庶民の感覚

昭和33年生まれの感性。

人類の進歩と調和(1970年大阪万博のテーマ)

2017年06月25日 | 独り言

人類がの進歩を勝手にイメージすれば、全ての人が楽しく暮らしている風景がある。

それぞれに自分に合った事をしながら、自分の身の丈に合った生活を楽しんでいる。

そこには国もなく、通貨もなく、法律もない、従って無駄もない。

人の持つ思考回路は確かに他の生物にはない特質かも知れないが、他の生物と同等の感性を持ち合わせた上での思考でなければ、進歩にはなりえない。表現を代えるならば、この条件が満たされないのであれば、人類は宇宙の調和を乱す欠陥生物なのかも知れないと思うのは私だけでしょうか?

人とてただの生き物なのですよ。

 

 


特攻隊

2017年05月05日 | 独り言

第二次世界大戦において日本の敗戦色が濃くなってきた頃に、

まだ幼い少年を片道の燃料しかない飛行機諸とも艦隊に自爆行為を仕掛けてくる民族に、敵国に限らず他民族はどの様に感じたのでしょうか?

いくら戦争とはいえこのような行為に「狂気」と「恐怖」を感じていたことは間違いないでしょう?

こういう事は語り継がれていきます。

それ故の「積極的な平和憲法」であり「食料自給率の低さ」なのでしょうが、「平和憲法」を実践してまだ70年、

それくらいではまだ世界に与えた印象は払拭しえないのに、明らかに憲法違反の「PKOを理由に派兵」はするし更には

「集団的自衛権」をごり押しする。これまでの実績を無にする事にほかならない。

人が人を見る目は厳しい。自衛隊を海外に出して「戦闘はありません。」「人は殺していません。」「殺されていません。」は

誰も信じてはくれない。いくら憲法に平和を唱っていても従わなければ、余計に信用を失くすのが落ちのように思う。

幸いにしてまだ外国からの攻撃はおきていない。これからもこちらから余計な事をしない限り、外国からのテロはあり得ないだろう。

 


神武景気

2017年05月05日 | 独り言

1954年から1974年まで続いた好景気は前半は朝鮮戦争の特需と、

後半はベトナム戦争の特需があったからという事は忘れてはならないと思います。

これは沖縄を実質的に米軍政下に委ねたことにあります。

戦後の日本の「平和と繁栄」は、朝鮮とベトナムの人の血で贖われていたことになります。