。
 収支改善には毎年度の予算が野放図に膨らまないよう管理する必要がある。例えば16~18年度は「歳出改革の目安」が機能し、社会保障費の増加は毎年度5千億円に抑えられた。年度をまたいだ中長期的な目標が欠かせない。
 とはいえ、黒字化を25年度に先送りする新目標さえ、達成できるかどうかは予断を許さない。内閣府が1月に示した試算では、実質2%前後の高い経済成長を前提にしても25年度で3兆8千億円程度の赤字が残り、黒字転換は27年度に遅れるとみられていた。
実のある審議できるか

 国と地方の借金は1千兆円を超えている。危機的な状況は誰の目にも明らかだ。
 楽観的な経済見通しを排し、厳しい現実を見据えた目標設定と併せ、達成への道筋をきちんと描く必要がある。
 そのためには痛みを伴う増税や歳出見直しを避けて通れない。国民も覚悟が問われよう。
 25年には団塊の世代が後期高齢者になり、医療・介護費の激増は必至だろう。膨張著しい防衛費など聖域を設けず、あらゆる分野の歳出を徹底して点検し、着実に財政再建を進めてもらいたい。

[京都新聞 2018年05月09日掲載]


文学賞見送り  開かれた選考へ改革を

 世界で最も権威のある文学賞の選考主体がスキャンダルに見舞われては賞の権威がゆらぐ。その意味ではやむを得ない選択だ。
 ノーベル文学賞を決めるスウェーデン・アカデミーが、今年の文学賞の発表を来年に持ち越すと表明した。関係者の性的暴行疑惑や受賞者名の漏えいなどが理由だ。
 セクハラなどを告発する「#MeToo」(私も)運動がアカデミーを直撃した形だ。疑惑の中で授賞を決めれば、受賞者も困惑するだけだろう。選考を先送りするのは仕方ない。
 1901年創設の文学賞で受賞者が決まらなかったのは49年以来だが、スキャンダルで見送られるのは極めて異例のことである。
 問題発覚後にアカデミーがとった対応のまずさにメンバーが次々と辞意を表明し、全18人のメンバーが現在は10人となっている。
 アカデミーはメンバーを補充して内部改革を進めるという。事実関係を解明し、権威と信頼の回復に努めるほかあるまい。
 疑惑が持ち上がっているのは、アカデミーのメンバーだった女性の夫で写真家のジャンクロード・アルノー氏。性的暴行のほか妻から得た受賞者名を事前に漏らしたとされている。
 スウェーデンでの報道では、96年から昨年までに少なくとも18人の女性が性的暴行やセクハラを受けており、ノーベル賞授賞式後の晩さん会で体を触ったり、アカデミー所有のアパートで性的暴行を加えたりした疑惑もあるという。
 アカデミーが第三者に依頼して行った調査では、2016年のボブ・ディラン氏を含む受賞者情報が発表前に外部に漏れていた。
 アカデミーに近い立場と権威に名を借りた振る舞いだ。ただ、アカデミーもアルノー氏が運営する文化団体に資金提供をしていた。不透明なつながりが無軌道な行いを容認したといえないだろうか。
 先月、経済犯罪担当の捜査当局が捜査に着手した。アカデミーも襟を正す必要がある。
 アカデミーはノーベル文学賞決定に至る過程を50年間公開せず、メンバーは終身制だ。それが威信を高めているとされる半面、閉鎖的な運営や腐敗につながりやすいとも指摘されている。
 今回の問題は、情報公開や選考メンバーの交代制など開かれた運営を検討する好機ではないか。
 権威を重んじる賞の選考団体は日本を含め世界中にある。組織内に問題の根がはびこっていないか、他山の石とする必要がある。

[京都新聞 2018年05月08日掲載]


生産緑地  無秩序な転用防ぎたい

 都会に残る農地「生産緑地」は、いまや地域の公共財といえる。無秩序に転用されることのないようにしたい。
 生産緑地の大半が減税措置の期限切れを迎える「2022年問題」が指摘されている。期限切れを機に、地主が一斉に農地を手放しかねないためだ。
 都市部の農地が大量に売りに出されれば、最も心配されるのは宅地転用で新しい家が建ち、古い空き家の増加や地方の過疎化が一層進むことだ。土地の需給バランスが崩れ、地価が混乱する恐れもある。
 全国には、東京・大阪・名古屋の三大都市圏を中心に約1万3千ヘクタールの生産緑地がある。京野菜で知られる京都市は612ヘクタールと、市町村別では最大だ。このうち約9割が22年に期限を迎えるとみられている。対策を急ぎたい。
 1992年に始まった現行の生産緑地指定制度は、市街化区域内で30年間営農を続ける農家だけを対象に、固定資産税や相続税の優遇を認めた。バブル当時、都市部の宅地不足は深刻で、農家にできるだけ農地を手放してもらう狙いがあった。
 しかし時代は変わり、三大都市圏でも少子高齢化の進展で宅地の需要が減った。農家側も代替わりなどが進み、生産緑地での営農意欲は必ずしも高くない。
 国は昨年の法改正で、税優遇の継続を前提に生産緑地の指定を更新できる制度を設けたが、申請者がどの程度あるかは不透明だ。指定の更新にあたっては、事前審査など多くの法的手続きが見込まれる。自治体は地主への制度周知と、当該農地の今後の利用意向把握を急ぐ必要がある。
 法改正では併せて、生産緑地内の建築規制が緩和された。従来は温室や農機具収納庫、共同選果場などしか建てられなかったが、直売所や農家レストランも認められるようになった。後継者不足に対応し、第三者に生産緑地を貸しやすくするための新法も今国会で審議されている。
 自治体には、こうした新たな選択肢を地主に示し、街の魅力向上や環境保全につなげる役割が求められよう。
 日本の農地面積全体からみれば1%にも満たないとはいえ、生産緑地の機能は多面的だ。公園と並ぶ貴重な都会のオープンスペースであり、災害時の避難場所、住民の交流、子どもの食育の場としての期待もある。これをどう生かしていくか、自治体の知恵と工夫が問われている。

[京都新聞 2018年05月08日掲載]


秘密法と公文書  国会の監視強化が必要だ

 何が秘密かも、秘密にされてしまう-。
 2013年末の立法時に度々指摘された懸念が、現実味を帯びてきたのではないか。
 特定秘密保護法に基づく政府の秘密指定をチェックする衆院情報監視審査会が3回目の年次報告書を出した。
 特定秘密を含む行政文書の保存期間を「1年未満」の扱いにして、各省庁が独自の判断で文書を廃棄している実態が分かり、審査会は政府に見直しを要求した。
 そもそも、保存期間を1年以下としていいのかどうかを検証する方法がないことも、改めて浮かび上がった。
 秘密保護法は、外交や防衛、テロとスパイ防止に関する国の情報を、国の判断で特定秘密に指定できる。秘密の漏えいや、漏えいのそそのかしを厳しく取り締まる仕組みもある。
 知る権利にかかわる法律だけに運用の監視は極めて重要だ。
 報告書によると、16年中に破棄された保存期間1年未満の文書は約44万5千件に上った。多くは原本がほかで保存されている文書のコピーや一定期間で変わる暗号だったが、2万8千件は別文書をつくるための素材となる文書だった。
 引用や写しで情報を他の文書に吸収させたから廃棄してもいい、と政府が独自に判断することが、果たして妥当なのだろうか。審査会はこうした疑問を呈している。
 財務省の文書改ざん問題などを見る限り、作成過程で本来残すべき情報が隠されたりすることはありうる。審査会の指摘はもっともだ。
 特定秘密保護法には、衆参両院の情報監視審査会のほかに、政府内部にも運用を監視する仕組みがある。
 内閣府の独立公文書管理監と、管理官の下にある情報保全監察室だ。
 管理監は2代続いて元検察官が就き、情報保全監察室の担当者は防衛や外務、警察庁などの出身者だ。いずれも、特定秘密を扱うことが多い省庁で、いわば「身内」である。
 これに対し国会の審査会は唯一の外部の監視機関だ。法施行後に特設された、電波を遮断した部屋で開かれ、守秘義務も負うが、野党の議員も出席する。
 審査会は今回、廃棄の実態を踏まえ、特定秘密を含む文書の保存は原則1年以上とすることや、保存期間の妥当性を独立文書管理監が検証できるようにすることを政府に求めた。
 文書廃棄を管理監が認めた場合は、審査会に連絡すべきとも指摘した。
 警察庁と外務省、防衛省には作成から30年を超える文書があり、秘密指定されてさらに長期間秘匿される可能性や、破棄される可能性にも言及し、対策を求めた。
 妥当な指摘ばかりだ。ただ、審査会がこれらを「勧告」とせず、「意見」にとどめたのは残念だ。国民の代表として、もっと強く政府に迫ってほしい。
 国が持つ情報は国民のものだ。即時公表できないものでも、いずれは公開し検証対象にするのが原則だ。特定秘密も例外ではない。そのためには、審査会の機能強化も必要ではないか。

[京都新聞 2018年05月06日掲載]



こどもの日  君をひとりにはしない社会

 家族と遠くへに出かけたり、かしわ餅やちまきを食べたり。それともゲームや読書をしているのかな。
 きょうは「こどもの日」。君たちは、連休後半をどう過ごしているでしょうか。
 ひょっとして、こんなことはありませんか。誰にも言えないけれど、一人になると気分が落ち込む。身近な友達の中に、なぜか暗い顔をしている子がいる。
 「小さい頃は、ゴールデンウイークやクリスマスが来てほしくなかった」と打ち明けてくれた人がいます。親が家にいないことが多く、旅行したりプレゼントをもらったりする友達がうらやましかったそうです。
 給食のない日は、1日1食しか食べられなかったと話してくれた人もいます。スマホもゲーム機も持っていて経済的に困っているようには見えなくても、それは周囲からいじめを受けないようにするため。親子で食事を減らして、懸命にやりくりしていたのだそうです。
 本当につらい時ほど、助けてと言えない。自分よりしんどそうな友達が身近にいるけれど、どうしたらいいか分からない。

 信頼する大人に相談
 声に出すのは勇気のいることです。でも一人で悩んだり、我慢を続けたりする方がいいでしょうか。その方がずっと大変ではありませんか。
 どうか、信頼できる大人に話してみてください。できれば1人ではなく、2人か3人の大人に。誰かが必ず力になってくれるはずです。
 「こどもの日」にあたって、君たちに何よりもまず、そのことを伝えたいのです。
 もし君が伸び伸びと遊び、学べているのなら、こんな心配は余計でしたね。
 でも全体をみると、児童虐待やいじめの件数は増え、過去最多を更新しています。「子どもの貧困率」はやや減りましたが、それでも7人に1人の割合です。
 安心しておなかいっぱいになれるようにと今、子ども食堂が広がっています。子どもなら誰でも無料か安い料金で食事のできる所で、地域の大人たちがボランティアで定期的に開くようになりました。京都府と滋賀県には各90カ所ほどあり、全国では2300近くあるそうです(「こども食堂安心・安全向上委員会」調べ=代表・湯浅誠法政大教授)。
 いじめなどのトラブルを打ち明けてくれた人たちの声も、大人を動かしました。最近、LINE(ライン)やツイッターで、悩みを相談できる窓口ができたのを知っている人もいるでしょう。
 電話や面談では話しにくいし、そもそも、どこに連絡すればいいのか分からない。それを君たちが気づかせてくれたからです。

 自分のせいと諦めず
 経済的な理由で、進学を諦める人がないようにする仕組みづくりも進んでいます。
 ただ、気になるのは「勉強もスポーツもやる気が出ない」「どうせ自分にはできない」といった声を耳にすることです。
 「努力が続かない、集中力がないと自分で思い込んでいたけれど、(学習支援ボランティアに付きっきりで)教えてもらったら、ちゃんとできた」。ある生徒から聞いた言葉です。
 誰かにじっくり付き合ってもらえたり、さまざまなことを体験できたりする「場」は、残念ながら十分とはいえません。
 やる気が出ない、意欲がわかないことをただ責めるのではなく、どうすればいいかを皆で考えていく。君たちが自分の力を信じ、壁を乗り越えていけるようにすることが、社会の側に求められているといえるでしょう。
 ところで、朝刊の「窓 読者の声」の欄に、「若いこだま」(水曜掲載)というコーナーがあります。

 声を出して、参加する
 ここには、多くの10代から投書が寄せられます。校則や部活動など身近な話題はもちろん、五輪・パラリンピック、環境問題、人工知能(AI)などテーマはさまざまです。
 最近では「部活の時間を制限しないで」と、宇治市の中学生が投書をくれました。先生の負担を減らすために、大人たちが部活の時間を短くしようとしていることへの意見でした。
 京都市東山区の中学生は、外国人観光客の中に京都の人と交流できないとの不満があることから「私たちの学校に来てもらうのはどうだろう」と書いてくれました。外国語の話せる生徒をはさんで、お互いの文化を学び合おうという提案です。
 君たちの周りにも、海外からの帰国生や、外国にルーツをもつ友達がいるかもしれませんね。
 学校にいろんな友達がいるように、社会にもさまざまな人と意見があり、お互いに学んだり、協力したりすることで成り立っています。
 誰も置き去りにせず、皆が参加する社会でありたい。
 君も大切なメンバーの一人なのです。

[京都新聞 2018年05月05日掲載]



みどりの日  国内外の森に目を向けよう

 きょうはみどりの日。国内外の森が直面する問題を考えたい。
 入り口は、京滋から。
 滋賀県北西部、高島市朽木の山林を訪ねた。
 高島市から長浜市にかけて広がる豊かな森林は、琵琶湖にとっては重要な水源涵養(かんよう)地でもある。
 一時は伐採の危機に直面した樹齢数百年のトチノキの大木群は健在だ。一方で、スギなどの人工林はうっそうとして暗い。年々、森が膨らんでいるようにも思える。
 国産木材の価格低迷や後継者難などから、森林の手入れが行き届かない実情は、日本各地で見ることができる。
 林野庁によると、管理が行き届いていない人工林は国土全体の約10%、約400万ヘクタールに広がる。

 「経営法」徹底審議を
 こうした問題の解決を目指す「森林経営管理法案」が今国会で議論されている。
 法案の柱は、担い手のいないスギなどの人工林を、市町村が管理する「森林バンク」を通じて意欲のある林業経営者に貸し出し、林業の規模拡大を促す仕組みだ。
 要するに、森林の所有と管理・利用の分離である。
 高齢や後継者不在で山林の所有者が森を手入れできない場合、経営管理権を市町村に移し、林業に使う権利は民間業者にも渡せるとしている。
 施行は2019年4月の予定で、財源には、24年度から個人住民税に年千円を上乗せする「森林環境税」の一部を充てる。
 同法案は、すでに衆院農林水産委員会を通過し、連休明けからは参院での議論が始まる見通しになっている。
 現状では成立が確実だが、法案が、一律に植林からおおむね50年の伐採を前提にしていることの是非や、「民間業者」をどのように想定しているのか、といった問題が指摘されている。
 森林経営者の中には、50年以上の長期展望のもとで樹木を育てている人も少なくない。
 民間業者について、伐採、搬出にとどまらず、長期間にわたって再植林や山の世話を続ける意欲や能力をどう見極めるのか。
 所有者が判明しなかったり、行政への管理移行を拒んだ場合、市町村が一定の手続きを踏めば「同意」と見なせる制度も盛り込まれるが、強引な運用は起きないか。
 新税で財源を確保したものの、予算消化が自己目的化することがあってはならない。
 こうした懸念から、衆院では14の付帯決議が付いた。参院では、与野党を超えて、課題をより深める徹底議論をしてほしい。
 同法案については、林野庁が国会で配布した林業の現状の資料に関し説明を修正した経緯がある。
 森林業者の意向について、引用元の調査にあった「現状を維持したい」を、「経営意欲が低い」と解釈して説明していた。
 「森林業者はやる気がないから、新法が必要だ」といわんばかりである。担当官庁の、法案通過ありき、の姿勢は残念だ。
 国内の森林の深刻な現状と表裏一体の関係にあるのが、海外の森林、とりわけ東南アジアや南米、アフリカにある熱帯雨林の危機的な状況だ。

 熱帯林の破壊も深刻
 世界自然保護基金(WWF)ジャパンの調査では、過去10年で失われた熱帯雨林の面積は、日本の国土の3~4倍に相当するという。
 熱帯林保護が進まない原因として近年、指摘されているのがプランテーションの拡大だ。天然林が伐採され、ゴムやアブラヤシ、パルプ向け樹木などへ植え替られている。
 天然ゴムは自動車タイヤなど、アブラヤシはパームオイルなどの世界的な需要増に対応している。WWFによると、ゴムの生産量は14年までの過去40年間で3倍に増えた。
 プランテーションの拡大と、ゴムなどへの頻繁な植え替えの影響は、オランウータンなど、貴重な生物の生息地を減少させることだけではない。森林が長年、蓄積していた二酸化炭素(CO2)を大気中に放出してしまうことになる。
 とりわけ熱帯林の土壌はCO2やメタンなど、温室効果ガスを大量に閉じ込めているだけに、破壊されれば地球環境に与える影響は重大だ。

 国際連携で対策急げ
 もちろん、こうした森林の破壊を食い止める取り組みも始まっている。
 WWFジャパンはミャンマーでゴム生産のモデルづくりを進めている。単位面積あたりの生産効率を上げることで、天然林の伐採を一定にとどめる狙いだ。日本からもスタッフが現地に入り、地元自治体や農家と協力して施肥の改良などを進めているという。
 各国が近年、特に重視しているのが流通の監視だ。環太平洋連携協定(TPP)の合意には、各国が違法伐採の阻止のために有効な措置を取る規定が盛り込まれた。 日本でも輸入木材の認証制度を取り入れているが、企業の任意の取り組みにとどまっている。より実効性のある仕組みが求められている。

[京都新聞 2018年05月04日掲載]


憲法記念日に  改正の必然性乏しくなった

 思い起こせば、戦争放棄や戦力不保持を定めた9条を維持したまま、自衛隊の存在を明記する憲法改正を行い、2020年に施行しようと安倍晋三首相(自民党総裁)が言い出したのは、昨年の憲法記念日である。
 それから1年。先の自民党大会で安倍氏は改憲に意欲を示し、自衛隊明記を含む党の改憲案4項目が紹介された。
 ところが、党内から異論が相次ぎ、閣僚から「議論は道半ば」とする声も上がっている。
 改憲の国会発議に向けて他党との協議はできず、衆参両院の憲法審査会を開催する見通しは立っていない。
 なぜか。一つには、森友・加計問題や自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)、セクハラなど省庁の不祥事が連続し、安倍政権に対する不信感が高まっていることが挙げられる。内閣支持率が低下し、「改憲論議どころではない」とのムードがある。
 もう一つは、4項目の改憲案の内容そのものに、必然性が乏しいからではないか。
 国家権力の拡大や強化につながる改憲は、解釈の変更や立法では解決できない場合に限って行われ、厳格な理由が必要となる。

 立法でも解決が可能
 改憲によって国のあり方がどう変化するのか、国民に説明できなければならない。もし変化しないのであれば、改憲に値するとはみなされない。
 4項目は自衛隊の明記のほか、大災害時に内閣に権限を集中させる緊急事態条項の新設、参院選の合区解消、教育の充実である。
 緊急事態条項は既存の災害対策基本法、教育充実は教育基本法との重複がみられる。立法で解決できないわけではない。
 合区の解消は、1票の格差を容認し、法の下の平等に反しかねないものだ。
 焦点の自衛隊明記は、違憲論争に終止符を打つとして、安倍氏が持ち出してきた。案文は、戦争放棄や戦力不保持が「必要な自衛の措置を妨げず」としたうえで、自衛隊を保持すると書き込んだ。
 しかしこれでは、自衛隊を戦力とみなす立場から、戦力不保持と矛盾するとの批判が、今後も続くことになりそうだ。
 安倍氏は国会で、自衛隊の任務や権限に変更は生じない、と答弁している。本当に変化がないなら、改憲に値しない案となる。
 衆参両院で改憲発議に必要な勢力を抱え、党総裁任期の延長で21年まで首相を続けられるようになり、任期中に悲願の改憲を成し遂げるつもりなのだろう。
 だが、改憲できそうな項目を検討した結果、肝心の必然性が乏しくなってしまったようだ。
 憲法記念日を前に共同通信社が行った世論調査では、改憲を「必要」「どちらかといえば必要」とする改憲派は58%で、「どちらかといえば」を含む護憲派の39%を大きく上回った。
 にもかかわらず、自民党が年内の発議も視野に、20年の改正憲法施行を目指していることに、賛成と回答したのは36%にとどまり、反対が62%に達している。
 詳細に眺めると改憲4項目は、自衛隊を明記する9条改正で「必要」が44%、「必要ない」が46%と拮抗(きっこう)したほかは、いずれも大差で「必要ない」とされた。

 民意取り違えている
 一方で、解散権の制約や、「環境権」「知る権利」などの明記を求める人は多数となっている。
 こうしてみると、安倍政権は民意のありようを取り違えているのかもしれない。
 ここにきて公明党が、国会発議後に改憲の是非を問うための国民投票法の改正を訴えている。
 公職選挙法の改正で、「洋上投票」の対象者が拡大されたが、国民投票法には反映されていない。同様の改正項目が、ほかにもいくつかあるという。
 国民投票では、運動費用に上限がなく、収支の報告義務もない。「お金を持っている方が大量のテレビCMを流せる」として、規制を求める意見もある。
 発議後、改憲について国民の意思を確かめる態勢が、現状ではまだ整っていないといえよう。これも気掛かりだ。
 憲法に関して、米国は日本の先達である。その事情に詳しい阿川尚之・同志社大特別客員教授によると、米国では憲法とともに国のありようが大きく変化したことが、三度あるという。

 時代に適応できるか
 最初は、英国からの独立と合衆国の樹立で、新憲法を制定して対処した。これがなければ、今日の連邦国家はなかったろう。
 次は、南北戦争勃発から南部の再建終了までの期間で、奴隷制度を廃止する改憲などで対応した。3番目は大恐慌から脱するために規制を強化するニューディール政策の推進時で、これは立法と司法の憲法解釈で乗り切った。
 いずれも、激変する社会情勢を受けて、問題を解決するために、憲法の新設を含む大きな変更が行われた。
 米国の憲法史は、改憲が必然性を持っていたがゆえに、軋轢(あつれき)を生みながらも、時代に適応したものになったことを教えてくれる。

[京都新聞 2018年05月03日掲載]


