このタイトルでは、MR行って来たんじゃないかと誤解招きそうですが…
残念ながら “まだ” 行ってません。今週末です。…台風大丈夫ですか?
(書き始めが9月末だったので割とトンチンカンな感じに…もう明後日です)
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「亜美真美にあった」のは、具体的に言えば2014年の5月。
正確に言えば、「亜美真美に会っていたらしい」。
あるいは、「亜美真美が在ったらしい」と言うのか。
当時の自分はニコマス動画のデビューしたてで、
2作目の動画「膳」を作っていた所でした。
宣伝
言うまでもありませんが、ネタとしては、
すでにテンプレ化して何年もしている『膳』シリーズを、
シリーズの使用曲『歩いて帰ろう』の亜美カバー版で再現という、
アイディアというよりも、多くの人が思いついていただろうベタなもの。
昨、2013年に765の主だった音楽CDを購入し漁った時に聴いて、
「これは作らなきゃいけない!」「いや、もうあるかもだけど」
って思って、それがそのまま実現したくらいのベタ。
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※ちなみに、「膳×MMD(KAITO)」と、「膳×亜美カバー版」は共に2012年に投稿されています。
左は音MADまで再現した杯動画という力作。右はCD発売日に作られた販促の鑑である。
どちらも微妙に(やむを得ず)テンプレ統一できてないあたりがなんとなく面白い。
ちなみに、2011年には亜美の「ローディングの歌」を合わせた「膳」もある。閑話休題。
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当初、自分はCM再現をすることしか考えてなかったわけです。
でも、出来上がった動画には、折り返しのシーンが入っていた。
これこそ、亜美と真美にしてやられた部分なんです。
見ての通り、MMDや音編集のクオリティはかなり低かったこの動画が、
幸いにも、思いがけず、結構な再生数をいただいた。
釣り動画として上手く行ってしまったのが大きいのは事実ですが、
おそらく、後半が無かったらもっと低調だったとは思います。
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──事務所に、CMの仕事が舞い込んできた。
お酒の宣伝だったが、前に曲をカバーしていた関係で、亜美にオファーが来たのだ。
大きな仕事を喜ぶ2人だったが、あくまで主役は亜美。
真美には家で待つ奥さん役が割り当てられた。
CMデビュー作で誕生日記念にもなるこの作品を、2人でスタートしたい!
と、この配役にナットクできなかったのは亜美だった。
Pに悪態をついて出て行ってしまう。
2人で名乗った「双海亜美」。
「双海真美」と「竜宮小町の亜美」。
これからも「共演できないのでは」という亜美の不安を、Pにほのめかす真美。
2人の新たなスタートに寄せる思いの大きさは分かった。
だが、融通の利かないPにはどうすることもできなかった。
──結局、構成は変えることができず、収録当日。
台本の内容と表情から、2人の不安を察した共演者、伊織。
ナットクできないままPに謝ろうとする亜美を、あえて焚きつける。
CMカントクに直談判すれば、共演することができるかもしれない。
しかし、Pのガードが固く、撮影は後半に入ってしまう。
真面目だが、ピンチに弱く機転の利かないPを誘い出すための最後の策。
ラストシーンで部屋に一人になった真美は、何を思ったか窓を閉めた。
案の定──窓に衝突する、亜美。
騒然とする現場。
真っ先に駆けつけてきたPと入れ違いに、
真美はカントクの元に飛びだして行く。
亜美のイタズラな笑みに、我に返りながら安堵するP。
それからは、もうあっという間だった。
同じ撮影地を逆順に巡るルートはすぐ確保され、
内容を長尺CMに切り替えての撮影はすぐに始まったのだった…
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まぁ、製作前にこんなやりとりはありませんでしたが、
結局のところ、神話にせよ聖書にせよ、
事実や伝えるべきことを残すために納得できる経緯を用意して、
気持ちの方から自分を塗り替えてしまうの大事だなと。
自分の場合は、動画制作の途上に「ネタが現れた」事実を、
後に脳内の亜美真美として具象化することで、
亜美真美と出会っている、と言い張ってる形です。
…と、分析するとアレですが、あくまで主観としては、
