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【霊告月記】第三十七回 詩人の肉声・清少納言の巻

2018年11月01日 10時00分00秒 | 霊告月記 36~40

【霊告月記】第三十七回 詩人の肉声・清少納言の巻

今回は動画のアンソロジーです。朗読される文章を添付したのが唯一の工夫といっていいところ。解説は不要とかんがえます。いろんな解釈・感想がありうるでしょう。多様性を切り開くのが肝心ということです。


枕草子(春はあけぼの)  清少納言 暗唱



枕草子「春はあけぼの」

春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。

夏は夜。月のころはさらなり、やみもなほ、ほたる飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。

秋は夕暮れ。夕日の差して山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入りはてて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。

冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もてわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。


平家物語 暗記!3歳3カ月

平家物語「祇園精舎

祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風 の前の塵に同じ。

遠く異朝をとぶらえば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱忌、唐の祿山、これらは皆舊主先皇の政にもしたがはず、樂しみをきはめ、諌めをも思ひ入れず、天下の亂れん事を悟らずして、民間の愁ふるところを知らざつしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。

近く本朝をうかがふに、承平の將門、天慶の純友、康和の義親、平治の信賴、これらはおごれる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども、まぢかくは六波羅の入道、前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人のありさま、傳へ承るこそ心もことばも及ばれね。

 

『紅楼夢〗 主人公宝玉が自作の「红豆曲」を即興で唄う場面

紅豆曲

滴不盡相思血淚拋紅豆
開不完春柳春花滿畫樓
睡不穩紗窗風雨黃昏後
忘不了新愁與舊愁
咽不下玉粒金蒓噎滿喉
照不見菱花鏡裏形容痩
展不開的眉頭
挨不明的更漏
呀恰便似遮不住的青山隱隱
流不斷的緑水悠悠

私の涙は止められない、
紅豆のような涙、一粒、一粒……
春だね、柳も緑一色に染められ、
お花も延々と咲く。
日暮れの中、風も雨も訪れる
忘れない愁え、眠れない夜、
風と雨の足音は私の耳に伝わってくる

どんなに珍味といっても食べようとしない
鏡に映っている姿は日々痩せていく。

広げない眉間
どんなに待っていても明けない夜。
私の思いよ
山々のように何処までにも連綿と続く
川の水のように何処までにも流れていく。


【Catastrophe - Be Bop Record】 これは面白い! さすが、フランス人!!! 必見です。


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【霊告月記】第三十六回  詩人の肉声 高村光太郎と折口信夫

2018年10月01日 10時00分00秒 | 霊告月記 36~40

【霊告月記】第三十六回   詩人の肉声  高村光太郎と折口信夫

『道程/高村光太郎』☆暗唱発表☆記憶☆4歳♪詩・天


詩人の高村光太郎に有名な「道程」という詩がある。

  僕の前に道はない
  僕の後ろに道は出来る
  ああ、自然よ
    父よ

  僕を一人立ちにさせた廣大な父よ
  僕から目を離さないで守る事をせよ
  常に父の気魄を僕に充たせよ
  この遠い道程のため
  この遠い道程のため

この詩の雑誌に発表されたときの初期形は随分と長かった。高村光太郎はこの長い詩を最後の詩節だけを抜き出しただ一行のリフレインを付け加えるだけで残りぜんぶをバッサリと切り捨て完成形とした。

最終の詩形は簡潔で凝縮されておりその意味でたしかに完成度は高いのだが、詩人の肉声は初期形の方によりよく保存されているように思える。

詩人にとっての肉声とは何か。高村の「道程」の初期形と完成形とを読みくらべて確かめてみることができる。この読み比べの作業は一興とかんがえ、ここに掲示する次第である。

【道程 初期形】 高村光太郎


  道程       高村光太郎

どこかに通じている大道を僕は歩いているのじゃない
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
道は僕のふみしだいて来た足あとだ
だから 道の最端にいつでも僕は立っている