脱走受刑者逮捕  警備と捜索に課題残る

 愛媛県今治市の松山刑務所大井造船作業場から脱走した受刑者の平尾龍磨容疑者(27)が逮捕された。脱走から23日目だった。
 広島、愛媛両県警は広島県尾道市・向島に潜伏しているとみて、連日大がかりな捜索、警備体制を敷いた。だが、見つかったのは広島市内のインターネットカフェで、店員が110番通報した。
 平尾容疑者は「向島で空き家などの食料品を食べて潜伏し、海を泳いで本州に渡った」という趣旨の供述をしているという。
 施設の警備体制や捜索の在り方に課題が残る。上川陽子法相は「地域住民と国民に多大な心配と迷惑を掛けた」と謝罪した。
 同作業場は全国でも4カ所しかない開放的施設で、塀がなく、内側から窓や玄関扉の鍵を開けることができる。
 通常に近い環境で過ごすことで社会への適応性を向上させる狙いがあり、出所後の再犯率も低い。罪が比較的軽く、模範的な態度の受刑者を収容している。
 一方で1961年の開設以来、今回を含めて17件20人の逃走事案が発生している。
 法務省内の検討委員会では、再発防止策に顔認証技術を導入する案が浮上している。導入には多額の費用がかかるとみられる。
 警備面の見直しは必要だが、強化しすぎれば開放的施設の良さが失われる可能性もある。バランスと工夫が求められよう。
 動機の解明も待たれる。平尾容疑者は「刑務所での人間関係が嫌になった」と話し、潜伏先からは「刑務官にいじめられた」との内容のメモが見つかったという。
 刑務官から叱責(しっせき)を受けて落ち込んでいたことがあり、逃走の原因の一つになったとの可能性が指摘されている。そうした施設内の人的環境が背景にあったのか、詳しい状況を知りたい。
 両県警の対応は後手に回った。難航する捜査の焦りからか、島内の捜索にこだわりすぎた面は否定できない。大きな障壁になったのが空き家問題だった。
 人口2万人余りの島に千軒以上の空き家があり、所有者の許可なく立ち入れないため、確認作業が難航した。目視にとどまることも多かったという。
 供述によると潜伏先は無人の別荘の屋根裏で、結果的には両県警の捜索対象だったが屋根裏までは点検していなかった。とはいえ空き家対策の必要性が、捜査活動の面からも改めて浮き彫りになったのではないか。

[京都新聞 2018年05月02日掲載]



高齢者と免許  返納だけでない対策も

 高齢者の交通事故を防ぐには、運転免許の自主返納しかないのだろうか。そんな問いかけである。
 京都、兵庫両府県の北部地域の有識者でつくるシンクタンク・北近畿地域連携会議が、高齢者に一律に免許自主返納を勧める政策の見直しを求める提言をまとめた。
 アクセルとブレーキを踏み間違えたり、高速道路を逆走したりするなど高齢者が当事者となる事故は目立っているようにみえる。自主返納する高齢者も増えている。
 ただ、高齢化が進む中でも、65歳以上のドライバーの死者数は横ばいで、免許人口1万人当たりの事故件数も25~64歳の壮年世代の件数とあまり変わらないという。
 高齢ドライバーだけが危険というわけではないのに、現実には高齢を理由に免許の維持か返納かの二者択一を迫られている。
 運転技能には個人差がある。車なしでは生活が成り立たない地域もある。運転をやめることで、暮らしの範囲が縮小し交流の機会が減少するなど、高齢者の生活の質が低下するとも指摘されている。
 高齢者が安全に運転を続ける方法はないのか。提言は、高齢者の生き方や地域のあり方にも関わる幅広いテーマを含んだ問題提起といえる。社会全体で考えたい。
 免許返納への抵抗感は、公共交通機関が貧弱な地域で特に根強い。同会議が地元の自動車学校4校の高齢者講習受講者500人(平均年齢77・6歳)に行った調査では、約7割が生活への不安から「返納したくない」と答えた。
 背景に、代替手段の乏しさがある。各自治体は返納者向けにバスやタクシーの利用券を配るなどの特典を用意しているが、一過性のサービスが多く、返納後の生活の手助けになりにくい。返納を求め続けるなら改善する必要がある。
 一方、高齢者も運転技能の衰えに無自覚ではない。調査では、免許を継続するための支援策として自動ブレーキなどの安全装置や運転能力を維持するための講習の充実を求める人が多かった。
 運転技能を補う手段を広げるには、社会全体での取り組みが欠かせない。同会議はこうした対策のほか、年齢や運転範囲を限定する免許の新設や、高齢者に配慮した道路環境の整備も提言した。高齢ドライバーを排除するのでなく、安全を前提に「包摂」する考えに立つといえるのではないか。
 提言は、事故をなくす対策の充実と同時に、高齢化をふまえた地域づくりへの視点も提供した形だ。大いに議論を深めてほしい。

[京都新聞 2018年05月02日掲載]


日銀の物価目標  時期の明示はできない

 日銀が、物価上昇率2%目標の達成時期の明示を取りやめた。
 4月27日の政策決定会合で公表した、経済動向の見通しを示す文書から削除した。
 黒田東彦総裁は4月に2期目をスタートさせたばかりで、記者会見では「金融政策のスタンスを変えたわけではない」「物価の先行きには不確実性があり、数字にだけ過度に注目が集まるのは適切でない」と説明した。
 数字に過度に縛られず引き続きデフレ脱却を追求する、ということだ。
 日銀は黒田氏が総裁に就任した直後の2013年4月、物価の2%上昇を目指して大規模な金融緩和に踏み切った。
 しかし、石油価格の下落や消費者の節約志向の影響で、日銀の想定通りには物価が上がらず、達成時期はこれまで6回、先送りされてきた。
 公表した「展望リポート」では、18年度の物価上昇率を前回の1・4%から1・3%に下方修正し、19、20年度も1・8%にとどめた。
 同リポートはまた、19年度以降の経済情勢について「下触れリスクが大きい」とした。
 達成できない目標を掲げて先送りを続ければ、日銀の信頼を損ないかねないという指摘は、これまでにもあった。削除はやむを得ない判断だろう。
 4月に就任した若田部昌澄副総裁は追加緩和に積極的な姿勢を見せ、黒田氏らとの姿勢の違いが目立っていた。目標の削除は、さらなる緩和策が当面ないことを示す、黒田氏側からのメッセージともいえよう。
 背景には大規模緩和の副作用へ懸念が強まっていることがある。
 貸し出し金利の低下で銀行の収益が圧迫されている。地方銀行への悪影響も深刻だ。新規融資が縮小し、地域社会には金融緩和の効果が浸透しているとは言い難い。
 日銀が投資信託や国債を大量に買い入れていることも心配だ。
 財政規律を緩ませている上、金融資産を持つ人たちに恩恵が集中する経済構造を強めているのではないか。
 今後は大規模緩和からの出口をどう探るのかが注目点となろう。
 アベノミクスとの距離をどう取るのか、中央銀行としての主体性をどう発揮するのかということだ。
 欧米はすでに出口戦略に着手し、金融正常化の道を探っている。日銀も、中長期的な展望を速やかに示す必要がある。

[京都新聞 2018年05月01日掲載]


京都スタジアム  具体的な活用策を示せ

 京都府が亀岡市で建設中の「京都スタジアム」(仮称)を巡り、府民の意見が割れている。
 京都新聞社が知事選で有権者1500人余りに計画について聞いたところ、「見直すべきだ」が33・8%、「計画通り進めるべきだ」が32・6%と拮抗(きっこう)した。
 スタジアムは2020年春のオープンに向け、1月に工事が始まった。府内初の球技専用スタジアムが誕生しようというのに、理解が進んでいないことが浮き彫りになった。投資効果や集客力を疑問視する府民が多いという事実を、府はしっかりと認識するべきだ。
 府は年内にも運営事業者の募集を始め、来秋までに事業プランを決める予定だ。府民の懸念を解消するためにも、早急に具体的な活用策と実行体制を示してほしい。
 総事業費167億円のうち90億円が府民負担となる。完成後50年間の維持管理と修繕には158億円かかる。相応の効果がなければ将来に大きなツケを残す。寄付集めの強化や命名権(ネーミングライツ)の売却などあらゆる手段で府民負担の軽減を図りたい。
 大きな投資でも、一定の経済効果が生まれ、スポーツ文化の振興や地域のにぎわい創出につながれば意義はある。ところが肝心の集客力を心配する声が多い。スタジアムを本拠地とするサッカーJ2の京都サンガFCは成績が振るわず、今季は早くもJ3転落の危機を迎えている。
 サンガが公式戦で使うのは年間20試合余りに過ぎない上、成績が低迷すれば観客動員目標の達成が一層難しくなる。府はコンサートなどのイベントを含め年間100日超の稼働を見込むが、京阪神のスタジアム間で競合が予想される中、実現性はあるのだろうか。
 収容人員2万1600人のスタジアムを埋めるには、京都市や滋賀県など広範囲から人を呼び込まねばならない。
 京都駅からJRの快速で21分という利便性を前面に、丹波地域の自然や観光資源とも連動した大きな戦略が要る。
 今回の調査で4人に1人が「分からない」と答えた点も気がかりだ。スタジアム計画自体が府民に十分伝わっていない証左だろう。地元にとどまらず、京都市内などでの積極的な広報を求めたい。
 知事が代わった今こそ、スタジアム運営について再検証する好機だ。西脇隆俊知事は選挙中、「スタジアムはまちに人を呼び込む手段」と訴えた。府民に親しまれる施設にする新たな策を期待する。

[京都新聞 2018年05月01日掲載]


退位まで1年  「象徴」のかたち社会に定着

 「平成」も、あと1年。
 来年4月30日、天皇陛下が退位され、翌5月1日に皇太子さまが新天皇として即位される。
 現行憲法上初めてのことだ。2016年8月に陛下が退位の思いをにじませたビデオメッセージを公表されてから、一代限りで退位を認める特例法が設けられ、代替わりへの準備が進んでいる。
 憲法で「国民統合の象徴」とされた天皇の退位による時代の区切りである。さまざまな感慨を抱く人もおられよう。
 近代の天皇の在位期間は一つの元号でくくられる。明治、大正、昭和と、過去の元号にはそれぞれの時代の特徴が投影されてきた。元号とともに歩む天皇その人にも時代のイメージが重ねられる。
 平成の時代、天皇はどのような役割を果たしてきたか、国民はそれをどう受けとめてきたのか。新しい元号のもとで始まる次の時代を前に、天皇と私たちの関わりについて考える機会である。
 ビデオメッセージでは、国民に寄り添う自覚を持ちながら、憲法が想定する象徴天皇像を自らつくりあげてきた経緯が示された

 被災者を励まし続け

 「象徴」とは単なる憲法上の文言ではなく、行事への出席や各地への訪問など国民とのふれあいの中でその役割が理解されていくもの-。そう考えることができる。
 それを端的に物語るのは、各地の災害現場を訪ね、被災者を励ましてこられたことだろう。
 天皇陛下が皇后さまとともに被災地へ赴くのは今では当たり前になったが、以前は違った。
 初めて被災地を訪ねたのは1991年7月、長崎県の雲仙・普賢岳噴火に伴う訪問だった。災害さなかの現地入りは天皇として戦後初めて。避難所でひざを折り、手を握って避難者を励ます光景は世間を驚かせた。
 訪問の際、宮内庁幹部に「批判があっても私は行きます」と漏らされたという。
 保守的な識者が「ひざまずく必要はない」と雑誌で批判したこともあった。だが、被災地訪問のスタイルは広く支持され、東日本大震災などその後の多くの被災地でも定着した。
 政治とは一線を画しながら、昭和から続く歴史的な「負の遺産」と向き合ってきたことも、平成の天皇像を形づくるうえで大きな要素となっている。
 「日本人が記憶すべき日」として、終戦記念日、沖縄戦終結の日、広島と長崎への原爆投下の日を挙げているのはその表れだ。
 第2次大戦の激戦地など、国内外のゆかりの地を訪ねて戦没者を追悼する「慰霊の旅」を続けた。
 中でも国内唯一の地上戦に巻き込まれ、戦後27年間も米国の占領が続いた沖縄への思いは深く、訪問は皇太子時代を含め計11回に及んだ。天皇に複雑な思いを抱く県民に受け入れられたかどうか、常に心を寄せているといわれる。
 戦後60年にはサイパン、同70年にパラオ、翌年にはフィリピンと、海外の戦地にも足を運んだ。こうした行動が、日本の平和イメージに貢献していることは間違いない。

 時代が天皇をつくる

 近隣諸国への気配りも示した。92年10月の史上初の中国訪問で「わが国が中国国民に対し多大の苦難を与えた不幸な一時期がありました」と踏み込んだ。2001年には朝鮮半島と天皇家の歴史的な縁にも言及した。
 昭和史に詳しい作家の保阪正康さんは、「天皇が時代をつくり、時代が天皇をつくる」と指摘し、平成を表すキーワードに「天皇」「災害」「政治」を挙げる。
 続発する災害の被災者に手を差し伸べ、現実の政治とは違った立場から歴史に向き合う。そんな天皇のイメージが形づくられてきたのではないか。
 ただ、被災地訪問や慰霊の旅のほか、外国要人との会見、植樹祭や国体など諸行事への出席は、宮内庁の分類では「公的行為」とされる。憲法に定められた国事行為ではない。
 公的行為の範囲は広いだけに政治的思惑が入り込む余地もある。
 2009年12月、鳩山由紀夫政権は日中関係を重視するとして、来日した習近平国家副主席(当時)と天皇との会見を特例的に実現させるよう迫った。

 「公的行為」の議論を

 13年4月には、賛否が分かれる中で安倍晋三政権が主催したサンフランシスコ講和条約発効を記念する主権回復の日式典に天皇の出席を要請した。
 これらはともに「天皇の政治利用」と批判された。公的行為は陛下が自らの実践を通して先例としてきたが、そのあり方に課題がないかどうかは、今後も国民的な議論を続けていく必要があろう。
 皇室の担い手が先細りする中、今の公的行為が、新天皇の時代にどこまで受け継がれていくかは定かではない。
 ただ、全身全霊で務めを果たされてきた陛下の姿が、憲法の「象徴」の文言に血を通わせ、私たちに見える形に具体化させてきたことは確かだ。憲法のもとでの象徴天皇制を社会に定着させた一つの証しとして、記憶にとどめたい。

[京都新聞 2018年04月30日掲載]


再生エネ転換  主力電源化へ具体策示せ

 経済産業省が新しいエネルギー基本計画の骨子案を策定した。再生可能エネルギーの「主力電源化」を初めて盛り込む一方、原子力や火力発電も温存し、時代遅れの感は否めない。太陽光や風力といった再生エネへの転換を急ぐ世界的な潮流に日本だけが取り残されてはなるまい。
 経産省の有識者会議がまとめた2050年を見据えたエネルギー長期戦略の提言を踏まえ、30年に向けた指針に加え、50年への戦略を示した。新計画は今夏にも閣議決定される。
 温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」に基づき、日本は50年に温室効果ガスの排出量を8割削減する目標を掲げている。脱炭素化に向けて、これまで軽視されがちだった再生エネ転換に本腰を入れる姿勢は一歩前進であり、評価できる。
 だが長期的な電源ごとの発電割合や具体的な道筋は示さなかった。技術革新の進展の予想は難しいとはいえ物足りない。
 日本は原子力や火力を重視してきたため、再生エネの発電比率は15年で14・6%にとどまり、イタリア39・8%、スペイン35・3%、ドイツ30・6%などに比べ遅れが際立つ。コスト面でも16年に欧州平均で1キロワット時当たり10円の太陽光発電費用が日本では20円と割高だ。
 再生エネ転換の遅れを取り戻すには、価格引き下げや安定供給への技術開発が鍵となる。
 発電効率の向上に加え、発電量が天候に左右されやすいため需給の調整技術や高性能な蓄電池の開発、電力需要の大きい都市部への送電網の増強-といった課題を一つずつ着実に解決していかねばならない。
 最も疑問符が付くのは原発の将来像だ。東京電力福島第1原発事故後、脱原発を求める世論は根強く、「原子力政策の再構築」を掲げた。「可能な限り依存度を低減する」という現行の政府方針を維持して原発の新増設にも言及しなかったものの、安全性の高い原子炉の開発や核燃料サイクル政策を進めるという。原発のあり方が曖昧な状況が今後も続きそうだ。
 国内産業は発電コストの安い原発抜きに海外と勝負できないとの経済界の意向が透ける。だが福島事故後、安全対策費用がかさむ原発は割安な電源と言い難い。脱原発を鮮明にしてこそ、原発に頼らない新技術の開発や投資も強い動きとなろう。
 「化石燃料の効率的・安定的利用」にも固執した。効率の悪い石炭火力を廃止してCO2の排出が比較的少ないガス火力への移行は当然だが、火力発電の温存は脱炭素化に逆行する。
 これとは別に政府は先日、本年度から5年間程度で取り組む第5次環境基本計画を閣議決定した。環境省主導で再生エネ活用を推進する方針だが、経済活動への影響を懸念する経産省の戦略とは相いれない。双方の整合性が欠かせない。
 新計画でも再生エネの発電割合を30年度に22~24%という目標は据え置くが、原子力や火力に過度に依存していては再生エネへの転換は進まない。国際水準に比べて遜色なく、国民の理解を得られる再生エネ戦略の道筋を明確に示すべきだ。

[京都新聞 2018年04月29日掲載]



南北首脳会談  非核化確認も道筋は見えず

 歴史的な南北首脳会談だったが、朝鮮半島の非核化へ具体的な道筋は示されなかった。

 韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が会談し、共同宣言を発表した。

 年内に朝鮮戦争の終結宣言を行い、休戦協定を平和協定に転換するための作業を進めていくことなどを明言した。南北関係にとっては大きな前進といえるだろう。

 だが、核問題に関しては、「核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認した」とするにとどまった。非核化への日程や手順、方法についての言及はなかった。

 北朝鮮はすでに、核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験を中止し、核実験場を廃棄することを決定している。共同宣言の内容は、その方向性を確認したにすぎないようにみえる。

 非核化をめぐる詳細な交渉は、6月上旬までに見込まれる米朝首脳会談に持ち越しとなった。

 だが、北朝鮮はこれまで、時間をかけて非核化を進める「段階的措置」が必要と主張しており、一気に進めたいとするトランプ米政権の方針とは隔たりがある。

 「核保有国」が狙いか

 北朝鮮は、体制の保証に向けて米国を最重視している。米朝交渉ではトランプ氏と金氏が合意できる条件をどう設定できるかが非核化実現への鍵となろう。両氏の決断が問われることになる。

 すでに米朝両国は水面下での接触を始めている。トランプ氏の特使として、新たな国務長官に就任したポンペオ中央情報局(CIA)長官=当時=が訪朝し、金氏と会談した。金氏は段階的な非核化構想を示し、拘束された米国人3人の解放も請け負ったという。

 北朝鮮が米国まで射程に入るICBM発射実験の中止を決めたことは、核弾頭の再突入技術が確立されていないとみられるだけに、米国にとっての意味は大きい。

 だが、北朝鮮はすでに所持している核兵器の廃棄にまでは踏み込まず、完全な核放棄を見据えているかどうかは不明だ。「核保有国」であり続けることを狙っているようにもみえる。

 トランプ政権は「完全かつ検証可能で不可逆的」な非核化を方針としており、北朝鮮の非核化構想とは大きく隔たっている。北朝鮮が過去に経済支援を受けながら非核化の約束をほごにしてきた経緯をふまえ、対話のための制裁緩和はしない原則も確立した。

 ただ、北朝鮮が核に関して柔軟な姿勢に転じ、南北共同宣言で「核のない朝鮮半島実現」との目標を国際社会に明言したことで、トランプ政権はこの方向性を拒否しにくくなった。米朝首脳会談に向け、北朝鮮が巧みに主導権を握ろうとしているといえるだろう。

 その北朝鮮も、国内に向けて打ち出した核実験などの中止方針を取り消すようなことになれば、金氏の威信は大きく揺らぐ。

 トランプ氏、金氏ともに、首脳会談では一定の結論を出す必要に迫られる。非核化の具体化に向け、両首脳の歩み寄りを求めたい。

 一方、朝鮮戦争の終結宣言に向けて休戦協定を平和協定に転換するとした共同宣言は、朝鮮半島の緊張緩和を促すことになろう。

 「平和協定」は転換点

 共同宣言では、恒久的な平和構築のため、南北と米国の3者、または南北と米中の4者による会談を積極的に進めるとしている。

 休戦協定は、朝鮮戦争で1953年7月に米軍を中心とする国連軍と北朝鮮の朝鮮人民軍、中国人民義勇軍の3者が結んだ。休戦に反対した韓国は調印を拒否した。

 国際法上は現在も戦争状態が続いており、体制維持を図りたい北朝鮮は平和協定への転換を繰り返し求めてきた。

 金氏と首脳会談を行った中国の習近平国家主席も3月にトランプ氏と電話会談した際、南北と米中の4者による「新たな安全保障の枠組み」構築を提案していたことが分かっている。具体的に話が進めば、東アジアの安全保障にとって重要な転換点となろう。

 世界の注目が南北首脳やトランプ氏の動向に集まる中、置き去りにされかねないのが日本だ。

 拉致問題は公式議題にはならないとされていたが、文氏は会談で言及する考えを示していた。しかし共同宣言に盛り込まれず、宣言署名後の両首脳の発言でも言及されなかった。安倍晋三首相は米朝会談でも拉致問題を提起するようトランプ氏に要請している。

 日本は戦略練り直せ

 最重要課題の解決の糸口を外国首脳に頼らざるを得ないのが日本外交の現状である。

 北朝鮮が決めた発射実験中止はICBMであり、日本に向けられているとされる短中距離ミサイルには言及されていない。脅威は消えていない。

 平和協定への転換プロセスは、日本の安全保障にとっても重要な意味を持つ。日本はこの枠組みに入っていないが、地域の安全に関わる問題だけに、能動的に働きかけ、関わっていかねばならない。

 東アジアの政治状況は変動局面に入った。北朝鮮への圧力一辺倒では流れを見失うことになりかねない。各国との連携を密に、骨太の戦略を練り直さねばなるまい。

[京都新聞 2018年04月28日掲載]


