原爆の日 鈍すぎる「核」への感度
広島はきょう、長崎は9日に73回目の「原爆の日」を迎える。
核兵器のない世界を目指す-。原爆の日の式典には、そうした願いが込められている。
ただ、唯一の戦争被爆国でありながら、核の現状に対する日本政府の軸足は定まっていない。
昨年7月、国連加盟国の6割を超える国・地域の賛成で核兵器禁止条約が採択されたが、日本は条約に反対する米国に追随して、距離を置いたままだ。
その条約採択に尽力した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)が昨年のノーベル平和賞に決まり、日本の消極姿勢が際立った。
核兵器が使用されればどんな惨禍を招くか。身をもって知っているのは日本だけだ。本来なら核廃絶の先頭に立たねばならない。
しかし、政府は「(条約は)わが国のアプローチと異なる」と後ろ向きの姿勢を変えていない。
福島第1原発事故を経て、私たちは原爆に加え、原発という新たな核問題を抱え込んでいる。
人間にとって核とは何か-との問いに、答えは出せていない。
原発事故ではいまだ多くの避難者がおり、汚染された国土の一部を元に戻すことも見通せない。
それなのに、核と国民生活について深い議論もされないまま、原発が相次いで再稼働されている。使用済み核燃料などの処理にめどが立たず、核兵器に転用可能なプルトニウムもたまり続けている。
身近にある「核の脅威」に対してすら、政治の感度は鈍い。これでは、核廃絶を求める国際的な潮流に取り残され続けてしまう。
6月の米朝首脳会談で、北朝鮮による核攻撃の危機は遠のいたかにみえる。だが米国は年明けに示した新たな核戦略指針で「使える核兵器」の開発に踏み出した。
小型化で爆発力を抑えるというが、被害が限定されるため安易な使用を誘発しないか。被害が甚大なゆえに相手にも使用をためらわせる核抑止論さえ揺るがし、核攻撃の危機を常態化させかねない。
日本政府は「抑止力が強化される」と歓迎した。「核大国の代弁者」との国際的な受け止めを是認するつもりなのだろうか。
広島市長はきょうの平和宣言で、自国第一主義が台頭し冷戦期の緊張が再現しかねないとの懸念を示す。長崎市長は核兵器禁止条約の早期発効を訴えるという。
被爆地の声を、政府は聞き流してはならない。核の危険性、悲惨さを繰り返し訴えていくべきだ。
[京都新聞 2018年08月06日掲載]
「圏域」の提言 従来の施策とどう違う
人口減少や高齢化が深刻になる2040年ごろの自治体行政の在り方を巡り、総務省の有識者研究会が報告書をまとめた。
新しい行政主体として、複数の市町村でつくる「圏域」の法制化を提言している。
その頃の日本は人口が年間約90万人減る一方で、団塊ジュニア世代が高齢者となり、65歳以上が約4000万人とピークに達する。人口減少は地方の9割以上の市町村で見込まれている。
市町村ごとで施策をしていては住民の暮らしが維持できない。個々の市町村がすべての仕事をするフルセット主義から脱却するべきだ-。そうした報告書の方向性は理解できる。
だが、自治体の連携はすでに、さまざまな形で進んでいる。
総務省は08年に、地方から大都市圏への人口流出を抑制するとして「定住自立圏」の要綱を打ち出した。人口5万人程度の都市を「中心市」とし、周辺市町村と圏域を形成する協定を締結する。京滋を含め全国で500を超す市町村が取り組んでいる。
消防やごみ処理などのサービスを共同で行う広域行政組合も各地で設置されている。さらに国の制度から外れ、交付税増額などの支援を受けずに独自の連携を進めるケースもある。
新たな行政主体「圏域」がこれまでの施策とどう違うのか。提言では、まちづくりや救急医療体制の構築など利害調整が難しい行政課題で合意形成を容易にするために設けるとしている。
自治体からは戸惑いや警戒の声が上がっている。
まちづくり分野まで含めた連携は困難が予想され、実効性に疑問が示されている。国の号令で進められた「平成の大合併」の後遺症に悩む自治体も多い。
とはいえ、さらなる人口減少を見据え、自治体行政が引き続き変革を迫られるのはやむをえないのではないか。
政府は地方制度調査会で法改正の検討に入った。「圏域」の具体化を進める。
議論に際しては、国からの制度の押しつけではなく、自治体の判断を尊重し、地域のことは地域で決めるという自治の原則を踏まえてほしい。
