【橋川文三の文学精神】 第13回 内容目次@本文リンク
十三 橋川文三とマルクス
竹内好と並んで橋川文三に大きな影響を与えたもう一人の師に丸山真男がいる。橋川文三著作集第七巻の月報で丸山真男は橋川文三の『日本浪曼派批判序説』に触れてこのような評価を述べている。
――『日本浪曼派批判序説』の「批判」という言葉は、ただの枕言葉じゃない。本当に批判なんだ。日本浪曼派をかいくぐっているから、単に超越的な非難じゃない「批判」が可能だった。やはり橋川君の最高傑作が生まれるだけの背景はあった、と思います。
これは核心を突いた指摘であってさすが丸山真男と唸らせる内容であるが、編集部を聞き手とするこのインタビューの中で丸山は橋川文三の弱点について気になる発言をしている。
――「社会科学者として見れば橋川君の基本的な弱さは、マルクスを本当に読んでないということです。何が何でもマルクスを読めという意味じゃなくて、マルクス主義についてあんなに論じている以上、じゃマルクスをどれだけ勉強しているのか、とききたくなるんです。
マルクス主義と保田の関係、これが問題となる。即ち、マルクス主義と保田の関係はあるのかないのか。あるにしても関係が脆弱すぎるのではないかという問題。そこから出発して、そもそも橋川はマルクス主義を知らなさすぎるのではないかということも問題になってくる。
ところで「批判序説」という言葉を枕言葉(丸山真男)に掲げた書物はいままでに二度書かれている。マルクスの『ヘーゲル法哲学批判序説』と、橋川文三の『日本浪曼派批判序説』の二冊である。
橋川の『批判序説』は、マルクスの『批判序説』を読んで正確に理解した上での、ある意味でその書き換えでもある。時代と地域は大きくかけ離れているけれども、この二冊の書物は、その方法において本質的に重なっている部分が多い。橋川の『批判序説』は、保田を主人公に設定したある国のある時代の歴史書としても読むことができる。それは、マルクスが、ヘーゲルを主人公にしたある国のある時代(プロシア国家)の歴史書を書いたのと等しい。
そういう読み方が可能な書を、マルクスは『批判序説』の他に、もう一冊書いている。ナポレオンの甥を主人公に設定した歴史書『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』である。この書は、こんな書き出しで始まっている。
――「ヘーゲルはどこかで言つている。あらゆる世界史上の偉大な出来事と人物はいわば二度あらわれる。しかし彼はこう付け加えるのを忘れたのだ。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。(マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』)
橋川の『批判序説』は、題字に『ヘーゲル法哲学批判序説』からの引用文が掲げられているが、それは、こういう文句である。
――ギリシャの神々は、すでに一度、アイスキュロスの捕われのプロメティウスにおいて、悲劇的な死をとげたが、さらにもう一度、ルキアノスの対話編において、喜劇的な死をとげなければならなかった。歴史がかく歩む所以は如何? 人類をしてその過去より朗らかに離別せしめるためである。 ヘーゲル『ヘーゲル法哲学批判序説』
橋川文三は、マルクスがヘーゲルやルイ・ボナパルトを葬ったように、マルクスに倣って保田を葬ったのである。橋川文三ほどに歴史家マルクスの方法を理解した知識人は、かってこの国にいなかったのではないか。丸山真男の主張に真っ向から反対する形になるけれども、私はそう思っている。
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■著者より
●「橋川文三の文学精神」は6月14日より28日まで全15回連載します。
●橋川文三は一高生の頃、アルチュール・ランボーの愛読者だった。「ランボー詩集にはいっぱい線を引いてあります。その本はまだ手元に残っていますよ」と私に語ってくれたことがある。橋川はどんな詩句を愛読したのだろうか。私がいま心に響く詩はこれだ。きっと橋川文三も・・・
おお季節よ、おお城よ!
無疵な心がどこにある?
A.ランボー
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