大川小高裁判決  学校の防災再点検迫る

 全国の学校に、児童の命を守る防災体制の再点検を迫る判決といえよう。
 東日本大震災の河川津波で犠牲となった宮城県石巻市の児童23人の19遺族が、市と県に約23億円の損害賠償を求めた控訴審の判決で、仙台高裁は約14億円の支払いを命じた。
 一審と異なり、控訴審では震災前の学校や市、県の防災体制が主な争点になった。判決は学校の実情に応じて危機管理マニュアルを見直すのを怠るなど、組織的過失があったとした。
 学校の安全管理を真正面から問う司法判断は初めてとみられる。南海トラフ大地震など大規模な災害が想定されるなか、多くの学校で防災計画や避難マニュアルなどを作成している。
 しかし、表面的に形を整えただけになっていないか。判決は教育現場に一石を投じたといえる。
 遺族側は、学校の標高は低く、近くに河川があり津波の危険を認識すべきなのに、学校は周辺の状況を確認せず、適切な対策を取らなかったと主張。危機管理マニュアルには、津波からの避難先や方法の具体的記載がないまま、検証や修正もなかったとした。
 これに対し市側は、学校はハザードマップの津波浸水区域外にあり、津波の予見は不可能と反論。マニュアルの中身も当時の科学的知見では十分とした。
 学校の備えはどこまで求められるのか。教育関係者の間でも注目された。
 2009年施行の学校保健安全法は、子どもたちの安全を守るためのマニュアルや危機対応の周知、訓練を学校側に求めている。その中で明記されているのは「学校の実情に応じて」の文言だ。
 ハザードマップを参照するだけでなく、学校周辺の地形や障害物などを実際に歩いて調査し、マニュアルを修正する。そうした取り組みを重ねることで、とっさの危機にも臨機応変に対処できると専門家は指摘している。
 学校の教員は忙しく、防災は後回しになりがちとも聞く。一方で、防災を授業に取り入れ子どもたちと一緒に地域を点検して回る事例もある。学校の防災を教育の観点からアプローチし、命を守る行動を身に付けることも考えたい。
 高裁が教員個人の判断ミスではなく、組織的過失に焦点を当てた意味をくみ取りたい。同じ災禍を繰り返さないよう、それぞれの持ち場で誤りを検証し、オープンに示す必要がある。教訓の継承が子どもたちを守ることになる。

[京都新聞 2018年04月27日掲載]


神鋼改ざん捜査  法的なけじめも必要だ

 製品のデータを改ざんする不正があった神戸製鋼所に、捜査のメスが入った。
 東京地検特捜部と警視庁捜査2課が、不正競争防止法違反(虚偽表示)の疑いで調べている。
 日本を代表する素材メーカーなので、影響は広範囲に及んでいる。同社の調査や処分だけでは不十分で、法的なけじめも必要と判断したのだろう。
 厳正な捜査を通して、不正の全容を解明してもらいたい。
 改ざんは、昨年10月に公表された。先月まとまった最終報告書によると、国内外の23の工場で、アルミや銅製品の強度など品質データが書き換えられた。
 顧客の要求する仕様を満たしていない製品が、海外を含めて600を超える会社に納入された。納入先では航空機や新幹線などに使われている。強度不足があれば、人の安全にも関わるはずだ。
 改ざんに関わったのは約40人で、役員ら幹部も含まれる。不正の存在を知りながら報告せず、やめさせようとしていなかった。担当者の交代時には、改ざんの引き継ぎもあったという。
 これでは、関係者は法に違反しているとの認識を共有し、組織ぐるみで改ざんをしていたとみられても仕方ない。
 不正競争防止法は、個人だけでなく法人に対する罰金刑(3億円以下)も定めている。
 特捜部などは、その適用を視野に入れてほしい。
 問題の公表後、神鋼では、子会社の製品が日本工業規格(JIS)の認証を取り消された。最終報告を受けて、社長兼会長が辞任している。
 しかし、米国での訴訟を理由に、最終報告書の全文を公表しなかった対応が、疑問視されている。不正の背景には、本社のチェック機能が十分働かなかったことがあるとする一方で、経営陣の関与については、あいまいなままにした、との指摘もある。
 改ざんは1970年代から続いていたといい、過去にも不正が繰り返された。
 この際、捜査を機に、改ざんの経緯、実態とともに、責任の所在をはっきりさせた方がよいのではないか。
 昨年来、神鋼だけでなく、三菱マテリアルや東レの子会社などの素材メーカーで、製品データの不正が相次いだ。日本のものづくりに対する信頼性が、大きく揺らいでいる。
 捜査には全面的に協力し、信頼回復に努めるべきだ。

[京都新聞 2018年04月27日掲載]


国民民主党  何を目指す新党なのか

 「安倍1強」に対抗できる結集軸になりうるのだろうか。
 希望、民進両党が結成する新党名が「国民民主党」に決まった。
 ただ、両党ともに不参加を表明したり参加に慎重な姿勢の国会議員がおり、野党をリードする規模になれるかは微妙だ。
 野党が乱立していては、巨大与党に太刀打ちできない。政権交代可能な勢力のかたまりをつくることは長期的には必要だ。
 しかし、世論調査での政党支持率が極めて低い両党である。新党となっても有権者の期待を集めるのは簡単ではあるまい。
 昨秋の衆院選前に分裂した民進が元のさやに収まるだけとの印象を与えれば、「数合わせ」批判が強まることになろう。
 基本政策では、安全保障関連法で違憲と指摘される部分の白紙撤回を含む見直しや、憲法条文の恣意(しい)的な解釈変更を許さないなど安倍政権へ対抗する姿勢を打ち出している。ただ、それ以外の分野で何をしたいのかは明確でない。
 森友・加計問題や自衛隊、財務省などの不祥事にみられる旧態依然とした政治の現状に、有権者はへきえきしている。
 こうした状況を打破するための新党なら、国民に何を求められているかをしっかり把握し、どんな社会を目指すのかを具体的に訴えていくことが必要ではないか。
 新党結成は、来年の統一地方選や参院選を控えた民進の地方組織が抱える不安を背景に、最大の支援組織である連合が促してきた面がある。選挙対策の都合が先行している感は否めない。
 折しも、野党が共闘して与党と厳しく対立している国会のさなかである。落ち着いて政策を練り上げ、世の中に示す余裕もない状態での新党移行は、有権者に対して不誠実にも思える。
 国会議員を中心に決めた新党の名称もインパクトと新鮮味に欠ける。「国民」を重視するなら、党名を公募するなど、幅広い層とともに新党をスタートさせる工夫があってもよかったのではないか。
 民進をルーツに持つ立憲民主党は「永田町の数合わせにくみしない」として新党とは一線を画し、従来は政治の外側にいた多様な人たちとのつながりに活路を求めている。新党が、国会議員や支援団体などの身内だけで結束を図ろうとしているのとは対照的だ。
 国会での勢力も大事だが、党への信頼獲得はもっと重要だ。新党には、有権者の中に積極的に飛び込んでいく姿勢を求めたい。

[京都新聞 2018年04月26日掲載]


柳瀬氏国会招致  2018年05月11日
暴言自衛官処分
日中韓首脳会談
米の核合意離脱
国会正常化
基礎的財政収支
文学賞見送り
生産緑地
秘密法と公文書
こどもの日
みどりの日
憲法記念日に
脱走受刑者逮捕
高齢者と免許
日銀の物価目標
京都スタジアム
退位まで1年
再生エネ転換
南北首脳会談
大川小高裁判決
神鋼改ざん捜査
国民民主党  2018年04月26日

京都新聞 社説2018年04月26日 2018年04月11日

2018-06-18 22:40:09 | 日記



仮想通貨団体  健全化ルール速やかに

 金融庁が仮想通貨を法律で規定し、通貨交換業者に登録制を導入した2017年4月の改正資金決済法施行から1年がたった。
 不正アクセス対策を怠った業界大手コインチェックによる仮想通貨「NEM(ネム)」の巨額流出事件を境に、金融庁は監督強化へ大きくかじを切った。2月以降、コインチェックを含む登録申請中の「みなし業者」全16社を立ち入り検査し、10社が業務停止などの行政処分を受けた。登録済み業者にも改善命令を受けた社がある。
 申請を取り下げたみなし業者は7社に上る。顧客保護や、犯罪の温床となるマネーロンダリング(資金洗浄)対策の基準を満たせず撤退に追い込まれたようだ。
 ビジネスの急拡大の一方で、内部管理態勢や企業の社会的責任をなおざりにしたまま営業していたことは否めまい。淘汰(とうた)されるのは当然である。
 ただ、仮想通貨の相場の乱高下が収まるかどうかは見通せない。利ざやを狙った世界の投機マネーの流入は今後も続くだろう。
 今週初め、登録業者全16社が加盟する「日本仮想通貨交換業協会」が正式に発足した。仮想通貨の取り扱いの統一ルールを整備し、法に基づく自主規制団体になることを目指すという。
 業界の信頼回復は、利用者保護の徹底なくして始まらない。金融業界では常識とされる顧客と会社の資産の分別管理や、相場の過熱抑止につながる証拠金倍率の上限設定などを、速やかに進めてもらいたい。
 このところ人気に陰りがみえるとはいえ、17年度の仮想通貨の国内取引額は前年度の約20倍、69兆円に達した。取引の中心は20~40歳代のインターネット世代で、海外業者による日本人向けのサイトも見受けられる。
 登録制をとっている国はまだ少ない。国際規制の在り方の議論は始まったばかりだ。海外業者については金融庁も警告を出すぐらいしか権限がなく、他方、仮想通貨を狙って昨年150件近く発生した不正アクセス事件についても警察の対応は後手に回っている。
 いったん流出してしまえば国内外の口座に分散し、追跡困難になることはコインチェック事件が示す通りだ。少なくとも、匿名や偽名での口座開設をできなくする措置を各国で進める必要があろう。
 送金や決済が簡便な仮想通貨技術に、将来性を見込む声は多い。長所を生かすためにも、業界の健全化と適切な規制が欠かせない。

[京都新聞 2018年04月26日掲載]


G7外相会合  非核化求め結束示した

 先進7カ国(G7)外相会合が、閉幕した。
 直前に、北朝鮮が核実験場の廃棄や大陸間弾道ミサイルの発射実験凍結を表明したが、惑わされることなく、共同声明では、非核化に向けた具体的な行動が北朝鮮には必要、との認識で一致した。評価されるべきではないか。
 3回目となる南北首脳会談が、27日に迫っている。6月上旬までには、初めての米朝首脳会談が開かれる見通しだ。その前に、核の放棄を求める国際社会の結束をアピールできたといえよう。
 北朝鮮が、朝鮮労働党の中央委員会総会で明らかにした実験場廃棄と発射実験凍結は、朝鮮半島の非核化に向けた一歩ではある。
 外相会合でも、歓迎する声が上がった。
 しかし、関連施設の廃棄は過去にも行われたが、北朝鮮はその後も核開発を継続した。発射実験の凍結では、大陸間弾道ミサイルを対象とし、日本や韓国を射程に入れたものには言及していない。
 対米交渉に使える部分だけを小出しにして、あとは温存しようという意図がうかがえる。非核化に向けた具体的な行動と今後のプロセス、査察など工程の点検方法が示されていないことを、見逃してはならない。
 外相会合の共同声明は、「北朝鮮の核武装を決して認めない」と強調した。
 そのうえで、完全かつ検証可能で不可逆的なミサイル、大量破壊兵器の廃棄に向け、外交的な問題解決が北朝鮮にとって唯一、実行可能な選択肢と指摘している。
 問題解決まで最大限の圧力を維持し、制裁逃れの取り締まりを強化することも盛り込まれた。
 日本の河野太郎外相は、北朝鮮による日本人拉致問題の解決を訴え、各国の賛同を得た。
 これが日米にとどまらず、国際社会の認識であると、北朝鮮にはよく理解してもらいたい。
 外相会合と前後して、米国側からは、トランプ大統領が望んでいるのは、非核化を一挙に進めることで、段階的に譲歩した「歴代政権の過ちを繰り返さない」、「対話への雰囲気づくりのための制裁緩和はしない」といったメッセージが発信された。
 こうした条件がそろわない場合は、米朝首脳会談が開かれない可能性もあるという。
 外堀は埋まりつつあるようだ。南北首脳会談で朝鮮半島の非核化が議題になるかどうか確認し、北朝鮮の本気度を見極めたい。

[京都新聞 2018年04月25日掲載]


外国人就労資格  実習制度見直しが必要

 政府が日本で働く外国人の新たな在留資格制度を検討している。
 最長5年間の技能実習制度の修了者で一定の条件をクリアした人に、さらに最長5年間、就労を認める方向だ。合わせて10年間働けることになる。
 安倍晋三首相が経済財政諮問会議で検討を指示し、内閣官房の検討部会で議論が進められている。
 人手不足が深刻化していることが背景にある。
 だが、技能実習制度は低賃金や劣悪な労働環境などの問題を度々引き起こしている。この制度を前提にしていいのだろうか。
 実習制度の検証や抜本的見直しが必要ではないか。
 日本で働く外国人労働者は昨年10月時点で、過去最高の128万人に上る。このうち約26万人が技能実習生だ。
 技能実習制度は、技術や知識の習得を通じた国際貢献が本来の目的で、実習後は帰国することが前提になっている。
 実際に、工業や食品加工などの分野で技術を取得して、自国で活躍している人も少なくない。
 しかし、地方の農業や紡績などの産業分野では、実習生が安価な労働力となっている実態もある。雇用者側からは、実習生が継続して就労できるようにとの要望が上がっている。
 こうした中で長時間労働や労災隠し、パスポートの取り上げといった違法な処遇が問題になってきた。
 昨年11月には、制度の不正運用に監視を強める適正化法が施行された。受け入れ事業所などには実習計画の作成などを義務づけ、人権侵害には罰則も設けた。
 一方で、実習の期間を3年から5年に延長し、対象職種を拡大して介護職などを追加した。
 この上、新たな制度を追加するなら、適正化法施行後の実態調査や検証を、まず行う必要がある。
 日本は単純労働を目的とした外国人の受け入れを公式には認めていない。安倍首相も「移民政策をとる考えはない」と明言している。
 建前と実態があまりにもかけ離れていることに問題の原因がある。海外の人権監視団体からも厳しい視線が注がれている。
 技能実習制度と同様、新しい制度でも家族の入国は認めない方針だ。「働きたいなら、家族とさらに5年離れて」。そんな制度に問題はないだろうか。
 多くの外国人が働くことを前提とした社会システムの整備を急がねばならない。

[京都新聞 2018年04月25日掲載]


武器携行命令  不都合な現実説明せよ

 憲法との整合性が疑われかねない、当時の状況がまた一つ明らかになった。
 2016年7月、南スーダン国連平和維持活動(PKO)派遣中の陸上自衛隊部隊が、通常は武器を持たない隊員も含め全員に武器携行命令を出していたことが分かった。現地で政府軍と反政府勢力の大規模な戦闘が起きた際、銃撃戦の拡大に備えて宿営地内の武器庫から小銃を取り出し、実弾を装塡(そうてん)したという。
 隊員の一人は「戦争だった。彼らが宿営地内に入ってくれば部隊が全滅すると思った」と語っている。極めて緊迫した状況を裏付ける生々しい証言だ。
 国造り支援の途中で戦闘が再燃した南スーダンPKOは、「紛争当事者間の停戦合意」などからなる日本のPKO参加5原則、平和憲法との整合条件を満たさないのではないか-。当時、国会で何度も議論となり、検証の必要性が指摘されてきた。だが17年5月まで5年間に及んだ派遣の総括はいまだ不十分で、政府は部隊撤収の理由を、現地の治安悪化ではないと説明し続けている。
 世界の紛争とPKOの任務が複雑化する中、日本の国際平和貢献はどうあるべきか。必要不可欠な議論が進まないのは、政府が不都合な現実から逃げ、国民への情報開示に後ろ向きだからではないのか。
 南スーダンでは13年12月にも首都ジュバで戦闘が起きたが、安倍政権はいずれも法的な意味での「武力紛争」には当たらないとして、PKOの実績づくりを優先してきた。16年7月の大規模戦闘時の陸自の日報の開示を求められた防衛省は「廃棄した」としていたが、後に日報が残っていたことが判明し、今になって防衛相が釈明に追われている。
 日報は「戦闘」があったことを報告している。しかし重要な部分が黒塗りで、部隊対応の詳細は公表されないままだ。防衛省・自衛隊幹部の隠蔽(いんぺい)体質は根深く、イラク復興支援部隊の日報をめぐる問題にも表れている。
 安全保障関連法で自衛隊の役割が広がり、他国の戦闘に巻き込まれたり、誤って現地市民を傷つけたりする懸念が増した。そのリスクと結果責任を負うのは隊員だけでなく、国民全体である。
 「国民には(派遣地の)本当のことを知ってほしい」という南スーダン派遣隊員の言葉は重い。国会にも、自衛隊明記の改憲発議より先にやるべきことがある。

[京都新聞 2018年04月24日掲載]


環境基本計画  実効性の確保が課題だ

 政府が第5次環境基本計画を閣議決定した。
 環境基本計画は、政府がおおむね5年間で取り組む環境政策の指針だ。
 いまや、エネルギー関連などに限らず、あらゆる政策分野に、環境基本計画の考え方が反映される必要がある。
 その仕組みをどうつくるのか。基本計画の実効性の確保が、今後の課題だろう。
 太陽光や風力、水力、地熱などの再生可能エネルギーの活用を日本各地で進め、人口減に直面する地域の活性化や、持続可能な経済システムの構築につなげる構想を打ち出した。
 背景にあるのが、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」と、温暖化防止の国際枠組み「パリ協定」の達成をめざす姿勢だ。
 SDGsは、貧困や飢餓の撲滅、温暖化対策など17の分野で世界が解決すべき目標を明示し、それらの統合的な解決が必要としている。
 第5次環境基本計画も、これにならい、環境の視点を分野横断的に行き渡らせるために、経済、国土、地域、暮らしなど六つの重点戦略を示した。
 具体例として、次のような取り組みを示している。
 地域で生み出した電気を販売する会社の設立を国が後押しし、関連分野で雇用を生み出す。農地に支柱を立てて太陽光パネルを設置し、野菜などを育てながら発電する営農型太陽光発電で、農家の経営の安定や電気の自家利用を進める。
 コンパクトシティや在宅勤務の推進、食品廃棄の削減などにも言及している。
 エネルギー自給率を高めることで、少子高齢化の中でも持続可能で災害に強い地域づくりを進めようという構想だ。
 これまでの計画に比べ、方向性と目標をはっきりさせた。
 太陽光発電や風力発電の普及に取り組むNPOや、省エネ製品の開発に注力する企業にも明快な指針になろう。問題はむしろ、国の姿勢にあるのではないか。
 環境基本計画は環境省が取りまとめたが、同じころ、経産省の有識者会議は、原発と石炭火力発電の利用を続けるべきとの報告をまとめた。
 方向性が明らかに矛盾している。国民には極めて分かりにくい。
 計画はお題目ではない。せめて、目標達成計画と到達を検証する仕組みが必要ではないか。省庁を超えて取り組む必要がある。

[京都新聞 2018年04月24日掲載]


北朝鮮実験中止  非核化の道筋描けるか

 「非核化」実現に向けた一歩になるのかどうか、慎重に見極めなくてはならない。
 北朝鮮が朝鮮労働党の中央委員会総会で、北東部の核実験場廃棄や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験の中止を表明した。事実上の核開発凍結宣言である。
 しかし、非核化そのものへの言及はなかった。実験場の廃棄のスケジュールなど具体的な手順も示していない。
 一方で、決定書は「わが国に対する核の威嚇がない限り、核兵器を絶対に使用しない」と明記し、現有の核兵器維持を前提にした内容となっている。
 金正恩(キムジョンウン)委員長は「国家核戦力建設という大業を短い期間で完璧に達成した」と主張した。核保有国としての地位を国際社会に訴えようとする意図もうかがえる。
 米朝首脳会談実現に向け、実験中止によって非核化の真剣さをアピールし、主導権を握ろうとの思惑がありそうだ。日本にとっては、日本を射程に収める短・中距離弾道ミサイルが凍結の対象外となっている点も看過できない。
 日米が北朝鮮に求めているのは「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄」が基本である。現時点で事態が大きく前進したとは言えないだろう。
 北朝鮮は6回にわたって核実験を繰り返し、国際社会から厳しい経済制裁を受けている。過去には国際的な枠組みによる核放棄の約束がほごにされたこともある。
 とはいえ、平昌五輪をきっかけとしたここ数カ月の融和、対話ムードの高まりで、北朝鮮を巡る情勢が新たな局面を迎えているのは間違いない。
 背景には「先制攻撃」も辞さないトランプ大統領を北朝鮮が本気で恐れていることや、制裁の効果で政権維持が危うくなっていることもあるとみられる。
 この流れを朝鮮半島の平和と安定へどう結びつけるか。「最大限の圧力」を方針とする日本も、あらためて戦略を練り直す必要がありそうだ。
 今回の決定に、トランプ米大統領は「北朝鮮と世界にとって非常に良いニュースだ」と歓迎し、韓国大統領府は「非核化に向けた意味ある進展だ」と評価した。安倍晋三首相も「前向きな動きと歓迎したい」と歩調を合わせた。
 27日に迫った南北首脳会談で北朝鮮がどんな出方をしてくるかは依然不透明だ。いかに具体的な非核化への道筋に誘導するか、日米韓の結束も問われよう。

[京都新聞 2018年04月23日掲載]


オスプレイ配備  住民の懸念受け止めよ

 米空軍の輸送機CV22オスプレイ5機が今月5日、東京の米軍横田基地に到着した。当面は訓練などを行い、今夏に正式配備されるという。国内での米軍のオスプレイ配備拠点は沖縄県の普天間飛行場と合わせて2カ所になる。
 オスプレイは2016年12月に沖縄県名護市沖で不時着して大破したほか、緊急着陸や部品の落下などトラブルが相次ぎ、安全性を懸念する声は根強い。住宅が立ち並ぶ横田基地周辺の住民から不安視する声が上がるのは当然だ。
 オスプレイは有事の際、兵員や物資輸送といった後方支援を主な任務とする。横田基地への配備の背景には、朝鮮半島情勢や中国の軍拡などアジア地域の安全保障環境の厳しさがあるとされる。
 13年10月には陸上自衛隊と米海兵隊が高島市の饗庭野演習場で実施した共同訓練に参加したこともある。首都圏への配備によってオスプレイの行動範囲が広がり、恒常的に日本各地を飛行するようになるかもしれない。
 横田基地に来たCV22は特殊作戦用の機体で、アフガニスタンでの作戦にも投入された。すでに普天間飛行場に配備されている海兵隊のMV22オスプレイより厳しい環境で訓練を行う可能性もあり、さらに危険性が高まるのではないか。
 沖縄配備時に日米両政府が合意した安全確保策では、低空飛行訓練の際は航空法に定めた安全高度150メートル以上で、人口密集地上空は回避するとしているが、順守されていないとの指摘もある。
 米軍を巡るトラブルはオスプレイだけではない。昨年12月、普天間飛行場に所属する大型輸送ヘリコプターから重さ7・7キロの窓が隣接する小学校の運動場に落下した。今年2月には青森県の三沢基地所属のF16戦闘機がエンジン火災を起こし、シジミ漁船が操業中の小川原湖に燃料タンク2個を投棄した。
 にもかかわらず、米軍や日本政府による地元への説明は不十分と言わざるを得ない。今回、横田基地がある東京都福生市の加藤育男市長は「突然の配備決定に加え、正確な日時が市に伝えられないまま飛来したことに驚いている」と指摘している。
 住民や自治体の理解を得ないまま、オスプレイの横田基地への正式配備を強行することは到底認められない。日本政府は米軍に対して住民の懸念を伝え、危険な訓練を行わないよう強く求めていく必要がある。