そもそも政府は「地方創生」を掲げる一方で、自治体行政の将来像をどう描くのか、ビジョンがなかなか見えてこない。現実と向き合い、制度のメリットとデメリットを明らかにした上で、建設的な議論を求めたい。
[京都新聞 2018年08月06日掲載]
文化庁50年 地に足つけ新たな施策を
文化庁が創設されて今年で50年になった。2021年度中の京都への全面移転を控え、文化行政の在り方が改めて問われている。
政府は昨年末に「文化経済戦略」を策定し、文化を「経済成長を加速化する原動力」とした。先の国会では、地域の文化財を保護するだけでなく、活用を促す改正文化財保護法が成立した。
東京五輪に向け、安倍晋三首相は「文化立国」実現を打ち出している。京都移転は安倍政権が看板とする「地方創生」の一環として決まった。
文化財の指定や保護などに地道に取り組んできた文化庁に、にわかにスポットが当たっている印象だ。経済との結びつきが前面に出ることに戸惑う国民も多いかもしれない。
新たな時代に求められる文化行政をどう打ち出していくか。文化庁は正念場を迎えていると言えるだろう。
文化庁が発足したのは1968年6月。日本は高度経済成長のまっただ中だった。
都市への人口集中が進み、地域社会が大きく変貌しようとしていた。文化が継承されなくなることへの危機感があり、初代長官は直木賞作家の今日出海氏が務めた。
半世紀が過ぎ、日本は成熟社会となった。文化の重要性がより高まったのは間違いない。
いち早くポスト工業社会を迎えたフランスなど欧州先進国では、文化を国の中心政策に位置づけ世界に発信している。
日本がそうした方向性を目指すのは理解できる。だが、活用ばかりに前のめりになるとおかしなことにもなる。
昨年4月に当時の地方創生担当相が、文化財保存を担う学芸員を、観光振興を進める上で「一番のがん」と批判して問題になったことは記憶に新しい。
これまでの否定ではなく、培ってきたものを見つめ直し、新たな価値を生み出す工夫が必要ではないか。地に足のついた施策が求められる。
移転に先行する形で昨年4月、京都市東山区に文化庁の地域文化創生本部が開設された。
京都府や京都市、滋賀県などからの出向を合わせた職員が、新たに始まる文化行政の地ならしに取り組んでいる。
力を入れているのが生活文化の振興だ。
文化庁は茶道や華道、食文化などの日本の生活文化について国民意識調査を初めて実施した。趣味や習い事でかつて経験した人のうち、8割以上が継続していないことが分かった。
残念な現状だが、手だてを考えるきっかけになる。創生本部は「若者世代の体験参加の場など施策を早急に検討したい」としている。
移転を見据え10月には、組織改編で庁全体の機能強化を図る「新・文化庁」がスタートする。
日本の文化政策の予算規模は国際的に小さく、担当職員数も少ない。そうした現状の見直しなくして「文化立国」実現はあり得ないだろう。
そのためにも、国民に支持される魅力的な施策を模索してほしい。五輪後も視野に、京都からの発信に期待したい。
[京都新聞 2018年08月05日掲載]
東京医大入試 裏に隠した女性差別だ
人を救う医師になりたい、という女子受験生の希望を踏みにじったことにならないか。入試で女性差別は許されるはずもない。
東京医科大が一般入試で女子受験者の得点を一律に減点し、女子合格者を3割前後に抑える不正操作を繰り返していた疑惑だ。
実際に2011年度以降、女子の合格率は男子を上回っていない。関係者によると、1次試験の結果を勘案し、女子だけに90%、85%といった係数を年度ごとに掛けていた。
それ以前は暗黙の了解で減点していたとも明かし、長期にわたって不正操作した疑いがある。募集要項などには男女別の定員は明記されていない。入試の公正・公平が求められる教育機関として、きちんと説明する責任がある。
東京医大では、今年の入試で文部科学省前局長の息子の得点に加点したとして、前理事長らが在宅起訴されている。大学の内部調査中に女子受験者への一律減点が浮かび上がったという。誰の指示で、いつから不正が行われたのか、明らかにしなければならない。
女子の合格者を抑えるのは、大学の系列病院の医師不足を回避するためと関係者は説明する。女性医師は結婚や出産で職場を離れるケースが多いので、増えるのは困るというわけだが、まったく身勝手でおかしな理屈だ。
大学と系列病院がからんだ構造的な問題となれば、他の医大でもあり得るのか。受験生らの間では、女子に不利な医大入試のうわさが絶えない。
