でりら日記

日々の雑記帳

遠い日の幻影、ではない

2010年02月28日 | きょうのできごと
読んだメモ。
2月28日
遠い花火/辻井 喬
 初出:図書 2006年7月号ー2008年7月号
 装丁/間村 俊一
 2009年2月13日 第1刷発行
 株式会社岩波書店 262p

 氏の作品には実在の財界人や企業人をモデルとした伝記的小説が多いが、今回はとある損保会社顧問の言行録のまとめを依頼された医師の視点から描く一個人の生きざま。まんま伝記ではないところにひねりがある。
 
 ひたすら偉業を讃える社内スタッフによる伝記ではなく、一歩離れた目での執筆を依頼された医師・富永とそのサポートに加わった二人は、依頼人である島内源三郎顧問のメモから、そこには敢えて書かれなかった思い、果ては彼の後生を支えた愛人・久藤幸子の出生の秘密にまで行き当たる。

 読み終わった今の時点では、これが誰をモデルにして書かれた物なのかは正直判らない。大手損保会社社長を引き継いだ二代目、祖父は樺太で一財産をなした、とくればピンと来るべきなのかもしれないが、恥ずかしながら現社・経済関連は特に弱い。いわゆるビジネス実要書は殆ど読まないので、著名な企業人や大企業の創立者の生い立ちなども、仕事で関わらない限り知らないのだ。

 だが、そうした背景を知らないまま読んでも非常に興味深い。読めば読むほど、これは誰のことなのだろう、と思わずにいられない。そうしてこの辻井喬氏の著書を幾つか読んでいるうちに、今回の作中でちらりと挙げられた人物が同氏の過去の著作物に出てきたあの人だろうか、この人だろうか、といったふうに思い当たる。

 いわゆる伝記としてなら手に取ろうとは思わないが、不思議とこの人の文章なら読んでみたいと思わせるものがある。



 あと少しだから、と大急ぎでこの「遠い花火」を読み終え、とるべきメモをとり、図書館へ急ぐ。今日は日曜なので17時で閉館してしまうのだ。普段歩く道を自転車を駆り、コートの裾を押さえながら走る。(図書カードがコートの定期入の中にあるというだけの理由でロングコートを選んでしまったのだ)

 途中、路上に何やら数人が集まっている。といっても大した人数ではないし、それを取り囲む人垣が出来ているわけでもない。カメラを構えた人物、スタッフもうひとり、そしてカメラを意識する様子もなく道端で手を合わせる若者一人。付き添い一人。ああ、あれだ。周囲もそれが解かっていて、特別カメラに関心を向けない。

 あれだ、と思いながら道を急ぐ。何とか間に合い、引き替えに予約本を受け取って、行きはエレベーターで上がった階をゆっくり階段で下り、自転車を押して歩く。すると、先ほどのカメラは片づけられつつあり、すぐ斜め横から舐めるように横顔を撮られていた青年と、その連れが話しながら反対方向へ歩いて行くのにすれ違った。

 轢き逃げ殺人。車で轢いた拍子に被害者をひっかけてしまい、3キロも市内を引き擦った挙げ句、犯人は被害者を此処で振り落とし(或いは偶然外れ)、逃走した。忘れもしない事件だ。毎日通っていた場所、今も通勤で通る場所。花は減り、枯れ萎れている事が多いものの、未だに前を通れば思い出す。

 犯人は私の家から徒歩数分という所に車を乗り捨て、ごく近所で逮捕されている。そのせいか、こういう撮影現場に何度となく遭遇している。たまたま命日に私が通りかかるのか、毎回同じ人物なのか、身内や友人なのか、それともトラ(この業界でもエキストラというのだろうか?)なのか、判らないが、大抵手を合わせる男性をカメラが間近で捉えている。

 この事件で私は初めて「脳挫滅」という言葉を知った。挫傷、ならば打撲や捻挫に並んで、学生の頃アルバイトをしていた病院のカルテでよく見た単語だ。だが、「挫滅」は違う。もう二度と戻らない、治りはしない、失われてその人の体に二度と戻っては来ないというニュアンスが恐ろしいまでに伝わってくる。ましてや「脳」だ。

 そのあまりの突然にして凄惨な死ゆえに、地元ではしばらくニュースでも取り上げられたし、同様の事件が起きる度に自然と記事に目が行くようになった。前を通る度に、絶えることのない花束や供物が否応なしに目に入り、あちら側(あるとすれば、だが)や、会ったこともない遺族の感情(お察しします、などという事は軽々しく口にはできないが)に引き込まれそうな感覚になり、つい足早になってしまったものだ。

 今日がたまたま命日だったのか、犯人に何らかの判決が下りた日なのか、或いは長い時間をかけてドキュメントを撮っているのか、これを打っている時点では判らないが、少なくとももう以前ほどは注目されなくなったであろう一つの通り過ぎた事件(そう、事件であって事故ではない)が、また私の中に蘇ってきた。

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