[京都新聞 2018年04月23日掲載]


NPO法20年  営利、非営利の違い超え

 営利を目的としない市民の社会貢献活動を後押しする特定非営利活動促進法(NPO法)が成立して20年になった。
 この間、医療や福祉、環境、まちづくり、国際協力などさまざまな分野で、新たなNPO法人が全国に生まれた。その数は既に5万を超え、京都は約1400、滋賀は約600を数える。
 人材や資金の面で悩みを抱える団体は多いが、市民が行政や企業とは異なる自由な立ち位置で、自発的に社会の課題と向き合い、解決の道を探ってきた活動は貴重だ。住みよい社会を目指し、息の長い取り組みを続けてほしい。
 NPO法制定のきっかけは「ボランティア元年」と呼ばれた1995年の阪神大震災だ。救援活動を通じてボランティアが新たな社会の担い手として認知され、法人格を与えて活動をしやすくするため超党派の議員立法で生まれた。
 多くの寄付が集まった2011年の東日本大震災は「寄付元年」と呼ばれたが、その際にも公益性の高いNPO法人が寄付を受けやすくするよう法改正されるなど、制度面ではNPOの活動はかなりやりやすくなったといえる。
 それらによって問題意識を持った多種多様な民間団体が生まれ、国や自治体も対等な協働のパートナーとして考えるようになってきたのは大きな成果だ。
 ただ、資金や人材の面ではまだまだ十分とはいえない。
 NPO法人の収入は、事業収入、補助金・助成金、会費、寄付などだが、寄付は全体の1割にも満たず、過半数が寄付集めをしていなかった。
 ネットを使ったクラウドファンディングなどを活用する団体も増えてきているが、寄付文化をどう育てていくかは今後の大きな課題の一つだろう。
 一方、この20年間の大きな変化の一つは、事業で得た資金を元に社会の課題を解決していく事業型NPOが増えたことだ。介護保険制度に合わせて事業参入したNPOも多く、「ソーシャルビジネス」や「社会的企業」といった言葉も広がった。
 内閣府が全国のNPO法人を対象に昨年実施した調査によると、年間事業収益1千万円以上の団体が半数を占める。
 非営利組織に詳しい深尾昌峰龍谷大教授によると、とりわけ地域に関わる活動で最近顕著なのが、「営利」と「非営利」を分ける意味が薄れてきたことだという。
 例えば、過疎化が進む東近江市君ケ畑町では、市内の住民を株主にした地域おこし会社「みんなの奥永源寺」が、地元で絶滅危惧種のニホンムラサキを栽培し、薬効のある根を使って化粧品を開発、商品化している。
 地域の暮らしを持続可能にすることを目的にした社会的企業の一つだが、利益を出すことが社会の課題解決に直接つながっている。こうしたケースは、厳しい状況に置かれた地域ほど顕著だという。
 市民が主体となり、営利、非営利の違いを超えた多様な取り組みでよりよい社会を目指す。そんな流れが大きく広がっていくことを期待したい。

[京都新聞 2018年04月22日掲載]



裁量制自由記述  適用者の声を聴くべき

 裁量労働制で働く人たちの率直な思いがうかがえる。
 独立行政法人の労働政策研究・研修機構が、ホームページ上に公開した関連調査の自由記述から、である。
 裁量制適用に「満足している」と回答した人の中にも、懸念の声があった。
 政府が今国会の焦点とする働き方改革関連法案は、厚生労働省の労働時間調査に不適切なデータが多く見つかった問題を受けて、裁量制を営業職などに拡大する部分が、すでに削除されている。
 今後、裁量制拡大を巡る議論を再び始めるのなら、一から実態の把握に努めなくてはならない。
 まずは、現行の裁量制のもとで働く人たちの意見を、この自由記述からくみ取ることが、政府に求められるのではないか。
 調査は2013年、裁量制の適用を受ける労働者約4300人を対象に行われた。安倍晋三首相の国会答弁にも用いられている。
 適用に「満足」「やや満足」と回答したのは、コピーライターなどの「専門業務型」で68・2%、経営企画や調査活動を担う「企画業務型」で77・9%に上った。
 意外に多くが裁量制に満足している。「自由に業務が進められる」と、肯定的な人もいた。
 ただ、満足していると回答した人でも、自由記述欄には、「裁量は名ばかり。朝9時に出勤し、夜も20時、21時まで勤務する」「みなし労働時間より勤務が短くなることはなく、手当カットが主目的と感じる」などと、現状への不満を書き込んでいる。
 「やや不満」「不満」と答えた人は、「業務量が多くなり、労働時間も増えた」「適用後、年収が下がった」「名ばかり管理職との違いが分からない」と、厳しく指摘していた。
 個人の事情によって労働時間を決め、その短縮にもつながるというようなメリットは、感じられない。裁量制のはずなのに定時出社を求めたり、職場に適用されていない人も混在して不公平感があったりするなど、会社側の運用にも問題がありそうだ。
 こうした意見をよく聴いて、労使ともにメリットが得られるようにすべきだろう。
 裁量制拡大を断念した働き方改革関連法案だが、時間外労働時間の上限を設ける一方で、残業規制の対象とならない「高度プロフェッショナル制度」の導入を掲げている。今後の審議では、自由記述の内容を踏まえてほしい。

[京都新聞 2018年04月21日掲載]


財務次官更迭  麻生氏の責任は重大だ

 週刊誌で報じられたセクハラ疑惑に批判が集中したことを受け、財務省の福田淳一事務次官が辞任の意向を表明した。事実上の更迭である。
 財務次官が引責辞任するのは1998年の旧大蔵省時代の接待汚職以来、20年ぶりという。財務省では、文書改ざん問題で佐川宣寿前国税庁長官が3月に辞任したばかりだ。
 事務方トップ級の2人が相次ぎ辞任する異例の事態に、国民はあきれかえっている。「最強官庁」が、なぜこんなありさまになったのか。麻生太郎財務相の任命責任はもちろん、安倍政権の行政管理能力も厳しく問われる。
 福田氏はセクハラを否定し続けており、辞任は「報道後の状況を見ると、次官の職責を果たすことが困難と判断したため」という。だが「録音された声が自分のものか分からない」との説明には首をかしげざるをえない。
 民間でも自治体でもセクハラには厳しく対応しているところが多い。財務省は引き続き、事実解明に徹底して取り組む必要がある。その上で、懲戒処分を含め組織としてのけじめをつけるべきだ。
 この問題で、テレビ朝日は同社の女性社員が被害を受けたと明らかにした。相談を受けた上司が報道を見送った経緯があり、報道局長が「適切な対応ができなかった」と反省の意を示した。
 加害者と被害者、双方の属する組織でセクハラに対する意識の低さが浮き彫りになった。
 セクハラ疑惑は週刊新潮が先週報じた。麻生氏は当初、口頭で注意しただけで追加の調査や処分は行わないとした。音声データが公表されると、被害を受けた女性記者に名乗り出るよう求めた。
 疑惑そのものに加えて、報道後のこうした対応が世間の常識、国民の人権感覚とかけ離れていると厳しい批判を呼んだ。麻生氏の責任は重大である。
 支持率が落ち込む安倍政権にとって、追い打ちとなるのは間違いない。
 それなのに麻生氏は、野党の責任追及にこたえず、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議出席のため米国に向かった。慣例となっている国会の了承がないまま閣僚が海外渡航するのは異例だ。
 不祥事の連鎖に国民の不信感は募る一方だが、政権内に問題に誠実に取り組もうという姿勢が見えない。「うみを出し切る」と繰り返す安倍首相は、うみの原因がどこにあるのか向き合うべきだ。

[京都新聞 2018年04月20日掲載]


賊版サイト  接続遮断に懸念拭えず

 インターネット上で漫画や雑誌などを無料で読める「海賊版サイト」に対し、政府は著作権侵害を防ぐ緊急対策に乗り出した。
 海賊版の横行は看過できない。主な違法サイトだけでも著作権侵害の被害額は4千億円を超すとの推計もある。漫画家らの正当な利益が損なわれればコンテンツ産業の将来に悪影響を与えかねない。
 とはいえサイトへの接続遮断は通信の秘密や表現の自由を脅かす恐れがある。「もろ刃の剣」である緊急対策が法的根拠の議論や適正な手続きを欠いたまま政府主導で進むことに懸念を拭えない。
 政府の知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議は先週、特に悪質な三つの海賊版サイトを明示。民間プロバイダーの自主的な対応として接続遮断を促すことを決めた。
 3サイトは著作権者に無断で漫画やテレビ番組などを公開し、1200万~1億6千万人の月間アクセス数を集めていた。緊急対策を受け、既に接続不能になったり動画再生を停止したりしている。
 接続を遮断するには利用者の通信を監視する必要がある。政府も形式的には検閲につながり憲法に抵触すると認めている。それでも削除要請などに応じない悪質サイトに対しては、刑法の「緊急避難」が容認されると判断した。
 接続遮断の実施は、児童ポルノに限った特例措置として警察庁や総務省などが慎重に検討した末に始まった。ところが今回、政府の恣意(しい)的な判断で対象が際限なく広がる危険性を露呈した。法的根拠を明確にし、ルールを整えるのが先決ではないか。
 緊急対策の背景には、漫画やアニメといったコンテンツの海外展開を成長戦略の一つに位置付ける安倍晋三政権の方針がある。経済優先で拙速に対策を打ち出したとすれば、将来に禍根を残そう。
 政府は法制度の整備を検討し、来年の通常国会で関連法の成立を目指す予定という。著作権者と利用者の意見を十分に踏まえ議論を尽くし、双方が納得できる制度にする必要がある。併せて海賊版サイトをリンク先としてまとめて利用者を誘導する「リーチサイト」の規制や、サイト運営を支える広告収入を断つ手段も工夫したい。
 違法な海賊版サイトが後を絶たないのは、人気漫画などを無料で読みたい利用者がいるからだ。気軽に読めるため、著作権を侵害しているとの認識は希薄だが、安易な利用が作家の努力や才能を踏みにじり、さらには出版文化の疲弊を招くことを肝に銘じたい。

[京都新聞 2018年04月20日掲載]


日米首脳会談  米頼みの懸念も浮かぶ

 安倍晋三首相が訪米し、トランプ米大統領と会談した。
 両首脳は、北朝鮮の核放棄を「完全かつ検証可能で不可逆的な方法」で実現するまで、最大限の圧力を維持する方針を確認した。
 トランプ氏は、6月上旬までに行われる米朝首脳会談で拉致問題を取り上げることも明言した。
 史上初の米朝会談に向け関係国の接触が続いている。3月末から中国と北朝鮮の首脳会談、ロシアと北朝鮮、日本と韓国、日本と中国の各外相会談が続いた。27日には南北首脳会談もある。
 今回の日米首脳会談も一連の動きの中にある。
 米朝会談が唐突に浮上し、安倍首相は慌ててトランプ氏を訪ねた形だ。日米の結束のアピールに努めたが、懸念事項も改めて浮かび上がったのではないか。
 安倍首相は常々、「日米は100パーセント共にある」と強調してきたが、実際は「米国頼み」一辺倒ではないのか、ということだ。
 北朝鮮の態度変化で、日本は米国からはしごを外される可能性はないか。
 実際に、事態は急速に動いている。
 トランプ氏は、米国と北朝鮮が「非常に高いレベルで直接対話を始めた」と述べた。米メディアは、米中央情報局(CIA)のポンペオ長官が北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と面会したと報じた。
 こうした中、対北朝鮮で抱える諸課題に対し、日米には優先度や世論の温度差がある。トランプ氏は、圧力や拉致問題で安倍首相との一致ぶりを披露したが、具体的な交渉方針には言及していない。
 米政府は、北朝鮮が拘束している米国人の問題を最優先で取り上げる方針だが、日本の拉致問題も時間的猶予がないことを、日本政府は米政府に繰り返し伝える必要がある。
 核・ミサイル問題では、米国が、米本土を射程に入れる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発阻止で北朝鮮と折り合えば、日本を狙う中、短距離ミサイルの廃棄は見通せなくなる。
 通商・貿易問題では安倍首相が「非常に重要な点で認識が一致した」と説明したが、トランプ氏は日本に踏み込んだ行動を求めた。
 トランプ政権は中間選挙に向け今後、米に有利な通商協定を持ち出す可能性がある。
 北朝鮮との交渉を事実上、米国に握られたまま、日本は筋を通せるのだろうか。懸念は残るところだ。

[京都新聞 2018年04月19日掲載]


山崩れ1週間  近くの危険箇所に目を

 大分県中津市の山崩れから、きのうで1週間。3人の住民が亡くなり、今も安否不明の人がいる。大量の土砂で難航しているが、さらに捜索に全力を挙げてほしい。
 雨など降っていなかっただけに衝撃は大きい。山林が7割を占める日本列島では、山間や山裾で人々が暮らしている。突然の山崩れは、ひとごとではない。
 大分の山崩れを自然の脅威で済まさずに、生命を守るための対策や備えにつなげたい。国や自治体だけでなく、住民を交えて考え、取り組んでいくことが大切だ。
 山崩れの現地を調査した専門家チームによると、山の斜面の岩盤が風化していて、そこに裂け目ができて、堆積する土砂層を巻き込み崩れたという。雨量はなく、地下水の影響は限定的との見方だ。
 専門家はまれなケースというが、一方でどこでも起こりうるとの指摘もある。不安が募る。
 国土交通省によると、土砂災害の危険がある警戒区域は約51万4千カ所、このうち開発や建物の制限・規制を伴う特別警戒区域には約36万カ所が指定されている。
 京都府は警戒区域に約1万7千カ所、滋賀県は同じく約4700カ所が指定されている。古くからの山間の集落だけでなく、山裾を開発した住宅地が増えており、土砂災害の危険と隣り合わせで生活しているともいえる。
 昨年中に起きた土砂災害は、全国で1514件と過去10年で最も多かった。このうち崖崩れが1028件と7割近くを占める。土石流や地すべりなどを含めて、24人の死者・不明者が出た。
 警戒区域に指定されても、補強工事などの対策は遅れている。財源は厳しいだろうが、優先順位を決め備えに力を入れてほしい。
 山間部では平たんな土地を農地に使い、自宅は斜面に近くに建てることが多いと専門家は指摘している。安全な場所への移転が望ましいが、そのためには公的な援助が必要になろう。
 ハード面だけでなく、ソフト面の取り組みが欠かせない。住民自身が危険箇所を把握し、ハザードマップを活用した避難訓練などを重ねることで、生命を守るすべを身に付けておきたい。
 大分の山崩れで、小さな異変に気付いて避難した住民が助かっていることにも目を向けたい。
 土砂災害の前兆が報告されている。小石が落ちてくる、水がわき出る、崖に割れ目ができる…。近くの山の様子をふだんから観察しておくことも大切な備えだ。

[京都新聞 2018年04月19日掲載]


イラク日報開示  教訓を国民と共有せよ

 「非戦闘地域」という政府説明には、やはり無理があろう。
 防衛省が存在しないとしてきた陸上自衛隊のイラク派遣の活動記録(日報)が公開され、自衛隊が日常的に攻撃の脅威にさらされてきた実態が浮かび上がった。
 明らかになっていない部分も多い。公表されたのは2004~06年の派遣期間全体の半分弱、延べ435日分にとどまる。
 加えて、ロケット弾がコンテナを貫通した04年10月31日など宿営地が攻撃されたことが判明している日の記録の多くが、今回は含まれていない。部隊の態勢など重要な部分も黒塗りのままだ。
 国民が知るべき記録がまだ隠されていないか。政府は開示と再検証を進め、教訓を国民と共有すべきだ。
 開示された日報は約1万5千ページに及び、派遣された南部サマワの治安情勢を「戦闘が拡大」と分析するなど複数の「戦闘」の記述があった。陸自の車列近くで起きた爆発も記録されていた。
 小野寺五典防衛相は日報について「イラク特別措置法に基づいて活動したという認識に変わりない」と述べた。だが、特措法は派遣期間を通じて戦闘行為が行われることがない「非戦闘地域」に限るとしている。サマワが該当する地域だったと言えるのだろうか。
 海外での武力行使は憲法9条で禁じられている。このため政府が編み出したのが「非戦闘地域」という考え方だ。当時の小泉純一郎首相は国会で「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」と強弁し、物議を醸した。
 長年、日報が表に出なかったのは、そうした政府の説明とつじつまを合わせ、不都合な事実を隠す意図があったからではないか。そう疑われても仕方がない。
 陸自が派遣終了後の08年に部内向けにまとめ、15年に全容が明らかになった文書「イラク復興支援活動行動史」で、当時の現場指揮官は「純然たる軍事作戦であった」と認めている。
 日報は安倍政権下で成立した安全保障関連法にも疑問を突き付ける。
 安保法は非戦闘地域という概念を使わず、「現に戦闘行為が行われている現場」以外なら活動できるとした。後方支援や平和維持活動をできる地域は格段に広がることになる。
 戦地では戦闘が行われていなくても突然、命のやりとりの場に変わる。その現実を日報は教える。隊員の安全は守れるのか。安保法もまた再検討が必要だ。

[京都新聞 2018年04月18日掲載]


自民党総裁選  信頼取り戻すのが先だ

 秋に予定されている自民党総裁選を前に、安倍晋三首相は急速に求心力を失いつつある。再燃した森友・加計問題に加えて、イラク日報隠蔽(いんぺい)など深刻な問題が次々と発覚し、党内からも厳しい声が出ている。
 安倍首相は「3選を目指す」どころではないことを自覚するべきだ。数々の疑惑や不祥事に対して真摯(しんし)に向き合い、国民の信頼を取り戻すために全力を尽くすことが求められる。
 しかし、首相にそうした認識があるかどうかは伝わってこない。首相は17日から訪米し、その後も外交日程がめじろ押しとなっている。政権浮上につながる何らかの成果を得ようとの思惑はあろうが、結果次第ではさらに求心力低下を招くことにもなる。
 外交以前にやらなくてはならないことがあるのではないか。共同通信が14、15両日に実施した全国世論調査では、内閣支持率は再び下落し、「首相案件」文書を巡る首相の説明に納得できないという声は8割に上っている。
 次期自民党総裁に誰がふさわしいかとの問いでも、安倍氏の人気低落は著しい。党支持者層では首位を保ったが、前回調査を約10ポイントも下回った。
 首相の求心力低下を受けて党内の空気が変わり、各派閥の思惑にも影響が出ているようだ。注目されるのは、「ポスト安倍」候補として取りざたされる石破茂元幹事長や野田聖子総務相らの動向だが、一連の問題を首相サイドのことと冷ややかに見るだけでは国民の不信感は募る一方だ。
 とくに「本命」とも目される岸田文雄政調会長は、政権禅譲も視野に入っているためか、依然として踏み込んだ発言が少ない。声を上げるべきではないか。
 規程改正で総裁選の仕組みが変わり、党員・党友による地方票の比重が高まった。今回の総裁選で初めて適用される。来年には統一地方選や参院選も控え、地方の目はとくに厳しさを増している。
 15日に行われた近江八幡市長選では、自民党などの推薦を受けた現職が大差で敗れた。地元各党から政権の不祥事が影響したとの見方が相次いでいる。
 官邸主導の「安倍1強」体制が続き、自民党内に多様で活発な議論が失われたとの批判は強い。首相と「ポスト安倍」候補には、それぞれの立場で目の前の問題に全力で取り組み、その上で総裁選に向けた活発な政策論議が展開されることを望みたい。

[京都新聞 2018年04月18日掲載]


日中対話  関係改善へ努力続けて

 関係改善に向けた着実な一歩となることを期待したい。
 日中両政府が東京都内で、貿易や投資などの課題を議論する閣僚級の「ハイレベル経済対話」を約8年ぶりに開いた。日中外相会談も行われ、首脳の往来を進めることで一致した。中国外相の単独来日は約8年5カ月ぶりだ。
 沖縄県・尖閣諸島をめぐる対立などで冷え込んでいた両国政府間の雪解けの兆しを感じさせる。
 経済対話では米中の経済摩擦を念頭に自由貿易体制の強化が重要との認識で一致し、外相会談では北朝鮮の核・ミサイル廃棄へ国連制裁決議の完全履行と日中の緊密な連携を確認した。
 細くなったパイプを元に戻すには、両国政府要人によるやりとりを重ね、着実に成果を残す必要がある。「戦略的互恵関係」に根差した対話努力を両国に求めたい。
 関係改善は、日中双方が求めていたとみることができる。
 日本政府には、いずれ経済規模で米国を抜くと予測される中国に対抗ばかりしていけないとの判断があるという。中国政府も、米国が中国製品に高関税を課すなどの強硬策を示していることから、日本との関係改善で日米の協力を突き崩したい思惑がうかがえる。
 すでに、安倍晋三首相は昨秋、中国が進める経済圏構想「一帯一路」を支援する用意があるとの認識を習近平国家主席に伝えた。安倍氏が掲げる外交指針「自由で開かれたインド太平洋戦略」についても、中国封じ込めと取られて警戒されないように努めてきた。
 経済を軸に、日中関係を再構築しようとの意向が読み取れる。だが、ことはそう簡単ではない。
 北朝鮮をめぐる南北、米朝の首脳会談を前に先月、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と習氏の電撃的な中朝首脳会談が行われた。
 中朝接近は、北朝鮮への国際的包囲網を崩し、核開発の容認につながる懸念がある。
 尖閣諸島周辺の領海で中国公船の侵入が相次ぎ、太平洋をめぐって習氏らが覇権主義的な言動をとっている現実も、関係改善への障害だ。日本の次期海洋基本計画案は、インド太平洋戦略に基づいてシーレーン(海上交通路)の安全確保を図る方針で、安全保障面では中国への警戒感を残している。
 安倍氏はきょうから日米首脳会談に臨むが、経済面を中心とした日中関係改善をトランプ大統領がどう受け止めるかは未知数だ。
 難しい局面だが、米中の間で独自の立ち位置を探るしかない。