病院の医師不足が入試の公正さをゆがめたとしたら、方向が逆さまだ。女性だけでなく、医師の働き方の見直しや改善を急ぐべきなのだ。子育てしながら勤務を続けられるように、当直勤務免除や託児施設整備、配偶者支援などの要望に応える方が先だ。
女性医師の多くは出産後、早期に職場復帰しており、子育ての年代での就業率も一般女性よりも高い。医師をめざす女子受験生に公平なチャンスを与え、意欲を大きく育てるのが医大の使命ではないか。
女性医師の割合は19・7%(12年時点)で、経済協力開発機構(OECD)加盟平均の41・5%と比べかなり見劣りする。ただ、20代、30代では30%を超えている。入試で門戸を狭めるのは、時代の流れに逆行するものだ。
「男女参画」が掲げられても、いまだに内実は伴っていない。東京医大だけでなく医科系大学は内部点検し、情報公開してほしい。
[京都新聞 2018年08月04日掲載]
LGBT寄稿 正しい認識を共有せよ
議員本人だけでなく、自民党の姿勢も問われている。
自民党の杉田水脈衆院議員が雑誌に「LGBT(性的少数者)のカップルのために税金を使うことに賛同が得られるのか。彼ら彼女らは子どもを作らず、『生産性』がない」と寄稿した。
特定の性的指向や性同一性障害ののある人を排除する発言だ。
子どもを産む、産まないは、個人の問題である。にもかかわらず、「生産性」という物差しで優劣をつけるなど、許されることではない。
杉田氏の寄稿は「『LGBT』支援の度が過ぎる」というタイトルだが、そもそも認識が間違っている。
LGBT支援の本質は、特別扱いではなく、権利の保障である。男女の区別と異性愛に基づく従来の社会制度を、多様な性のあり方に応じたものにしよう、ということだ。同性の結婚などを認める流れが国際的に広がっているが、それに伴い誰かの権利が削られるということはない。
杉田氏は、日本は寛容な社会で差別はあまりない、とも書いているが、LGBTに対する社会の無理解が、生きづらさを助長している実態を知らないのだろうか。
思春期に自らの性的指向について悩む人の中には、自殺を考える人も多いことが、さまざな研究から明らかになっている。
国会議員の役割は本来、こうした問題を抱える人たちの声を国政に届けることである。
自民党は杉田氏に対し「問題への理解不足と関係者への配慮を欠いた表現がある」として、注意するよう指導し、党見解をホームページに掲載した。
これで十分ということなのだろうか。杉田氏の寄稿は、間違った認識に基づく攻撃的な内容だ。注意を促して済むとは思えない。
二階俊博幹事長は「人それぞれ、いろんな人生観がある」「大げさに騒がない方がいい」などと繰り返すが、このような姿勢が、差別を深刻化させていることに気づいてもらいたい。
安倍晋三首相は「人権と多様性が尊重される社会をつくるのは当然」と話すが、人ごとのような印象を受ける。杉田氏を公認した党総裁として、説明責任を果たしてほしい。
自民党はLGBT支援を議員立法で進めるというが、その前に党として正しい基本認識を共有する必要がある。杉田氏の発言に厳しく対処できなければ、本気度が疑われよう。
[京都新聞 2018年08月04日掲載]
地上イージス 「導入ありき」見直しを
費用対効果を考えれば、巨費を投じて導入する必要があるのだろうか。政府が2023年度の運用開始を目指す地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の取得経費が大きく膨らみそうだ。
小野寺五典防衛相が、1基当たりの取得経費が約1340億円になると発表した。防衛省は当初、1基約800億円と見積もり、その後1千億円弱と説明してきた。見通しの甘さは否めない。
トランプ米大統領は昨年11月の来日時、米国製防衛装備品の購入を日本に迫った。米国の貿易赤字削減のため、「言い値」をそのまま受け入れていまいか。
2基分の「本体価格」に加え、土地造成費や建物建設費などを含めると最終的に4千億円以上になる可能性がある。搭載するミサイルの購入費など費用はさらに膨らむ。導入後も要員の訓練や整備維持に相当な経費が必要といい、重い財政負担になりかねない。
アショアは昨年12月、北朝鮮の核・ミサイル脅威に対応するため2基の導入が閣議決定された。
北朝鮮を想定した日本の弾道ミサイル防衛は、イージス艦搭載の海上配備型迎撃ミサイル(SM3)が大気圏外で迎撃し、打ち損じた場合に航空自衛隊の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)が対処する。これでは不十分としてアショア導入が急きょ決まった。