何という曲がりくねり 迷い まよった道だろう
自堕落に消え 滅びかけたあの道
絶望に閉じ込められたあの道
幼い苦悩に もみつぶされたあの道

ふり返ってみると 自分の道は 戦慄に値する
支離滅裂な また むざんなこの光景を見て
誰がこれを 生命の道と信ずるだろう
それだのに やっぱり これが生命に導く道だった

そして僕は ここまで来てしまった
このさんたんたる自分の道を見て
僕は 自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ

あのやくざに見えた道の中から
生命の意味を はっきりと見せてくれたのは自然だ
僕をひき廻しては 目をはじき もう此処と思うところで
さめよ、さめよと叫んだのは自然だ これこそ厳格な父の愛だ

子供になり切ったありがたさを 僕はしみじみと思った
どんな時にも 自然の手を離さなかった僕は
とうとう自分をつかまえたのだ

丁度そのとき 事態は一変した
にわかに眼前にあるものは 光を放射し 空も地面も 沸く様に動き出した
そのまに 自然は微笑をのこして
僕の手から 永遠の地平線へ姿をかくした

そしてその気魄が 宇宙に充ちみちた
驚いている僕の魂は
いきなり「歩け」という声につらぬかれた

僕は 武者ぶるいをした
僕は 子供の使命を全身に感じた
子供の使命!

僕の肩は重くなった
そして 僕はもう たよる手が無くなった
無意識に たよっていた手が無くなった
ただ この宇宙に充ちている父を信じて 自分の全身をなげうつのだ

僕は はじめ一歩も歩けない事を経験した
かなり長い間 冷たい油の汗を流しながら
一つところに立ちつくして居た

僕は 心を集めて父の胸にふれた
すると 僕の足は ひとりでに動き出した
不思議に僕は ある自憑の境を得た
僕は どう行こうとも思わない どの道をとろうとも思わない

僕の前には広漠とした 岩疊な一面の風景がひろがっている
その間に花が咲き 水が流れている
石があり 絶壁がある それがみないきいきとしている
僕はただ あの不思議な自憑の督促のままに歩いてゆく

しかし 四方は気味の悪いほど静かだ
恐ろしい世界の果てへ 行ってしまうのかと思うときもある
寂しさは つんぼのように苦しいものだ
僕は その時また父にいのる

父はその風景の間に わずかながら勇ましく同じ方へ歩いてゆく人間を 僕に見せてくれる
同属を喜ぶ人間の性に 僕はふるえ立つ
声をあげて祝福を伝える
そして あの永遠の地平線を前にして 胸のすくほど深い呼吸をするのだ

僕の眼が開けるに従って
四方の風景は その部分を明らかに僕に示す
生育のいい草の陰に 小さい人間のうじゃうじゃ はいまわって居るのもみえる
彼等も僕も 大きな人類というものの一部分だ

しかし人類は 無駄なものを棄て腐らしても惜しまない
人間は 鮭の卵だ
千萬人の中で百人も残れば 人類は永遠に絶えやしない
棄て腐らすのを見越して 自然は人類のため 人間を沢山つくるのだ

腐るものは腐れ 自然に背いたものは みな腐る
僕はいまのところ 彼等にかまっていられない
もっと この風景に養われ 育まれて 自分を自分らしく 伸ばさねばならぬ
子供は 父のいつくしみに報いた気を 燃やしているのだ

ああ
人類の道程は遠い
そしてその大道はない
自然の子供等が 全身の力で拓いて行かねばならないのだ

歩け、歩け
どんなものが出てきても 乗り越して歩け
この光り輝やく風景の中に 踏み込んでゆけ

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、父よ
僕を一人立ちさせた父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため   


【詩人の肉声】 折口信夫(釈迢空)の場合

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【霊告月記】第三十五回 「事件」としての子安思想史  ナ・オットッケ

2018年09月01日 10時00分00秒 | 霊告月記21~25

【霊告月記】第三十五回   「事件」としての子安思想史  ナ・オットッケ

★多様体のアジアを招来するための序曲  t-ara の ナ・オットッケ★


思想史家の子安宣邦氏の主宰する市民講座に昨年の12月より通っている。子安氏の講義には毎回熱心な聴講者が20名ほど参加。休憩時間を含めて2時間半ほどの白熱の講義がなされる。講義の後には近くの飲み屋で懇親会が催され、その懇親会にも毎回私は参加している。 この9月には水戸学に関する講義と徂徠の『弁名』に関する講義が予定されている。楽しみの限りだ。             