[京都新聞 2018年04月17日掲載]


近江八幡市長選  全力挙げて市政刷新を

 近江八幡市長選で元衆院議員の新人小西理氏が現職の冨士谷英正氏を破って初当選した。最大の争点となった市役所新庁舎建設計画について「豪華すぎる」と批判し、見直しを公約したことが市民に支持された。現職相手にダブルスコアに近い大差をつけた結果は有権者が市政刷新を明確に求めた証左と言えよう。
 ただ、投票率は49・97%と前回に続いて50%を割った。有権者の関心を集めたとは言いがたく、政策論議が深まらなかったのは残念だ。
 建設計画は2020年の完成を目指して現地改築で進める。約81億円で契約を結び、2月に着工している。
 小西氏は計画見直しを掲げる一方、その財源を子育てや教育、福祉に回すと訴えて若年層を中心に支持を広げた。人口減少時代を迎えた中で、庁舎規模のあるべき姿や、子育てなど少子化対策充実に関して市民の感情やニーズをうまくすくい上げた。
 加えて、冨士谷氏が自民、公明両党などの推薦を得たことで、森友、加計学園問題を巡る安倍政権への批判が追い風になったとの見方が出ている。
 対する冨士谷氏は計画について「議会で認められるなど手続きを踏んでいる」と主張したが理解を得られなかった。合併前の旧近江八幡市時代も含めて11年以上に及ぶ首長経験が、逆に清新さを欠くと有権者に映った面があるのも否めない。
 現庁舎は老朽化しており、耐震面などで何らかの対策が必要なのは間違いない。今後、小西氏は、公約に沿って工事を中止するなら、具体的な代替案を早急に提示する必要がある。
 その過程では議会とのあつれきも生じることが予測される。選挙結果は、冨士谷市政を追認してきた議会に対する有権者の批判とも受け取れる。小西氏は議会と折り合いを付けながら、市民生活に影響を及ぼすことがないような市政運営を模索してほしい。
 市には近江商人以来の自治の精神が息づいている。この精神を発揮し、1970年代、水質が悪化していた八幡堀の再生を住民主体で実現させたことが、その後、地域が飛躍する原動力の一つとなった。小西氏には、自治の精神を生かして住民主体のまちづくりを後押しする施策に注力するとともに、有権者の負託にこたえるべく市政刷新に全力を挙げ、結果を出してもらいたい。

[京都新聞 2018年04月17日掲載]


熊本地震2年  住まいの再建急ぎたい

 震度7の揺れを2度観測した熊本地震から2年がたつ。
 全半壊した約4万3千棟の公費解体や災害廃棄物の処理はほぼ終わり、地震の生々しい傷痕は更地に姿を変えた。被害の大きかった熊本県益城町では防災に配慮した区画整理の計画がまとまり、熊本城や阿蘇山をはじめとする観光地の再生も動きだすなど、人々の力強さを感じる。
 一方で自宅を失い、今なお仮住まいの人は3万8千余りに上る。災害公営住宅の着工が業者の人手不足で遅れているほか、高齢世帯を中心に自宅再建資金の工面が難しいといった理由があるようだ。
 仮設住宅や、自治体が民間物件を借り上げる「みなし仮設」の入居期間は原則2年。1年間の延長条件を満たしたとしても、来春には自活のめどを付けることを迫られる。
 取り残される人のないよう、地元自治体は住まいに関するニーズを細かく把握し、被災者支援の実効性を高めてほしい。蒲島郁夫県知事は「住まいの確保がなくては『心の復興』はない」と述べた。県の取り組みを、国も後押ししてもらいたい。
 熊本地震では、1981年の法改正前の旧耐震基準の建物が多く倒壊した。近い将来の発生が懸念される南海トラフ巨大地震では、西日本を中心に最大500万棟が全半壊すると予想されている。
 国は住宅の耐震化率の目標を「2020年に95%」とする。だが13年時点の耐震化率は全国平均で82%、京都府、滋賀県もほぼ同水準にとどまる。地震保険の世帯加入率は16年時点で3割程度だ。
 耐震診断や改修工事は公費助成を受けられる。災害に備え、自宅を守る意識を高めたい。行政も融資や税の優遇を含めた制度の周知に、一層力を入れる必要がある。
 備えのないまま大地震に襲われれば、損害は事前対策のコストよりはるかに大きい。人の力で地震を小さくすることはできないが、被害は小さくできる。被災地に学び、ともに考え、復興と将来の減災につなげたい。
 熊本地震は、列島のどこでも震度7が発生し、誰もが被災者になり得ることをあらためて示した。
 国は、持ち家など私有財産への公費投入には慎重な姿勢を堅持する。確かに、財源の問題は無視できない。だが住まいの確保なしに人と地域の再建がない以上、とりわけ社会的弱者の目線で、支援メニューを再考することも必要ではないだろうか。

[京都新聞 2018年04月16日掲載]


「ここ滋賀」  湖国の魅力語る拠点に

 滋賀県が昨年10月末に東京・日本橋に設けた情報発信拠点「ここ滋賀」の機能強化に乗り出した。
 2月までの約4カ月間の経済効果を5億円超と試算し、好調さをアピールするが、「一等地」ゆえのコスト高から費用対効果を疑問視する声もある。従来のアンテナショップの枠を超えた地域ブランドの戦略拠点として、地元経済や観光への波及効果を示せるかどうか。これからが正念場だ。
 ここ滋賀は、2階建て延べ約280平方メートルの建物を県が借りて開設した。特産品などを販売し、バーで33蔵元の地酒や近江の茶などを味わえるほか、湖国の味が楽しめるレストランも備える。
 約4カ月間で計22万3千人が訪れ、年間来店者数の推定は当初目標(45万人)を上回る58万人。来店客数や売上高、メディア掲載による情報発信などから、経済効果を5億3600万円とし、「費用対効果はプラス」という。
 2020年の五輪開催を控えた東京では、自治体のアンテナショップ開設が相次ぐ。地域活性化センターの調査によると、昨年4月時点で72店舗。10年間で倍増した。自治体や特産品のPRにとどまらず、観光や田舎暮らしのPR、移住希望者の呼び込みと目的は多様化し、市町単位で開設するところもある。
 今年2月にオープンした徳島県のアンテナショップ「ターンテーブル」は、バルや相部屋を含むホステルを併設する。徳島の食を味わい、県産材や阿波の青石をあしらった空間で語り合いながら徳島ファンを増やす狙いだ。
 家賃の高さ、人事異動による頻繁な職員の交代、効果測定の難しさといった課題は、どのアンテナショップにも共通する。それぞれ、費用対効果と存続の必要性を議会に厳しく問われ、試行錯誤を繰り返しながら、地方の魅力をより強く発信してきた。
 滋賀の酒を売ろうとするならば、蔵元の特徴や歴史、地域性を自分の言葉で語れなければならない。消費者はモノの後ろに広がる物語にこそ魅力を感じる。種類を揃えるだけでは不十分だ。同じように、歴史講座は、開催自体を目的とするのではなく、滋賀の歴史舞台へ観光地へ、いざなう入り口ととらえて内容や提案の仕方を考えていくべきだろう。
 ここ滋賀が取り組み、改善しなければいけないことは山のようにある。すでに本年度の事業計画は盛りだくさんだ。どう変わっていくのか。注視していきたい。

[京都新聞 2018年04月16日掲載]



シリア攻撃  和平シナリオが見えない

 限定的とはいえ、一方的な武力行使は残念だ。
 米英仏3国がシリアへの軍事攻撃に踏み切った。
 攻撃を示唆していた米トランプ大統領は国民向け演説で、シリアのアサド政権が化学兵器を使い市民を殺傷したことが理由と述べた。
 攻撃対象になったのは軍事施設や科学研究施設、化学兵器が貯蔵されているとみられる施設などだが、民間人にも被害が出ている模様だ。
 トランプ政権によるシリアへの軍事攻撃は昨年4月に続き2度目になる。
 シリアが化学兵器を使用したとすれば、重大な国際条約違反であり、シリアに対する相応の制裁は必要だ。
 しかし、シリアは化学兵器の使用を否定し、化学兵器禁止機関(OPCW)に現地調査を要請。OPCWは14日に現地に入る予定とされていた。
 OPCWは化学兵器禁止条約に基づいて設置され、強い調査権限がある。3国は、国際機関が査察を始める当日の朝に攻撃を始めた。なぜ査察を見守れなかったのか。
 米政府は「米独自の情報に基づき、アサド政権が化学兵器を使ったと確信するに十分な証拠をつかんでいる」と説明している。しかし「証拠」の具体的な説明は避けている。
 どのような理由があれ、国連での合意もない武力行使は、国際法上の正当性を欠いている。
 国連安全保障理事会では、米国がシリアの化学兵器問題の真相解明と責任者の特定を目指す調査団設置を提案したが、アサド政権の後ろ盾になっているロシアの拒否権で廃案になった。
 トランプ氏は、ロシアがシリアによる化学兵器使用を止められなかったと非難した。英国のメイ首相は「他に選択肢がない」、フランスのマクロン大統領は「シリアは一線を越えた」と述べた。
 3国は化学兵器阻止の決意を協調しているが、シリア和平に向けた構想に基づいているようには見えない。
 トランプ氏は先月、支持者向けの集会でシリアからの撤退を突然表明した。今回の攻撃との間の一貫性のなさには、驚くばかりだ。
 トランプ氏とメイ氏、マクロン氏はいずれも支持率の低迷に苦しんでいる。力の行使は国内向けのアピールでもあろう。
 ロシアは米英仏による攻撃を強く非難している。ならば、国連安保理での調査団設置についてなぜ、かたくなに反対しているのか。
 ロシアは2013年、体制存続を前提にアサド政権から化学兵器放棄の約束を取り付けた経緯がある。ロシアには重大な責任があることを自覚してほしい。
 安倍晋三首相は「事態の悪化を防ぐ措置」と述べ、攻撃への理解を示した。
 米国との「強固な同盟関係」を掲げる安倍政権としては、他に選択肢はないのかもしれない。
 それを前提としても、攻撃の向こうにどのような和平シナリオを描いているのかを、トランプ氏にただす必要があるのではないか。

[京都新聞 2018年04月15日掲載]



SNSの経営  社会的責任の自覚必要

 いまや暮らしに欠かせない会員制交流サイト(SNS)。その運営のあり方を問う問題だ。
 SNSの最大手フェイスブック(FB)のザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が米議会で個人情報の管理に不備があったことを認めた。
 FBが英政治コンサルティング会社による個人情報の不正利用や虚偽ニュース、ヘイトスピーチなどに利用されていることについて、同氏は謝罪した。
 気軽に利用できるシステムの開発に注力する一方、悪意のある利用者による情報利用については認識が極めて甘かったようだ。
 SNSはFBのほかにも種々ある。急成長の一方で、大量の個人データを収集するビジネスモデルへの懸念が指摘されていた。
 FBは、無料でサービスを提供する代わりに、利用者の登録情報や書き込み、投稿写真、位置情報などさまざなデータを分析し、個人の好みや行動に合わせた広告枠を売ることで収益を上げてきた。
 FBの情報管理が問題になったのは、大量の情報が英国のコンサル会社に流出したためだ。
 コンサル会社は大学の教授と協力し、クイズで性格を診断するアプリをFBの利用者に提供し最大8700万人分の個人情報を収集、共有していた。情報は2016年の米大統領選でトランプ陣営に利用されたという。
 トランプ陣営は、FBの情報からさまざまな政治志向の人に合わせた情報をまとめ、FBなどで発信したとされる。中には真実でない情報が織り込まれていたという指摘もある。
 FBの情報を不正に取得し、投票行動に影響させようとしていたとすれば、民主主義を脅かす事態だ。住民投票や国民投票にも悪用されかねない。
 流用された情報は、属性や志向で、個人名を特定できるものではない。流用が社会に影響を与えるとしても、現状では規制はなく、個人の損害賠償を訴えることは困難だ。
 EUは今年から、企業の個人情報利用を厳しく制限する。日本でも個人が自分のデータを取り戻す制度を検討している。米議会でも規制が必要との発言が相次いだ。
 FBをはじめ、SNS企業はヘイトスピーチ対策に乗り出している。一方で、包括的な規制には総じて消極的な姿勢だ。
 それで社会の理解を得られるだろうか。個人情報を集めて収益を上げているからには、相応の責任を負うべきだ。

[京都新聞 2018年04月14日掲載]


交番の警官射殺  地域の安全拠点揺らぐ

 警察官が同僚の警察官を射殺する。前代未聞の事件だ。
 住民を不安に陥れ、警察への信頼を大きく損ねた。動機の追及にとどまらず、組織のあり方など背景も含めて解明することでしか、信頼の回復はあるまい。
 彦根市の河瀬駅前交番で、彦根署の男性巡査(19)が先輩で教育係の巡査部長(41)を拳銃で背後から撃ち、拳銃を所持して逃走した。
 滋賀県警は数時間後に巡査の身柄を確保し、捨てられていた拳銃を発見したが、周辺住民には恐怖と不安の一夜だったろう。
 交番は地域の「安全の拠点」だ。警察官は「おまわりさん」と呼ばれて親しまれ、パトロールや巡回連絡などで住民に触れ、頼りにされている。
 そうした交番で起きた事件だけに、県警は深刻に受け止めていることだろう。幹部を含めて地域を回って説明し、住民の声を聞いて信頼の修復に努めてほしい。
 巡査は殺害の容疑を認めているが、動機については県警の調べを待つしかない。関係者への取材では、勤務上の指導について上司と折り合いがついていなかったことが浮かび上がっている。
 警察の組織は階級や先輩後輩の上下関係があり、下の者の不満がたまりやすい。厳しい職務のため激しい叱責(しっせき)や荒っぽい言葉になりがちだ。パワーハラスメントも後を絶たない。
 悩みを相談すれば上司に知られ、評価が下がらないか恐れる空気があるとの指摘を聞く。風通しが良くて、相談の秘密が守られる、実効性のある仕組みが必要だ。
 確かに巡査個人が引き起こした事件だが、まじめと言われた若者が犯行に及んだ経緯を検証し、組織に問題がなかったか考えてみるべきだ。
 もう一つ、衝撃的だったのは警官に貸与される拳銃が使われ、しかもぞんざいに捨てられたことだ。警察庁によると、拳銃で同僚を殺害した事件は過去にない。
 巡査は高校卒業後、警察学校に入り、初任科生として10カ月間、法学など実務授業や訓練を受けたほか、拳銃の扱いとともに貸与の重大性を教えられたはずだ。
 教育のあり方を点検する必要があろう。警察官とはいえ未成年である。拳銃の貸与の適格性や、携帯に対する厳格な条件など、この際検討してはどうだろう。
 警察の言葉では「マイナス事案」だ。しかし、負の面を洗い出し共有することが、信頼回復や再発防止につながるのではないか。

[京都新聞 2018年04月14日掲載]


シリア攻撃示唆  軍事解決はあり得ない

 性急な軍事攻撃で問題が解決するとは思えない。
 シリアのアサド政権が反体制派に化学兵器を使用した疑いが強まり、米トランプ政権が軍事攻撃の準備を進めている。
 米国はフランスや英国にも呼び掛け、昨年4月の攻撃を上回る規模の軍事行動を検討しているようだ。
 化学兵器使用が事実なら、国際社会に対する重大な裏切り行為である。シリアに対する厳しい制裁が必要になろう。
 一方、シリアは化学兵器の使用を否定し、化学兵器禁止機関(OPCW)に現地調査を要請し、OPCWも派遣を表明した。
 OPCWは化学兵器禁止条約に基づき設置され、強い査察権限を持つ。シリアの化学兵器廃棄を主導した実績もある。まずはOPCWの査察の行方を見守るべきだ。
 米国は、米国主導の調査チームの設立を目指す決議案を国連安全保障理事会に提出した。
 決議案は、シリアの後ろ盾になっているロシアの拒否権行使で廃案になった。これを機に米国はシリア軍の拠点などへの攻撃に踏み切るとの見方がある。
 実際にトランプ氏や政権幹部は海外出張を取りやめ、海軍のミサイル駆逐艦や空母を地中海に差し向けている。
 共同作戦には、フランスのマクロン大統領は前向きだが、英国のメイ首相は「化学兵器が使われた確証が必要」と慎重姿勢だ。
 トランプ氏は「ロシアはシリアのミサイルを全て撃ち落とすと言っている。準備しろ、ロシア。ミサイルが行くぞ」とツイッターに書き込んだ。
 本来、抑制的であるべき軍事行動についてSNSで軽々しく言及するのは、理解に苦しむ。
 さらに問題なのは、米政権にシリア和平についての一貫した政策が見当たらないことだ。
 トランプ氏は3月末、「私たちは間もなくシリアを出る」と演説した。これが「アサド政権を大胆にさせた」との指摘は米国内にもある。
 唐突な方針転換からは、自身に降り掛かるロシア疑惑を拭い去る狙いや、中間選挙に向けた支持固めも透けて見える。
 シリア内戦ではロシアとトルコ、イランの首脳が今月、会談し「軍事解決はない」ことで一致した。
 ならば、ロシアも米欧との対立をやめ、具体的な和平プロセスを示してほしい。大国のご都合主義でこれ以上犠牲者を増やしてはならない。

[京都新聞 2018年04月13日掲載]


国際観光旅客税  唐突感拭う説明が要る

 日本人か外国人かを問わず、日本からの出国時に1人千円を課す国際観光旅客税法が成立した。新たな旅客税(出国税)は来年1月7日から導入される。
 恒久的に徴収する国税としては1992年の地価税以来、27年ぶりの創設となる。
 しかし、森友学園関連の決裁文書改ざん問題などで国会が紛糾する中、新税の必要性や税の使途について審議が尽くされたとは言い難い。これで国民の理解を得られるのだろうか。
 国際観光旅客税は航空券などに上乗せして徴収する。来年1~3月の3カ月間で60億円、通年で税収が入る2019年度以降は年430億円の財源を見込んでいる。
 政府は東京五輪・パラリンピックが開かれる20年に訪日客を4千万人に増やす目標を掲げる。新税は出入国手続きの円滑化や地域観光資源の整備など観光振興関連の政策財源に充てるという。
 ただ新税は国民に大きな影響を及ぼすのに唐突感を拭えない。
 昨年秋に観光庁の有識者会議がわずか2カ月の議論で新税構想をまとめ、首相官邸肝いりの新税とあって与党もすんなり追認した。
 衆参両院とも委員会審議は、財務省の文書改ざん疑惑解明とも重なり、丁寧な検討も国民に開かれた議論も十分とは言えない。
 新税の創設しかないのか、なぜ1人千円なのか、日本人出国者にも課税するのか-いずれもふに落ちる説明はなかった。受益者負担が原則と言いつつ、税は取りやすいところから取ればよいというのでは、国民は納得すまい。
 旅客税の使い道は、先に成立した国際観光振興法によって快適な旅行のための環境整備や情報発信の強化といった分野を規定。空港の入国審査での顔認証システム導入経費などを18年度予算に計上したほか、Wi-Fi環境の整備やトイレ洋式化にも充当する。
 とはいえ、目的を特定した財源であり、年度内に使い切ろうとすれば無駄遣いを招く。国会審議でも「観光振興という大きな柱にシロアリが群がる構図」との懸念が示された。新税が効果の薄い施策や公共事業に回されることは許されない。使途の透明性を高め、執行状況の点検や公表が欠かせない。
 同様の出国税はオーストラリアや韓国など海外でも徴収されている。地方への誘客強化など観光基盤の拡充に異存はない。しかし、旅客税導入があまりにも拙速であり、情報の公開や周知の徹底を欠いている。広く納税者の理解を求める丁寧な説明を求めたい。

[京都新聞 2018年04月13日掲載]


「首相案件」文書  「加計ありき」深まった

 やはり「加計ありき」だったとの疑惑はさらに濃厚になった。
 加計学園の獣医学部新設計画をめぐり、愛媛県職員が2015年4月に国家戦略特区担当だった柳瀬唯夫首相秘書官(当時)と面会した内容を記した文書に、柳瀬氏が「本件は首相案件」と述べたと記載されていることが分かった。
 愛媛県と今治市が獣医学部新設計画を提案する前の段階でのやりとりだ。構造改革特区より国家戦略特区の方が勢いがある、既存の獣医大との差別化を図った特徴を出す、卒業後の見通しを明らかにする-など「指南」と思える具体的な助言も記されている。
 事実なら、国は最初から加計学園を念頭に計画を進めていたことになる。行政が大きくゆがめられていたといえるのではないか。
 しかも、学部新設計画が安倍晋三首相の「肝いり」だった疑いが持たれている。安倍氏の責任を問われかねない問題だ。
 事実関係を徹底して解明しなければ、政権の信頼回復は望めないと心すべきだ。
 同県職員の文書は「備忘録」の扱いだが、安倍氏と加計学園理事長が会食した際、当時の下村博文文科相が加計学園は課題への回答もなくけしからんといっている-とする記載もあった。
 安倍氏が学部新設について、早い段階から知っていたことをうかがわせる内容だ。新設計画を把握したのは昨年1月だったとしてきた発言とも矛盾する。
 安倍氏が国会で繰り返してきた「(理事長から)相談や依頼があったことは一切ない」との答弁にも疑問符がつく。
 きのうの衆院予算委で、安倍氏は「部下を信頼している」と柳瀬氏を擁護し、「私が意図していないことや私的なことについて『首相の意向だ』と秘書官が振り回すことはあり得ない」と強調した。
 備忘録については「コメントする立場にない」とかわした。
 事実解明へ首相らの姿勢は消極的だ。予算委での野党の追及もかみ合わず、今のところ水掛け論にとどまっている。
 柳瀬氏はコメントで、「記憶の限りでは」と断りながらも、同県職員との面会を否定している。
 こうなれば、関係者を国会に呼び、証言を突き合わせるべきではないか。柳瀬氏はもちろん、備忘録で面談したとされる藤原豊内閣府地方創生推進室次長(当時)の喚問が必要だ。
 備忘録を作成した同県の担当者にも協力を得たいところだ。

[京都新聞 2018年04月12日掲載]