アショアはイージス艦同様のレーダーやミサイル発射装置で構成され、秋田、山口両県に1基ずつ配備し、日本全体を防衛できるという。今年末の決定を目指す新たな防衛力整備の指針「防衛計画の大綱」と中期防衛力整備計画(中期防)の目玉とみられる。
ところが、緊迫した朝鮮半島情勢は今年に入り一転した。米朝首脳会談が実現し、ミサイル発射の可能性が低下した。防衛省は6月以降、日本海へのイージス艦の常時展開を取りやめ、北海道などに配備していたPAC3も撤収し始めた。こうした情勢下でアショア配備計画には疑問が膨らむ。
防衛費が6年連続で増え続けている。既に世界有数の水準にある日本の軍備増強は、かえって地域を不安定にする恐れがある。本当に必要な装備、対応能力であるのか、費用対効果や優先度の厳格な検討が欠かせない。
アショア導入は米側との調整に手間取り、運用開始目標が先延ばしとなる可能性が高い。配備候補地では懸念が強まっている。導入ありきで拙速に計画を進めるべきではない。再考を求めたい。
[京都新聞 2018年08月03日掲載]
最低賃金 引き上げに後押し必要
正社員やアルバイトなど全ての労働者に支払われる賃金の下限額「最低賃金」について、国の審議会は全国平均の時給を26円引き上げ、874円とする目安をまとめた。
深刻な人手不足を背景に、政府が昨年3月にまとめた「働き方改革実行計画」で掲げた3%程度の引き上げ目標に合わせる形で決着した。2002年度に時給で示す現在の方式となって以降、最大の引き上げ幅である。
それでも、目指す「時給千円」には程遠い。生活を送るのに十分な水準とは、とてもいえないのではないか。
日本の最低賃金は国際的に低い水準にとどまっている。労使が参加した審議会の議論で、労働者側は「現状の最低賃金水準では年収が200万円にも満たない」と指摘した。
非正規労働者は過去最多の2133万人に達し、働く人の約4割にまで増えている。最低賃金が及ぼす影響は大きい。
労組は「人間らしい暮らしができる最低限の時給は1500円」と主張している。
国の目安を参考に都道府県がそれぞれ最低賃金を決定し、秋以降に順次改定するが、大都市圏と地方の格差拡大も問題だ。
目安通りに引き上げても、最高額の東京都と最低額の沖縄県などの格差は現在の221円から225円に広がる。地方を中心に19県がなお時給700円台にとどまるという。
地方創生の掛け声と相反すると言わざるを得ない。都道府県の審議会は、目安を上回る積極的な引き上げを検討してほしい。
一方で、「官製賃上げ」の限界も近づいている。政権主導の急ピッチの引き上げに、中小企業などが「経営が成り立たなくなる」と悲鳴を上げ始めている。
法的強制力がある最低賃金引き上げは、労働者の処遇を改善するが、企業には負担となる。
残業の上限規制などが盛り込まれた働き方改革関連法が成立したばかりだ。人手が足りない中、中小企業にとっては残業の抑制も容易ではない。
大企業の負担のしわ寄せを受けるような劣悪な下請け構造を脱し、賃金アップできる環境を整備しなくてはならない。
政府は目標を掲げるだけでなく、具体的な手だてを示すべきだ。生産性向上につながる支援や税制優遇などの後押し策が求められるのではないか。
[京都新聞 2018年08月03日掲載]
文科汚職拡大 構造的な問題と捉えよ
文部科学省の局長級幹部が二つの汚職事件で東京地検特捜部に相次いで逮捕された。行政中枢の腐敗にがくぜんとする。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の業務を巡る収賄容疑で逮捕されたのは、同省の前国際統括官だ。JAXAに理事で出向中に元コンサルタント会社役員から約140万円相当の接待を受けたという。
東京医科大の講演会に宇宙飛行士を派遣するなど便宜を図った見返りとされる。
事実とすれば公務員としての規範意識を欠いた悪質な行為だ。行政の私物化であり、言語道断だ。
接待の狙いが宇宙飛行士の手配だけだったとは考えにくい。宇宙開発には巨額のカネが動く。将来性が見込める研究に集中投資する科学技術分野の予算を狙って業者が接近した可能性がある。
飲食接待は高級クラブなどで10回以上に及び、タクシーチケットの提供も受けていたとされる。
