夕べの同級会会場、「萱」でお土産のお酒を2本買い、戸倉駅から電車に乗る。
ありがとう戸上中。ありがとう7組のみんな。
また来るね。
上田までの切符を買って、上田駅で降りる。
ふと、どうせなら小諸でまで行って懐古園を見ていこうと思い立ち、
もう一度切符を買い再びしなの鉄道に乗り込む。
小諸の懐古園も思い出の場所だ。
まだ上田市秋和町に住んでいた頃、父と母が幼い私達姉妹を
何度となく懐古園に連れて行ったくれた。
その頃、懐古園の入り口には、お金を入れると動くゾウの乗り物があって、
怖がりの私は、おもちゃのゾウに乗るのも怖くて泣いた。
入り口で入場券を買って中に入ってあまりの広さにおどいた。
なんて豪華な城跡なんだろう。
子どもの頃、(幼稚園の頃)懐古園で一番楽しみにしていたのは、
草笛のおじいさん。
懐古園の門をくぐると同時に母の手をひっぱって、草笛のおじいさんのいる場所へと
一目散に走った。
おじいさんの草笛の音色は美しく、私も姉も夢中になっておじいさんのそばから
動こうとしなかった。
もう亡くなってしまっただろうな。
すると、向こうのほうに「草笛教室」という緑の旗が。
行ってみると定年退職後とおぼしき年配の男性達が
観光客相手に草笛指南をしているではないか。
しばらくその光景を眺めてから、
「昔ここで草笛を吹いていた方はどなただったのでしょう」と聞いてみた。
すると緑のはっぴを着た男性は、あそこに碑が立っていますよと指差しをしてくれた。
草笛のおじいさんはお坊さんだった。
名前は「横山祖道」
記念碑にはこう刻まれている。
「昭和33年から22年間、雨の日も雪の日も欠かさずにこの場所に来て、
説法をする代わりに優しく草笛を吹いて旅行く人々を慰めた。」
お坊さんだったんだ。
説法の代わりに草笛を吹いていたんだ。
なんて徳のある方だったんだろう。
ここにもかけがえの無い幼い日の思い出があった。
私の父は幼い頃になくなり、
生きていたときも家にはいなかったから、
私とは縁のない人に感じていた。
けれど、父が信州の人だったから、母は長野に移り住み、
私と姉は信州の美しい自然とともに育つことが出来たんだと、初めて思った。
幼い頃の思い出とともに、ここを歩く事ができるのは、
お父さんのおかげなんだ。生まれて初めて父が身近な人に感じた瞬間だった。
最後は小諸から軽井沢にでて、
軽井沢で山菜のてんぷらとおそば。 と、千曲錦。
日本酒飲んでほろ酔いになった頃、
今回の立役者、Mr.アンザイからメールが届く。
「やっぱりふるさとはいいね。
感傷にふけっているよ。島崎藤村、千曲川スケッチ・・・。
と、思いきや、
7組女子、きれいな子、けっこういたな、なんてね。
所詮男なんてこんなもの---------
同級会病、しばらく続きそう。
やべーーーー。 」
わぁ。私も!!!
軽井沢駅で軽井沢のチーズとチーズケーキを買う。
新幹線のホームから、信州の山並みを20分ほど眺めてから
東京へ。
堪能しました。
楽しかった。