パワハラ認定  問題招いた組織の体質

 日本を代表するトップアスリートに、選手強化の最高責任者による理不尽なパワーハラスメントが繰り返されていた。その事実に驚かされる。
 日本レスリング協会は、女子レスリングで五輪4連覇を果たし、国民栄誉賞を受賞した伊調馨選手に対する栄和人強化本部長のパワハラ行為を認定した。栄氏は強化本部長を辞任。協会は再発防止への取り組みを急ぐべきだ。
 スポーツ界で不祥事が起こるたびに、一般社会の常識とかけ離れた旧態依然とした価値観や体質が背景にあるのではと指摘されてきた。第三者機関が認定した今回のパワハラ行為にもうかがえる。
 練習拠点を東京に移した伊調選手に、栄氏が「よく俺の前でレスリングできるな」と発言した。報告書は「逆恨みにも似た狭量な心情の発露で、敬意や思いやりのかけらもない」と批判する。
 さらに広州アジア大会代表の選考基準を満たした伊調選手に十分な説明を行わず、別の選手を選んだ。指導する田南部力氏には世界選手権優勝の際に「伊調の指導をするな」と言い、合宿中に「目障りだ。出ていけ」と罵倒した。
 第三者機関は「いろいろな人が自分の思惑の下に行動し、互いに軋轢(あつれき)を生じさせている。どれ一つとって見ても、小さい、せせこましい」と指摘している。
 伊調選手をはじめ多くの世界王者を育てた栄氏の功績は大きい。何より結果がモノを言うスポーツの世界で、そうした人物の発言力が高まり、権限が集中するのはよくあることかもしれない。
 だが、それが選手の育成を阻害するようでは意味がない。栄氏を放任した協会の責任は重大であり、公正で民主的な組織運営ができていなかったことが問題を招いたと自覚するべきだ。
 協会は告発があった当初、パワハラの存在を否定していた。告発状が内閣府の公益認定等委員会に出されたのも、組織の閉鎖性の反映ではないか。
 おかしなことには誰かが気づいて発言し、改善できる仕組みをつくらなくてはならない。運営に外部の人を参画させるなど根本的な見直しが必要だ。
 文部科学省は5年前、学校の部活動で勝利至上主義の指導を否定する指針を示し、体罰やパワハラは認められないとした。日本のスポーツ文化の土壌は変わりつつある。選手が競技に打ち込む環境に問題はないか。東京五輪に向け、他の団体も点検してほしい。

[京都新聞 2018年04月12日掲載]



ハリル監督解任  結果厳しく問われよう

 電撃的な決断に、驚いたファンも多いはずだ。日本サッカー協会が、日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督を解任した。
 ワールドカップ(W杯)ロシア大会の開幕まで、あと約2カ月しかない。果たして、新たな指導体制のもとで勝利を挙げ、国民の熱い期待に応えることが、できるのだろうか。
 解任の理由は、成績不振とされている。直近の遠征で、W杯に出場しないチーム相手に内容の乏しい試合をした。本番に向けて、不安が広がっている。
 記者会見した協会の田嶋幸三会長は、「選手との信頼関係が薄れてきた。勝つ可能性を上げる選択をした」と説明する。
 とはいえハリルホジッチ監督は、八百長に関与した疑いで前任者が解任されたのを受けて2015年に就任し、最終予選B組1位の成績で、日本代表を6大会連続6度目のW杯出場に導いた。
 出場決定後に、出場権を獲得した監督を解任するのは、日本では初めてのことである。
 監督交代は、不振に陥ったチームへのショック療法といわれる。しかし、本番までに残された時間はわずかしかなく、態勢を立て直すのは容易ではない。
 「なぜこの時期に」との疑問が残るし、リスクの方が大きいともいえよう。
 後任の監督は、協会の技術委員長を務める西野朗氏である。1996年のアトランタ五輪で23歳以下の日本チームを率い、強豪のブラジルを倒したことがある。2008年にはアジア・チャンピオンズリーグを制覇するなど、数多くのタイトルを手にした。
 だが、協会では代表監督を支える立場にあり、チームが不振だとすると、その責任を共有しているはずだ。現場からは2年以上も遠ざかっており、秀でた指導力を今も維持しているのか、不確かでもある。同氏の起用は、最良の選択とは言い切れまい。
 ハリルホジッチ監督は、縦に速い攻撃や球際の強さを選手に要求した。これに対して田嶋会長は、ボールをつないでいくサッカーを重視している。決定力の不足するチームになりはしないか、心配だ。
 また、誰が代表監督にふさわしいのか、もっと早い段階で冷静に考えてもよかったのではないか。
 ファンは、日本代表の活躍を心から願っている。それだけに、この監督交代が結果にどう影響するのか、後に協会は厳しく問われることになるだろう。

[京都新聞 2018年04月11日掲載]


黒田総裁2期目  政治に従属してないか

 日銀の黒田東彦総裁の2期目任期がスタートした。
 デフレ脱却に向け、現在の金融緩和政策を継続する構えだ。だが、5年間の大規模緩和でも物価上昇率2%の目標は達成はできず、副作用への懸念が増している。
 黒田氏は金融政策を正常化する「出口戦略」を具体的に説明するのは時期尚早だと述べたが、出口への道筋をどうつけるかが2期目の課題である。かじ取りはいっそう難しいだろう。
 経済界からは、黒田氏の再任で金融政策の継続性が維持されると歓迎する声が上がっている。しかし、長引く超低金利が民間金融機関の収益悪化を招き、財政規律の緩みにつながっている。ただちに出口戦略を探らないのであれば、こうした副作用にも対応していく必要がある。市場にきちんとしたメッセージを出すことが重要だ。
 金融緩和をめぐっては、正副総裁の間で微妙な方針の違いもみられる。新しい副総裁の若田部昌澄氏は国会の所信聴取で、緩和策の一環としてこれまで日銀が買っていない資産購入も可能と説明した。就任会見では「必要ならちゅうちょなく追加緩和を行うべき」とも述べ、追加緩和に慎重な黒田氏との差がにじみ出た。
 いずれ直面する出口問題で、こうした温度差が適切な判断を下す上で障害になる恐れはないか。
 アベノミクスと一体化した金融政策であることもリスクといえる。黒田氏の後ろ盾である安倍晋三政権は森友問題などで支持が急落している。安倍首相が9月の自民党総裁選で3選できなかった場合、金融政策は大きく影響を受ける可能性がある。安倍政権の終わりと金融緩和政策の終焉(しゅうえん)を結びつけて受け取られれば、金融市場が混乱しかねない。
 日銀の政府からの独立を目指した新しい日銀法が施行されて20年を迎えた。だが、黒田氏1期目の5年間は政府と日銀が二人三脚で歩み、独立性はかすんでしまったように思える。
 特に、国債の大量購入は、日銀が政府の積極財政を肩代わりしているかのようだ。一方、緩和で流し込んだお金が賃金や雇用につながるような成長戦略を政府が描けているとは言い難い。
 肝心なのは、政権の意向にかかわらず、国民生活に支障をきたさない金融政策を独自の判断でとることではないのか。政権と日銀が運命を共にする印象を与えては、中央銀行の役割は果たせまい。そうした危険は迫っていないか。

[京都新聞 2018年04月11日掲載]


仮想通貨団体  2018年04月26日
G7外相会合
外国人就労資格
武器携行命令
環境基本計画
北朝鮮実験中止
オスプレイ配備
NPO法20年
裁量制自由記述
財務次官更迭
海賊版サイト
日米首脳会談
山崩れ1週間
イラク日報開示
自民党総裁選
日中対話
近江八幡市長選
熊本地震2年
「ここ滋賀」
シリア攻撃
SNSの経営
交番の警官射殺
シリア攻撃示唆
国際観光旅客税
「首相案件」文書
パワハラ認定
ハリル監督解任
黒田総裁2期目  2018年04月11日

米朝共同声明の全文(英文)

2018-06-12 19:36:40 | 日記
Joint Statement of President Donald J. Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the Democratic People’s Republic of Korea

at the Singapore Summit


ホワイトハウス報道担当がツイッターで公開した、米朝首脳会談の共同声明(ツイッター画面より)

President Donald J. Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the State Affairs Commission of the Democratic People’s Republic of Korea (DPRK) held a first, historic summit in Singapore on June 12, 2018.

President Trump and Chairman Kim Jong Un conducted a comprehensive, in-depth, and sincere exchange of opinions on the issues related to the establishment of new U.S.-DPRK relations and the building of a lasting and robust peace regime on the Korean Peninsula. President Trump committed to provide security guarantees to the DPRK, and Chairman Kim Jong Un reaffirmed his firm and unwavering commitment to complete denuclearization of the Korean Peninsula.

Convinced that the establishment of new U.S.-DPRK relations will contribute to the peace and prosperity of the Korean Peninsula and of the world, and recognizing that mutual confidence building can promote the denuclearization of the Korean Peninsula, President Trump and Chairman Kim Jong Un state the following:

1.The United States and the DPRK commit to establish new U.S.-DPRK relations in accordance with the desire of the peoples of the two countries for peace and prosperity.

2.The United States and the DPRK will join their efforts to build a lasting and stable peace regime on the Korean Peninsula.

3.Reaffirming the April 27, 2018 Panmunjom Declaration, the DPRK commits to work toward complete denuclearization of the Korean Peninsula.

4.The United States and the DPRK commit to recovering POW/MIA remains, including the immediate repatriation of those already identified.

Having acknowledged that the U.S.-DPRK summit-the first in history-was an epochal event of great significance in overcoming decades of tensions and hostilities between the two countries and for the opening up of a new future, President Trump and Chairman Kim Jong Un commit to implement the stipulations in this joint statement fully and expeditiously. The United States and the DPRK commit to hold follow-on negotiations, led by the U.S. Secretary of State, Mike Pompeo, and a relevant high-level DPRK official, at the earliest possible date, to implement the outcomes of the U.S.-DPRK summit.

President Donald J. Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the State Affairs Commission of the Democratic People’s Republic of Korea have committed to cooperate for the development of new U.S.-DPRK relations and for the promotion of peace, prosperity, and security of the Korean Peninsula and of the world.

DONALD J. TRUMP

President of the United States of America

KIM JONG UN

Chairman of the State Affairs Commission of the Democratic People’s Republic of Korea

June 12, 2018

Sentosa Island




米朝首脳署名式発言全文

米朝首脳会談
朝鮮半島
北米
2018/6/12 18:22

 米朝首脳会談の署名式でのトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩委員長の発言全文は次の通り。


 ▽トランプ氏

 本当にありがとう。われわれは非常に重要な文書に署名している。極めて包括的な文書だ。われわれは実に良い関係を築いた。間もなく記者会見を開く。(文書について)詳細に話し合おう。

 その間、金委員長と私に代わって事務方が(文書を)配布するだろう。われわれは共に文書に署名でき、とても誇りに思う。

 ▽金氏

 われわれは今日、歴史的なこの出会いで、過去を乗り越え、新たな出発を知らせる歴史的な文書に署名するに至った。世界は恐らく重大な変化を見ることになるだろう。今日のために努力してくれたトランプ大統領に謝意を表明する。ありがとう。

 ▽トランプ氏

 本当にありがとう。

 (非核化について)われわれは非常に迅速にそのプロセスを始める。非常に迅速に、間違いなく。

 (北朝鮮の核兵器については)もう少したてば全て明らかになる。われわれが署名している文書は非常に包括的で、双方とも結果に非常に感動を覚えると思う。多くの善意が向けられ、多くの仕事、多くの準備をこなしてきた。双方の関係者全員に感謝したい。ポンペオ国務長官や北朝鮮外相はじめ全員非常に優秀だ。

 本当にありがとう。夢のようだ。

 本当にありがとう、みんな。もう少し後でまた(記者会見で)会おう。今日起きたことはわれわれにはとても誇りだ。北朝鮮、そして朝鮮半島との関係は過去とは全く異なる状況に向かうだろう。

 われわれは共に何かを成し遂げたいと考えているし、何かを成し遂げようとしている。われわれは特別な絆を築いたのだ。

 みんな感動を覚えるだろう。とても幸せに感じるだろう。われわれは世界にとってとても大きく、とても危険な問題に対処しようとしている。

 金委員長に感謝したい。今日は長時間、非常に実のある時間を共に過ごした。誰もが予想しなかったほど、はるかに良い結果が出たと実際に言えるだろう。私はいろいろな報道を見たが、誰の予測よりもはるかに良かったと思う。

 これはもっと、もっと、もっと(多くの結果に)つながるだろう。(金氏と)一緒にいられて非常に光栄だ。ありがとう。関係者のみなさん、本当にありがとう。

 (金氏をホワイトハウスに招待するのかとの問いに)間違いなく、そうするだろう。

 【署名式後、首脳会談会場を出発前に】

 ▽トランプ氏

 (金氏は)素晴らしい性格で、そして非常に賢い。うまく組み合わさっている。

 交渉に値する人物だ。とても立派で、とても賢い。われわれは非常に良い日を過ごし、お互いと互いの国について多くを学んだ。

 彼が才能豊かな男だと学んだ。また彼が自分の国を非常に愛していると知った。

 われわれは何度も会うことになるだろう。(共同)

【京都新聞 社説】

2018-05-28 16:36:30 | 日記
米朝仕切り直し  現実的妥協点探れるか

 いったんは中止とされた米朝首脳会談が、実施に向けて動きだした。確実な実現につなげたい。
 トランプ米大統領の中止通告の後、事態は急速に展開している。
 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は韓国の文在寅大統領と4月に次ぐ2度目の南北首脳会談を行った。焦りと切迫感が感じられる。
 トランプ氏も北朝鮮との協議が継続していることを明かし、当初と同じ6月12日にシンガポールでの開催を目指す考えを示した。
 もともと中止通告は、今後の対話の可能性を否定しておらず、会談の「延期」に近い意味合いがあった。通告に戸惑う北朝鮮の反応を見たうえで、有利な形での会談につなげたい思惑も垣間見える。
 しかし、朝鮮半島の非核化実現に両国が強い意向を持ち、交渉を決裂させたくない考えであることはあらためて明らかになった。
 首脳会談実現に向け、現実的な妥協点をどう探っていくか、今後の実務的な交渉が鍵を握る。
 きのう記者会見した文氏によると、金氏は、4月の南北首脳会談に引き続き「朝鮮半島の完全な非核化」の意思を明らかにしたという。文氏と金氏は非核化と平和構築のプロセスを中断しないことを確認し、6月1日に南北高官級会談を行うことで一致した。
 文氏はまた、トランプ氏が非核化の際には北朝鮮との敵対関係を完全に終えるだけでなく経済的支援も行う意向を明確に示したことを金氏に伝え、直接互いの意思を確認するよう促したという。
 首脳会談が仕切り直しになったことで、かえって細かな点を事前に詰める作業の重要性が増した印象だ。トップ同士の会談で成果を得るためにも、十分なすりあわせが求められる。
 だが、非核化をめぐる米朝の隔たりは大きい。米国が求める「完全かつ検証可能で不可逆的な」非核化に対し、北朝鮮側は行動ごとに制裁緩和などの見返りを求める「段階的措置」を求めている。
 いずれの手順でも、核廃棄の検証作業が決定的に重要となる。北朝鮮が専門家の査察を受け入れるかどうかがポイントとなろう。
 ただ、最大60発とも推測される既存核兵器の保管先が分かっておらず、ウラン濃縮施設の所在地に関する明確な情報もないとされる。検証プロセスの実効性をどう確保するかは難しい課題だ。
 それでも、米朝トップの直接会談は、朝鮮半島の緊張緩和に大きな意味を持つ。一歩でも前に進めるよう努めてほしい。

[京都新聞 2018年05月28日掲載]


気象庁防災支援  地域の安全につなげよ

 大雨や地震、火山の噴火といった災害で、見通しを解説して自治体の避難勧告などの判断を支援する「気象庁防災対応支援チーム(JETT=ジェット)」が今月1日に発足した。高い専門知識を生かし、地域の安全性向上につなげてもらいたい。
 JETTは全国の気象庁職員の3割弱にあたる約1400人で構成する。
 台風の接近などで大雨が見込まれる場合、事前に都道府県庁に入り、雨量の見通しなどを伝えて市町村が避難勧告や指示を出すための手助けをする。
 災害が発生した後は市町村にも行き、救助活動や二次災害防止のため各地域に絞った詳しい気象情報を解説する。地震や火山の噴火では現状と今後の見通しを伝えて支援する。
 気象庁はこれまでも災害時に自治体へ職員を出していたが、その都度、選ぶケースが多かった。JETTは各分野で専門性の高い職員をあらかじめ登録しておき、適切な人員を迅速に送り込むのが特徴だ。
 さらに、現地を管轄する気象台で勤務した経験がある職員を中心に選定して派遣するという。京都府や滋賀県にとっても、地域の特徴的な気象や地形に詳しく、土地勘があるメンバーによる支援は心強い。
 気象庁が発表する防災情報は気象警報や緊急地震速報、津波警報、噴火速報をはじめ、河川の氾濫が発生する危険性を地図上で5段階に色分けする「危険度分布」など多岐にわたる。
 しかし、こうした有用な情報を自治体の防災担当者がすべて理解し、有効に活用しているとは言いがたい。
 茨城県常総市で鬼怒川の堤防が決壊した2015年の関東・東北豪雨や、岩手県岩泉町の高齢者グループホームで9人が亡くなった16年の台風10号による豪雨では、自治体による避難指示の遅れが問題となった。
 気象庁が設けた有識者会議は昨年8月にまとめた提言で「緊急時の防災担当者向けの解説が市町村等のニーズに応え切れていない場合がある」とした。JETTの設置はこうした指摘を受けた改善策として評価できる。
 自治体側の対応強化も重要だ。平時から防災情報を読み解く能力を高めるとともに、災害発生時にJETTの派遣を受けて住民の安全確保にどう役立てるのか、事前に十分検討しておくことが欠かせない。

[京都新聞 2018年05月28日掲載]


種子法廃止  風土に合った作物を守れ

 田植えが終わり、青々とした苗が初夏の風にそよいでいる。
 コメ作りは一朝一夕にはいかない。地域の気候に合った質の高い品種を開発し、農家に行き渡らせなければならない。
 その役割を担ってきたのが都道府県の農業試験場などだ。奨励品種を定め、品質を管理しながら優良な種子を育て、供給する。いわば公的な管理のもとで生産者は優良な種子を安く手に入れることができる。
 ところが4月、稲、麦、大豆の種子の安定供給を都道府県に義務づけた主要農作物種子法(1952年制定)が廃止され、各地で戸惑いが広がっている。
 種子育成のため都道府県が予算を用意する根拠法がなくなったことで、安定供給や価格への影響が懸念されている。
 なぜ廃止なのか。政府から十分な説明はなされなかった。
 同法が稲作などに欠かせない存在だったことは、廃止後、京滋を含めたすべての都道府県が条例や要綱などで種子の安定供給を維持する方針を示したことからも明らかだ。
 良質な種子を使い、地域に合った作物を作り続けることは、食の安心安全の観点からも重要だ。各府県は引き続き、安定供給に努め、農家や消費者の不安に応えてほしい。私たちも、コメや麦などの種子の品質や安全性に注意を払いたい。
 同法廃止は一昨年秋に政府の規制改革推進会議で問題提起され、国会が森友学園疑惑などで騒然としていた昨年4月に決定。1年後の今春、廃止となった。農家や消費者も関わっての議論はほとんどなかった。
 廃止の理由として「都道府県が開発した品種が優先的に奨励品種になり、民間企業が開発した品種の奨励につながりにくい」ことが挙げられた。そうであれば、奨励品種を選ぶ方法を改善するのが筋ではないか。それが、いきなり廃止という理解に苦しむやり方だった。
 心配されるのは、種子法廃止と抱き合わせのような形で成立した農業競争力強化支援法だ。都道府県などが持つ種苗の生産に関するノウハウを民間事業者へ提供することを促す内容が盛り込まれている。
 種子の開発には多額の投資が必要で、巨大資本を持つグローバル企業でなければ参入は難しい。こうした企業にとって、日本の公的試験場などが持つ種苗の栽培技術は魅力的だ。
 仮に種子や栽培ノウハウがグローバル企業に流れれば、もうかる品種の栽培が優先され、風土に合った品種など作物の多様性が失われないだろうか。種子生産の独占による価格高騰や、遺伝子組み換えでない種子の選択が難しくなる懸念もある。
 野党6党は共同で、種子法復活法案を国会に提出した。
 種子法廃止の影響がただちに顕在化するかどうかは分からない。共同通信社などが国内56カ所の公的研究機関へ行った調査でも、半数近くが影響を見極めかねている現状が浮かんだ。
 ただ、同法廃止により、地域の中で守り育てられてきた種子が長期的にグローバルな競争にさらされる状況になったことは、心にとどめておきたい。

[京都新聞 2018年05月27日掲載]


米朝会談中止  対話を続け、レール敷き直せ

 朝鮮半島の非核化に向けた世界の期待を一気にしぼませてしまった。対話ムードに包まれていた半島で緊張が再燃しないか心配だ。
 トランプ米大統領が、6月12日にシンガポールで予定していた米朝首脳会談を中止すると北朝鮮に通告した。北朝鮮側の「敵対的な言動」を理由に挙げている。
 ただ、通告の書簡では、拘束されていた米国人3人の解放に謝意を示すとともに、今後の対話の可能性を否定しなかった。北朝鮮も、「首脳会談が切実に必要だ」として、米側に再考を促した。
 会談は中止になったが、両国とも関係を断ち切ったのではないことをうかがわせる。中止というより「延期」に近い意味を持つのではないか。適切な冷却期間を置いたうえで、あらためて会談を実現させるよう求めたい。
 北朝鮮はここ数週間、韓国との南北閣僚級会談を見送ったり、米国高官を名指しで批判したりして米韓両国を揺さぶり、米朝首脳会談も取りやめると警告していた。
 その一方で、ポンペオ米国務長官が訪朝して金正恩朝鮮労働党委員長と接触するなど、両国は水面下で交渉を続けてきた。
 北朝鮮の一連の言動も、トランプ氏が歴史的な会談を断念することはないと踏んだ上での強気のけん制と理解していたはずだ。
 にもかかわらず首脳会談を中止したのは、非核化の手順をめぐって北朝鮮と折り合えなかった可能性が高い。米側は「完全かつ検証可能で不可逆的な」非核化を打ち出しており、時間をかけて行動ごとに制裁緩和の見返りを求める「段階的措置」が必要だとする北朝鮮の立場とは隔たりがあった。

 「北」は意図読み違え
 トランプ政権は、会談取りやめにも言及した北朝鮮の動きを逆手に取り、中止を突き付けることで今後の交渉の主導権を握ろうとしたようにもみえる。非核化のプロセスをめぐるせめぎ合いは、これからも続くことになろう。
 米朝両国の長年にわたる相互不信を考えれば、トランプ氏が首脳会談を決断してわずか3カ月で信頼関係を築き上げるのは難しかったと言わざるをえない。
 トランプ氏は金氏に「強力な保護」を与えて安全を保証し、体制転覆を図らないことを明言した。だが、ボルトン大統領補佐官は全面的に核放棄するまで見返りを与えず、その後指導者が殺害されたリビアの例に触れるなど、核放棄に関する北朝鮮の真意を疑問視する姿勢を変えていない。
 北朝鮮は、金氏の体制が本当に保証されるのか疑心暗鬼になり、首脳会談をめぐるトランプ氏の意図を読み違えたと推測できる。