前統括官は逮捕容疑を否認している。特捜部の全容解明とともに、同省も事件の背景などを厳しく検証することが求められる。
文科省では、私立大支援事業を巡り、前科学技術・学術政策局長が東京医科大に便宜を図った見返りに息子を「裏口入学」させたとして受託収賄罪で起訴された。前局長は起訴内容を否認している。
二つの事件に関与していたのは同じ元会社役員だ。人脈を広げるため他の省幹部らとも会食を重ねていた情報もある。利権を狙って近づく「ブローカー」のような人物の暗躍を許す土壌が省内に広がっていたとすれば問題の根は深い。
文科省では昨年、国家公務員法に反する組織的な「天下り」問題が発覚した。加計学園の獣医学部新設を巡っても関連文書の隠蔽(いんぺい)体質が浮き彫りになり、真相はその後もうやむやにされたままだ。
不祥事の連鎖は官僚としての倫理観や責任感の欠如を改めて露呈した。文科省そのもののガバナンス(組織統治)が効かなくなり、異常化しているのは明白だ。個人の資質ではなく、構造的問題と捉えてメスを入れなければならない。
同省の中堅・若手職員有志は先ごろ、早急な改革を訴える申し入れ文書を事務次官らに提出した。異例の動きであり、組織の自浄作用にも期待したい。上層部は正面から向き合ってほしい。
官民癒着の実態解明と抜本的な再発防止策は急務だ。徹底捜査に加え、第三者による補助事業の詳細な調査も欠かせない。それなくして信頼回復はあり得ない。
[京都新聞 2018年08月02日掲載]
衆院議長所感 緊張感取り戻す契機に
国権の最高機関の長である衆院議長の提言は、安倍晋三首相や国会議員にどう聞こえるのだろう。
大島理森衆院議長が、相次ぐ不祥事に揺れた通常国会について、異例の所感を公表した。
森友問題をめぐる財務省の決裁文書改ざん、陸上自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)などを挙げ、「民主主義の根幹を揺るがす」「立法府の判断を誤らせるおそれがある」とした。
特に安倍政権に対しては、問題を起こした経緯や原因の究明と再発防止への制度づくりを求めた。
大島氏の指摘は、行政府が立法府を欺いた前代未聞の不祥事への危機感といえる。安倍政権は深刻に受け止める必要がある。
とりわけ、経緯や原因の究明については、問題に真摯(しんし)に向き合う意思があるかどうかの試金石といえよう。逃げずに実行すべきだ。
ただ、国会が終わった今ごろになって議長が所感を示したことには疑問も残る。問題が明るみに出た段階で機動的に乗り出していれば、その後の国会運営も違った展開になったのではないか。
参院では参院定数6増法案などに関し、野党が伊達忠一議長の不信任案を提出する一幕があった。
仲介役を期待されながら調整に動かなかった伊達氏の姿勢には「自民党いいなり」と厳しい声が上がり、与党の議長経験者からも「努力不足」の苦言が出た。
議長が出身政党の意向に気兼ねして議事運営が不公平と見なされるようでは、言論の府である国会議員を束ねる役割は果たせない。責任と誇りを持ち、リーダーシップを取るべきだった。
今後の国会の在り方について、大島氏は「正当かつ強力な調査権の活用」に言及した。具体的には40人以上の国会議員の要請で衆院調査局に調査を求めることができる「予備的調査」を例示し、国会の調査機能充実を求めた。
予備的調査は、国政調査権に基づく調査と違って強制力が伴わないが、官公庁に資料提出などの協力を求め、拒否された場合はその理由を述べさせることができる。
限界はあるが、工夫次第では少数会派にとっても疑惑追及の重要な武器になりそうだ。こうした方法を駆使し、行政府と立法府の間に緊張感を取り戻したい。
個々の議員も自覚が必要だ。特に与党議員は、所属政党の決定に唯々諾々と従い、審議を軽視している面はないだろうか。
多様な問題を提起し、論じ合うことこそ、国民の代表である議員の本分とわきまえてほしい。
[京都新聞 2018年08月02日掲載]
日銀緩和策修正 かじ取りさらに難しく
日銀が、金融政策決定会合を開き、政策の修正を決定した。大規模な金融緩和に伴う副作用を軽減するため、長期金利の一定幅での上昇を容認する。
短期金利をマイナス0・1%ととし、長期金利を0%程度に抑える枠組みは維持するというが、一部金利の上昇容認は、金融政策の大きな転換を意味する。
どのようなメッセージとなって市場に伝わり、今後の株価や為替、景気動向に影響するのか、注視しなくてはならない。