子安氏は、その講義にあたり毎回講義内容の原稿を準備し参加者に配布している。事前に講義内容の原稿は準備されているのだが、その講義に入るにあたっての前置きの話が毎回素晴らしい。思想史家としての50年の研究を踏まえて、大きなパースペクティヴで、その日の講義内容の意義づけを語ってくれるのである。この原稿内容の講義に入る前の枕の話はいつも圧巻である。子安氏の躰が巨人に見えてしまうような錯覚におちいってしまうほどである。





それに次いで用意された講義原稿の内容についての詳細な解説に入っていく。この導入部分の解説も詳細を極めるものである。それによって講義参加者は準備された講義原稿の意義内容について完璧に理解できるのである。ところが枕の話と原稿の導入部分の話が長いため、講義はいつも後の方が駆け足になってしまうことが多い。しかしその講義原稿は明晰で条理を尽くしたものであり、後で読み返してみて子安思想史学の奥行きの深さを知って愕然とすることしばしばなのである。


このような子安氏の講義の体験を、私は【「事件」としての子安思想史】と名づけたいと思っているが、いかがであろうか。私の意図を理解して頂くために、以下の動画をリンクしておく。では、子安思想史の醍醐味、とくと御覧じあれ。


★子安宣邦氏の台湾・中央研究院・講演 ( 2015年 3月24日)★

  ※参考※⇒  「日本思想史の成立」について  ー「台湾思想史」を考えるに当たって  子安宣邦  (子安氏解説:本稿は「台湾思想史」の成立という問題を考えるに当たって、「日本思想史の成立」ということについて語って欲しいという要望を受けて、台湾の中央研究院台湾史研究所で3月24日になされた講演の原稿である)

 
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【霊告月記】第三十四回  今年の夏は、徂徠学。 景気づけに花火と中川家

2018年08月01日 10時00分00秒 | 霊告月記31~35

【霊告月記】第三十四回  今年の夏は、徂徠学。景気づけに花火と中川家




夏は楽しい。大学や高校の夏休みの頃の記憶がまるで昨日のことのように鮮明に蘇ってくる。命の根源の記憶が再生されて身内に溢れ出す。夏はいい!

今夏の私の目標は徂徠学への挑戦だ。導いてくれるのは、まだ読んでないので正確に言うなら導いてくれそうなのは、子安宣邦氏の『徂徠学講義  『弁名』を読む』という書だ。この本にはこんなことが書いてある。著者の言葉を一部引用する。

『弁名』はその重要性にもかかわらず,ほとんど読まれてこなかった。丸山眞男以来,徂徠を論じるものは多い。しかし『弁名』によって論じるものは希れというより,ほとんどないといっていい。それは『弁名』というテキストがわれわれの簡単な接近を阻んでいるからである。その理由の第一は徂徠のテキストの難解さにある。だがその難解さの原因が,もっぱら漢文テキストにあるということなら,すでにその書き下し文があり,現代語訳があり,注釈もある今日,『弁名』テキストへの接近は容易であるはずである。だが『弁名』本文が書き下されたから,あるいは現代語訳されたから分かるわけではないのである。大体徂徠テキストを現代語訳し,解説する当の漢学者たちに徂徠が分かっていたわけではないのだから。彼らが分かっていないのは徂徠学の問題構成であり,言説構成のあり方である。


         子安宣邦(1933~ )   於:台北  2014/4

徂徠学とは何かの問いに,私はあらためて次のように答えたい。それは日本思想史上はじめての人間社会の全体への視点をもって構成された社会哲学の儒学的展開であると。  (子安宣邦『徂徠学講義 『弁名』を読む』岩波書店 2008年)

子安思想史の最高峰の作品『徂徠学講義 『弁名』を読む』を繙くことによって、この夏、私は大いなる飛躍をかちとりたいと思っている。近況報告でした。

  ※参考※⇒ 子安宣邦のブログ -思想史の仕事場からのメッセージ-   

】 霊告 【  ここ( 『弁明』緒言ー引用者注 )にあるのは人間の概念的言語の成立をめぐる日本思想史上最初で最後ともいえる反省的な批判的分析力をもった文章である。   子安 宣邦