 軍事力誇示は避けよ
 北朝鮮の背後で中国の影が大きくなってきたことも、米国の判断に影響を与えた。金氏は5月上旬に習近平国家主席と2度目の会談を行った。中朝国境では国連の制裁中にもかかわらず人や物資の往来が活発化しているといわれる。中国を後ろ盾にした北朝鮮の強い態度が、米国の不信を増幅した可能性もある。
 米国は再び「最大限の圧力」を強める構えだが、米朝両国が昨年以前のように軍事力を誇示して威嚇し合い、一触即発の危機を招くような事態の再来は避けなければならない。
 今年に入ってからの北朝鮮の融和姿勢は、国際社会の見方を変えつつある。謎の独裁者と思われてきた金氏の、意外に冷静で懐の深い一面が認識された。朝鮮半島の平和構築に向けて真剣に交渉に取り組む韓国・北朝鮮両国が置かれている立場への理解も深まっているようにみえる。
 首脳会談が流れたといって、再び武力を背景にむやみな緊張を呼び込むようでは失望を招くだけだ。北朝鮮は自らの融和政策が国際世論を変化させ、朝鮮半島情勢が従来とは異なる段階に進んだことを自覚しなくてはならない。過剰な反応を慎み、国際社会から理解される振る舞いが求められる。

 日本は戦略練り直せ
 反目し合っていた米朝両国が高官同士の交渉を重ね、新たなチャンネルをつくった意味は小さくない。今後も切れ目なく対話を継続し、首脳会談へのレールを敷き直してほしい。
 4月の南北首脳会談では、朝鮮戦争の終結に向けて休戦協定を平和協定に転換することや、恒久的な平和構築のため南北と米国の3者、または南北と米中の4者による会談を積極的に進めていくことが共同宣言で示された。
 首脳会談の中止で、こうした緊張緩和に向けた合意が実現しなくなる可能性もある。東アジアの安全保障にとって重要なテーマだけに、首脳会談とは切り離して前に進める方策が必要だ。
 日本にとっては、拉致問題解決の働き掛けをトランプ氏に託していただけに、戦略の練り直しが迫られる。このままでは日朝首脳会談の実現も簡単ではあるまい。
 米朝首脳会談の可能性が消えていない中、対話の流れを踏まえて何ができるかを考えるべきだ。圧力一辺倒ではなく、米朝の間で、どんな役割を果たせるか検討してほしい。日米韓の連携がこれまで以上に重要となろう。

[京都新聞 2018年05月26日掲載]


アメフット会見  責任逃れでなく説明を

 アメリカンフットボールの悪質な反則問題で、関西学院大の選手を負傷させた日本大の選手と、内田正人前監督らが相次いで記者会見した。
 会見で双方の主張は食い違いをみせ、真相究明は混迷の度合いを増している。大学として今回の問題をどう受け止めるのか、日大の姿勢が問われる。
 焦点となっている危険なタックルについて、会見した20歳の選手は前監督とコーチの指示に従ったと説明した。
 「相手をつぶせ」などの指示を「けがをさせろ」と解釈したという。「やらないという選択肢はなかった」と追い込まれた心情について生々しく語った。
 これに対し、選手会見の翌日夜に緊急会見を開いた前監督は、タックルは「私からの指示ではない」と否定。プレーは「予想できなかった」と責任転嫁のような発言に終始した。
 すでに試合から2週間以上が経過し、責任者による説明が遅すぎた。その上、選手の発言を否定するために急きょ会見を開いたかのような大学側の対応には、首をかしげざるをえない。
 問われているのは、なぜこんなプレーが行われたか、ということである。選手を追い込んだのは一体何だったのか。
 選手は「やる気が足りない」と実戦練習から外され、「つぶせば(試合に)出してやる」とコーチを通じ伝えられたという。指導の在り方は妥当だったのか。
 前監督が語るべきは、そうした根本のことであり、「指示があった」「なかった」というだけの話ではないはずだ。
 少子化の影響で学生の確保が多くの大学の課題となっている。スポーツが大学の広告塔となり、本来の在り方をゆがめているとの指摘は以前からある。
 問題がさらに深刻化し、過剰な勝利至上主義を招いている可能性がある。アメフット以外にも有力部を抱える日大は真剣に向き合い、再発防止に取り組むべきだ。
 折しも、スポーツ庁は全米大学体育協会(NCAA)を参考にした統括組織「日本版NCAA(仮称)」を来春創設する方針だ。
 そこでは安全対策などにも取り組むとしているが、「ビジネス化」の側面が強く、さらなるゆがみをもたらさないか心配だ。
 大学スポーツは教育の一環で、選手のためのものでなくてはならない。今回の事案を、あるべき姿を取り戻すきっかけにしたい。

[京都新聞 2018年05月25日掲載]


イタリア新政権  欧州揺るがす火種、また

 2カ月半続いた政治空白が解消されるとはいえ、欧州統合を揺るがすポピュリズム(大衆迎合主義)の再燃を危ぶまざるを得ない。
 3月の総選挙でどの勢力も過半数に達しなかったイタリアで、新興組織「五つ星運動」と右派政党「同盟」の連立協議がまとまり、政権発足へ新首相が指名された。
 五つ星運動は反エリート、同盟は反移民を掲げ、総選挙で躍進した。政策的な隔たりは決して小さくないが、欧州連合(EU)に懐疑的な点では共通している。既存体制への国民の不満を取り込み、ポピュリズム色の濃い政権となる可能性が高い。
 欧州では昨年3月のオランダ下院選、5月のフランス大統領選でポピュリスト政党が敗北し、その旋風は弱まるかとみられていた。
 ところがイタリア総選挙に続いて、今年4月のハンガリーの議会選で反移民を掲げるオルバン首相の右派与党が圧勝。立場の近い東欧諸国の政権や、各国の極右政党が再び勢いづく流れにある。
 グローバル化の恩恵が一部の大国に偏り、自分たちは低成長や移民・難民問題を甘受している-との意識は、東欧だけでなくイタリアでも広がる。ユーロ圏3位の経済国とはいえ、ドイツなどとの格差拡大が、人々の反EU感情の根底にあるようだ。
 成長を求めるのなら、経済の構造改革へ思い切った踏み込みが必要になる。だが両党が連立協議で合意したのは、不法移民の取り締まり強化のほか、貧困層への最低所得保障、富裕層の減税といった財源の不透明なばらまき策だ。
 課題を直視しない、同床異夢の連立という印象が否めない。新首相に政治手腕の未知数な法学者のコンテ氏を推したのも、当面の対立回避のための妥協策だろう。
 無責任な公約、その公約が実現しないことによる政治混乱、さらなる大衆迎合-の悪循環に陥らないか気掛かりだ。排外的、保護主義的な世論の行方は、日本にとっても重大な関心事である。
 東・中欧の国々と違い、イタリアはEUの前身、欧州共同体(EC)の原加盟国であり、本来なら独仏とともに欧州の統合深化をけん引する役割が期待される国だ。その国が反EUに傾けば、英離脱で結束の揺らいでいるEUをさらに不安定化させかねない。
 幸い、五つ星運動は現実路線を模索する動きもみせている。一方のEUにも、イタリアに緊縮財政を厳しく迫るばかりでなく、柔軟な対応が求められよう。

[京都新聞 2018年05月25日掲載]


森友交渉記録  疑問の解明これからだ

 「廃棄した」と国会で説明したはずの記録が大量にあった。国民に対する重大な背信行為である。
 大阪府豊中市の国有地売却を巡り、財務省が森友学園との交渉記録を国会に提出した。未公表の改ざん前決裁文書も公表した。
 国有地を不当に値下げして売却したのではないか、という野党の追及に対し、当時、理財局長を務めていた佐川宣寿前国税庁長官は、一切の記録が残っていないと繰り返し述べていた。
 ところが今回、計約3900ページもの文書が出てきた。
 佐川氏は「メールのやりとりや面会記録なども残っていない」と念押ししていたが、虚偽答弁だったことになる。
 財務省は月内にも改ざんの経緯の検証報告を公表し、幹部を処分する方針だが、これで問題の幕引きを図るのは無理がある。
 むしろ、課題がようやく出そろった状況ではないか。
 明らかになった記録を国会で検証する必要がある。大幅値引きの背景に、首相夫妻の関与や官僚の忖度(そんたく)があったのではないか。佐川氏はなぜうそをついたのか。疑問は何一つ解明されていない。
 交渉記録には、森友学園の籠池泰典前理事長が安倍昭恵首相夫人を通じた国有地の貸付料減額を要望し、当時の夫人付職員が2回にわたって財務省に問い合わせた内容も含まれていた。
 職員は「(籠池氏から)優遇を受けられないかと総理夫人に照会があり、当方から問い合わせした」などと電話していた。
 改ざん前の決裁文書には「本省相談メモ」とされる資料があり、昭恵氏が森友学園側に「いい土地ですから、前に進めてください」と発言したとの記録もあった。
 昭恵氏側による「口利き」と受け止められても仕方がないのではないか。
 安倍首相は改ざん直前の昨年2月17日に国会で「私や妻が関係していたならば、首相も国会議員も辞める」と発言していた。首相は今後、どう説明するのだろうか。
 公表記録は財務省職員の手控えで、正式文書は佐川氏の答弁に合わせ破棄されたという。
 佐川氏は理財局長当時、「法令に基づき破棄した」と述べていたが、実際は組織的な隠蔽(いんぺい)が行われていたといえる。公文書管理のあり方も見直しが急務だ。
 佐川氏は大阪地検に告発されたが、立件見送りが伝えられる。真相を究明できるのは、もはや国会しかない。

[京都新聞 2018年05月24日掲載]


日報問題で処分  現場のミスで済まない

 陸上自衛隊イラク派遣部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題で、防衛省が経緯の調査結果を国会に報告し、関係職員17人を処分した。
 担当者が防衛相の指示や情報公開への認識を欠いていたことが問題で、組織的隠蔽はなかったと結論づけた。「現場のミス」で決着させようとの意図が読み取れる。
 真相解明には不十分な内容で、処分も形式的にみえる。再発防止につながるとも思えない。これで問題を終結させてはならない。
 日報が陸自研究本部(現・教育訓練研究本部)で見つかったのは昨年3月27日、小野寺五典防衛相への報告は今年3月31日だ。約1年間も組織内に隠されていた。
 発見から3日後、同本部にあった情報公開請求の問い合わせに、日報はないと回答していた。
 調査結果では、日報の存在は同本部の幹部数人が把握していたが、稲田朋美防衛相(当時)へ報告の必要性はないと認識していたという。当時は、南スーダン平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報問題を巡って稲田氏が国会で追及の矢面に立っていた時期だ。危機意識が欠けていたという以上に、なぜ報告不要と判断したのか、疑問が残る。
 同本部が陸幕に日報の存在を報告したのは、発見から約9カ月たった今年1月12日、陸幕から統合幕僚監部に伝えられたのは2月27日だった。小野寺防衛相に知らされたのはさらに1カ月後だ。
 重要な報告を速やかに省全体で共有しなかった理由は分かりにくい。組織的隠蔽ではないと言い切る根拠も不明だ。
 関係者の意思決定や情報の伝達過程などを精査し、具体的な改善策につなげていく必要がある。その役割を担う国会の責任は重い。
 ただ、日報の隠蔽というシビリアンコントロール(文民統制)を揺るがす事態を招いたことは、政治の機能不全も浮き彫りにした。
 昨年2月、稲田氏は同省がいったん不存在とした日報について再捜索を指示したが、統合幕僚監部の背広組トップに「本当にないのか」とただしただけだったという。
 今年4月には幹部自衛官が「国益を損なう」との暴言を野党議員に浴びせたが、小野寺防衛相は当初かばうような発言をし、懲戒処分にもしなかった。
 こうした組織統制の甘さが、一連の隠蔽問題の背景にあるとも指摘されている。
 実力組織である自衛隊をしっかり統率する責任を、政治の側はあらためて自覚してほしい。

[京都新聞 2018年05月24日掲載]


加計問題新文書  事実なら答弁は虚偽に

 安倍晋三首相のこれまでの発言を、覆しかねない新たな文書が現れた。白黒を、はっきりさせなければならない。
 学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡り、愛媛県の中村時広知事が、国などとの交渉経緯を記した新文書を国会に提出し、共同通信が入手した。
 それによると、2015年2月25日に学園の加計孝太郎理事長が首相と面会し、愛媛県今治市に設置予定の獣医学部では、国際水準の教育を目指すと説明した。首相は「そういう新しい考えはいいね」とコメントしたという。
 これまで首相は、獣医学部構想を知ったのは17年1月20日で、関与はないと明言してきた。
 新文書の記載が事実なら、首相は虚偽の答弁をしたことになる。国民にうそをついたも同然で、政権の信頼性が大きく揺らごう。
 知事によると新文書は、国会の要請を受けて提出された。公的な文書として、その内容を重く受け止めたい。
 首相と加計氏との面会は、15年3月に行われた県と学園の打ち合わせ会で学園側が報告した。15分程度で、「いいね」などのやりとりがあった。これを受けて、柳瀬唯夫元首相秘書官から県に改めて資料提出が求められたとする。
 県職員が面会した際、柳瀬氏は「獣医学部新設の話は総理案件になっている」と述べたとされており、先に国会の参考人招致で行った答弁とは食い違いがある。
 いずれも日付が記されているなど記述は具体的だ。
 知事は、一貫して「県側は正直に話してきた」と主張してきた。「県として(獣医学部に)税金約30億円を出す以上、県民に対しクリアにしないといけない」とも強調している。
 新文書の信ぴょう性は、かなり高いのではないか。
 首相の主な動向をまとめた新聞各紙の「首相動静」に、この面会は記述されていない。学園は「理事長が15年2月に首相とお会いしたことはない」とコメントし、首相も「ご指摘の日に理事長と会ったことはない」と否定した。
 それぞれの主張は真っ向から対立しており、どちらかが間違っていることになる。ここは、野党側の求めに応じて知事の参考人招致や加計氏の証人喚問に応じる必要が、与党にもあるだろう。
 加計問題が発覚して、約1年が経過した。これ以上、真偽をうやむやにして、国政を前に進められないことを知るべきだ。

[京都新聞 2018年05月23日掲載]


国民投票法  積み残し課題の検討を

 改憲手続きを定めた国民投票法の改正案を自民、公明両党が野党に示した。足踏み状態の改憲論議を再起動させる「呼び水」としたい思惑が透けるだけに、拙速を避け慎重な審議を求めたい。
 与党の改正案は商業施設への「共通投票所」導入など8項目。主に公選法とのズレを正す規定で異論は少ないだろう。ただ国民投票には、ほかにも手付かずの「宿題」が数多く残っている。
 国民投票法は公選法とは制度設計が異なる。活発な議論や自由な発言を促す趣旨から、政策を訴える投票運動の手段や費用などに制限をほとんど設けていない。
 例えば選挙は費用に上限を定め、出納責任者に収支報告を義務付ける。国民投票では上限も使途も無制限で、投票の公正さを害する恐れが大きい。選挙で禁止される戸別訪問も国民投票では認められる。仮に選挙と国民投票が同時に実施されれば混乱は必至だ。
 最も懸念されているのがテレビなどの広告だ。国民投票前の14日間を除き、誰がどれだけ金額を使っても自由。資金力がある一方の主張だけがメディアを通じて大量に流される懸念を拭えない。
 英国のように賛成、反対の団体ともに選挙管理委員会に届け出をさせ、一定の金額内で広告を出せば、回数も制限されて歯止めになる。表現の自由にも配慮して最低限のルールを作る必要がある。
 インターネットや会員制交流サイト(SNS)での投票運動も制限はない。虚偽情報の流布が不安視され、対策が欠かせない。
 一定の投票率がなければ不成立になる最低投票率についても議論しておきたい。投票率が低くても過半数で国民投票が成立するならば民意を反映した結果と言い難い。投票の正当性を担保するには最低投票率導入も一考に値する。
 国民投票法は改憲への公正中立なルールを設けるもので、手続き法とはいえ重要な法律である。与野党とも冷静な論議の中で、課題の解決や懸念の払拭(ふっしょく)に向けて合意形成に努めてもらいたい。
 衆院憲法審査会が先週、新幹事選出のため今国会で初めて開かれたものの、実質審議は行われなかった。きょう3カ月ぶりに開催予定の参院憲法審も同様という。
 自民党は9条への自衛隊明記など4項目の改憲に前のめりだが、相次ぐ政権不祥事で与野党が対立する中、腰を据えたまともな憲法論議は望めない。まずは憲法審で与野党が冷静に話し合える環境を整えることが先決であろう。

[京都新聞 2018年05月23日掲載]


要介護高齢者  受益と負担抜本議論を

 介護が必要な高齢者を社会全体で支える-。そんな前提の仕組みが揺らぎ始めていないだろうか。
 団塊世代の全員が75歳以上となる2025年度に65歳以上で介護が必要となる人は現在より142万人増えて約771万人になるとの見通しを厚生労働省が示した。
 財源や担い手の不足がいっそう懸念される。介護保険制度のサービスを利用した際の自己負担額をさらに引き上げる案も出ている。
 すでに、軽度の人向けのサービスが市区町村事業に移管された。制度が当初想定したサービスはじわじわと切り詰められている。
 ただ、安易な自己負担引き上げやサービス縮小は、利用の抑制につながり、かえって家族介護の負担を増やすことになりかねない。
 家庭で抱え込むのでなく社会全体でケアするという介護保険制度導入の理念に逆行することになっては本末転倒だ。安定したサービスと受益者の負担について議論し直さなくてはならない。
 高齢者の保険料や自己負担額は上昇し続けている。今年4月に改定された65歳以上の介護保険料は全国平均で月5869円と、制度が始まった00年度の2倍に膨れあがった。25年度には約7200円になる見通しだ。年金生活者にとって「限度」とされる月5千円を上回る状態が続いており、老後の安心コストは割高になっている。
 自己負担額も、00年度の一律1割が、15年度からは一定以上の所得者が2割に増額。高所得者は8月から3割となる。財務省は2割負担を原則とするよう求めており負担増への圧力は強まる一方だ。
 サービス供給面では弊害も出始めている。市区町村に移管された訪問介護と通所介護(デイサービス)では、地元の介護事業者の人手不足や大手事業者の撤退で運営難に陥る自治体が増えている。自治体の財政事情で移管前より報酬が減ることが背景にあるという。
 介護保険から切り離しても、軽度の症状の進行を防げなくなれば介護費用の抑制にはつながらない。逆に病院通いが増え、社会保障全体の財政健全化は遠ざかることになるのではないか。
 介護にかかる総費用は、00年度の3兆6千億円が本年度予算では11兆1千億円となった。今後も増加することは避けられない。
 負担増とサービス縮小ばかりを論じていても問題解決にはならない。国などの公費負担のあり方に加え、高齢者の健康づくりや医療との連携など新たな視点で制度改革に踏み込む必要がある。

[京都新聞 2018年05月22日掲載]


是枝監督の受賞  高く評価された普遍性

 カンヌ映画祭で、是枝裕和監督の「万引き家族」が最高賞「パルムドール」を受賞した。
 同映画祭で、日本映画が最高賞を受賞したのは、今村昌平監督の「うなぎ」(1997年)以来21年ぶり、5作目になる。
 同映画祭では過去に、是枝監督の2作品が主要な賞を受けている。最高賞に達したことをたたえたい。
 是枝監督は主に家族を題材に、社会の光と影を、独特のタッチで描いてきた。
 今回の受賞作「万引き家族」も、都市の片隅にひっそりと暮らす一家を通じて、家族のあり方や貧困問題などを問うている。
 世界に通じる普遍性が評価されたといえよう。
 「万引き家族」は、女優の樹木希林さんが演じる「おばあちゃん」の年金を頼りに、子どもたちに万引きをさせて暮らす一家を描く。別の家族に虐待された少女や、父親の不安定雇用などを絡め、日本社会の今を浮かび上がらせた。
 是枝監督はテレビドキュメンタリーの制作会社出身で、見る人に問題を投げかける描写が特徴だ。
 育児放棄にあった子どもを描いた「誰も知らない」(2004年)や、新生児の取り違えをテーマにした「そして父になる」(13年)などは、現実の事件報道を機に作られた。
 「万引き家族」も、親の死亡後に年金を受け続けた不正受給事件が契機になった。
 不正受給した人を断罪する報道や、東日本大震災以降の「絆や家族の語られ方」に違和感を抱いたという。
 こうした問題意識が映画にどう反映されているのか。6月8日からの公開で、注目を集めそうだ。
 今回の受賞を機に、日本映画の現状についても考えたい。
 日本映画は、興行成績は洋画ときっ抗しているが、漫画や小説と連携した娯楽作品が多い。
 大手のシネコンは増えたが、中小の配給会社は減少し、独立系の映画館は減っている。是枝監督の「誰も知らない」の配給会社も、既に倒産した。
 製作委員会方式が主流になり、監督より製作者の声が強くなる傾向もある。映画の多様性が失われかねない状況だ。
 これに対し、インターネットを使って広く資金を募るなど、新たな取り組みも始まった。昨年からロングランを続ける「この世界の片隅に」も2千人超から初期費用を集めた。参考になろう。
 評価の高い作品を全国で見ることができる仕組みを整えたい。

[京都新聞 2018年05月22日掲載]