2013年、安倍晋三政権のもとで就任した黒田東彦総裁は、デフレ脱却を目指して「異次元緩和」を導入し、円安、株高による好況をもたらした。
ところが、脱却の目安となる物価上昇率は、目標の2%に届かない状況が、5年以上が経過した今も続いている。
長引く金融緩和で金利はほとんどなく、金融機関の収益悪化、年金などの運用難といった副作用が生じている。国債の大量買い入れに伴い、市場機能も低下した。
長期金利の上昇容認は、これらの副作用に何らかの対処が必要とする考えに基づく。その意味においては、当然の判断である。
会合後の会見で、黒田総裁は「上下0・2%程度の変動を容認する」との考えを示した。
今は0%程度に誘導している長期国債について、こうした変動を受け入れるということであり、年80兆円をめどとする買い入れも、弾力的に実施するそうだ。
上場投資信託(ETF)の購入配分を見直し、株価を形成する市場機能を、ゆがめることがないようにする。
米国の利上げ、欧州の緩和縮小を受けて、異次元緩和からの出口戦略を探っているとも映る。
問題は、この時期の金利上昇容認が、急激な円高や株価下落をもたらし、景気に冷水を浴びせないか、という点だろう。
今年初めに、超長期国債の購入を減額した際には、利上げの地ならしとの観測から、思わぬ円高を招いた。細心の注意が必要だ。
そこで、物価上昇率2%の目標達成について、これまでの想定よりも時間がかかると見通しを修正するとともに、来年10月に予定される消費税率の引き上げも踏まえ、当分の間、現在の極めて低い長短金利の水準を維持すると、予防線を張った。
副作用のない金融緩和を追求したいのだろう。日銀は、さらに難しいかじ取りを担うことになる。
[京都新聞 2018年08月01日掲載]
諫早開門無効 対立乗り越えて解決を
国営諫早湾干拓事業(長崎県)の堤防排水門の開門を命じた2010年の確定判決を、国の請求を認めて無効化する判断が、福岡高裁によって示された。
先の判決確定後、干拓事業で入植した営農者の要請に応じるかたちで開門を拒んできた国の姿勢を事実上追認するもので、堤防排水門の開閉を巡り、異なる司法判断が併存する異例の事態は解消されることになった。
しかし、閉門後の潮流の変化で海の環境が悪化したとする漁業者側は納得せず、最高裁に上告する方針という。
問題が解決したわけでなく、営農者と漁業者の利害対立を解消するため、さらなる工夫が要るのではないか。
干拓は、有明海内の諫早湾を全長約7キロの堤防で閉め切り、農地を造成した事業で、高潮対策も目的とする。
排水門を閉じた後、漁場悪化を理由に漁業者が開門を求めた訴訟で、佐賀地裁が開門を命令、福岡高裁も支持。国は上告せず、10年に高裁判決が確定した。
ところが、国が開門に応じないうちに、営農者側が海水の流入による被害を懸念して申し立てた仮処分で、長崎地裁は13年、開門の差し止めを求める正反対の決定を出した。
司法上の判断がねじれ、板挟みの国も身動きが取りにくい状況となったようだ。裁判で白黒をつけるのではなく、総合的な見地からの解決策が必要とされていた、ともいえる。
開門命令に従わない国は、100億円の漁業振興基金の設立を柱とする解決案を提示した。基金の運用主体になると想定される有明海沿岸4県の漁協が賛成し、福岡高裁も支持。今年3月に和解を勧告したものの、漁業者側との協議は決裂した。
開門命令を無効化する判断は、こうした経緯を経ており、事態の解決に向けて、やむ得ないのかもしれない。
とはいえ、判断を下すに当たって裁判長が、国側の主張に沿って「漁業者の共同漁業権は13年に消滅し、開門を求める権利も失われた」とした点などは、解決ありきで無理があると指摘されても仕方あるまい。昔から漁業権の更新を繰り返してきた漁業者側に、受け入れられるはずがなかろう。
本来の解決策は、諫早湾を以前の豊かな海に戻すことである。基金設立にとどまらず、国には本腰を入れた対応を求めたい。
[京都新聞 2018年08月01日掲載]
iPS治験へ 実用化向け安全優先で
iPS細胞(人工多能性幹細胞)から作った神経細胞をパーキンソン病患者の脳へ移植する再生医療の治験を、京都大が来月から始める。
さまざまな組織や臓器になる能力があるiPS細胞が開発されて10年余り。再生医療の実用化が現実味を帯びる中、大きな一歩になると期待される。
iPS細胞の再生医療は、理化学研究所などが目の病気「加齢黄斑変性」の患者を対象に臨床研究を実施している。大阪大は重い心臓病患者を対象に臨床研究を計画している。