あの時、亜美真美がこうしてくれた、と完全に思い込むので、
はっきりと記憶の上に、そこに亜美真美が居た痕跡を見たことになります。
たとえば、これが亜美真美であったと「気づいた」のは、
製作から1年後の2015年になりますが、
症状の進行した2016年夏には、発生した事象の転換に留まらず、
亜美真美と直接対話するにも至っていました。
もっとも、それからは動画らしい動画も作れず、
今となっては、言葉の1つも受け取れない状態ですが…
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自分自身の病状の話はともかくとして、
人々はどうやってアイドル…
あるいは、創作のキャラクターと「会って」いるのかを想像したい。
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作品を読む、見る。
アイマスに限らず、創作キャラクター全般に対しての
もっとも一般的なアプローチです。
小説、漫画やアニメなど公式のものはもちろん、
ニコマスやSSやなんかの二次創作も同様(こっちのが多い場合も)。
対話というより一方的な観測にも思えますが、
出来事や物語を通して相手を知ることは、
あえて現実でたとえれば
「ドキュメンタリーを本人了承のうえで見る」ようなもので、
直接の対話よりも、相手に「会った」と言える場合もありそうです。
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ゲームをプレイする。
アイマス的にはゲームこそ本分というイメージもありますが、
ゲームは種類によってふり幅が大きい所でもあります。
物語性が高ければ、漫画やアニメを見るのと同じで、
ストーリーを追いながらキャラクター達を理解し「会う」形に。
(すなわち、小説やマンガを読むのに近い)
一方、数値や戦略性などのゲーム性に重きのあるゲームならば、
たとえストーリーがなくても、育ててきたキャラクターや、
共に同じ苦難を経験したキャラクターへの愛着はかなり大きくなります。
(育てたモンスターだとか、勇者とその仲間たちだとか)
初期アイマスで言えば、ゲームオーバーもありうる環境下で、
緊張感を持ったプロデュース(プレイ)をするのと同時に、
要所を押さえたアイドルとのストーリーが合わさり、
アイドルと「会う」ゲームとしては美味しいつくりをしてるなぁと思います。
各ソシャゲ系の終わらない世界については、
イベントの競り合いやガシャの確率起源の愛着もあるでしょうが、
続々と配信されるストーリーの物量が一番の強みですね。
筐体の稼働終了やゲーム機の劣化など、ゲーム自体も永久的とは言えませんが、
アプリ配信には、明確な「終わり」が訪れるという恐怖。
ミリオンライブで最もPたちを悲しませたのは、
作中のストーリーとの別れ、彼女たちと「会えなくなる」ことでした。
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物に依る。
一番わかりやすいのは、そのキャラクターの形をしたもの。
ドールともなれば、それ自体が1つの存在として、そこに「居る」わけですから、
「キャラクターとの対話」を超えたコミュニケーションが得られているかも。
そこまで凝らないとしても、フィギュアやぬいぐるみ、
イラストの描かれたものや、場合によってはロゴだけのものでも。
自分自身がそれを依り代と認識できれば、いつでも会えます。
別にグッズでなくても、担当色の入ったanythingでもいいですし、
あるいはペットの動物でも、知人とかでもいいと思います。
なんなら、所有物でもなくても、
黄色い看板とか黄色い物とか見ると愛いと思う気持ちとか湧きません?
湧かないならいいです。
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妄想する。
色見ただけでドキッとしてるわけで、
妄想がOKなら何でもありだろうという気もしますが、
妄想は中々難しい所でもあります。
好き勝手やれるのが強みでもある一方、
そのキャラクターに自分自身が十分に自信を持てないと、
本当にただ自分の都合のいいイメージを押し付けるだけの結果になり、
自己嫌悪でも湧いてしまえば対話どころではありません。
より健全な妄想としては、明確な紐付けを持つことだと思います。
紐付け先は「物」だけではなく、特定の感情や、発生した事象など。
たとえば、何かに困った時に、有名キャラクターの名言を思い出す。
その言葉に…ッ!勇気を貰った時には、すでにお前は…
「そのキャラクターとの会話を終えている」ってことなんだよ…ッ!