終盤国会  うみを出し切れるのか

 会期末まで残り1カ月を切った国会で、与野党の対決姿勢が強まっている。委員長の職権を使った強気の国会運営で法案審議を加速させる与党に対し、野党は閣僚の不信任決議案の提出などでブレーキをかける構えだ。
 心配なのは、日程をめぐる駆け引きが激化する中で、肝心な点がおろそかになることだ。法案の中身の徹底審議、そして一連の不祥事の真相解明である。
 先週、環太平洋連携協定(TPP)の承認案が、野党を押し切る形で衆院本会議に緊急上程され、与党などの賛成多数で可決された。今月11日に委員会審議が始まってわずか1週間。法案の内容は米国離脱前とほぼ同じとはいえ、最初の法案も国内農家や消費者の懸念を置き去りにしたまま、強引に採決した経緯がある。審議を短縮していい理由にはならない。
 政府・与党はトランプ米政権の通商圧力をかわす「盾」にする狙いから、TPPの承認案と関連法案の成立、11カ国での協定発効を急ぐ。働き方改革関連法案についても、日本維新の会と修正合意を経て週内に衆院を通過させる構えだ。カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案の今国会での成立も描く。
 一方、「数の力」で劣る野党の対抗手段は限られる。与党主導の国会運営を足止めし、時間切れによる廃案を狙う。茂木敏充経済再生担当相の不信任決議案を提出してTPP関連法案の審議中断に持ち込んだのに続き、働き方法案に絡んで加藤勝信厚生労働相の不信任案も検討している。
 論点未消化のまま審議を切り上げる、不信任案の連発で審議を空転させる-。そのどちらも、国民が本来望むところではない。とりわけ、働き方改革の焦点である「高度プロフェッショナル制度」とカジノ解禁には、人々の関心と批判的な目が向けられているだけに、論戦が中途半端に終われば政治不信は増すだろう。
 国会日程が窮屈になったそもそもの原因は、森友学園や加計学園、自衛隊日報をめぐる問題で公文書の改ざん、隠蔽(いんぺい)、答弁矛盾が噴き出し、審議の前提が崩壊したことにある。回復の責任は第一に、政府と与党にある。
 「うみを出し切る」と安倍晋三首相は約束した。国民の信頼を取り戻せるかは、今国会中の取り組みにかかっている。
 不祥事の究明は後回し、与党の看板政策に関わる法案成立はゴリ押し-という姿勢は許されない。

[京都新聞 2018年05月21日掲載]


滋賀の自立支援  子どもの未来見守って

 虐待や親の病気、経済的貧困などの事情を抱えて施設や里親のもとで暮らす子どもたちの自立を支援しようと、滋賀県内の福祉関係団体でつくる「滋賀の縁(えにし)創造実践センター」が始めた就労体験事業が4年目を迎えた。
 協力企業が倍増するなど地域に支援の輪が広がっている。子どもたちの職業観の形成につながり、自立に向けた足掛かりにもなっている。今後も職種を広げる計画といい、取り組みがさらに充実するよう見守りたい。
 施設で暮らす子どもたちの多くは、高校卒業とともに退所する。県児童福祉入所施設協議会調査研究部会によると、9割が社会へ出て自立の道を歩むという。
 ただ、進学を希望しても学費や生活費をなかなか工面できないなど困難に直面する事例が多い。
 返済義務のない奨学金は狭き門で、学費と生活費を借金して進学するのは厳しい。
 未成年の賃貸契約には保護者の同意が必要で、家族の支援を受けられない退所者のために施設長が連帯保証人になるケースも少なくないという。
 就職した後も苦労は多い。同部会の調査によると、自立後1年以内に転職するか無職になる子どもが半数に上っている。
 施設を退所した子どもの51・9%が、人との関係性の築きにくさや生きづらさを抱えていることも分かっている。
 自立の土台は施設に在籍しているうちに築き始めなければならない。養育者以外の大人とのいい出会いをつくっていくことが、後に社会で生きる力につながる。
 就労体験は、そんな信念から始まった。同センターの呼び掛けに応じた企業は当初66社だったが、現在は130社を超えた。中高生延べ120人、小学生同59人が夏休みや春休みに仕事を体験した。
 「微力でも何か応援したい。ふらっとでも来てもらいたい」という経営者の言葉が、子どもたちや施設職員を勇気づけている。
 企業側にも理解が広がり、就労体験をした企業に就職するケースも出てきたという。
 同部会は、これまで施設ごとに取り組んできた支援事例の共有化や、困ったときの相談先、関係機関などを子どもごとにまとめた自立支援マップ作りに取り組んでいる。就労体験先の企業の名前もそこに上がるかもしれない。
 さまざまな事情を抱えた子どもたちに関わることを「縁」ととらえ、長い目で寄り添ってほしい。

[京都新聞 2018年05月21日掲載]


新元号公表  1ヵ月前で準備は整うか

 2019年5月1日の新天皇即位に伴い、「平成」に代わる新たな元号が用いられるようになる。これを事前に、いつ公表するかは結構、大問題だ。
 公文書や各種システムなどに元号表記がある場合、切り替え作業をするので、一定の期間を確保する必要がある。
 一方で、あまりに早く公表しては、平成時代の終焉(しゅうえん)を、ことさら急ぐことになりかねない。天皇陛下と新天皇の二重権威状態が、比較的長く続くことへの懸念も、少なからずありそうだ。
 政府は、公表時期を改元の1カ月前と想定して、準備を始める方針を決めた。
 決めたからには、国民生活への影響を最小限にとどめるため、万全を期さねばなるまい。
 1カ月前の公表は、先日開かれた関係府省庁連絡会議で申し合わせた。
 各府省庁が情報システムの実態調査をしたところ、最低限1カ月程度の改修期間が必要だと分かったからだ。
 今後は、国の機関だけでなく、地方自治体や民間企業にも周知し、準備を要請することになるだろう。
 新元号の公表時期が注目されるようになったのは、昨年暮れに代替わりの期日が決定してからである。
 通例なら、天皇逝去後、新天皇が即位して、元号を発表する運びとなるが、現憲法下で初めてとなる退位では、改元時期があらかじめ確定しているので、事前公表が可能になった。
 しかし、その時期の方針決定までには、曲折があったことが知られている。
 当初は、十分な周知期間が要るとの共通認識から、今年の半ばごろが望ましいとの意見が優勢だった。
 ところが、陛下の在位30年記念式典が来年2月24日に開催されることになり、「新元号の発表後に、お祝いをするのは、ちぐはぐだ」との声が上がる。このため、公表は式典以降とする方向が固まっていった。
 代替わりを巡る日程を考慮した結果とはいえ、改元への準備期間が大幅に短縮されたのは、残念ではある。
 新天皇即位と改元は、混乱なく迎えたいところだが、公表を1カ月前とした場合、年金や介護などのシステムで一部の改修が間に合わず、「平成」を継続して用いるという。
 「平成の表記でも有効」などと付記しておけば問題ないともされるが、見た目がよくないとの指摘は予想されよう。
 地方自治体では、住民登録や納税、社会福祉関連などで業務の電子化が進んでおり、新元号導入による変更点の確認作業は膨大になるとみられている。
 契約書をはじめとして、和暦を使う機会の多い金融業界も、対応を迫られる。支払期日が平成で記された手形や小切手の修正方法を、業界を挙げて検討せざるを得ない。カレンダー業界では、20年版に新元号を盛り込めるのか、危ぶむ向きもある。
 いずれも、予期せぬエラーや見落としが心配だ。静かな環境のもとでの代替わりとするためにも、混乱を未然に防ぐ対応を願いたい。

[京都新聞 2018年05月20日掲載]


iPS心筋移植  安全優先し効用実証を

 iPS細胞(人工多能性幹細胞)による再生医療の本格的な実用化への試金石となりそうだ。
 iPS細胞から作った「心筋シート」を重症心不全患者に移植する臨床研究を厚生労働省が了承した。澤芳樹大阪大教授らのチームが本年度内にも着手する。
 日本人の死因第2位で、患者数が多い心臓病に対するiPS細胞による世界初の治療となる。生命に直結する臓器だけに安全性を最優先し、慎重、着実に新たな治療法を実証してもらいたい。
 山中伸弥京都大教授らが作製に成功したiPS細胞は、さまざまな細胞に変化する。再生医療の切り札とされ、既に目の疾患で臨床研究が進んでいる。
 計画では、虚血性心筋症が原因で重症心不全となった3人の患者が対象になる。京大が備蓄する拒絶反応が起きにくいiPS細胞を心筋細胞に変化させ、直径数センチの薄い膜状の心筋シートに加工し、患者の心臓に直接貼る。移植した心筋細胞から出るタンパク質によって心臓が血液を送り出す機能などの改善が見込めるという。
 チームは患者自身の太ももの筋肉細胞から作製した細胞シートを開発しているが、心筋シートの方が高い効果が期待できるとみている。重い心不全の治療法の新たな選択肢になりそうだ。
 心臓疾患で移植を待つ患者は国内に650人以上いるが、臓器提供を待ちながら亡くなるケースが多い。心筋シートによる治療が移植までの橋渡しとなれば、患者にとっては希望の光と言えよう。
 とはいえ開胸手術が必要で、患者の負担は少なくない。また他人の細胞を使うことによる拒絶反応が懸念される。移植する細胞の数も1億個程度と桁違いに多く、心筋細胞になっていない細胞が残っていればがん化したり、不整脈につながるリスクもある。
 難易度は高く予期せぬ事態が起きる可能性も大きく、実施には慎重さが欠かせない。iPS細胞への期待に応え、後に続く治療を円滑に進めるためにも阪大には信頼性の高い研究を求めたい。
 iPS細胞を使った再生医療は高額な費用がかかる。備蓄のiPS細胞を使うことで、品質を確保しながら、どの程度コストを抑えられるかの検証も欠かせない。
 iPS細胞はパーキンソン病や脊椎損傷などの病理解明や治療で応用範囲は広い。一方で実用化に向けクリアすべき課題は数多い。拙速、過大な期待は避けつつも臨床研究の進展を見守りたい。

[京都新聞 2018年05月19日掲載]



強制不妊提訴  国の不作為が問われる

 旧優生保護法下で障害などを理由に不妊手術を強制されたとして、北海道、宮城県、東京都の70代の男女3人が、国に損害賠償を求める訴訟を札幌、仙台、東京の各地裁に起こした。
 今年1月に全国初の訴訟を起こした宮城県の60代女性に続く提訴で、子を産むかどうかの自己決定権を奪われ、憲法に定められた基本的人権を踏みにじられたなどと訴えている。
 国はこれまで「当時は適法だった」としてきたが、人の命に優劣をつけ、選別してきた人権侵害が許されてよいはずがない。裁判の結果にかかわらず、被害の現実と正面から向き合い、早期に被害者全員の救済を図るべきだ。
 「不良な子孫の出生防止」を目的に1948年に施行された旧優生保護法は、96年に障害者差別に当たる条文が削除され、母体保護法に改定された。
 98年に国連の委員会は被害者補償の法的措置をとるよう勧告したが、国は20年も放置してきた。なぜ被害救済の措置をとらなかったのか。国の「不作為」が問われるのは当然である。
 厚生労働省に残る統計では、1万6475人が強制不妊手術を受け、京滋では少なくとも377人が対象となった。ほかに同意の上で受けたとされる人も9000人近くおり、やむなく同意させられた場合も多いとみられる。
 被害者の高齢化は進んでいる。国会では与野党の議員らが被害者救済法案を議員立法で作成するため議論を始め、国も実態調査を進めている。27日に結成される全国被害弁護団も、救済の早期実現に向け被害者の受け皿としての役割を強化する方針だ。
 ただ手術記録の残っていない被害者は約8割を占める。記録のあるなしで救済の有無が分かれることがあってはならず、被害事実をどう認定するかが課題になる。
 同様の手術はスウェーデンやドイツでもあったが、両国は裁判を経ずに謝罪し、被害認定をしやすくして救済に踏み出した。そうした経験だけでなく、手術痕など4条件を満たせば手術の事実を認めている宮城県の例なども救済の参考になろう。
 優生保護法は過去のものとなったが、差別を生む優生思想が社会から消えたわけではない。自由や人権、民主主義をうたった戦後、強制不妊という人権侵害がなぜ半世紀近くも維持されたのか。悲劇を繰り返さないために、裁判ではその解明も必要だ。

[京都新聞 2018年05月19日掲載]


女性の議会進出  多様な声届ける道開け

 女性の議員を増やし、活躍を促す「政治分野の男女共同参画推進法」が成立した。
 超党派の議員立法で、国会の全会一致で可決した重みがある。すべての政党が自覚し、法の理念をどう実行に移すか、各党の本気度が問われる。
 国や地方の議会選挙で、投票率の低下傾向が続いている。多様な有権者の思いはどうせ反映されない、といった冷めた意識がまん延していけば、民主主義の根幹を危うくする。
 社会の半数を占める女性が、政治の場では少数にとどまっているいびつさをなくすことは、大きな意義を持つ。民主主義の進化に向けた一歩であり、多様な人たちの政治参画にも道を開くはずだ。
 新法は、国会や地方議会の議員選挙で、候補者数を「できる限り男女均等」にするよう政党に促している。候補者数の目標設定に努めることも規定する。
 あくまで理念法で、罰則はなく、努力義務にとどめている。女性に議席や候補者を割り当てる「クオータ制」でないため、実効性には疑問符が付く。
 だからこそ、各党の取り組みがカギを握ることになる。それぞれ党内事情や議員の意識差はあろうが、ここは議会史上を画する改革のときと覚悟すべきだ。
 来年春の統一地方選、夏の参院選で各党はどんな対応を示すのか。有権者は数値で見極めたい。
 2017年の女性国会議員の比率を各国比較でみると恥ずかしくなる。列国議会同盟によると日本は10・1%、193カ国中158位と先進国7カ国で最低だ。
 女性の社会進出がめざましい世界の流れに、日本は取り残されていることの反映にも見える。欧米で女性のセクハラ告発が高まる中で、日本では官僚や政治家のセクハラ発言が横行する昨今だ。
 新法は議会で男女均等となる環境整備をうたっている。女性が育児や家事を負担している現状を踏まえ、付帯決議で男女を問わず家庭生活と議員活動の両立支援を求めている。
 女性議員を増やしていく過程で、議会が変わっていくのではないか。たとえば男性中心で深夜に及ぶ審議が当たり前だったのが見直され、子連れにも配慮した議会になれば、生活者である有権者が近づきやすくなる。
 女性議員を増やすための人材育成も掲げられている。
 ようやくできた法だが、育てないと意味がない。政党や議員がしっかり努力しているか、有権者の見定めが大切になってくる。

[京都新聞 2018年05月18日掲載]


日大アメフット  危険プレー繰り返すな

 何度見ても、負傷した選手の痛みが生々しく伝わってくる危険なプレーである。スポーツマンらしからぬ卑劣な行為に、怒りを募らせる人が多いのではないか。
 アメリカンフットボールの日本大と関西学院大の定期戦で、日大選手が行った。なぜ、このようなことが生じたのか、日大の責任者は明らかにしてほしい。
 問題のプレーがあったのは、試合開始早々だった。
 関学大のクオーターバック(QB)がボールを投げ終わって力を抜いているところに、日大の守備選手が背後からタックルした。
 QBは転倒し、腰の靱帯(じんたい)を損傷するけがをした。
 無防備な選手への「ひどいパーソナルファウル」という反則である。競技団体によって、日大の当該選手は対外試合出場禁止処分、内田正人監督は厳重注意処分となった。ペナルティーが科されるのは、当然のことだろう。
 関学大の抗議に対する回答で日大は「心より謝罪する」としたものの、「意図的な乱暴行為を選手に教えることはない」と主張した。これは素直に受け取れない。
 アメフットは、組織的な作戦が勝敗を左右する競技であり、各選手は指令を受けて、動いているからだ。内田監督が、試合前に相手QBを負傷させる趣旨の命令をしていた、との話もある。
 こうした点を踏まえたうえで、当該の危険プレーがなぜ起きたのかを、日大は説明しなければならないはずだ。
 関学大が「疑問、疑念を解消できておらず、誠意ある回答とは判断しかねる」としたのは、うなずける。
 日大の監督ら責任者が、負傷した選手に直接、謝罪することも必要だ。
 日大は24日までに関学に再回答するそうだが、具体的な説明とともに、実効性のある再発防止策を打ち出してもらいたい。
 危険プレーを受けて、関学大が定期戦を行わないことに言及している。法政大、東京大、立教大、明治大、成蹊大は、予定されていた日大との試合を中止した。
 楽しみにしていたファンにとっては、残念なことだろう。
 日本アメリカンフットボール協会は、スポーツ庁に出向いて経緯などを報告。ホームページに、危険なプレーの防止を求める文書も掲載した。アメフットの競技関係者・団体すべてが、危険プレーを繰り返さないよう、さらに努力を積み重ねるべきだ。

[京都新聞 2018年05月18日掲載]


スルガ銀融資  不正行為の全容解明を

 高収益を上げ、地方銀行の「優等生」とも言われてきたスルガ銀行で、ずさんな融資がまん延していたことが明らかになった。
 経営破綻した「スマートデイズ」(東京)が手がけた女性向けシェアハウスの物件所有者の大半に購入資金を融資していた。その際、提出された書類の預金残高などが改ざんされ、多くの行員が改ざんを認識していたという。
 コンプライアンス(法令順守)や顧客保護意識の欠如が指摘されるのは言うまでもない。
 公表された社内調査の結果によると、融資総額は2018年3月末時点で2035億円、顧客は1258人に上る。
 営業部門の幹部が審査部をどう喝するなど圧力をかけ、審査機能が十分に発揮できていなかった。「増収増益の全社的プレッシャー」があったという。
 大半の貸し出しはスルガ銀の横浜東口支店に集中しており、本店の役員にも融資の報告が上がっていたとの情報もある。
 厳格さが求められる銀行の融資審査で、バブル期を思わせるような不正行為が常態化していたことに驚かされる。
 かつての教訓がなぜ生かされなかったのか。問題の全容を解明し、責任の所在を明らかにしてほしい。
 金融庁の監督責任も問われなくてはならない。
 問題が表面化したきっかけは、全国の地方銀行が扱いを広げたアパートローンに対し、供給過剰だとして金融庁が健全でないとの見方を強めたことだった。
 しかし、スルガ銀を「特異なビジネスモデルで継続して高収益を上げている」(森信親長官)と高く評価してきたのも当の金融庁である。
 人口減と地域経済の伸び悩み、さらには低金利で、地方銀行の経営環境は厳しさを増している。金融庁は地銀側に新たな収益源の確保を求めてきた。
 長引く低金利政策が銀行経営をゆがめ、モラル低下を招いている可能性がある。他にも不正行為はないか目を光らせるべきだ。
 安定した老後を夢見た物件所有者は借金の山に苦しんでいる。支援する弁護団は有印私文書偽造の疑いで刑事告発する方針だ。
 投資側にリスク認識が求められるのはもちろんだが、先行き不透明な時代に、老後の不安をくすぐるような営業活動が広がっていないか懸念される。うまい話はないと改めて肝に銘じたい。

[京都新聞 2018年05月17日掲載]


働き方改革法案  信頼性が揺らいでいる

 法案の根幹が揺らいでいる。一から出直すべきではないか。
 働き方改革関連法案をめぐる労働時間調査に異常値が見つかった問題で、厚生労働省は調査対象のうち約2500事業所のデータを削除し、再調査結果を公表した。
 調査対象は1万1575事業所で、2割のデータが削除された。
 安倍晋三政権が今国会の最重要法案と位置づける働き方改革関連法案は、この調査を基礎資料として労働政策審議会で議論し、国会に提出された。法案の信頼性が損なわれたといえないか。
 問題の「2013年度労働時間等総合実態調査」では今年3月、裁量労働制で働く人のデータについて異常値が多数見つかり、厚労省が再調査していた。
 安倍首相は「裁量制で働く人の方が一般労働者よりも労働時間が短いとのデータがある」と国会で答弁していたが、異常値に基づいていたため、撤回に追い込まれた。関連法案から裁量労働制の対象業務を拡大する部分も撤回した。
 今回、公表された再調査結果では、撤回ずみの裁量労働制で働く人のデータに加え、一般的な労働者が働く事業所についても、「1日の残業が24時間を超える」といった異常値が見つかり、これらを併せて削除した。
 なぜこんな事態になったのか。
 調査は、各地の労働基準監督官が企業を訪問して行った。厚労省は、調査票の記入方法を徹底していなかった、と説明している。
 一方、調査にあたった監督官らからは、事前準備や説明、実際の調査時間が明らかに不足していた、という声があがっている。
 加藤勝信厚労相は「9千超の事業所を調査し、統計上も有意だ」と説明するが、問題は本当に削除分だけだったのだろうか。
 そもそも、労働時間については独立行政法人の労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査がある。
 JILPTの調査では、裁量制に満足している人にも、業務量の増加などの問題点を指摘する声があった。
 労政審は、急ごしらえの調査ではなくJILPTの調査を基に議論すべきだった。
 働き方改革法案を巡っては「高度プロフェッショナル制度」の審議が始まり、与党は会期内の成立を目指している。
 一方で、過労死遺族らからは「究極の裁量労働制」との批判がある。
 看板政策とはいえ、根拠も議論も不十分なままではないか。成立ありきは許されない。

[京都新聞 2018年05月17日掲載]


新潟女児殺害  通学路の「死角」なくせ

 奪われた小さな命は戻ってこない。
 新潟市の小学2年の女児(7)が殺害された事件で、近所の男(23)が死体遺棄などの容疑で逮捕されたが、遺族の悲しみを思うと言葉もない。
 線路に遺体を遺棄するむごい事件だ。男は容疑を認めているが、殺害についてはこれからの調べとなる。動機や手口など事件の全容を解明することで、再発防止につなげなければならない。
 女児は学校から下校中に1人になり、もう少しで帰宅という時に連れ去られたとみられる。
 通学路の安全にいま一度目を向ける必要がある。
 登下校中に児童が犯罪に巻き込まれる事件は後を絶たない。2004年~05年には奈良、広島、栃木で、いずれも小1女児が男に連れ去られ、殺害される事件が相次いだことを思い起こす。
 13歳未満の子どもが被害者になる犯罪は02年以降、減少傾向にあるが、それでも16年中の殺人は74件、強制わいせつ893件、略取誘拐も106件に上る。
 警視庁管内の調査だが、子どもへの犯罪の前兆となり得る声掛け事案は、45・9%が登下校中に発生し、新潟の女児と同じ小学2年から5年が多く狙われている。こうした前兆を地域の防犯に生かすようにしたい。
 子どもたちに身の危険をどう教えたらいいのか。家族は心配だろう。警察庁がホームページで人気漫画「名探偵コナン」を使い、事件を防ぐ合言葉「つみきおに」を広めている。
 「ついていかない」「みんなと、いつもいっしょ」「きちんと知らせる」「おおごえで助けを呼ぶ」「にげる」。子どもと一緒に防犯を考えてはどうだろう。
 文部科学省の15年調査では、通学路の安全点検を小学校の99・3%が実施、保護者や住民による見守り活動を幼稚園・小学校の84・7%が取り組んでいる。通学路の安全マップも小・中学校の47・0%が作っている。
 学校には安全計画の策定が義務付けられているが、不断の検証と改善が欠かせない。人通りや照明など地域の環境を、学校と地域、保護者、子どもたちで何度も点検し、変化に合わせて実践的に見直すことが大切だ。
 新潟の事件では、女児が1人になった場所に見守りがなく、「死角」となったことが悔やまれる。地域だけでは限界がある。社会全体で死角をなくす方策を見いだし、子どもたちを守りたい。

[京都新聞 2018年05月16日掲載]