保険適用を見据えて厳格な基準で実施する治験は、より実用化に近い。国内では初めてとなる。
治療法が確立すれば治療の選択肢が広がる。患者にとって朗報となるだろう。
脳という複雑な臓器の病気への応用は、iPS細胞の研究の上でも重要な意味を持つ。
パーキンソン病は、脳の黒質という部分で神経伝達物質ドーパミンを出す神経細胞に異常なタンパク質が蓄積し、神経細胞が失われて発症する。
運動障害や認知症などさまざまな症状があるが、根本的な治療法はない。
現在の治療は、ドーパミンの補充などを目的とした薬物療法が主流だが、完全には神経の死滅を止められない。
iPS細胞から作った神経細胞の移植を合わせれば、長期間にわたる治療法として期待が持てるというわけだ。
治験を行うのは、京大iPS細胞研究所の高橋淳教授らのチームである。
あらかじめ作製し備蓄しておいたiPS細胞でドーパミン神経細胞を作り、頭蓋骨に穴を開けて移植する。数年間の長さで安全性と効果を確認する。
一方で、過剰な期待は避けなくてはならない。今回の移植は、体の動かしにくさなど運動障害が対象である。多くの人が関心を持つ認知症などへの効果はあまり期待できない。
治療法が確立しても、完全に健康な状態に戻せる訳ではない。再生医療以外の治療法も引き続き重要だという。
iPS細胞にはがん化の懸念があり、副作用にも慎重な判断が求められる。高橋教授らはサルを使った実験で効果や安全性を確認してきた。
何より安全が優先されることは言うまでもない。治験を冷静に見守りたい。
[京都新聞 2018年07月31日掲載]
辺野古「撤回」 話し合いに戻るべきだ
対立が深まる理由は主に国にある。話し合いに立ち戻るべきだ。
国が沖縄県名護市辺野古で進める米軍基地の建設について、沖縄県の翁長雄志知事が海の埋め立て承認を撤回する方針を決めた。
翁長知事は就任後、前任の仲井真弘多知事が出した埋め立て承認に瑕疵(かし)があったとして「取り消し」たが、国との裁判になり最高裁で取り消し無効となっていた。
今回の「撤回」は、事業の承認後に事業者の違法行為や問題が判明した場合に取り消す措置だ。
翁長知事は、埋め立て地の地盤が極めて軟弱なことが判明したのに設計変更を届けず工事を続けていることや、環境保全対策をしていないことを理由に挙げている。
仲井真前知事の承認の条件では、環境保全対策や工事、設計の変更があれば国は県と協議し知事の承認を得る必要がある。
しかし政府はサンゴの移植をせずに本体工事の一部に着手した。今月には、埋め立てる沖合の海底が、深さ40メートルの「マヨネーズ地盤」とも言われる軟弱層ということが分かった。
計画通り埋め立てるなら大規模な地盤改良が必要になる。ところが国は設計や工法の変更を沖縄県に届け出ず工事を進めている。
海底の岩石などを壊すのに必要な岩礁破砕許可についても、国は「漁業権の消滅」などを理由に県に対し手続きをせず、沖縄県が差し止め訴訟を起こして係争中だ。
沖縄県に届けて協議すれば、基地建設がストップする。国はそう踏んでいるのだろう。できる限り工事を進め、既成事実を積み上げる狙いが透けて見える。
安倍晋三政権は「防衛は国の専権事項」と常々主張するが、国と自治体は協議すべきことを忘れているのではないか。国が行政手続きを無視していいわけがない。
安倍首相はまた、「最高裁判決に従い辺野古移設を進める」と言うが、判決書には「承認の取り消しは違法」と書いてあるだけだ。
11月の沖縄県知事選で安倍政権は県政奪還を目指している。県内自治体選挙では近年、政権寄りの候補の勝利が続いているが、「辺野古推進」を前面に掲げて勝った例は一つもない。強引な建設は分断と対立を招いている。歓迎されているわけではない。
軟弱地盤の改良もあり、建設費は当初見込みの2500億円を大きく上回るのは確実だ。投じられるのは全額日本国民の税金である。この問題が京滋の私たちにも無縁ではないことを、直視したい。
[京都新聞 2018年07月31日掲載]
財務省人事 自己改革は可能なのか |