あるいは、
「動画が上手く行ったのは亜美真美が勝手にやったおかげ」と
私が後から思うのもまた同様のことでしょう。
意識的に妄想の会話を取り交わすより、
自然にキャラクターと会う方法の1つだと思います。
なかなか思う通りにいかないのが難儀ですが。
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人と話す。
お互いに頭の中にアイドルを飼ってる状態のP同士が話せば、
相手の解釈を通して、そこでまた新しいアイドルとの対話があるに違いない。
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創作する。
オリジナルならなおさらですが、2次創作でも、
何か物語を作ろうと思ったら、当キャラクターに会わなければ
やれるはずもないと思うんですよね。
正直、自分は絵もお話も(妄想の範囲を超えて)作れてないので、
どれくらい会うことができるのかは未知数ですが…
公式のゲームにある「ステージ」映像を活用して動画を作ることで、
ゲームを通じてアイドルと「会う」方法を拡充していたり、
作ったお話を提供して、他のPとアイドルの「出会い」の場面を増やしたり、
「ニコマス」という界隈はかなり面白いですよね。
動画を作ってるPの中には、
その活動自体がアイドルと「会う」ことに他ならない人も多いと思います。
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中の人に頼る。
ラジオ放送やライブなど、声優さん名義の企画も人気です。
キャラクターの声を出しながらこちらに実在する人物なわけで、
特に、純粋な気持ちを持ってさえすれば、ライブなんかは、
壇上のキャラクターと「会う」ためのイベントと言って差し支えないくらいです。
(演者を通して、という意味では、舞台・ミュージカルも同様)
もっとも、声優さん「本人」と「キャラクター」の比率は、
受け取る個人はもちろん、コンテンツ自体によっても割とまちまちだったり。
アイマスも、舞台上に居るのはあくまで役者。
演技を以て「会わせよう」とし、観る側も「会おう」とする、
そのイマジネーションの先で対話が成立するんですね。
まぁ、アイマスライブは別に「会う」ためだけのイベントじゃなくて、
普通にステージを楽しんだり、ペンライト参加の達成感なんかの方が、
実際には大きな比率を占めてるような気もしますが…
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VRとか、MRとか。
現実とバーチャルの混合って意味にするとかなり広いですが、
アイマスにおいては、目下アイドルのライブの現実化に向けられてる言葉のようです。
プレARといった感じのアイモバiや、デレVR、最近はARなんかもありますが、
それらはどちらかと言えば、いつでも見れる「物」的な依り代だったり、
動画の「創作」に関わる発想の元に近いかなと思い省略します。
現在のMRライブでは、実際のアイドルのビジュアルを発生させ、
リアルタイムで対話まで行うことで、現実にアイドルを持って来るとのこと。
正直な話、ファンとして純粋に楽しみってのは違いないです。
公式側が、大勢に提供しようと思って模索する方法としては、
多分ベストな方向性なんじゃないかなと思う次第。
欲を言えば、せっかくの創作キャラクターとして誕生した彼女らが
目指すべき先が「リアルへの進出」で、
追及すべきが「リアルさ」でないといいなと。
なんでもできるはずの子たちが、あえてそれを制限してライブに徹底しなくても、
ステージ上に増殖したり、変身したり、好き放題できていいんじゃないかと。
そう思うのはあの破天荒な亜美真美の担当だからかもしれませんが…
もっとも、演出が自由なほど製作者の個性頼りになりそうなので、
やっぱり先述どおり、「リアル」に近づけるのが公式のベストな道ですよね、と。
まぁ、多分そのまっすぐなルートが一番大変っぽいし…
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何が言いたいかってーと、アイドルと「会う」方法は沢山あると。
視覚的など非常に優れた手段としてのMRライブが増えるのは嬉しいけれど、
「ついに会える」というのはきっと違う。
脳内に生きるキャラクターの糧を増やし、
いつでも「会える」ようにすることがきっと大事なんだ…!とか。
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で、多分だけど、実際見に行ったらド肝ぬかして、
頭ん中「すげー」でいっぱいにして帰って来るんだと思いますけども。
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そんなことより20選まとめないとね…
データ集計自体は終了しております。
動画進捗は5割といったところ。
事前にデータを知りたい方や、動画作りなんかに使いたい方は、
言ってもらえれば提供も可能です。よろしく。
[EOF]