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【霊告月記】第三十三回 カゲロウを巡る旅

2018年07月01日 10時00分00秒 | 霊告月記31~35

【霊告月記】第三十三回  カゲロウを巡る旅

カゲロウというあるひとつの生物を巡って連想ゲームのように記事を作ってみた。最初に「 I was born 」と題する吉野弘の詩。次に今西錦司の講演の一節。最後にカゲロウの羽化の一瞬を捉えた動画。この二つの文章と一つの動画の引用でもって私のカゲロウを巡る旅の日記とする

カゲロウは命の儚さ切なさを想起させる絶好のメタファーであり、そのことは日本人の集合的無意識に確固として書き込まれている。吉野弘の「I was born」は生れて死にいく生物の定めを美しい日本語で捕えた傑作である。おそらく今西錦司が生物学のフィールドワークの対象としてカゲロウを選んだ動機にもこのような日本人の無意識の根源に降り立って行こうとする決意があったのではないかと想像される。しかし逆にカゲロウを通して今西が発見したものは生命の永遠性無限性雄大性そのものであった。35億年の生物進化のヴィジョンを今西はカゲロウの棲み分けという事実の発見によって基礎付けたのである。カゲロウが教えてくれたのだ、地球に住まう生物が棲み分けという事実を通して生命と環境を調和させているという根源的なその真理を。水生昆虫であるカゲロウは羽化し空を飛び回って充実した生を楽しみやがて多くの子孫を生んで速やかに退場する。カゲロウは35億年そのような生と死を繰り返してきたのだ。カゲロウがどうして儚い命を象徴するだけの存在でありえようか。事実はその反対である。人間もまた生物35億年の進化の歴史を背負ってこの世に存在する。35億年+100年が人に与えられた時間、35憶年+数日がカゲロウの生きる時間。35億年から勘定すれば100年と数日は加えられた微細な誤差に過ぎない。カゲロウよ、美しいその生を永遠に生きよ。

            ★
        
        I was born        
                                   吉野 弘

確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやっ てくる。物憂げに ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。 

 女はゆき過ぎた。 

 少年の思いは飛躍しやすい。 その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
 ----やっぱり I was born なんだね----
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
---- I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は
生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね----
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。 僕の表情が単に無邪気として父の顔にうつり得たか。そ れを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

  父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
----蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね----
 僕は父を見た。父は続けた。
----友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは----。 

 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。
----ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいで いた白い僕の肉体----。

                ★

   今西錦司の講演より


私は若いころカゲロウの幼虫を調べておった。伝説では毎日、加茂川の石を全部ひっくり返してたというが、そういうわけにはまいりません、石がたくさんありすぎまして 。しかしそのときに棲みわけということを発見した。そういうことがあるかもしらんという予想なんか全然なしに、バ ッタリ事実とぶつかったんです。その事実は前から石をひっくり返してるときにわかっていたはずであるにもかかわらず、ある日、突然にそれが見つかる。その辺に、発見というもののおもしろみがあるんです。
そんならこれは何か。 棲みわけには相違ないのですけれども、なにが棲みわけているのかという問題ですね。これを私はーつの社会現象と見たんです。これは個体の問題でなくて 「種社会」 の棲みわけである。種社会という言葉をそれ以後使うことになるのですが、棲みわけとは種社会の自己限定である、そういうふうにこの現象を解読したんです。
ところが種社会というのは、生物の世界におけるもっとも基本的な構成単位である。けれどもそのもうーつ下に個体という構成単位があって、種社会はそれに属する個体によって構成されている。一方で、この種社会というものは、もうーつ上の生物全体社会からみたら、 一つの部分社会であるにすぎない。そういう種社会がたくさん寄り集まりまして、生物全体社会というーつのシステムをつくっているのであります。
 (今西錦司「進化論も進化する」)


               ★
      
★水生昆虫カゲロウ羽化~Aquatic insect Emergence


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