信頼回復より組織の都合を優先したような人事ではないか。 財務省が、新たな事務次官に主計局長だった岡本薫明氏を、国税庁長官には同庁次長だった藤井健志氏をそれぞれ起用した。 セクハラ問題や森友学園を巡る決裁文書改ざんで、次官級の2トップが約3カ月も不在となっていた異常事態は解消した。 ただ岡本氏は、文書改ざんが起きた時、文書管理や国会対応に責任を持つ官房長だった。改ざんは知らなかったというが、管理責任を問われ厳重注意処分となった。 改ざんした文書を国会に提出した前代未聞の不祥事に間接的に関わったともいえるだけに、国民の理解を得られるかは疑問だ。 それ以上に問題なのは、組織を立て直して刷新する意図が人事から読み取れないことだ。 事務次官の後任を巡っては、主税局長や財務官の名前が一時浮上したが、最終的に「本命」だった岡本氏となった。「5年先まで決まっている」とされる次官候補の順番をたがえることはなかった。 改ざん問題では、佐川宣寿前国税庁長官ら職員20人が処分されたが、麻生太郎財務相は閣僚給与1年分を自主返納することで決着を試み、大臣の座にとどまった。 不祥事に手を染めた官僚個人の責任は問うたが、麻生氏の政治責任は問題にされず、財務官僚の人事の既定路線も守り抜いた。 財務省は不祥事の再発を防止するとして、事務次官を議長とする「コンプライアンス推進会議」を設け、民間人を起用して法令順守や組織立て直しを図るという。 だが、一連の改ざん問題に責任がなかったとはいえない大臣と次官の下で、厳しい自己改革ができるかどうかは極めて疑わしい。 こうした形ばかりの改革を許したのは、新潟県知事選の勝利や世論調査の結果などで、森友問題への世論の関心が薄まったと安倍政権が感じているからではないか。 政権は内閣人事局によって省庁の幹部人事を握っており、官僚は政権におもねりやすい。 ほとぼりを冷ましたと思っている政権に、省内人事の慣行を認めてもらった同省がこれまで以上に従属を強めるなら、「国民全体の奉仕者」ではなくなってしまう。 来秋に予定される消費税増税への対応や、与党などからの歳出圧力が強まる中での財政再建への取り組みなど、財務省に対する国民の目は厳しさを増そう。 改めて襟を正し、不信感を払拭(ふっしょく)する努力を続けるしかない。
[京都新聞 2018年07月30日掲載]
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自伐型林業 山村活性化へ好循環を
山の荒廃と中山間地の過疎化を憂い、森林資源の活用による農山村振興に取り組む人たちの間で、山の暮らしと密着した小規模な「自伐型林業」が注目されている。
自伐型とは、住民や移住者自らが少人数で間伐などを担いつつ、薪(まき)の販売、狩猟など山林の豊富な資源を生かした副業を持つ複合型の林業を指す。
山林所有者が森林組合や民間会社に手入れや伐採などを委託し、集約化、効率化、高性能機械の活用によって採算をとろうとする現在の林業とは異なる発想の林業とも言える。
山を持たなくても新規参入できるため、過疎化が進む山村地域の雇用や定住にもつながり、「地方創生の鍵」と期待されている。
合併によって市域の半分以上を森林が占めるようになった長浜市は2015年、「地域おこし協力隊」に、自伐型林業の実践と普及に取り組むチームを設けた。県外から応募した3人の男性が、同市余呉町で暮らしながら、資機材の扱い方や作業道の整備、高い樹木を倒さずに切る特殊伐採、製材技術などを身に付けてきた。
協力隊には国や市から活動費や給与が出るが、期間は最長3年と決められている。3人は、自立を見据えて装備や工具をそろえ、狩猟免許も取得した。昨年秋に有限責任事業組合「木民(もくたみ)」を設立。今夏、いよいよ独り立ちする。
これまで、集落の高齢化で管理の手が入らなくなった森林で作業道を整備し、切り出した木を薪にするなど、地域や人のつながりの中で仕事を得てきた。木民の東逸平さんは「山の暮らしが成り立つことを実践を通して示したい。自分たちのような小さな組織が増え、協力しあえば山の手入れも行き届くようになる」と将来を描く。
考えてみれば、森林組合などへの作業集約が奨励されるようになったのは最近のことで、それまで山の手入れは持ち主や住民が担っていた。生き物を育んで恵みを与える身近な存在だからこそ、大切にしてきた。そうした経験なしに山への関心や経営意欲を持てといわれても難しい。
山で暮らす人材と資源や資産とを引き合わせる目的で設立されたながはま森林マッチングセンターも今年、自伐型林業の就労体験を始める。木民の3人に続く、長浜市の地域おこし協力隊の選考も進む。木材や山が人をつなぐ。移住者たちが山村を活気づかせ、また新たな人々を呼ぶ。そんな循環が生まれてほしい。
[京都新聞 2018年07月30日掲載]